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11月, 2011の投稿を表示しています

真っ赤っか。

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Aさんに紹介してもらった英文校正会社から原稿が返ってきた。30日までに…とお願いしていたら、ちゃんと29日22時17分に到着。

激しく校正されていたけど、それぞれのご指摘はごもっとも。そして、書きなれない英語論文のポイントみたいなものもずいぶん書いてくれている。すごく勉強になる(今まで如何に適当だったか…)。とりあえず飛行機の中に持ち込みで直しを進めるか…ちょうど小説も読み切ったし(ちなみにもう一冊あるのだけど、上下巻の(下)のみを買ってしまった)、精々資料を読むくらいしかできないし。

そんなわけで、今晩出国。ここでやり残したこともそうだけど、今週の発表と先日の発表のフルペーパーの提出で年内バタバタの模様。一通り全力でやりきっていい年越しを目指そう。


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この地平線の先には…

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昨日予定していた調査項目が一通り埋まった。少し余計なプラスアルファもあり、それなりに美しく滞在最終日を迎えた。

別に終わったから、というわけではないけど、ほんの少しビールを飲み、9時過ぎに本を読みながらトロトロと寝る。3時半には起きてしまったが、時差ボケのことを考えたら、これくらいの時間に目覚めるのはいい徴候かもしれない。

今回、初めて写真が貼れた。明け方はネット使用者が少ないのか、割と回線が早い。

ニジェールでは、いつもこの写真のような地平線に囲まれて過ごしている。調査の合間合間に意識が飛ぶと、いつも地平線を眺めてしまう。とてもシンプルな景色なのに飽きない。

社会や人を見るのが僕の研究。プロジェクトをオペレートして環境と人、社会との関係を見るのが今回のタスク。いろんなところでこの二つが絡まりあう。少しずつ言葉を覚え、ここの植物のことを覚え、足の裏で砂を踏みしめ、舌で味わい、手で触り、時々、棘に刺されながら、この大きな大地のほんの小さな輪の中のことを学ぶ。なかなかいい時間を過ごさせてもらったな、と思う。

この仕事としてのニジェールとしてのかかわりは今回が最後で、やり残したことが多すぎて名残惜しい。来年からにうまくつながっていくといいけど。


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今年の年末年始。ちょっと早いけど。

色々と押し迫ってきそうな気配のする11月末。師は走り回るらしいが、きっと師ではない人たちも何かと忙しい季節。

とりあえず、なんだかやらねばならぬことがいくつか手帳に書き込まれているが、もう少し書き込めそうだ。今年の年末年始は西の方へ。連れ合いの実家の方に行くのは夏の時点で決まっていたのだが、その途上、今年ずいぶんお世話になった方を頼って広島のあたりに何泊かしたいな、と考えている。このあたりには久しぶり(もう13,4年ぶり…)に会えそうな旧友もいる。まだ大学の行事やら自分の研究の進捗やらで日程が決められないのだが、今からとても楽しみにしている。

今年は自分のところもはじめ、後輩が何組か結婚した。そういえば、大学時代の同期が結婚したのはいつだったかとか思い起こすと、そんなのはもうずいぶん前だし、彼らにはきっと子どもがいたり、前の職場にいなかったり。ある友人などは今でも僕は親友だと思っているけど、連絡を取らなさすぎて、店を出したのも子どもが生まれたのも知っているけど、お祝いすら言えずにいる。今更ながら、自分の不義理を悔いてみたりする。

今年はFacebookを始めた。高校の同期40名近くとバーチャル空間で再会した。彼とはケンカしたとか、彼と話したことあったかな、とかもう20年も前になるので記憶はすでにセピア色。ちょっと遠回りしたおかげで、今までずいぶん疎遠だったけど、色々な分野で活躍している様子でとても彼らに会いたくなった。とても陳腐なきっかけだけど、こんな殊勝なことを考え出したのは、FBを通じて。

もし遅きに失していなければ、少しずつ昔の友人を訪ねたり、酒を飲みながら話を聞いてみたりしたい。なんとなく思い描く来年の目標。鬼が笑いそうだけど。

穏やかに過ぎるニアメの一日

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ミッションのあるアフリカ滞在はいつも怒涛のように過ぎていく。

もちろん日本の日常を持ってきてしまっているのもあるが、できるだけ情報(≒記憶)がフレッシュなうちに言語化する、会計もこちらにいる間に(足りない領収書が出ると面倒くさいので)済ませたいので、どうしてもきついスケジュールになる。

