2016年5月30日月曜日

【書評】佐久間寛(著), 2014, 『ガーロコイレ ニジェール西部の農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌』平凡社


毎年学会直前になると手元に届く『アフリカ研究』。89号が本日届きました。

ここ最近で辛かった仕事の一つだったのですが、今号の『アフリカ研究』に佐久間さんの『ガーロコイレ ニジェール西部の農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌』の書評を書きました。何が苦しかったかというと、まず、記述が複雑かつ「厚い」ために要約が難しいこと、方法論としてもオーソドックスな民族誌スタイルで、人類学的な視点から見ても非のつけどころがない、さらに、テーマが研ぎ澄まされていて突っ込みどころがない…評者泣かせの著書でした。

2年ほど前にエントリーした『ガーロコイレ ニジェール西部の農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌』以降、まさかこんな機会が回ってくるとは思わずに、感嘆のため息をつくばかりで、目標にしようと思いこそすれ、批判的に噛み砕くという作業をしてこなかったのがいけなかったのですが、とにかく時間もかかったし、ちゃんと読めているかという不安を抱えての作業でした。まさに「ご笑覧」ください、というしかありません。というか、佐久間さんごめんなさい…

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2016年5月26日木曜日

第50回文化人類学会@南山大学・今年はお休み



今年は文化人類学会、旧日本民族学会ができて50年。日本で初めて文化人類学が学べる大学だった、南山大学での開催です。

名古屋で知人たちが大変な思いをしているし、記念大会だし、メインの学会だし…色々悩んだ末に今年は止めました。というか、「学会圧」、学会から圧力がかかっているとか、ハラスメントを受けているとかいうのではなくて、単に今年参加せねばならない学会の数が多すぎる、ということで、生活が破たんしかねないので。あと、今度は「出張圧」に押しつぶされそうなので、ネタもつきかけている人類学会をパスして、今年はゆっくりさせてもらおうかと思います。

プログラムを見て思ったのですが、やはりアフリカの話が減ったな、と実感しました。もともとアフリカをやっている人がアフリカの話をしていない、というのが正直なところ。どうなんでしょうね。



子ども学研究と子育てvol.2

貴一朗20160526
貴一朗が生まれてから2か月間、出張やら引っ越しやらで数日間しか過ごせず、最初はうまくやっていけるだろうか、とても心配しながら始まった広島での生活。

とにかく、僕は2か月間なにもしていなのだし、できる限り怒らず、イライラせず、やれることはすべてやる。何か、そういうものが貴一朗に伝わってしまいそうな気がして。元気でさえいればいいとは思いつつ、できれば、大らかに育ってほしいと思ったので、そうでないものが伝染ってしまわないように。そんな風に思って、数週間過ごしてきた。

そんな新米の父親の思いが通じているのか、どうなのか、よくわからないけど、良く寝てくれるし、今のところ、乳幼児湿疹がある程度。まずまず元気にいてくれている。心やすらかな数週間だったと思う。

連れ合いに色々教わりながら、だんだん貴一朗のクセもわかってきた。朝は目覚めるといつも機嫌がよくて、ニコニコ。いくら見ていても飽きない。職場での仕事スペースの問題もあり、朝出かけるのがついつい遅くなってしまう。そして、帰宅も早い。前職では考えられなかったけど、5時ころ職場を出て、家に帰りつくのが6時前。お風呂にいれて、たまには夕飯の支度もする。しかし、夕方は毎日ご機嫌斜め。ひたすら、普段泣かない分、ここぞとばかりに泣く。ご近所さんには悪いけど、僕は貴一朗の泣き顔も好きなので、心行くまで泣いてもらう。もちろん、いろいろやってみるのだけど、まだ貴一朗のツボはわからない。もう少し時間が経てば、泣く理屈が出てくるのだろうけど、このころの赤ん坊というのは、身体的に泣く必要があって泣くのだろうから、そのままにする。連れ合い曰く、泣くことで肺が強くなるのだそうな。なるほど。

