2015年12月29日火曜日

ブルキナファソ調査④(番外編):幸せのイスタンブール

ここ数年、アフリカ、ヨーロッパに行くときにはターキッシュエア(TK)を使うことが多い。TKの本拠地であるイスタンブールのアタチュルク空港がハブ化し、現在、TKが向け地数は世界一。さらに、アフリカ便などは値段が安い、そして、今時分珍しく、10時間以上の待ち時間があれば、トランジットホテルと朝食までつけてくれる(昔は結構あったんだけどな…)。

一人でいれば、お昼を食べに行くくらいで、あとは適当にコーヒーくらいを飲む程度だが、今回はグルマン・ブラザーズの旅にて、かなり食べ歩いています。上の3枚が往路の昼食。魚屋の隣で営まれている魚料理屋で、ハタハタとヒコイワシのから揚げ。レモンをたっぷり絞って。



メニューの写真も撮っておいた。単語を覚えないとね。次回は違うのを選べるように。


でさらに歩いていると、ムール貝を積んでいる屋台を見つけて、これもパクリ。お米が詰まっています。好き好きだと思うけど、少し芯が残るお米は結構好き。でも、パサパサ感がないともっといいのだけど。美味しいリゾットの感じ。これはちいとパサパサ感があったので、もうちょい頑張ってほしい。

で、これが王道(写真がブレブレだ…)。定食屋。二人で9品頼んでご機嫌で食べていると地元の人たちはスープにパンを浸して食べていたり…もちろん、開き直って美味しくいただきましたが。右手前がチーズかけの鶏肉。これと、キョフテ(ハンバーグみたいなの)がとても美味かった。

あともう一回、夕食があるので、少し仕事をしながらおなかがすくのを待ちます。トルコは美味い…


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2015年12月27日日曜日

ブルキナファソ調査③201512:大統領選挙その後

11月29日、カファンドゥ暫定政権の政権が満期を迎え、大統領選挙が行われた。先日このブログ(←先日の記事に飛びます)でもお伝えしたように、ロッシュ・カボレ氏が新大統領に選出された。

前評判では、UPC(前進・変化連合Union pour le progrès et le changement)のゼフェリン・ジャブレZéphelin Diabreが優勢かと思われていたが、MPP(人民前進運動Mouvement du peuple pour le progrès)のカボレ氏が大統領選を制した。

なぜカボレ氏だったのか。一般化するには報道の資料も見ていないので、政策的な違いも判らないし、何人かに通りがかりで聞いただけなので、参考までに。

前述のとおり、いくつかの新聞記事やらを見ていたら、どうもジャブレ氏優勢の声が強かったように思う。ジャブレ氏は1959年生まれの66歳。少々年配なのは否めないが、経済畑を歩み、1999年から2005年までUNDPの副総裁を務める。その後も、フランスのエネルギー関連の大企業、AREVAグループに関わるなど、国際的に活躍した人物。2010年に彼自身がUPCを結成して、今回の選挙に至る。

一方のカボレ氏。簡単な略歴は前回の記事に書いたので割愛するが、ブレーズ・コンパオレの懐刀でポスト・コンパオレの筆頭格だった、サリフ・ディアロ(元農業大臣)や元ワガドゥグ市長のシモン・コンパオレとともに、MPPを結成している。

この二人の大きな違いは、ジャブレ氏がUPCの唯一のスター選手で、一方のカボレ氏は、政治経験豊かなディアロ氏、コンパオレ氏を従えていたということ。何人かの友人は、こんなことを強調していた。

今回の大統領選挙、不正をただし、過去の権力被害者を救済し…というお題目が前景化されていたのに、かなりプラクティカルな議論が繰り広げられていたことがわかる。話を聞いた何人かは、かなりヒヨル傾向があるので、この「議論」というのも微妙なところなのだけど。

カボレ氏の父は「CEDEAO」のディレクター。ヒヨル傾向のある友人曰く、「カボレは金の中から生まれた」とか。ちなみに、彼はカボレに投票したという。そして、自称サンカリストだ。そういう彼がカボレ氏をサポートしたのには、最終的な政権運営能力を見越してのことなのかもしれない。

