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5月, 2015の投稿を表示しています

藤原章生2005『絵葉書にされた少年』集英社

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昨年の秋に行った座談会で紹介された本。何度か筆者の藤原さんという記者とは顔を合わせたことがあって、座談会のときのお一人は彼の元部下でした。
ともあれ、この本を新聞記者が書いた、ということがとても意義深い。新聞記事を読んでいると、記者の顔が見えてくることはなかなかないが、この本には、情報を伝える側の藤原さんの自分のレゾン・デートル(存在意義)への疑問や苦悩がひしひしと伝わってくる。それだけではなくて、おそらく、ふとした喜びも。
メモ程度にいくつか気になった箇所を抜き出してみた。まず、後半の「お前は自分のことしか考えていない」から。
「九〇年代の初め、アフリカの取材から戻った同僚の女性が、新聞に使う写真を選んでくれと私にたずねた。  一枚は乳児を腰に抱え水瓶を頭にのせた女性がカメラの方をチラッと振り返っている全身写真で、女性の民族衣装のピンクとバックの薄ぼんやりとしたサバンナの緑、赤土がきれいだった。  もう一枚は、丸顔の乳児が目に涙をため泣き叫んでいる写真で、少しピントがずれていた。その子は母親に抱かれているようだが、アップ写真なので背景はよくわからない。  「こっちに決まってますよ」と迷わず前者を選んだが、結局、後者が選ばれた。そして新聞を見ると、「貧困、最大の犠牲者は子供たち」という確かそんな内容の記事のわきに、その赤ん坊の写真が使われていた。難民救済のためのチャリティ企画だったため、こうした記事が必要だったのだろう。しかし、添えられた絵はあくまでも普通の子供の写真である。むずかって鼻をたらして泣いている。日本のどこにでもいるような赤ん坊の写真をそこに貼り付けても何ら変わることはない。ただ、一点違うとすれば、その子の肌の色がかなり茶色いことだ。」(212-213)
この一節は、僕が人類学を始めるきっかけになった、とあるジャーナリストとのやり取りと通底する。具体的なエピソードは省くが、あるコンテクストに沿って左右される周辺の情報。ジャーナリズム、しいてはアカデミックな言説までこうした構造の中で創られる。別の個所でも、こんな風なことが述べられている。
「やっかいなのは、はっきりと言い切れないことに、意味づけを求める人が結構いることだ。自分で納得できないことは胸の奥につかえる。なら、いっそのこと「これはこういう意味だ」と勝手な解釈を加えて、つかえたものを流してしまう…

『イタリアは呼んでいる』(マイケル・ウィンターボトム監督)

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出張の間隙を縫って『イタリアは呼んでいる』を見てきました。「イタリアのグルメ取材に赴く中年男性2人組みのロードムービー」という触れ込みで、さぞかし旨そうな絵が見られるのだろう、と期待に胸を膨らませて、いざ映画館へ…

僕の教養不足か、ハイソサエティのイギリス人男性が繰り出す、バイロンやらは何が面白いのか全く分からず、料理は一瞬厨房が移って、遠目に料理が移るのみ。確かに景色はきれいなのだが、オッサン2人のわけの分からない冗談の方が前面に出てくるので、かなり退屈。移動で疲れていたこともあって、開始10分過ぎにはウトウト…

別にグルメ取材でなくてもいいのに。旅の途中のアバンチュールで妙にテンションの上がる片割れや、そこのことを女友達に話して同意を求めるあたり、何が言いたいのやら訳も分からず。見にクーパーでイタリアを走る、という素地のよさがあるだけに、もうちょっとシンプルなつくりでもよかったのではないか、と思った。

特に食いしん坊さんにはストレスがたまって、ちゃんとイタリアンが食べたくなると思うので、あんまりお勧めしません。


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「旅」について‐①

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僕のところには年間に何人かから「アフリカに行きたいのだけど」という相談が持ち込まれます。最近は「調査をしたいのだけど」というものが多いのですが、以前は、「NGOで…」とか、「旅行で…」というものの方が多かった気がします。また、大学の講義で調査のことで質問を受けたり、調査をテーマとした講義を依頼されたりすることもあって、次第に「アフリカに行くこと」について考える機会が増えてきたように思います。

