2017年3月31日金曜日

田中樹(編)『フィールドで出会う風と土と人』が出ました


今年度のプロジェクトの成果物第3弾。最後なので結構出ますね。

先日、『ブルキナファソ バム県の生業・砂漠化対処・開発のモノグラフ』に続き、田中樹(編)『フィールドで出会う風と土と人』が出ました。「砂漠化をめぐる風と土と人」というプロジェクトの名前を冠したこの本は、これまでにPL(プロジェクトリーダー)、研究員がホームページや外部の雑誌などに書いてきたエッセイを集めたものです。プレフェイスを読むと、PLの研究への姿勢が明確なのですが、より多くのヒトとの間で僕らの研究をシェアできるように、こんな思いが込められて作られたものです。もちろん、学術的な成果は研究所として当然、研究員も自分のキャリアを考えれば、自動的に出すだろう、という前提のもと、こういう仕事は割と普段からいろいろと仕掛けてきました。

本当に「書き溜めた」というのが正しくて、不定期でしたが、プロジェクトのHP、他団体のニューズレターなどなど、いろいろなところに書いたものを加筆修正して掲載しました。僕は何を書いたか、と言えば、大方食べ物の話…ですね。こんな感じです。

担当箇所
✓「アフリカの知恵と私たちが今すべきこと」pp20-23
✓「西アフリカ外食紀行 その1-西アフリカの食のコスモポリタン」pp34-36
✓「西アフリカ外食紀行 その2-セネガルの食の不思議」pp37-40(手代木功基との共著)✓「「ト」の好み」pp41-47(宮嵜英寿との共著)

【20170502追記】
Webでも読めるようになりました。
http://archives-contents.chikyu.ac.jp/3702/kaze_hito_tsuchi_web.pdf

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2017年3月30日木曜日

地球研「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト2017『フォトエッセイ フィールドで出会う暮らしの風景』

201703発行
表紙の写真の上が少し切れましたが、こんなのが出ました。地球研の砂漠化プロのメンバーが撮りためたフィールドの写真集です。

就職のことを考えたり、あと何年できるかわからない調査のことを考えると、「論文」とか「著書」という形をとったほうがいいのですが、本当はこういう仕事の方が楽しいです。でも、僕は写真家でも、旅行家でもなくて、こんな適当な仕事は研究者だから許されるのですが。

改めて見てみると、5年間、いろんなところに行かせてもらったな、と思います。感謝感謝です。

こちらの本は紙媒体では出ません。完全にWeb上で、無料です。以下のURLから落としてご覧ください。

PDF: http://archives-contents.chikyu.ac.jp/3701/photo_book_150dpi_PC.pdf

i Tune U: http://itun.es/i67G3PL

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足元をしっかり固める:石井洋二郎さんの送辞と英心高校の野球部

3月。別れの季節です。以前も立教中学と立教大学の卒業式の送辞を並べてみましたが、東日本大震災に言及したもので、実に味わい深くて、とてもよい贈る言葉、だと思い、こちらのブログでも紹介してみました。

日本の4月はじまりの年度である限り、こうしたサイクルは繰り返されるし、最近はネットのニュースもこれが恒例のネタになってきている気がするので、あんまり乗っかりたくはないのですが、それでも、校長先生や学長、総長がずいぶん練ってきた文章。とても染み入る文言がちりばめられていました。今年は東大の石井洋二郎教養学部長の送辞がたくさん上がっていました(ネットのニュースも、東大か…という意味ではがっかりですが)。

情報が氾濫し、その「正しさ」も明らかでないうちに、リツイート、シェアを繰り返すことで、情報が明らかに誤った方向に行ってしまうことを嘆き、そうした状況に抗する力になるのが「教養」というものではないか、ということ。以前、濱田元東大総長が話したとされる「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」というフレーズがいかに誤解されたか、という事例を用います。こうした批判精神をもって、世の中を照らしてほしい、という石井先生の願いが籠った、カレジャブルな一節です。

「あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一時情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず、「教養学部」という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだ」

