2009年10月30日金曜日

締め切り

日常に締め切りがある生活。ちょっと文筆家みたいでカッコいい、と思ったことはある。

しかし、マンガでよく見る作者の心象風景が痛いほどわかるこの頃。明日はおとといの記事で書いたプレゼンがあるので、8時の新幹線に乗ることになっている。今日締め切り(実質は月曜日までできそうだが…)の論文は、そう、タイムアップなのである。

何とか終わったということで、新幹線ではビールを飲もう。明日の英気を養うために。

2009年10月29日木曜日

クレーマー

ある日の酒の席。研究室のMが私をクレーマーという。全く自覚はなかったが、昨年から今年にかけて、なんどかあったクレームを数えられ、いつの間にかクレーマーになっていたことに気づく。

本日、昼過ぎ、バッテリーと充電機がいかれてしまった携帯の機種変更のため、ショップを訪れる。

たぶん研修中のスタッフで、前回も少しいじめてしまったのだが、今日は新しく経費が追加されている。

学割がなくなった→今使っている携帯が古くて使えなくなった→解約料を払え

という話に納得がいかず、「なんで?」と言ってみる。いわば、飯を食いに行って、頼んでもないものを持ってきて箸をつける前に金を請求された、みたいな話で、か弱そうなそのスタッフを責め立ててしまった。泣きそうになり、なんども裏の上司に相談に行くスタッフ。ただ、いわれのない6,000円を払う気にもならず、しばらく突っ張ってみる。しばらく「納得がいかん」という話をして、自分が対抗しているのが、その可憐なお嬢さんではなく、巨大な携帯会社だということに気づき、そこで無駄にしている時間と労力、そして、自分のクレーマーぶりに気づく。突っ張り続ければそのうち、なにかあったかもしれないが、そこで戦意喪失。

納得がいかんことを飲み込むのはいかんと思う。でもクレーマーになるのもどんなもんか…

2009年10月28日水曜日

10月31日@道祖神

35名定員のところ、まだ17名だそうなので、自ら宣伝します。

10月31日、14:00より、三田(慶応大学の前)の道祖神で話をします。ブルキナファソの都市と音楽についてで、学会で発表した内容を少し砕いて話す予定。

http://www.dososhin.com/info/event/2009/03.html

2時間ほど堅めの話をしたのち、懇親会、その後浜松町の「カラバッシュ」に場所を移して飲み会の予定。お時間のある方はぜひぜひ。

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2009年10月27日火曜日

愛車!!!!

調査帰り。3か月開けると、結構いろんなことがたまっている。この年でおはずかしながら、実は今年になってから完全独立生計の形を取った。健康保険やら、年金やら、税金やらをさばかねばならないけど、なかなかオートマティックに仕切れない。

そんなわけで、「滞納」していた保険料を払いに区役所に行く。

このあたりは3年前までアパートを借りていたところ。いまだに、この辺に用事があることがある。そんなわけで、用事を全部まとめて、一気に済ませるべく、朝から出陣。

調査の1、2か月前、学校に置いておいた「ケッタ(尾張言葉で「自転車」を意味するそうな)」が無くなった。どなたかが拝借したのだろう。いい具合に古くて、良心の傷みも少なくて済むのかも。

この愛車を買った自転車屋にて。名前などしらないオヤジさんとジイさんが

「あれ?清水さん?」

と。ケッタと僕の顔はつながっているはずだが、なぜに名前を?

「自転車、届いてますよ」

どなたか親切な方が、わざわざ乗り捨てられていたケッタに貼ってあった店の電話番号に連絡してくれたらしい。さらに、オヤジさんがそこまで取りに行ってくれたらしい。その後、少々整備してもらいながら、いろんな話を聞く。この店、何度も修理やら部品の買い足しで色々世話になっている。大概のことはカルテみたいなのをつけてくれているらしい。何で、住所、名前も調べれば分かるという。これだけケアもしてくれてるということ。ジイさんも言っていたが、量販店ではあり得ない。ささやかな自転車屋だが、こういう店、やっぱりいいな。

