2013年7月30日火曜日

写真が苦手なもんで。


 8月2日に「オープンハウス」というイベントがある。何のことはない、年に一度、市民の皆さまに地球研を公開するのだけど、うちのプロジェクトには、写真自慢が多くて、写真の苦手な僕はかなり肩身が狭い。



昨年、かなり盛り上がった写真コンテスト。昨年のオープンハウスが終わった直後に「来年は動物写真」という課題が設定された。意識して撮っていたつもりだけど、PCのフォルダを開けて余りの少なさにびっくり。A4くらいに拡大するので、データの小さいものは自動的にボツ、とすると、ギリギリ7,8枚しか残らない。恥を忍んでその中から出す。

とある写真家の方には、「一枚にちゃんと文脈が見えるから、「資料」としてはいい写真だと思う」と、ありがたいお言葉をいただいた。民俗学者の宮本常一さんは、10万枚の写真を残したというけど、この人もあまり写真の旨い人ではなかったらしいけど、一枚に情報が詰まっている、という評価がある。こうなればいいけど、僕の場合は、一つの脈絡だけしかおさまらないので、あまりおいしくはない。

何とかしたいとは思うけど、これはなかなか…来年は調査に行っていようかしら。

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2013年7月27日土曜日

いくつかの講義を終えて

帰国後、間髪入れずに3つの講義で話をさせていただいた。一つはこれからタンザニアで活動をしようという大学生に、一つは在日アフリカ人のフィールドワークをしている講義で、もう一つは一般教養の一つだけどこれから人類学を学ぼうという大学生に。

最初と最後の講義は普段の研究発表に毛が生えたようなものだから、まあ、いいのだけど、在日アフリカ人の話題はなかなかしんどかった。話題は在日アフリカ人が起こした裁判のこと。どこを読んでも、権力側が作ったにも関わらず、そのテクストなど出てこないから、少々判官びいきがあれば次第にそちらに寄って行く。道徳を教えるわけでないので、フィールドワークを通して権利とか差別とかを相対的に見ていくことを考えるのだけど、このバランスが難しい。

日本で暮らす外国人、特に第三世界出身者は殊に大変な生活をしていることが多い。このことはわかってもらいたい。彼らに寄り添うことは大切なのだけど、それではフィールドワークにならない。そのことをわかってもらえるといいな、と思った。

2013年7月21日日曜日

『風立ちぬ』宮崎駿監督

 
 

帰国して数日間、なんとか時差ボケも治り、生活も少しずつ日常を取り戻しつつある。

実は、あまりキャッチアップしていなかったのだけど、嫁が前売り券を押さえてくれたので、『風立ちぬ』を見に行ってきた。

大雑把に言えば、宮崎映画にしてはストーリーがわかりにくくて、監督の意図がよくわからない(申し訳ないけど、宮崎駿が飛行機マニアだった、というのはあとで知ったとか、こういう宮崎駿ファンでないとわからない要素が多すぎる)。

「この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名の小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は“風立ちぬ、いざ生きめやも”と訳した。この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。」
http://kazetachinu.jp/message.htmlより)

こんなことが「企画書」にかかれているんだけど、宮崎的堀越次郎像と時代性がどうも一つの像を結ばない。ネット上では「老人の自慰的作品」という酷い評まであったが、少し深読みして、「古き良き麗しき日本」、それは時代自体が将来を夢見ることができた、高度成長期/『三丁目の夕日』時代ではなく、陰鬱な戦間期にさらなるノスタルジーを感じていたとすれば、こんな評が与えられるのは致し方なし、といったところか。

全てに意味を付与してしまうとキツキツな作品になってしまうけど、意味をちらつかされるとその意味を取りたくなる。逆に、意味に埋もれた無意味も目を引くので、その無意味の意味(逆説的だけど)を取りたくなる。いい作品は間(=無意味)が面白いものだと思うのだけど、この間の悪さが目立った。あと、外国語の翻訳の付け方が統一されていなくて非常に雑でいただけない。

