2011年2月26日土曜日

研究発表@南山考人研

本当に小さい研究会なので、事後報告。

そこそこ書かねばならないこともあるのだが、新ネタ。そのうち「まるはち人類学研究会」で共同発表する内容で、コーラン学校の話をした。

この研究発表を考え始めた時に、いつもどこかに「NGO批判」を抱えていることに気がつく。NGOのセンセーショナルな言説は、いつもなにか違和感を抱かせる。決してそれは一般的な問題ではないのに、世論のイメージに合わせた言説をつくり、貧困の商品化をして、弱者の再生産をする。これでいいのだろうか…人類学に足を突っ込もうと思ったときの最初の問題意識が常に付きまとっている、そんな感覚を覚えた。

今回のコーラン学校の話は、移動するコーラン学校の話。雑駁にフィールドのデータと今まで少し勉強したことをぶちまけたような発表。西アフリカのイスラーム史、参与観察のデータ、聞き取りのデータを並べた。イスラームの知識と交易の歴史が影響し、さらに、現金主義化する都市世界におけるコーラン学校の生き残り等々をどのようにまとめるか。こんな話をした。

そのうち学会等でも発表するので、またこの内容はまとまり次第。

2011年2月22日火曜日

ZaiとDiguetto2

論文執筆と発表準備x2の合間に前の話の続き。



ブルキナファソはいわゆるサヘル地域にある。気候帯は乾燥サバンナとかサヘル気候とか言われる。どんな気候か、と言えば、やはりえらく乾燥して、乾期の終わりはくそ暑い。先日、今回の仕事で設置した気象計を見る限り、湿度は10%を切っていた。そのくそ暑い乾期の終わりには50度近くなることもままある。

そんなわけで、雨もそれほど多いわけではない。たとえば、東京の降水量は1,400mm、高知あたりの日本で一番降水量が多いところでは2,500mmとか、尾鷲あたりで4,000mm(小学校の時の記憶では…)とか。この地図(見にくいが)では、ワガドゥグ当たりで700mm、今仕事をしているコングシあたりでは600mm程度だろう。


前回、書きれなかった(今回も書けない)「土」。ここの土は、粘土質、砂質、後はこの地域に象徴的なグラニッド。どうみても保水力はなさそうだ。


そして、乾燥、こうした土から良く言われるこの地域の問題が、砂漠化とか土壌侵食。日本やヨーロッパの黒々して湿り気のある土はここではほとんど見られない(雨期になればそこそこなのだが…)。こんな土質なので、雨が降ると一気に表土が流れる。


表土の流出を抑えられれば、砂漠化はひとまず進行を止められる(実際は大した効果はないらしいのだが…)。そして、それ以上に目に見えるのが、収量の増加である。土が残ることが直接作物=植物の生育を助け、多くの実りをもたらす。
そこでようやくザイZaiとかディゲットdiguettoの話になる。そしていつになるかわからない次回に続く。
出典:Jaque Barret "Géopolitique du Burkina Faso" SEM

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2011年2月21日月曜日

うっかり…

昨日、日用品の足りないものをボチボチと揃えに外に出た。

まずまず暖かく、食料品やらなんやらを背負ったまま気持ちよくサイクリングに出て、家に帰る。来客があったので、そのまま夕食の準備をして、その日はおとなしく就寝。

今朝。昨日購入したヒゲそりの刃を付け替えて、切れ味の良さを堪能していると、もうひとつのヒゲそりの塊が…以前買ってあったものが発見されて、連れ合いからひとしきり説教を食らう。

最近、こういうのが多い。電池、クリップ、ボールペン、ライター…本をだぶって買うことは1回しかないが、細かいものがやたら増えている。うっかり…というか、モノ忘れが酷くなったというか…いやはや…

2011年2月18日金曜日

Twitter復活

昨日大学でTwitterの話になった。

確かアカウントを作ったはず…記憶も定かでなく、話をしているうちに、誰もフォローしてくれなくて、しかも知り合いが見つからずに、そのままになっていたのだ、ということを思い出す。K嬢の手引きに従い、何人かの知り合いを見つけてフォローしてみる。ちょうどいた「Cまつ子」も巻き込んでみた(妙なテンションの高さだったけど…)。

