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8か月も放っておいたブログ。

ここのところいろいろなメディアができて、自己顕示欲満々でそれぞれ使ってみるのだけど、新しいメディアを覚えると、それを使いこなすだけで精いっぱいになってしまう。 そもそも日本語がへたくそで、文章など前に戻っててにおはを直し、主語の位置をいちいち確認しないと、まともに人に通じる文章が書けない。原稿用紙を使って書いていた時はどうしていたんだろう…と思うのだけど、今より緊張感をもって書いていたことなど決してなく、レポートなどメチャクチャなまま提出していたのだろう。 これを少しでも克服するために始めたブログ。というのは、基本的に文章を消さない、という決め事を勝手に作っていて、できるだけ一発で文章らしいものを書く練習をしていたのでした。 人とつながっている感のあるいわゆるSNS(mixi, Facebook)。これはこれで楽しいのだけど(Twitterは続かなかったけど)、考えたこととか読書ノートみたいなものとかフィールドノートのこぼれ話とか、ちゃんと残していこうと思うとちょっと限界があるな、と思ってブログの方も復活させようと思います。

酷暑のニジェールへ…

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桜は散り、新緑の美しい今日この頃。 この時期、自転車で街中を飛ばしていても、少し汗ばむ程度で、本当にいい季節だな、と感じるのだけど…嫌だ嫌だと思いつつ、来週からニジェールに出張。 ニジェールは雨季に入るか入らないかの時期で、おそらく世界で一番暑い場所の一つ。先に入っている同僚曰く、夜の気温が39度とか…あー嫌だ…


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お久しぶりです。京都の生活。

ブログ、すっかりほったらかしてしまった。ずっとFBの方におりました。 京都に来てもうすぐ1か月か…。時間が経つのがますます早くなったように感じる… とりあえず研究所の方の個人スペースも大体落ち着き、先々の予定も決まってきたし、適当にボロも出してきたし、ちょっとずつ忙しくもなってきた。家の方も大方落ち着いたし(怒られるか?)、日々日常が出来上がっていく。 それでも、色々と不満(?)があって、泳ぐところが確保できないこととか、物価が高いこととか…慣れのせいであってほしいけど、名古屋に住み始めたころよりも遥かに苦戦している。たぶんこの辺の不満は、京都の建物が低いせいだったり、やたらこじゃれたものにしたがるせいだったり、住んでる人と同じくらい観光客が多いせいだったりするんだろうけど、京大の貧乏な学生はどうやって生きているんだろう? それでも、「観光地」に住むのはたぶん初めて。横浜とか月島がそうだと言われると何とも言えないんだけど、ガイドブックに載ってる名所が家の近くにゴロゴロしている。宮本武蔵が悟りを開いた「一乗寺下り松」、「修学院離宮」とか、「曼殊院」、「雲母坂」などなど。そんなわけで、昨日は家の周りの探索に出かけたのだけど、雲母坂が比叡山に通じていることを知り、GWに比叡山登山計画が持ち上がる。こんなことはさすがに名古屋ではなかったから、京都ならではのカネをかけない楽しみ方、ってところか。 京都にお詳しい方、安めのスポーツクラブとか、スーパーとか、楽しそうなハイキングコースとか、ほかになんでもいいので、京都を好きにさせてくれそうな情報お待ちしております。

業績2012年

今年度末までの業績一覧です。今年度は書いとらんな…

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学位論文○ 清水貴夫1999「アフリカ農村部における持続可能な保健衛生開発への一考察」明治学院大学国際学部国際学科1998年度卒業論文
○ 清水貴夫2007「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究‐ワガドゥグのラスタの事例から」名古屋大学大学院文学研究科2006年度修士論文

論文(査読あり)
○ 清水貴夫2007a「ブルキナファソのラスタの演奏活動に見る『アフリカ』」『神話・象徴・文化』篠田知和基編pp.207-223 楽瑯書院
○ 清水貴夫2008b「ワガドゥグのストリートの若者たちの生活とその背景」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.5 pp.137-154名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2008 c「来住アフリカ人にとっての六本木‐「アフリカ人-アフリカ人」のインフォーマルな接合の調査報告‐」2006年度科学技術研究費報告書『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』(基盤研究A 研究代表 和崎春日 研究番号:16202024)pp.135-144
○ 清水貴夫2008d「セネガル文化としてのバイファル、ラスタを探る」2007年度科学研究費報告書(基盤研究A 研究代表 嶋田義仁 課題番号:18251006)pp.119-134
○ 清水貴夫2010d「ワガドゥグで活動する「ストリート・チルドレン」支援のNGO、ケオーゴKEOOGOの活動から見える「路上の生き様La vie dans la rue」」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.7 pp.67-86 名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2011a 「都市計画と住民生活の変化~ワガドゥグ市のザカ計画Projet ZACAとザングエテン住民の事例から~」(「土地・法・不安」セッション 松岡陽子、木村周平、高野さやか共著)九州人類学研究会pp.31-41
○ Shimizu Takao 2011b “The first Muslim village on the Mossi Plateau: the oldest mosque and the unexhausted water source”, Ameli-Eaur International…

中部人類学談話会[第210回例会]

今度の談話会のお知らせ。

新たに立ち上がる研究会のキックオフ。とても力が入っているしのが伝わってくる。すごく楽しみです。
* * * *
☆ 日時:2012年3月31日(土)13:30-17:00
☆ 場所:椙山女学園大学星ケ丘キャンパス 現代マネジメント学部地下1階001教室(地下鉄東山線「星ヶ丘」より徒歩5分)
* 会場付近は、駐車スペースがありませんので、車でのご来場は固くお断りいたします。