残りのニジェール滞在は4日。約1か月の滞在だから、もうほぼ終わり。調査も大方終わったので、足りない部分を補足し、足せそうな部分を足す。直近に迫った原稿を仕上げ、発表の準備をする。タスクは明確だ。今日は会計データを打ち込み、昨日までの村滞在で溜まった洗濯、同居のSさんと昼食を作り、少し昼寝をして、雑務を少々。これから夕食を作り、少しビールを飲む。夜には自分のタスクに手を付けられそうだ。しかも、この時期は本当に暑くない。汗っかきの僕でもほとんど汗をかかない。

どうも大学では学生のストが行われているらしい。ラジオも新聞もないここには全く情報はないのだが、こちらも物騒だ。今年前半の隣の国の騒乱を思い出させる。ニジェールは今月末から産油国となるのだが、自国で石油が出るのに、思ったよりも安くならないガソリン代に対するレジスタンス、なのだとか…

しかし、そんな中でも穏やかに過ぎるニアメの一日。


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ニアメ帰還

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4日間だけだが、今回最後の村滞在終了。

今回は仕事用のノートと研究(趣味?)用ノートを用意。仕事用のノートがはるかに早く埋まっていくが、趣味用のノートも少しずつ埋まっていく。しかし、宿舎というか、事務所というか、管理人(仕事用の肩書きは「コーディネーター」)のSさんなどと情報を共有していると、かなりの部分が以前なされていることもわかる。一応役所の仕事なんだし、うまいこと共有させてもらえんかな…。

一杯になったノート、1000枚を超えた写真、録音データは2,3個だけど、カウンターパートのフォローのおかげで大体ノートに取れているのでそれほど心配ないだろう。今日中に手を付け始めたかったけど、集中力がないので、今日はこの辺で寝て、明日頑張ろう。

まだまだこの地域の全体像が見えないので、五里霧中な中で調査をしているけど、前回に比べれば今回、もし次回があればもう少しいろいろ聞けるだろう。残り4日。きっとそれほどたくさん話を聞けるわけではないだろうけど、こんな新鮮な調査ができるのは本当にありがたい。


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終戦。

ドラゴンズ惨敗。ニジェールでPCに噛り付いて一球一打を見守った。

もちろん、ここのところ、毎年この時期まで楽しませてもらっていることの幸せさを思うと、それだけでもドラゴンズ、落合監督には感謝。しかし、やはり、今年はこの監督の退任が決定した中での日本シリーズだったのが、少々ひっかかりを持たせた。

僕はドラゴンズファンで、野球ファンなのだが、技術的なものとか、勝敗以外に、野球を通した人間ドラマに感動するタイプで、いつかのダルビッシュなどのように骨を折りながらも涼しい顔をしてプレーしてしまうストイックな人たちにも感動を覚える。8年間、球団から課せられた「勝てる球団づくり」を淡々と、しかしストイックに求め続けた落合という監督には、敬意を持っている。そして、この監督がどれほど選手に愛されていたか。しばしば固すぎてつまらないといわれる、勝つための野球を一糸乱れずに見せた選手を見れば、彼らの監督への信頼と愛がにじみ出ていたように思う。本当にいいチームだったなと思った。力尽き矢折れる、やりきったな、というシーズンだった。選手も監督も少しゆっくりと骨休めをしてほしいと思う。

来年。往年の名選手の高木さんが監督として舞い戻る。名伯楽権藤さんがヘッドコーチとか。球団には、しっかり責任を感じてもらうとして、これはこれで新たなドラゴンズが生まれるのではないか、という胎動を感じさせる年にしてほしい。

カレー!

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現在、事務所兼宿舎に住んでいる。かなりの日本人が出入りするせいで、大量のカレーが備蓄されている。その量、おそらく数百人前。スーパーの棚よりははるかに多い気がする。

そんなわけで、ニジェールに来てから3度目のカレーナイト。お昼にフォーを作った時に鶏肉(ブロイラー1把)を解体したので、チキンカレー。ちなみにフォーはスープから作成。以外にここにある食材でこのへんのものはなんとかなりそう。今日もおいしくできますように。

しかし、昨日も食事会でインド料理!どんだけカレー喰うんだという件。


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ワークショップ

ニジェールの朝は涼やかで、朝により仕事がはかどる。

昨日より、今回の主目的であるワークショップが始まった。ブルキナファソの騒乱から転身し、ニジェールでバタバタと始めた今回の砂漠化対処のパイロットプロジェクト。このサイトを村の人に見てもらいながら、これまで村の人がやってきた在来技術と比較してもらい、何かの参考にしてもらうものだ。

