2012年3月13日火曜日

業績2012年

今年度末までの業績一覧です。今年度は書いとらんな…

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学位論文○ 清水貴夫1999「アフリカ農村部における持続可能な保健衛生開発への一考察」明治学院大学国際学部国際学科1998年度卒業論文
○ 清水貴夫2007「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究‐ワガドゥグのラスタの事例から」名古屋大学大学院文学研究科2006年度修士論文

論文(査読あり)
○ 清水貴夫2007a「ブルキナファソのラスタの演奏活動に見る『アフリカ』」『神話・象徴・文化』篠田知和基編pp.207-223 楽瑯書院
○ 清水貴夫2008b「ワガドゥグのストリートの若者たちの生活とその背景」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.5 pp.137-154名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2008 c「来住アフリカ人にとっての六本木‐「アフリカ人-アフリカ人」のインフォーマルな接合の調査報告‐」2006年度科学技術研究費報告書『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』(基盤研究A 研究代表 和崎春日 研究番号:16202024)pp.135-144
○ 清水貴夫2008d「セネガル文化としてのバイファル、ラスタを探る」2007年度科学研究費報告書(基盤研究A 研究代表 嶋田義仁 課題番号:18251006)pp.119-134
○ 清水貴夫2010d「ワガドゥグで活動する「ストリート・チルドレン」支援のNGO、ケオーゴKEOOGOの活動から見える「路上の生き様La vie dans la rue」」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.7 pp.67-86 名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2011a 「都市計画と住民生活の変化~ワガドゥグ市のザカ計画Projet ZACAとザングエテン住民の事例から~」(「土地・法・不安」セッション 松岡陽子、木村周平、高野さやか共著)九州人類学研究会pp.31-41
○ Shimizu Takao 2011b “The first Muslim village on the Mossi Plateau: the oldest mosque and the unexhausted water source”, Ameli-Eaur International symposium on sustainable water and sanitation system, full paper of presentation (in printing)

論文(査読なし)
○ 清水貴夫2006「ラスタのフロンティア」『名古屋大学人文科学研究』第35号pp.57-70 名古屋大学大学院文学研究科
○ 清水貴夫2010a「都市計画が住民生活に与えるインパクトに関する都市人類学的考察~ブルキナファソ、ワガドゥグ市のプロジェ・ザカProjet ZACAの事例から~」『名古屋大学人文科学研究』第39号pp名古屋大学大学院文学研究科pp.61-74
○ 清水貴夫2010c「少年の移動と「ストリート・チルドレン」~ブルキナファソ ワガドゥグの事例から~」人間圏の探究シリーズ9 Kyoto Working Papers on Area Studies No.99 (G-COE Series 97)

研究ノート(査読なし)
○ 清水貴夫2009a「ワガドゥグにおける染色綿布、ボゴランBogolanの制作過程」『名古屋大学人文科学研究』第38号pp.133-144

雑誌・エッセイなど
○ 清水貴夫2005-2007「国際協力の今」(全10回)『HARMATTAN』(認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会会報 19号~29号
○ 清水貴夫 2007b 「来住アフリカ人のコミュニティ形成と生活」『メタプティヒアカ(名古屋大学大学院文学研究科 教育研究推進室年報)』Vol.1 pp.128-129 名古屋大学大学院文学研究科 教育研究推進室
○ 清水貴夫 2008a「アフリカ都市の路上販売者と「観光」-ワガドゥグのストリートから-」『アフリカNow』79号(特活)アフリカ日本協議会会報誌pp.12-13
○ 清水貴夫2008e「産業化する国際NGO-国際NGOで働く職員たち」『伝統知識と技術の再活性化によるアフリカの草の根開発(Grass Root Development)と環境保護』嶋田義仁編 平成19年度「国際協力イニシアティブ」 名古屋大学文学研究科pp.127‐128
○ 清水貴夫 2008f「『ポップ』が生み出される場所」(第1回11月)、2008h「ネットで取引される『伝統』」(第2回12月)、2009c「中国の介入を受ける手工芸品」、2009d「隣の芝は青い‐綿布の話」、2009e「ポップな「伝統的」楽器‐ジェンベDjembe」、2009f「ラスタという考え方」『porto』、(フリーペーパー)への連載
○ 尾関葉子氏によるインタビュー記事(清水貴夫) 2009b 「アフリカNGO事情 ブルキナファソのNGO法」『NPO Management Review』64号p.36-40
○ 尾関葉子氏によるインタビュー記事(清水貴夫) 2010b 「アフリカ NGO事情 ブルキナファソのNGO法」『NPO Management Review』65号p.34-38