一日のサイクルがそうやって決まってくる。子どもが中心になる、という意味も実感をもって理解することができるようになった。こういう自分自身の変化もとても新鮮。

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2016年5月24日火曜日

繋がり、そして種まき

広島での勤務が始まって、そろそろ2か月。何とか引っ越しを終え、淳子と貴一朗が広島にやってきて、少しずつ生活のペースができてきた。だいたい切るもの、捨てるものは捨てたし、きっとこれからは足し算の生活が始まります。

職場の方もなんとなくペースがわかってきて、ルーティンのリズムは大方わかった。自分の今の職場での立ち位置づけとか。学会で少し顔を合わせた人たちが飲み会に誘ってくれたりして、友人もできてきて、生き残るための生活が終わったことを思わせた。そろそろ次のフェーズに行くはずだ。

そんな中、今日は、名古屋時の知人から紹介してもらった先生が、教授会で同じくらいの年周りの先生方に声をかけてくれて、そのグループの食事会に入れてくれて、その中の一人が、西アフリカをフィールドにする院生2人を紹介してくれて、さっそく訪ねてきてくれた、という、そんな日。繋がりの大切さ、そして、新たなつながりを受け入れると、新しい種を蒔くことになる。その種の芽が出ようと出まいと、種まくことは大切なこと。それをしなければ、可能性はゼロなのだから。

なにか一つでいいから、芽が出るといいのだけど。

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[フォーラム]「サバンナの住まい‐ブルキナファソ・カッセーナの『伝統』と変容」(第53回日本アフリカ学会学術大会@日大生物資源学部、20160604‐0605)

さて、次の発表予定です。今度は、アフリカ学会です。一昨年が「アフリカ子ども学」の分科会、昨年が自分のストリート・チルドレン研究、そして今年はカッセーナの家屋研究の発表…他のところでは何度か発表してきましたが、アフリカ学会では今までと少し違う毛色になります。

メンバーはいつもの、小林広英先生+伊東未来さん+中尾世治さんに、中京大学にご所属で、元リトルワールドの学芸員、亀井哲也先生にコメンテーターに加わっていただくことになりました。

今回の問題は、と言ってもいつものアフリカ学会での問題なのですが、時間が短いこと。一人、約12分マックスでの調整となりますから、いつも40分くらいでやっていたものをかなり削り込んで整えないといけません。

そして、この分科会の2コマ後に、川田順造御大のご発表があり、おそらくは、そして願わくば、覗きにきていただけるのではないでしょうか。メチャクチャ怒られるかもしれませんし、エンカレッジしていただけるかもしれませんし、そもそもいらっしゃらないかもしれませんが、先達のコメントは貴重であることは間違いなく、不安と楽しみがまじりあっています。

一応、私のパートは以下のような内容です。

プログラムなどは、こちら

[フォーラムの趣旨]
本フォーラムでは、ブルキナファソ南部からガーナ北部に分布するカッセーナKasenaの「伝統的」屋敷・ソンゴ(Songo)の現在の状況を報告し、野外民族学博物館リトルワールド(1983年開館、愛知県犬山市)に移築された際の調査と比較することを目的とする。
カッセーナの家屋は、ブルキナファソを象徴する「伝統文化」として、重要な観光資源と位置づけられているものの、近年、ほとんどその姿を見ることはなくなった。本フォーラムで紹介するのは、ナホリ(Nahori)県ラングェロ(Langouerou)村の村長のソンゴの事例だが、30数年前にリトルワールドへのソンゴの移築の際して行われた、川田順造氏ら事前調査の対象となったと推定される家屋も多くがトタン屋根となり、「伝統的」家屋の多くは崩壊していた。こうした、現在のカッセーナの状況を踏まえつつ、本フォーラムは以下のような構成をとり、カッセーナの家屋をめぐる「伝統」と変容に関して報告する。

