2015年7月31日金曜日

地球研オープンハウス


本日は地球研オープンハウス。年に一度の市民への研究所の公開のイベントです。

結構いろんなことをやらねばならないのですが、なぜか昨日はプロジェクトの飲み会という…

ともあれ、朝から準備を再開しています。

2015年7月27日月曜日

映画「人生スイッチ」ペドロ・アルモドバル(製作)、ダミアン・ジフロン(監督)


お休みが合ったので、今日は映画。連れのチョイスで「人生スイッチ」を見てきました。今年劇場で見た中で一番面白かったですかね。

この映画はアルゼンチンのダミアン・ジフロン監督の作品で、「おかえし」、「おもてなし」、「エンスト」、「ヒーローになるために」、「愚息」、「Happy Wedding」の6本の短編で構成されています。話は「私たちの生活の中には切り替えてはいけないスイッチがある」とされていて、様々な出来事や過去をめぐる人間の感情のもつれや恨み、そこから展開されるとんでもな出来事をコメディタッチに描く。

この作品、最初の5本はあんまりハッピーエンドではないのだけど、最後の「Happy Wedding」は、どたばたの結婚式の末に問答無用のハッピーエンドが待っている。最後だけが唯一救いがある。情熱的なラテン系の「愛は勝つ」的なメッセージにも読めるのだけど、「おかえし」で出演しない犯人が結局「おかえし」をするのが全ての人の元にある親で、最後にその親を作りだす、なにやら輪廻を演出しているのか、と思わせる節も。こういう短編に盛り込まれた仕掛けに思いを巡らせるのも一つの楽しみですね。





2015年7月23日木曜日

第231回 中部人類学談話会


今週末はまた名古屋です。今月3回目…

今回は渡邉欣雄先生と平井芽亜里さんの沖縄コンビ。殊に渡邉先生のご発表は毎回いろんな刺激をいただけるので、とても楽しみです。

今週は昨日もモンゴル研究の大家、小長谷有紀先生、西南アジアの松井健先生ともお話ができ、人類学の泰斗との縁深い一週間。まだまだ遠い方々だということが身に沁みます。


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2015年7月20日月曜日

梅雨明け。「なんばグランド花月」に行く


せっかく関西にいるのに、お笑いを見ないのも…と思い続けていたものの、つい足が向かず。ようやく行けました。休日ということもあり、とても混んでいて、当日券を当て込んでいたら結局立ち見。さすがに2時間立ちっぱなしでなかなか疲れましたが、来てみてよかった。

前半の漫才もなかなかだし、お目当ての新喜劇もやはり面白い。さすがになんばまで来るのは大変だけど、四条の花月ならチョイチョイ行けそうです。

ところで、本日関西も梅雨明け。気温も35度近くまで上がったようです。数日前の台風以来、ほとんど雲の中にいた比叡山でしたが、今日は晴天に深い緑がくっきりと浮かび上がっていました。日照不足が心配されていた田んぼにも強烈な日差しが注いでいました。

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2015年7月19日日曜日

安保法案に反対する学者の会

http://anti-security-related-bill.jp/

先週一週間、安保法案の決議をめぐるどたばた劇を見ていて、少々腹が立った。その直後の国立競技場云々の議論までの一連の流れがあまりにあざとい。裏側に「のどもと過ぎ」るまで何とかやり過ごそう、とりあえず一つは言うこと聞いてやるか、というのが見え見えで、政策云々以前にこういうやり方が気に入らない。

一応、この会には署名しました。名前も出していい、ということにしたので、そのうちリストに名前が出るやもしれません。でも、法案自体は僕にはよく分かりません。にも関わらず、署名をしたのは、現在の与野党双方ともに選挙に通るためにどうするか、という基準以上の理想や理念が見えないことに対する憤りの表現、ということです。

TwitterやFacebookもこの話題で持ちきりで、この話題、少し乗り遅れていたものの、おかげでだいぶ追いついてきました。中にはよく調べている人がいますね。たとえば、この下のツイート。