つぶやき生活再開です。

cacaochemiseです。

2011年2月16日水曜日

ふたつの日常

しかし、日本は寒い。乾期の寒冷期と酷暑期の間から、雪の日本へ。気温差40度近い。

ブルキナファソでは日差しを避け、日本では日の光を求める。寝る間際、数日前まで日中の日差しを吸い込んで熱を孕む壁を避けていたのに、今は壁の冷たさを避けるように壁から離れて寝る。

当たり前のことだが、こういう小さなことで自分がどこにいるのか、体が感じとって環境に適応していく。

こんな生活をしていたら、そのうち、どちらが自分の日常(ホーム)なのかがよくわからなくなる。しかし、きっと、誰でもそうなんだろうなと思う。たまたま僕の場合は、顕著に異なる2つの環境の間を出入りしているだけで、ひとつの社会の中で生まれてから死ぬまで…などという人は、この時代、それほど多くはないのではないか。それは、たとえ、どんなに交通手段の発達していないところであっても。

しばらくはこちらの日常。寒さも楽しまねば。

2011年2月14日月曜日

贅沢

昨年11月、ワガドゥグにエチオピア料理屋ができた。12月に友人とこのレストランの近くで食事をしたときに通りかかって気がついた。以前、まさに「インジェラを食べるために(うそ。ちゃんと調査のために…)」アジスアベバを訪れてから、非常にお気に入り。

確かに、現在、ワガドゥグ-アジスアベバ間を週に6便、エチオピア航空が結んでいるのだが、決してエチオピア人が多い街ではない。しかし、こうしていろいろな種類の食べ物がそろうことは大変ありがたい。

昨日は、NGO-Aの事務所を借りて作業をして、その後Kさんと「打ち合わせ」、そして、NGO-H のTさんも誘って、勝手に送別会を開いた(ひとこともそんな話はしていないのだけど…)。Kさんとは、以前一度、ここで食事をしたのだが、同行したアブドゥルを含め、非常にお気に入り。以前、エチオピアを旅行して以来、と言う。

写真を見て、ずいぶんきれいな白だな、と思ったら正解。エチオピアのインジェラはもっと灰色、というか、見た目が良くない。ここのは、酸味がずいぶん少ない気がした。好き好きだろうけど、エチオピアの時よりもたくさん入らない感じがした。

そして、今朝、無事にパリに着いた。トランジットが15時間ほど。若かりし日は余裕で空港で待ったものだが、少し寝たいのと、作業がたまっているので、時間貸しのホテルに部屋を取った。しかし、遅れてほしいときに飛行機は早く着く。6時着予定が5時半。時間貸しの部屋は8時から。仕方ないので、ホテルで朝食を取る。フランスでイングリッシュ・ブレックファストみたいなとり方になってしまった。
夜、朝とちょいと贅沢してみました。
これからやっと帰国です。

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2011年2月11日金曜日

揃った!

今回の滞在最後の記事。

こちらで資料をそろえるのは結構大変だ。図書館が惨憺たるものばかり、電子検索に馴れた我々にとっては、ずいぶんもどかしい思いをすることが多い。そして、資料が一か所に固まっておらず、省庁のそのまた下部組織、といった具合。大概たらいまわしだ。「質」についても、修士論文くらいだと、同じ分野の論文では同じ参考文献、同じ場所のフィールドワークなので、結論は大概似ている。なので、論文はあまり面白くない。

「少年の国際移動」とか「ストリート・チルドレン」をキーワードに資料探しをしていた。もう1年半くらいいろんなところに行ったが、あるスイスのNGOは、アポを何回もずらされたうえ、その後なしのつぶて。電話すら着信拒否状態。ある省庁は、4回にオフィスがあるのに、洪水でコピーが全部なくなった。