口頭発表
○ 清水貴夫 「ワガドゥグのラスタ」現代アフリカ都市文化研究会第27回例会 於名古屋大学 2005年7月
○ 清水貴夫 「ラスタの生業と思想-ワガドゥグのラスタを事例に」第43回日本アフリカ学会 研究大会 於大阪大学 2006年5月28日
○ 清水貴夫 「ラスタの生業と思想‐ワガドゥグのラスタを事例に」アフリカセミナー 2006年7月1日
○ 清水貴夫 「「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」-ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタの事例から‐」現代アフリカ都市文化研究会第29回例会 於名古屋大学 2007年2月24日
○ 清水貴夫 「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究―ワガドゥグのラスタの事例から」中部人類学談話会 於椙山女子大学 2007年5月19日
○ 清水貴夫「「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」-ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタの事例から-」第41回文化人類学会学術大会 於名古屋大学 2007年6月2日
○ 清水貴夫「西アフリカの都市の若者文化のフレームについての一考察-ブルキナファソ、セネガルの事例から-」アフリカ ポップカルチャー研究会(アフリカセミナー、アフリカ都市文化研究会と合同)於 名古屋大学 2008年3月27日
○ 清水貴夫「セネガル文化としてのバイファルとラスタ」科研費研究会(科学技術研究費 基盤研究A アフリカ・イスラーム圏における白色系民族と黒色系民族の紛争と共存の宗教人類学的研究 研究代表:嶋田義仁 研究番号:18251006)於 名古屋大学 2008年7月5日、6日
○ 清水貴夫「ワガドゥグのクールなラスタ」アフリカン・ポップカルチャー研究会『いまアフリカにのる?』 2008年11月15日、16日
○ 清水貴夫「ストリートの少年たちとNGO ブルキナファソ・ワガドゥグの事例から」第46回日本アフリカ学会学術大会 於東京農業大学 2009年5月24日
○ 清水貴夫「少年の移動と「ストリート・チルドレン」ワガドゥグの事例を中心に」GCOE若手研究者合宿 於 KKRホテル琵琶湖 2010年3月16日
○ 清水貴夫「イスラーム、タリベ、NGO~イスラームの「ストリート・チルドレン」がなぜ発生したのか」まるはち人類学研究会 於 名古屋大学 2010年4月24日
○ 清水貴夫「ワガドゥグの都市計画と住民の生活変化~旧ザングエテンZangouetin住民の動向を中心に~」第47回日本アフリカ学会学術大会 於 近畿大学 2010年5月29日、30日
○ 清水貴夫「茶会がつなぐキズナ-都市計画による離散を乗り越える人々の営み」」九州人類学研究会 於 九州大学 2010年10月30日
○ 清水貴夫「都市のはざまに揺れるイスラームと少年:ワガドゥグのタリベと「ストリート・チルドレン」の関連性について」日本文化人類学会学術大会 於 法政大学 2011年6月11日、12日
○ SHIMIZU Takao “The first Muslim village on Mossi Plateau: the oldest mosque and the unexhausted source” Ameli-Eaur International symposium on sustainable water and sanitation system at Hokkaido University 28.10.2011
○ 清水貴夫 「都市の機関となるNGO、「ストリート・チルドレン」のワイズ ブルキナファソ、ワガドゥグの事例から」日本文化人類学会 次世代育成セミナー 於 東京大学2011年10月29日
○ 清水貴夫 『タリベとコーラン学校のモビリティ:ブルキナファソの事例から』まるはち人類学研究会、中部人類学談話会の合同研究会 於 杉山女学園大学 2011年12月3日

コメンテーター
○ GCOE若手研究者合宿 於 KKRホテル琵琶湖 2011年3月12日
○ アフリカの子ども学を語る会 於 愛知県立大学サテライトキャンパス 2011年10月9日