テロ特措法の少し後に民主党政権になったわけですが、直後の選挙も自民党大勝だったんですね。この辺りの法案以外に他に何があったのやら覚えていませんが、確かに「世論チョロい」と思われても仕方なし。しかし、それでも、それを計算した上であのあざといやり方なら、なお腹立たしい。憲法改正の議論から正々堂々やらんかい、というところです。

2015年7月16日木曜日

南出和余2015『「子ども域」の人類学 バングラデシュ農村社会の子どもたち』昭和堂



亀井伸孝先生の『森の小さな<ハンター>たち 狩猟採集民の子どもの民族誌』に続く「子ども」の民族誌。以前、学会でご発表をお伺いして、非常に興味のある研究だったのですが、なぜか購入するのが遅くなってしまいました。

目次は以下の通りです。人類学の研究では、通時的研究(時間軸に焦点を当てた)と共時的研究(同時代の空間や観念に焦点を当てた)というわけ方をします。多くの場合、通時的研究は、ある社会を歴史的に見ることで、その社会の基層文化を明らかにしようとする考え方ですが、人間のある「期間」の捉え方、これを通時的と理解するのは少々乱暴ですが、「子ども」という期間と、その期間に起こる変容を「域」という南出さんの独自の視点で捉えているのがこの本の特徴ではないでしょうか。

この本のキーワード、「子ども域」は次のように捉えられています。

「子どもたちは日常生活のなかで、成長にともなって社会での位置や役割を次第に確立し、ずらしていく。それらは、彼らが他者との間で展開する相互行為を通じて築かれていくものであるが、そのプロセス自体は行為者である子どもによるものである。この交渉を経て、子どもは「子ども文化」を築きながら同時に社会の成員として社会に「参加」していく。ある部分はおとなになるにつれて失われ、ある部分は個人のなかに内在化される。この交渉領域では、子どもたちは「子ども」という社会的制約にありながらも自由な実践を展開する。制約は、子どもがいずれ子どもでなくなるという現実に支えられた一過性のもので、個にとっては常に可変的で不連続である。また、社会が「子ども」をどう認識しているかによっても大きく異なる。「子ども域」とは、この領域を指すと同時に、その実態を捉えるための概念である」(23、強調は清水)

この定義の部分だけを読んでいると、「子ども」の期間に起こる「子ども」の主体的な変容とそのプロセスと読めて、どちらかというと、変容に重きが置かれるのですが、終章では、次のように述べられます。

「バングラディッシュの子どもたちに見られる「子ども域」という領域は、いわば、ねじの「あそび(ゆとり)」のようなものではないだろうか。ぶらぶら(ぐらぐら)していても「ブジナイ(わからない)から仕方がない」として許される。子どもたちには「ねじを締めない」という選択はゆるされないけれど、どのくらいのペースで、どのように締めるかは、子どもたち自身に委ねられている。子どもたちは、家庭での手伝いや、集団遊びを介した子ども同士の関係を通じて、自らそのねじを締めてゆく。そして、通過儀礼の社会的意義は、ねじが締まっていることを示す「カチッ」という音のように、社会にそのことを知らせることにある。「あそび」があることは、そのねじ(社会の構成員としての子ども)が機能する上では障害になるが、物体そのもの(社会)においては軋轢摩擦を吸収する上で、ときに有効不可欠なものである。」(194)

「「子ども」という期間と、その期間に起こる変容」と書いたのは、やはり時間軸も含みこんだ分析概念なのだ、ということが浮かび上がってきているように読めます。あえて「子ども時代」とか、「子ども期間」と呼ばずに、「域」として示すのは、(多少ぼんやりしたイメージを持ってしまいましたが)次元を広く持つためだったのではないでしょうか。

この本はとても豊かな内容の本で、南アジア地域研究や発達心理学、教育学その他いろいろなテーマが盛り込まれています。なので、すべてをまとめることはできませんが、最後に一つだけ。

