2010年12月19日日曜日

調査とヤルセ

ある日、親しくさせていただいているとある先生から、遅々として進まない博論について、ずいぶんお叱りを受けた。未だ、その時から状況は大きく変わっていないので、今度お会いした時にはさらにお叱りを受けるのだろう。しかし、この先生がおっしゃっていた、書いた後に研究したいことを数えてみた。先生が修論執筆者の進学の時にアドバイスされるという、4つ、5つには満たなかったが、いくつか調べたいことはある。

本来の研究を進めながら、少しずつヤルセの調査を始めて1年半になる。論文にも少しずつ「ヤルセ」の文字をちらつかせてみたりしている。

幸い、というか、今回いただいた仕事では、初の村調査をさせていただいているだけでもありがたいのだが、この村がヤルセの村だというので、益々ありがたい。しかも、2か村共に。

以前、Sagbotengaのモスクの話を書いた。このモスクに比べるとずいぶん歴史は浅そうだが、やはり、マリなどによく見られる形のモスクがある。Y村である。こうしたモスクの多くは一つの村の力だけで建てられたものではなく、この地域だと、OuahigouyaとかDjiboの富裕ムスリムの助力がある。このネットワークも注目しておかねばならないこと、今回はこんなことに目が行った。
ヤルセの村を訪れたのは、3か村目。どうも、経済、宗教的な影響だけでなく、実は、モシを称するヤルセがかなり多い。T村での聞き取りの際、近年になって、モシとの通婚が始まったというが、それまでは、ヤルセの中での婚姻以外は認められなかった、という。人口統計には一文字も出てこない(モレを話すので)が、意外にモシ社会を構成するヤルセは、考えもしないような影響力を持っているのかもしれない。
とまあ、今日出国なのだが、環境の調査をしながらも、自分の研究にもずいぶん有益な調査ができた。後はワガドゥグにいる間の調査がもう少しできるといいのだが…
今度は1月10日前後からの渡航予定。仕事も研究も課題だらけだけど、ボチボチとやっていきたいもんです。

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2010年12月17日金曜日

とうとう始まった!(コートジボアール大統領選挙)

最悪のシナリオをたどりつつあるコートジボアール。

夕方のニュースでは、もう死者が出始めているという報道。5人までは追えたが、もう100人も亡くなったとかいう風説まで流れている。

夕食を友人の前妻が営む飯屋で摂った。友人も長くコートジボアールで過ごし、彼の前妻は親類の多くがまだアビジャンに残っている。携帯(改めてすごいツールだ!)で現場の様子を聞く彼女。外出禁止令以前に、相当緊迫した市内。誰一人として外には出ていないという。そして、食料が不足し、何とか買えても米が1kg=2000Fcfa(ブルキナでは、50kg=10,000Fcfa程度から)とか。各派の軍も盛んに動き回っているともいう。もう内乱状態だ。解決の手段は限られた。本当に早く収まると良いのだが…

そして、ワガドゥグには、ノエルの装飾が増えてきた。去年もこの時期にワガドゥグにいたが、街が格段に明るくなっている。中心部の道には、ミレナリオが…少しずつ祭りのムードが高まるワガドゥグ。

国境という、境界を挟んでこの違い…ブルキナベは平和のありがたさをかみしめているのか…

2010年12月16日木曜日

そして始まる行進(コートジボアール大統領選挙)

今朝のラジオ放送で、市民の行進が始まったとの報道。

リポーター女史が興奮のあまり、何を言っているか分からなかったが、どうも、かなり大規模なものらしい。先ほどの岡村氏のブログによれば、軍の警護つき、とはいえ、バグボ派の国軍は主力部隊。一触即発、緊張は最高潮に高まった。

コートジボアールの歴史が動き出す行進。なるべく人が傷つかないように…

いよいよ…(コートジボアール大統領選)

最近、ネットが通じると岡村大使のブログを見ることにしている。どんな小さなカフェに入っても、大概の情報は入るが。

今日の記事、http://blog.goo.ne.jp/zoge1/e/fc392aef9a794e99378e94d0e1e0e0e4では、ゴルフホテルに立てこもっていた、ワタラ側の首相がいよいよ行動を起こした、というもので、いよいよ最終局面(であることを祈っているが…)を迎えた感がある。ワタラ大統領、ソロ首相の新勢力軍と国軍の間でのにらみ合い、国連平和維持軍の仲裁。もっと離れた、監視の目の行き届かないところで始まってしまえば、なし崩しで危うい状態に突入することだろう。

ブルキナは、相変わらずどこ吹く風…

盟友逝く…

確か出会ったのは5年ほど前の「コメ兵」。あからさまに「探検隊」的なフィールド靴。


今日、村を歩いていたら、何か靴底に異変が…




靴底が減って、そろそろ寿命だと思っていたけど、つま先から真ん中にかけて完全に割れてしまった…
良く頑張った!