もうこの仕事に携わって1年が過ぎるが、相変わらず農業や土壌の話に疎い。あぁ、勉強不足だな…と思ってしまうが、これは一朝一夕ではどうしようもない。だが、スタッフと相談しながら聞く「在来技術」。「環境系」なら、土と有機物、土壌を回復させるということは、土壌の流出を防ぎ、表土を回復する、という大原則があるわけだけど、「在来技術」では、多くの人が無機物すらも利用する。

これだけでも興味深いのだけど、上演される開発プロジェクト「劇場」的な部分も面白い。

「村はコントロールできない」

これは、請負形式で昼食を用意した農業技官の発言だが、食事の時だけ予定の2割増しの人数になり、請け負った昼食の予算を大きく上回り悲鳴を上げている。と思えば、真面目な意見を戦わせ、うがった見方かもしれないけど、僕らの気に入る態度を取る。そして、僕も久しぶりに演じてみたりもする。

今日もこれから行ってきます。

まるはち人類学研究会(12月3日)

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予定より少し告知が遅れたけど、研究会での発表の要旨ができた。一緒に発表する藏本さん、あと、ここには名前が出てこないけど、南山大学の中尾さんにはずいぶんお世話になった。

大方筋書はできているけど、あと1か月、しっかり準備して研究会に臨みたい。場所などはまた後日。

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[発表趣意]

経済から宗教をみる
――「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究――

◆本企画の背景:実践宗教研究の系譜
キリスト教・イスラーム・仏教など、いわゆる世界宗教を対象とした学術研究は、長らく文献学的な教義研究がリードしてきた。しかし教義としての宗教と、信徒によって実際に生きられている宗教は異なる。こうした問題意識から1950年代以降、人類学的な世界宗教研究が始まる。「教義」ではなく「実践」を解明すること。これが現在に至るまで、人類学的な世界宗教研究の一義的な目的であるといってよい(cf. Leach ed. 1968)。
それでは実践をどのように分析するか。この問題について、先行研究において重視されてきたのが、信徒の生きる社会的コンテクストである。信徒はそれぞれのコンテクストにおいて、教義を様々に理解・解釈し、実行する。こうした理解から実践は、コンテクストとの関わりにおいて分析されてきた。たとえば初期の研究(1950~80年代前半)において注目されたコンテクストとは、その社会に固有の信仰体系であった。つまり現実に展開している実践は、外来の教義(大伝統)と土着の信仰体系(小伝統)が融合した結果生じたものであると考えられ、両者の構造的な関係の解明を目指すシンクレティズムの議論が盛んであった(ゲルナー 1991; Tambiah 1970など cf. Redfield 1956)。
しかしこのようなアプローチは実践を画一的・図式的なものとしてしか描けない。こうした反省から近年の研究(1980年代後半~現在)においては、政治・産業構造の変化、都市化、近代教育の普及、交通・通信の発展といった大きな社会変動という動態的なコンテクストに注目が集まるようになり、多様で新しい実践がそうしたコンテクストと結びつけられて分析されている。たとえばキリスト教圏における公共宗教の復興(カサノヴァ 1997)、仏教圏における改革主…

日曜日

今日は日曜日でタバスキ。

本当は村でタバスキに混ぜてほしいな~、とか、少しは聞き取りができるといいな~、とか思いつつ、事務所にこもっている。もともと予定していた会計の仕事のため。一緒に仕事をしている方の仕事と合わせながらやっているので、ネットを見たり、少し論文書いたり、発表の準備をしたり。

これはこれでいいか。

クライマックスシリーズ、ドラゴンズが決めた。当たり前のことを当たり前にやる。勝つことまでが当たり前になった気がする。日本シリーズはソフトバンク。地味ーなドラゴンズと華々しいソフトバンク。どうも経済効果は一番薄いと言われているが、自分のペースに巻き込んだ方が勝つだろう。などと、日本に思いを馳せつつ…

忘れた。

昨日明け方まで起きていたので、午前中は家でグダグダしていたが、これでは腐ってしまう、と思い、午後から大学へ。

色々とイベント続きだったため、また、明後日からの出発のため、割かし雑用がたまっていた。一通り片づけようとしたら、イヤホンがない…大音量でBarning SpearsとCultureが聞きたい!と思っていたのに…特にいろいろ考えなくていい時は、あんな存在感のあるレゲエがいい。が…残念。なんか音なしで仕事をしたらずいぶん早く終わった。

おかげで原稿を進める余裕ができたので、それはそれでよしか…