選挙から間もなく1か月。一昨日、25日の夜には、9月にクーデタを企図したジェンジェレ(現在は軍刑務所に収監)の救出のため、50人のジェンジェレ関係者が軍刑務所を襲撃。ジャンダルメリーと正規軍により、完全に排除され、大事に至らなかったが、まだまだこんなことがおこっている。そして、預言者の生誕祭、ノエルが続き、祝日の間は一時解除されたが、昨夜から再び夜間外出禁止令が出たままだ。明後日、29日にはいよいよカボレ氏の大統領就任式が執り行われる予定で、このあたりが最後の山場だろう。

ここには強力な軍隊も、政治家も、警察もいない。実は、上に書いた話は、今こんなことを書いているホテルから2㎞ほど離れたところの話。おそらく、マリやニジェールなど周辺国のように、最新鋭の武器をもった勢力が発生したら、もしかすると全く抵抗できないかもしれない。しかし、この国で安心できるのは、普段は穏やかでも、やるときはやる、市民の力があるためだ。そして、短い1週間だったが、いつものように笑顔で迎えてくれて、いろんなことを話してくれる、友人たち。こんな混乱した時期でも小さな努力を重ね、少しずつ進もうとする友人たちと接していると、どうしてもこんな感覚を持ってしまう。


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2015年12月26日土曜日

ブルキナファソ調査201512②:あいさつ回りやら

ブルキナファソに到着して3日が経ちました。今回の滞在はほぼ1週間、のびのびになった滞在を説明するために、あいさつ回りをして、お互いに顔を見せ合う、ということをひたすらやっていると、もう残りは2日。

運転をしてくれるアブドゥル、クルアーン学校の調査を手伝ってくれるザカリア、マラブーのアマドゥさん、修士課程の時以来の付き合いのラミンにアメッド、ダオ…時間が経つと、もちろんいろんな変化があって、挨拶だけでも、たくさんの話が聞けたりするのだけど、まあ、それぞれと顔を合わせて話ができるのはせいぜい1時間前後。

まだ次回の予定が見えているから、いいのだけど、本当は毎回最後くらいに思っておかないといけないのでしょう。でも、会える人には大方会えたし、何人かの消息がつかめたので、なかなかの収穫。

残り1日半。こういう弾丸ツアーもまたよし。機会があるだけでもありがたい。しばらく旅行代理店のような仕事ばかりだったので、少しインスピレーションもあったし。やっぱり現場を歩かんといかんですね。

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Wazota:Papa de Burkina, Lion de desert, Djembe master歿す

ブルキナファソ滞在4日目。ご一緒している宮嵜さんの仕事も僕の仕事もとりあえず一段落。今日はそんなわけで、少し街を散策しながら、僕が修論を書いたエリアを見てもらいながら、お土産を買うことにした。Kwame Nkruma通りの旧友たちを紹介しながら、思い出話をしたり、民芸品を見せてもらったりした。2005年~2007年にかけて、いろんな意味でお世話になった友人たち、顔を見ると、やっぱりおっさんになってきているが、なんか味も出てきた気もする。

それにしても、ここ何年かはブルキナにいてもこうしてパソコンの前で作業をしていることが増え、ワガドゥグにいる間は、よほどのことがないと街をふらつくこともなくなってしまった。まだまだちゃんとフィールドワークもしなければならないのだけど、押し寄せる発表の資料作りや原稿を抱えながらで、致し方ない。そんなわけで、あの辺りをフラフラすること自体が少し感動的ですらあった。

そうやってラミン(僕の修論の主役)と話していると、NAYACという音楽集団のメンバー、ボストンに会う。「たまには寄れよ」というので、5年ぶりくらいだろうか、彼についていくことにした。この話はまた後日にしたいが、ボストンから、とても悲しいニュースを聞く。