2013年7月14日日曜日

「シリアス(まじめ)」に国際協力をやるということについて

*一応実話ですが、少し問題のある部分も出てくるので、まったく本名に関係のないイニシャルにて。

昨日あったAさんという人。今やっている調査のキーマンになる人なのだけど、その人と今後の打ち合わせのために事務所を訪れた。少し急なアポのせいもあり、これから2003年以来携わっている学校があるから一緒に来ないか、車の中ででも話をしよう、ということで、ワガドゥグから20㎞ほど離れたB地に行った。

そこには、約2haはあろうかという土地に、いくつかの建物が立っている。中学校を作っているという。校舎と寄宿舎、教員の宿泊施設は整っていて、ほかのいくつかの施設はこれから順次整えていく。そして、こんなビジョンがあって…ととても楽しそうに語る。

彼のキャリアは華々しくて、いうなればNGOエリート。彼とそのあと食事に行くのだけど、こんな話があった。

「見てくれたか?あの学校には、10年かかったけど、今後を含めると、数千万円単位のお金がかかっている。最近のこの国の発展を見ていてわかる通り、ありあわせのものではもう人は動かないんだ。ボランタリズム(無償奉仕の精神という意味で使っている)なんて、もう期待してはいけないんだ。質の高いものをどれだけ提供できるか、これからのプロジェクトはこれを考えなきゃだめだ。シリアスに考えなきゃ…」

いろいろな意味でアフリカは変化している。僕がアフリカに来始めた15年前とは隔世の感を覚える。最近「スモール イズ ビューティフル」を読んだのだけど、確か、僕が大学生のころはこの本、みんな読んでいて、国際協力業界を目指す人のバイブルみたいだった。この中に「適正技術」とか「中間技術」というのが出てくるんだけど、つまり彼はこういう、「途上国」向けの劣化版技術への批判を述べていたのか、と推測した。

「24時間テレビ」が始まった80年代中盤。アフリカは未曽有の干ばつに見舞われていた。この番組では10億円くらいの寄付が集まったと記憶しているが、そのお金を持ってエチオピアを訪れたこの番組を放映した会社のお偉いさんは「これで大丈夫だろう」と言ったとか言わなかったとか。こんな話が20年以上経った今でもリアリティを持っているのはなぜなのだろうか?Aさんがいうように「シリアス」に考えていないわけではないはずなのに、こんなギャップが今でも厳然と語られてしまう。

「箱もの」援助が批判され、「社会開発」という、何とも妙な方策がもてはやされ、一周回って「箱もの」の大切さも再認識されてきているわけだけど、もう一つ先に行って今の時代や開発のスピードを考えると、どうも対応が遅いような気がしてならない。僕も地味なこと(アンドロポゴン)をやっているけど、そのプロジェクトをやろうとしたところは金掘削に沸いていて、年間に数百円という効果になど目もくれないだろう。それを僕は「カネ/金の亡者」などというのは、まあ、こんな話の部類で、まったくわかっていないということか。一層、ネオリベ的にどこかの国が言い出したように、「投資」先としてアフリカをとらえた方がただしいのかな…

2013年7月12日金曜日

もう大体終わりということで総括。

7月12日金曜日。怖いのであとでチケットを見直すけど、たぶんあと3日残っていて、明日はクドゥグに出張することにしたので、ほぼ今回の調査も終わり。なので、今回の調査を総括する。

FBからブログに戻って、あとで見直せるようにと思って、データの切れ端から愚痴まで垂れ流してみたけど、なんせ愚痴の多いこと。お見苦しい。

でも、ちょっと読めばその時の感情の一部がよみがえってくる。調査というか、調査助手が多少おかしな方向に動き出したのをうまく止められなかった。これは僕のフランス語力としっかり方針を打ち出せなかったことが原因。改善しなければならない点①。

カセーナの家屋の調査は2日間ではやはり中途半端。しかし、1月の時にカネの亡者のような村に比べればいい村が見つかったこと、この村が犬山のリトルワールドに展示されている家屋だということが確認できたこと、中尾君を連れていけたことなどなど、収穫は多く、先々に向けて少し光が見えたことはよかった。今年度は無理だと思うけど、来年度か再来年度には1週間か10日ほど滞在してじっくりここを見てみたい。これは簡単なレポートにまとめる。

