2010年12月6日月曜日

夢。

大学生だったころ、95年入学だから、もう15年も経ってしまったけど、ずいぶん熱くNGOのことを考え始めたころだった。

M先生との出会い、いくつかのNGOとの関わり、そして周りにいた何人かの先輩や友人、いろんな影響を受けて、将来は、アフリカの小さな村で村の人と夜がな話をして、村の人たちに感謝されるNGOワーカーになるんだ、と思った。ヒロイック、エキゾチック、自意識過剰…いろんな評価ができるけど、20代前半の若者にとって、ある意味健全だった、というのは自己弁護しすぎだろうか。そして、そこからちゃんと足を洗えているだろうか。

何度かブログにも書いたが、10月からとある財団で研究員の仕事を仰せつかっている。調査がメインだが、おまけのように、土壌回復のプロジェクトが含みこまれている。形としては、あまり好みの形ではないが、おカネが先、その次に調査がある。今はその調査の過程で、昨日までの4日間、簡単な社会調査をした。

TとYという2ケ村がその対象だが、それぞれがヤルセの村で、モシとは社会構造が大きく異なる。「村」、という単位よりも小さな集落という単位での結束が強かったり、モシの首長制を踏襲していたり、フラニが非差別的な地位にいたり、その下にさらに奴隷がいたり…とにかく、調査者心理をくすぐることが次々と分かってくる。後1,2ヶ月あれば…と言うほど、確かめたいこと、聞いてみたいことがあるが、どうもこういう仕事はその時間の余裕を許さない。

昨日は、カウンターパートのローカルNGOに頼んで、T村に泊まらせてもらうことにした。昼間対面インタビューでは見られなかった表情、食事や茶を囲んでの楽しいひと時。少しプライベートの話を聞いたり、話したり。

夜、寝るときに思い出した、10数年前の夢。あぁ、こうやって実現するんだな…と。しばし感慨に浸る。それは、今こうしたい、とか、そういうことではなく、実は、その時持っていた将来の夢を追い続けていたのかも…とか、はたして、そのあと学んだことを元に、幾ばくかの修正ができているのか、とかを考えた。

ちょっとほろ苦くて、セピア色だったT村の夜…

3 件のコメント:

  1. 素晴らしい。素晴らしいエッセイです。
    教材に使いたいくらいです。
    特に最後の段落から、フィニッシュが良いです。

    ところで、フラニというのは、民族名でしょうか?

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  2. フラニは部族名です。

    じゅんこの夢はたかおさんのお嫁さん!そしてその後すぐ離婚!が、その前にカンボジアの子供を養子にしてたかおさんとおおもめにもめたりしたいー。

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  3. >Katabira no tsujiさん
    いつも高評価恐れ入ります。
    フラニはその通り、民族の名前です。プル(仏語)、フルフルデとかいう名前で呼ばれることもあります。西アフリカからスーダンにかけて8000kmに渡って広範に渡って分布する遊牧民ですが、現在ではかなり定住化も進んでいます。遊牧による、西アフリカ牧畜文化の広がりと共に、フラニの重要な役割として、イスラームを広げたことが挙げられます。19世紀の「ジハード」は欧米諸国(特にフランス)に対するレジスタンスとして、100年後に始まるアフリカ独立の気運の高まりの胎動だったように思います。
    この動きの現在までの残滓にこそ、この地域のイスラーム文化の基層がある、と踏んでいるのですが…

    >junkoさん
    解説ありがとうございます。
    で、その下のは…?ずいぶんメンドクサイ話ですね…

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