清水発表:「[趣旨説明]サバンナの住まい:ブルキナファソ、カッセーナの「伝統」と変容」
中尾発表:「屋敷の不均衡な変容:ラングェロ村の村長の屋敷の経年変化」
伊東発表:「家屋の装飾と住まいかたの変遷:カッセーナ、ラングェロ村の女性たちの事例から」
小林発表:「カッセーナ・土のイエをつくる技術:ラングェロ村の伝統住居と在来建築技術」
亀井:コメント

[本発表の要旨] 
本発表では、以上の本フォーラムの趣旨を述べたのち、カッセーナの家屋の構造を述べていく。特にソンゴの構造である。ソンゴは、カセム語で「屋敷、家屋、家族の単位、一つの屋敷を所有する社会組織」(Cassiman2006:303)とされ、カッセーナの家族を示す重要な概念である。家畜囲いとされる中庭ナボNabooには、従来、儀礼に使用する穀物庫トゥーレTouléが置かれ、イエを増築することができないとされる。すなわち、カッセーナのソンゴは、外に向かって広がっていくことが原則となる。
 しかし、このように語られるソンゴ建設の原則は、決して実態に即しているわけではない。このことを含め、のちの3発表において「伝統」と変容の一端が明らかにされる。



[参考文献]Cassiman, Ann, 2006, Stirring Life, Womens Paths and Places among the Kasena of Northern Ghana, Uppsala Universitaire Stichting of Belgium




2016年5月22日日曜日

3連チャン発表終わり、反省する。

羽田空港のラウンジ。

今日の地球惑星科学連合の年次大会での発表が午前中に終わり、広島に向かうところです。
今回の発表は以下の通り。21日の発表は非公開なので、詳細は書けませんが、ブルキナファソでの研究を頑張ろう、という意思表明でした。

◆清水貴夫, 20160520, 「ワガドゥグにおけるイスラーム教育と近代化の可能性」第15回アフリカ研究会、2016年度第1回北海道大学アフリカ研究会, 北海道大学, 北海道札幌市(本人発表)

先日も書いた通り、どっちらかした発表。学生さんがいらっしゃる、ということで、少し広く、という意識はしていましたが、スライドが行ったり来たり、途中でこれも言わなきゃ、あれも言わなきゃ…で、まったくまとまっていないという発表。

言いたかったのは、定着しているイスラーム教育が、近代国民国家の原則によってフランス式「教育」制度の浸透するに従い、制度的に変容しているということ。このソースから、アフリカにおける教育、しいては、人格教育を重視するアフリカのイスラーム教育の位置づけ、また、イスラームそのもの(他者)の在り方を考えてほしかった。

◆清水貴夫, 20160522, 「驚き、学び、励ます:サーヘル地域の砂漠化研究における研究者と調査対象者のかかわりから」地球惑星科学連合, 幕張メッセ, 千葉県千葉市(本人発表)

これは全体のテーマが研究者とステークホルダーの関係性の在り方に関するものでした。僕が話をしたのは、ニジェール、ブルキナファソの農家と僕の関係性を示した事例から、(素人)研究者の私が彼らに与えられたのは、ただただそばにいて励ますことだけだった、ということ、そして、彼らの展開する知識は、経験則的に科学知と大きく変わらなかった、という驚くことであり、また、そうしたことを研究者が学んだ、ということでした。

ただ、発表後に考えていたのは、知と研究者の間の関係性が説明できていなかったな、ということで、ここをもう少し詰めて説明しなければ、と思っています。

ちょっとしたメモ程度に。


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喉の小骨と足の裏にべったりと張り付いたコメを取るとき

もう2年半、いやいや、最初の原稿を仕上げてから3年が過ぎようとしている。すでに、一部のデータは公表してしまったものもあり、むしろ申し訳ないことだらけ。指導教官以外の方にも、ずいぶん励ましていただき、どうにかこうにかやってきた最後の査読。実は、まだ、こんなところでつぶやいてもいけないのだけど、「修正後掲載可」の通知。そして、まだ何を修正しろと言われているのかということも読んでいないのだけど、たぶん、これでいけそうな手ごたえ。