講演
○ 岡山大学「国際交流と平和B」臨時講師(森本栄二非常勤講師担当) 2005年11月
○ 岡山大学「国際交流と平和B」臨時講師(森本栄二非常勤講師担当) 2006年11月
○ 清水貴夫 「Qui est vrai Africain?(本当のアフリカ人は誰?)」ファンサバ 2006年11月11日
○ 清水貴夫 「音楽をめぐるラスタの生活~ブルキナファソ・ワガドゥグのストリートから~」(特活)アフリカ日本協議会 あふりか広場 2006年11月
○ 清水貴夫「アフリカの音楽と都市性の関わりOuagadougouのラスタの事例から」『アフリカ・カルチャー講座』 道祖神2009年10月31日
○ JICA専門家研修講師「ブルキナファソ」2010年4月22日
○ JICA専門家研修講師「ブルキナファソ」2011年2月28日
○ JICA専門家研修講師「ブルキナファソの社会・経済・政治」2011年10月24日

調査暦
○ 2005年11月~2006年3月 調査国:ブルキナファソ(4か月)
○ 2006年7月~2006年9月(科学研究費 基盤研究A 研究題目『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』 研究代表:和崎春日 研究番号:16202024)
調査国:ブルキナファソ、ガーナ(3カ月)
○ 2007年2月~3月(科学研究費 基盤研究A アフリカ・イスラーム圏における白色系民族と黒色系民族の紛争と共存の宗教人類学的研究 研究代表:嶋田義仁 研究番号:18251006)調査国:セネガル(1か月)
○ 2007年7月~2008年2月 調査国:ブルキナファソ(2か月)
○ 2008年7月~2008年9月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員奨励費)(3カ月)
○ 2009年2月~2009年3月 調査国:ブルキナファソ(科学研究費 基盤研究A 研究題目『滞日アフリカ人の生活戦略と日本社会における多民族共生に関する都市人類学的研究』 研究代表:和崎春日 研究番号:19202029)調査国:ブルキナファソ(2か月)
○ 2009年7月~10月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員研究奨励費)(4か月)
○ 2009年12月~2010年3月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員 優秀若手研究者海外派遣プログラム)(3カ月)
○ 2010年7月~9月 調査国:ブルキナファソ(笹川研究助成)(3カ月)
○ 2010年11月~12月、2011年1月~2月調査国:ブルキナファソ、バム県(砂漠化対処技術の普及方策等検討委託業務 (財)地球・人間環境財団が環境省より受託)
○ 2011年6月~7月、2011年11月 調査国:ブルキナファソ、バム県(砂漠化対処技術の普及方策等検討委託業務 (財)地球・人間環境財団が環境省より受託)
○ 2012年3月7日~3月11日 調査国:フィリピン、マニラ市(科学研究費 若手研究(B)「フィリピンにおけるグローバル化と労働の人類学的研究:無職者と海外出稼ぎの事例から」(研究代表者:東賢太朗 研究番号:23720423))

所属学会
○ 日本アフリカ学会
○ 日本文化人類学会
○ 日本宗教学会

所属研究会
○ ポップアフリカ研究会(運営委員)
○ 現代アフリカ都市文化研究会
○ アフリカセミナー
○ アフリカ研究会(STAN、国際開発研究科)
○ まるはち人類学(2010年4月~)
○ 南山考人研(2010年)
○ サヘルセミナー(2011年)

所属NGO
○ (認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会 理事(2002年~2007年)
○ (特活)アフリカ日本協議会 会員(2005年~現在)
○ (特活)国際協力NGO推進協会(JANIC)(2000年~2003年)
○ (特活)ハンガー・フリー・ワールド(2007年~現在)

職歴
○ 東興海運株式会社(1999年4月~2003年3月)
○ (認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会ブルキナファソ事務局長(2003年4月~9月)
○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2007年4月~7月)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド ブルキナファソ準支部臨時代理事務局長(2007年7月~2008年2月)
○ 日本学術振興会 特別研究員(DC2)(平成20年度(2008年度)採用)
○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2008年10月~2月)
○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2009年5月~2010年2月)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド理事(2009年6月~2010年3月)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド事務局次長(2010年4月~6月)
○ 愛知江南短期大学非常勤講師『国際文化』(2009年6月27日)
○ 愛知甲南短期大学非常勤講師『国際文化』(2010年5月7日、5月14日)
○ (財)地球・人間環境フォーラム プロジェクト研究員(2010年10月~2012年3月)
○ 愛知甲南短期大学非常勤講師『生活文化』(2011年6月)
○ 名古屋大学ティーチング・アシスタント(2011年10月~2012年2月)