☆ 話題提供者と話題:
■テーマ日本文化人類学会課題研究懇談会プレセッション: 「応答の人類学」に向けて
■企画趣旨 日本文化人類学会の新しい事業である「課題研究懇談会」のひとつとして、「応答の人類学」(代表: 亀井伸孝)が採択されました。本研究懇談会では、「文化人類学が社会へのいかなる応答性をもちうるか/いかに応答的でありうるか」という問いに答えようとします。応用人類学を典型とする、人類学の応用性、実践性に関する従来の議論を受け止めつつも、「人類学の知を他領域に応用する」という論点に留まるのではなく、むしろ、フィールドワークと民族誌という人類学の営みそれ自体を、フィールドの人たちを含む同時代の諸関係の中に置き直す具体的な方法について検討することをねらいとしています。これから4年間におよぶ課題研究懇談会の正式発足を前に(※)、本会の趣旨および申請にいたった経緯などを事例をまじえて紹介し、広くコメントを受けることで、本懇談会の今後の展開に資する議論を行いたいと思います。
(文責: 亀井伸孝・愛知県立大学)

共催: 中部人類学談話会/日本文化人類学会課題研究懇談会「応答の人類学」準備会(※)(※)正式発足は2012年4月の予定。

■進行中部人類学談話会による冒頭あいさつなど 10分
趣旨説明 20分 亀井伸孝(愛知県立大学外国語学部)「趣旨説明: 『応答の人類学』に向けて」報告1 
40分(質疑含む)岩佐光広(高知大学人文学部)「先んじる応答、ゆらぐ態度: ラオス低地農村部における看取りの一場面を手掛かりに」

--休憩 15分--

報告2 40分(質疑含む)内藤順子(立教大学観光学部)「『文化人類学者』であることを問う: 『第四世界』の現在から」
報告3 40分(質疑含む)飯嶋秀治(九州大学大学院人間環境学研究院)「臨床人類学一歩前」
全体討論 40分
まとめと次回のおしらせ 5分
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ご報告、別れは突然にその2

ようやく内定通知が発送された、という連絡を受けたので公式にご報告します。4月より、京都にある「総合地球環境学研究所」に勤務することになりました。長い名前なので、「地球研」と呼んでいますが、とある偉い先生には「地環研(チカンケン)」と呼ばれていましたが、明らかに音が悪いので、「地球研」と呼びます。

そのようなわけで、約7年に及んだ世界の中心地、ドラゴンズの聖地(メッカ)、名古屋での生活に終止符を打つことに…。まだ学位論文は書いていませんし、やり残したこともいっぱい。未練といえば、たくさんありますが、この7年間、よく考えたらすべてが落合監督の在任期間。野球だけは勝ち癖がつきましたおかげで、益々ドラゴンズから遠ざかることになってしまいました。

野球から振り返ってしまいましたが、名古屋では、いろんな瞬間がありました。とにかくたくさんの人と出会い、お世話になり、飲み、語り、切磋琢磨し、結婚までしてしまったり…そんなこんな、おかげさまで、なんとなく研究で食べていけるのではないか、という仄かな希望を持ちながら、旅立つことができそうです。

ひとえに何のご縁か周りにいてくれた方々に感謝の言葉を。今、仲の悪い人も、仲良くさせていただいている方も、すべて大切な財産です。ひとまず、どうもありがとうございました。

なんだかんだと今回の引っ越しは実質7回目。千葉⇒横浜⇒千葉⇒(東京⇒千葉⇒)⇒名古屋⇒京都。なんか住みやすい街だった、もう一度住んでみたい、と思わせる街でした。空間としても開放的だし、名古屋文化の奥深いことは感動的ですらあったし、いろいろ楽しかったな、と思う。でも、見残したもの、食べ残したもの、訪れ残した場所がたくさん。何か(仕事くれー)で帰ってこられたらいいな、と思ってます。

ともあれ、京都方面、いらっしゃる方はぜひともご連絡を。引越しは3月29日です。次に借りる部屋も決して広くはありませんが、雑魚寝覚悟なら、何泊でも。

別れは突然に…

2005年の春、仕事を辞め、アフリカ⇒フランスに滞在して帰国した僕は、名古屋大学大学院に行くことになっていた。3月中旬に新居を定めて、3月末の春爛漫のなかを新天地名古屋に移り住んだ。

名古屋=ドラゴンズ、味噌煮込みくらいの乏しいイメージしかなかった僕にとっては、アフリカよりもよく知らない土地でもあった。まずはその辺を走り回ろうと、少し乗るのが楽しくなるような自転車を買った。確か5万程度の街乗りスポーツタイプ。

勤めていた時代の貯金を持ち、家財道具をボチボチとそろえる。たまに柔らかい春の日差しを浴びながら名古屋の街を疾走する。研究室に通い始め、いよいよ講義が始まり、新しい友達ができた。あんまり大きい声では言えないけど、夜中に電話で叩き起こされて眠い目をこすりながらこいつに跨って今池あたりまで行ったこともあった。そして、アフリカに行っている間は、雨ざらしで、必ず多少の整備が必要だった。ジーンズにペダルのボードが引っかかって、バリバリに割れ、スタンドが取れ、反射板もとれて、「愛車」は自然にデフォルメされる。もしくはメタモルフォーゼ、というべきか。余計なものが取れ、僕の腹とは裏腹に、どんどん研ぎ澄まされ、ストイックな車体になっていった。乗せてるモノが思いから、自分くらいは軽くなろうとしたのだろうか。

とにかく。約7年間にわたる名古屋での生活。市内ならどこに行くのもいつも一緒だった「愛車」だった。

数日前…

ブレーキの効きが悪く、人にぶつかりそうになったり、信号でとまれなさそうだったり…ブレーキパッドが完全にすり減っていた。

パッドを交換をせねば、僕だけでなく、通行人が危ない、と感じ、この自転車を購入した近所の自転車屋さんに行く。いつもの店主のオヤジさんにブレーキの交換をお願いする。

前輪のブレーキを直していた店主。「あれ、前輪のタイヤ、繊維が見えてますね」
私「交換ですか?」
店主「そうですね…。いつバーストするかわかりませんよ」
私「じゃあお願いします」