そんなこんなで、文献収集はあんまりうまくいっていなかった。

前回の滞在の時、国連の資料室にも足を運んだ。スケジュール調整がうまくいかず、結局国連本体の司書に会えなかったが、今回やっとのことで資料を見せていただいた。論文7本、レポート10本ほど。おそらくこの辺が限界だろう。出国前日。数百ページのコピーも、アブドゥルのハードネゴで1時間で出来上がり。なんとか必要なものは揃ったはず。

後は読み込むだけ。これで論文ができない口実もなくなった…

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季節の移り変わり

今度はいよいよ本格的に酷暑期の訪れだろう。1週間ほど息を吹き返したハルマッタンも止んでしまったようで、また急激に暑くなってきた。

明日、再びKongoussiへ。プロジェクト最後の調整。どうやっても時間が足りないし、関われば関わるほど、興味が拡散して、頭がこんがらかるし、知りたい欲求に駆られる。でも、こういうときは時間に限界があることを幸せに思うことにしている。明後日、Kongoussiから帰ってそのまま飛行機に乗る。

2枚写真を並べてみた。上の写真が最近のもの。下が9月末。同じ村から見える景色。緑の濃い日本で育ったからか、どうしても下の写真の時期(雨期)が落ち着く。蚊も多いし、雨で仕事は進まんしで、面倒くさい時期ではあるが、やっぱり緑がいいもんだ、と思う。

次回は4月か5月。2003年以来、あまりの暑さと停電と断水で、雨期よりもはるかにどうにも仕事にならん時期だけど、久しぶりに酷暑期を堪能しよう、とまだまだ涼しい今の時期に思う。そして、おそらく後悔する(笑)




2011年2月10日木曜日

トTô: Soul Food

相当食い意地が張っているくせに(というか「ために」)ブルキナファソの食事のことをあまり書いてこなかったな、という反省の元、少しずつ食べ物の話も織り交ぜていこうかと思う今日この頃。

なぜ、食い意地が張っている「ため」と言ったかというと、写真を撮るつもりでカメラを持っていくのに、先に食事に手が出てしまう。ただ、今回は心を鬼にして、写真撮りに専念した。

ブルキナファソ、マリ、ニジェールあたりのサヘル地域の代表的な主食はトTô。上の写真がその写真。この地域を旅行した人は、もしかしたら「?」をつけるかも。ワガドゥグあたりの都市で食べるトとは、色が違う。何の色かというと、単に材料が違うだけ。都市ではメイズを使うので、色は真っ白。東アフリカのウガリを思い浮かべれば、さほど違わない(食感はずいぶんちがうけど…)

そして、これがソース。ブルバカBoulbacarと言われる葉っぱをトマトやらと炒め煮して作る。トに合わせる代表的なソース。これ以外にも、ゴンボ(オクラ)のソース、バオバブのソース、オゼイのソースなど、代表的なものはいくつもある。ただ、粘り気と見た目から、どれがどのソースかを見極めるには、少々経験を要する。

