2015年5月2日土曜日

『麦秋』(監督)小津安二郎1951年


GW。職場につめているけど、休みなので堂々と。小津安二郎の『麦秋』を見る。

この映画は昭和26年の作品なので、戦後数年のころの話になる。

舞台は北鎌倉。主役の紀子(原節子)は父母の周吉と志づ、兄家族4人の7人家族の中で暮す。紀子は商社でタイピストをしている。うちの母も若かりしころにタイピストをしていたとかで、いろいろ話を聞いたことがあるが、この当時の女性の花形の職業だったらしい。父は学者、兄は医師と、比較的裕福な家庭として設定されていて、紀子は当時の最先端の女性像だったのではないだろうか。ショートケーキなどを買って帰るシーンなどは、それを象徴するものだろう。

この作品は、家族を終生描き続けた小津のものらしく、やはり家族が中心にある。特にこの作品の軸は、結婚に焦点があたる。紀子の友人3人の友人のうち、2人は結婚し、2人は独身。お互いに揶揄しあい、「結婚してみなければ本当の幸せなどわからない」などと、今でもよく出てきそうなフレーズに彩られる。戦後、女性の立場が大きく変わり始めた時代の一側面を見ることができる。

はじめ、紀子は上司の知人の男性を紹介されることになる。この男性は名家の次男で若くして重役まで上り詰めている。この後やってくる高度成長期の強い男性像を象徴しているのかもしれない。しかし、紀子はこの男性ではなく、妻を亡くして間もない兄の同僚の医師、谷部との結婚を決める。谷部は戦死した2番目の兄省二の親友であり、幼少時からの馴染みである。しかし、この時代の先端を行く紀子にも関わらず、結婚も決して積極的に選択したわけではない。これは感想だけど、紀子は「伝統的」な価値観の中で生きる家族が嘱望する女性像を体現しつつ、すべては家族の思い通りには行かない、というどこかそんな時代に抵抗していたのではないだろうか。

こうした紀子の移ろう気持ちが、彼女を取り巻く家族一人ひとりの物語の中に埋め込まれていく。すべてのシーンが合理的に重ねあわされるわけではなく、ぼんやりした家族の物語の中に、一人の娘の結婚が浮かび上がる。小津の映画、僕にとってはこのあたりが見所です。

小津映画おなじみの杉村春子や笠知衆(笠知衆の若い姿を始めてみた)の存在感がありつつ、原節子や淡島千景の美貌、なかなかに見所の多い作品だった。

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