前輪が終わり、後ろのブレーキへ。
店主「あれ…スポークが折れてる…」
私「あぁ…それもお願いします。危ないですよね…」
店主「そうですね…」

スポークを直そうと、後輪を外す。
店主「あれ…、車軸が折れてますね…」
私「え、本当ですか?」
店主「ほら(グラグラする車軸)」
私「それも…ですよね?」
店主「そうですね…」

店主はそれに次いで、「ずいぶんかかっちゃい…

第10回まるはち人類学研究会

前日のアップになってしまった…10回目のまるはちは修論検討会。力作ぞろいの修論です。


    * * *
日時 : 2012年2月17日(金) 13:00~17:40
会場 : 南山大学人類学研究所1階会議室
13:00      開始
13:00-13:10 趣旨・あいさつ・発表者紹介13:10-14:00 奥村哲也(名古屋大学)『観光資源化される民族芸能の伝承に関する研究―沖縄市諸見里青年会の「エイサー」の事例から―』


14:00-14:15 質疑応答


14:15-15:05 中林那由多(南山大学)『たばこ喫煙の身体技法―工業製品の民族誌に向けて―』


15:05-15:20 質疑応答 


15:20-15:30 ~休憩~


15:30-16:20 中尾世治(南山大学)『物質文化としての史資料の分析に基づく西アフリカ中世史研究への寄与―伝播の考古学的人類学』


16:20-16:35 質疑応答


16:35-17:25 小山剛(名古屋大学)『花祭りの伝承母体における青壮年集団の役割についての研究』


17:25-17:40 質疑応答


17:40      終了

真面目にやろう、ダイエット。

どうもこうもない。ジョギングして脂肪の揺れを感じ、ちょっと歩いて息が切れ、調子がいいのが胃腸だけ、というどうしようもない体をどうにかしてやろう、ということだ。

今日も医者に行ってきた。昨年6月以来、4回目くらいだろうか。血圧は薬でずいぶん抑え込まれている。足が痛いのもここ3か月は出ていない。表面的には今のところただのデブ。

一応、年明けは忙しかった1月中盤を除き、かなりの頻度で泳ぎ、タニタメニューとかやってみたり。泳ぐのはずいぶん前から、暇があれば…という感じだったので、まあ、いいとして、すべては始めたばかり…結構頑張っているのに、今日プールで、「体重が増えている…」。実は先週1週間で1.5kg減った。

よく考えてみたら、日曜日に映画を見る前にモスバーガーを食べ(おやつ)、見ながらバケツ・ポップコーンを完食し、さらに夜は韓国料理をたらふく食べた。ちょっと気を抜いたすきに…というのはなかなか共有してもらえないだろうな…「三歩進んで二歩下がる」くらいでいくといいのだけど…

『ALWAYS 三丁目の夕日64’』

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久しぶりに劇場で映画を見た。毎回話題になる作品だけど、初発ではほぼ乗らない。みんなが面白い、という話はまずスルー。波が静まったところで、静かに見る。でも、今回は乗ってしまった。

舞台は昭和39年、東京オリンピックの年。前作では建設中の東京タワー、まだ戦争の余韻が感じられるような時代背景だったが、本作は高度経済成長期のまっただ中にある。バブルの前、僕には実感できる時代ではないけど、きっとそういう時代だったんだろう、というのが映画から見えてくる。

今、この時代を表現すれば、たとえば、坂本九の「上を向いて」などにあらわされる、上を向いていればよかった、単純化された経済社会状況として言いあらわされる。しかし果たしてそれほど単純だったか。

本作でも、三浦友和扮する宅間医師は、若き菊池医師(森山未来)とともに無料診療を行う。孤児、売春婦など社会的周辺にいる人びとに対して無償で医療を提供する。「社会」のメタファーである、病院は、非経済的な活動を抑圧し、菊池医師を排除する。しかし、それを止めない菊池医師、それに同調する宅間医師、さらに、宅間医師に「おカネで解決できないものがある」と言わしめる。「経済」の仕組みに行き詰った今の時代だからこそ、こうした部分に僕らは今の時代との接点を見いだせる。

高度経済成長期と名づけられた、経済に注目が集まる時代の物語。バブルのころのようなネオンの明かりに照らされたキラキラした時代ではないけど、少し色あせたセピア色に彩られる世界。僕の父や母が青春を過ごした時代。僕は知らない時代だけど、この時代の感性には十分に共感できる。50年後、この作品がどのような見方をされるのかわからないけど、できれば長く残ってほしい作品だと感じる。

伊坂幸太郎2009『終末のフール』集英社文庫

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先週末、栄のBook Offに初めて足を踏み入れ、『死神の精度』とこの『終末のフール』を購入。『死神の精度』は早々にやっつけ、ここ数日間は『終末のフール』を読んでいた。


伊坂は研究室内でも読者が多いので、飲み会のときのネタになりやすい。とてもスマートな文体だし、仕掛けも面白いので、「文学研究科」の大学院生にとっては、格好の「酒のあて」となる。


構成は8つのプロットで、最初のプロットで全体の前提が敷かれる。5年前に発見された小惑星が、8年後に地球に衝突し、人類が滅亡する、人類全体が残り3年の命と宣告された世界が舞台である。