この論文が掲載されることが一応のけじめ。指導教官からの、博士論文執筆条件として、提示されたものが形になりそう。この論文、いや、論文というか研究ノートになったのだけど、これが何とかなる、というのは、まさに喉に刺さった小骨のようなもので、研究を前に進めようと思っても、これが気になって全くうまくいかない。前職の上司からは、「博論なんて足の裏についたコメ粒のようなもの。取ってもなんのことはないが、取らない時になる」こんなことを言われていたから、つまり、喉の小骨が取れかけて、ようやく足の裏のコメに気を回せる。

これだけ気になるものがあって、この3日間の発表やら、就活やら、エッセイやら、小さい原稿やらずいぶんやってきて、僕はさぞかし感度の悪い人間なのだろう。まあ、それも良くもあり悪くもあり。

ともあれ、コメントが途方にくれるものではありませんように。そして、今度はさっさと上げよう。


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2016年5月21日土曜日

発表下手

昨日、一発目の発表終了。

なかなかうまく行きません。思いのほか、学生さんが多く、北大の学生の意識の高さがうかがえましたが、こちらの発表はうまくない。データを見せようとするばかり、いきなり知っている人に向けた話し方をしてしまった。資料も学会用のものを張り合わせたもので、1回で自分の研究のすべてを説明しようとして、かなり煩雑ものになった。

終了後、ご招待いただいた先生からもきつい一言。90分で言うべきことは一つか二つ。

しかし、先生からのアドバイスで、結論からプレゼンを作るとよい、また、最初に結論を話してしまう。あぁ、それは院生時代のゼミの時にも言われたこと。忙しさに感けてこういう基本的なプレゼンのこと、すっかり忘れていた。忘れないうちに明日のプレゼンには反映させよう。

とりあえず、今日は新たに入れていただいたプロジェクトのプレゼン。今回もどっちらかし系の発表。少し話をまとめられるようにしよう。

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2016年5月19日木曜日

忘れかけていたホームページ

昨年3月にとりあえず作ったホームページ(当時のエントリー)、気が付いたらもう1年近く放っておいたことに…時間が経つのが早いことを改めて実感する。それとともに、ひとつ気づくことがある。こうした表現媒体、たとえば、こうしたブログとか、Facebook、Twitterなどがあるわけだけど、それぞれにモードがあって、その媒体のモードが獲得できないと、その媒体はその人の中では優先度が低くなるのではないか、ということです。1年間放っておいてしまえる、というのは、ホームページという媒体のモードを身体化できていなかったから、ということができようか。

ともあれ、なぜこのホームページを作ったかというと、前職のころは研究所が業績管理のページを設けてくれていたものの、今年のように外に出てしまったときに、それがないので、自分で用意することになるであろうこと、また、自分の業績を可能な範囲で公開すること、などいくつかの実用的な目的によった。もともと、エンターテインするような、デザインを何とかしたり、ということはできないのですが、写真のアルバムを作ってみたり、ほんの少し努力もしています。

そんなわけで、昨日から少しホームページにも手を入れ始めました。
業績を更新し、何本か掲載しても大丈夫そうな論文や記事を読めるようにし、一応、このブログもリンクを張っていたつもりなのですが、ちゃんと機能していなかったので、それを直しました。URLは以下の通りです。

http://shimizujbfa.wix.com/shimizupage

やはり、アーカイブスのことを考えると、ブログに頼りすぎると難しいですね。特に業績管理。大したものはないものの、数だけはどんどん増えていきますし、紀要に書いた論文などは検索しても出てきませんから。