この本を読んで、僕はとても強い嫉妬心に駆られました。購入したのが遅くなったのも、実はそのため。何に嫉妬したか、というと、南出さんのフィールドワークに対してです。この本のいくつかあるテーマの一つは、「子ども」研究への貢献にあると思うのですが、僕自身、いろいろな方法を試してみるけど、これが実はとても難しいのです。風貌やそれ以前のそこでの立場もありますが、なかなか子どもの世界には入り込めない。多分、一番大きいのは「演技力」のように思うのですが、子どもと同じ行動をとることはとてもとても難しいのです。これは、亀井先生と一緒にフィールドに入ったときに思ったのですが、亀井先生は子どもと同じように大人に怒られるんですね。僕は多分大概の人には叱れない。僕の場合は、NGOなどにいたために、どうしても大人よりも大人な立場に規定されてしまう。でも、南出さんは、たぶんもう少し中間的な位置にいたのではないかと思わせる記述が多かった。そうか、これくらいのポジショニングにいると、ずいぶんやりやすいだろうと、また、そういう位置を確保できたフィールドワーカーとしての能力をうらやましく思ったのです。

これまでに文化人類学の「子ども」研究は細々とですが、でも脈々とその実績を出し続けています。僕は子ども研究とあそび研究があまりにも近すぎるというところに疑問を持っているのですが(それは僕の幼少時代の体験があるからかもしれません)、それでもこの本には儀礼の話や、家庭と学校を横断する子どもの空間世界が豊かに描かれていて、おそらく日本における子どもの民族誌的研究書では最初の亀井先生の著書とは違う子ども研究の側面を見せてくれているように見えました。

【目次】
序章 「子ども域」という視点
第1節 子どもの変化と多様性
第2節 「子ども」の文化人類学
第3節 「子ども域」議論の経緯
第4節 「子どもの視点」のフィールドワーク
第5節 調査地の概況-バングラデシュ農村社会の社会構造と現状-
第6節 本書の構成

第1章 「子ども」とは誰か-バングラデシュ農村社会の「子ども観」-
第1節 意味的存在としての「子ども」
第2節 開発と子ども-「バングラデシュの『かわいそうな』子どもたち」言説-
第3節 「子ども」認識
第4節 「ブジナイ」子どもたち

第2章 日常生活の「子ども域」
第1節 子どもの日常実践を捉える
第2節 日常生活二四時間の記録
第3節 行動の変化
第4節 生活空間の変化
第5節 広がる人間関係

第3章 「子ども域」の子どもたち
第1節 「子ども社会」
第2節 遊びのなかの調査
第3節 集団遊びの段階的変化
第4節 男女別集団形成-「一緒に遊ばない」という意識-
第5節 「正しい行為」の認識-「わかっているわたし」-
第6節 遊び仲間の関係

第4章 通過儀礼と「子ども域」
第1節 通過儀礼
第2節 男子割礼とは
第3節 二人の男子の割礼儀礼
第4節 儀礼の現代的変化
第5節 子供たちの積極的受容と認識
第6節 女子の成長の文化的規定

第5章 社会変容期の「子ども域」-教育第一世代の子どもたち-
第1節 初等教育の普及
第2節 教育第一世代の子どもたち
第3節 複線的な学校普及
第4章 用幸の学校環境
第5章 学校選択の背景と学校イメージ
第6章 子どもたちの学校選択

終章
第1節 「あそび」としての「子ども域」
第2節 「子ども域」の条件
第3節 文化装置としての「ブジ」「ブジナイ」
第4節 「子ども域」という視点がもたらすもの

エピローグ




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2015年7月15日水曜日

宗教学会学術大会(20150904-06@創価大学)

http://jpars.org/annual_conference/

宗教学会に入会して5年くらいが経つのに、実は学会には一度も参加したことがない。毎年学会費を払いながら、これはいかんな、とか、もったいないな、と思いつつ…毎年宗教学会が行われるのが9月初頭ということで、大体調査に行っていたりするので、どうしてもいつも時間があわない。

それでも、今年は多少なり時間が取れそうで、初めて伺ってみることにした。一応毎年4冊送られてくる学会誌は軽く目を通しているつもりだが、やっぱり学会でどっぷり話を聞いてみるのも大切だ。

