2015年1月22日木曜日

岐阜合宿(20150114-15)①食レポ

昨年から始めた所内の研究員のみによる合宿。フィールドワークというか、その土地についての解説を受けながら、それぞれの分野から発言し、様々な分野からの視点を学ぶ、という趣旨で行われている(と理解している)。昨年は近江八幡、今年は岐阜になった。今年のナビゲーターは昨年から仲間入りした岐阜出身の關野さん。

まあ、まずは軽いネタ。食いもんネタから(ここで終わると遊びに行っているようにしか見えん…)。

お昼過ぎ、岐阜駅について自転車を借り、まずはお昼ご飯。そしてまずは東海圏のめし。味噌カツ。ダブル+大盛り。甘っちょろい京都に慣らされた僕も名古屋圏の破壊力のあるメシの威力を再確認。カツを余していると、お店の方が、「大盛でいい?」と当たり前のように大盛を持ってくる。さすがだ。

初日、その後山川醸造(醤油工場)の見学で醤油をテイスティングして、そして、タイ焼き屋さんにも連れていってもらったけど、残念、写真を撮っていない。

2日目。順番は逆だけど、久しぶりにナポリタンを食べた。朝、出勤前に見ていた日野正平の番組でうまそうだな、と思っていたのもあるけど、そういえば、東海圏のナポリタンには卵が引いてある、ということを皆さんに紹介したかった、というのも。ガッツリ。


で、そんなわけで、前菜扱いされているような、ちゃんとしたお昼ご飯。「楮」というオシャレ和食屋さん。名古屋に住んでいたにも拘わらず(住んでいたため)、岐阜のことは大して知らないのだけど、關野さんいわく、外食産業が非常に盛んとのこと。中でも、「岐阜にきたらここのランチを」ということにて。


白身魚のシンジョに鮟肝がめり込んでます。



焼ブリをクルミと春菊のソースで。和フレンチっすね。



〆の枝豆ごはんとお味噌汁(赤だしではない⇒ここは岐阜を主張してほしかった…)。

そして最後のイチゴ+ミルクゼリー。

やっぱり知ってる人に連れてきてもらうといいものにありつける。自分の足で探すのも楽しいのだけど。

2015年1月21日水曜日

セネガル-ブルキナファソ調査(20150128-0226)

今年度最後の調査が間近に迫ってきました。つい20日ほど前に帰国して、またか…とも思わないではないですが、また行きます。日本にいる間の1ヶ月、やろうと思っていたことの半分くらいしかできず、自分の無能ぶりがいやになりますが…

今回はパリで打ち合わせ、セネガルでセミナーの開催をして少し調査、ブルキナファソではカセーナの住居の本調査とこの前遣り残した調査を少し。こんな予定です。もちろん、ほかにもこまごまとあるのですが、この辺が中心です。

今回の山場はセネガルでの発表(準備がまったくできていない…)とカセーナ調査のときに飛ばすドローンの操縦。昔からラジコンとかに興味がなかったので、とっても下手。そして、操縦マニュアルの理解力が非常に弱い。どの部品がどんな役割をしていて、それがなぜ着いているのか、ということがわからない。「学び」ということが、机の上でやるものではなくて、「遊び」に類するものから派生してくる場合もあること、そういうことがよく理解できました。やっぱり遊んどかなきゃダメですね。

ともあれ、正味25日ほどの滞在。少しでも多くのデータを集めて、少しでも処理をして、少しでももっていった宿題を終わらせる。年度終わりももうすぐですし、そんなことも考えながら行ってきたいと思います。

2015年1月20日火曜日

大豊泰昭さん逝く


ドラゴンズ、タイガースで活躍した大豊泰昭さんが亡くなった。51歳と、まだまだお若いのに。2009年に白血病にかかり、一度は復活したのだが…

大豊さんは90年代の大打者。イメージでは、4番を打つとプレッシャーで潰れてしまうような、少し繊細な部分がありながらも、とにかく、その力強いフォーム(実際にものすごいパワーだった)はいつも何かを期待させられた。僕よりだいぶ先輩だけど、何度かタイトルを取って自信がつけば、きっとものすごいバッターになるだろう、と思っていた。

