2011年10月31日月曜日

また行ってまいりやす。

気が付いたら10月も終わり。

ずいぶん涼しくなってきた(世の中的には「寒い」という形容詞が正しいか…)し、もうこの時間で外は真っ暗。お先も真っ暗…という自虐的な話は置いておいて。

ブログをやっているおかげで、月末になるとこうやって毎月を振り返るのだけど、今月は忙しかった。でも、特に月末の怒涛の1週間は新しい出会いであったり、研究へのコメントであったり、得るものも多かった。

とりあえず、この間にできた新たな宿題を抱えて、11月3日よりニジェールの方に行ってまいりやす。ニジェール、2度目の渡航。ブルキナをもっとカラッカラに乾かしたようなとこ、と少し悪く書いてしまいますが、今回はもっといろんな人(特にニジェールの人)と知り合いたい、そう強く思ってます。

今回も仕事です。6月から始めた砂漠化対処技術の実験を、ワークショップ形式で村の人に見てもらう。そして、検討してもらう、ということが目的。あとは、現地の社会調査。久しぶりに村で泊まり込み調査を行います。村での調査はキャリアが少ない分、こうやってやらせてもらえることがありがたい。人類学にもそれぞれの方法論があるけど、やっぱし村の経験もないとあんまり恰好がつかないし。

そんなわけで、行ってまいりやす。

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週末の研究会(Mossi社会のイスラーム史について)

いよいよネタ切れで、とうとう出してしまった研究発表。Mossi社会のイスラームの歴史考証について。

Mossiとイスラームについてはいろいろなことが言われる。宗教的に要求される実践と日常的な実践の間のギャップ(たとえば、下の要旨でも引いている、Skinnerという人は、ワガドゥグを「ムスリムがマジョリティのクリスチャン都市」と言っている)がよく指摘されるのだけど、そもそも宗教はそんなものではないかな、と思う。西アフリカのイスラームの多く(一部?)は偶像崇拝もあるし…何が良くて何がよくない、という判断は僕らはずっと先に取っておくのだけど、それ以前に、その土地の歴史を知ることはとても楽しい作業だ。じいさんからよもやま話を聞きながら、若いころの自慢話を聞く。若い人からも、じいさんやお父さんからこんな話を聞いたことがある、とか。こんな話の中に、とても面白い事実や事実になる可能性のある話が埋もれている。

何度か、このブログにも5年目くらいまで、ワガドゥグはつまらんかった…と書いたことがあるけど、この作業をやりだしてから(そして、これに関連する本を読みだしたら)、途端に楽しくなった。勉強していくと、結構たくさん本もあるもんだし、まだまだ出せる代物ではないのだけど、研究紹介的に、こんなことにも興味がありますよ、ということを提示した。

これを発表したシンポジウムは、札幌で行われ、おいしいものに舌鼓を打ちつつ、初めて聞く理系のシンポを楽しく、刺激的に伺った。本当は、3日目のワークショップも出たかったけど、翌日は東京で発表があったので、残念ながら断念。

以下は発表の要旨。
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In West Africa, the Islamization started in the 8c when the Magreb brought it from North Africa to Sénégal. It gradually spread in all of the areas of Sahel, south of Sahala desert. Although it was brought in Sahel, Islam wasn’t recieved by Mossi people who were the majority of Mossi Plateau until 20c. However, Islam traders, Housa and Yarsé (Sing.Yarga), passed and stayed in Mossi area before Mossi’s reception of Islam, in short Yarsé lead Islamization on Mossi Plateau. In this presentation, I am going to introduce the first Muslim village subject to the history of Islam in Burkina Faso, which will help to understand the shape of the society in Burkina Faso.

