2017年6月12日月曜日

子ども学と子育て Vol.20 親の気持ち

寝起きの貴一朗201705
貴一朗1歳3か月。日々保育園で格闘しながら、懸命に生きている。

親の気持ちが分かるなど、まだまだ言えないけれど、自分ではそんなつもりもある。

僕は割と遅い子どもだった。僕の下に6歳年下の弟がいるけど、彼の場合はもっと遅い子。父は44歳か45歳くらいだったのではないだろうか。大学生あたりから、「結婚と子どもは早いほうがいいよ」ということはよく聞いていたけど、ダラダラと遊び惚けていた僕は、まったく実感もないまま、ようやくどういう意味だったか、ということが少しずつ分かってくる。それで、よく考えるのが、例えば、大学生の時に学生結婚をしていたら(20代前半)、会社に勤めていた時に結婚していたら(20代後半)、また大学院に入るくらいに…ということで、そんなことは「たられば」の究極系みたいな話。

40代前半が終わろうとしている今の時期は、20代、30代に比べたら格段に忙しいような気がするけど、当時もなんかよくわからないことで忙しかったような気がする。もちろん、その間いろんな経験もするわけだから、今でないほうがよかったかと言えば、今がベストな時期だったような気もする。でも、その間で失ったものは大きくて、僕の体力と寿命までの時間。もっとも切実な問題なはずなのだけど、そんな風に実感することはない。20年も前に亡くなった父は「なんとか大学までは…」ということを言っていたような気がするので、僕も最近そう思うようにしている。うまくストレートで行ってくれれば、貴一朗が22歳で僕が62歳。うまくどこかの大学に潜り込んでいたとすると、定年間近。たぶん奨学金は返し終わっているから、早めに年金をもらって、少し連れ合いとのんびりと。なかなかハッピーな人生設計だと思う(別に大学には行かんでもいいように思っている。むしろ、包丁が使えるようになったら、かっこいい)。

別にいい話ではないのだけど、たぶん、こういうのも親の気持ちというやつではないか、と思った。貴一朗の寝起きの顔の写真を眺めながら、考えた寝ぼけた話。そんな悠長な時代ではないはずだし。

2017年6月8日木曜日

『社会問題と出会う』

古今書院HPより


この原稿を書き始めたのが2013年ころ。本が1冊できるというのは時間がかかるものです。もちろんいろいろ大人の事情などもありつつ…

6月22日に『社会問題と出会う』(FENICS100万人のフィールドワーカー・シリーズ 7)が出版されます。(画像下の説明文のところから、目次や序章がチラ見できます)

僕が書いたのは…

第3章「アフリカの「ストリート・チルドレン」問題を複眼的に見る-支援者と調査者の交差するまなざし」

です。NGOに関わりながら行った調査と、単独調査の間で、社会問題化された子どもたちの見え方が違ってくる、ヒトことに調査と言っても、やり方もなにも大きく違う、ということを書きました。

書価が少し高くて、3,400円となります。著者割が使えるそうですので、2割引き(たしか)で承ります。
ちなみにアマゾンでも予約開始していますので、こちらから。

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2017年6月2日金曜日

ご恵贈いただきました 中尾世治(著)『西アフリカ内陸における近代とは何か-ムフン川湾曲部における政治・経済・イスラームの歴史人類学-』

中尾さんの博論表紙

自分は博論がなかなか書けずにいるのに、なぜかすでに10冊ほどの博論をいただいている。中でもこの博論は本当に嬉しい。

嬉しさには2通りあって、一つは長い付き合いの同志の成し遂げた大きな仕事に、そしてもう一つは、ブルキナファソ研究の発展、そして、坂井先生の大きな仕事が倍の大きさになったような、そういう西アフリカの研究上の大きな進展に対するもの。本当にお疲れ様でした。これをステップに大きく羽ばたいてほしいと切に願います。