大豊さんが活躍した当時のドラゴンズは、井端や荒木、森野あたりはまだ入団したかしないかのまだひよっこ。立浪や山崎、投手では山本昌や今中といった選手が中心だった。若き日の福留なんかもちょうど入ったくらいだったか…外国人もパウエルなんかがいて、監督は星野、高木。どちらかと言うと打のチームといった感じだった。本塁打王を取られている大豊さんが3番や6番あたりのイメージが強いから、そういう打線は応援する側としては非常に心強かった。難点負けていても何とかしてくれそうな雰囲気があった。何度もホームランを見ているけど、初速が速くて、放物線を描くというよりも、どこまでもまっすぐに上がっていく打球だった気がする。引退されてずいぶん経つので、「あれが見られなくなる」という喪失感はないけど、しかしながら残念だ。引退後はスカウトなども勤められ、今メジャーにいるチェンを連れてきたのも大豊さんだったという。

引退後は、東山区あたりで中華屋をされていた(のちに岐阜に移られたらしいが)のは知っていて、大学院在学中に「いつかは…」と思っていたが、それも叶わず。いまさらそれも心残りだ。

間違いなく一時代を築き上げた選手。ある人の死に際し、変わることのない弔意を表したいが、同じ時代に僕らを楽しませ、また、自分の道に賭ける覚悟のようなことを見せてくれた大豊さんに感謝の気持ちを表したいと思う。合掌。

2015年1月18日日曜日

伏見小旅行(1月17日)


1月末からの出張で連れの誕生日に日本にいないので、少し早めの誕生会。嫁のリクエストで、伏見の酒蔵を見に行くことになりました。もちろん、「試飲」が目的だ。冷えた正月に比べればずいぶんと楽な外出だったし、このあたりにアパートを探したことはありましたが、まだちゃんと行ったことのないところだったので、思いのほか楽しい小旅行になりました。

まずは中書島で降りて、徒歩5分ほどの「月桂冠大倉記念館」へ。まあ、月桂冠の運営する博物館です。伝統的な酒の製造手法が、当時の道具を陳列しながら実に詳しく説明されていました。

先日岐阜の山川醸造に訪れた際に、やはり同じような樽を見たのだが(後日報告)、現在はとても貴重なものになっているという話を思い出した。こうした樽は、日本酒の製造に使われ、醤油・味噌製造者に払い下げられ、そして、最後に漬物に使われていたといいます。日本酒と醤油、味噌で使われた樽でつけられた漬物、さぞかし旨いだろうな、と思いました…。



ともあれ、ゆっくりと博物館を回り、当初の目的の「試飲」を済ませて、ベタベタだが、近くにある「寺田屋」に向かった。200mほど。川沿いを歩いたが、なかなかの散歩道です。休日ということもあり、かなりの数の観光客がいましたが、割とスムーズに回れました。ただ、刀傷やら、銃跡などあったのですが、どの部屋に竜馬がいたとか、そんなことが示されていなかったので、割と盛り上がらない。史跡をデコレートするときに、こういうことが大切ですね。

その後、黄桜の展示を見て、三条でディナーにて誕生会となりました。




2015年1月12日月曜日

藏本龍介(著)『世俗を生きる出家者たち 上座仏教と社会ミャンマーにおける出家生活の民族誌』法蔵館


著者の藏本龍介さんからご高著いただきました。ありがとうございます。

1月10日に「宗教組織の経営」研究会を開きました。2011年以来、はや4年となりますが、藏本龍介さん、中尾世治さんとはじめ、その後3人のメンバーを加え4年目に突入しました。この研究会は元々とある方に藏本さんの研究と僕の研究の共通点があるから話してみては、とお誘い頂いたことがきっかけでした。当時から伺っているご研究が一冊の本になったこと、感慨深いです。


ぜひ優先的に拝読します。


【目次】
目次:
序論

第一章 問題設定
はじめに
第一節 出家生活のジレンマ
 1 ウェーバーの遺産
 2 出家者の経済倫理
第二節 出家者研究の系譜
 1 共生モデル
 2 振り子モデル
 3 近代化の中の出家者
 4 出家生活の地域的多様性
第三節 本書の概要
 1 本書の目的・方法・構成
 2 調査および調査地の概要