解説を書いた吉野仁氏が的確に、そして完結に、この小説の見どころを書いているのだが、もっと簡単にしてしまうと、「死」を描くことで「生」、「生きること」の在り方を問う、これが本作品の狙いだろう。吉本隆明が引いたE・キューブラー・ロスの一節を吉野氏が引いている(曾孫引き…すいません)一節から。ロスは「〝死に至る″人間の心の動きを明らかにした」のだが、ほとんどの人は、死を「否認」⇒自分が死ぬことに「怒り」⇒生に執着するために何かにすがり(「取り引き」)⇒何もできなくなり(「抑鬱」)⇒最後に「受容」する、という5段階を経る、という。伊坂はこのロスの〝死に至る″人間の心の動きをたどっている、という。


この物語が始まる前、世界の滅亡が宣言され、殺戮が繰り返され、いわば社会規範自体が崩壊する。しかし、死を「受容」したタイムリミット3年のこの世界では、再び人が人を必要とするようになる。ニーチェあたりを下敷きにしていそうな、死を語り、ポジティブに生き抜かねば、という話なのかと思う。

「明日までしか生きられなかったら、何をするか」、よくカレーとかラーメンを食べる、と答えていたように思うけど、改めて「生きる意味」のようなことを考えてみたくもなった。

深くてさわやか、伊坂作品でも割かし上位にランクづけ。

「食文化と博物館 食べるフィールドワーク」2月8日@中部大学

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今年度は県内の短大で食文化についての講義を頼まれた。中尾佐助、小泉武夫…と並み居る大御所の中で、石毛直道氏の著作はもっとも参照にした文献だった。

調査地の幅の広さ、食器や料理器具、所作に至る、食にまつわる分析枠組みは非常に参考になった。すでに第一線からは退かれていることもあり、なかなかお話を伺える機会は少ないのだが、2月に講演会が設定されたので、さっそく予約した。

これ以上食欲が増してしまうのは困るが、「研究」のためにて。

グローバル化するプロ野球にも文化相対主義を

ドラゴンズに川上憲伸が帰ってくることが決まり、何やら福留も帰ってくるとかこないとか。数年前の雄姿を心躍らせて見ていた身としては、さほど活躍できなかった彼らの今の実力に小さな疑問符を打ちながら、とても楽しみにしている。

我々の世代では、野茂がメジャーに行ったあたりから日米間野球交流が本格的に始まったと認識しているのではないだろうか。あのころ、メジャーリーグにどんな選手がいたか、など、精々昔ベーブ・ルースがいたことを知っていたくらいで、まったく知らなかった。時々、どこかの球団がメジャーで活躍したxx選手が云々…ということを新聞記事で読む程度で、何がなんやら、だった。

あれから10年以上経ち、ずいぶんたくさんの選手がアメリカに行き、大半は夢破れて(たように見える)日本の球界に帰ってきた。「メジャー帰り」…確かに。しかし、その後メジャーに行く前よりも活躍できた選手は少ない。にもかかわらず…今年もたくさんの選手がメジャーを目指した。

ダルビッシュもその中の一人だったけど、彼の「勝負がしたかった」というのは、野茂以来のさわやかさがあった。ほかの選手はどうだったか。確かに、野球/Baseballが生まれた土地、アメリカは野球先進国、それは間違いないだろう。しかし、それにしても、「プロ」選手が自分の力/性質を客観視できない、ということもないだろう。

選手がどこでプレーをしたい、ということでどこに行こうがいいのだけど、たとえば、なんで野球が盛んになりつつあるところに行こうとしないのだろう。いろいろとそんなことを考えつつ、ストーブリーグの選手の言動を見ていると、彼らの発言がパターン化してい「た」のがわかるし、さらに、最近では、メジャーに行くことが、ちょっと一流になったら誰も疑わなくなってしまった感じさえ受ける。

たぶん、もう日米の野球の技術的な差などは対してない。むしろ、すでに違うスポーツだとする意見も目にする。そこで、我々の学問が共有する「文化相対主義」というのをプロ野球選手にも提案したい。文化相対主義というのは、「文化には優劣はなく対等だという大前提があり、そのうえで、まず、ある文化を外部文化のものさしでは測れない、という態度を保持すること。そして、自文化の枠組みを相対化したうえで異文化を相手側の価値観から理解すること」だ。

行くなら行ったらいいけど、僕ら「プロ野球」ファンは、できればスタン…

何年か前なら最強だ。

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本日の『中スポ』。驚いた。川上憲伸が中日に復帰、という記事が…



川上が抜け、今のエース吉見が育ち、投手王国を築き上げた。確かに魅力的だけど、年齢のこととか、年俸でもめまくったこととか、メジャーでまったくうまくいかなかったこととか…確かにガッツあふれるプレースタイルはなかなかファンを魅了するのだが、なにかしっくりこない。憲伸は数字が悪いのに勝ちがついてくるパターンの投手で、吉見などの数字に基づいた成績を残す投手とは毛色が違う。ほかに川井などはそのタイプだけど、徹底的に内野ゴロを打たせるタイプだから出会いがしらで打たれるのが数字に反映されているから。しかし、以前のパワーピッチング、三振を取りに行くピッチングのままなら、もしかしたら難しいかな、などとも考えてしまう。

今年はもう一人、山崎武司がドラゴンズに戻ってくる。話題性は十分。間違いなく彼らが何年か前のままならムチャクチャに強いチームになりつつある。「何年か前の状態なら」間違いない。少し期待して見てみよう。今年も野球は楽しくなりそうだ。

立ち止まる

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23日に一足早く今年度のイベントらしきものの大部分が終わった。もちろん残務処理はまだ残っていて、もう一つ新しいプロジェクトはあるのだけど、本当にとりあえず一段落。残務処理と準備を少しずつこなしているのだが、その先のことは返事待ちの何件かが決まってから、ということで、いったん立ち止まってみようと思っている。

よく考えてみたら、11月の出張前から怒涛のように日々が過ぎて行った。広島⇒福岡旅行でずいぶんリフレッシュできているので、追いつめられた感はないけど、やり残したことは多い。特に10月末の次世代育成セミナーで叩いてもらった論文がほぼ手つかずな状態であること、あともうひとつ、在日アフリカ人の論文が一本浮いている。

