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3月, 2012の投稿を表示しています

業績2012年

今年度末までの業績一覧です。今年度は書いとらんな…

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学位論文○ 清水貴夫1999「アフリカ農村部における持続可能な保健衛生開発への一考察」明治学院大学国際学部国際学科1998年度卒業論文
○ 清水貴夫2007「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究‐ワガドゥグのラスタの事例から」名古屋大学大学院文学研究科2006年度修士論文

論文(査読あり)
○ 清水貴夫2007a「ブルキナファソのラスタの演奏活動に見る『アフリカ』」『神話・象徴・文化』篠田知和基編pp.207-223 楽瑯書院
○ 清水貴夫2008b「ワガドゥグのストリートの若者たちの生活とその背景」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.5 pp.137-154名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2008 c「来住アフリカ人にとっての六本木‐「アフリカ人-アフリカ人」のインフォーマルな接合の調査報告‐」2006年度科学技術研究費報告書『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』(基盤研究A 研究代表 和崎春日 研究番号:16202024)pp.135-144
○ 清水貴夫2008d「セネガル文化としてのバイファル、ラスタを探る」2007年度科学研究費報告書(基盤研究A 研究代表 嶋田義仁 課題番号:18251006)pp.119-134
○ 清水貴夫2010d「ワガドゥグで活動する「ストリート・チルドレン」支援のNGO、ケオーゴKEOOGOの活動から見える「路上の生き様La vie dans la rue」」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.7 pp.67-86 名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2011a 「都市計画と住民生活の変化~ワガドゥグ市のザカ計画Projet ZACAとザングエテン住民の事例から~」(「土地・法・不安」セッション 松岡陽子、木村周平、高野さやか共著)九州人類学研究会pp.31-41
○ Shimizu Takao 2011b “The first Muslim village on the Mossi Plateau: the oldest mosque and the unexhausted water source”, Ameli-Eaur International…

中部人類学談話会[第210回例会]

今度の談話会のお知らせ。

新たに立ち上がる研究会のキックオフ。とても力が入っているしのが伝わってくる。すごく楽しみです。
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☆ 日時:2012年3月31日(土)13:30-17:00
☆ 場所:椙山女学園大学星ケ丘キャンパス 現代マネジメント学部地下1階001教室(地下鉄東山線「星ヶ丘」より徒歩5分)
* 会場付近は、駐車スペースがありませんので、車でのご来場は固くお断りいたします。

☆ 話題提供者と話題:
■テーマ日本文化人類学会課題研究懇談会プレセッション: 「応答の人類学」に向けて
■企画趣旨 日本文化人類学会の新しい事業である「課題研究懇談会」のひとつとして、「応答の人類学」(代表: 亀井伸孝)が採択されました。本研究懇談会では、「文化人類学が社会へのいかなる応答性をもちうるか/いかに応答的でありうるか」という問いに答えようとします。応用人類学を典型とする、人類学の応用性、実践性に関する従来の議論を受け止めつつも、「人類学の知を他領域に応用する」という論点に留まるのではなく、むしろ、フィールドワークと民族誌という人類学の営みそれ自体を、フィールドの人たちを含む同時代の諸関係の中に置き直す具体的な方法について検討することをねらいとしています。これから4年間におよぶ課題研究懇談会の正式発足を前に(※)、本会の趣旨および申請にいたった経緯などを事例をまじえて紹介し、広くコメントを受けることで、本懇談会の今後の展開に資する議論を行いたいと思います。
(文責: 亀井伸孝・愛知県立大学)

共催: 中部人類学談話会/日本文化人類学会課題研究懇談会「応答の人類学」準備会(※)(※)正式発足は2012年4月の予定。

■進行中部人類学談話会による冒頭あいさつなど 10分
趣旨説明 20分 亀井伸孝(愛知県立大学外国語学部)「趣旨説明: 『応答の人類学』に向けて」報告1 
40分(質疑含む)岩佐光広(高知大学人文学部)「先んじる応答、ゆらぐ態度: ラオス低地農村部における看取りの一場面を手掛かりに」

--休憩 15分--

報告2 40分(質疑含む)内藤順子(立教大学観光学部)「『文化人類学者』であることを問う: 『第四世界』の現在から」
報告3 40分(質疑含む)飯嶋秀治(九州大学大学院人間環境学研究院)「臨床人類学一歩前」
全体討論 40分
まとめと次回のおしらせ 5分
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ご報告、別れは突然にその2