第一部 経済的現実への対処

第二章 ミャンマー・サンガの歴史と構造
はじめに
第一節 ミャンマー・サンガの歴史
 1 ミャンマー史の概要
 2 王朝期:国家サンガ組織の成立
 3 植民地期:国家サンガ組織の瓦解
 4 独立後:国家サンガ組織の復活
第二節 ミャンマー・サンガの構造
 1 出家者の種類
 2 出家者のライフコース
 3 移動がもたらすつながりと同質性
まとめ

第三章 都市を生きる出家者たち
はじめに
第一節 ミャンマーにおけるサンガの「民営化」プロセス
第二節 ヤンゴンの僧院概要
 1 ヤンゴンの歴史
 2 僧院の集積
 3 僧院分布の偏り
第三節 「市場価値」の高い出家者たち
 1 世俗的サービスを提供する出家者たち
 2 「出家者らしい出家者」たち
第四節 都市僧院の経済基盤
 1 都市僧院の布施調達活動
 2 セーフティーネットとしての在家仏教徒組織
まとめ

第四章 僧院組織の実態と問題
はじめに
第一節 僧院組織の構造
 1 僧院内の出家者
 2 僧院内の在家者
 3 浄人システムの限界
第二節 出家者の所有権に関する律の規定
 1 仏教学の整理
 2 ミャンマーの律解説書の整理
 3 両者の比較
第三節 僧院不動産の相続
 1 僧院不動産の相続方法
 2 僧院不動産の相続問題
まとめ

第二部 教義的理想の追求

第五章 挑戦の始まり
はじめに
第一節 「森の僧院」との出会い
第二節 X僧院の系譜
 1 在家仏教徒組織の仏教改革運動
 2 シュエンジン派の仏教改革運動
第三節 X僧院の設立と波及
 1 X僧院の設立
 2 Y僧院への波及
まとめ

第六章 「出家」の挑戦
はじめに
第一節 「出家」というアポリア
 1 『贈与論』からみた「出家」
 2 「出家」を可能にする宗教的世界観
 3 「森の僧」の限界
第二節 「出家」の作法
 1 「出家」の目的
 2 「出家」の方法
第三節 「出家」の行方
 1 「森の僧院」の富裕化
 2 支持基盤としての都市社会
 3 土着化の可能性
まとめ

第七章 僧院組織改革の行方
はじめに
第一節 X僧院組織の特徴
 1 僧院管理委員会の存在
 2 X僧院の僧院規則
 3 X僧院の組織図
第二節 管理委員会の実態
 1 私有財産の管理
 2 不動産の管理
第三節 在家者による出家者管理の可能性
 1 マハースィー瞑想センターとの比較
 2 自立と依存の揺らぎ
まとめ

結論

第八章 結論・考察
第一節 世俗を生きる出家者たち
第二節 出家者の行方

図版一覧
参照文献
あとがき
索引


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2015年1月8日木曜日

ブルキナの政変 番外編①

年明け最初の仕事は、10月末の「ブルキナの政変」に関する資料収集です。

5日から始めて、ブルキナファソの主要3誌(Le Pays, Observeteur Paalga, Sidwaya)にJeune Africaやらネット系の配信会社のものやら…まだ整理が終わっていないのですが、ファイル3冊分くらいのニュースソースが集まりました。先日から作り始めているノートはとりあえず、1,2個の媒体をベースに骨格をつくり、そこに肉をつけていって文章化しようという算段です。

まあ、とにかく、この資料収集が大変で、大体単純作業なわけです。記事のリストから記事を選択して、プリントアウト、いらない部分を捨て、日付順に並べ、ファイリングする。途中で席を外すときは、必ずキリのいいところまで遣ってから。お昼休みはデスクで済ませ、ここまでほとんど座りっぱなし(今日はほかの用事があったので、そうでもなかったですが)。

今日はアップできそうにないのですが、10月29日から31日までのデモの様子を書き込んでいます。今回の政変の一番の盛り上がりを見せるところです。デモ自体、資料を読み込んでいるとすごく特殊で、おそらく先にも後にも、これほど統制の取れたデモはなかったのではないか、と思います。新聞や雑誌でどれほどこうしたことに論及されているでしょうか。また、その後の「マナマナ運動」。これも今回のとても重要なポイントです。新聞上ではあまり取り上げられていませんが、これもブルキナファソの政変のメタファーとしてとても大切なものだと思っています。