まずは一昨日あたりから、ストリート・チルドレンに関する論文を洗いなおしてみる。「アフリカ研究」であり、「NGO研究」であり、「子ども研究」であるこの論文は、後々考えてみると、ずいぶんたくさんの概念にがんじがらめで、本当に必要だったいくつかの研究、たとえば、「ストリート・チルドレン研究」や日本の「寄場研究」、「ホームレス」研究と言った蓄積のある分野を飛ばしていたことを指摘され、また、自分でも気が付いた。「在日アフリカ人」の研究もしかりで、昨日プールで泳ぎながら考えていたら、たくさんのことをやり残している。

今の身分、今の時代、たぶん控えめにしていたのでは喰いっぱぐれてしまう。一つ一つ。一歩一歩。そして時に立ち止まって見直さねばならないことがたくさんあったことを感じたここ数日間。


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花祭りシンポ

あれ?S田さんが一生懸命作ってたポスターがHPにアップされてない…

我らが名大比較人文学講座が長年力を入れてきた奥三河の「花祭り」。毎年シンポを張って積極的にアウトプットしているけど、今年は特に大きくやっている。なぜが西行学会が、文化人類学会東海支部と共催。明日は談話会(文化人類学会東海支部)も。

http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/research/society/12122/

今日は鈴木先生のお話のみ伺ってきた。奥三河から南信濃にかけての広域に広がる祭祀に関する総合的な解説がとても勉強になった。昨日も研究会でその前も立て続けにいろいろあったので、ちょっと眠くて今日はこのあたりで。

宮本正興教授退職記念シンポ

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アフリカの文学研究の大御所、宮本先生が退職される。その記念シンポに行ってきた。

宮本先生がアフリカ文学の研究を始められた60年代、きっと日本のアフリカ研究はまだまだ「探検隊」の雰囲気をたっぷり残し、「未開」を知る研究が多かったはずだ。この時代の研究成果は今でも僕らアフリカ研究者にとって、とても大切なものだ。

もともと言語学を専攻された宮本先生の慧眼はこの時代の「文学」に目を向けたことだ。この日の講演でお話になった砂野先生などもおっしゃっていたが、現在の大学では文学研究は衰退している。その中で、文学に現れる人々の思想と渇望。アフリカ(に限らないが)の声を聴くには、こうしたテクストを紡ぐ力を育て、そして、紡がれた声に耳をそばだてることの大切さ。

残念ながら、宮本先生とはお話すらしたことがない。しかし、穏やかな表情で丁寧にお話になる宮本先生のお人柄が読み取れたような気がする。きっと教育者としても素晴らしい方だったのだろうな…と。

ともあれ、アフリカ研究オールスターズのようなシンポ。ちょっと得をした気分で帰宅の途に就いた。

田中慎弥氏を思う。

ここ数日間、もっとも世間を騒がせているのは、芥川賞を受賞した田中慎弥氏ではないだろうか。石原慎太郎氏との掛け合い、受賞のインタビューなど、ここ数年で記憶にないくらいに盛り上がっている。

さまざまなメディアで報道されているが、日経ビジネスon lineの小田島隆氏の記事(http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120119/226297/?mlp)は白眉だ。残念ながら田中氏の作品は未読で、名前すら今回知ったくらいなので、田中氏がどのような人物かということを知らなければ、芥川賞とか直木賞受賞作など、ブックオフで安ければ買う程度にしか注目もしてこなかったので、いわゆる文壇のこともよう知らない(一応、文学研究科の院生としては恥ずかしい話だが)。

小田島氏によれば、選考委員は任期はなく、「選考にあたるメンバーが、受賞作の販売元となる企業の差し向けた人間のみで構成されており、賞を得た人間が、その文学賞配給企業御用達の選考委員諸氏に対して麗麗たる感謝の言葉を並べている現状」(小田島氏)なのだとか。なんだ、出来レースだったのか…今まで僕の生活にあまり関係がなかったので、関心がなかったけど、なんかガッカリ感がある。

石原都知事のパフォーマンスに田中慎弥氏の応答、石原氏の再応答、順を追ってみていくと、小田島氏の指摘した、文壇自体の問題は非常にリアリティをもっているように感じる。プロレスのような境界的なエンターテイメントなら、ジャッジが演壇に包摂されていてもいざ知らず、小説はせめてガチであってほしい。たとえ、この騒動が実は石原氏と田中氏が仕組んだパフォーマンスだとしても、個人的にとても楽しめたので、これから生協で田中氏の本を買ってみようと思う。受賞作はしばらくして文庫化されてからにさせてもらおうと思うが。

なんとか乗り切れた。

先週から今週にかけて怒涛の1週間。溜まる書類、4回のプレゼン…


まだ新年が明けて2週間ちょっと…しか経ってないんですね~。フルスロットルで走りきった。そんなわけで、今日は一日完全オフにした。これからやることを整理したり、寒中見舞い書かねば、とちょっと書いてみたり…


なんとか乗り切った(というか「大惨事」はなかった)けど、ちょっと反省を込めてのメモとこれからやることを書いておこう。人前で宣言しておいた方がいいだろうから。


昨日は「都市」についての講義、人類学を専門としない院生と大御所。こんな環境の中で、大御所先生からは、人類学の基本用語としての「都市」について説明せよ、というのがリクエストだったと思う。やったことはないけど、ひたすら学説史とか「都市」概念の変遷とか、ということでもよかった、と思ったのだけど、きっとつまらんだろうな、とか、どこまで話ができるんだろうとか(自分の能力と準備する時間と…)、いろんな問題があった挙句、学説史も少し説明しながら、メインを学会やらでの発表をフルバージョンを準備して臨んだ。