2008年ころにワガドゥグを去り、クブリのアーティストのアソシエーションで暮らしていたワゾタWazotaが去年亡くなったと。話を聞いていると、アルコール性の肝硬変あたりだったのだろう。ワガドゥグにいるころから酒浸りだったが、田舎に引っ込んで、酒をやめて、メシを食べるようになったと聞いていて、おそらく最後に会ったときには、ずいぶんふっくらしたイメージがあった。


この写真が在りし日のワゾタ。やんちゃそうな表情のまま、とてもワイルドなおっさんだった。街中でも有名で、いわばトリックスター。

もともとは腕のいい仕立て屋で、彼の店はずいぶん売れていて、かなり儲かっていたとも聞く。しかし、ここはアフリカ。カネが入れば親戚や親友が増えて、彼の周りには人が群がる。そもそも人のいいワゾタは、どれだけ稼げど、右から左へ。何やらばかばかしくなったのだろうか、もうその時のことは本人に聞けないが、仕立て屋を辞め、自称ミュージシャンになる。僕が彼に会ったのは、それから何年か後のこと。時折ライブハウスでジェンベをたたいていたが、普段はしょっちゅう酒を飲んでフラフラ、ゲットーと呼ばれたたまり場に行ってはジェンベをたたいていた。


練習中というか、日常的な彼のプレーは、何度も見ていた。今日、訪れたNAYACで、そして道端で。とにかくキャラの立つワゾタのプレーはアグレッシブでワイルド。一打一打がとにかく強い。そして、彼の手は象の皮のように固かった。そのため、彼のたたくジェンベはきれいな高音だったのが印象的だ。

それから何年か。CDを出したりしたと言っていたから、それなりにミュージシャンとしては成功したのだろうけど、まあ、たいして儲かってはいないだろう。村でミュージシャン仲間たちと楽しく暮らしていたらしい。

音楽のことはともかくも。彼が印象的なのは、この写真のようなシーン。僕らがキオスクでコーヒーを飲んでいると、突然やってきて、演説をぶつ。フルベの血を引くワゾタは、こういう演説はフルベ語。ブルキナファソの第三の言語とはいえ、ほとんどの人がわからない。つまり誰も聞いていないのに、激烈に演説する。大っぴらに笑うと怒られるので、みんな下を向いて。

こんな都市の中で孤高の咆哮をあげるワゾタをみんなは親しみを込めて、「砂漠のライオンLion de desert」と呼んだ。

外国人の僕は彼にずいぶんたかられた。僕より10歳くらい年上のワゾタは、「お前のブルキナの父」と言い、子が父を養うのは当然だ、とかなんとか言いながら、メシ代(酒代)をせびられ、何にもなくても、100Fcfa、200Fcfa。タバコも我がもののように勝手に吸われた。

一度、メシ代をせびられたとき、「一緒に食おうよ」というと、ワゾタは渋々承諾。もちろん、酒が飲みたいのもわかっていて、彼が腹にたまるものが好きでないのもわかっていたが、遭えてスマ(バンバラ豆)を炊いたものを頼み、彼の前に出して「一緒に食おうよ」というと、烈火のごとく怒り、例のごとく、演説を始める。この時は回りも大爆笑。

いい思い出だな。

ブルキナの父よ、安らかに!

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2015年12月19日土曜日

夫婦別姓論争に思うジェンダーと選択の自由

12月17日に最高裁が「夫婦別姓」に「合憲」判決を下した。結婚時にどちらか片方の姓に変更が義務付けられることが、婚姻の自由を定めた憲法24条に反する、という異議申し立てに、以下のような理由で「違憲とはいえない」とした。

「婚姻時に夫婦のどちらかが姓を変えなければいけないという不利益が、婚姻前の姓の「通称」使用が広まることで一定程度、緩和され得るという点を、合憲の理由の一つにあげている」
(Yahoo news, http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151217-00004071-bengocom-soci)

僕も結婚するときに、連れ合いにずいぶん抵抗を受け、僕が姓を変える(養子に入る)という選択肢を話し合ったものの、結局、「通例どおり」連れ合いに姓を変えてもらった。その後、もちろん、例に洩れず、名義変更やら、いろんな面倒をかけたのはもちろんで、多少なり悪いな、とは思っている。

