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4月, 2015の投稿を表示しています

『龍三と七人の子分たち(北野武監督作品)

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(http://www.ryuzo7.jp/より拝借)
連れ合いから「今日はレディースデーだから映画に行こう!」と誘われ、仕事を早々に切り上げて三条へ。最近は尾道ロケの映画を集中的に見ているので、映画欠乏症にはなっておらず、従ってほとんどリサーチしておらず「何かおもしろそうなのやってたかいな?」と思いつつ。

北野映画は実は初めて。CMでチラッと見たことはあるけど、そもそもあまり血なまぐさい絵が好きでないので、暴力満載でスプラッター並みに血の流れそうな北野映画はあまり積極的に見にいこうとも思わなかった。

それで、この映画が面白かったか、というと、まあまあ、といったところ。モチーフの中心に「ジジイ」を真ん中にもってくるあたりと、コメディにしたことで見ていられた。ストーリーラインは非常にシンプルながら、「ジジイ」たちの自由すぎる配置によって、ひとつに収束していかないあたりは「ひょうきん族」あたりを仕組んだコメディアンとしての北野武のなせる業か。役者さんたちも、主役の藤竜也のやくざの親分っぷりは堂に入っているし、僕自身は近藤正臣や中尾彬あたりの怪演はだいぶ面白かった。

帰りに餃子をつまみながら考えました。この映画も海外に行くのだろうけど、どんな評価を受けるんだろうか?Japanese YAKUZA、というステレオタイプに相変わらず惹きつけられるんだろうか?


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第52回アフリカ学会@犬山国際観光センター 2015年5月23日-24日

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少し気が早いですが…と言いたいところ(もっと時間が欲しい)ですが、5月23日、24日にアフリカ学会が開かれます。2年ぶりくらいのアフリカ学会での発表です。

科研費(若手B)で2度に渡って行ったブルキナファソでのストリート・チルドレンの統計調査の結果報告をします。人類学を専門としている研究者が統計調査のデータのみで発表するというのは少々チャレンジングな気がするのですが、こうした統計調査のリタレシーを高めるためにも、いい発表になるのではないかと思っています。

アブストラクトはそろそろ公開されるはずですが、こちらに一足早くアップします。

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ブルキナファソにおけるストリート・チルドレンの季節移動に関する一考察 -2度の統計調査より- 清水 貴夫 総合地球環境学研究所 Street-children’s seasonal mobility in Burkina Faso: From the results of statistic researches Takao SHIMIZU Research Institute for Humanity and Nature
ブルキナファソにおけるストリート・チルドレンの統計調査は、いくつかのNGOを中心として2002年(enda)、2006年(UNICEF)、2009年(KEOOGO)の3回にわたって行われた。その数は、2009年の調査時にブルキナファソの首都ワガドゥグ市に約2,100人が存在するとされている。これらの調査で明らかになったのは、この他にストリート・チルドレンの総数や民族構成、宗教構成などのデータであり、約2,100人のストリート・チルドレンの一連の特性が浮かび上がらせている。一方で、こうした数量的データ以外にも、日常的に子どもたちに接するNGO職員の経験的に見出された特徴もある。それは、子どもたちの高い移動性であり、その移動性の一つの説明原理として挙げられるのは、村落部が繁忙期となる播種期(5月~6月)から収穫期(10月~11月)には子どもたちが村落部に帰り、閑散期となる乾季(11月~5月)には村を離れることということである。すなわち、

新緑の京都(比叡の麓)

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桜が終わった後の京都。もしかすると嵐山の竹林なんかを想像する方も多いかもしれません。しかし桜ともみじで有名な曼殊院近辺も本当に美しい。
連れ合いに「3年間誘い続けてもずっと断られ続けた」とグチグチと言われ、「別に嫌だったわけでは…」と心の中で思いつつ、ゴールデンウィーク初日にピクニック。天候にも恵まれ、少し汗ばむくらいの快晴の中、自宅から10分くらいのところにある曼殊院、その先の雲母坂、そこから少し外れたところにある連れ合いの「隠れ家」へ。
決して京都の生活に満足しているわけではないですが、こういう景色の中にいると、だんだん好きになってくるから不思議です。たっぷり春の空気を吸い込んで、英気を養いました。少し解説した方がいいところもありますが、あとは写真のみにて。iphoneで撮りましたが、なかなかうまく撮れました。









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大山修一2015『西アフリカ・サヘルの砂漠化に挑む-ごみ活用による緑化と飢餓克服、紛争予防』昭和堂