結果的に、あんまりおもしろくないものが出来上がってしまった。やはり学説史でしっかりやればよかった。大御所先生がやんわりと、「非常勤、やったことある?」と聞いてきた。ちゃんと説明できてなかったんだろうな…というのがよくわかった。実感もあった。なわけで、1月~3月、しっかり本を読み、学説史をまとめる、これをやろうと思う。

ほぼ自営業(自由業)なので可能なこの休み方。いいんだか悪いんだかわからないけど、少し無駄なこんな一日。明日からリフレッシュして次の目標に向かおう。と言っても、相変わらず「読んで書く」、これだけなんだけど。

アフリカの子ども学会合20120115

昨日「アフリカの子ども学」の会合に伺ってきた。研究者、NGOのスタッフが中心となって、来年度以降のテーマ、予定を話しあった。

この研究会は、亀井伸孝先生が出版された、
2010.『森の小さな〈ハンター〉たち: 狩猟採集民の子どもの民族誌』京都: 京都大学学術出版会.
この本に纏わって、NGO、教育研究、人類学もろもろと集まって立ち上がった。昨年から2度の研究会を開催した。前回(http://cacaochemise.blogspot.com/2011/10/in-nagoya.html)は僕もコメンテーターとして呼んでいただき、なかなか興味深い議論に参加させていただきた。

今回の会合で面白かった部分を何点か。

この「アフリカの子ども学」、「アフリカの」「子ども学」か、「アフリカの子ども学」か。つまり、「アフリカの」というところをどうとらえるか、言い換えれば、この研究会の突き詰めるところはどこか、というところがまだしっかりと決まらない。この会合に出席している全員がアフリカニストであるにも関わらず、「アフリカ」だけでは発信力に乏しいことを十分に理解していることは共通認識にある。
そして、今まで微妙にとらえどころのなかった「子ども学」に力点をいれて、幅広い意見交換を志向すると、どうしても「アフリカ」をやってどんなことが言えるか、また、みんな食いつくのかというところに行きつく。アフリカを愛するアフリカニストとしては、痛し痒しなところだ。

研究会レベルになったとしても、アフリカ、子ども、にもう一つか二つ、キーワードが必要になりそうだ。キーワードとしては学校とか、発達とか、生態とか、たくさん出てきたけど、きっともっとあるんだろうな、と思う。個人的に、だけど、理系の人がもっとかかわってくれないかな、と勝手に思っている。

まだこの研究会も始まったばかり。コアになる人が名古屋にいる、というのもいい。なんでも東京に集めておく必要もないので、名古屋Loverな人間として、少し大切にしていきたいと思う。

スケジュール管理

会社を辞めて早8年。学生を初めて早7年。

サラリーマンだったことなんてずっと前に忘れ去り、すっかり学生気分のだらしない生活に埋没している。確か、大学院に入った時はずいぶんいろんなことがきちんとできたし、もちろん今よりもずっとテンションが高かったけど、最近のグダグダ感は我ながらあきれ果てる。今年はちゃんとスケジュールの管理、自己管理をもうちょっときちんとやろうと思う。

一昨年、ちょろっと就職したときに、配給されたPCに入っているソフトで時間の管理をした。今だからいうけど、結構使えない。それくらい手帳に書ける。ノートパソコンを持って事務所をウロウロするのが「できるビジネスマン」っぽくて一時はまったけど、実はかなり無駄。このソフト、Yahoo!にも似たやつがあるけど、時間だけを区切ってスケジューリングするもので、かなりの機能がいろんなスケジュール管理ソフト(IT、アナログを含む)と被る。

で、最近、OneNoteというMicrosoft社のソフトを使うことにした。っていうか、PCをいじってたら発見したんだけど。きっかけはさておき、かなりこれは気に入っている。

今、レジュメを何本か書きつつ、データの整理をしつつ、研究会のこととか考えつつ…と年始早々割かし忙しくしてるけど、気になったことをメモ、というのがとてもやりやすい。もちろん時間の打ち込みは必要だけど、ダイヤリー形式にするとその日一日のTodoリストみたいなのが自動的に出来上がる。フォルダはエクセルみたいな増やし方で、その月毎のスケジュールの外側に大きなテーマで挟める。もう少し熟練しないといけないけど、今年はこれを使ってスケジュール管理をしてみようかと思う。

そんなわけで。今年はいい仕事しまっせ!

『街場のメディア論』内田樹 光文社新書 2010②

この本、もう少し。

先日、教育論を少し紹介したところで、2章以降のメディア論に移る。内田氏は以下のような論点を提示する。


論点1. 「マスメディアの凋落」
論点2. マスメディアが没落してゆくのだとしたら、いったいそれに代わって、どのようなメディアモデルが登場してくるのか。
論点3. 「インターネットとメディア」
論点4. 「コピーライト」の問題。
論点5. 「書物」は存続するのかという問い。


こうした論点の中で、特にテレビが批判される。たとえば、「ジャーナリストの知的な劣化」がITの
発達によって顕在化したことが指摘される(p.38) 。そして、日本のテレビ局と新聞社の企業の構造がテレビの存在意義を損なう根本原因だという。


個人的には、二つ目の話はよくわからないのでコメントしないが、前者に関しては日々実感させられる。ジャーナリズムが批判的でなくなったら、それこそ存在意義はないわけだけど、批判と中傷は違う。ジャーナリズムの劣化は、彼らが学んでいないから、しゃべることがなくて、敵(権力)を作り上げて、大したことのないことを揚げ足をとるだけしかできなくなっていることに見られる。