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2016年5月17日火曜日

子ども学研究と子育てvol.1

何度か講義で使用したスライドより
名古屋時代から仲良くさせていただいている、言語学者、品川大輔さんと院生時代に酒を酌み交わしていた時のこと。ちょうど娘さんが生まれたころで、よくその娘さんのことを話されていました。少し酒に酔った品川さんが照れくさそうに、「うちの娘が×○△音を出すんだよ~」とデレデレになり、親ばかっぷりを全開にされていた。あぁ、さすが言語学者だな、そういうところに目が行くのだ、ということにずいぶん感心したもの。

それから何年か経ち、貴一朗が生まれて、さて、研究者としての自分がどんな感覚を持つのか。少し客観的に興味のあるところでもあった。なにしろ、ここ数年間「子ども学」ということを標榜してやってきたのだから。もっと発達心理学や児童心理学に関心を持つのかしら、それとも、模倣や動作?写真はやっぱり特殊な研究者目線になってしまうのかしら?

色々考えた結果、何のことはない、単にメロメロになるだけで、あんまり研究者らしい関心を持たないらしい。何とか風呂に入れる時間に帰ってくること、連れ合いの負担を少しでも減らすこと、そしてできるだけ貴一朗と長い時間過ごすこと、一生懸命仲良くなること。客観性など、みじんもなくて、すっかり当事者でしかない。いや、一応、足の大きさを身体尺で測っているか。まあ、いずれにしても、人類学が難しい学問なのか、僕が研究者として未熟すぎるのか、それとも、それどころでないほどなのか…

でも、いずれにしても、たまにこんな風に自分の子育てを反芻して、少しは研究にも役に立つようにしようと思います。ほぼ親バカ日記になることは間違いありませんが。


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2016年5月16日月曜日

仕事場の片づけが一段落

広島に居を移して1か月半が過ぎ、ようやく自宅の仕事場が整いました。

地球研にいたころに、ずいぶん本が増えたのですが、今の仕事場はスペースが激減。3月末に一度こちらに来てスペースを見ていたのですが、やはりいただいたスペースには入りきらず、今でも段ボール4-5箱が放置されているはめになっています。その前に引っ越しのために自宅にもってきて、そのまま自宅に運び込まれた本もそれなりの量があり、さらに本棚を一つ処分したこともあり、5-6箱の本が自宅でも放置されていましたが、ようやく先週本棚が届き、週末に組み立てて、そこに本を詰め込みました。

まだ、一部書類や資料が散乱していますが、ようやくイスとツクエが使えるようになりました。今回の仕事場が地球研の時ほど居心地がいいわけでもなく、そして、貴一朗の育児をしながら、となると、自宅の仕事環境を早く整える必要があったこともあり、これでようやく一安心。また、片づけが済んだことで、必要な本も出てきて、後顧の憂いなく仕事もできるようになりそうです。

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2016年5月12日木曜日

「驚き、学び、励ます:サーヘル地域の砂漠化研究における研究者と調査対象者のかかわりから」(日本地球惑星科学連合(JpGU)@幕張メッセ、20160522)

(http://www.jpgu.org/meeting_2016/より)

先ほどのエントリーに続き、怒涛の学会シリーズ。北海道で研究会2連チャン(昨日のものと、もう一つは打ち合わせ研究会にて割愛)から、そのまま東京に戻り、そのまま「日本地球惑星科学連合」という学会(?)で発表します。この学会にすっかり巻き込まれてしまった前職お隣さんの手代木さんからのヘルプ(数合わせ、だと思っていますが…)と同じセッションです。

発表内容は、以下の予稿の通りですが、どのようなことが言いたいか、と言えば、科学知はそんなに偉いのか、ということ、また、もっと人びとに目を向けましょう、ということ。いつもながらの主張ですが、今回は、エティックとエミックという文化人類学で用いられる二つの思考体系(ここまで言っていいかな…)というか、視座から、フィールド知について話題提供しようと思っています。きっと、こんな話でいいはずなのですが、さて、どれくらい反応があるか?

