2016年1月31日日曜日

天草の「のさり」-4(「カクレキリシタン」文化)

天草、といえば、多くの人が天草四郎を思う浮かべるでしょう。キリシタンによる叛乱。どうも、この言い方では、当時弾圧されたキリスト教徒が、江戸幕府に対して反抗した叛乱、と捉えがちだが、実のところ、この地域を治めていた寺沢氏が飢饉の年に苛烈な年貢の取立てを行ったことに対する一揆とするのが正しいらしい。その後、江戸幕府が、キリシタンを禁止するために、これをキリシタンの叛乱と位置づけた、とか。

ともあれ、和風な風景の中の尖塔と十字架。見慣れないとなんとなくしっくりとこないが、文化の交わりを感じさせる貴重な「のさり」だ。現在は世界遺産登録を目指しているらしい。


文化的な交わり、といえば、このうえの写真などが最たるもので、このおおらかな交わりっぷりに思わず笑ってしまうのだけど、つまり、八百万の神の中に、御釈迦さまもキリストもいる、というやつです。ちなみに、この写真は本渡のとある仏具屋さんのものです。



崎津の教会(天主堂)は入り組んだ湾の奥にある集落にある教会。裏手はかなり峻険な丘になっていて、なかなかここまでたどり着くのは難儀なこと。下の説明を読めば、この教会ができたのは、1934年のこと。フランス人ハルプ神父のときに作られたものです。しかし、ここには1569年(永禄12年)にハルメイダ神父が降り立ち、キリスト教布教の拠点になったといわれます。



この場所に教会が建つ前には、吉田家という庄屋さんの家で、ここには勝海舟もとまったことがあるといわれます。歴史的に意義深いところです。


それで、神仏基混交はこんなところにも。この社は諏訪神社なのですが、前述のハルプ神父は、諏訪神社の境内内の家(左側)にお住まいだったとか。神社内に神父さん…う~ん、どんな信仰なんだろう…


たしかに、こうした独特な文化も「のさり」。大変興味深いのだけど、例えば島原や長崎とはどんな関係があるのだろう?天草独特とは言え、文化的にはこうした地域とも強く連動しているはずで、ここだけを切り取ってしまったら、「時代」のうねりや人びとの交流、そこで生まれる文化をいうものがよく分からなくなってしまうような気がする。世界遺産もいいのですが、このあたりにはしっかり気をつけていただきたいものです。

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2016年1月30日土曜日

天草の「のさり」-3(風景‐1)

きっと日の目を見ない写真たち。

カメラの設定が悪く、一部ぶれているところがあるのはご愛嬌ということで。

こういう風景も「のさり」。何気ないところにホッとする風景がありました。










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2016年1月28日木曜日

日本周遊出張

年が明け、バタバタと出張続き。

福岡⇒北海道⇒熊本⇒福岡⇒京都⇒名古屋…

今月、家にいたのは10日間。とにかくいろんなところで、いろんな人と会い、いろんなものを食べた。

出張は嫌いではないけど、やはりいろんなことが終わらない。来月の出張がテロの影響で、今まででの準備がパーに。おかげですっかりやることが増えてしまった。出張中もだいぶやったのに。

でも、止まってるわけにはいかないので、頑張るべ。

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2016年1月25日月曜日

天草の「のさり」-2 (イルカ・ウォッチング)



天草の「のさり」探しその2。天草諸島の北側に位置する通詞島でイルカ・ウォッチングを営む会社を訪れ、実際のイルカ・ウォッチングに参加した。

連れ合いの実家の家族も義理の父の退職記念の旅行のときに天草を訪れて、イルカ・ウォッチングに参加したのだとか。別の会社の社長さんからはいるかとの遭遇率98%といわれ、義理の父も99%と聞いていたのに、義理の父はその1,2%に当たってしまったとか…

ともあれ、通詞島を出発し、10分もかからないうちに船長さんからイルカ発見の合図がある。遠くに、背びれがいくつか見えてくる。




近づくとこんなにワサワサといる。イルカ自体ほとんど見たことはないですが、こんな大群はなおさら初めてで、同行者一同、ひたすらシャッターを切る。


イルカは船の周りを回り、船の下にもぐりこむ。遊ばれているのがよくわかる。




大して倍率が高いわけでない、僕のカメラ。それでもこれだけ近くからとれる。


約1時間ほど、船を走らせてひたすらにイルカと戯れる。それにしても数が多い。しかし、やはり人間の方が疲れるのが早くて、「みんなこんなにイルカのこと好きだったんだっけ?」ということを言う人が出てくるほど。集中してそれぞれが100枚近くの写真を撮っていたようだ。