老いた僕の母親(多分、僕が姓を変えるとショックを受けるだろう、と思って)を慮って連れ合いに折れてもらった、というのが、実のところ。「夫婦別姓」に関しては、微妙な感情を持っていたし、今回の判決やいろんな意見を読んでも、それほど変わっていない。なぜ変わらないか、というと、象徴的にこんなエピソードがある。

僕らの世代が「大学生」だったころ、いわゆるジェンダーという言葉は既に大学では当たり前のように流通した言葉になっていた。僕のいた大学は、少し偏差値が低いにも関わらず、いわゆる「意識高い」系の学生が多かった。なので、よりよい会社に就職をするために、いろいろなことに積極的に関わる学生が多かったし、先進的な権利意識にはかなり敏感だったように思う。そんな環境で4年間漬かって、僕はトラディショナルな保守的な民間企業に入った。1999年、まだオフィスでタバコが吸えたし、絵に書いたような上司との飲み会、入社式や正月には、神棚の前で全社員が集まって拍手を打つ。そんな会社だ。

そんな会社に同期入社した、女性がいる。見た目はいわゆるギャル。茶髪で、パーマ(なんというのか知らないけど)をかけ、タイトなひざ上15cmのスカートをはいて出勤していた。短大を出たての21歳。そして、とても美人だ。会社からしたら、いわゆるお嫁さん候補。そんな彼女が僕の隣に座ることになった。僕は少しビビッた。何にビビッたかというと、見た目がギャルなのに、英語は僕よりはるかに上手く、仕事(一般職なので、書類の整理やら経理やら)を覚えるのもとても早くて、すぐに2年目、3年目の社員より出来るようになったのだ。仕事が立て込んだり、上司が苛立っても常にクールにできること、できないことをはっきりいう。でも決して冷たい人ではなかったし、僕が今まで会った人の中でも、最も気の効く人の部類だ。僕がてんぱっていると、そっと足りない書類を作って置いておいてくれたり、そんな人だった。

ある年の忘年会か新年会、僕は、彼女と話をする中で「総合職に変えてもらったら?」というおせっかいな提案をした。すると、彼女は冷たく、「放って置いてください。私は、早くおカネを貯めて、今付き合っている彼氏と結婚したいんです」と言い放った。そして、それからしばらくして、彼女は本当に寿退社した。もちろん姓をダンナのものに変え、とてもうれしそうに、僕らに新しい姓を教えてくれた。

女性というのがジェンダーを叫び続けることが当たり前だった、大学時代の固定観念はこんな彼女につき崩された。そういうことを選択する人もいるのだ、という。こういうのも一つの生き方で、闘争することを当たり前にしてしまっていた僕のいた大学は、彼女のような人にとってはとても窮屈なのだろう、と思うに至った。もちろん、改姓することで、いろんな不便があるのも確か、しかし、良かれと思ってラディカルに闘って、彼女のような人にそっぽを向かれたら、この運動は益々セクト化してしまう。もう少し柔軟な運動を展開するべきなのだろう、と思う。

どこかのアホな議員が、「夫婦別姓によって日本社会が家庭から崩壊する」という旨の発言をしていたが、まあ、まさかそんなことはないだろう。しかし、ジェンダーの問題を正面から捉えようと考えたとき、こうした「夫婦別姓」というセンセーショナルな議論にしてしまわずに、選択の自由を求め続けるべきなのだろうと思う。

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2015年12月18日金曜日

ブルキナファソ調査201612①

明日の研究会が終わり、日があけると調査に出ます。今回の行き先は、ブルキナファソ。実に半年振りだ。今年はとうとうフランスとセネガルの方が回数が多くなってしまった。もちろん、相変わらずブルキナファソの研究者だと思っているし、これからもそうありたいと思っている。