そして、石井先生はこのように続けます。

「それはドイツの思想家、ニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくる言葉です。
きみは、きみ自身の炎のなかで、自分を焼きつくそうと欲しなくてはならない。きみがまず灰になっていなかったら、どうしてきみは新しくなることができよう!
皆さんも、自分自身の燃えさかる炎のなかで、まずは後先考えずに、灰になるまで自分を焼きつくしてください。そしてその後で、灰の中から新しい自分を発見してください。自分を焼きつくすことができない人間は、新しく生まれ変わることもできません。」
僕もそろそろ焼き尽くしてしまうと立ち上がれなくなりそうな気がしないでもないのですが、こういう気持ちは大切だな。守るものができたからと言って、それではいかんな、と自戒させられます。
(Huffingtonpost, 20170329, http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/08/tokyo-university-speech_n_7022498.htmlより)

こんな記事を読んでいたら、ちゃんと「灰」になった高校生の話が出てきました。三重県の英心高校という学校の野球部は、三重県の予選で強豪、宇治山田商業(なんと僕の亡父の出身校!)に0‐91という記録的な大敗を喫します。この高校は、もともと不登校の生徒を多く受け入れていた高校で、どうも部活どころの学校ではなかったよう。しかし、休み時間には、キャッチボールをする生徒もちらほらと。野球経験のある豊田先生は、野球を楽しめるように「部活」を作ったという。昨年7月の最初の試合では「バット1本、ボール10球、ヘルメットは相手から借りる」という状況の中、0‐26という大差で負けてしまう。そして、春の予選、0‐91という点差で負けてしまう。

僕もラグビーで100点ゲームを経験したことがありますが、もう相手に触ることすら怖くなってしまうんですね。野球の91点というのは、それ以上に心を折られる経験だったかもしれません。こういう試合をグランドで耐えた選手たちもそうですが、こんな風に言える豊田先生も立派です。

「今までは、ピッチャーがストライクに入らず四球が続く試合ばかりでした。すると、相手チームは20~30点も差がつくと、試合を終わらせようとバントして自らアウトになるんです。でも今回の宇治山田商は県屈指の強豪ですが、フルメンバーで最後の最後まで攻撃の手を緩めませんでした。うちのピッチャーもストライクを入れられるようになりました。これは『終わらせてもらっていた試合』と違い、勝負の中ではっきりとついた91点差だったと思っています。初めてチームとして認められたという感覚でした」

(J-castニュース, 20170328, https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170328-00000007-jct-soci&p=2)

部員の中に「不登校」の生徒が何人かでもいたなら、ちょっと怖い感じすら受けてしまいますが、監督さんを含めて10数名、本当に「灰」になり、もうすでに新たな息吹すら感じられます。こういう生き方を見せられると、少し勇気が出てきます。

東大と英心高校、いろんな意味で対照的な学校です。英心高校の生徒が体験したこの大敗は、きっと豊田監督が代弁しきれているとは到底思えない…のですが、きっと東大の石井先生が引いてきた『ツラトゥストゥラ』の一節は、きっとこんな体験のことを指しているのだろうと思います。素晴らしい話を聞き、また、素晴らしい経験をした若者たち(という言葉を使うようになってしまった…)が伸び伸びと羽ばたける世界が待っていますように。

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2017年3月27日月曜日

多謝:「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト終了

Seniさんとの出会いも「砂漠化プロ」が与えてくれたもの。僕自身が土や農と多少なり向き合えたのは彼のおかげの部分が大きい(201310清水撮影)
2012年に始まった相互地球環境学研究所「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト。あと数日で終了となります。僕自身は地球研では4年間、広大に移ってからも1年間、参加させていただきました。

研究者として駆け出しのころに、研究の幅を目いっぱい広げることができましたし、自分のプロパーの研究環境を整えることができたように思います。地球研としてもおそらく最後の恵まれた時期に籍をおけたこと、そして、何よりも、ご自身が「放牧主義」とおっしゃるように、プロジェクトリーダーの田中樹先生には、たっぷり研究上の自由を謳歌させていただけました。おそらくご覧になっていないとは思いますが、ありがとうございました。どれだけお礼を言っても足りないほどです。