この日、食卓を用意してくれたのは、Zakariaさん。パリのIさんの縁の人で、昨年あたりから、調査やらなんやらとずいぶんお世話になっている。以前、お宅に伺ったときに、お昼ごはんで出してもらった食事がやたら美味しく(そして、体に優しい!)、今回のわがままを聞いてもらった。
話の行き違いがあって、先に食事をいただき、買い物を後から付け足す、という段取りになったけど、まあ、そこはご愛敬。1から10まで全部見せてもらえた。
テーブルにのっているのは、左手前からソース、ト、バーベンダ、チキンスープ。バーベンダ、と言うのは、バーベンダという葉っぱを遣ったおかゆみたいなものだと思っていたが、この日教えてもらった限り、最近は、これを主食としてではなくて、トに合わせることもあるらしい。Zakariaさんの奥さんは、お米をほんの一握り入れた程度。その代わり、ラッカセイを割とたくさん入れていて、バーベンダの葉っぱの酸味とラッカセイのコクがでていて、トにもしっくりくる。
何より、この日のポイントは、ソルガムのト。ワガドゥグでは、最初に書いたように、真っ白なトが主流で、実は僕も今まで一度もソルガムのトを食べたことがない。酸味のきいたウイロウみたいで、スルッと滑っておなかにたまらないので、実は、メイズのトは進んで食べることはない。しかし。ソルガムのトは、穀物を食べている、という感覚になるほどに、力強く、歯ごたえもあり、力が付きそう。そして、何より、「味」がある。以前、Tanpongaで食べさせてもらったミレットのトもそうだったが、ソースなしで喰え、と言われても特に文句はない。それくらい、きちんとした味がある。
それにしても、不思議なのは、ブルキナファソの主要作物のミレットをワガドゥグであまり食べないのか。僕もここの滞在は相当長くなったが、ミレットやらソルガムやらのトを食べたのはごくごく最近。Zakariaさんはこんな説明をしてくれた。
ミレット、ソルガムの値段が高い。これは相対的になのだが、海外から入ってくるメイズが極端に安く、国産のミレット、ソルガムは需要が減ってさらに高くなった、と言う。ここの米も似たような現象があって、タイ、ベトナム、中国あたりから入ってくる米は安くて「うまい」。当然のことながら、都市の人たちは特にこちらを好み、そして、供給過多になった米は隣国へ。トコロテン方式というわけだ。
しかし、これは本当にもったいないな、と思った。米が日本のソウルフードなら、このあたりのソウルフードは間違いなくト。日本人の米食離れが叫ばれて久しいが、ブルキナファソでは逆に米偏重の傾向があるらしい。でも、メイズのトはどうでもいいけど、ミレット、ソルガムあたりのトは本当に滋味豊かだ。Zakariaさんも言っていたが、おカネがあれば、こちらを喰いたいと。ただ、値段はメイズの倍近い。そういえば、僕もずいぶん安い米を買っていたことを思い出す。実家に帰るたびに、農家からもらったお米を食べさせてもらうたびに、「うまいな」と思う。
ソウルを保つのは難しい。

2011年2月9日水曜日

ZaiとDiguetto1

今回の仕事、環境省のプロジェクトを請負ったとある財団のもの。今更ながら仕事内容をまとめてみようかな、と思う。

サ(ー)ヘルSahel、と言えば、砂漠化の問題やらが一番最初に浮かび上がってくるのではないだろうか。土壌は、と言えば、一般的に砂質だったり、岩盤がむき出しになっていたりする。今、仕事をしているのは、正確にいえばサヘルではなく、乾燥サバンナ帯というのだそうだ。ちょうど植生もこのあたりで変化するので、サヘルと乾燥サバンナの間、といったところか。植生の変化とは、(カリテ)シアの木やマンゴーの木がこのあたりで見られなくなり、アカシア系樹林のモノトーンとなる。
この写真は1月に山登りをしたときに撮った写真で、灌木がポツポツとある程度で(畑の個所が多いのだが)、後はだだっ広い草原となっている。
これは畑の写真で、生えかけのヒゲのようなのが、ミレットの刈り取り後の状態。ここは元々裸地(耕作に使えず、草すらほとんどはえていなっかったところ)で、追々説明するザイによって一時的に耕作可能となった場所である(緑のサヘルと現地NGO AJPEEの仕事)。
植物というのは、光合成をして成長するわけで理論的には水と日光があればよいのは分かる。しかし、日本の土を見慣れた私たちにとって、ここのカチカチのラテライトや砂では、植物をより大きくさせる「養分」がないのが不安になる。日本の土には、みみずがいたり、微生物が繁殖していて、こうした微生物の食物連鎖が土を肥やしていく、という固定観念があるからかもしれない。しかし、こんなところでも、ミレットやソルガムを中心とする雑穀は育っている。種類が少ないものの、樹木もそれなりに育つ。
そして、湿潤地よりも乾燥地を好む人たちも数多く住む。先日、アブドゥルと肉の話になった。彼はコートジボアールの出身で、湿潤地と比べ、ブルキナファソ(乾燥地)の肉がうまい、という。(真偽は定かではないが…)乾燥地の家畜は、乾期に乾燥した植物を食べるし、食料を求めて動き回るので、臭みがないのだそうだ。逆に湿潤地の家畜は、いつもそこに食料があるので、さして動かず、水が多すぎて家畜の体内が悪くなる(カビが生えたり、というイメージだろうか…)という。こうした家畜を飼育するのは、牧畜民にとどまらず、農村の各家族も多少の家畜をもつ。乾燥地では、これもひとつの特徴だろう。
相変わらず勉強不足で、土の話をもっと書きたかったのだが、あんまり思いつかんのでこのあたりで。そのうち仕事の話にたどり着くでしょう。