ということをいつものように書いてみるのだが、こんなに準備をしていない調査も初めてではないだろうか?とりあえず、予算の執行の手続きとチケット、ワガドゥグのホテルとアブドゥルにお迎えはお願いした。いつもなら、もう少ししっかりアポを取ったりしておくのだけど。

今回は、先日のパリ出張の後につける予定だった、数日間を二つに分けてのもの。来年3月に企画しているシンポジウムの打合せ、そして、出版予定のバム県のモノグラフの補足調査が目的で、正味6日間ほどの予定の渡航です。写真をだいぶ無くしたので、写真をたくさん撮ってこようと思っています。

2015年12月17日木曜日

第9回「西アフリカのイスラーム研究会」(12月19日@地球研)

いやはや。今年は11月あたりから気の休まる間もない。
なんとかひとつの原稿の3校目を提出し、次の作業に…と思ったら、また3つくらいやることがあった。とりあえず、そのうちの一つ。準備には半年ほど前からかかっていて、自分のメインの研究テーマの一つ。

セミクローズの研究会ですが、宗教学や政治学で語られてきた「ライシテ(脱宗教化)」の問題を文化人類学、しかも、アフリカを舞台に語るとどんなことで、どのようなことが理解できるのか、ということを探るためのキックオフ的な研究会です。

ご参加希望の方はご連絡くださいませ。

++++++++++++++++++++++++++
日時:12月19日13:30
場所:総合地球環境学研究所(京都府北区)セミナー室3,4
司会:今中亮介(京都大学大学院)

■趣旨説明(13:30~13:40):清水貴夫
■話題提供(13:40~14:25)
▪西アフリカの事例①(「ブルキナファソの近代国家と宗教」:中尾世治(南山大学大学院)):15分
▪西アフリカの事例②(「ブルキナファソのフランコアラブとクルアーン学校」 清水貴夫(総合地球環境学研究所)):15分
▪西アフリカの事例③(「独立以降のマリ共和国のライシテ」伊東未来(学振PD、南山大学大学院)):15分

休憩(14:25~14:40)

■発表(14:40~15:40):伊達聖伸さん(上智大学)
■コメント(15:40~16:10):岡本亮輔さん(北海道大学)
■質疑応答(16:10~17:10)

懇親会(18:00から)
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2015年12月12日土曜日

印南貴史2013『ラーメンより大切なもの』(映画)

また食いものネタか(笑)。ついつい買ってしまった。

ラーメン界のレジェンド、大勝軒の山岸一雄さんを追いかけたドキュメンタリー。山岸さん自身は残念ながら、2015年4月に亡くなられたけど、大勝軒自体は僕自身もとても好きなお店で、機会がある毎に足を運んでいる。残念ながら京都にはほとんどないのだけど、名古屋にいた頃は、本山、今池、金山とよく通ったもの。

「食文化」のタグ付けをしたけど、この話は、山岸さんの早世された奥様との話に裏打ちされた山岸さんの人生ドラマ。人格者としても知られた山岸さんの仕事にかける情熱、僕には、この情熱は忘れられない奥様の思い出を意識の外に出しておくためにされてきた、そういう日常の営みなのではないか、と感じられた。

奥様との思い出はこのドラマの中ではほとんど語られない。そして、メイキングで久石譲さんが語るように、山岸さん自身、このことは全く解決されていない。現在進行形の中で映画は終わる。奥様とはじめ、50年間続けた、東池袋のお店が取り壊されて、なにやら山岸さんの表情が変わったように見えたのは僕だけだろうか。完成イベントの山岸さんの表情を見ていると、なんかもっと穏やかになったような印象を受ける。

こういう「ラーメン道」的な話のなかに垣間見える、ピリピリした嫌な緊張感はこの映像の中にはない。人を叱るシーンがないからか。きっと山岸さんの人柄の表れなのだろう。

「美味くて、安くて、腹が一杯になる」

戦後の辛い時代から、培われた「食べること」の意味が詰まった作品でした。


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2015年12月9日水曜日

時差ボケから早く立ち直るには?