たとえば、今日の「報道ステーション」でもそうだ。二本松のマンションから放射能が検出された。その原因は、セメントに使った砂利が原因だったわけだけど、古館氏はまあおいておいて、解説者氏は、この犯人を捜し始めたのだ。ほかの方はどのように思っているかわからないけど、少なくとも、小市民たる僕の気持ちは、古舘氏も解説者氏も全く代弁していない。別に東電をつぶしてもまったく面白くない。



「「世界の成り立ち」について情報を伝えることがメディアの第一の社会的責務」だとすれば、「こんなことが許されていいんでしょうか」と言って、メディアが違う次元に逃げたうえでものを語る、内田氏流にいえば、「こんなことが起きるなんて信じられない」という顔つきはまったく恥ずべきものだと思う(p.56-58)。

とりあえず『弱者』(に見える方)の味方をしてみる、「クレーマー」化したメディア…「政治=権力」が悪で、「民衆=大衆」が善。たぶん、メディアリタレシーという言葉(最近聞かなくなったな)があるけど、こんなテレビメディアをリタレイトしようと思ったら、彼らが報道することを全部疑ってかからないといけないから、メディアを受容するのはずいぶん骨の…

『街場のメディア論』内田樹 光文社新書 2010①

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やらねばならないことがたくさんあるときほど本が面白い。『街場』シリーズ、実はまだ1冊目。Twitterもフォローしていて、発言が面白いので、古本屋で少しずつ買い揃えている。


僕は内田氏のような素養を持ち合わせていないのだけど、割と共感できることをおっしゃるので、このように言語化するのだ、ということをしばしば学ぶ。この本もそのような部分が非常に多かった。少しまとめてみたい。この本は講義形式で、第1講~第8講で形成されている。第1講、第2講がイントロ部分に当たる。


今回は第1講「キャリアは他人のためのもの」についてのメモ。この講は、ほぼ独立していて、内田氏いわく、メディア業界に就職を目指す人への心構えが述べられる。僕も自分なりに就職活動を経て考えたことに似ていた(もちろん僕は内田氏のように言語化できなかったのだけど)。

就職活動…僕らが就職活動に励んでいたのは、「氷河期」と言われた1995年。自分ではそれなりに頑張って、自分の大学のOBでもないのに、他大学のOBを訪ねてみたり、まだWebでのエントリーシートがなかった時代で、資料請求を150通も出してみたり。すでに「適正検査」とか、怪しい検査があったけど、実は一度も就職セミナーとか受けたことはなかった。なんか、占いで自分の好みを決められてしまいそうで。ちょっと家庭の事情があって、できるだけ給料が高いところがよかったので、好みの会社とかはなかった。

「適正」について、内田氏はこのように述べる。

「もともと備わっている適正とか潜在能力があって、それにジャストフィットする職業を探す、という順番ではないんです。そうではなくて、まず仕事をする。仕事をしているうちに、自分の中にどんな適正や潜在能力があったのかが、だんだんわかってくる」(p.18)

自分に合っているか合っていないか、は潜在的なものではなく後天的なものである。内田氏はさらに…

「与えられた条件のもとで最高のパフォーマンスを発揮するように、自分自身の潜在能力を開花させること」(p.21)

これがキャリア教育の目指す目標だという。戦後民主主義の平等主義、ネオリベ的な弱肉強食的世界観がよく反映されている就職を巡る会社と大学の間の関係、さらに生涯雇用の伝統が1発勝負の就職活動を要求する。たしかに、内田氏が言うとおり、「「適正と天職」幻想にとらえられているから、キャリアを全う…

リトルワールドカレッジ[1月14日]

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今度、リトルワールドでお話させていただくこととなりました[http://www.littleworld.jp/event/basic2011.pdf]。「リトルワールドカレッジ」という、犬山にある野外民族博物館リトルワールドで行われている講座です。「ブルキナファソの村の生活(仮)」という題目です。

大体準備は終わっているが、ちょいと微妙…割と家屋のことをお話される方が多い中、本当にちょろっとしか家屋のことには触れられそうにない。もっと、人の移動とか、生存戦略とか、そういうことをお話ししようかと思っている。あんまり怖い人がこないといいな…。


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『最悪』奥田英朗 講談社文庫

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サスペンスもの。奥田英朗の作品は初めて読んだ。Book offで購入。鈍行の旅のお供に、ということで、厚手のサスペンス。

3つのバラバラの話が次第に一つに集約されていく。町工場を経営する男性、やんちゃな若者(チンピラ)、銀行に勤める若い女性。3人がそれぞれの日常を生きる中で、本当によくありそうな落とし穴にはまりこんでいく。次第に近づいていく3人の人生、ちょっとしたきっかけで融資を受けられなくなってしまう町工場の経営者が茫然自失で銀行を訪れる、セクハラを受け仕事を辞めることを考える女性、この女性の妹と付き合う若者、そして妹の手引きによって姉が勤める銀行を襲う…

かなりボリュームがあるわりに、話の構造自体はそれほど複雑でなく、とてもシンプル。無駄な描写が多くなりそうなもんだけど、かなりスッキリした文体。帰りの鈍行で一気読み。小説世界に逃避したいときにはなかなかいいかも。

そして福岡へ。

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そういえば福岡のこと書いてなかった…


広島でお好み焼きを食べ、いよいよ最終目的地福岡の連れの実家へ向かう。

山陽本線に乗り、岩国を超え、下関に向かう。電車は海辺を走る。車窓から見える海岸線(写真撮れず)、久々に読む伊坂幸太郎、暖かいシート…身体が座っているだけで運ばれることを楽しむ。

12月30日の夕方、関門トンネルを抜け、いよいよ九州へ上陸。連れのテンションがあがる。僕はこの夜から始まる宴会の酒量に少し慄く…

そして…毎度毎度のことだけど、連れの実家ではものすごく良くしていただいている。いつ「お客さん」でなくなるかわからないけど、ザ・九州男児の義父さん、寄り添う義母さんにはとても気を使っていただく。義兄さんのところの義理の甥と遊んだり、温泉に行ったり、初日の出を見て山に登ったり…今回もなかなか楽しい滞在でした。本当にお世話になりました。