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大山修一先生よりご恵贈いただきました。
何年前だったか記憶が定かではありませんが、アフリカ学会のシンポジウムでとても穏やかな口調うが印象的な大山先生のお話を聞いてたまげたことがありました。それがはじめてお話を伺ったときではないでしょうか。「ゴミを畑に蒔くと、収量があがる」というお話でした。
その後、プロジェクトでご一緒しているため、お話を伺う機会は増えましたが、自然地理、人文地理、文化人類学といった領域を横断して展開される大山先生のお話は毎回大変刺激を受けています。早速拝読させていただこうと思います。

【目次 簡略版】 第1章 砂漠化が引き起こす問題 第2章 サヘル地域の風土
第3章 ハウサの農村社会
第4章 乾燥地の暮らし
第5章 さまざまな副業と乾季の出稼ぎ
第6章 「動くこと」の重要性
第7章 ごみをまく人びと
第8章 都市ごみによる後背地の修復
第9章 農耕民と牧畜民の競合と衝突
第10章 紛争予防と地域の安定にむけて
第11章 都市文明の隆盛と農村の砂漠化問題


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(小声で)ダイエット

上司が1か月で3㎏痩せたという、夜だけ炭水化物抜きダイエットを始めた。しかし、意志が弱いのは今更どうにもならなさそうなので、仕事上の飲み会と嫁さんとのイベントの時は無理をしない、better than zeroという決まり。

今日で1週間目なのだけど、数日間ですでにズボンのお尻がちょっと楽になった(ような気がする)。初日はさすがにおなかが空いたけど、こちらは慣れるしかないので、まあ我慢。しかし、食べることが人一倍好きな僕にとっては、満腹感と食べるという行為そのものが大切。毎回生野菜バリバリというのも嫌なので、いろいろ考えながら。

初日はキャベツともやしを茹でたものをバリバリだったのだけど、昨日あたりは白菜ともやしを出汁で煮込んでみたりした。白菜、4分の1ペロリ。これが一番よかった。朝のうちにたっぷり出汁を取っておいて、帰ってグツグツ。満腹感もあったけど、野菜の甘さもあり、味覚的な満足感も。

少しネットで調べてみると、炭水化物ダイエットもいろんな種類がありますね。一食をうどんに変えるといいとか。

100g中に含まれる炭水化物の量は、うどんが21.6gなのに対して、フランスパン57.5g。食パン46.7g。白米37.1g。スパゲティ28.4g。そば26.0g。
(http://infomation.masu-kazu.com/%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%83%E3%83%88%EF%BD%9E%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93%E7%B7%A8%EF%BD%9E-264)

こんな感じらしいです。うどんにするのも、いいですね。

病院で主治医から聞いた話。食べ物からの吸収率は個人差があるけど、結局、太る太らないは足し算と引き算。前の日に食べ過ぎたら、翌日抑えれば太るということはない。ということ。身体に入れる量を減らすと同時に、代謝も高めて消費するのを増やさんと。少し体も動かさねば、ですね。

プロジェクト年次研究会/風土建築(カセーナの建築)共同発表(クローズド)

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今週の木曜日から金曜日は毎年恒例のプロジェクトの年次研究会です。

前年度の成果の発表と今年度の研究計画やら見通しを発表するのですが、それに対して発破をかけられたりする、というイベントです。毎年自分が担当している研究について発表しますが、今年は何度かこのブログでもお知らせしているカッセーナのイエと社会に絞って紹介しようと思っています。ご関心のある方には申し訳ないですが、こちらはクローズドな研究会です。ここでブラッシュアップしたものを来年度のアフリカ学会などで公表していきますので、しばしお待ちいただければ、と思います。

【プログラム】
「カッセーナの風土建築と社会変容」 ◆趣旨説明「カッセーナの風土建築と社会変容」(清水(文化人類学)) ◆「カッセーナの親族構造とイエの継承」(中尾(歴史学)/清水) ◆「カッセーナの家と女性」(伊東(文化人類学))
◆「カッセーナ族・土の家をつくる技術」(小林(建築学))
◆質疑応答
(写真)親族関係の聞き取りをサポートしてくれたモレ・ババさん。左から2人目。


(写真)現存する一番新しいディニヤ=ディディユ(「8の字家屋」)



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『フィールドワークへの誘い 人はなぜフィールドに行くのか』床呂郁哉(編)東京外国語大学 アジアアフリカ言語文化研究所