コーラン学校の調査。計6日間。これも中途半端。調査助手とのやり取りとお互いに納得いくまで話せたので、これは収穫。でも上に書いたように、まだうまく回っていない。結局、次回は4人で行動することになったけど、これは僕ともう一人ゲートキーパーという陣容に戻さないといけない。改善すべき点②。回れた学校は8校。ちょっと少なすぎる。まだデータになるような数ではない。次回はもっとペースを上げて回る。改善すべき点③。しかし、中でも最も大きな収穫は、基礎教育省の方から話が聞けたことで、これは論文を書く上でのバックボーンの一つになりそう。次々回あたりでもう少し深まるかもしれない。

科研費の調査準備。今年の乾季に予定している調査の準備。以前やった時の予算とレポートを入手。こちらの調査の仕方がわかったことと、(今日これから再度交渉に行くけど)協力者も得られ、実現に向けて二歩前進。

文献調査。センサスや教育関係のデータを集めた。これは予想以上の成果だった。帰国後に頑張って処理をすることにする。

アンドロポゴンの調査。ニジェールでの調査が厳しくなって、「保険」の意味でのBam県の広域調査。実際のサイトという意味では「?」だけど、可能な範囲でデータ収集をしてみようと思う。いずれにしても、これもレポートにまとめる。

項目で5項目。学会誌への報告書やら論文の校正、あと講義案作成など割とこなせた仕事も多かった。本もたくさん読めたし、コーラン学校の調査がうまく進まなかったのが痛いけど、雨季なのに、それなりに頑張った、ということで、今回はこれにておしまい。また備忘録でした。

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「なぜアフリカを学ぶか」考

アフリカを仕事場にする。僕は大学生の時にそう思った。その時何を考えてそう思ったのか定かではない。たぶんNGOとか国連機関とかで、貧しい人のために働く、ヒーローのようなものを想像していたように思う。

今でもそんなところはなくもないことが今回の滞在でわかったのだけど、それから15年くらいたって、なんか変わった気がする。それは、アフリカが「貧しい」という一言で片づけられないことが分かったからだろうし、貧しい中でも頑張って笑顔を絶やさない、美しい人々という幻想からようやく覚めたからなのかもしれない。実際、今回など、ムカつくことが多すぎてあんまり外に出たくなくなるほどだったのだから。

でもやっぱり初めて僕の仕事について聞く人や、きっとしばらく離れていた高校の友人などは、きっとまず「なぜアフリカ?」が最初の疑問になるはず。今回のTICADで初めてアフリカは新たな「投資」先として注目を集め始めたわけだし、個人的な感覚ながら、日本のビジネスパートナーとしてはまだまだ難しいと感じるはずだから、「仕事」としてかかわるにはなかなか理解するのが難しいと思う。

おおざっぱだけど、どんな人といると人は快適か、というと、そのかかわり方にもよるけど、親しくなりやすいのは、割と同質的な人なのではないか、と思う。もちろん、奇異なものに対する興味やお互いに歩み寄りのあった場合はまた別だけど、大体の場合、ある社会は多数の他者の集まりだから、多くの場合、異質なものは簡単には受け入れられない。また個人的な感覚だけど、アフリカの場合は、それでも懐が深いような気もするけど。いずれにしても、僕の場合、もうずいぶん長く付き合ったのに分かり合えないもどかしさ、この異質な人たちと分かち合えないしんどさが今回の「ムカついた」原因だったように思う。

確か、川田順造師も「くれくれ」を繰り返すテンコドゴ(ブルキナファソ中南部)の人たちにいら立ちを隠していなかったし、多かれ少なかれ、僕らの職業の人たち、つまり人を研究する人たちはたくさん「ムカついた」経験をしている。こういうことを少し客観的に見られるようになってやっと「なぜアフリカを学ぶか」ということを考えられるようになるんだろう、ということは本当につい最近になってわかった。これまでいい加減に「それでもアフリカっていいんですよ」とか説明してしまった人には申し訳なかったけど、やっと考えられ始めた、ということが言いたかったのでちょっと書いてみた次第。