こんな立派なのは書けませんが、次は自分の番、強く強く思います。中尾君に置いて行かれないように。

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2017年5月31日水曜日

「宗教と社会」学会発表

「宗教と社会」学会HP(http://jasrs.org/index.html)より

ブログ、すっかりご無沙汰してしまいました。この間、何があったかは、近々書きとめようと思いますが、今回のエントリーは学会発表に関してです。

一昨年から科研費をいただいて進めてきた「宗教組織の経営についての比較民族誌的研究」の成果発表です。発表の場はいろいろな候補が上がったのですが、最もきつい批判が出るという、「宗教と社会」学会に決め、次のステップへの道筋を立てていきます。僕は相変わらずブルキナのクルアーン学校の話をします。資料は大方できていて、今日明日で最後の仕上げ、というところ。あとは貴一朗が元気に週末を迎えてくれることを切に祈りつつ…

宗教組織の「経営」についての民族誌的研究

代表:藏本龍介(東京大学)

構成
・趣旨説明:藏本龍介(東京大学)
・発表:藏本龍介(東京大学)
「律遵守の僧院をつくる:ミャンマー・「森の僧院」の挑戦」
・発表:清水貴夫(広島大学)
「宗教教育から世俗教育へ:ブルキナファソ・クルアーン学校の変容」
・発表:田中鉄也(日本学術振興会)
「巡礼地を共有する:北インド・ヒンドゥー寺院間の軋轢と共存の模索」
・発表:門田岳久(立教大学)
「地域開発の中の聖地:沖縄における御嶽経営をめぐる組織内競合とその帰結」
・コメント:西村明(東京大学)
・総合討論

趣旨説明
様々なモノやカネといった財は、宗教と相反するものと考えられがちである。たとえば現代日本において宗教が「胡散臭い」と語られるとき、その背景には宗教組織による「あくどい」資金集めや、莫大な財の蓄積への批判があることが多い。宗教は財に関わるべきではない、というわけである。このように宗教を経済とは無関係なある種の「聖域」とみる傾向は、宗教研究にもみられる。その背景にあるのは、宗教/世俗を二項対立的に捉える考え方である。T・アサドが指摘するように、西洋近代出自の宗教概念は、人間の実存をめぐる形而上学的なものとして定義されることによって、人間の日常的な生き方から弁別される。しかし現実の宗教実践は、どこまでも財との密接な関わり、いいかえれば「世俗」との絡み合いの中にある。したがって宗教実践の実態に迫るためには、既存の「宗教」概念から捨象されてきた「世俗」を問題化する必要がある。
こうした問題意識を踏まえ本セッションでは、宗教/世俗という境界を横断する領域として、宗教組織の「経営」という問題に注目する。様々な資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)を獲得・所有・使用することによって、組織の目的を実現しようとする営みを、ここでは「経営」と定義する。その目的がいかに高邁で「聖なる」ものであったとしても、宗教組織もまた、他のあらゆる組織と同じく、「経営」という営みを行っている。本セッションではこの「経営」という営みを、一つの宗教実践として分析する。それによって、既存の宗教研究では捉えられなかった宗教実践の諸相を明らかにすることを目的とする。
それでは「経営」に着目するとはどういうことか。本セッションでは、「経営」という営みを、以下の二つの課題を軸として検討する。一つは、「社会・国家とどのように関わるか」という課題である。これは経営資源の獲得方法に関わる。組織運営に必要な資金や人員をどのように調達するか。社会のニーズや要請にどこまで応えるか。社会にどのようなサービスを提供するか。国家の法制度的条件にどのようにすり合わせるか。こうした諸点が問題になる。もう一つは、「組織をどのようにデザインするか」という課題である。これは経営資源の所有・使用方法に関わる。意思決定の権限をどのように配置するか。内部のサブ組織同士の関係、あるいは聖職者と俗人の関係をどのように調整するか。こうした諸点が問題になる。
以上のような目的・視点のもと、本セッションでは(1)修行場(ミャンマーの仏教僧院、ブルキナファソのクルアーン学校)を管理する組織と、(2)巡礼場(インドのヒンドゥー寺院、沖縄の御嶽)を管理する組織という、2種類の宗教組織を取り上げる。「修行場/巡礼場を形成・整備する」という試みは、どのような問題に直面し、それに対して各宗教組織はいかに対応しているのか。そしてその結果、どのような状況が生まれているのか。本セッションでは宗教組織の試行錯誤の実態を民族誌的に記述・分析することによって、宗教実践を、組織の目的、提供物、社会・国家との関係、組織構造といった諸要素が絡み合いながら展開していく一つのプロセスとして捉える見方を提示する。こうし