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ご献本いただきました。

最近、こうしたフィールドワークを考える本がたくさん出てきました。

アフリカでのフィールドワークの黎明期、こうしたスタイルの仕事をしてきた川田順造先生は、ご自身のことを「やぶ医者」と自嘲気味に書かれたことがありますが、こうしてたくさんの人がフィールドに出て、フィールドのことを書き記す方法を書き記していくことで、方法も得られる情報の精度も高まっている「はず」です。僕も、そうした中に位置づけられるのですが、僕の経験から言えば、例えば会社にいても現場が好きでしたし、アフリカにいるほうがいいような気がします。ただ、僕らのしたの世代のフィールド感はかなり変わってきていて、目的があるからフィールドに行っているような気がします。

少し寂しいのは、サバイバル能力がずいぶん低下しているような気がすることで、僕の場合、「なぜ」ということでフィールドに行く動機が説明できなくて、とにかく、自分がどんな環境でも生き抜けるようになることを考えていました。旅行者、しいていえば冒険家であることにあこがれていたのかもしれません。

ともあれ、歴戦のつわものによるこの本、時間を見つけて拝読したいと思います。どなたからお送りいただいたのか分かりませんが(執筆陣に知り合いは何人かいますので)、お礼を申し上げたいと思います。

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SNSで困ること 進歩派を自認されている方へ

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Facebookについて。
時々、SNSの中のコミュニケーションに困ること、きっとユーザーであれば必ずあるのではないでしょうか。僕自身、FBも一つの大切なコミュニケーションツールになって数年経ちます。学会や研究会で会ったヒトと繋がっておくと、記憶が常に更新されるので、記憶に残りやすい、ということ、高校の同級生たちと旧交が復活したこと等々、まずまず有効に使えているような気がする。
ただ、やはりちょっとメンドクサイこともあるのも確か。以前から2,3度のトラブルには見舞われている。紹介したばかりのヒトにアクセスして、「誰だっけこのヒト?」という問い合わせがあったり、知人を装ってトモダチにさせられたり…
中で一番多いのが、今回のようなケース。
多分、最初に僕のトモダチの属性を書いておかねばならないでしょう。多いのは、研究者、NGO等援助関係者といった仕事で関わりのある方。後は高校や大学、大学院の関係者。後者が結構多様な考え方をもっていて、前者は全体的に進歩派を自認されている、と感じていて、割と発言はパターン化している。
僕自身、これまでのいろいろな経験から、僕は必ずしも進歩派に共感ばかりはできないことは、時々言っているし、進歩的であることがよく勉強していることと直接繋がらないし、それが正しいことは僕はむしろ少ないと思っています。なので、割と自称進歩派の方の書くこと、多くの場面で賛同できないわけです。そして、それに反論を書けば、約400名に対して公開でやりあうことになりますから、基本的には黙っているか、とても時間をかけてやわらかーいお返事を書くことになります。
最近の話題を例に挙げてみたい。実際にFBでも話題になったことです。
原発に関する記事をアップしたところ、「そうですよね!やめないといけないですよね!」というご意見をいただく。僕も、今の状態では原発に反対はそうなのだけど、もし原子力をある程度制御できるようになるのであれば、もう一度考え直してもいいかと思っています。なので、当座原発は止め、原子力の研究は益々続けるべきだと強く思っています。彼らのやり方で、これは実現できるのか、そう考えるとどうもそこまでは考えていなさそう。
もう一つ。先日の曾野綾子さんの産経新聞のコラム。曾野さんは、日本における移民の話を書いていたところ、その中の一部にアパルトヘイトを称揚していると解釈…

ポップアフリカに行ってきました

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先日アナウンスしたポップアフリカ@一橋大学に行ってきました。都合で最後のパネルディスカッションには出られなかったのですが、全6発表、拝聴しました。
【タイムテーブル】
9:15~        受付開始
9:45          開会   司会 春日直樹
10:00~12:25  個人報告I:座長 近藤英俊
  報告者① 緒方しらべ
  「ポップじゃない?アフリカ:ナイジェリアの『アート』から考える芸術の人類学の限界と可能性」
  報告者② 矢野原佑史
  「『Odoloyo』―カメルーン・首都ヤウンデで生まれる新たなアーバン・ミュージックの制作現場」
  報告者③ 大門碧
  「日本人女性が巻きこまれて生成するアフリカン・ポップ・カルチャー:ウガンダでのコメディと
   ミュージック・ビデオの制作を事例に」
12:35~13:50  ランチタイム・セッション:映像+展示14:00~16:25  個人報告II:座長 大杉高司
  報告者④ 川瀬慈
  「ゴンダール、ストリートの残響」
  報告者⑤ 久保明教・小川さやか
  「ポップカルチャーの裏の裏―アフリカは陽気で、日本はマジメか?」
  報告者⑥ 岡崎彰16:35~18:05  パネルディスカッション
  ・座長:鈴木裕之
  ・岡崎彰、足羽與志子、小川さやか、小田亮、春日直樹、杉下かおり、
   中村博一、松田素二
18:20~19:50  パフォーマンス:アフリカンセッション(+スナック&ドリンク)
出演:ニャマ・カンテ、ママドゥ・ドゥンビア 他