The most Mossi people know that Sagbotenga is the symbolic muslim village in Burkina Faso. Sagbotenga is founded by muslim Yarsé. Yarsé originated the present Mali are Manding muslim trader. Manding trader organized the caravans to trade mainly Kora nuts, salt and gold between Sahel and the coast of Guinia gulf. On the way of trading route, they established their colony on indigenous villages. This was the contact point between Yarsé and Mossi people where Mossi met Islam. But Yarsé adopted Mossi society and lost their own language. Then, most of Yarsé societies, even chiefdomship was changed and adopted as Mossi’s one. At the present, they can identify only their family name (buudu). Although Yarsé is such a disappearing ethnic, muslim Yarsé is still big actor on Burkina Faso society in respect of religion and economy.

In the point of reception of Islam on Mossi society, the first contact of Mossi to Islam was 12c when Mossi attacked Timbukutu, but the ruler of Mossi didn’t accept it until 17c. According to Skinner, beginning Mogho Naba Ouaraga (c.1684), many rulers granted Yarsé permission to enter the country and allowed them to establish Muslim communities (Skinner1966:177). Before their acceptance of Islam as a religion, they kept some contacts with muslims for economical affairs. In spite of the gradual reception of Inslam to Mossi people, Mogho Naba didn’t accept Islam itself, but he used some Islamic magical services. For instance, Mogho Naba called Yarsé imam to Islamic pray before a fight against their enemy. It means that they believed Islam had the magical power such as a curse and black magic.I will show a folklore regarding to Mogho Naba and Yarsé Imam which was the beginning of Mogho Naba’s respect for Yarsé or Islam.

Around 1710, Mogho Naba Zaana gave Yarsé some territory 70km south of Ouagadougou that called Sagbotenga. When the Yarsé were installed, only resource of water was on this piece of land. The founder of Sagbotenga, Imam Abudra Rahman (Sanfo), constructed a mosque, which I suppose it was the oldest mosque in Burkina Faso. Many muslims often visit Sagbotenga for their religious ceremonies. Sagbotenga is one of the symbolic place of Islam in Burkina Faso.

It was the fact that, in West Africa where its climate has been dry, the water was important to keep their life. It was clear that they obtained the merit of resource of water, but Mogho Naba abandoned the economical merit from Yarsé to keep them away from Ouagadougou. Was it the representation of Mogho Naba’s welcome for Yarsé to live in his country? Why Mogho Naba gave Yarsé this land? I don’t have any answer to these questions, but we could understand a sphere of relationship between Mossi and Islam from their history.

2011年10月23日日曜日

東へ西へ。

無理だと思っていても、やらんといかん。来週が山場。

大きな学会での発表がしばらく前から決まっている中で、国際シンポの発表を前日に、しかも札幌で、というのを受けてしまった。そして、出張がその翌木曜日出発…CSが見られると思ったのに…というのは置いておくにしても、ちょっと後悔…

ネタは枯渇気味、スケジュールはタイト…カスッカスの雑巾になるくらいまで絞られている気分。

ただ、しばらくお蔵に入れておこうと思っていた、ブルキナファソのイスラームの歴史の発表をしてみることにした。調査的に言えば、やっと村の人に顔を覚えてもらって、ほぼこれから始めようとしているもんで、決意表明的なものになってしまうけど、これはこれでよいかな、と。

早いところ原稿を作らねば…

2011年10月6日木曜日

泰然自若

相変わらず野球は楽しく、日々夕食を作りながらテレビの前で一喜一憂している。

しかし、今年は少々複雑だ。いろんな「大人の事情」があるのは仕方ない。ただ、落合監督の退任という事実については残念でならない。ファンが入らない、という説明。確かに、昨日の試合(広島戦だったけど)もライトスタンド以外はカラッカラ。なぜファンが入らないか、確かに、落合野球が手堅すぎ、派手なノーガードの打ち合いになることが少なく、野球に華がない、これは言えるだろう。あと、不景気、これも一つの理由だろう。しかし、こうも考えられないだろうか。勝利至上を追及して、ファンが勝ちへの貪欲さを失った…

「プロ野球」をどのようにとらえるか、だが、プロが高い技術を持ち、安定したプレーを見せる、これは当たり前で、その先に何があるのか。落合監督の言うように、「勝ち」があるのか。それとももっとエンターテイメント性の高い何かか。球団側の言い分に即して言えば、明らかに後者で、もしかすると、球団すら勝ちに飽きてしまったかのように思える。