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村の魅力

都市研究を始めたのは、ソバージュ(野性的)な生活をする自信がなかったというか、一応、それまでの人生のほとんどを、超都会的に過ごしてきたので、どちらかと言うと、排気ガスにまみれていた方が落ち着くから。

今回の調査もそろそろ終盤に差し掛かかる。TとYも、村の人の顔をずいぶん覚えてきた。今までずいぶんサボってきたモレも少し真面目に覚えるようにした。村の純粋さ、というとてつもなくエキゾチックな幻想はさておき、乾燥しているのに埃がすくなかったり、静かだったり、という物理的な環境はとても気に入っている。

初めての村調査で、確実に自分が「ハレ」の状態にいて、調査の最初がいつでもそうなように、聞くことが珍しく、そして、少しいつもの「初めて」と違うのが、街の調査との連関性で、どんどん繋がっていくヤルセの関係にさらにテンションが上がる。

もちろん、この調査本来の目的である、「砂漠化対処技術の普及過程」という、いくつかのファクターについて新たに知ることも多いし、少しずつ「見る目」ができてくるので、これも楽しい。

別に「村の魅力」ということでもないのだが、とにかく、結構なハイテンションでここまで来ました、ということで。それであっという間に残り4日。明日はワガドゥグでアポがあるが、明後日から、最後の粘りでもう2日間T、Y村を訪れてくる予定。もっと村の魅力に浸ってこようと思う。

2010年12月10日金曜日

Enregistrement!

締め切り2日前。

今の学校に入ったときは、如何に飲んでも仕事をするか、をモットーにしていたが、いつの間にやらギリギリ星人。2日前に登録(Enregistrement)したわけでなくて、登録することを「決めた」日なのだ。ははは…まだ実際の発表まで半年ある。が、多少の不安。

題名、要旨、フォーマット上での記入…今までのネタの焼き直しとは言え、ちゃんとした査読つきの発表。仕事の合間を縫って何とか完成。他の研究会のことでやり取りをしていた同期を捕まえ、(この同期は僕よりももっとギリギリ星人だったことが判明)チェックしてもらう。

締め切り7時間前に何とか登録完了。

久しぶりの人類学会での発表、なんとかなりますように…その前に、査読で振り落とされませんように…

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2010年12月9日木曜日

まちぼうけ…

今晩、仕事場のNさんがこちらに到着することになっている。

ただいま22時。Air Franceの到着予定時刻は20:45。

どうも、パリが大雪らしい。さっき、どんなもんか、パリの友人に電話をかけてみた。0℃くらいだろうと…そして、大雪。Nさんによれば、「窓から機体の鼻は見えてますが、尾翼が見えません」とのこと。視界100mないな。

空港でも情報が錯綜。20:45と言い張るやつがいれば、24:00という奴もいる。たぶん後者が正しいのだが、その前に欠航だとたまらないので、そろそろ空港に行ってきます。

今日は一仕事終わったから早めに寝たいのに…

2010年12月7日火曜日

コートジボアール大統領選

ブルキナファソの大統領選の翌週に行われた隣国コートジボアール(CI)の大統領選挙、ブルキナファソの大統領選挙が牧歌的に見えてしまうほど、危険な状況にある。

日々、友人と会うとCIの大統領選の情報交換になる。国境が閉鎖されたとか開いたとか、首都で暴力がおこり始めた、とか、真偽が定かでないような話が飛び交う。私たちも混乱しているのだ。そして、一方で、「牧歌的に」選ばれたブルキナファソのコンパオレ大統領のしたたかさが浮き彫りになる。