今回のフランス出張はこれまでの海外滞在で最も短く(台湾日帰り、というのがあったからそうでもないか…)、中3日。時差ボケになるまでもなく帰国。さすがに帰国当日は、あまりよく寝られなかったが、昨夜はジムに行き、さらにしっかり爆睡。

でも、年をおうごとにだんだん酷くなる時差ボケ。どうしたらいいんだろう、と思って少し調べてみた。
時差ボケは、時差のある地域を短時間に移動したときに生じる心身の不調、と定義づけられます。別に詳しい説明はいらないと思うけど、寝るべき時間に寝られず、起きるべき時間に起きられない、ということ。解決方法としては、レッセフェール(何もしない)型、調整型。一般的な社会人の場合、確実に後者でなんとかせねばならないので、レッセフェールな人はここでは置いておきます。

まず、時差ボケの原因を、もう少し科学的に説明すれば、体内時計に働きかける「睡眠ホルモン」と呼ばれるメラトニンは、夜になると活発に分泌するのですが、時差移動することによって、メラトニンの分泌の時間が狂うことによっておきます。なので、メラトニンを補えばいいのですが、この原料になるのが、日中に分泌されるセロトニン。セロトニンは太陽光を浴びることによって分泌が促進されますが、それだけでは十分ではなく、さらに、セロトニンの原料となる、トリプトファンという物質が必要。つまり、トリプトファンを補うことが大切になってくる。

各食品100g中に含まれるトリプトファンは以下の通り。
ウシ・レバー(290mg)、ブタ・ロース(280mg)、スジコ(330mg)、かつお(310mg)、ナチュラルチーズ(320mg)、ゴマ(370mg)、油揚げ(270mg)、アーモンド(200mg)、くるみ(200mg)、

・動物性たんぱく質(肉類、魚介類)をきちんと食べる
・炭水化物(米、パン)を抜かない
・完食はチョコやポテチではなく、ナッツ類にする
・紅茶やコーヒーの代わりに、牛乳や豆乳を飲むようにする

ということが良いらしい。結構ハイカロリーなものが勢ぞろいな感じですが、理性では拒否しても、本能の部分では大歓迎。そんなわけで、本日のお弁当はレバニラ、チーズ、米…

昨日、少し動いてみて分かったけど、やっぱり適度に動いて、体をしっかり疲れさせれば大体寝られるし、普通に考えれば、こういう食品は割りと普段から食べているもの。きっと疲れたからと言って、すぐに寝てしまったり、変な食べ方をするから酷くなるんだろう、という、面白くもなんともない結論に到達した。でも、本当に出張直後の使いものにならない時間はできるだけ短いほうがいいし…

[参照]
武田薬品工業HP http://www.tainaidokei.jp/mechanism/3_3.html
メラトニン http://www.berry-counseling.com/1677/
トリプトファン http://www.berry-counseling.com/1236/

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2015年12月8日火曜日

パオロ・マッツァリーノ2007『つっこみ力』ちくま書房



「つっこみ力」?漫才の話しか?と思いきや、メディア・リタレシーの話でした(やはり漫才の話もでてくるのだけど)。

パオロ・マッツァリーノというペンネームの方が書かれていますが、本当のイタリア人ではなく社会学者の内藤朝雄さんという説が多いみたい。でも売れっ子はつらいですね。とあるブログに、社会学用語を使えないパオロ・マッツァリーノは社会学ではない、みたいなことを書かれていたり(こんな用語使ってみろ!、という、なんとも嫌な感じのブログ)。もちろん、中の人はちゃんとした社会学者だし、読んでみると分かるんだけど、わざわざジャーゴンを避けて、平易な言葉回しに細心の注意を払われている。まあ、やっかみだかなんだか分からないけど、上記の批判をするのは、修士課程に入りたての、「俺知ってるよ」を振り回したい人たちなのでしょう。