また少しまとまったらこのネタ、もう少し書いてみたいところ。

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2013年7月11日木曜日

相談所:パイは一枚。

コングシ出張から帰った。思うような収穫はなかったけど、いろいろと発見もあり、まあ、これでよし。これでほぼ今回の出張の予定は終了。

なんども書いたけど、今年でブルキナ10年。どんだけ長くかかわるか、ということを自慢したいわけではなくて、今回は苦労話。

10年、立場を変えながら、いろんな角度からブルキナと関わってきた。ニジェールにいても、どこかよそのお宅にいるようで落ち着かないけど、ここはやっぱりホームな感じがしてしまう。しかし、ホームはホームで、いろいろとある。

そのいろいろの多くはおカネの話で、だいたいいつもおカネに困っている人たちと付き合っているのだけど、10年たってもやっぱりみんなおカネに困っている。それで、彼らの大体が小金が入ると余計なものを買う。ブラックベリーだったり、少し大きいバイクだったり。そんなもので、やっぱりおカネに困る。

僕は出張なので当然予算を組んでくるのだけど、赤字になる。年を追うごとに、その額は大きくなってきているみたいだ。今回など、ホテルに訪ねてきておカネの無心を受けること5回。出張中にも来ていた。いちいち話を聞くとたまに情が移ることがあるので、基本的にはかなりドライに、余計な話は聞かない。忙しいふりをして、要件を急がせる。「つまりなんだ?」「カネがいるんだけど…」と言った瞬間に、「ごめん、これで勘弁してくれ」と言って子どものお使いくらいのコインを渡して、二度と頼めないくらいにわざとプライドを傷つける。「ごめん」と思いながら…

ドライバーも助手も、この件、今回は特にひどかった。「俺とお前の仲」は一人ひとりとやっていられない。どこかで話が漏れるし、漏れた瞬間、さらにひどいことになる。「おまえ持ってるんだろ?」そんなのがところどころに見える。できるだけのことはしてやるけど、あるところを超えたら手におえない。確かに大金を持ち歩いてはいるけど、彼らの無心で仕事がダメになったら元も子もない。これはこれで彼らに末永く付き合ってもらうためのためなのだよ。わかってもらえないだろうな…

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2013年7月8日月曜日

完全休日は苦手です。

出張から帰り、昨日は9時ころに本を読みながら寝てしまった。電気をつけっぱなしで、そのまま5時半まで。朝からちょっとメールをやったり人に電話をしたり。洗濯。ネット。お昼を食べて、昨日の続きの本を読んでまた少し昼寝。ネット。ちょっと領収書の整理やらパワポ作りなどちょっと仕事。

日本にいても似たようなもので、映画も音楽も好きだけど、没入するほどではない。普通に買い物に行ったり、ご飯作ったり。名古屋にいるときまではよく泳ぎに行ったけど、京都では環境が悪くてあんまりそんなこともせず、その代り、ピクニックみたいなのが時々あるけど、まあ、趣味というほどでもない。結局空いてる時間に仕事したりしてしまう。

そんなわけで、どこにいてもこんなもんで、基本的に時間を持て余してしまう。

前回は久しぶりのブルキナということもあって、人に会いまくって、ほぼすべての夜が埋まっていたけど、今回はかなり控えめで、これまで1,2度程度。でも完全休日は初めてか…そう考えると、こういう時間も貴重なんだろうけど、1日で飽きてしまう。そんなわけで少し仕事にかかります。

明日から水曜日まで再びコングシ出張。帰って4日ほどで帰国の途に就く。9日からラマダンに入る予定で、この出張でほぼ今回の出張は予定完了。あとどれくらいできるか…



2013年7月7日日曜日

調査終盤、しかし調査端緒に就く?

今回の滞在、最後の1週間に突入した。出発前にこのあたり一帯の動きが鈍くなるラマダンになるべく重ならないように気を付けたのだが、今年は7月9日からの開始ということで、実質上はあと数日、というところだろう。

この1週間は、アンドロポゴンの調査のできそうなところを探ることが目的で、できれば、どこでやるかまで決められれば、と思っている。ただ、一方で、セネガルという選択肢もあるので、よほど魅力的なところでなければ、この調査を流す、ということも考えながらで、かなり厳しく選定することにしている。今回の調査は調査地に据えているBam県で、この地域に詳しい京大のMさんと同行している。

