2010年7月26日月曜日

コーラン学校2 タリベたちとできの悪い生徒

前にこのブログにも書いたように、今回のこの調査、タリベ(コーラン学校の生徒)の生活を知ることが目的です。現在のワガドゥグのストリート・チルドレンにタリベが多いことが、いくつものNGOによって指摘されてきたからです。また、もう一つに、ワガドゥグをイスラーム都市と考えた時、ワガドゥグ市民の多くが幼少期にコーラン学校を経ていることからも、ワガドゥグ都市民を理解するうえでも、大いに意義のあることだと思ったこともあります。

そんなわけで、コーラン学校の滞在中、できるだけ彼らと話をすることを心がけました。本当に小さな10歳以下の子どもとは会話が難しかったです。わけのわからない「白人」の「オヤジ」が自分たちと同じ所で寝泊まりしているのですから、遠巻きに僕を眺めている状況で、なんともしがたかったのです。しかし、20歳前後の数名とはかなり話ができました。

彼らも「コーラン学校の生徒」ということで、日々コーランを読み、「信仰生活」という言葉にふさわしい生活を送っています。彼らの中でも最もシリアスにイスラームについて語ってくれたのが、アブドゥル(21)とユヌッサ(24)でした。

アブドゥルはモスクの前で小さな雑貨屋を営んでいるのですが、初日にタルが去るときに、彼に僕を託していったこともあり、ずいぶん強く責任を感じながら僕に接していたように思います。初日から、「これを覚えろ」とかいうフレーズが3つ4つ…アラビア語をラテン語表記したもので、とても簡単には読めません。もしかすると多少老化した脳みその僕に、苛立っていたかもしれませんが、気長に、ひたすら読み方を教えてくれます。

小学生以来、初めて、意味を持たない記号を覚えさせられたように思います。小学生時分、僕は相当優秀な生徒で、簡単にこんなことはできたはずなのですが、その後、すっかりこういうことが苦手になっていました。結果、苛立ったのは僕で、年甲斐もなく、途中で投げ出す始末…(お恥ずかしい)。そして、蚊の多さを言い訳にタルの家に逃げ込み、お祈りをサボると、翌日、「一緒にお祈りをしましょう」と言って僕がサボった分だけのお祈りを一緒にやってくれるのです。この時は、計8回連続でお祈りをしたのですが、スクワットと腕立てを組み合わせたようなお祈りをこれだけすると、腕がパンパンになり、困りました…

ちなみに、これは面白いな、と思ったのですが、イスラームのお祈りって、借金みたいなもんで、祈らなかったら、その分を後で返せば("payer"という表現をしていましたし)いいものらしいです。

アブドゥル、さらに、毎日食事と水を僕に届けに来るし、あまりに健気過ぎて、非常に俗な動機でムスリムになった僕としては、実のところ、とても気が引けてしまいました。動機不純と劣等感、妙にプレッシャーを感じながらのフィールドワークとなりました。

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2010年7月25日日曜日

コーラン学校1 蚊との戦い

1週間、コーラン学校で過ごしました。初日にバプテムをしてもらい、木曜日には結婚式、金曜日には金曜礼拝に参加しました。

これまで、とても宗教的とは言えない、俗っぽい日々を過ごし、人生初めて「宗教」に触れたと思います。ものすごい違和感に苛まれながら、一所懸命に客観視しようと努力して、少ない知識をフルに稼働させて、ここのイスラームを捉える努力をしました。まだ調査も始まったばかり…これからの調査の雰囲気をつかむのに四苦八苦しながら、問題の大きさに愕然としたり…

いろんな意味で考えさせられる1週間でした。

その1週間、もしかしたら、一番悩んだかもしれないのが、この時期、特にひどい蚊の襲来でした。モスクは仮のもので、バラック以前のもの。風通しはいいものの、反対に蚊からの防御を考えると、今までで最低の住環境。夜はどうやって蚊と対峙するか、これが課題でした。初日から3日目までは、「修行」と考えて、蚊の趣くままに自分の体を差し出しました。初日はイマームがくれた塗り薬をつけて、蚊取り線香をたきましたが、それなりに蚊に食われ、二日目は日本から持ってきたスプレーをつけて蚊取り、三日目はこちらで購入したクリームと蚊取り…雨の影響もあり、どれもさほど威力を発揮せず、蚊のサンドバック状態。

しかし、この「修行」はもはや自分に不必要。精神修養が今回の目的はないので、4日目、5日目は友人宅に逃げ込んだのですが、おそらく、蚊に食われたのは数百か所…いい加減、マラリアが恐ろしくなりました…

ちょっとコーラン学校を離れ、2日ほど休憩の予定。体力を回復して、次のコーラン学校に乗り込みます。

ちなみに、僕のイスラームネームはモハメッドです。アッサラーム・アレ・コム。

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2010年7月18日日曜日

長老逝く-合掌-

前回の調査、長老たちへの聞き取りを多く行いました。意外な歴史、外来民族がどのようにワガドゥグに入ってきたのか、ということがよくわかり、今回も少しずつ進めようと思っていました。