この手の本は、手元に谷岡一朗『「社会調査」のウソ リサーチ・リタレシーのすすめ』やら、結構何冊も持っています。なんでたくさん持っているか、というと、偉そうに書かれた国際機関や学者の本やデータへの疑いが今の僕の関心領域に進ませた理由だからです。僕が大学生のころに実際に目の当たりにしたアフリカとこうした本に書かれていたアフリカの姿がどうしても同じものには見られなかった、また、そのあとも、「貧しい」ところで活動をしているはずのNGOやJICAが実際には、かなり守られたところで活動していて、そして、現地(多くの場合、「開発途上国」)の状況を伝える人たちが、それなりのバイアス(貧しいとか、かわいそうとか)を大いに加えて書き、語ることに疑問、というか、こう書く人たちに人格的な疑念をもった、こんな経験が根っこのところにあります。

パオロ・マッツァリーノさんは、つっこみには「愛と勇気とお笑い」が必要だという。

「つっこみは、批判や否定とは根本的に異なるんだってことをわかっていただくことが、大事です。ボケのいうことを完膚無きまでに否定してしまったら、台無しですよね。つっこみは、ボケの論理の歪みを指摘しつつも、それを否定・批判するのでなく、逆に盛り上げなきゃいけないんです。ボケのおもしろさを世間にアピールしなければなりません。
 メディアリタレシーや論理力がなかなか受け入れられないのは、それを使う人たちの態度が間違っているからなんです。そこにあるのは容赦のない否定ばかりで、愛がありません。権威にはむかう勇気がありません。そしてなにより、笑いがなく、つまらない。」(103)

本当にごもっともです。

職業を巡る議論や、自殺の議論、仕事を作るには不動産を安くしろ、という議論は、一見「とんでも」な議論なのだけど、データ屋がやる方法を逆手にとって、「つっこむ」手法は、変なミステリー小説よりも面白い。たぶん実際に会ったらあんまり好きな人じゃない気がするけど、この本に書かれているような軽妙なタッチで(しかし、多くがしっかりしたバックボーンに支えられている)、斜に構えた感じは、世の中にある程度存在して欲しい。

こういう本、できたら、高校生くらいの間に何冊か読んでおくといいですね。読みやすいけど、時事ネタを余り知らないと笑えない(「つっこみ」が理解できない)ような気がするけど。


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2015年12月7日月曜日

「燃えよドラゴンズ」を聴く

フランスから帰国しました。翌日は使い物にならないので、事務仕事をボチボチ。Youtubeを回していたら、なぜか「オーオーオー、ベイスターズ…」というのにあたってしまった。なぜか、「燃えよドラゴンズ」を聞きたくなって、「燃えよドラゴンズ」と検索。

すんごいのがありました。1974年~2014年までの「燃えドラ」ぶっ通し。1時間半、40年分の「燃えドラ」が聞ける。↓これです。

https://www.youtube.com/watch?v=uaMzDTdl0OQ

40年前当たりは、こんな物騒な歌詞。曲調もまるで仮面ライダー。

トラを殺して、クジラ食べ…憎っくきジャイアンツを…」

それにしても、昔の選手たちは特徴があった。こうやって聞いていても、結構前の年代まで顔としぐさくらいまで思い出せる。すごく濃い口のチームだったのに、最近のこの薄味っぷりは…

そんなわけで、すでに2巡目。なんかの修行みたいです。

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「アジア・アフリカ乾燥地の社会・生態変化への適応」@酪農学園大学 2016年1月15日


年明けの研究会第1弾。再び真冬の北海道へ。

ご興味のある方は…(笑)。

こちらは要旨集が出る予定ですので、こちらは本当にご興味のある方はご連絡ください。


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2015年12月4日金曜日

ブルキナファソの選挙終了

https://www.facebook.com/SEM-Roch-Marc-Christian-Kabor%C3%A9-Pr%C3%A9sident-du-Faso-272550406243302/?fref=photo


11月29日にブルキナファソの大統領選挙が終了。決選投票が12月か1月にあるかも…という情報もあったが、写真のRoch Marc Christian Kaboré(ロッシュ マルク クリスティアン カボレ)氏が53.49%の得票を得て当選。おそらく、過半数以上を獲得したため、決選投票はなく、カボレ新大統領が誕生した。2位はZéphelin Diabre(ゼフェリン ジャブレ)氏で29.65%。