しかし、マリの一件のあと、この地域の北3分の2が渡航延期勧告(実質上禁止)が発令されていて、非常に動きにくくなってしまった地域だ。Mさんもこのあおりを受けて調査地の微修正を余儀なくされ、二人で相談しながらの調査となっている。

思い起こせば、こんな局面はここ8年間の僕の調査人生では常に付きまとっている。修士論文が一段落し、方向転換して始めたストリート・チルドレンやコーラン学校の調査は、少し軌道に乗ってきた2011年にブルキナファソのごたごたで。代わって始めたニジェールの村の調査も調査を始めて半年後にマリの政変のあおりを食った形のニジェールの混乱で。都度なんとか立て直してきてきた。あんまり関係ないけど、NGOの仕事なんかも、再建業務が多かった気がする…

ともあれ、これ以上フラフラするつもりもないので、この辺で落ち着いて、結果が出るまで調査をしたいもの。ニジェールである程度見通しのついた方向性に合わせ、社会経済的な分析ができそうなところがあればよいが。来週月曜日から予定していた調査がなくなったので、数日間落ち着いてじっくり吟味してみようと思う。

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2013年7月5日金曜日

ブルキナの雨季の過ぎし日は恋しき

まだセンチメンタルにブルキナを懐かしむようなタイミングではないが、そんな気分な今日。正味6日間という短い間だったが、今日で今回のコーラン学校の調査が終わった。正味6日と言っても、実際はもっと短くて、回れたコーラン学校は10校前後。成果としては全然満足のいくものではない。頭の中では、30校前後を想定しただけに、この遅れははっきり言って痛い。

それよりも、収穫と言っていいのか、得たものは学問以前の人間的なものだった。いつも、ブルキナを去るときに思う、ちょっと成長したかも、という錯覚がすでにある。この間、いろんな思惑と誤解と理解をめぐる4人の友人同士の激論の日々だった。相当消耗したけど、議論の主たるアミノゥとはなんか今日で一端の終わりを迎えることをずいぶん寂しい顔をして迎えた。僕もそんな顔をしていたように思う。

話の発端は、僕の調査観と彼らの生活(おカネ)観のズレからくる誤解だった。友人に仕事を回さないことが彼らに不義理に写り、アミノゥは激昂し、僕はそれに応戦した。普段あまり使わないScientist(科学者)という言葉を使い、僕らの職業倫理のようなものを振りかざした。双方がまったく理解できない(僕はしていたつもりだったけど)議論で、彼らと仕事ができるか不安が付きまとった。これが2日目だった。

その後、3日目は変な雰囲気で、それ以降は時々そんな話になるものの、大きな話の発展はなく、最終日を迎えた。しかし、お互いが理解を求め、お互いに懇願し、お互いに理解しようとした。

そして、今日。午前中で仕事を終え、お昼を食べてホテルのテラスで今後の予定を話し始めた。そして、僕はゆっくり話した。あなたたちには関係ないことだけど、科学者と言っても、いくつもの分野があり、それぞれ、また一人ひとりやり方がちがう。調査をする人が違うように、調査を手伝ってくれる人に求める能力は違う。必ずしも調査助手が必要であるとは限らない。友人として、みなさんに仕事を回したいのはやまやまだが、調査に来る人にそれを強いることはできない。もし、求められる人になりたいなら、たくさん本を読んで知識を身に着けるしかない。僕らはそうしてきているし、これからもそうしたい。これは助手でも科学者自身でも変わりはない。僕らは国からお金をもらってきている人たちだから、お金がもらえなくなったら5年も10年もブルキナに来ないかもしれない。そうしたら、君らはどうするの?皆さんは自分の仕事があるでしょう?もし、皆さんが科学者を目指すなら本を読んだり、そうするといい。でも、そうでないなら、今までくらいに僕と付き合っていた方がいい。皆さんの本職を優先して、時間が合えば手伝ってくれる、これくらいで僕は満足している。短かったけど、今回はありがとう。