いろんな事情はある。だが、退陣表明をした後の落合監督の発する言葉が日に日にしみてくる。さすがに、昨日あたりは少しくらいうれしそうな顔をしてしゃべるのかと思ったら、一言、「今のまま動いてくれればいいんじゃないかな、と思うよ」だそうだ。勝ったことへの喜びというより、8年間、実力至上主義の中で強くなった一人ひとりの選手、そして、このチームを慈しんでいるような、こんなコメントを繰り返す。初年度、「すべての選手を10%底上げすれば、優勝は間違いない」と豪語した監督の眼には、今の選手はどれくらい成長したのだろう。

「この世界は紙一枚で…」なんて夫婦揃って話すこの監督も、きっと悔しいだろうし、やり残したこともあるだろう。しかし、喜びも、愛おしさも、悔しさも、全部超えたところに落合監督の哲学があるように感じる。「泰然自若」などという言葉がぴったりくるように思うのだが。

勝負事でこれだけの流れを作り出してしまえば、もう止められない。ひいき目を差っ引いてもドラゴンズのリーグ優勝は間違いないだろう。その瞬間、監督はどんな話をするのだろう。この際、スタンドに一人もファンがいなくなるくらい勝って欲しいものだ。

2011年10月3日月曜日

「アフリカ子ども学を語る会」in Nagoya

来週ですが、研究会でコメンテーターを仰せつかりました。6月に行われた文化人類学会で、「子ども」についての発表をしたのがきっかけ。

どうも、子どものことになると、教育とか、育児、躾、遊びあたりのキータームに絞られてしまう。いずれ、学ぶ存在としての子どもを脱構築したいと考えているが、コメント原稿を少しずつ作りつつ、イリッチやフレイレと言った教育についての論考、ホイジンガとかの遊びについての本をチラチラ読んでいるけど、どうもピンとこない。何かヒントがもらえるといいのだけど。

もしご興味のある方はぜひ。

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「アフリカ子ども学を語る会」in Nagoya

日時:2011年10月9日(日)13:00-16:00
場所:愛知県立大学サテライトキャンパス(愛知県産業労働センター(ウィンク愛知)15階)
名古屋駅桜通口より徒歩5分
http://www.winc-aichi.jp/access/
主催:アフリカ子ども学研究会、アフリカ日本協議会、愛知県立大学多文化共生
研究所、名古屋大学大学院国際開発研究科
参加無料

■開催趣旨
 「アフリカの子ども」と聞いて思い浮かぶイメージは?
 飢餓? 児童労働? 不就学? 子ども兵?
 確かにそれらも現実の一面ではありますが、それらマイナスのことがらだけをつづりあわせて、アフリカの子どもたちのイメージ全体を作ってしまっ ていませんか。
 アフリカは、人口10億人の半数を子どもたちが占めていると言われる大陸です。アフリカを理解するためには、子どもたちの姿を学ぶことが必要で す。不幸な問題に注目するだけでなく、「アフリカに、実に多くの子どもたちが暮らしている」という現実から出発したいと思います。
 子どもたちは日々何を食べて、どんな交友関係をもっていて、学校や仕事やお金のことをどう思っていて、周りの大人たちとどう付き合っているのだろうか? そのふだんの暮らしと文化に学びながら、これからの関わりを考えていくための「アフリカ子ども学を語る会」を開きます。研究者、支援 者、アフリカで子ども時代を過ごした当人たちによる座談会を手がかりに、一緒に考えてみましょう。

■プログラム
13:00-13:10 アフリカ子ども学を語る会・開催の趣旨
亀井 伸孝(愛知県立大学)

13:10-13:40 パネリストによる報告「私にとってのアフリカ子ども学」
司会: 山田 肖子(名古屋大学)
報告1: 村島 正(ミコノの会)
報告2: 中和 渚(東京未来大学)
報告3: ウィリー・トコ(東京大学)