こんなタイムテーブルです。この集まりは7年ぶりですが、発表のスタイルもポップで、学会とは一味もふた味もちがいます。実は前回の集まりのときは執行部にいたのですが、すっかり忘れ去られていました(笑)。最近の研究がまったくポップではなくなってしまったので、仕方ないのですが。
これからまたここに入っていけるかというと、そういう自身もないので、勝手に卒業させてもらったとして、外から見ているといくつも注文がある。その一つが「ポップ」という鍵概念がまったく分からなかった、そんなこと。一人ひとりの発表者の発表は、面白い事例、発表形式も凝ったものだったのだけど、全体としてしっかり作戦が練られた感じはしなくて、結局どんなモーメントを語っているのかがかなりぼやけていた、という印象。
あ…

尾道を歩く②尾道の建物

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尾道二日目。午前中は村上さんたちと弓削の平山さんを訪問。少し打ち合わせ諸々をした後は尾道散策。3度目の映画博物館訪問を皮切りに、商店街を歩いた。尾道は特に建物が面白いところなので、改めて建物を見直しながら、商店街の新たなお店を見て回りました。
まずは歴史博物館。旧尾道銀行本店です。表は割りと最近な感じがしますが、中はさすが大正時代の建物といった趣き。

歴史博物館のすぐそばにあるこの不思議な建物。大通り側にいってみてみると、病院でした…地震があったらコロッと転がりそう。安全基準はこれでクリアできるの?



その後、商店街を経て、山側へ。宝土寺に用事があり、千光寺の法面を登っていく。その途中にあるのが、文学記念館。時計と睨めっこして、今回はパス。しかし、こんななかなか立派な門構え、志賀直哉あたりのお宅だったのでしょうか。


宝土寺にいく途中にある(きっと)民家。蔵ですね。後から窓をつけて居住用にしたのでしょうか。周囲の板張りもなかなか味があります。



宝土寺で用事を済ませ、その後テクテク歩いて尾道駅近辺へ、まだ歩いたことのなかった駅裏を歩いてみることにする。
下の写真は、村上さんから教わった駅の北側の洋館の一つ。ただ、ほかの洋館はあまり目に付かなかった…たくさんあるとおっしゃっていたから、きっとまだ近くにあったのだろう。


歩を進めると、こんな立派な酒蔵が。後に村上さんたちに話を聞くと、以前はずいぶん大きな造り酒屋だったといいます。杉玉が掛かっているのは確か「お酒できました」の合図のはず…


この立派な蔵は、この酒屋さんの隣にあります。ここをほかの方に貸すという話も合ったらしいのですが、話し合いが上手く折り合わず、頓挫したとのこと。本当はもう一度作れれば一番いいのに…


駅裏は海側に比べるとザ・シャッター商店街。日曜日ということもあったでしょうが、空いていたのは、今やなつかしの昼カラのみ。人もとても少なかった。
駅裏を回りこんで、今回宿泊していたホテルに戻る途中、海沿いの道を歩く。上屋の改装が行われているのは知っていたのですが、そういえば、今まで入ったことがなかった。「GIANT」の看板が見えてはいたので、きっと、自転車(しまなみ街道は自転車で走れるのです)関連の施設かと思ったら、やはりそうでした。しかも、相当な高級店が軒を連ねているという…中にホテルもできていました。しかし外か…

新藤兼人(監督)『裸の島』(1960)

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尾道で紹介された一本。ほぼ全くの無声、ひたすら淡々と無人島に入植した家族4人の日々の生活が映し出されていきます。耕し、少ない水を作物ごとにやり、おそらく尾道に子どもを学校に送り、その送り迎えには水を汲み…なんどもなんどもこの光景が繰り返されます。水をこぼし平手打ちを喰らう妻、子どもの死、そして、すべてを投げ出そうとする妻。喜びの瞬間は一瞬で、子どもがタイを釣った瞬間、父は嬉々として子どもを抱きしめ、海に放り投げ、後ろで母と弟が微笑む。曾野タイを持って尾道へ、タイを売ったおカネで食堂でドンブリをかけ込む一家。