どれくらい僕がアフリカに行ったかというと、先日講義のために、すべての渡航を数えてみたら、すでにブルキナファソだけで30回、期間にしたら5年位です。まあ、よく行ったモノだ、と我がことながら感心してしまうのですが、最初は、最近、絶滅寸前のバックパッカーというやつでした。もちろん、バイトをしてお金を貯めて、親からお金を借りて(返してないですが…)、いかにお金を使わずに、どれだけ遠くに行けるか、というところが何度かの旅の目的でした。でも、大きなきっかけになったのは、大学生時代、勉強していることがいまいち信用できず、それに対して恩師が話してくれた、「自分の目でみてきなさい」という勧めでした。今のように、税金を使わせていただいて「調査」という形でも、NGOなどのミッションでもない、本当に自分の知的(?)欲求を充たすためだけのものでした。

相談に来た何人かは、その後実際にいろいろなところにはばたいてい行っていますし、同じ分野に進んだ人もいます。ただ、自分で何とかお金を工面して旅に出た、という人はごく一握りだったように思います。別に、こういう旅行のきっかけが通過儀礼とは思わないですが、いきなり調査やらミッション、たぶん青年海外協力隊にしても、行ってすぐに何か「仕事」らしきものはできるのだろうか、と少し疑問を持ってしまいます。この感覚は、僕がバックパッカーをしていた時のことを踏まえて調査に入った時に、何度も、「旅行しておいてよかった」」と感じたからで、相談に来られる方には、(ある程度顔色を伺いますが)「あまり目的に縛られずに、思いのままに自分の足で旅をしてみるといい」というアドバイスをするようにしています。大体、それどころじゃなくて、気が急いている人が多いので、アドバイスを聞いていただいたことはほぼないのですが。

「旅」について、何度かに分けて書いてみたいと思います。まずはその1、ふと思って…

西川芳昭・木全洋一郎・辰巳佳寿子(編)2012『国境をこえた地域づくり グローカルな絆が生まれた瞬間』新評論

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連投です。こちらも西川先生よりご恵贈いただきました。
妄想ですが、少し国内の仕事のことをお話していたら、国際開発と日本の地域問題の関連性を書かれた本をお持ちとのことで、いただきました。地球研の若手企画にいい本なように思います。こちらも近々に勉強させていただきたいと思います。
この本の出版元の新評論の社長さんは龍谷大学ご出身とのことで、この本は社長さん自らが陣頭指揮をとられたとか。大変力の入った編集だったとのことで、編者が呼び出されて「読者のことを考えなさい」と叱られたという逸話を伺いました。出版社、編者の力作であることは、この逸話からも明らか。益々読ませていただくのが楽しみになるお話でした。


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大林稔・西川潤・阪本公美子(編)2014『新生アフリカの内発的発展 住民自立と支援』昭和堂

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アフリカ学会が終わり、東京で一泊を経て、今日はお昼から龍谷大学の西川芳昭先生のゼミでのゲストスピーカーをしてきました。小さな論文一本と前の岐阜の時の小冊子をお渡ししたら、「お返しに」ということでご著書をご恵贈いただきました。
西川潤先生、勝俣誠先生、大林稔先生、阪本公美子先生ら、そうそうたるメンバーの論集。そういえば、こうした開発の話題の本を久しく読んでいませんでした。今の仕事が割とこういう領域に近いのでトレンドをつかんでおかねばなりません。近々に勉強させていただきたいと思います。
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日髙敏隆2010『世界を、こんなふうに見てごらん』集英社

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今回は故日髙先生の本。だいたい高校生くらいが対象ではないだろうか。日高先生は職場である地球研の初代所長で、僕がここにくる数年前に亡くなられている。そんなわけで直接は存じ上げないのに、こんなことを言うと手前味噌になってしまう感覚があるのだけど、この本、実にすばらしい本だと思いました。文体も優しい/易しいものだし、もってくる事例はご自身の経験や体験が主体で、まったく難しいものではないわけですが、「研究」という仕事に血道を上げている者にとっては、ハッとさせられる部分が実に多い。
こういう本が書ける人は本当にすばらしいと思う。しかし、いい学者は難しいことを易しく説明できるものだ(大学生時代によく聞いた)、というのは、確かにそうなのだけど、逆に易しい言葉を使わない人がすばらしくないかと言ったら、それは違う。歯ごたえのある文章が書けるのだって大事なのだ。大方こんなことを言う人は読む努力をしていないだけなことが多かった。ゼミあたりでちょっと学者の名前を出して話をした途端に、「難しいことを言うな」と怒られた記憶があるけど、素直に知らないこととして聞いてくれ、と思ったことがある。
話がずれてしまいました。ともあれ、この本に書かれていることは、研究の入り口をどうやって見つけたのか、どうやって研究をしたのか、また、「教育するのは好きではない」といいつつ、やっぱり人を育てるときのスタンスなどなど、もしかすると、研究者、教育者としての(もちろん古き良き時代のものだけど)、日髙先生が心がけていたことが書かれている。
「仮説を立てて、実際に調べてみる。  具体的なことがわかってくると、だんだん一般にあてはまる理屈が見えてくる。  行動から見ようと思ったのではなく、なんであそこを飛ぶんだろう、なんでこっちを飛ばないんだろう、という、きわめて具体的な疑問が始まりだった気がする。  動機はそういうふうに具体的でないと、どうもあとがうまく続かないのではないか。具体的に見なければダメだと、ぼくは強く思っている。  環境学もそうだと思う。  ぼくが地球研(総合地球環境学研究所)の所長時代に、「イデオロギーや思想、システムといった大きいとこから話をしがちだが、ひとつひとつの具体例の積み重ねでしか環境問題は動かないものだ」とよく話した。  具体例をいっしょうけんめい見ていくと、やがて一般解にいたる。  一般…