13:40-15:00 パネルディスカッション
司会: 山田 肖子
パネリスト: 村島 正/中和 渚/ウィリー・トコ/亀井 伸孝

15:00 休憩

15:15-15:35 コメント
コメント1: 秋山 裕之(京都華頂大学)
コメント2: 清水 貴夫(名古屋大学)

15:35-16:00 全体討議

16:00-16:30 機材など片づけ、懇親会準備

17:00 懇親会

■発題者紹介
亀井 伸孝(かめい・のぶたか)
愛知県立大学外国語学部。関心事は、アフリカ狩猟採集民の子ども、少数言語、遊びなど。著書に『森の小さな〈ハンター〉たち』『アフリカのろう者 と手話の歴史』ほか。

山田 肖子(やまだ・しょうこ)
名古屋大学大学院国際開発研究科。関心事は、アフリカにおける教育政策、学校を中心とする若者の知識、技能形成、教育を通じた価値形成など。著書 に『国際協力と学校』『アフリカのいまを知ろう』ほか。

村島 正(むらしま・ただし)
ミコノの会事務局長。NGOスタッフとして、ケニアで学校支援などの活動を行っている。

中和 渚(なかわ・なぎさ)
東京未来大学こども心理学部。関心はアフリカの数学教育開発、数学の学びと子どもたちの生活の関連。論文に「ザンビア基礎学校における数学授業の 学習:指導の特徴と改善に関する考察」『アフリカ教育研究』(2010)1号、77-91他。

Willy Lukebana Toko(ウィリー・ルケバナ・トコ)
東京大学大学院学際情報学府。NHK World Radio Japanフランス語放送ジャーナリスト。関心事は、先進諸国におけるアフリカ・イメージ。特に学際的に観たメディアや援助団体などに流布される「アフリ カ」。「アフリカ」から見た「アフリカ」。
論文: " L'heure des religieux dans une Afrique abandonnee. Sentir avec Ecclesia in Africa " in Aube Nouvelle, n.35, 1996: 3-15 ; “La violence en Afrique : une fatalite ? " in Aube Nouvelle, n.38, 1997:26-36 ; " L'Afrique va-t-elle survivre au troisieme millenaire ? " in Aube Nouvelle, n. 39, 1997: 78-89など。

秋山 裕之(あきやま・ひろゆき)
京都華頂大学現代家政学部。関心事は、アフリカにおける子どもと青年など。共著に『遊動民(ノマッド)』ほか。

清水 貴夫(しみず・たかお)
名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程。専門は文化人類学、関心事は都市、若者文化、人の移動など。業績は「少年の移動と「ストリート・チルド レン」~ブルキナファソ ワガドゥグの事例から~」(人間の探求シリーズ9Kyoto Working Papers on Area Studies No.99 (G-COE Series 97))など。

■問い合わせ・参加連絡
(特活)アフリカ日本協議会・斉藤
 電話  03-3834-6902 E-mail info@ajf.gr.jp

■「アフリカ子ども学研究会」とは
 2010年9月、アフリカ日本協議会(AJF)の主催で、アフリカの子どもの民族誌『森の小さな〈ハンター〉たち』の公開書評会を開きました。 その参加者を中心とし、分野や専門の違いをこえて「アフリカの子どもたちに学ぼう」という共通の関心で集まっている人たちのネットワークです。

※「『森の小さな〈ハンター〉たち』を手がかりに「アフリカ子ども学」を考える」(2010年9月9日)の記録を以下で読むことができます。
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/africa-now/no90/top2.html

2011年10月2日日曜日

ご無沙汰の言い訳

1か月以上ブログを放置してしまった。

この間ブルキナに行ったり、論文を書いたり、研究会の準備をしたり。暇なのに、ということはなかった。でも、なによりFacebookを始めてしまったのが大きな原因。高校時代の最初の同級生を探したりなんだりで、FBの方ばっかり関わってた。TwitterとFB、あとブログ。書くことはそんなにないんだけど、この辺の使い分け、自分でルールを作らないと…と。

これから少しずつこちらの方も書きます。

あっという間に10月。今年もあと3か月か…