た作業を通じて、人類学的・宗教社会学的な比較宗教研究の新たな可能性を模索したい。

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2017年5月7日日曜日

子ども学と子育て Vol.18 動物園

初めて乗ったアストラムライン内にて
 結局体調不良で伏せがちだったGW。モノを飲み込むのがしんどいほど扁桃腺が腫れあがり、少々難儀したけど、ようやく昨日の夕方あたりによくなった。前半は福岡に帰っていた二人も広島に戻り、GW最終日は広島市内の阿佐動物園へ。

うちの近くからグリーンフェニックスに乗り、中筋でアストラムラインに乗り継ぎ、最後はバスで山を登る。大体1時間半ほど。貴一朗も飽きない程度、そんなに疲れない距離で、まあまあ悪くないロケーション。
キリンと貴一朗
入り口を入ると、猿山があり、フラミンゴの展示がある。貴一朗は割と興奮気味。でも、彼は何に興奮していたのだろう?普段、動物カードやら、絵本やらで見ている動物と目の前にいる動物が一致しているとは思えない。きっとすべて初めて見るモノ。サイズ感や、名前や、それぞれの動物の色、におい…貴一朗がどうやって動物をアイデンティファイしていくのか。 目を凝らしてみていこうと思う。

阿佐動物園、これくらいの子どもを連れていくにはなかなかのサイズ。山の中にあるので、たぶん夏の間も割と涼しいのでは(その分、冬はしんどそう…)。その分、解説が多少雑だったりしたのは少々残念なところ(僕が気づく間違いなので、アフリカ関連…)。

安佐動物園内にて
暑くもなく、寒くもなく。とても心地の良いGW最終日。何とか体調も回復して(でもなんか休んだ感覚がない…)、明日からの仕事は万全の体調で、まあ、悪くないか…(いっぱい終わってないことが…)。

2017年4月30日日曜日

子ども学と子育て Vol.17 貴一朗のカゼ

「保育園に行ったらカゼもらってくるよ~」

とか、

「保育園でもらってきたカゼで一家全滅」

という話は、お子さんをお持ちの知人からよく聞く話。ご他聞に漏れず、うちも今月はひどいことになった。4月、貴一朗が保育園に行き始めて数日後にもらってきたカゼが、最初に僕に移り、喉がイガイガ(何とか数日で終了)。かと思うと、連れ合いも喉をやられ、普通のご飯が食べられなくなり、お粥にして~。そして、一昨日あたりから、再び、僕の方に。寒気がして、やばいな…と思ったら、やはり夜中に喉が痛くて起き、昨日は数年ぶりに39度の熱。大したことはないだろう、と思い、買い物に行ったら、買い物先で動けなくなってしまい、タクシーで帰宅する、という始末…貴一朗は、と言えば、まだまだ夜中の咳と鼻水が少々。もう1ヵ月近くになる。

元気であれば、アホでOK。貴一朗が生まれた時からそう思ってきて、小さな体で夜中に咳こんで辛そうにしていると、なんだか切ない気分になる。

「代われるもんなら代わってやりたい」

意外に病弱だった幼少期に母親がよく言っていた、その言葉もよくわかる。本当にこの休み中によくなるとよいのだけど。

2017年4月29日土曜日

とはいえ…

おカネはないけど、なんかそこそこ幸せ、という虚像を作り上げようとしていること自体がどこか病的なのだけど、精神衛生上はそう思うようにしておいたほうが、間違いなく良いだろう。そうやって、病的な状態から、病の状態に移行することを防いでいるのだ。

なんて書いてみた後に、こんなことを言い始めても説得力がないけど、この1か月、貴一朗を保育園から連れて帰ってくるところから、寝かしつけまでやって、大体8時半から9時。フーッと一息ついて、10時。大体、もう使い物になるわけもなくて、少し高揚していた4月の前半は、ブログに手を出してみたりもしたけど、職場の仕事が忙しくなり、体力をある程度使い果たした状態で、この時間になると、もうパソコンなんて音楽を聴く箱にしかならない。少し慣れたからか、今日は久しぶりに手を動かしてみようと思えたので、連投してみたけど、さてさて。GW後がどうなっていることか。

やりたいこと、やらねばならないこと、ほんの少しずつちゃんとあるから、こんな気分になるのだろう。最初に戻る…なのだけど、めんどくさいので寝る。

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