研修
2001年度 地球市民アカデミア8期修了、
2002年 地球市民アカデミア9期運営委員
2002年 「NGO‐JICA相互研修」
2008年7月-9月 KEOOGO(ブルキナファソNGO)での研修員

賞罰・助成金・競争研究資金獲得状況
名古屋大学大学院学術奨励賞(2007年度)
日本学術振興会 特別研究員(DC2) 平成20年度(2008年度)採用(課題「西アフリカ都市における若者の創出する文化と社会的紐帯に関する都市人類学的研究」)
日本学術振興会 優秀若手研究者海外派遣プログラム (平成21年度(2009年度))
笹川研究助成平成22年度 採用

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2012年3月6日火曜日

中部人類学談話会[第210回例会]

今度の談話会のお知らせ。

新たに立ち上がる研究会のキックオフ。とても力が入っているしのが伝わってくる。すごく楽しみです。
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☆ 日時:2012年3月31日(土)13:30-17:00
☆ 場所:椙山女学園大学星ケ丘キャンパス 現代マネジメント学部地下1階001教室(地下鉄東山線「星ヶ丘」より徒歩5分)
* 会場付近は、駐車スペースがありませんので、車でのご来場は固くお断りいたします。

☆ 話題提供者と話題:
■テーマ日本文化人類学会課題研究懇談会プレセッション: 「応答の人類学」に向けて
■企画趣旨 日本文化人類学会の新しい事業である「課題研究懇談会」のひとつとして、「応答の人類学」(代表: 亀井伸孝)が採択されました。本研究懇談会では、「文化人類学が社会へのいかなる応答性をもちうるか/いかに応答的でありうるか」という問いに答えようとします。応用人類学を典型とする、人類学の応用性、実践性に関する従来の議論を受け止めつつも、「人類学の知を他領域に応用する」という論点に留まるのではなく、むしろ、フィールドワークと民族誌という人類学の営みそれ自体を、フィールドの人たちを含む同時代の諸関係の中に置き直す具体的な方法について検討することをねらいとしています。これから4年間におよぶ課題研究懇談会の正式発足を前に(※)、本会の趣旨および申請にいたった経緯などを事例をまじえて紹介し、広くコメントを受けることで、本懇談会の今後の展開に資する議論を行いたいと思います。
(文責: 亀井伸孝・愛知県立大学)

共催: 中部人類学談話会/日本文化人類学会課題研究懇談会「応答の人類学」準備会(※)(※)正式発足は2012年4月の予定。

■進行中部人類学談話会による冒頭あいさつなど 10分
趣旨説明 20分 亀井伸孝(愛知県立大学外国語学部)「趣旨説明: 『応答の人類学』に向けて」報告1 
40分(質疑含む)岩佐光広(高知大学人文学部)「先んじる応答、ゆらぐ態度: ラオス低地農村部における看取りの一場面を手掛かりに」

--休憩 15分--

報告2 40分(質疑含む)内藤順子(立教大学観光学部)「『文化人類学者』であることを問う: 『第四世界』の現在から」
報告3 40分(質疑含む)飯嶋秀治(九州大学大学院人間環境学研究院)「臨床人類学一歩前」
全体討論 40分
まとめと次回のおしらせ 5分
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2012年3月2日金曜日

ご報告、別れは突然にその2

ようやく内定通知が発送された、という連絡を受けたので公式にご報告します。4月より、京都にある「総合地球環境学研究所」に勤務することになりました。長い名前なので、「地球研」と呼んでいますが、とある偉い先生には「地環研(チカンケン)」と呼ばれていましたが、明らかに音が悪いので、「地球研」と呼びます。

そのようなわけで、約7年に及んだ世界の中心地、ドラゴンズの聖地(メッカ)、名古屋での生活に終止符を打つことに…。まだ学位論文は書いていませんし、やり残したこともいっぱい。未練といえば、たくさんありますが、この7年間、よく考えたらすべてが落合監督の在任期間。野球だけは勝ち癖がつきましたおかげで、益々ドラゴンズから遠ざかることになってしまいました。

野球から振り返ってしまいましたが、名古屋では、いろんな瞬間がありました。とにかくたくさんの人と出会い、お世話になり、飲み、語り、切磋琢磨し、結婚までしてしまったり…そんなこんな、おかげさまで、なんとなく研究で食べていけるのではないか、という仄かな希望を持ちながら、旅立つことができそうです。