このプロジェクトの期間にやらせていただいたことは山ほどあって、大した締め付けもないのに、ずいぶん忙しくしていたように思います。とにかく、プロジェクトの期間内に「やりたいこと」がたくさんあって、ひたすらそれを実現させていく、ということに時間を費やしていました。少し振り返ってみたいと思います。

2014年からは西アフリカの仕事がほとんど僕のところに回ってきたのですが、このお蔭で、以前から近しくしてた、溝口大助さん(学振ナイロビ)、伊東未来さん(民博)や中尾世治さん(南山大学)と10回の西アフリカのイスラーム研究をはじめとする仕事ができました。また、半乾燥地の住まいの研究を始めて、小林広英先生(京都大学)やサミュエル・バルトさん(フランスの建築士)とも仕事ができました。これらの研究は、国内外でずいぶん発表を重ね、多少なりペーパーも出て、プロジェクト終了後も強い結びつきを持って研究を継続できそうな雰囲気です。

そして、田中先生とは、10回前後フィールドを共にし、中学生時代から苦手だった「理科」のこと、たくさん教わりました。植生、気候、土、地形、そして、景観の見方…移動の車の中でボソボソとつぶやく田中先生の言葉を追い、そういう知識のシャワーを浴びることで、村に滞在するのがずいぶん楽しくなりました。先日出版したフィールドノートを書いていても、そういう知識が大きく活きていて、自分で書いてみることで、以前は決して書けなかったことが書けるようになったと思いますし、これはプロジェクトでたっぷり連れまわっていただいたおかげだなと思いました。

また、地球研に所属したもう一つの大きなメリットは、分野を横断した研究者との交流にあります。トランス・ディシプリナリティ(TD)という目標を掲げた全所的な方針は、同世代の研究者との交流も大変貴重な経験でした。同じモノ、景色、社会を見るのに、本当に多様な見方があり、つい、一人ですべてやらねばならぬ、と教えられてきた、人類学者の限界を強く感じたものです。当たり前の話ですが、人間一人の力など大したことはなくて、一緒に研究する、ということは、これからの研究の中でも大変重要な手法となっていくのではないでしょうか。

基本的に期限付きの研究員という職は、博論も出していない僕にとっては、本当に奇跡的にいただけたものなのです。確かに、昨今話題になっている、期限付きのポストで、そのあとは何も保障されないわけですが、研究環境としてはパラダイスだったように思います。地球研を離れて1年。もうあの空間も、あのプロジェクトもないと思うと、心にぽっかり穴が開いてしまったような感覚に襲われますが、パラダイスだったのは、5年という期間に設定されていたためでしょう。これからは地球研で、そして「砂漠化プロ」で得たものを糧に、違う形で貢献する番ということでしょう。

改めて、田中先生、プロジェクトのメンバーの皆さまにお礼申し上げたいと思います。また、折に触れ、いろいろと面白いことを企画して一緒に仕事ができますよう、楽しみにしています。

地球研時代の業績は以下の僕のホームページにまとめてある業績の、2012年~2016年までのものです。これからできる限りPDFバージョンをアップロードしていきます。

http://shimizujbfa.wixsite.com/shimizupage/gyoseki


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2017年3月24日金曜日

フィジー調査 その2

「バナキュラーVernacular建築(その土地の特徴に合わせた古来からの技術や素材を使った建築)」。ちょっと前まで、僕のブログでは「風土建築」という和辻哲郎の言い方を借りていたのですが、 こんな言葉の方が正しいらしいので、そのように直します。

Navala20170309_1
今回のフィジーは、以前から少しずつ紹介しているカッセーナのバナキュラー家屋研究の関連なのですが、双方に共通するのは、まだギリギリでこうした家屋が生活空間として機能しているものの、それらはほぼ消えかけている、ということです。文化人類学的な視角からとらえるとすれば、伝統のあり方の議論(「創られた」のか?)とか、文化財としての捉え方、また、文化財保護の在り方、そして、人間にとって「住まう」とはどういうことなのか、など、様々な点からアプローチできる興味深い研究課題です。そして、家屋を社会的な側面から考えた時、一つの家屋に住むのは、「家族」という社会の最小単位によって構成されていますから、当然「家族」の問題も大きな課題となります。

