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6月, 2015の投稿を表示しています

『繕い裁つ人』(映画)

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今回の出張はANA便だったこともあり、往復で邦画を5本も見られた。その中の一本。 中谷美紀主演で、三浦貴大や片桐はいり、伊武雅刀などの渋い役者さんを配し、最近の注目株の杉咲花や黒木華なども目を引く。 舞台は神戸で、レトロな洋風な街の感じもとても心地よい作品となっている。南洋裁店の2代目を中谷美紀が演じる。カリスマ的な仕立て屋の祖母から手習いを受け、祖母の死ののち、南洋裁店の跡を継ぐ市絵(中谷美紀)は、祖母のスタイルを守り、「一生着られる洋服」を作ることを志す。デパートに勤める藤井(三浦)は、市絵の作る洋服をブランド化しようと市絵を口説くが、それには一切耳を貸さない。映画の最後まで、市絵の頑なな志は曲げられることはなく、市絵の作る洋服を愛する神戸の人びとにより、毎年一回、最高のおしゃれをして夜会が開かれる。 一時の大量消費社会的な風潮は、今や批判の対象でしかなくなったが、デフレ社会での安価なモノは我われの生活の中にすっかり浸透し、こうした社会風潮とは逆行しているのが現代社会のあり方なのだろう。しかし、「貧乏人の安物買い」とはよく言ったものだが、最近は安いものでも、丈夫にはなって、割と耐久性は上がった。が、それは安心を与えるものであっても、決して心の充足を与えるものではない(?)。裸で生活しなくてもよいようにはなったが、毎年スーツのサイズを仕立て直したり、ズボンの丈を調整したり、そんなことは僕もまずやったことがない。自分でもそんな良いものを持っているという認識がないからだし、きっとそんなことをしたら高くつくのではないか、と思ってしまうからだ。 でも、革靴などは、ある程度のものになると、手入れさえすれば、10年くらいは十分に持つ。大事にすることが大切なのだ。少し自分のモノや身なりに気を遣うこと、そのことによって、生活がずいぶん潤うのだ、ということを美しい映像もさることながら、とても穏やかな雰囲気で伝えてくれる良作。 にほんブログ村

アフリカの教育を考える-1

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出国前日、ブルキナファソでアフリカの教育に携わる方(日本人)と食事をご一緒しました。若者や子どもを研究対象にしていて、ここのところ、クルアーン学校を追いかけている手前、こういう方にはぜひ一言言いたい、鬱陶しい考えを持つようになってきている。 グーグル先生に「アフリカ 教育」と入れると、やはり割と近しい方の名前が上位に挙がってくる。この方々、「アフリカ教育研究フォーラム」に関わられている方々で、所謂、教育開発の分野の専門家たちだ。これらの検索数が多いということは、つまり、より多く関心を惹いているということ。僕が大学生だったころのゼミにも、やはり教育を扱う人が多かったから、かなり根強い人気のある分野だといえるのではないか。 そして、僕もご多分に漏れず、こういう分野に足を突っ込みつつあるのだけど、研究・調査ということをやってみて、初めて気付くことが多かった。その中の一つのことのがその日お会いした方に言いたかったことだった。 どういうことかというと、実務家にとって、「研究」が取り扱うディテールがどれほど影響するのかわからないのだけど、ブルキナファソであれ、ニジェールであれ、西アフリカの辺りの教育がどのように構築されてきたか、ということが本当によくわかっていない。なのに、なぜそんなに教育に手を出したがるのか、ということ、この話をしてみたかった。もちろん、とても意地悪なことを言っているのはわかっている。つまり、「そもそも、そんなことも知らないでこの国/地域の教育を語ろうというのか?」という裏があるから。彼らも組織に属していて、その方針に従わざるを得ないので、そんなことを言われても…という反応をするに決まっているのだ(しかし、この方はそのあたりは察してくれていると思う)。 ともあれ、アフリカと言っても、自分が関わる西側の内陸部以外の地域のことはよく知らない。たとえば、グーグルの上位に出てくるのは軒並みケニヤを中心とする東アフリカのことだし、中央の熱帯雨林のこととかはなかなか出てこない。しかも、まだまだ研究蓄積の薄い地域なので、体系的に教育ということを考えようと思うと、本当にこの地域は難しい。一緒に研究をしているうちの一人は、ブルキナファソのみならず、フランス、セネガル、この前はコートジボアールの文書館を訪れていた。ブルキナファソの場合、植民地期前後の複雑な政治関係