調査予定(6月1日~6月28日)

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今年は学会発表は軽めで、アフリカ教育研究フォーラムとアフリカ学会のみです。5月23日~24日のアフリカ学会が終わると、翌週末からは調査…というか、プロジェクトの用務のために出張です。

日程は、フランスに4日、セネガルに10日、ブルキナファソに12日、これくらいの日程だったと思います。

フランスでは、今年度内に予定しているセミナーの手配、セネガルもプロジェクトのロジで調査などせいぜい数日間。でも、セネガルでは数日間のフリーの時間は少しは調査を進めたいところ。まあ、こちらはちょっと難しいかもしれません。12日にブルキナに転戦するものの、今のところ、6月18日ころからラマダン(断食)が始まるので、それまでが今の調査の続きをしたいと思っていますが、ほとんどイスラーム関係の調査はできないのではないでしょうか。なので、後半はカセーナ(南部)やバム県(北部)の調査にしようかと思っています。

地図にしてみたけど、それにしてもすごい移動距離。パリ⇒ダカール(6時間)、ダカール⇒ワガドゥグ(2時間)、ワガドゥグ⇒パリ(6時間)、日本⇔パリ(往復23時間)、トータルで37時間?!毎回こんなに掛かっているのか…文字にしてみるとすごいな。


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続(小声で)ダイエット

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のんびりダイエット、何とか続いてます。飲み会の時以外は基本的に夜の炭水化物抜き。

あんまりストイックにやるとしんどくなるので、体重は測らないことにしました。なんで、減ってんだかどうだかわからないけど、この時間になるとちゃんと空腹になる。朝はお腹が空いて起きるので、寝起きもチャチャッといろんなことが進んで、生活のメリハリが出来てきたように思います。もちろん、空腹感はしんどかったのですが、少しずつ慣れてくると、割と不快感はなくなってくる。

先日購入した愛車も、その後乗り回しているのですが、サドルをハンドルともに高くできないことがわかり、ちいと窮屈ですが、新しいというだけでテンションは上がってます。行き帰り、少し汗ばむくらいで、まあまあ楽しく通勤してます。これは2個目の変化です。

それで、しばらく忙しさに感けて、おカネだけを払っていたジムにも今日から復帰。もう3か月半ぶりくらいかな…もったいない…もっと動けないかな、と思ったけど、身体が少し軽い感じで、意外に泳げたし、お風呂はとても気持ちいいし。これが第3弾。まあ、食事の変化以外は元々やってたことを戻した感じ。どちらにせよ、時間もかかることだし、今までやってたことをもう一度戻して、それでもダメならまた考えましょう。

うちの研究所はとても広くて、自宅と職場の往復、喫煙所の往復で、7000歩くらいは歩ける。時々、行き帰り徒歩、ということで安心していました。でも、やっぱりここまで身体を軽く感じるのは、何年振りくらいだろう。少しは健康に近づけている気がするのだけど。数字は後からついてくると信じましょう。

でも、心配なのはアフリカ調査中の食事。朝≧昼>夜、で行きたいんだけど、夜に炭水化物以外って、サラダくらいしかないんだよな…ここは少し考えなければ。


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感想文:大山修一2015『西アフリカ・サヘルの砂漠化に挑む ごみ活用による緑化と飢餓克服、紛争予防』昭和堂

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(本書でも紹介される半月耕法、Tigo Zeno, Niger) 