Navala20170309_2
フィジーで伝統家屋とされるのは、ブレBureという草ぶきの家屋です。今回訪れた、Cautataには生活をしている家屋としては一軒も残っておらず、Navalaはほぼすべてがブレという状況です。Cautataは、そこはそこで、とてもカラフルな建物が並び、とても美しい村なのですが、Navalaは全くの別世界。

Navalaは空港のあるNadi(ナンディと読みます)から車で3時間ほどの山間に位置するのですが、途中いくつも山を越え、何本もの川を渡り、切り立った山の間の谷間を抜けたところにあります。山間の緩い斜面に整然と並ぶ草ぶきの屋根屋根は、まったく異質な光景を醸し出します。村に入ると、美しく借り揃えられた下草、ほとんどの家屋が垣根を持ち(しかもよく手入れされている)、そして何より、背の高い茅葺の家々は、もう映画のセットのようにしか見えません。しかし、張りぼてでもなんでもなく、人びとが実際にここで暮らしている。その意味でも実に興味深い村でした。

今回は、雨季の終盤ということもあり、Navalaにたどり着けたのは、3回目のアタックでのこと。そのため、実はこの村にいたのは実質的には4-5時間のみ。残念ながら、調査らしい調査はできませんでしたが、まずはこうした景色を目に焼き付けることができただけでも収穫。もう少し勉強して次回の調査に備えようと思います。


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2017年3月22日水曜日

フィジー調査 その1

そう言えば、フィジー調査のことを何も書いていませんでした。楽しかったけど、決して地上の楽園ではなかったし、その意味では調査をするにはなかなか悪くないところでした。

早速「食」の話をしようと思いますが、その前に、この国は、決して「途上国」などではなく、すでに僕らと同じくらいの生活水準があって、モノの値段もそれほど変わらないところだということは踏まえておきたいと思います。

さて、フィジーをはじめとする太平洋諸島では、ロボroboという料理が代表的。いくつかのサイトを見比べてみると、

・土を掘って作った穴に焼き石を入れて、そこにバナナの葉を曳き、タロやキャッサバ、肉や魚を入れて土をかけて蒸し焼きにした料理
・日常食ではなく、もてなしのための非日常食であること

という特徴がありそうで、滞在中にしょっちゅう食べられるものではなさそう…という程度の認識しかありませんでした。最終的に、ロボだったのが、3回。それぞれ、「ロボですよ」という紹介があったものです。

最初の機会は到着初日にいきなり訪れるのですが、大学の先生のお宅でお呼ばれして、そこでいただきました。もちろん、少なくとも中流の上の方で、都市、ということで、これが一番品数の多い、リッチなロボでした。魚(たぶんコブダイ)のココナツミルクソースがけ、豚肉の蒸し焼き、鶏肉のカレー炒め、チャパティ、サラダ、イモ(キャッサバ、サツマイモ、タロ、ヤム)、そして、その後何度か食べることになる海ブドウ…

それぞれココナツが効いていて、コク深い、思いのほか繊細な料理の数々。初日から大満足でした。
Joeli先生宅にて(20170303)
それから2日。ビティレブ島の東端のCautata(「ザウタタ」と読む)へ。ここは漁村でお世話になったお宅もやはり漁師さんの家。さすがに漁師さんのお宅で、イモ類、タロの葉(これの名前を忘れた…かなり気に入ったのに)以外はすべて魚、魚、魚。中でも、カサゴが最も旨い魚とされているとのこと。そして、面白いのが、ココナツミルクの魚出汁割。料理にかけても、そのまま飲んでもよいそうで、確かに、どの料理にもよく合う。個人的には、イモを手で少しマッシュしてそれをつけて食べるとうまさ倍増。焼き芋に牛乳の要領ですね。