ブルキナファソの政変のその後

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まだ新聞記事のまとめもできていないですが、昨年11月の政変の続編をメモしておきたいと思います。 すでにあれから半年以上が過ぎ、ワガドゥグの街で政変のこと自体が話題になることはとても少なくなりました。しかし、現在も「移行政府」がこの国を統治していて、ときおり聞く話は、自分たちの判断や行動は全く間違っていなかったという自信に満ちたものに感じられます。今回、聞いた話では、「xx省の○○がいくらの隠し財産を持っていて、国が接収した」とか、「公務員の給料がすべて手渡しになった」(銀行振込にすると、口座振込額をちょろまかす輩がいたらしい)とか、その結果国にずいぶんおカネが帰ってきた、という類のものが多かったように思います。移行政権も何とかして正常な予算配分をするように躍起になっている様子が伝わってきました。 ところで、僕の所属するプロジェクトは残り1年10か月。最終年の5年目は書き物を中心に行う予定なので、出張(「調査」)は激減するものと思われます。今回は、調査を手伝ってくれた人たちにもそのことを改めて伝え、もし、僕の調査助手の謝金を当てにしているなら、それはもう終わりが近いことを理解してもらう努力をしました。 今年度、2月、3月あたりに一度と、その前に何とか9月の学会後に…と思っています。しかし、移行政権から通常政権の樹立に向けた選挙が10月中旬に行われるということで、あまり容易には出張予定が組めません。「来たいんだけどね…そんな理由があるんだ」ということを話したときのブルキナべの反応がなかなかしびれます。 「候補者が2人いる。たとえば、俺とおまえだ。おまえが勝てば、俺はお前のやり方に従う。お前が負ければ俺のやり方にしたがうということだ。」 「次回は誰が勝っても、勝ったやつが大統領になる。それだけのことだ。」 現政権を批判すべきではない、ということではないが、負け犬の遠吠えよろしく、いつまでも揚げ足取りに血道を上げるどこぞの野党に爪の垢を煎じて飲ませたい、と思うのは僕だけだろうか。 にほんブログ村

毎度の帰国準備

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28日間、正味24日間の調査最終日を迎えます。始まり/計画があれば、終わり/結果があります。少し振り返っておきます。 フランスとセネガルはほぼ調査らしいことはなく、ほぼすべてが業務調整。まあ、一通りタスクをこなして、ある程度予定が立ち、粛々と次の準備を進める。人の都合を折り合わせていく作業なので、相手が返事をしやすいような連絡を心がけているものの、これがなかなか難しい。たぶん周りからは結構得意だと思われている作業だけど、実は気が急く方なので割と苦手なのです。でも、なんとか順調に進みますように。 おまけのようにつけたブルキナファソの調査。しっかりフィールドワークをやりたいのだけど、今回は半分ラマダンに重なったこともあり、前半を少しフィールドワークに充て、後半は資料集め。たかだか1週間のフィールドなので、ポイントを絞らなければならなかったのに、とにかく小さなトラブルあり、また、挨拶やらに時間を取られたのもあって、かなり漫然とした調査になってしまった。 しかし、後半の資料集めはまずまずの成果。いくつかの行政文書も手に入ったし、統計資料も意外にすんなり手に入った。今日の午前中にお願いした資料がメールで送っていただけるとのことだけど、これが来ればいうことなしだけど、今まであんまりちゃんと来たことないからな…ここのメール環境では仕方ないところなのだけど。 なんか、最近「調査に出かけます」というより「出張に出かけます」と言うことの方が多くて、なにやってんだろ、と思うことしきり。ちゃんとフィールドワークがしたいです。でも溜まったデータもあるので、それを何とか文章にすることをやっていこうと思います。 次回の予定も組み始めていますが、次回は発表がメインで、調査は今回頼んだデータを取りに来るくらい。無駄なことではないにせよ、まあ、う~ん… にほんブログ村