それにしても、この学会の名前、前の職場も「地球研」という名前で、スケールだけは大きかったですが、もはや「宇宙レベル」。

*****発表予稿*****

「驚き、学び、励ます:サーヘル地域の砂漠化研究における研究者と調査対象者のかかわりから」

キーワード:エティックとエミック、砂漠化、ローカル・ノレッジ、文化の翻訳、国際開発

 私たちが研究者であれ、開発実務家であれ、私たち「先進国」の関与者が「途上国」携わるのは、技術や社会サービス、福祉の向上がその本質的な目的であると言えるだろう。本発表で挙げる「砂漠化」問題も、気候変動など自然変動要因による土壌劣化に起因する「砂漠化desertisation」と、人為的要因を包含する「砂漠化desertification」は明確に分けて考えられている。まず、本発表で提示する事例は、後者のDesertificationにまつわるものであることを述べておきたい。
 この事例では、ニジェール、ブルキナファソのサーヘル地域で、砂漠化の代表的な現象である、水食予防と対処に関しての研究プロジェクトを実施した際の調査対象者(農業を営む人びと)と研究者(発表者)の関係性に着目していく。研究者は文化人類学者で、農業や気象、植生には全く知識はない。よって、他の研究者からこうした知識を学びつつ、フィールドにおいて人びとの知識や技術を学んでいく。この過程で、研究者が気づくのが、ローカルな知識や技術と科学知の間に大きな差がないこと、そして、ローカルな文脈で使われる知識や技術は固定的な「伝統」知/技術という言い方で表現されるような静態的なものではなく、研究者や支援活動従事者との間のインタラクションを包含した動態的な視点からとらえなおす必要があるということである。

 以上の事例分析から、調査や支援の在り方を考えるとき、文化人類学で用いられる、エティック、エミックという概念がヒントになるだろう。これらは、構造言語学に起源をもつ語で、エティックは外部者からの立場で記述・分析をすること、エミックは内側からの視点を元に分析する姿勢のことをいう。ローカルなものに根差した知識や技術を構築していくことが科学や研究者の至上命題だとすれば、科学的な知の検証(エミック)とローカルな知からせり上げるエティックな研究方法がとられる必要があるだろう。こうした考察から研究や支援活動が教条主義から脱し、相対主義的なかかわりをもつ必要性があることを指摘していきたいと考えている。




「ワガドゥグにおけるイスラーム教育と近代化の可能性」(5月20日 第15回アフリカ研究会@札幌)

5月、6月の学会シーズンに突入しました。今年は貴一朗も生まれたし、少し家にいる時間を増やそうと思って、何と文化人類学会(しかも南山大学開催)を欠席したのをはじめ、学会参加を減らそうと思ってきました。しかし、結局、どうしても参加しなければならない義理のあるものが、チラホラ…チラホラならよかったのですが、結構な量になってしまい、なんだかんだと例年並み、いや、それ以上。

その第1弾。5月20日に札幌で開催される第15回アフリカ研究会にお招きいただきました。これまでにいくつかの学会で発表した内容をまとめたものですが、理系の方が多いであろう、オーディエンスを考えて、少し基礎的なところから始めようと思っています。


「ワガドゥグにおけるイスラーム教育と近代化の可能性」

サハラ砂漠南縁に沿うように広がるイスラーム文化圏では、ここ数年間はジハーディストと総称されるイスラーム過激派による暴力の脅威に曝されている。こうした、グローバルな文脈だけでなく、ローカルな文脈においても、長くムスリムの再生産を担ってきたクルアーン学校(école coranique)と呼ばれるイスラームの私塾において、一部のイスラーム職能者(マラブー)による子どもたちへの物乞いの強要、さらにそこで子どもに対して振るわれる暴力が報告されている。その一方で、地域の識者であり、教育者であるマラブーは、イスラームの本質を「寛容さtolérance」とし、クルアーン学校で情熱的に宗教教育を実践するマラブーも少なくない。すなわち、神学上の教義や実践と表出するイスラームは正反対の状況におかれていると考えられる。
発表者は、こうした背景を整理すべく、西アフリカの村落部におけるクルアーン学校を調査し、現在まで、村落の社会システムの中に埋め込まれ、その存在感を示していることを示した(清水2014)。都市部においてはどうか。ワガドゥグ市におけるクルアーン学校は2010年に770校と言われるクルアーン学校は、先述のとおり、社会問題を引き起こしていると考えられているものの、2005年頃から私学化するクルアーン学校が大幅に増加している。それまで私塾的だったクルアーン学校が国家認定を得、私立の学校として変化を始めているのである。本発表では、このような西アフリカの都市部(ワガドゥグ市)におけるイスラーム教育の現状を報告し、学校の現代的変容について論じ、現代アフリカにおけるイスラームの位置づけを考察していきたい。