この日はあいにくの雨模様で、我われのほかにもうひとグループのみ。我われはクルーザータイプだったが、こうした漁船タイプのイルカ・ウォッチングも可能だとか。


港にはこんなカラフルな恵比寿さまが。

本来、とても珍しい体験なはずなのだが、「おなかいっぱい」という意見が多かった。なぜなのかはよく分からないけど、よほどのイルカ好きでないと、何度もイルカで人を呼ぶ、というのは難しい気がした。こうした一回は楽しいアトラクションは、全国各地にたくさんあるような気がする。こうしたアトラクションに工夫を加えて2度、3度通いたいものを作るのか、それとも、これはこれで、他のアトラクションと組み合わせて、重層的な楽しみを提供するのがよいのか、よくわからない。しかし、これを起爆剤に観光客を呼び込む、というのなら、何らかの工夫が必要だろう。僕自身は、なぜイルカを食べなかったのか(静岡や和歌山ではイルカを食べるのに)、こうしたところにイルカと人間の関わり方が垣間見えて面白いのだけど、単にイベントを独立しておいておくのではなくて、何らかのストーリーをつけてやる、というのは一つのアイディアだと思う。ちなみに、ここでは、イルカとエイを聖なる生物として口に入れることはないのだとか。伝承を掘り起こし、その伝承にまつわるイベントを用意する、こんなことも考えられるだろう。






2016年1月24日日曜日

天草の「のさり」-1(牛深の雑節工場)

1月18日~21日にかけ、熊本県天草市で「のさり」を探すフィールドワークに出かけた。「のさり」は天草の言葉で、タカラを指す。つまり、地域の資源・タカラを探し、ということになるだろうか。

19日は地球研主催の「地域連携セミナー」を行い、翌20日は牛深という地域の雑節の工場を訪問した。雑節というのは、イワシやサバの節の総称で、牛深は日本の雑節の8割ほどを生産しているという。牛深は天草の南岸に位置する、小さな漁村だが、ここに200軒ほどの雑節生産工場が立ち並ぶ。


一概に雑節と言っても、その製法は大きく二つに分かれる。天日干しと燻製だ。天日干しは乾燥させるのに時間もかかり、味は薄め。燻製は燻製室で一気に燻してしまうので、それほど時間もかからず、香りも強い。当然、燻製の方が人気もあり、値段も高いかと思いきや、最近では天日干しの方が人気があるのだとか。

天草は、天然の豊かな漁場を持っていたが、近年漁獲高が減少したため、宮崎沖や東シナ海産のイワシやサバを使うようになったという。ただ、牛深の雑節の歴史はそれほど古くなく、どうも昭和初期あたりかららしい。九州では、指宿や長崎の鰹節が有名で、やはり、天草でも鰹節に挑戦したことはあるらしい。逆に、指宿や長崎が雑節作りに挑戦したことがあるらしいが、両方とも上手くいかずに、現在のそれぞれの地域分業となったという。


それにしても、その作業はかなり大変で、魚の頭をとり、サバは腸を抜いた後、このように水で洗浄し、さらに、それを約40分間海水で煮る。


イワシはこのように乾燥させる。この写真は小さめのイワシの日干し。


大きめのイワシとサバはこうして籠につめられて燻製室へ。


これが、燻製後のサバ。実にいいにおい。ゆえに、みんなで「食わせろ~」光線を発し、少しずつ頂く。美味い。これだけで日本酒がいけてしまいそう。結局、半身ずつくらいを頂き(僕は1本食べたと思う)、みんなで大絶賛する。


そして、ここで出来たものを大きさを判別する。その際に、しっかり乾燥していないものははじく。これも熟練の技だ。


こうして製品ができていく。一つ4kg。できたものは、問屋さんに持っていく。最近はやりの産直はないのか、という質問が出るのだが、大企業相手が中心のこの産業、工場から直接企業に売ることはほとんどないのだという。問屋が一律で買取り、それぞれのニーズに合わせた品質のものを割り振る。このニーズが細分化されているため、工場が直接売買するのは困難という。カビ一つあったために、全部返品、ということもザラで、単独での売買はリスクが高い。当然、中抜きされるのたが、食品ゆえに、こうしたリスクをどのようにヘッジするのかは悩みどころだ。