カボレ新大統領は、コンパオレ前大統領の時に、国民議会(日本の国会にあたる)の議長や、首相を歴任。しかし、その理由はわからないけど、途中で失脚し、自ら政党を立ち上げている。当初報道では、コンパオレ前大統領からより遠いと思われていた、元UNDP副総裁のジャブレ氏が優勢かと思っていたが、国内政治の経験豊富なカボレ氏の勝利となった。

日本語でもいくつか報道があったので、URLをまとめておく。さらに、ブルキナファソの新聞当たりで講評が出始めたので、うまく機会が作れれば続報としてまとめたい。速報というには、遅すぎるが、とりあえず、簡単に。

日本語記事
CNN  http://www.cnn.co.jp/world/35074274.html
日経  http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM01H4G_R01C15A2000000/
中日  http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015120101001148.html
時事通信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151201-00000071-jij-m_est

フランス語記事
RFI
http://www.rfi.fr/afrique/20151129-burkina-faso-vote-election-succes-presidentielle-historique-zida-kafando-compaore-t ns_campaign=reseaux_sociaux&ns_source=twitter&ns_mchannel=social&ns_linkname=editorial&aef_campaign_ref=partage_aef&aef_campaign_date=2015-11-29&dlvrit=1112231

Sidwaya(ブルキナファソの新聞)
http://www.sidwaya.bf/m-9076-des-couacs-vite-aplanis-a-l-ecole-waog-taaba-de-la-patte-d-oie.html
(Sidwaya 2015/11/29)

l'Observateur(ブルキナファソの新聞)
http://www.lobservateur.bf/index.php/politique/item/4622-legislatives-du-29-novembre-vers-une-cohabitation-a-la-burkinabe



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2015年12月1日火曜日

Beyond the “North-South”: New territorialities between Africa and Asia

普段アフリカにしか行かないと、パリくらいはすぐそこのようなイメージを持ってしまう。しかし、今回は、あの痛ましい(双方にとって)同時多発テロ、トルコとロシアのいざこざの影響で予定を立てるのに一苦労。そして、海外滞在としては、おそらく最短記録。

今日の夕方から6日までパリに行ってまいります。参加するのは、以下のシンポジウム。

たっぷり仕事を持ち込みます…


Beyond the “North-South”: New territorialities between Africa and Asia

Kick-off meeting of the program PSL : Comprendre les relations Afrique-Asie : espace transversal de recherches et d'enseignement (CRAA-ETRE) (2015-2017)
In collaboration with the research program PR6 of the Fondation France-Japon de l’EHESS : New territorialities between Asia and Africa (NTAA) (2014-2016)
December 2nd-3th, 2015, Paris
190 Avenue de France, 75013, Paris, France
Over the last two decades, relations between Africa and Asia have been increasing, starting with the significant increase of trade between the two regions and the investments of Asian countries across the African continent. Economic relations play an important role. But there are many other factors to these new African-Asian relations.  Social, political and cultural interactions continue to increase between the two continents, the trend being encouraged by globalization.
The purpose of this workshop is to study the new socio-political, economic and cultural exchanges that extend across the two continents, based on geopolitical, macro or micro- economic, sociological or ethnographic approaches.  To analyze these new relationships across a wide perspective, the question of the historical relations between the two continents should also be argued: for example, the relations during the pre-colonial period, colonial times and during the Cold War...
That leads to a reassessment of the new methods and frameworks on social sciences that face these phenomena which transform these two territories (Africa and Asia), with or without passing through countries of the global north. How do these new Africa-Asia relations change the paradigms of social sciences?  How could we review, deconstruct or reconstruct today the epistemological and methodological approaches developed through centuries of legacy of African and Asian studies in Europe, established in the colonial and postcolonial contexts?

This reflection allows us to open different perspectives, shifting our view from the “center” (Europe, America…) to the “peripheries” (Asia, Africa…) and, through this approach, trying to go beyond the division and opposition between center and periphery, North and South.

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