多分、一緒に研究をしている何人かも参加されるのだろうから、知人の研究発表はもとより、イスラームの研究はなかなか聞く機会も少ないので、たっぷり勉強しに行こうと思います。

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2015年7月14日火曜日

研究会『建築人類学の行方』


行く前に案内を出しておけばよかったのですが、すっかり失念していました…

ここ3年ほど、ブルキナファソ南部のカッセーナの家屋の調査を始めていますが、この調査の関係で、人の「住まい方」についてへの関心が高まってきました。そんな折、こんな案内を受け取り、行かないわけにはいかない、というわけで行ってまいりました。壮大な枠組みの杉山、後藤両先生の話に、民族誌的な藤川先生、栗原先生、清水先生という、実に密度の濃いものでした。

これからもっとこうした研究会が開かれるといいですね。楽しみです。

************プログラム********************
日時:201574日(土)13:0018:00(予定)
場所:南山大学名古屋キャンパスRR31教室

13:00-13:05
挨拶:後藤 明(南山大学人類学研究所所長、人文学部人類文化学科教授)
13:05-13:10
  趣旨説明:藏本 龍介(南山大学人類学研究所第一種研究所員、人文学部人類文化学科准教授)
13:10-13:50
  杉山 三郎(愛知県立大学大学院国際文化研究科・特任教授、多文化共生研究所所長)
 「古代メソアメリカ、モニュメントの認知考古学」
13:50-14:30
後藤 明(南山大学人類学研究所第一種研究所員、人文学部人類文化学科教授)
 「古代建築と天文:学史的展望」
14:30-14:40 休憩
14:40-15:20
藤川 美代子(南山大学人類学研究所第一種研究所員、人文学部人類文化学科講師)
 「福建の水上居民における住まいとアイデンティティ」
15:20-16:00
  栗原 伸治(日本大学生物資源科学部生物環境工学科准教授)
 「空間の力、空間への気から-アイデンティティと認識+α:空間計画にむけて-」
16:00-16:40
清水 郁郎(芝浦工業大学工学部建築工学科教授)
「北タイの山地社会における暗闇の住まい」
16:40-16:50 休憩
16:50-17:30  パネリストによる意見交換(司会:藏本)

17:30-18:00  会場を含めた意見交換(司会:藏本)



2015年7月12日日曜日

三井泉(編著)『アジア企業の経営理念 生成・伝播・継承のダイナミズム』



第三章「島津製作所の中国進出と経営理念-動的平行進化状態における継承・伝播-」の筆者、藤本昌代先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございました。

ちょうど昨日、「宗教組織の経営」の研究会に参加してきました。「宗教学」、「宗教と社会」の若手のホープたちに囲まれてとても刺激的ですが、「経営」の側はそれほど厚いわけではなく、藤本先生とお話したお時間に、何冊も参考になりそうなご著書を紹介していただきました。少しずつ勉強させていただこうと思います。

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2015年7月10日金曜日

ギリシャ情勢と調査の準備


帰国前からすでに次回の出張の準備、こういうことが日常茶飯事になった。おそらくこんなことは、とりあえず来年度までの予定だけど、まあとにかく忙しない。流れは決まりきっているから、別に空港で空いた時間にちょろっとメールを出したり、書類を書いてしまえば、後は現地で次回の予定を打ち合わせておしまい。

たったそれだけなのだけど、時々問題になるのは予算立て、後は治安の問題。この辺は本当はギリギリにならないとわからないのだけど、飛行機のチケットや先方の都合など、ある程度前もって決めてしまわないとならない。

今回の場合、6月末のギリシャのデフォルト騒動がとても気になるところだ。時々ニュースは目にしていて、微妙に気になってはいたが、まさかここまでくるとは…というところ。EUの度重なる譲歩もここにきわまり、内部に第二、第三のギリシャを抱えている以上、毅然とした態度を崩さないし、この空気が読めなかったギリシャの国民投票は茶番にしか見えないし(結局、彼らが守った「尊厳」というのはなんだんだ?)。あまりちゃんとニュースを追っていないので、この話はこの辺にしておくけど、とにかく、調査準備をしている段階では、ユーロの動きがとても気になるわけです。