週末は研究会のため、来週末に再び再開したいと思います。

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2015年1月7日水曜日

ブルキナファソの政変②-a デモ行進前夜(改訂版1)

ブルキナファソでの研究仲間の中尾世治さんから情報提供をいただきましたので、昨日アップした記事を改訂します。

10月21日(火)
「臨時閣議において政府が憲法第37条改正のための国民投票実施にかかる法案を国民議会に提出することを決定」(在ブルキナファソ日本大使館、10月22日発表)した。これに対し、野党系の議員(特にAblassé Ouedraogo氏。その他、聞き取りによれば、Zéphirin Diabré, Roch Marc Christian Kaboré, Salif Diallo, Hama Arba Diallo等も)によって、10月28日に「ブルキナファソ全土における抗議のためのデモ行進及び集会を行う」(同上、http://burkina24.com/2014/10/21/ablasse-ouedraogo-lopposition-fera-tout-pour-faire-capoter-cette-initiative/, 2015/1/5閲覧)呼びかけがなされる。
(日本大使館はこの時点で「外出注意」を促す)



1021日午後に、13の市民団体(organisations de la société civile)が会合を開き、憲法改正反対の声明を出す。
参加団体は以下。
1- Mouvement 21 (M21)
2- Réseau d’action pour la démocratie (RAD)
3- Collectif anti-référendum (CAR)
4- Coordination des organisations de la société civile (COSCA)
5- Balai citoyen
6- Mouvement ça suffit
7- AOPS
8- Association prendre son envol
9- Le Front de résistance citoyenne
10- Délégués des cités universitaires
11- Association Somkiéta
12- PPNKS
13- AEP


10月22日(月)
・Zéphirin Diabré氏(野党連合(?)のリーダー)が臨時閣議決定を「憲法のクーデタun coup d'Etat constitutionnel」と評価し、コンパオレの画策を止めるよう呼びかける。
(http://burkina24.com/2014/10/22/contre-le-referendum-une-journee-nationale-de-protestation-le-mardi-28-octobre/, 2015/1/5閲覧)
・ウェブニュース「Burkina24」に今回の憲法改正計画が公表される。上記37条を、「1度再選可能」⇒「2度再選可能」とし、最大15年の任期に延ばそうとしていること、また、憲法165条(憲法改正要件に関する条項)に「大統領任期の期間と(か)再選回数に関するもの」を付け加えるとしているとした。
(http://burkina24.com/2014/10/22/modification-de-larticle-37-le-text-du-projet-du-loi/, 2015/1/5閲覧)
・10月21日夜間にすでに一部の若者たちが抵抗運動を開始した、という報道がある。
(http://burkina24.com/2014/10/22/ouagadougou-des-jeunes-manifestent-spontanement-contre-le-referendum/, 2015/1/5閲覧)

10月23日(火)
ワガドゥグ北東部のKossodo街区でデモがあり、一部道路を封鎖した。
 なお、後日の報道では、このデモは自発的なものだとされる。

 同日午後、ワガドゥグのLe pont John Kennedy, à Tanghinで国民投票に反対する自発的なデモが生じ、一部道路を封鎖した。


10月24日(水)
1024日午前、市民団体のLe Balai Citoyenrond-point sur l’Avenue Tânsoba Kiema (non loin de l’agence SONABEL de la ZAD)を封鎖し、国民投票に反対するデモを行った。これは1021日の野党系議員のアピールに続いたものであると報道されている。
 同日、ワガドゥグから東に10時間ほどのNiokoで若者たちが道路を封鎖し、デモを行う。
 同日、ボボ・ジュラソでもデモがおこなわれた。なお、報道からは主催者不明。


10月25日(木)
特に動きなし

10月24日(金)
ブルキナファソ内の17のNGOが
(http://burkina24.com/201410/24/burkina-17-organizations-de-la-societe-civile-creent-le-comite-de-soutien-au-referendum/, 20141111閲覧)
日本大使館は28日、29日、30日の外出禁止を在ブルキナ日本人に対して通達。