Gold Lush


ワガドゥグの北、100kmほどのところに位置するKongussiが今の仕事場だ。ちょうど、サヘルと呼ばれる気候帯と、サバンナの間くらいだろうか。
初めのころは、これまであまり見慣れなかった農村の風景が楽しかったが、ちょっと飽きてしまった。乾期になると、カラッカラの風景で、「荒涼」という言葉あたりがしっくりくる。そして、少しは見分を広げるべく、違う道を通って帰ってきた。
Kongussiから南に下り、黒ボルタ川を越えてもうしばらく下ると、Malouという街があり、そこを西に進む。この道は、北西のYakoに向かう道だ。

この道を少し進んだところに、砂の山が見えた。アブドゥルと顔を見合わせ、「行ってみようか」ということで、途中下車。そこはやはり「金山」だった。

近寄って見る。小高い丘の頂上に向かって人が一人通れる(どうせ私は通れないだろうけど)くらいの穴が無数に掘られている。
そこにいた人たちは女性を含めて100人ほどだろうか。話を聞いてみた。
この穴、何と50mほど下まで続いている。当然、手掘り。ずいぶん長くやっていると思いきや、あれだけの穴を2ヶ月ほどで掘ったという。

思わず、アブドゥルが「その勢いで畑を耕したらミレットが山ほど取れるよ!」と。

ブルキナファソには150か所ほどの金山があると言われている。ここ数年、カナダ、南ア、フランス、オーストラリアといったいくつかの国の鉱山会社がブルキナファソに続々と進出してきている。
以前、キャッチセールスの電話がかかってきたときに、「ブルキナファソは手掘りで金を取ってますよ」と言ったら「馬鹿にしないでください。今、金を掘るのは、重機で2,000mは掘らないと出てこないもんです!」と怒られたことがある。しかし、これは本当だ。本気で手掘りで、西部劇よろしくザクザク金が出てくる。
一番下の写真、ちょっとボケているけど、真ん中あたりの沈殿物が「金」。砂金がサラサラでてくる程度しか見たことがないけど、ゴロッとしたのが出てくるときもあるとか…
「金」。ただの金属ではあるのだが、人の生活を大きく変える。ここで働いていた人たちは、家族ごとこの金山のそばに移り住んできたらしい。「畑はどうしてるの?」と尋ねると、「もう畑なんか耕してないよ」と。そこは、同じ村から移り住んできた人たちがすっかりコロニーを築いているようだ。1日に取れる金の量は大したことはないが、それでも、食べるのには全く困らない、と言う。その証拠に、バイクの台数は一人一台、しかも、スクーターのようなバイクではなく、250ccくらいのモトクロスまである。
今の金山に来たのは2か月前。その前は、他の金山にいたという。子どもは学校になど行っていないようで、お昼ころだったにも関わらず、子どもが土を洗う。中学生くらいの少年は昨夜一晩穴の中で働いていたとかで、すっかり熟睡している。老若男女がそれぞれの持ち場で必死で金を探す。
一瞬、いつの時代の話かわからないようなこの世界。でも、資源を通じた争いが目立たないこの国。僕のような外国人とも簡単に談笑できるこの感覚も信じ難くもあるのだが…


















2011年2月5日土曜日

ハルマッタン再び

あの暑さはどこへ…

3,4日前から一旦止んだハルマッタンが吹き始めた。3日前には珍しく空に雲が出て、柔らかな日差し。気温も10度くらい違うのではないでしょうか。おかげでよく寝られるのですが、埃で鼻をやられる。

一長一短っすな…