ひとえに何のご縁か周りにいてくれた方々に感謝の言葉を。今、仲の悪い人も、仲良くさせていただいている方も、すべて大切な財産です。ひとまず、どうもありがとうございました。

なんだかんだと今回の引っ越しは実質7回目。千葉⇒横浜⇒千葉⇒(東京⇒千葉⇒)⇒名古屋⇒京都。なんか住みやすい街だった、もう一度住んでみたい、と思わせる街でした。空間としても開放的だし、名古屋文化の奥深いことは感動的ですらあったし、いろいろ楽しかったな、と思う。でも、見残したもの、食べ残したもの、訪れ残した場所がたくさん。何か(仕事くれー)で帰ってこられたらいいな、と思ってます。

ともあれ、京都方面、いらっしゃる方はぜひともご連絡を。引越しは3月29日です。次に借りる部屋も決して広くはありませんが、雑魚寝覚悟なら、何泊でも。

2012年3月1日木曜日

別れは突然に…

2005年の春、仕事を辞め、アフリカ⇒フランスに滞在して帰国した僕は、名古屋大学大学院に行くことになっていた。3月中旬に新居を定めて、3月末の春爛漫のなかを新天地名古屋に移り住んだ。

名古屋=ドラゴンズ、味噌煮込みくらいの乏しいイメージしかなかった僕にとっては、アフリカよりもよく知らない土地でもあった。まずはその辺を走り回ろうと、少し乗るのが楽しくなるような自転車を買った。確か5万程度の街乗りスポーツタイプ。

勤めていた時代の貯金を持ち、家財道具をボチボチとそろえる。たまに柔らかい春の日差しを浴びながら名古屋の街を疾走する。研究室に通い始め、いよいよ講義が始まり、新しい友達ができた。あんまり大きい声では言えないけど、夜中に電話で叩き起こされて眠い目をこすりながらこいつに跨って今池あたりまで行ったこともあった。そして、アフリカに行っている間は、雨ざらしで、必ず多少の整備が必要だった。ジーンズにペダルのボードが引っかかって、バリバリに割れ、スタンドが取れ、反射板もとれて、「愛車」は自然にデフォルメされる。もしくはメタモルフォーゼ、というべきか。余計なものが取れ、僕の腹とは裏腹に、どんどん研ぎ澄まされ、ストイックな車体になっていった。乗せてるモノが思いから、自分くらいは軽くなろうとしたのだろうか。

とにかく。約7年間にわたる名古屋での生活。市内ならどこに行くのもいつも一緒だった「愛車」だった。

数日前…

ブレーキの効きが悪く、人にぶつかりそうになったり、信号でとまれなさそうだったり…ブレーキパッドが完全にすり減っていた。

パッドを交換をせねば、僕だけでなく、通行人が危ない、と感じ、この自転車を購入した近所の自転車屋さんに行く。いつもの店主のオヤジさんにブレーキの交換をお願いする。

前輪のブレーキを直していた店主。「あれ、前輪のタイヤ、繊維が見えてますね」
私「交換ですか?」
店主「そうですね…。いつバーストするかわかりませんよ」
私「じゃあお願いします」

前輪が終わり、後ろのブレーキへ。
店主「あれ…スポークが折れてる…」
私「あぁ…それもお願いします。危ないですよね…」
店主「そうですね…」

スポークを直そうと、後輪を外す。
店主「あれ…、車軸が折れてますね…」
私「え、本当ですか?」
店主「ほら(グラグラする車軸)」
私「それも…ですよね?」
店主「そうですね…」

店主はそれに次いで、「ずいぶんかかっちゃいますよ」
私「いくらくらいになりますか?」
店主「う~ん…15,000円くらいかな」

店主はさらに…「もう何年乗りました?」
私「7年くらいですかね…」
店主「それだったら、そろそろ乗り換えてはどうですか?15,000円だったら、中古だけどいいMTBがありますよ。街乗りの自転車より少し重いけど、それほど問題ないと思います」

確か「愛車」には名前があったけど、すっかり忘れてしまった。たぶん、化粧もすっかり剥げて、いろんなところにおカネがかかるようになっていて、本当はもう辟易していたのかもしれない。店主のこの言葉を聞き、見せてもらったとき、「愛車」との別れは決定的なものになった。すごく愛していたのに…