10月25日(土)
・サンカリスト(サンカラ元大統領支持者*)政党が同盟を組み、l'Union pour la Renaissance Démocratique / Mouvement Sankariste (URD/MS)を設立。
(http://burkina24.com/2014/10/27/burkina-faso-une-autre-union-dans-les-rangs-des-sankaristes/, 20150115閲覧)

*サンカラ元大統領は、1984年に革命政権を樹立。この際の腹心としてブレーズ・コンパオレ前大統領が大きな役割を果たしたものの、1987年のクーデタではコンパオレ前大統領により殺害された。

10月26日(日)
特に動きなし

10月27日(月)
・女性組合が憲法改定に反対してワガドゥグ市中心部でデモ行進を行う。
(http://burkina24.com/2014/10/27/burkina-des-spatules-contre-la-revision-de-la-constitution/, 20150115閲覧)
・国民投票の是非を問う国民議会での議決の時間が30日16時から30日10時に変更される。
(http://burkina24.com/2014/10/28/article-37-le-vote-du-projet-de-loi-ramene-a-10h-le-30-octobre/, 20150115閲覧)
・午前9時頃120万人とも言われる人びとが「国民広場Place de Nation」に押し寄せる。反対派のZéphirine Diabré氏は「今日のデモは大成功だった。これが最後通告。今まさに粉砕すべき場所を通過したのだ(Maintenant, ça passe ou ça casse)」とし、コンパオレ政権に対してけん制した。そして民衆に対しては、「変化は、今か永遠にないか、どちらかだ。Le changement, c'est maintenant ou jamais)」と呼びかけ、30日午前中となった議決次第では最終手段をとるべく呼びかけた。デモの最後にDiabré氏は、彼らに対する闘い(主張)、彼らの(政権)運用に対する反対意見はすでに伝わっただろう、と述べた。しかし、民衆は、「今日はもう帰らないぞ!国民議会に行こう!」と示し合わせ多くの人が国民議会に向かった。
☆私の聞き取りでは、29日から30日にかけて「国連ロンポワンRond-point Nations Unis」での泊りがけでの座り込みが行われたことは確認できたが、27日に既にこうしたことが行われていたらしい。
・また、こうした騒乱はボボ・ディウラッソ、カヤ、ワヒグヤなどの地方都市でも発生した。
(http://burkina24.com/2014/10/28/zephirin-diabre-maintenant-ca-passe-ou-ca-casse/, 20150115閲覧)

日本大使館からの通達。
1. 10月28日(火)の8:00~10:00までの間、野党によるデモ行進及び集会が予定されており、デモ隊は8:00に国民広場に集合し、教会、BCB、国連広場を通り、国民広場に戻る四角形のルートでデモ行進を行う模様。…
2. 10月29日(水)の6:00~15:00の予定で、生活費高等に反対する同盟主催のデモ行進が、28日の野党が更新したルートを逆回りに、デモ行進を行う模様…
3. 10月30日(木)には国民投票実施にかかる法案の採決を阻止するため、野党による国民議会議事堂前の座り込みが行われる模様です。また、国民議会議事堂は早朝から警察による取締りが開始され、厳重な警備体制に入る模様です。

2015年1月6日火曜日

ブルキナファソの政変②-a デモ行進前夜

ずいぶん時間が経ってしまいましたが、そろそろまとまった文章も書かねばなりませんので、備忘録的にこちらのブログに書き記していこうと思います。

今回は、カレンダー的に「いつ何があったか」について纏めておこうと思います。ノートですので、基本的にメモです。公開している以上、このようなことを言うべきではないですが、転載などできればご遠慮ください。まず、確認しなければならない新聞がまだいくつかあるので引き続き足していきますし、事実関係の確認が取れているわけではありませんので。

何度か書いていますが、今回の政変では「憲法37条」の改定が中心的な論点です。これに、日常的な物価高や就労に関する不満の原因が付随していく、という見方をしています。ともあれ、「憲法37条」がいかなるものか、まずはこれを示しておきます。

++++++++++++++++++++++++++++
Article 37(第37条)
Le Président du Faso est élu pour cinq ans au suffrage universel direct, égal et secret. Il est rééligible une fois.
ブルキナファソ大統領は直接的、平等かつ秘密な普通選挙により、5年間の任期を持って選出される。大統領は1度再選可能である。
++++++++++++++++++++++++++++