このグラフでは、6月19日あたりから見ると、一気に(でもないか…)4円くらい落ちている。このあたりで航空券の手配をしているのだけど、ヨーロッパ、西アフリカのチケットはユーロ建ての支払いが多いので、この間で航空券代は2万円ほど下がった。ここからは期日が近くなってチケット自体の値段の上昇と為替の間でどこで発券してもらうか、というあたりのチキンレース。ただ、そんなことばかりしていられないので、とりあえず昨日発券手続き。まあ、2万円節約できたのでよし、だろうか。

この次は両替のタイミングの見極めが待っている。昨日再提出された改革案、まるでできない子の宿題みたいな話だし、結局ユーロ圏頼み(あの国民投票はなんだったんだ)になったのだけど、あれがどのように評価され、EUがどう処遇するのか、という辺りでもう少し相場も変わってくるだろう。まだまだギリシャ情勢からは目が離せない。

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2015年7月7日火曜日

『神様はバリにいる』(李闘士男 監督)

機内で見た映画第3弾。往復で約24時間。5本見たとしても、せいぜい10時間だから、まだ14時間も仕事をしていたことになる(なわけないか…)ので、遊んでいたわけではない、と自分に言い訳しながら…

[ストーリー]
バリの人たちを支援しながら大富豪となったヤンキー上がりの「アニキ(堤真一)」のもとに、マジメ一辺倒で婚活コンサルを立ち上げたものの、多額の借金を抱えてバリにやってきた祥子が転がり込むところから始まる。祥子は全財産をスラれ、自暴自棄になって飛び降り自殺を試みるが、子分のリュウに止められて「アニキ」に出会う。祥子はアニキの下で、成功の秘訣を学ぶべく、アニキの手伝いをしながら次第にバリとアニキとの生活に溶け込んでいく。そこで祥子が見つけるのは、バリの人たちの貧しいながら明るく生きる姿、そして、そんなバリの人たちを深く愛するアニキの純粋な愛情だった。

こんな感じだろうか。こういう作品にはそれなりの良さがあるから、ロマンチックであることを批判したりはしない。嫌味でもなんでもなく、アニキのような人ができればいてほしいと純粋に思わせる作品だった。配役も安定感のある堤真一に尾野真千子、それに、なぜかチンピラ役のナオト・インティライミという(本当になぜ?)が加わって、なかなか見せてくれる。これも食事をしながらだったが、飛行機の中で見ると、ますます旅情を誘った。

ともあれ、この映画でとても興味深かったのは、バリの信仰や宗教的な実践がたくさんでてくることだ。アニキは、バリの人のすばらしさを、去りし日の日本人のように、万物に神を感じて謙虚に祈ることであるというし、アニキの設定はどこか突き抜けた父性を感じさせ、どこか一神教の神のような存在感を発する。このあたりを見ていると、この作品で「神様」は誰だったのかを考えるととても面白い。バリの人たちの信仰の対象のぼんやりしたアニミスティックな「神様」なのか、それともアニキなのか、もしくは、祥子やリュウに救いを与えたアニキを含んだバリの大らかな人たちそのものなのか。

まあ、そんなつまらぬことを考えているから明日の発表の資料がまだ終わらないのだ。「ピンチの時ほど笑え」とアニキは言っていたが、まさに僕はいま高笑いをかまさなければならないようだ。

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小松義夫(でいいのかな?) 2006 INAXライブノート001『土と水のドナウ紀行 小松義夫&衛子 記憶のへの旅・ルーマニア』


写真家の小松義夫さんからご恵贈いただきました。ありがとうございます。

昨年11月に行った座談会でたっぷり2時間ほどご自身の写真家になった経緯、写真観というか、人生観を伺いました。上がってきたテープ起こしの原稿を読みながら、何度も小松さんの語り口が思い出され、とても楽しい作業になりました。