マリの影響で、西アフリカ全体の観光客が減っている。小さな影響はここにもあって、そこに現れた旧友は少し長い目で僕らに仕事をくれるかもしれない、という彼らの淡い期待は見事に裏切られるのだけど、僕らはそういうスタンスでしか彼らと付き合えない。もちろん身銭も切るし、困っていたら少し色を付けたりもするのだけど、じつはそんなことをどれだけやってもあまり意味がない。それよりも、どれだけ話をして、どれだけお互いを理解して仕事をするか。お互い、その辺はなんとなく理解できたのではないか。僕は粘り強く言葉を交わすことの大切さを学び、彼らは外国人が必ずいうことを聞いてくれるわけではないことを学んだ(はず)。

そんな初歩的なことを今更…ではあるのだが、苦しくなった時に見る異人が神となることがあるように、すべてわかっていると思った友人があまりわかってくれていなかったという現実が時々あるように、なかなかそれぞれのリアルな状況は一致しない。お互いの認識上のリアルを一致させる作業はいつも必要で、コミュニケーションをいうややこしい営みがいつも大切なのはそのためなのかもしれない。

でも、最後に残った彼らへの愛おしさは忘れたくないし、10年目に入ったブルキナファソとの付き合いはこの思いと共にまだまだ続いていくような気がする。

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2013年7月4日木曜日

今回の調査の問題点①

夕方訪ねてきた友人が帰り、データの整理をしていて、録音データをまとめているうちに寝てしまって変な時間に起きた。またそのうち眠くなるだろうけど、手持無沙汰なので備忘録的な記事を書くことにした。

今回はニジェールの時に引き続き、コーラン学校の聞き取り調査を行っている。いくつかの視点からの分析を考えているのだけど、一つは都市、郊外、という先進国によく見られる構図がワガドゥグにあてはまるのか(これは説明が長くなるのでここからは割愛)、ということとか、どれくらいの学校があるのか、子どもは何人くらいいるのかという統計的なものとか、マラブーの遍歴とか、出身地とか、こんなことを考えながらやっている。

ニジェールの農村でやっていた時は、10日間で100校近く回れたのだけど、今回と比べると格段に効率がいい。助手をしてくれていた人が優秀なのは一つあるけど(やはり調査慣れしている)、やっぱり村という単位を束ねると、一つ一つの村の情報が集約されているので、プロットが読みやすい、ということがある。昨日は幸い3つ回れたけど、まあ、こんなことはこれまでにほとんどない。どこに挨拶に…とか、あそこも挨拶…とか、とにかく調査の前段階がやたらと長い。そして、今手伝ってもらってる人が事前に調べてくれて今くらいのペースだから、これがなければ、どれくらいで来ていたか…

もう一つ違うのは、都市のマラブーはやたらと動く。村の場合は何の前触れもなしに行っても、ほぼそこらへんにいてくれたけど、バイクが生活必需品のワガドゥグの場合、ちょっと行ってくるが10㎞も離れたところだったりするので、おいそれとも帰ってこられないということもある。

本当はもう少しペースを上げたいんだけど、如何せん、この辺の理由では致し方ない。一つ一つがステップなのだから。予定をもう少しゆっくり目にするしかないのかな…

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2013年7月3日水曜日

よせてはかえす波のように

明け方から降る雨のため、午前中の調査はお休み。うれしいような残念なような、複雑な気分の中、とりあえず少しはやることを進める。調査中なのに次の調査の計画を立てたり、ホテルに篭れば日本と同じように追われるものに追われている。院生時代のあののんべんだらりとした調査が懐かしい。

それで、やることはいくつもあるけど、そろそろやっておかないといけないのが次の調査の予定建て。次はセネガルがメイン。「アフリカ子ども学」のワークショップが前半、中にブルキナの1週間をはさみ、後半はボスとプロジェクトサイトの開拓、これはニジェールの調査が長期的に厳しいと判断してのことで、こんな予定。少し短めにして、約3週間。1週間ずつ行ったり来たり。やることもかなり明確だし、メリハリがある滞在になるのではないだろうか。

セネガルは2008年以来だから5年ぶりの訪問。物価が上がっているとも聞くし、ブルキナファソ同様安定した国だから、5年ぶりということは隔世の感があるだろう。前回は修論のご褒美調査のようなもので、ダラリと半分観光地巡りのようなことをやった。今回はダカール、サンルイの海沿いで少し活動して、後半はボスと砂地を探す。セネガルで調査地を探すようになると思わなかったけど、先兵隊のような仕事は大好きなので楽しみだ。