そして…新年2日、名古屋に向けて電車に乗り込む。途中で新幹線を使って少しずる[?]をしながら帰名。約1週間の鈍行旅が終わった。しばらく鈍行はいいかな…ははは。


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広島その③うまいもの2

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広島の朝。

とりあえず、修学旅行以来の広島。広島城でも行ってみるべ、ということで広島城へ。護国神社の前、大きなカメラを持ったオバサマになぜか写真を撮られる。連れ初登場。私喰いすぎでパンパン…


多くの屋台が並ぶ城内。お好み焼きとか綿あめとかはわかるけど、なんだ「神秘」って…(後に判明したのが、「おみくじや」らしい)。


で、広島城。年末年始で休みなんで、引き返す。

広島城を管理されている方へ。
かなりのお客さんがいらしていました。是非開けましょう。





で、原爆ドームなんかも行ったんだけど、やっぱり博物館や記念館は休み。そんなわけで、喰うしかねえべ、ということで、お好み焼き。旨い!












































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広島その②「うまいもの」1

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広島に到着した12月30日。Mさんも広島でお仕事とのことで、送っていただく。最後の最後までお世話になりっぱなしでした。

連れが「お好み焼き!」と元気に希望するも、僕のおいしいもの分析の結果、「お好み焼き」は翌日の昼でもいけるけど、おいしいお酒と「牡蠣」は夜じゃないと…という結果で、無理やり「牡蠣」にしてもらう。

そんなわけで、前菜にサラダ。これはままどうでもよい。そして…




これこれ…うふふ。

ブレブレなのは、感激で手が震えたから?!

粒は小さいけど、とても濃厚な牡蠣。本当はあと20個くらい食べられたけど、今日はこの辺で許してやろう、ということで。







これも行っとくでしょ!いい牡蠣って火を通しても縮まないんですよね。冷凍の牡蠣を鍋に入れて煮込みすぎてガッカリしたこと、ありませんか?






なんだかよくわからないけど、これは「さつま揚げ」。瀬戸内だと「ジャコ天」、鹿児島だと「天ぷら」かな。お店の人に聞いてないけど、間違いなく自家製。すり潰した魚(たぶんイワシなんだろうな…)の香りよく、炭火で炙って香ばしくもある。酒の肴はこうありたい。








で、〆の「カニの炊き込みご飯」。お店の人に「お茶碗1.5杯分」と言われ、小さな茶碗を想像したら、小どんぶり1.5杯分くらい(笑)。



そんなわけで相変わらず食べ過ぎたけど、大満足の広島の夜。





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弓削島

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年末の旅行の続き。

Mさんに弓削島に連れて行ってもらった。Tさんを港でピックアップしてアップダウンの激しい海岸線の道をドライブ。あちらこちらに柑橘の木が。

瀬戸内を見渡せる高台で休憩。その時の風景がこんな感じ。広がる瀬戸内の海にポツポツと浮かぶ島。浦島太郎なんかの海の風景を思い浮かべてしまう。

Tさんからこの地域の祭りの話を伺ったり、その後紹介していただいたHさんによるイノシシの話、町の状況…民俗学の発表でしか知らなかった、日本の状況が目の前にあった。アフリカのことは実感を持てていたのに、意外に日本のことには実感が薄かった自分に改めて気付かされる。学ぶことは多いな、ということを気付かされた滞在だった。

そんなに簡単ではないのだろうけど、こういう海があるところで調査してみたいな…などと、少し浮気心も…

あけましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

一昨日名古屋に戻りました。せっかく旅日記を書こうと思ってPCを持って行ったのに、XDカードのアダプタを忘れ(しかも、自宅にも見当たらず…)、写真(ほとんど食べ物…)をアップできず、とりあえず中断。明日アダプタを買ってこようと思います。

さてさて、本当にたくさんの災害があり、多くのリーダーが亡くなり、ヨーロッパの経済破綻とか世の中の仕組みのほころびが表出した2011年。2011年の漢字は「絆」だそうだけど、僕としては「壊」という字を当てたい。

毎年「激動の○○年」という言い方がされるけど、たとえば、「9.11」があった21世紀最初の年、2001年とかのように本当に歴史の教科書にしっかり記されるくらいの年であったと思う。いずれにしても、世の中で起こっていることを見ていると、あんまりいい年ではなかったみたいだけど、世の中の構造がこれほどもろいものだった、ということがよくわかった年だったと思う。「その場しのぎ」というか、色んなシガラミの中で取り繕われた色んなものが壊れたというか。

僕の2011年もある意味「壊」…というより「渇」という方がいいかも。おかげさまをもって、いろんなところに呼んでいただき、ずいぶん発表もさせていただいたのだけど、インプットが追いつかない、こんなことを常々感じながら過ごした1年だった。読むべき本もあったし、読む時間も合間合間にあったのだけど、時間のコントロールが下手くそだったかな…おかげで消化不良なプレゼンスを繰り返してしまった。名古屋に来て7年。新鮮な緊張感を含んだ気持ちがなくなり、グダグダな1年にしてしまったような気がする。

そんなわけで、一度今の生活を解体してもう一度コントロールできるようにしよう、というのが年末の鈍行の中で考えた今年の抱負。

こんな話も今やありふれているのだけど、破「壊」されることは何も悪いことばかりでない。古いものが壊され、新しいものを築く、この営みの繰り返しの中で今の世の中があるわけで、その循環の一つ。去年、壊れてしまったものをもう一度真摯に見直して、新たな一歩を。そんな一年になるとよいと思う。それが、「再建」とか「再興」ではなく、「創造」につながるように。