雨が降ったらお休みでした

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ここ数日間、非常に暑い日が続き、今か今かと待ちわびた雨、今朝方ようやく来ました。3日ぶりの雨は冷たい風を伴って、ひたすら熱くなった壁をすっかりクールダウン。部屋の中もずいぶん涼しくなりました。 気楽な調査を続けていたころ、雨が降るとハメハメハ大王の歌をくちずさんでいました。 ♪ …雨が降ったらお休みで…♪ しかし、時が過ぎ、一日の休みもシャレにならなくなってきてからは、車をつかったりしながら何とか予定をこなしてきたけど、今日は雨の止むのをおとなしく待つことにします。 このブログを書いているときにチルメンガから電話。コングシでも雨が降っているようで、明日は朝から種蒔きだと言っていました。少々遅いタイミングですが、たくさん収穫できますように。 しかし、ワガドゥグでは雨が降り出してからすでに2時間。下の写真のような光景を見ると、2010年の大洪水を想像してしまいます。適当なところで止んでくれるといいのですが。 にほんブログ村

原武史2012『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』新潮社

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原武史さんは僕の母校で教鞭をとっている。確か、僕が卒業するのと着任されたのがそれほど違わないので、実際にお目にかかったことはないが、その後の後輩からの情報では「右翼」という声が聞こえてきた。校風として逆側の人ならよくわかるが、なんでまた…ということを思ったことを覚えている。しかし、それから10年ほど経って、『滝山コミューン』を読んだ。これは大学院の後輩がフィールドに滝山団地を選んだからで、なんとなくよくわからないけど、なんで多摩にそんなもんがあるんだ、と不思議に思って手に取った本だった。まあ、もちろん、原武史さんが右翼でもなんでもないことはその本を読んでよくわかったのだが(きっと天皇制のことを嫌悪せずに正面から取り組んでいたので、そういわれたのかもしれない)。 ともあれ。この本を読んで、この人のデータ・マニアぶりは改めて驚いた。本当によく調べているし、そもそも、空間と政治思想史をくっつけようとしたその着想、これは読み進めていくうちに、「なるほど」と思わせる節がいたるところに出てくるのだが、とにかく地道なデータ収集の中からその地域の住民の思想的傾向をあぶりだしていく。そして、ロシア(旧ソビエトとして)、アメリカの空間構成と西武線沿線と中央線沿線を対比させて思想的傾向をあぶりだしていく手法は実に興味深かった。着想を温めてデータで固め、空間を眺めるという作業をどれくらい繰り返したのだろう。 ただ、少し気になったのが、住空間の構成とそこで醸成される思想というのが、どれほど因果関係があるのか。社会運動が起こりやすい空間というのがあるのだろうか。そんな疑問は残った。これはまた違う分野の仕事、なのかな? しかし、また手に取ってみたいと思わせる作家さんでした。 にほんブログ村