Cautata村にて20170305
3回目のロボは、今回のメイン調査地のNavala(ナバラ)村にて。 この村は海から40㎞から50㎞ほど内陸に入ったところ。最近、電気が通ったようで、おそらくは冷蔵保存がまだあまり普及していない地域だからだろうか、魚は全くなし。その代り、卵や野菜が中心のロボ。コメがたんまり出たのが印象的でした。ここに向かう途中にほんの少し水田を見ましたが、おそらくはインド人のもの。しかし、水資源と気温は間違いなくコメ向きだから、どこかで作っているかもしれません。そして、傑作だったのは、ナスにインスタントラーメンを詰めたラザニアのような料理。最近のものなのでしょうが、これはメシが進む。「伝統的」な料理も食べたいけど、こういうブリコラージュな料理もなかなか面白い。

Navala村にて20170309
こんなわけで1週間で3回ロボにありつきました。想像していた、豚とイモの蒸し焼き、というのは一度もありませんでしたが、基本的に大皿のもてなし料理、というくくりで理解できそうです。ティピカルな豚とイモ、というのも一度食べてみたいですが、この3回、それぞれおいしくいただきました。


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2017年3月21日火曜日

子ども研究と子育て Vol.13 模倣

2月18日、僕は出張中でいなかったのだけど、無事に貴一朗が1歳を迎えた。それから2週間後、1か月と少しぶりに貴一朗と再会。先週は連れ合いの家族も広島にやってきて、賑やかな1週間だった。賑やかな数日間のあと、久しぶりに3人の静かな生活が始まった。

この間のいろいろな変化は逐次連れ合いから聞いていたけど、聞いていた以上に大きく変わっているような気がする。その大きな変化が、他人を真似したり、他人と同じようにふるまおうとする点に集約されるのではないかと思う。いくつかの場面でそうしたことを感じたので、メモしてみたい。

■食事中
出張前から、お箸であげるのを喜んだけど、匙であげても全然問題なくよく食べていたけど、子ども用のサジからはほとんど食べなくなった。まだ「離乳食」なはずだけど、おかゆ類もほとんど食べなくなってしまい、逆に、僕らと同じようなものを好んで食べる。そして、僕らが食べているもので、見たことがないものを食べていると、ジーッと見つめ、それを小さく切って口に入れると、一瞬怪訝そうな顔をすることもあるけど、何度も同じものを食べようとする(好奇心が強いのかもしれない)。そのため、毎回出てくる炭水化物を食べない、という事態に陥りがちなのだけど、僕らの茶碗からあげたものは、比較的よく食べる。
ちなみに、数日前に僕らが大根ときゅうりのサラダを食べていると、貴一朗はそれを凝視。試しに、キュウリと大根を小さく切って口に入れてやると、それ以来、なぜかキュウリが大好きに。少し便秘気味になることが多いので、まあ、多少なら良いか、ということで時々あげてみている。

■音
花粉症のヒトにとってはつらい季節。僕は全く花粉症ではないけど、たまにはクシャミをする。もちろん、花粉症の連れ合いは、なおのこと。貴一朗は、このクシャミの真似が大好き。「ハックション!」ではなくて、「はふー(ひらがなっぽいので)」なのだけど。

模倣の話ではないけど、「メッ!」という怒った言葉が理解できるようになって、僕は、今日初めてそれを言われて泣き出す貴一朗を目にした。
まったく別の話題ですが、「人の顔色をうかがう」という所作はどんなところから生まれてくるんでしょう?本を散らかす、台所の火の回りを歩き回る。昨夜などは寝かしつけようとするとまだ遊びたい貴一朗はこちらの顔を見ながら「ハフー」「ハフー」という…思わず笑ってしまうと、その日は完全に寝かしつけ失敗。こんな時は、上目遣いに人の顔を見上げながら、こちらが「コラー!」と言うと、どや顔。ダメ、と言われるとわかっていてこちらの反応を楽しんでいるように見える。