2009年10月24日土曜日

帰国…睡眠。

一昨日の朝、無事に帰国。





機内ではデブデンマーク人が隣に座り、ひじ掛けをめぐってつばぜり合いを繰り返した。SAS(スカンジナビア・エアライン)、パンが非常においしくて少し見直したが、たのむ、これだけはやめてほしい。デブ+デブ=フラストレーション、なんだよ…





成田到着後、実家傍で母と食事をしてそのまま名古屋へ。夕方、SさんとMさんと食事をしたが、1杯のビールだけで、そのまま気を失うように眠る。ただし、時差ボケのため、2時半ころには起きてしまい、そのまま翌日の講義へ。





今年はこの時期、調査の出入りが多い。Kさんと私が帰国し、GさんとYさんとが来週調査に旅立つ。よって、飲む。そして、寝る。ここのところの新記録、13時間睡眠。



昨日…

そんな調子で起きたらすでに2時過ぎ。なんとか少し食事をして、よろよろと学校へ行ってみる。なんだかんだして、帰るが、今度は寝られない…ほんの少しウトウトしたものの、結局ほとんど一睡もできず。



変な気の使い方をするのが一番面倒くさい。早く日常が復帰するといいのだが…

2009年10月11日日曜日

調査のまとめ

昨日、例の雑務終了。途中、最近激しくなってきた埃のせいで鼻かぜを引いて、かなり焦ったが、まあ、なんとか治って、無事に今日の日を迎えた。

今日は先週約束した友人アミノゥのお父さんへの聞き取りの予定だったが、あいにく外出中とのことで、しばし待機中。この時間を利用して、少し調査のまとめをする。

約2か月半。けっこう頑張れたような気がするが、成果は少なかった。

当初予定していた、トラム・ダキュイでの住み込みができず(住めるところがなかった)、通い調査を行わなければならなかった。しかし、それすらも満足にできていない。聞き取りを進める中で、ザングエテンからトラム・ダキュイへの移転過程、特にカレンダーが全くわからなかったからだ。まずはここから、と思い、新聞をひっくりかえすことから始めることにした。6年前の記憶をたどるわけだから、無理はないか…

何度かブログでも書いたが、この新聞を使っての調査というのが、えらく時間がかかる。手帳を見直したら、16日かかっている。あすの午前中再度行うので、17日間だ。ただ、残念ながら、調べていた新聞には、Projet ZACAの広告、広報記事はあるものの、取材して記事になったものが皆無だった。そのようなわけで、この調査のデータを当て込んでいた論文はかなり難しい状況に陥っている。こちらにいる間にある程度は書いているが、データ自体が薄くて、困っている。

NGOの調査はまあまあ、といったところか。これまで行けていなかったNGOは4軒回れた。人脈の相関図も少しずつわかってきて、なかなか面白いデータが取れたように思う。一応、こちらで第1稿を仕上げ、Gさんのチェックを受けたので、帰国後早い時期にに第2稿は上がりそうだ(⇒ゼミで発表します)。

NGOに関連して、今回は少し突っ込んでKEOOGOに関わってみた。そのきっかけとなったのは、今年開館した大使館で募集する、「草の根無償」という補助金の申請。この申請をめぐって、KEOOGOの責任者、プロジェクトマネージャーとの関係性は一気に濃密になった。調査を行うには十分なラポールが完成したといってよいかもしれない。

ラスタの兄ちゃんたちとも相変わらずの関係を続けている。今年に入ってから再開したグランマルシェ(2003年に火事で焼失)にも顔を出すようにしたし、アミノゥと出歩くようになって、マルシェの新たな民族関係も発見した。少々状況は変わり、土産物屋の状況も様変わりしたが、いくつか面白い変化も目の当たりにした。

前々から考えていたことではあったが、そろそろ本格的に「ワガドゥグ市史」に興味が出てきた。当面はこれまでのフィールドの中心である、Ave.Kwame Nkrumaとその周辺の都市的変化について言及していきたいが、王権や行政、イスラームやカトリックミッションさらに民衆の草の根的な作用がワガドゥグという都市をどのように形成してきたのか、もうひとつ先の目標が見えてきた。村的世界から都市的世界への変化。もしかしたら、この新たな疑問が持てたことが一番大きな収穫かもしれない。

