2009年7月30日木曜日

大雨

ブルキナファソは雨季。

三方を山、南を海に囲まれる、蒸し風呂のような名古屋の夏にに比べれば、ウキウキするほど…ではないがずいぶん過ごしやすい。

今年のブルキナファソの雨季は降り始めが遅く、この時期にしては溜池に水が少ないし、ミレットやソルガム、メイズの生育もずいぶん遅い。しかし、そこは雨季。昨日の夜はものすごい勢いで雨が降り、一旦気温が下がる。電気公社が「そろそろ止めていいか…」と思ったのか、停電。

くそ暑い…

あまりの暑さに恨み節をブツブツ言っていたら、雨の神様が悪いと思ったのか、もう一回雨がふる。今回は日本の梅雨のようなシトシト雨。おかげでずいぶん寝やすい夜になった。

雨と雨の間にあまりの暑さに出た家の外。見上げると、さそり座や北斗七星がきれいに見える。これも雨季の楽しみ。

2009年7月26日日曜日

到着

うっすらとトリポリあたりで飛行機が遅れて一泊させてくれないか…と思っていたのに、今回はすんなりワガドゥグ到着。パリが涼しくて、とても気持ちがよかったので、ワガドゥグの湿度にいきなり凹む。

とにもかくにも、無事に到着。しかし、Yahoo!メールがつながりにくく、連絡ができないので、こちらで(誰か見てんのか??)ご連絡。さっそくブルキナ親爺氏に世話になりながら、久々のブルキナビールにおぼれてみる。

今日は日曜日。一応イスラーム地域のくせに身動きが取れないので、親爺氏ともども近隣のKoubriへ小旅行。ぶっかけ飯になぜか郷愁をそそられる。

明日から新しい寝床を探し、調査の準備。今のうちに仕事をせっせとこなす。

2009年7月22日水曜日

前日

向こうの知り合いにメールを打ったり、

お土産を買いに行ったり、

書類を出しに行ったり、

お金を換えに行ったり…

雨が降っているのですよ。涼しくていいのですが…世の中は解散総選挙と皆既日食ですか。調査を解散して月の影に隠れる…とか自分に移し替えてみたり、という妄想・希望的観測。

2009年7月17日金曜日

調査計画(2009年夏の調査)

調査計画書からの抜粋。あんまり人に晒すもんでもないけど。

今回はフランスでの文献調査を含めて約3か月の調査期間。人類学の調査では短期の部類に入るんでしょう。これくらいだと、大体の予定を立てて行かないとブレた調査になってしまうので、調査地のことを思い描きながら、論文で書ききれなかった箇所を思い出しながら、毎回こんな計画書を立てている。

①ストリート②NGO③ワガドゥグ市誌。今回のポイントはこのへんのキータームを元にしている。都市と言う社会空間をとらえるとき、どんなことが必要だろうか…こんなことを考えながら、かなり直観的にこのあたりのテーマを選んだ。
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ⅰ. ストリート研究の進展を目指す。継続調査項目として、ラスタ、ストリートチルドレンの動向を引き続き追う。この調査の目的は、
1. ラスタ:データの通時性を持たせるための調査
2. S・C:データ量の増強と、S・Cの分布を把握するために、ワガドゥグの全域に調査区域を広げるた  
   めの準備を行う。
3. NGOでの聞き取り
       (ア) AMPOの経理部長(元S・C)など、ストリート経験者への自らがS・Cだったころのこと  
          の聞き取り
       (イ) NGOを立ち上げた人々への聞き取り。ストリートの捉え方、NGO設立の目的、NGO
          の現在の状況など
4. クワメ・ンクルマ通りの路上販売を行う商人の調査
       (ア) 路上販売者が販売するモノの品目、価格
       (イ) 上記販売者によるモノの仕入れ状況
       (ウ) 路上販売者から購入する人

ⅱ. ワガドゥグ市誌と都市化に関する調査
1. ハウサ人コミュニティの調査
       (ア) プロジェ・ザカ(Projet ZAKA都市計画)により、ワガドゥグ市中心部ザングエテン
         (Zangouetenハウサ人の町)を追われたハウサ人の新しい集住地域の調査を行い、都市計画が及ぼした人々の生活への影響を調査する。旧ザングエテンは調査中のストリート、クワメ・ンクルマ通りに隣接していた地域であり、クワメ・ンクルマ通りの以前の姿、また、人の流れの移り変わりを聞き取ることも目的としている。
       (イ) 新ザングエテンには、約50名の子どもを収容しているコーラン学校が存在している。前回の調査の際、この地区のシェフにはすでに調査の申し込みをしている。このコーラ
         ン学校がストリートチルドレンを生み出しているかは不明であるが、とも、コーラン
         学校の生活を見ることができる。
2. ワガドゥグ市誌
       (ア) ティティンガ氏(マネガManega博物館長、ワガドゥグ市史家)
       (イ) ワガドゥグ市役所
       (ウ) ワガドゥグ大学
       (エ) フランスの図書館、博物館における文献調査
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身辺整理