道尾秀介2012『ノエル a story of stories』新潮社

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恒例の出張前のジャケ買いで手にした本です。今回は3冊。読みかけの本、何冊かを今回の出張中に読んでしまおうと思っていて、文庫に絞って買い込みました。今までの経験で、道尾秀介の作品はほぼ外さないので、最近毎回のように買っている気がします。 3つの小話が次第に一つの話に紡がれていくという仕掛けと、それをつなげる童話、そして、もちろん3つの話に少しずつ重なるそれぞれの話の登場人物たち。幾重にも重ねられた仕掛けは裏表紙に書かれている様に「最高の技巧」と呼ぶにふさわしい作品だったと思う。 道尾秀介の作品は、どれも後味の良さが残る。必ずしも完全なハッピーエンドである必要はないし、たぶん物語中の時間の経過で致し方ないアンハッピーは取り返しのつかないものになるはずで、そうしたところもうまく掬い取っている、そんな印象を受ける。僕は記憶力が良くないので、極端に多い登場人物や複雑な仕掛けのものはあんまり得意ではない。この作品もそうなのだけど、そのあたりのバランス感覚や、適度なカタルシスは、言ってしまえば大衆的ともいえてしまうかもしれなけれど、それぞれに考え抜かれた誠意を感じる作家、ということです。 にほんブログ村

食文化シリーズ「ソース カポック」

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週末を利用してコングシに出張に行ってきました。行く先はチルメンガさんのところだったのですが、その前にお世話になっている方にご挨拶、そして昼食。コングシの街の近辺では、金鉱開発が盛んで、そのためでしょうか。また新しいホテルが出来ていたり、複層階の建物になりそうな建築物が建設途中だったりと、少しずつ街も変わりつつあります。 そんな街中で、僕らが食事をするのは、おそらく町一番の老舗。Restaurant Rond Point。今回もここで食事だったのですが、聞きなれない「ソース カポック」というのをいただきました。カポックは、樹木の名前で、「ニセコットン」などとも呼ばれます。この木はバオバブを見まがう大きさと形状をしていて、その実がコットンのように綿を出すので、「ニセコットン」と呼ばれます。 このソースに使われているのは、乾燥させたカポックの葉で、スンバラとマジーなんかで味付けしている感じでした。やはり粘り気があり、少し青臭いかな、と思いましたが、まあ悪くない。ただ、この量のトでソースが足りなくなったということは、少々味が薄かったかな(マジーとかという意味ではなくて)? また別のところでも機会があればいただいてみたいです。 にほんブログ村

トラックのケツ(失敗作)

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今回の移動中、頑張って取ったつもりが収穫はこれだけか…しかもあんまり面白くない。 アフリカのトラックやバスの図像はなかなかに面白い(ほんとは)。この写真のようなAir(地名)とかは割とよくあるパターン。セネガルではムーリッド教団的なものが多かったですね。Lamp Fall(バイファルの祖の別名、行く先を照らす「ランプ」という意味だそうな)とか、「シェイクの弟子」とか。ほかにももっとたくさんあって、結構撮ったつもりなんだけどな… 嗚呼、こんなスッカスカなやつやら… なんも書いてないやん… 嗚呼、地味だ… 次回は頑張って撮ってきます… にほんブログ村

おパリのお写真

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今日は旧知の知人とお食事でお迎え待ちにて、その時間を使ってブログ更新です。 写真を何とか取り出せたので、おパリの写真を。リュクセンブールの宮殿と庭です。打ち合わせのあった研究機関からほど近いこのあたり。本屋に向かうまで歩いていこう、ということで立ち寄りました。昔来たことがあるようなないような…あんまし興味なかったんですね。ちょっと歩いてみて、ベンチで本を読みふける若者、イヌを連れて散歩する老夫婦、ドヤドヤとすごい数の団体で動いている中国人の団体… で、向かったのはL’Harmattan。アフリカ系の本が揃う本屋さんです。何年かに一度来ておくと、フランスの最先端の研究をキャッチアップできます。前回は2012年だったので、ほぼ3年ぶり。今回はテーマを広げていくつか他のところを探って、ボスと合わせて12,3冊を購入。残念ながらブルキナ関係は新刊がほぼなし。しかし、その前に訪れた研究所では、モシの葬儀を研究しているという女性研究者と知り合いました。きっと次回は彼女の本を手に取ることになるでしょう。 その翌日。とても写真に取れそうにない、宮殿のようなところで開かれていたシンポジウムにちょっと顔をだして、そのあとでイスラームセンターの屋上に上りました。写真を圧縮した関係で粗くて申し訳ないのですが、南東から西に向かってのパリ一望です。 かなりバタバタしながらのパリ滞在でしたが、収穫も多くて充実していました。しかし、それにしても、ホテルのクオリティの悪さ(安いゆえに)と食事のゴテゴテ感は何とかならんですかね… にほんブログ村