中でもヤルセの長老、el hadji Sieno Djiebre師はsagbotenga(http://cacaochemise.blogspot.com/2010/03/sagbotenga.html)に導いてくれるなど、本当にたくさんのことを学びました。小さな家に住んでいましたが、ブルキナファソの大金持ち、カナズュエ師の義理の兄にあたる人で、以前イスラーム協会の会長を歴任されていた方です。すでに年は80歳を超え、緑内障のため、視力は低下していましたが、当時は至ってお元気でした。少しトリッキーで、いたずらっ子みたいなおじいさんで、話の端々に配されたユーモアがなんとも面白いお話でした。

前回、調査を手伝ってもらっていたザカリアさんに、「写真は撮らなくていいのか?」と聞かれ、「いや、必ず会いに来るから、次回にする」と宿題を残したのです。調査の最後から2日ほど前だったと思います。残念ながら、この宿題は果たすことができなくなってしまいました。

今回も、ザカリアさんに会ったときに、アポイントを取ってもらうことにしてもらっていました。ちょうど先週の水曜日。その日は師は村での儀式のために日帰りでYakoの方に行っていて会えなかったのですが、金曜日にザカリアさんに改めてアポイントを取りに行ってもらったところ、すでに体調が悪い様子だったとのこと。

先ほど、ザカリアさんに打ち合わせのために電話をしました。一通りの話が終わった後、ザカリアさんからの「残念なお知らせ」が師がお亡くなりになったということでした。

ひょっこり迷い込んだ外国人の僕に、親切に、そして、知ることすべてを伝えてくれようとする師の話しぶりは、癒しのようなものでもありました。調査をしていて、これだけ話を聞いたことを喜んでくれた人はいなかったのではないでしょうか。「また会いたいな」と思った人の一人だったのですが…本当に残念です。

ご冥福をお祈りいたします。合掌。

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2010年7月14日水曜日

ムスリムになる

アミノゥ、タルに連れられ、トラムダキュイのコーラン学校を訪れる。

礼拝の後、午後2時。

コーランでは、10名ほどのタリベたちがイマームからコーランの教えを受けている。我々が到着すると、おもむろに2人のイマームがこちらにやってくる。

簡単にタルから紹介してもらい、面接を受ける。イスラームに心酔して…などという嘘を言わず、正直に、アカデミックな理由からコーラン学校、モスクの経営に関心がある、という話をする。

前もってアミノゥとタルから、調査をするにはムスリムにならないと無理、と言われていたので、多少の覚悟はできていた。イマームからも、同じように、ムスリムになる気はあるか?との問い。自分の信仰の問題に直結するので、本当はだいぶ躊躇しつつ、即答で"Oui"。

来週からブルキナ風のムスリムとして修業に出ます。

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2010年7月13日火曜日

あれから…

状況は一進一退、と言ったところ。

3カ月前にある程度目星をつけてきたはずのコーラン学校、なっかなかマラブーに会えません。モタモタしている間に1週間になってしまいました。

村で調査をしている方々に話を聞けば、もう家族同然の付き合いで、調査先に自分の部屋がある、と言った方もいるようですが、ここワガドゥグには、相当な金持ちでなければ部屋を取っておいてくれる人などいない、のではないでしょうか。そんなわけでここ数回、まじめに探してはいるのですが… 前回など、家主ともめなければいい部屋もあったのですが、どうも縁がありません。今度こそ、ということで、昨日改めて捜索をお願いしたのですが、明日には大方の回答を得られる予定。

コーラン学校、昨日KEOOGOのウスマンに連れられて、ワガドゥグの南端にある100名のタリベを収容しているコーラン学校を訪れましたが、上に書いたように、空振り。マラブーが里帰りしていました。今日は、トラムダキュイにあるコーラン学校を訪れます。こちらもどうなるか…

思い通り進まないのはいつものことですが、鬱屈とした状態で、快適な気候に任せて惰眠を貪ってみる。万年睡眠不足が解消されて、体調がよくなってきたのが唯一の進展でしょうか。

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2010年7月9日金曜日

調査計画書(2010年夏)

これをさらしておこうと思ったのです。自分に緊張感を持たせるためにも…

今回は、コーラン学校の調査…と銘打ってやってきました。一応、前回の調査で目星をつけてきたのですが、これまで20回以上見学を断られてきてコーラン学校…調査協力者ともう一度打ち合わせと思い、挨拶を合わせて、人に会う日々です。正味2日目で、前回もお世話になったアミノゥ、ずーっとお世話になっているKEOOGOのウスマン、後、街で見かけたと言ってホテルに駆けつけてくれた元ラスタ、現在は「敬虔」なムスリムのラミン…新旧の調査協力者総出で相談に乗ってもらっています。

早いところホテルを出たいのですが、来週真ん中くらいまでかかりそう。可能であればトラムダキュイのコーラン学校、これが難しいようであれば、ウスマンの紹介のコーラン学校に泊まり込みします。アミノゥには「そろそろお前もコーランを学ばないとな…(つまり、ムスリムにならんといかん)」と…酒と豚肉、止めるかな…
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2010夏調査 調査計画書