[参考文献]
清水貴夫2014「ニジェール共和国における伝統教育と社会 ザルマ社会のイスラーム教育」大塲麻代(編)『多様なアフリカの教育-ミクロの視点を中心に-』未来共生リーディングス.Vol5. 大阪大学未来戦略機構第五部門, pp.69-79



2016年5月9日月曜日

赤い広島でも僕の血はドラゴンズブルー

広島にやってきて1か月。つまり、野球が開幕してからも1か月で、どんなに広島が魅力的な球団か、ということは、毎日のようにやっている広島カープの喧伝番組の中にあっても、僕の血は相変わらず青い。そして、その影響とは言わないが、なぜか、本当になぜだか、この時期に首位にいる。往年の名選手がそろって引退し、すでに中堅の域に差し掛かった若手たちが、嫌がおうにも頑張らざるを得ない環境があり、それにある程度こたえられているというのが現状だ。

去年は福田や亀沢という去年を象徴する選手たちの台頭があったのだけど、今年は彼らの向こうを張った、ドラ1の正統派の頑張りが光る。高橋周平は間違いなく覚醒しただろうが、今年はこれまでのところ、なんといっても堂上直倫だろう。映像がほとんど見られない環境にて、彼の守備のすごさはわからないが、谷繁監督が絶賛するくらいだし、評論家の何人かが堂上-荒木の新たな二遊間を高く評価しているので、まずもって問題はないのだろう。しかし、堂上と言えば、巨人の坂本よりも評価の高かったスラッガー。ファンとしては、彼の打棒に期待をしてしまう。たしかに、坂本ほどの豪快さは今や見られないが、非常に確実性をもった彼のシュアな打撃は、下位打線の厚みを増すことになるだろう。

下の2枚の写真、比べてみると、彼の体形の変化は一目瞭然だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160508-00000081-nksports-base 

http://matome.naver.jp/odai/2137543539045896301/2137543603546193303

明らかに厚みを増している彼の胸板。今更だが、堂上の体がプロの一線でやっていけるからだがようやくできたのではないだろうか。スタミナとパワーを兼ね備えた、魅力的な体になった。ケガをした高橋周平、不調の福田などとともに、これから更なる飛躍が期待できるように思う。

そして、今年のいちばんの変化は、久しぶりに強い4番がいること。ビシエドの存在だ。個人的には、タイロン・ウッズのような威風堂々とフィールドに君臨する4番が好みなので、やんちゃな雰囲気のビシエドはあまり信用をしていなかった。しかし…一本打線に軸が入った時の打線の強さたるや。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160211-00000024-tospoweb-base

吉見、大野、ネイラーなどの先発、さらに高橋周平などの野手も、これだけケガ人が多いと今の首位はそれほど長続きしない気はしている。しかし、これが底の状態だとすると、意外にいけるんではないか、と思ってしまう。

よく考えたら、セリーグの球団がある町、京都をタイガースの町の一部だとすれば、すべての町に住んだことになる。そして、少なくとも何度かは、球場にも足を運んだ。広島にいるうちに、一度くらい、球場に足を運び、青い雄たけびをあげたいと思う。

久しぶりにドラネタを書いた。あーすっきりした。

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