調査中の大イベント

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という題目で、まったく大したことのない話です。 ここ数年間、調査期間は大体1か月前後。食事は大概困ることがないのですが、大変なのが洗濯。いつも読み切れない本を持っていくし、他に書類やら発表用のなんやらがあったりするので、洋服は洗濯の頻度を決めてから用意します。 今回は、序盤にフランス、セネガルをこまごまと動く予定だったので、何とか前半を一回の洗濯にしようと思ったら、6日分の洋服が必要でした(今回はスーツがあったので、かなり間を空けられましたが)。明日は着るものがないというギリギリのタイミングでブルキナに移り、初日の夕方にいきなり洗濯。結局洗濯しきれなくて、3日目の今日も洗濯となりました。手洗いなので、割と大変な作業なんです。 アフリカ(乾燥地)での洗濯にまつわるエピソードをいくつか。 ①洗濯物を部屋に干す 泊まっているところにもよりますが、僕は基本的に扇風機の部屋に泊まります。エアコンの部屋なら別にそれでいいのですが、わざわざ洗濯物をホテルの部屋の中に干して外出することがあります。乾燥地でのこと、部屋の中でも割と早く乾くのですが、部屋に干しておくと、気化熱で夕方帰った時に部屋がひんやりしています。ここの建物の造りからして、日中の日差しで壁が熱くなって夜寝苦しいということがあるのですが、こうしておくと、比較的壁もひんやりしているので、朝まで涼しく過ごせます。その後、ビショビショにして出て行ったら、湿度がやたら高くて相当しんどかったこともあります。 ②洗剤 どこがオリジナルなのだかしりませんが、写真のOMOはサブサハラで見なかったことがありません。すごい営業力です。長期滞在の時から最近まで結構これを使っていました。本当かどうか知りませんが、水に溶かすと茶色くなる(汚れが落ちたように見える?)とかいう噂話を聞いたことがありますが、それはいいとします。OMOを使うのを止めたのが、帰国した時の匂いなんですね。なんとも例え難い匂いがします。昨年あたりから、日本の小分けパックを選択回数に合わせて持っていくようにしましたが、さすが日本製、といったところ。 ③洗濯物を外に干す 最初のエピソードに反して、外に干す、というのも洗濯を楽しむ方法のひとつ。これは、4月、5月あたりの一番暑くて乾いた時期にやると面白いのですが、ジーンズを洗ってすすいで、水を切

いろんなものにガタがくるころ

フランス→セネガルと来て、最後の目的地、ブルキナファソに到着しました。セネガルでは飛行機の時間が変わっていて、「代理店に連絡しようとしたが、代理店の連絡先が分からずに連絡ができなかった」ということで、本来乗るべき飛行機に乗れず、一日遅れで到着というアクシデントに見舞われましたが、なんとか無事につきました。 この間、おパリをグルグル回っているときや、セネガルの風景や仕事などなど多少なり写真を撮ったので、ブログにアップしようと思ったら、Let's NoteがSDカードを読み込まなくなっていました。SDカードの問題か、それともPCの方の問題かわかりませんが… ピカピカの機材に囲まれていた2012年から早3年ちょっと。Let's Noteは2年ほど前に支給されたので多少新しいけど、結構な頻度でアフリカで酷使されてきたことを考えると、まあ、仕方ないかという頃合い。デジカメは地球研で仕事を始めてから4代目(1台は砂嵐を撮影して寿命1か月という…)だし、こちらで使っている2台の携帯も1台が音声不良…よく見まわしてみると、現在身の回りにある機器はすべて2012年以降に購入したもの。一方でこれじゃあカネはたまらんわ、と思う一方、大きな買い替えサイクルが遠くないな(やっぱりカネはたまらん、という話か…)、と思います。 ノートとデジカメがあれば…などとうそぶいていた文系研究者ですが、ある日、アフリカでパソコンがバグったときは、鳥肌を立てるほどに機械に敏感になった(飼いならされた)ということです。助成金の応募書類、がんばろ。