調査地: ブルキナファソ ワガドゥグ市およびその周辺
調査期間:2010年7月5日~9月29日(正味84日、パリにて1泊)
調査スキーム:笹川研究助成
「アフリカ都市のコーラン学校と地域社会に関する都市人類学的研究:ブルキナファソ、ワガドゥグの事例から」

◆コーラン学校Ecole Coranique調査(インフォーマント:トラムダキュイのコーラン学校、北部タンプイTampouyのコーラン学校)
・ コーラン学校での参与観察
■マラブー/イスラーム指導者への聞き取り
・ コーラン学校の成り立ち
・ コーラン学校の経営
■ コーラン学校の生徒(家族との関係概略、出自調査)
・ 就学年数、父母の状況、出身地。
・ 数名の生活調査
・ コーラン学校の統計的データの収集(Association islamique)
・ 研究計画(申請書より)
本研究では、ブルキナファソ、ワガドゥグのコーラン学校の現代的機能を明らかにすることを目的とする。応募者はこれまで、ブルキナファソの若者文化、ストリート文化を研究してきた。この過程で、メディアによる欧米文化の流入が顕著である一方、ストリートの若者の生活が伝統的規範としてのイスラームにより大きな影響を受けていることを目の当たりにした。都市における「学校」は、社会結節機関としての機能を果たしている。よって、コーラン学校によって若者たちの行動規範が醸成されているのではなかろうか。この仮説をワガドゥグ市のハウサ人社会のフィールドワークによって検証することが研究目的である。
(「応募者」となっているのは、今回の調査助成の際の原稿をそのまま使用しているからです)

◆KEOOGOへの調査
・ イスラーム社会への働きかけについての聞き取り。および、メディア露出資料などがあれば収集。
・ 2006年から2009年までのカルテ写真撮り。
・ いくつかの質問事項
eg) NGOにおいてなぜ「タリベ」が問題視されているのか?
ストリート・チルドレンの枠組みについての確認

◆ブルキナファソの教育状況
・ 初等教育のカリキュラム
・ 学校数、クラス数、収容可能人数
・ 上の独立後の変遷
・ ブルキナファソの教育行政、方針
・ 伝統教育(エコール・コーラニックなど)への対応
・ マドラッサの公的教育上の扱い
・ マドラッサを訪問し、指導者の出身や教育歴などを確認する。

◆トラムダキュイ+茶会の調査
・  アフリカ学会で発表した「茶会によって培われる共同性」についての追跡調査を行う。調査はトラムダキュイにおいて行う予定で、ハウサ、旧ザングエテン住民に焦点を当てる。
・ ハウサの若者への概略調査。経済的背景、生業、楽しみについて。
・ 将来のワガドゥグのハウサの民族誌作成のための聞き取り調査の継続。
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2010年7月6日火曜日

アエロフロート

10数年前、私は大学生で、よく考えたら今と同じようなことをしていた。安いチケットを探しては、アフリカをフラフラとする。研究とかは全く関係なく、ただなんとなく、他人が行ったことがない場所を歩くこと、これくらいがその時の目的だったように思う。

そのころ、まだロシアは「ソ連」の匂いがしていた。暗いモスクワの空港、トランジットをするとムショのメシがでるし、機体はすごく金属質なイリューシンだった。そして何より、モスクワに行くと、アフリカのどこにでも一回で行けた。社会主義の拘束感と非日常の入り口が同居していたような空間。

それからずいぶん格安航空券にはお世話になってきた。今回久しぶりにアエロフロートを利用した。

機体はエアバスで、フライトアテンダントはオレンジのケバケバしいユニフォーム(お美しい方もいらっしゃいました)、そして、モスクワの空港は改築中でデューティーフリーがずいぶん入りそう。すっかりその時代の香りはなくなりました。路線もずいぶん絞っているし、今回などは日本-モスクワ-ロンドンと、JALかなんかの肩代わりをしているような路線でしたし。

そんなわけでパリにおります。今やアエロフロートではここら辺までしか行けないので。

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2010年7月4日日曜日

「あなたは長生きしますよー」

2日ほど前、58さんと行った「あらま」。数年前に行ったっきりの店だったが、そこに、男性が。くせの強いおかみさんが一人でやってると思ってたけど…

58さん曰く…ものすごく当たるのだそうで。

この男性、ずいぶん有名な占い師なのだそう。進められるがままに、じゃあ、ということで、誕生日を伝える。

その答え①。
「あなた長生きしますよー」
本当っすか?病気持ちですが…そうならすんごく嬉しいです。

答え②
「あなたの星はマラドーナと同じですよ」
むむむ…ゴッドハンド+ヤクでムショ+返り咲いてナショナルチームの監督(今日はズタボロでしたね…)。そんな派手な人生でなくても…

答え③
「今年と来年は何にも動きません。焦らずに、じっくりと。その先の準備期間なのですから…」
やっぱりそうですか。動かんですよね…ってことは、就職は2年後??まあ、それくらいなら御の字です。

全体的に、おっしゃった通りにことが運べば嬉しいのですが、微妙なのは②…くらいですかね…