生活、生きること、喜びと悲しみ、すべての装飾をそぎ落として剥き出しになる最も単純な感情や人の営みがよく撮れた作品だと思いました。最後のシーンは、子を失った妻がすべてを投げ出してしまいそうになる瞬間、夫は無言で、粛々と水遣りをします。どこかには、「妻の気持ちを察した」と書かれていましたが、果たしてそうだったでしょうか。諦念、優しさ、不安、いろんな気持ちが入り混じっていたように思いました。


尾道を歩く①芋うどん@とこぶし

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春の瀬戸内、尾道。駅を降りると、仄かな潮の香りとラーメンのスープの匂い(笑)が。もう何度目になるかわからないほどこの街を訪れていますが、相変わらずわくわくします。

夕方ホテルに入り、少し休憩して、さっそく村上さんと合流、そしていつもの「とこぶし」へ。ここは村上さんがオーナーのお店で、料理長は料理の歴史も追及されているという方。尾道の対岸の向島に伝わり、50年ほど前に潰えたとされる、芋うどんを再現しています。

初めていただきましたが、そのまま食べればほんのりサツマイモの甘み、あと、粘り気を感じます。でも、つゆを付けるとサツマイモの香りが優しく、滋味豊か。添えられているワサビを多目に入れるとなおさわやかで夏場に食べたらおいしいだろうな、と。

サツマイモの種類とか、つなぎに何を使っているか、いろいろ知りたいですね。

もちろん、昨日もいろいろいただきましたが、何をいただいたかは秘密です。

花見2015@下賀茂神社そば

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4月3日の雨が花散らしかと思ったら、今年はもってくれましたね。去年は確か雪混じりのすごく寒い花見でしたが、今年は朝からきれいな晴天。本当にきれいな桜を堪能しました。

去年と同じ場所で。本当に満開。


北山の山並みもくっきり。


鶏メシおにぎりにも花びらが。風流ですね~。


阿部健一(監修)『五感/五環 文化が生まれるとき』昭和堂

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もう一冊いただきました。地球研の名物先生の本です。

やはり「はじめに」だけ、まずは読ませていただきました。(これも読めそう)

「感覚を自然に委ねたときに生まれるものを「文化」と呼びたい」という、なんとも阿部先生らしい言い回し(「文化」人類学者としては怒らねばならないか?)をしたあとに、ちゃんと「それは違う、と思う人も多いだろう」と、世渡りの上手い言い回しをするあたり、老練さを見せている。しかし、いろんな人の手垢にまみれた「文化」をもう一度シンプルな「感覚」で捉ええなおしてみようという試みは、いつもなされなければならない営みだと思います。

27名の研究者のエッセイをまとめたとても読みやすそうな本です。


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寺田匡宏2015『人は火山に何を見るのか 環境と記憶/歴史』昭和堂

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この研究所はちゃんと研究所で出した本をいただけるので、これはとてもうれしい。もちろん良くわからない本も多いので、そのまま本棚に直行する子もいるのだけど、この本は、まずは読めそうで特にうれしい。

寺田さんは隣接分野にも関わらず、なんかうまいこと関係性ができる前に任期を終えられた。まえがきの部分を読ませていただいたが、なんて優しい人なんだろう、と思った。もっと勉強させていただけることがたくさんあったのに…という後悔があります。お互いにまだ若いし、どこぞで交わりが持てることがあるのを楽しみに。それまでに、勉強させてもらおうと思います。

ありがとうございました。


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「「出家」とはなにか タイとミャンマーの比較民族史的研究」(4月5日 第229回中部人類学談話会+まるはち人類学研究会)@南山大学

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「宗教組織の経営」研究会でご一緒させていただいている藏本さん+岡部さんの企画です。お隣の国で調査されていたお二人によるプレゼン。

「比較民族誌的研究」というのがミソでしょう。僕は2つの視点から楽しみにしたいと思っています。

一つは、もちろん、お隣の国で、「出家」、強いては「仏教」、「宗教」の意味がどのように違うのか、というところ。断片的にですが、お二人のご著書も読ませていただいているので、どんな差と共通点が見出せて、宗教と政治、もしくは、経済や経営といった、世俗的なものとの関係性が拾えるのか、というところがかなり明らかになるのではないかと思っています。

もう一つは、「民族誌的研究」の比較です。人類学、民族誌学というのは、一人で調査をして、一人で論文を書くのが基本姿勢です。こうした民族史的研究の視点や手法がどのように交わることができるのか、というところも聞いてみたい点です。

ともあれ、新年度一発目の研究会、すばらしいものになることを期待しています。