Head to France~流氷を見る

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昨日早朝に家を発ち経由地成田には予定通り着いたものの、フランス向けのフライトが2時間遅れて、ホテルに入れないかもしれない…という事態だったのですが、無事にホテルのベッドで朝を迎えました。 今回は、国際線初の787。噂通り、かなり快適で、そのうえガラガラ。時期もよかったように思いますが、成田を経由にしたのも理由でしょう。そんなわけで、この機会、たっぷり楽しもう(有効活用しよう)ということで、食事までを映画、その後仮眠、そして仕事…と頭の中でスケジュールを組み立てて、いざ。 3列ぶち抜きでつかえたこともあり、隣のテーブルで書類を広げ、ガシガシPCをたたいていると、CAさんが気を使って飲み物を持ってきてくれる。そして、文章が出てこなくて固まっていると、またそのCAさんが「窓の外をご覧になりませんか?流氷が見えます」とのこと。すでに、例の電子制御で明暗を調節できる窓はすべて暗くなっているので、一番後ろの窓へ。 飛んでいたのは、ロシア中東部の北側の海岸沿い。まだ夏は遠いですね。こんな景色にも和まされながら、素晴らしいフライトが過ごせました。 にほんブログ村 にほんブログ村

「旅」について‐②

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http://www.tokyolife.co.jp/blogtokyo/tokyowheels_blog/2013/01/post_235.htmlよりお借りしました 学会シーズンがとりあえずひと段落。6月に入り、さっそく出張に出かけるところです。昨年40代の大台に乗り、認めたくはないけど、多少体力的には弱ってきているのも否定できず、そして、一方でやらないといけないことはドンドン増えてくる…そうすると、できるだけ移動中の時間を有効に、そして、体力を温存できる方法を、と考えてしまうのです。と、言い訳がましいことから入ったのは、現在経由地の成田の「ラウンジ」で作業をしながらブログを書いているからです。 「旅」についての2回目を書きます。今回は、バックパッカーについてです。 1回目に調査やらNGOやらで出かけようと思う人に「旅」をすることを勧める、ということを書いたのですが、「旅」と言っても、(「無駄」とは言いませんが)ツアー旅行ではありません。安いチケットを扱う旅行代理店で如何に安いチケットを手配してもらうか、ホテルもフワフワなベッドと暖かい食事のあるところではなくて、カチカチに2段ベッドのドミトリーで寝て食事は屋台でワイルドにそして安く。つまりバックパッカーのスタイルを勧めます。安く上げること、すなわち、現地と同じ生活に近づくから、どんなに人見知りでも割と人々の日常が見えてくるはずです。 特に国立の大学院に入ると、指導教官や研究室から調査費が支給されることがありますし、援助機関でも、当然、旅費と日当宿泊という形で経済的な補助が得られます。大体の形式は経験しましたが、どうも、バックパッカーで知り合う人と調査や仕事で知り合う人はずいぶん違っているように思うのです。人類学の調査など、大概な人と知り合うわけですが、バックパッカーをしているときに知り合った人のアングラ感には到底及ばない。世の中がアングラな人によって動いているとも思わないですが、NGO関係者はもちろんのこと、人類学者でも特に育ちのいい人などは、順法意識の高さから、こうした人たちへの免疫、耐性はずいぶん低い印象があります。 しかし、バックパッカーはどこか閉鎖的な「自分たちの世界」のようなものを持っていることが多くて、実はかなりこの人たちは厄介です。誰も行ったことのない