ようやく内定通知が発送された、という連絡を受けたので公式にご報告します。4月より、京都にある「総合地球環境学研究所」に勤務することになりました。長い名前なので、「地球研」と呼んでいますが、とある偉い先生には「地環研(チカンケン)」と呼ばれていましたが、明らかに音が悪いので、「地球研」と呼びます。

そのようなわけで、約7年に及んだ世界の中心地、ドラゴンズの聖地(メッカ)、名古屋での生活に終止符を打つことに…。まだ学位論文は書いていませんし、やり残したこともいっぱい。未練といえば、たくさんありますが、この7年間、よく考えたらすべてが落合監督の在任期間。野球だけは勝ち癖がつきましたおかげで、益々ドラゴンズから遠ざかることになってしまいました。

野球から振り返ってしまいましたが、名古屋では、いろんな瞬間がありました。とにかくたくさんの人と出会い、お世話になり、飲み、語り、切磋琢磨し、結婚までしてしまったり…そんなこんな、おかげさまで、なんとなく研究で食べていけるのではないか、という仄かな希望を持ちながら、旅立つことができそうです。

ひとえに何のご縁か周りにいてくれた方々に感謝の言葉を。今、仲の悪い人も、仲良くさせていただいている方も、すべて大切な財産です。ひとまず、どうもありがとうございました。

なんだかんだと今回の引っ越しは実質7回目。千葉⇒横浜⇒千葉⇒(東京⇒千葉⇒)⇒名古屋⇒京都。なんか住みやすい街だった、もう一度住んでみたい、と思わせる街でした。空間としても開放的だし、名古屋文化の奥深いことは感動的ですらあったし、いろいろ楽しかったな、と思う。でも、見残したもの、食べ残したもの、訪れ残した場所がたくさん。何か(仕事くれー)で帰ってこられたらいいな、と思ってます。

ともあれ、京都方面、いらっしゃる方はぜひともご連絡を。引越しは3月29日です。次に借りる部屋も決して広くはありませんが、雑魚寝覚悟なら、何泊でも。

別れは突然に…

2005年の春、仕事を辞め、アフリカ⇒フランスに滞在して帰国した僕は、名古屋大学大学院に行くことになっていた。3月中旬に新居を定めて、3月末の春爛漫のなかを新天地名古屋に移り住んだ。

名古屋=ドラゴンズ、味噌煮込みくらいの乏しいイメージしかなかった僕にとっては、アフリカよりもよく知らない土地でもあった。まずはその辺を走り回ろうと、少し乗るのが楽しくなるような自転車を買った。確か5万程度の街乗りスポーツタイプ。

勤めていた時代の貯金を持ち、家財道具をボチボチとそろえる。たまに柔らかい春の日差しを浴びながら名古屋の街を疾走する。研究室に通い始め、いよいよ講義が始まり、新しい友達ができた。あんまり大きい声では言えないけど、夜中に電話で叩き起こされて眠い目をこすりながらこいつに跨って今池あたりまで行ったこともあった。そして、アフリカに行っている間は、雨ざらしで、必ず多少の整備が必要だった。ジーンズにペダルのボードが引っかかって、バリバリに割れ、スタンドが取れ、反射板もとれて、「愛車」は自然にデフォルメされる。もしくはメタモルフォーゼ、というべきか。余計なものが取れ、僕の腹とは裏腹に、どんどん研ぎ澄まされ、ストイックな車体になっていった。乗せてるモノが思いから、自分くらいは軽くなろうとしたのだろうか。

とにかく。約7年間にわたる名古屋での生活。市内ならどこに行くのもいつも一緒だった「愛車」だった。

数日前…

ブレーキの効きが悪く、人にぶつかりそうになったり、信号でとまれなさそうだったり…ブレーキパッドが完全にすり減っていた。

パッドを交換をせねば、僕だけでなく、通行人が危ない、と感じ、この自転車を購入した近所の自転車屋さんに行く。いつもの店主のオヤジさんにブレーキの交換をお願いする。

前輪のブレーキを直していた店主。「あれ、前輪のタイヤ、繊維が見えてますね」
私「交換ですか?」
店主「そうですね…。いつバーストするかわかりませんよ」
私「じゃあお願いします」

前輪が終わり、後ろのブレーキへ。
店主「あれ…スポークが折れてる…」
私「あぁ…それもお願いします。危ないですよね…」
店主「そうですね…」

スポークを直そうと、後輪を外す。
店主「あれ…、車軸が折れてますね…」
私「え、本当ですか?」
店主「ほら(グラグラする車軸)」
私「それも…ですよね?」
店主「そうですね…」

店主はそれに次いで、「ずいぶんかかっちゃい…