明後日からパリへ。1週間ほど今度は本に埋まってこようかと思う。

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2009年10月9日金曜日

映すことと書くこと

とある縁があり、映像の人たちとしばらく仕事をしている。公共放送の人たちとは、かれこれ4回目くらいの仕事だ。

しかし、申し訳ないが、私はあまり公共放送を利用しない。元々この分野に足を突っ込んだのも、この分野の人と大ゲンカをしたからだし、大学を卒業するころから、どこかバカバカしさを感じながら眺めていた。

嫌なヤツなので、チクチク厭味も言ってみたりもする。

「どうせ作るんなら派手に作りましょうよ」

とかいう具合にである。

合間合間にこちらは書く作業を進めている。残り少なくなった調査期間。自分でいやみを言いながら自分の話になると、さも客観的です、というように書く。表現者のカタワレとして、これがひとつのスタイルになっているのかもしれない。

もっとちゃんと見なきゃ、とか、もう少し聞き取りをしなければ、とか。書きながら改めて実感する。あやしい部分は山ほどあるのに、公共放送の人たちと同じく、私も帰らねばならず、帰るとシメキリがあるのである。彼らは表現することをどんな風に考えているのだろう。飯を食いながら聞いてみよう。

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2009年10月6日火曜日

そして…あきらめと次へ。

ザングエテンの動乱を追うべく、1年分の新聞に目を通し終わった。日本語でも1週間では読み切れないであろう量を、なんとか正味2週間で「目を通した」。

2003年。この年はワガドゥグの変化の年で、市中心部のグランマルシェは焼けおち、ザングエテンの住民が暴れた。ある意味、商業の中核が相次いでなくなった年であったといってよい。反面、これらが中心だと思われていたのに、実は大した中心でなかったことが、その年以降もワガドゥグが順調に経済発展していたことから証明されてしまったのでもあるが。

ということのディテイルが知りたかったので、新聞とにらめっこしてみたが、ザングエテンに関する記事はほぼなかった。L'observator誌と言う、左派系と言われている新聞で、こんな記事は結構好きなんじゃないか、と思ってこの新聞を採用したが、なぜか何もない。

他の新聞(Sidwaya誌)にも手を伸ばしかけたが、やめた。時間は刻一刻となくなっていくし、中途半端に手をつけると再開するのが億劫になる。真っさらな仕事として残しておくことにする。

なんか、次の機会が近くにありそうだと思っていたが、どうも政治の荒波の中に消えてしまう可能性もあるらしい。まあ、いろんなタイムリミットが差し迫っているが、ひとつひとつけじめをつけないといけないだろう。

残り滞在期間は1週間。調査可能日数は2日間。

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2009年10月1日木曜日

調査の終わりと10月

調査期間も残り10日前後。往々にしてこのくらいのタイミングが一番調査がはかどる。というか、焦ってめちゃくちゃなスケジュールの中を駆け抜けることになる。

今回は旧ザングエテンの調査がメインだったが、今まで行けていなかったストリートチルドレンに関わるNGOを回ったり、洪水にまつわる人々の言説を追った。決して実り多き調査だった、とは言いにくいが、まぁ、こんなもんだろ、という程度には諦めがつく程度にはできたし、また来なけりゃならんな、という見通しもできた。特に、旧ザングエテン調査は、旧市街からの撤去移動について、初めて新聞を使用したが、これが意外に時間がかかって大変だった(まだ何日か続けるんだけど)。それで、これだけでも、まだまだ興味深い記事がたくさんあって、少しずつこれも進めていきたいと思う。

10月に入り、完全に雨季が終わってしまったことを感じる。何せくそ暑い。今日も40度越えだろう。調査という名前を借りた、避暑避寒の行先であるブルキナが、こうなってはどうしようもない。昼下がり、事務所に向かう道には誰もいない。きっとここに住む人たちにとってもつらい暑さなのだろう。

昨夜、「和が家」に常連の料理人A氏が来た。昨年の献立表の10月のところをみんなで見ていたが、あぁ、そんな季節なんだな、ということで日本に思いを寄せる。キノコに海の幸、芋の煮付けに…どうせいろんなものに追い立てられるようにして学食でがっついていることだろうけど、ほんの数回のこういう食事が郷愁を掻き立てる。まだ肌感覚は真夏だけど、なんとなく秋を感じる10月のはじめ。

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