そもそも、CIの属国的な立場に見られたモシ台地を中心とするこの国。どうも、コンパオレ大統領以降、ずいぶんリスクヘッジを進めてきた。もちろん、その背景には、CIの発展の立役者、故ウフエ・ボワニ元CI大統領の死去によるCI自体の混乱、そして内戦、凋落があり、CIがもはや西アフリカ、フランコフォン諸国の盟主ではありえなくなったり、ナイジェリアやガーナの順調な発展、さらに、ベナンやトーゴの安定した(多少迷走しながらも)政治状況など、さまざまな状況があったのだと思う。もはや、独立以来続いたCIの後背地としてのブルキナファソの位置づけはない。

その証拠に、昨日会った、企業家C氏は実に余裕があり、隣国の大混乱が他人事だ。CIがダメになってもブルキナファソには大した影響はない、と言い放つ。そして、別の友人は、また以前のように、難民が出たりなんてことはないだろうか、という問いかけに、CIにいるやつはいるし、帰ってくる奴は帰ってくるだろう、まあ、ブルキナには仕事もないからね~、と笑い飛ばす。

こうした、ブルキナファソ庶民の無関心ともとれるような反応は、CIを混乱に貶めている張本人に自分がやっていることのアホらしさ、無益さとして評価されているということが届くだろうか。飛び交う報道に反して、もはや、あなたのやっていることはそんなに注目されていないのだ、という…

その中で、在CI日本大使の岡村氏のブログ上での発言は注目に値する。

http://blog.goo.ne.jp/zoge1

おそらく、岡村氏が綴る外交の最前線を、外務省は苦々しく見ているのだろうが、混乱した現場での決断のむずかしさを伝えている。

とにもかくにも、これ以上最悪のシナリオをたどらないように、祈りつつ…

今日は引きこもり。

一気に駆け抜けた今回のブルキナ滞在2週間。

気がつけば一日も休みを取っていなかった。涼しい気候のせいもあるだろうけど、移動中はいつもウトウト。ただでさえ重い体がいつにもまして重く感じる。

そんなわけで、今日はちょっと一日引きこもり。

だいぶ未整理資料・事務がたまっているし、明日からMさんがこちらにくるので、一日調整日ということで。

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2010年12月6日月曜日

夢。

大学生だったころ、95年入学だから、もう15年も経ってしまったけど、ずいぶん熱くNGOのことを考え始めたころだった。

M先生との出会い、いくつかのNGOとの関わり、そして周りにいた何人かの先輩や友人、いろんな影響を受けて、将来は、アフリカの小さな村で村の人と夜がな話をして、村の人たちに感謝されるNGOワーカーになるんだ、と思った。ヒロイック、エキゾチック、自意識過剰…いろんな評価ができるけど、20代前半の若者にとって、ある意味健全だった、というのは自己弁護しすぎだろうか。そして、そこからちゃんと足を洗えているだろうか。

何度かブログにも書いたが、10月からとある財団で研究員の仕事を仰せつかっている。調査がメインだが、おまけのように、土壌回復のプロジェクトが含みこまれている。形としては、あまり好みの形ではないが、おカネが先、その次に調査がある。今はその調査の過程で、昨日までの4日間、簡単な社会調査をした。

TとYという2ケ村がその対象だが、それぞれがヤルセの村で、モシとは社会構造が大きく異なる。「村」、という単位よりも小さな集落という単位での結束が強かったり、モシの首長制を踏襲していたり、フラニが非差別的な地位にいたり、その下にさらに奴隷がいたり…とにかく、調査者心理をくすぐることが次々と分かってくる。後1,2ヶ月あれば…と言うほど、確かめたいこと、聞いてみたいことがあるが、どうもこういう仕事はその時間の余裕を許さない。

昨日は、カウンターパートのローカルNGOに頼んで、T村に泊まらせてもらうことにした。昼間対面インタビューでは見られなかった表情、食事や茶を囲んでの楽しいひと時。少しプライベートの話を聞いたり、話したり。

夜、寝るときに思い出した、10数年前の夢。あぁ、こうやって実現するんだな…と。しばし感慨に浸る。それは、今こうしたい、とか、そういうことではなく、実は、その時持っていた将来の夢を追い続けていたのかも…とか、はたして、そのあと学んだことを元に、幾ばくかの修正ができているのか、とかを考えた。

ちょっとほろ苦くて、セピア色だったT村の夜…