出発前、前期の終わり、論文の締切…乗り越えられないものがいくつかありながら、日々すごいスピードで過ぎ去っていく。それでも、生活のプロットは少しずつ形を変えておかないと、あとで困る。後回しにしてきたものをこの際だからバシバシ切る。

カードの支払でいつも気になっていた項目があった。なんだったか…と思ったら、今や宅電のない僕に某P社から1年半にわたって月に数百円とられていた。使っていないサービスにそれだけ払っていたわけだ。他にもそんなのがありそうな気がして、そう言うのを探しながら、出発の準備を進める…

出発まで後5日…

2009年7月6日月曜日

『チョコラ』


東京で見逃した『チョコラ』を見てきた。ケニヤのスラムを舞台にしたストリートチルドレンが題材。数名の男の子や女性の参与観察的な映像(インタビューは思いのほか少ない)が主体のドキュメンタリー形式。
おそらくどの観客よりも監督に同情できる自信だけはある。途中で靴を投げつけられ、金をせびられる。私の調査のときも同じような状況である。ただ、監督、あんまり言葉を解していない様子だったので、知らぬが仏だったか…
映画が終わった後、監督の舞台挨拶があったので、質問を投げかけてみた。
「ストリートチルドレンはなぜストリートに行きついたのか?監督のお考えをお聞かせ願いたい。」
さすがに自己紹介を入れるわけにもいかず、少々不躾な質問だったことは山々承知。しかし、真摯にお答えいただいた。
「おそらく「貧困」でしょう」
そして、
「私が描きたかったのは、「貧困」ということに絡め取られ切らない子供たちの姿」
「アフリカを「貧困」というまなざしでのみ捉えられてしまうことを恐れる」
と言った趣旨のことを付け加えられた。なかなかいい監督だと思った。だから子どものすべての言葉が分かる必要もないのだ、ということも。しかし、やはり思う。「彼らがどこから来てどこに行くのか?」。
映画のワンシーンで、親が息子に、「なぜストリートに出たか?」と問うシーンがある。少年は「別に」と答えるのみ。なんかワガドゥグを思い出させる一言だった。

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2009年7月1日水曜日

ひげおやじ

私もひげおやじだが、今日は私の大学生時代の恩師の話。たぶんミクシの日記には何度か書いたが、ブログでは初めてだった。と言っても、ひげおやじも大学を引退して5年になり、どうしても縁遠くなってしまうので、なかなかネタがない。

昔から電話をすると2、3時間は当たり前。最長12時間と言うのがある。何をしゃべっていたかはあんまり覚えていないが、下ネタが7割くらいを占めていたように思う。

ここ数週間、何度か電話をかけていたのだが、なかなか電話に出ず、やっと一昨日電話に出た。

「お~、ダイエットに失敗して死んだかと思ってたよ。まぁ、僕はxxさん(私)が死んでも葬式にはでないけど。」

という一言目。相変わらずである。

そして何人かの消息の情報交換、そして、下ネタへと入る。これも相変わらずである。

下ネタに飽きると、いかに無駄な買い物をしたかということを自慢げに話す。超アナログ生活を送るひげおやじ。パソコンはおろか、洗濯機、テレビなどもない。情報は短波ラジオからで、最近、フランス国際放送が聞こえなくなったとか、BBCも弱くなってきたとか…その中で、某エロ本についていたDVDが見れないことを知っていつつ、その本を買って、私も知る友人に送りつけたとか…相変わらずである。

恩着せがましくはなく、下ネタの間にこちらのこともしっかり聞く。引退後、それほど長くは大学に関わるのは難しい。今、ひげおやじの後を追うようにその世界を目指す私の力になれないことをなんとなく申し訳なさそうだ。それも雰囲気でしか語らない。相変わらずである。

半年振りに話したひげおやじ。規則正しい生活を送っているこちらはいい加減眠くなってはいたが、気がついたら明け方4時半。酒も飲まずに。

ひげおやじに出会い、15年。ある意味、この世界に腰を落ち着けようとするのは、ひげおやじによるところが大きい。周りの環境は刻一刻と変化しているが、唯一変わらないのがこのおっさん。初心忘れるべからず。ひげおやじがそんなことを言うわけもないが、6時間の電話が終わり、そんなことを思いながらまどろんでいた。