貴一朗近影を載せようと思ったけど、最近は写真どころではなく、写真をさぼってた…

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2017年3月16日木曜日

清水貴夫(編著)町慶彦(著)岡本敏樹(著)菅川卓也(著)Roch Nazaire Sawadogo(著)『ブルキナファソ バム県の生業・砂漠化対処・開発のモノグラフ』

ようやく仕上がりました。しかし、いきなり著者名に誤植が…
肩の荷が下りたのと同時に、自らの失礼さに穴があれば入りたい心境です。

ともあれ、2012年~2017年まで、4年間の専従の期間と1年間の外部から参加した総合地球環境学研究所「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクトの成果物の一つが出ました。

もともとは、町慶彦さんの修士論文を形にする、というミッションでしたが、それだけでは味気ない、ということで、自分の研究成果とバム県で活躍するNGOの方にご執筆の労をお願いして、できる限り厚みをもった地域の記述を目指しました。××論とか、××学という論文スタイルは取らず、とにかく地域の生業と砂漠化問題、それへの対処について記述する、というモノグラフ的なスタイルをトリました。これは、今あるデータや経験だけでは、「論」にしていくだけの自信がなかったことが大きいのですが、後に書くように、これは一つの節目で、ここからさらに発展させていこうという意思の表れです。

町さんには申し訳ないのですが、論旨はできる限り守ったつもりだったのですが、ずいぶん削ったところもありましたし、また、足した部分も相当多いのが事実。ただ、やはり町さんが体を壊しながら頑張った成果は、この本の下敷きにあり、本当は町さんがファーストオーサ―であるべきでした。

この作業、実は3年ほどかかったのですが(本当に仕事が遅いのです…)、「あれもやっておけばよかった…」の連続。とりあえずプロジェクトの終了という節目に色々と書いてみましたが、改めて読み直してみると、足りない部分は数多く、これは、プロジェクトの成果ではありますが、こういう問題点のあぶり出しの試験紙的な意味が強かったように思います。

幸いにして、プロジェクトは今年度で終わりますが、来年から再度ブルキナで展開されるプロジェクトの末席に加えていただき、あと4年か5年はブルキナファソとお付き合いさせていただけそうです。今回のプロジェクトよりももっと頻度は落ちると思いますが、細く長くお付き合いさせていただき、次の5年では、もう少ししっかりしたものを残せるようにしたいと思います。

ちなみに、手元に少しコピーがありますので、ご希望の方には、着払いでお願いしますが、お送りいたします。

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『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太監督、2016年)

『湯を沸かすほどの熱い愛』予告編Youtube、https://www.youtube.com/watch?v=CQsS-ekufiMより
2017年2月17日に調査地からの復路にANA劇場で視聴しました。時々CMを見ていたし、キャストがここ最近の安定感のある役者さんなので、割と期待。離陸から食事にかけての落ち着かない時間を映画に充てました。

【あらすじ】
舞台は、双葉(宮沢りえ)と安澄(杉咲花)が暮らす休業中の銭湯。銭湯の主は双葉の夫(オダギリジョー)だが、1年前に失踪した。双葉はパン屋で働きながら安澄とつつましやかに暮らす。しかし、ある日双葉を病魔が襲う。末期がんだった。双葉は残り少ない命数を前に、絶望の淵に追い込まれるが、双葉は自らの命を最後まで全うすることを誓う。

そのころ、安澄は学校でいじめにあっていた。双葉は、安澄にいじめる級友に毅然と立ち向かうよう諭す。そして、一浩を探し出し、一浩が少女(鮎子)と二人で生活していることを知る。鮎子の母はかつて関係のあった一浩に鮎子を預けて、別の男性の元に行ってしまったという。鮎子を引き取ることとした双葉と一浩。ようやく銭湯を再開したが、双葉は安澄と鮎子の二人の「娘」を連れて旅に出ることにする。安澄の産みの母に安澄を会わせるためだった。旅の途中、旅の青年拓海(松坂桃李、おそらく双葉の異父兄弟)に人生を諭し、安澄の実母君江(篠原ゆき子)の元に安澄を届ける。この旅が済むと、安澄自身を捨てた実母を訪ねることにするが、双葉はそこで力尽きる。ホスピスに入った双葉は次第に意識を失っていくが、その最後まで一浩や安澄の愛情を受けて過ごす。最後の時を迎え、双葉の葬儀は一浩や安澄と過ごした銭湯で、そして亡骸は銭湯で荼毘に付されるのだった。