この条文は1991年7月2日に制定された。1987年に政権を座についたコンパオレ前大統領の任期中に制定されたこの条文は、コンパオレの当時の任期中には適応されず2005年の選出時から適応されることとなった。数年前からコンパオレ前大統領は自ら定めた37条を改定する動きを見せていた。最近では、2012年末から2013年初頭にかけて、SENAT(元老院)の設立が画策された。元老院は、国民議会の決定を覆すことができるとされ、憲法改正を容易にする目的であったといううわさが広がった。その後、どのようにこの騒ぎが収まったのかは知らないが、このときにも、ワガドゥグの中心部(国連ロンポワン)で大きなデモが起きた。

◆必要な情報はまた適宜入れ込んでいくとして、この憲法改正の動きが顕在化する、10月21日からクロニクルにどんな流れがあったのかを何度かに分けてノートを作っていきます。

10月21日(火)
「臨時閣議において政府が憲法第37条改正のための国民投票実施にかかる法案を国民議会に提出することを決定」(在ブルキナファソ日本大使館、10月22日発表)した。これに対し、野党系の議員(特にAblassé Ouedraogo氏。その他、聞き取りによれば、Zéphirin Diabré, Roch Marc Christian Kaboré, Salif Diallo, Hama Arba Diallo等も)によって、10月28日に「ブルキナファソ全土における抗議のためのデモ行進及び集会を行う」(同上、http://burkina24.com/2014/10/21/ablasse-ouedraogo-lopposition-fera-tout-pour-faire-capoter-cette-initiative/, 2015/1/5閲覧)呼びかけがなされる。
(日本大使館はこの時点で「外出注意」を促す)


10月22日(水)
・Zéphirin Diabré氏(野党連合(?)のリーダー)が臨時閣議決定を「憲法のクーデタun coup d'Etat constitutionnel」と評価し、コンパオレの画策を止めるよう呼びかける。
(http://burkina24.com/2014/10/22/contre-le-referendum-une-journee-nationale-de-protestation-le-mardi-28-octobre/, 2015/1/5閲覧)
・ウェブニュース「Burkina24」に今回の憲法改正計画が公表される。上記37条を、「1度再選可能」⇒「2度再選可能」とし、最大15年の任期に延ばそうとしていること、また、憲法165条(憲法改正要件に関する条項)に「大統領任期の期間と(か)再選回数に関するもの」を付け加えるとしているとした。
(http://burkina24.com/2014/10/22/modification-de-larticle-37-le-text-du-projet-du-loi/, 2015/1/5閲覧)
・10月21日夜間にすでに一部の若者たちが抵抗運動を開始した、という報道がある。
(http://burkina24.com/2014/10/22/ouagadougou-des-jeunes-manifestent-spontanement-contre-le-referendum/, 2015/1/5閲覧)

10月25日(木)
特に動きなし

10月24日(金)
ブルキナファソ内の17のNGOが
(http://burkina24.com/201410/24/burkina-17-organizations-de-la-societe-civile-creent-le-comite-de-soutien-au-referendum/, 20141111閲覧)
日本大使館は28日、29日、30日の外出禁止を在ブルキナ日本人に対して通達。

10月25日(土)
・サンカリスト(サンカラ元大統領支持者*)政党が同盟を組み、l'Union pour la Renaissance Démocratique / Mouvement Sankariste (URD/MS)を設立。
(http://burkina24.com/2014/10/27/burkina-faso-une-autre-union-dans-les-rangs-des-sankaristes/, 20150115閲覧)

*サンカラ元大統領は、1984年に革命政権を樹立。この際の腹心としてブレーズ・コンパオレ前大統領が大きな役割を果たしたものの、1987年のクーデタではコンパオレ前大統領により殺害された。