当初の予定では、GW中に読み終わる予定だった、大山修一『西アフリカ・サヘルの砂漠化に挑む ごみ活用による緑化と飢餓克服、紛争予防』、やっと読み終わりました。大山先生は僕の現在の所属先のメンバーでもあり、自分の仕事にも強く関わりのあるテーマなので、メモと感想を書き記しておこうと思います。

最初から雑駁ですが、常々思うのですが、(人文)地理という領域は恐ろしいです。データの緻密さや文理の手法や知識を縦横無尽に使いこなす図太さ。人類学はどのように差異化できるか?というのは、色気を出しすぎでしょうか。

ともあれ、サーヘルという土壌が貧弱になってしまった(砂漠化した)エリアにおいて、人びとは様々な形で収入を増やそうと努力する一方で、いかに収量を上げるかと言う点に血道をあげているか、ということが本書の一貫したテーマだと思います。

中でも本書で僕の目を惹いたのは、2点あります。大きく分けて、①「第7章、第8章のゴミを畑に撒くことについての観察と実験」、②「第9章、第10章の農耕民と牧畜民の紛争とその解決」の部分です。

①ゴミを畑に撒くことについての観察と実験

堆肥や厩肥ではなく、「ゴミ」を畑に撒くというのはなかなか聞かないと思う。もちろん、こうした有機物を撒くのが原則なのだが、ハウサ社会では、1970年代くらいからこうした取り組みが行われているといいます。ここで着目されるのが、シロアリの働き。

「村びとが畑に投入する肥やしにはビニール製品や鉄製品など難分解性のごみが混入していた。このような廃品にひか見えない物品でも、人びとは「十分に肥やしになる」と説明する。これらの廃品は直接、シロアリの餌になるわけではなく、雨水や乾燥に弱く、鳥類やクロアリなどの捕食者の多いシロアリの住み処を提供していたのである。シロアリがごみに群がり、有機物を取り囲むシェルターと、そこに通じるトンネルをつくることによって、多くの孔隙が固結層につくりだされ、透水性が高まっていたのである(大山・近藤2005)」(169-170)

とこんな仕組みを大山先生は見出します。「そこにあるもので、なんとかする」という、アフリカの人たちらしい取り組み。僕も自分が調査していたニジェールの村でのことを思い出します。水食が起こった畑に生活ゴミで埋めていて、たしか…

ブログのリニューアル

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ブログ、リニューアルしました。ラベルを整理して、30まで減らして、はみ出ていたトップの写真を変えてトリミングしました。背景は空から田園風景に。この辺もちゃんとカスタマイズできるといいのですが、とりあえずこんな形にて。ちなみに写真は、ブルキナファソ中部に住む、レレという民族の家の中の家事道具です。配置や光の加減が素晴らしくて、最近のお気に入りの写真です。

フォントなんかもいじったのですが、なんかおかしなところがあったら教えてください。しばらくはこんな感じでいきます。

いろいろいじったら半日くらいかかってしまった…いやはや。


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ブログの掃除

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いつも連れ合いには怒られますが、僕は生来の掃除嫌い。ゴミ屋敷を作るほどにはきらいではないですが、捨てられない、気を利かせていろんなものは用意するのだけど、使わなかったらそのまんま。まあ、わかっちゃあいるのです。

数ヶ月前から研究室の机周りはかなり断捨利しました。ファイリングをして、要らない箱やダブりの資料を捨て、たぶん近々には読まないだろう資料をPDF化して、本を項目別に並べ替えて…少し油断するとすぐにゴチャッとなりますが、とにかくワークスペースはかなり広くなって、仕事は格段にはかどるようになりました。

それで、ブログ。備忘録、少し考えたことをぶちまけたり、読んだ本のメモにも使っているので、いまや、これもなくてはならない媒体。しかし、ブログも今見返したら「ラベル」が50近くありました(左の写真)…全く整理できてないですね。見にくい、というか醜い。今、少し整理してようやく41ラベル。フィールドノートのメモを国別にしてしまって、ニュースのまとめもそちらにカテゴライズ、と考えています。

本当は、このラベルもサブ項目とかが作れるといいのだけど、そういう昨日はないみたいなので、その辺は仕方なし。でも、少しこちらもダイエットしないと。


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白浜旅行②

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さんざん魚とお風呂を堪能して、翌朝は早く起きてお散歩。「白良浜(しららはま)」と書く。うちの近くにも、雲母坂(きららざか)という坂があるけど、音が似ているだけで、全く関係ない。おそらく人口の砂浜だけど、非常に白い。夏は若い人も多いそうだっし、きっとキラキラしているところなのだろう。そういうキラキラにも興味はあるけど、もう我われもいい年になって、こんなところに来ると、食い気と言い訳程度の観光地めぐりの方に興味が向く。