【感想】
非常に評判のよい映画なようです。このキャスティングから見ると、大外れはしないはず。末期がんの宮沢りえの迫真の演技はずいぶん準備もしたのだろうし、杉咲花は18歳の演技とは思えない真に迫ったもの、彼女たちの演技を見るだけでも、この映画を見る価値がある。
様々な背景を背負った母娘の物語が、母親に捨てられた経験で束ねられ、捨てられたことへの怨念と母への憧憬、そして、愛情がこの物語の軸で、親子の繋がりの深さや複雑さが実によく描かれていた。ただ、4人分重ねられると少々しつこい感じは否めないのだけど…
しかし、「だが」と言わねばならない。それは、この作品のエンディングのシーンで、葬儀の後の双葉が荼毘に付されるシーンは蛇足で、僕はここで一気に白けてしまった。「湯を沸かすほど…」と題したのが、「このシーン」で、まったく美しさを失ってしまっているように見えてしまった。もしくは、このタイトルに引っ張られて、調子に乗ってつけたしてしまったように見えた。ひょうひょうとしたキャラクターを演じたオダギリジョーが釜に火をくべるのだが、このシーンでもそれまでのまま、ひょうひょうとした表情で、妻の亡骸を焼く、というあたり、監督さんは何を投げかけたかったのだろうか…


2017年3月2日木曜日

『バースデーカード』(吉田康弘監督、2016年)


年末から年明けにかけて見た映画第3弾。

【あらすじ】
大学教員の宗一郎(ユースケ・サンタマリア)と芳恵(宮崎あおい)の間には、紀子(橋本愛)と正男(須賀健太)の二人の子どもがいる。時に静かな丘の上で家族でピクニックをしたり、誕生日を祝ったりと、とても穏やかな、幸せな家庭。芳恵と紀子はクイズ好きで、「アタックナンバーワン」がとても大好き。しかし、とても引っ込み思案な紀子は、クラスのリーダー格の女の子を出し抜いて、学校のクイズ大会の代表になることになる。紀子は彼女たちから、圧力をかけられてとうとう何も答えずに終わる。悩んだ紀子を芳恵が励ます。
そんなある日、芳恵がガンに倒れ、余命幾ばくと宣告を受ける。自らの限られた残りの時間、最後の力を振りしぼり、家族でいつもの丘で紀子の10歳の誕生日を祝う。そして、芳恵は紀子への20歳までのバースデーカードを準備する。
毎年、紀子の誕生日になると明けられるバースデーカード。カードは紀子を励まし、気遣い、時に恋愛の指南までする。そして、ラーメン屋で修行の身にあった中学生時代の同級生、純(立石蒼)と紀子が結婚することになる。大学入試を4浪した弟の正男は旅に出ていたが、芳恵との夢だった「アタックナンバーワン」に出演し、正男に呼びかけると、それを見ていた正男は急いで家に帰ってくる。正男は、芳恵から最後のカードを預かっていたのだった。そこには、紀子の幸せを願う、芳恵の気持があふれ出していたのだった。

【感想】
「母が病気になって亡くなる」というストーリーのプロットがやたらと多い気がしてならないのだけど、中でもこの作品はとてもよかったと思う。芳恵が紀子ばかりに愛情を注いでいるように見えてしまうのが、少々座り心地が悪いのだけど、安定の宮崎あおいで、全編を通してとても穏やかな映像の印象を受ける。ユースケ・サンタマリアに橋本愛、というあたりも安心して観ていられる役者さんになった気がする。
あと、この映画は監督の吉田康弘さんが原作を書かれているのですね。話がとても雰囲気を持つのは、原作者=脚本=監督というように一人がストーリーを担っていたためかもしれません。

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