とりあえず初稿をあげ、座談会に参加された皆さんにそのご報告をしたところ、「補足」に、ということでお送りいただきました。

まず見た目、ライブ「ノート」なんですね。本当にノート、スクラップブックみたいな装丁なのが目を引く。そして、中身ですが、最初に小松夫妻が1960年代にルーマニアを回ったときの回顧録、現在のルーマニア周遊の際の写真、そして、同行したライターによる小松さんご夫婦との旅行記、という珍しいつくりです。写真家が一人称で語られたり、観察され撮影され、また、写真家も撮影する、というように、構成的に見ても面白いです。

朝からドナウの写真でほっこり。仕事を忘れそうです。

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2015年7月5日日曜日

国際開発セミナーシリーズ アフリカの子どもの生活-保健医療と教育-(2015年7月8日)


研究会の発表です。

「国際開発」という冠が着くと、どうも裏口から入りたくなってしまう。ほぼ条件反射的に、そして、そういう強迫観念に駆られてそうしてしまうのだけど、こんな生き方でいいんだろうか…こういう発表は、フィールドへの愛情を多目にしておかないと、単にいちゃもんをつけにきただけに思われるから、それが怖いのだけど。

少しはまともな発表になるといいのだけど…

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2015年7月2日木曜日

『Archives D'Afrique』Vol.1, Vol.2


一昨年の夏の調査のときだっただろうか。一緒に調査に出ていた亀井伸孝先生と入ったミッション・カトリックの本屋に入りました。すると、一番奥のキャッシャーの辺りに積んである、DVDに目が行きました。写真の左側のArchives d'Afrique。

Vol.1と書かれているので、その後のものもあるだろう、と思ったがしばらく次のものを見ず仕舞い。そして、今回の調査のときに出てました。Vol.2。しかもThomas Sankaraのみ、DVD4枚というブルキナ研究者には垂涎のものなのだけど、Vol.1が40,000Fcfa台だった気がしたのだけど、Vol.2はなんと54,000Fcfa…「迷ったら研究者失格」と自分に言い聞かせ(といことは迷っている)購入。まだ1枚しか見てないですが、貴重な映像やインタビューがごろごろ入っている。

このシリーズは、Alan Fokaというカメルーン人ジャーナリストによる編纂で、独立前後のアフリカの大統領を中心としたナショナル・ヒストリーをアーカイブしたシリーズだ。Vol.1では、Sékou Touré(ギニア)、Félix Houphouët-Boigny(コート・ジボアール)、Ahmadou Ahidjo(カメルーン)、Seyni Kountché(ニジェール)が収められている。Vol.2のサンカラで5人目の「ナショナルヒーロー」のアーカイブがそろった。すでにこれだけでも大変貴重なシリーズなのだけど、未だに英語圏のものがない、作る予定はあるのだろうか…と少々心配になる。できれば、マグレブを含めた前アフリカ大陸、難しければ、せめてサブサハラアフリカ。フランコフォンだけ、というのは、う~ん…。頑張れFoka!


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2015年7月1日水曜日

『深夜食堂』(松岡錠司 監督)


機内で見た映画その2(全部は書きませんが)。

小林薫演じるマスターが営む深夜のみ営業の「めしや」(この暖簾がすばらしい)。「メニューは豚汁と酒だけだけど、できるものはなんでも作る」と最初に紹介される。この「めしや」をめぐる人間ドラマ。

先月紹介した、イタリアの似非グルメ映画に比べれば、これぞ真っ当なグルメ映画。飲み食いにのみ焦点が当たっているということではなく、空間設定のひとつとしての食堂や料理があり、そこで展開する人間ドラマや心の動き、空間が合わせているのか、人の動きが空間に溶け込んでいくのかは分からないけど、こういうつくりがよい。

それにしても、この映画も渋いキャスティング。ドラマがあるらしいけど、小話に区切り、微妙に登場人物が被っていく、この映画のつくりはそういうつくりの小説を読んでいるよう。往路の食事中に見始めたけど、少し目を落としても、ちゃんとストーリーを追えていけるのがありがたかった(機内で見る映画としては殊に秀逸)。

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