前日の円月島に続き、自然の景勝地を訪問。三段壁(さんだんべき)。


絶景です。絶景すぎて少し怖い感じすらします。



ここには、エレベーターがついていて、下に降りられます。36m下には、昔、熊野海軍の隠し舟屋があります。鉛鉱山としても使用されていたよう。この地域、雑賀衆の鉄砲が有名ですが、おそらく鉄砲の弾の原料にもなっていたことでしょう。そして、海面近くから見る洞窟の中というのもなかなかの見もの。 エレベーターに乗るだけで1300円も取られますが、まあ、仕方ないところでしょうか。




上に上がって今度は千畳敷へ。 地層の分かる人ならもっと楽しめるのでしょうが、まあ、絶壁が続きます。


それで、何箇所かこんな看板が立っています。それとか、遺書を掘り込んだ岩があったり。戦没者と自殺者が一緒に祭られている碑が立っていたり…引き寄せられてしまうのでしょうか。


そうこうしているうちにお昼も近くなり、宿に荷物をピックアップしに行って、再度「とれとれ市場」へ。前日にBBQができることを確認していたので、お土産を買いつつ、最後の魚を。エビ、鮎(なぜ?)、大アサリ、いいだこを焼き、お刺身を堪能。


1泊2日、もちろん時間はあまりなくて、帰る道々で2泊3日だとよかったね~などといいながら、後ろ髪を引かれましたが、凝縮して美味しいものを食べて、きれいな景色を見、いいお風呂に入って、すっかりリフレッシュ(だいぶ疲れもしましたが)。

こうして、日本の行ったことのないところを訪れると、ずいぶんいろんなことが分かります。もちろん、美味しいものがあり、いいお風呂があり、というところがいいのですが。フィールドワークではないので。でも、今回のように、南方熊楠の話など、ここに来なければ再会できなかったかもしれません。とてもいい休日でしたが、もっといろんなところを歩きたいな、とも思わされます。



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白浜旅行①

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ゴールデンウィーク、唯一のお楽しみ。一泊二日で南紀白浜へいってきました。まだ行ったことがなかった和歌山に行くことと、なんと言っても海の幸を堪能しに行くこと。とにかく短い時間なので、初日のお昼には白浜に着いていたい。そうすると、その日は朝5時前起き…眠い目をこすりながら電車に乗り込み、11時前に白浜に到着。


車窓もすばらしい。緑が萌え、次第に海が見えるようになります。風力発電機が多いのが印象的です。



11時ちょっと前に白浜到着。観光案内所で地図をもらい、一日の予定を相談。駅からほど近くに「とれとれ市場」という施設がある。お昼をそこにすることに決めて、さっそくバスに乗り込む。10分ほどで到着。


中は魚屋さんやら珍味屋さんがたくさん。イケスがあったり、魚欲はますます高まります。ブラブラしながら…というよりも試食を回りながら、食欲をさらに高めて、外の出店でまずはアントレ。エビ+サザエ+カツオ。


そして、メインはお寿司。ちいとシャリがべたついていたのはご愛嬌ですが、ネタは大きく、タイはコリコリ、ハマチやらエビは甘い。とりあえず来た甲斐があった…


お昼過ぎに宿に移動。少し早かったので、20分ほど歩いて南方熊楠記念館へ。途中、このあたりの絶景ポイント、円月島を通過。少し浜辺に降りてみると、水は透きとおり、浜辺も美しい。引き潮で水の残った岩には岩のスキマに小さなウニがびっしり。「豊か」、そんな風な言葉がピッタリな海。



歩いて20分、半島の突端にある、南方熊楠記念館に到着。何度か伝記などで触れた程度で、南方についてはさほど知識があったわけではないので、いちいち感心することが多かった。南方の民俗学的な知識や生物学的な知識に基づいたエコロジーの精神。地球研のフィロゾフィーに強く通ずる予感のする人物。


記念館は半島の先端にあり、その道は緑豊かな庭園になっていた。





記念館の屋上からの景色。南国感がありますね。


ずいぶん歩いたので、記念館からはバスに乗り、民宿「しらら」に帰る。大きな湯船にドボン。少しゆっくりして晩御飯。今回は、とにかく料理!ということで、選んだだけに、こんな感じ。ひらめのお造りはプリップリ。


実はこの後、小料理屋をハシゴしましたが、写真はなし。だけど、そこで出してもらった「もちがつお」、「太刀魚」はとにかく旨かった~。


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