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2013年7月2日火曜日

アフリカの交渉力

僕はいろいろなテーマで研究を進めながら、やはり「都市」という空間に一番興味があるのだと思っていて、大体何をやってもここに戻ってきてしまう。決して混沌とした中を生き抜くような力は持っていないけど、特にアフリカという地域の都市では、思いもよらない発想に出会うことが多くて、それにとても興味をひかれる。

こと近年、ますますグローバリゼーションやら近代化が進み、いい意味でも悪い意味でも人々は僕らがイメージする都市的なスマートさを備え、僕にとってはそれはあまり面白くない。確かに日本にいるときのまま付き合っても違和感を持たないし、気が楽ですらある。

今回はこれまでずっとワガドゥグで過ごしていて、ワガドゥグの役所の対応はまさに都市的で、少なくとも表面的にはスマートになったし、アンダーテーブルを要求されることもなくなった。喜ばしい、とは思っていたけど、ちょっと物足りない、と言っては贅沢だろうか。

ここ数日間でいろいろあった。もう話すのも面倒な気分になったり、怒り頂点に達するような気持になったり、理解するのをやめようとしてしまったり…実はあまりポジティブな気持ちで過ごしてはいなかった。でも、ふと気づくのは、彼らが話すことを止めないことで、それはもちろん、僕が外国人で、仕事のためにここにきていて、つまり、お金を持っているから、という部分も少なからずあるはず。でも、この交渉力、硬軟交えた話術、しかもいくつもの言語でそれができる、というのはすごい能力だな、と思う。僕がネガティブになった理由は一向に解決していないのだけど、自分も突っ張っていたことがある瞬間にわかる。時に思考停止してみて、流されて、もう一度考えてみる。僕の反射神経の鈍さもあるけど、また話を聞いてもらえると思うと、こんな風に付き合ってみるようにしてみた。考えつづけ、話し続けること、もしかしたらアフリカから学んだ一番大きな生きる術なのかもしれない。

今日は朝から雨が強くなったり弱くなったり。午前中は調査をやめてホテルで作業。雨季は都市にいてもこうして自然の流れに逆らわずに生活する。たぶん少し頭冷やせよ、っていう何かのメッセージなんだろう、と都合よく考えてみたりもする。

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2013年7月1日月曜日

あと2週間。何ができるか。

今日はほぼブルキナファソ調査の中日。完全休日にして、好き勝手にやっている。出国してからそろそろ1月になるのだけど、まあ、学会をこなしたり、論文を書いたり、講義の準備をしたり。ブルキナに着いてからもセンサス集めは比較的うまくいっていて、帰ってからの情報処理さえやればそれなりに成果は上がっていそうなのだけど、ブログで散々書いてみたけど、肝心のフィールドワークはあまり満足のいくものではない。

1年ちょっと、フィールドワークとしてはあまりに散漫なものだけど、ニジェールの村でやってみて、都市でのフィールドの難しさみたいなものはここへきてひしひしと感じる。難しさはテーマの多さなのだったり、都市で揉まれた人のあたりの強さだったりする。ないものねだりだけど、村の調査はそれは静かに進む。都市に比べれば社会構造もシンプルなので、都市のようにあっちにもこっちにも気を使いながらやる必要もない。あと、僕がニジェールでフィールドとしていたところで調査を手伝ってくれていた人が適度に外部者にも拘わらずその地域を熟知していたというアドバンテージもあった。

愚痴っぽくなってきたけど、今回の調査は、①フィールドワーク3割、②いただいた科研費で目論んでいるストリート・チルドレンの統計を取る調査の打ち合わせ3割、③あとはプロジェクトのアンドロポゴン調査のできそうなところを探すのが3割、④あと1割は文書資料の蒐集が目的だった。まあ、この最初のフィールドワーク、ちょっと欲張り過ぎたこともあって、これでずいぶん消耗しているのだけど、まあ、とにかく半分の日程が過ぎ、①が半分終わり、②が明日あたりが山場で、③が今週末から、④が終わった、というあたり。毎回100%は無理だけど、とりあえず少しでもめどが立つといいんだけど。

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