ここで働くのは、地方の一次二次産業の例に洩れず、高齢者が多い。しかし、ここでは、時給制をとらず、たとえば、魚の頭とりでは、パレットいくら、という計算をするらしい。少しでもおカネが欲しいときは、たくさんやるし、時間がないときは、できる範囲で、という融通を利かせるためらしい。若い人も何人か雇ったことがあるが、すぐに辞めてしまうというし、よくある文脈にのせてしまえば、3K的な職場ゆえ…ということがいえてしまうのだけど、無理のない「高齢者」の労働を見ていると、まま、そうは言い切れない。とにかく、ここの人たちはよくしゃべり、よく笑う。記念写真を撮りましょう、と誘うと、みんなが手を休めて集まってくるし、短い間にたくさん冗談も言ってくれた。確かに、社員としての責任を考えれば、それも大変なことなのだろうけど、なんか、オフィスで働く僕らのような感覚とは少々異なる雰囲気に見える。そして、この工場を見ていると、少子高齢化の難しさという言説は一旦置いておいて、違う角度から見なければならないことを痛切に感じる。きっと困難さはそれだけではないし、「のさり」探しも、きっと地元の人が「のさり」が何かを気付いていないだろう、という前提の下での話し。ここはここで生きているし、何を「再生」させるか、と言われると、どうも言葉に詰まってしまうのである。


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2016年1月19日火曜日

ワガドゥグのテロ‐3(これまでのニュースのまとめ)

ワガドゥグのテロを時系列的にまとめます。Jeune Afrique(JA)の記事を翻訳しました。

隣国マリやニジェールにおいて2010年ころからの混乱をもたらしたAQIM(イスラームとマグレブのアルカイダ)および、ボコ・ハラムの影響は、ブルキナファソにはつい最近までほぼなかったと言ってよい。いわば、ブルキナファソはサヘル地域における緩衝地帯のような位置づけであった。しかし、2015年4月ブルキナファソは最初のAQIMによる攻撃を受ける。ルーマニア人がAQIMにより誘拐された。
        
2016年1月15日

19:30 “Cappuccino”のテラスから火の手が上がる
JAによれば、Cappcinoは、ブルキナべ(ブルキナファソ人のこと)中流階級や外国人対象のレストラン、だが、まあ上流階級と言った方がいいだろう。戦闘員は「アッラーフ・アクバル」と叫びながら、彼らは無差別にすべての人に対して掃射した。

当局によれば、29人の人びとがこの機関銃掃射により犠牲になったが、その中のほとんどはCappuccinoにいた客だったと発表された。

20:00 Splendid Hôtelに飛び火する
長い掃射のあと、軍・警察の到着前に、テロリストは、人を傷つけ、車への放火を終えた。ジハーディストは、その後、クワメ・ンクルマ通りを渡り、スプレンディド・ホテル(147室)への突入した。ジハーディストは何人もの宿泊客を銃撃して傷つけたものの、死者は出なかった。スプレンディッド・ホテルは1泊40,000Fcfa(僕の記憶では)と、ワガドゥグのホテルの中でも上級に相当、この時も
その外では、特殊部隊が街区を封鎖する。

1月16日

1:00 フランス特殊部隊が現場に到着。
午前1時、マリのガオに駐留しているフランス特殊部隊が到着。それとともに、アメリカの特殊部隊も到着し、ブルキナファソ軍のエリート部隊の150人の人質解放活動をサポートした。
未明までの間、テロリストの足跡はつかめなかった。保全部隊の情報によれば、火炎はバリケードの数メートルのところ、「タクシー・ブルス」まで届いた。

5:00 激烈な銃撃戦
数時間の小康状態ののち、明け方5時に激烈な銃撃戦となった。ジャンダルメリー(憲兵隊)とフランス特殊部隊の連合の連隊長が急襲する。「彼らは塹壕の中にいたが、いろいろな意味で全く銃撃を辞めていなかった。」3人のテロリストが「タクシー・ブルス」で打倒されていた。

7:00 4人目のテロリストが死に、テロが収束する。
テロが収束したのは、4人目の襲撃者が体勢を立て直すために隣のホテル・イビに逃げ込んだところを殺された7時ころのことだった。

大きな問いがある。ジハーディストの戦闘員はAQIMから送り込まれたが、だれが攻撃を要請したのか?また、4人の個人的な意思によるものか?複数名の証言者が、襲撃者がもっと多かったと述べている。もし、彼らの言うとおりであれば、何名かのテロリストが網の目を潜り抜けた可能性は否定できない。


【参考資料】Jeune Afrique 2016 0119, 0850 http://www.jeuneafrique.com/294557/politique/burkina-retour-sur-lattentat-qui-a-ebranle-ouagadougou/
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