10月26日(日)
特に動きなし

10月27日(月)
・女性組合が憲法改定に反対してワガドゥグ市中心部でデモ行進を行う。
(http://burkina24.com/2014/10/27/burkina-des-spatules-contre-la-revision-de-la-constitution/, 20150115閲覧)
・国民投票の是非を問う国民議会での議決の時間が30日16時から30日10時に変更される。
(http://burkina24.com/2014/10/28/article-37-le-vote-du-projet-de-loi-ramene-a-10h-le-30-octobre/, 20150115閲覧)
・午前9時頃120万人とも言われる人びとが「国民広場Place de Nation」に押し寄せる。反対派のZéphirine Diabré氏は「今日のデモは大成功だった。これが最後通告。今まさに粉砕すべき場所を通過したのだ(Maintenant, ça passe ou ça casse)」とし、コンパオレ政権に対してけん制した。そして民衆に対しては、「変化は、今か永遠にないか、どちらかだ。Le changement, c'est maintenant ou jamais)」と呼びかけ、30日午前中となった議決次第では最終手段をとるべく呼びかけた。デモの最後にDiabré氏は、彼らに対する闘い(主張)、彼らの(政権)運用に対する反対意見はすでに伝わっただろう、と述べた。しかし、民衆は、「今日はもう帰らないぞ!国民議会に行こう!」と示し合わせ多くの人が国民議会に向かった。
☆私の聞き取りでは、29日から30日にかけて「国連ロンポワンRond-point Nations Unis」での泊りがけでの座り込みが行われたことは確認できたが、27日に既にこうしたことが行われていたらしい。
・また、こうした騒乱はボボ・ディウラッソ、カヤ、ワヒグヤなどの地方都市でも発生した。
(http://burkina24.com/2014/10/28/zephirin-diabre-maintenant-ca-passe-ou-ca-casse/, 20150115閲覧)

日本大使館からの通達。
1. 10月28日(火)の8:00~10:00までの間、野党によるデモ行進及び集会が予定されており、デモ隊は8:00に国民広場に集合し、教会、BCB、国連広場を通り、国民広場に戻る四角形のルートでデモ行進を行う模様。…
2. 10月29日(水)の6:00~15:00の予定で、生活費高等に反対する同盟主催のデモ行進が、28日の野党が更新したルートを逆回りに、デモ行進を行う模様…
3. 10月30日(木)には国民投票実施にかかる法案の採決を阻止するため、野党による国民議会議事堂前の座り込みが行われる模様です。また、国民議会議事堂は早朝から警察による取締りが開始され、厳重な警備体制に入る模様です。

今回はここまでにします。大まかな流れはわかるかと思います。しかし、こうした流れは、急に起こったものではなく、たとえば、サンカラの暗殺、コンパオレ一家の汚職と不正蓄財疑惑、それを暴こうとしたノベル・ゾンゴの暗殺、さらに近年の物価高騰等々が積もりに積もって噴出したものだと考えられます。なので、本来はブルキナファソの近代史を押さえた上でなければ理解しがたいのですが、ここではそこまでは追いつきませんので、岩田卓夫先生らのお仕事にお任せしたいと思います。

そして、ここではほとんど書けませんでしたが、実は、資料を読んでいると、NGOやAssociationによる市民運動がこの動きに大きくかかわっていることがわかってきました。おそらく今回の記事に上げた反対派の政治家だけでは、これほどの盛り上がりを見せなかったのではないか、と思います。

急いで次の記事も纏めます。

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2015年1月4日日曜日

謹賀新年



明けましておめでとうございます。昨年中のご厚情に感謝し、本年も引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

さて、今年の京都の新年は、雪で始まりました。元旦、2日と連れ合いが仕事ではあったのですが、元旦に下賀茂神社に初もうでと厄落とし(本年は本厄なのです)に行ってきました。「夏暑く冬寒い」と言われる盆地の京都にしても、これだけの雪が降るのは珍しかったようです。この写真は下賀茂神社内のもので、なかなか趣深いものではありましたが、如何せん寒い!


鴨川もこんな感じ。北を臨んでいます。晴れていれば北山がきれいに見えるのですが、この日はこんな感じ。白い鴨川も風情がありますが。

なんとか晴れた3日。比叡山の上の方は冠雪しています。下はツルツル。


そして、今朝のうちのベランダにて。逆ツララです。本当に寒くてストーブが効かない…

寒い新年でしたが、今年も(は?)熱く行きたいと思います。やることに追われるのではなく、やることを追いかけていくような。こうしようと思うと、スタート地点はすでにマイナス4(4本原稿がある)から。まずは借金返済から…ですね。

皆さまにとっても良いお年になりますように。