2017年11月4日土曜日

『子どもたちの生きるアフリカ』ようやく刊行!

新刊と「とうちゃん、頑張ったね」?by きい

2014年に構想を立て始めた「アフリカ子ども学」の本。3年半の月日を経て、ようやく発売になりました。

17人のアフリカ研究者による力作ぞろいで、17通りの視点からアフリカの子どもを描きました。この本の主眼は、「アフリカの多様性に関する正確な理解を促すこと」(はじめにⅰ)、「多様なアフリカの各地で生まれ育つ子どもたちの現実を学ぶこと」(はじめにⅱ)ということです。そして、「子ども=弱者」、「アフリカ=貧困」という従来的な枠組みに陥らないこと、これも私たちが強く望んだことです。もちろん、こうした図式を、最近はやりの「排除」してしまうことは、逆の意味で誤った記述を導いてしまうので、これらの図式を含みこんだ現実を書き込もうと思いました。

ご予約はアマゾン昭和堂さん(クリックするとそれぞれのページに飛びます)からどうぞ。すでに印刷が終わっていますので、それほど時間はかからないと思います。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

2017年10月6日金曜日

子ども学と子育て Vol21 いやいや期

いい顔 201709
貴一朗のことを書くのも久しぶり。
現在、1歳8か月を迎えようとし、保育園も落ち着き、多少かぜっぴきも収まってきたような(という願望もあり)。半年で身長は4㎝伸び、体重も11㎏になりました。

完全に意図的に親が「ダメ」と言われることをやり、かまわれようとするし、ちょっと自分の要求が受け入れられないと首を横に振り、イヤイヤ…「自我が芽生え始め、自分の要求をぶつけてくるようになる第一次反抗期」、いわゆる「イヤイヤ期」に突入したと思われます。

しかし、この間、言葉がたくさんでるようになり、パパ、ママはもちろん、貴一朗を鏡に映すと、指をさして「きいちゃん」というようになり、僕らが発する言葉をリピートしようとするようになりました。食事の前には、いただきま「す!」、あとには「ごちそうさまでし「た!」。

もう一つ大きな変化は自分でなんでもやろうとするようになったことでしょうか。スプーン、歯磨き、積み木…たとえば積み木は僕らが積んだやつを壊すだけだったのが、自分で積むようになりました。そして、最近、車が好きで、カーズに大ハマり。保育園の帰りも「バチュ」と言ってバスが通ると大興奮。こちらは貴一朗の興味についていくのがなかなか大変なのです。

こうしていろいろ羅列してみると、本当に日々何かを覚えていくのが分かります。子どもの吸収力は本当にすごい…

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年10月3日火曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-3 【食文化シリーズ】

これも書かねばならないでしょう。

その前に、備忘録的に。食べ物の話を書きつけるようになって、今や、こちらの方が中心的になりつつあって(研究もしてますし、ドラゴンズも細々と応援してます)、気が付いたのが、食べ物の写真は撮っているのに、店や周りを撮っていない…大体違う料理を撮っているのですが、店の写真などあれば、もう少し雰囲気の違う絵も撮れたのではないかと。

さて、バレンシアと言えば、オレンジがさっと思い浮かぶのですが、パエリアもバレンシア発祥とか。また、スペインと言えば、バルでタパス、というのも思い浮かぶし、ワインやサングリアも有名。そして、ハモンセラーノなど生ハムもある。実に期待できます。発表資料作成でいっぱいいっぱいで到着まで、珍しく考えもしなかったのですが。

9月13日お昼ころにバレンシアに到着。ホテルに着いたのが2時ころで、そこから近くを散策しながら昼食。ちょうど学生街の中にあるホテルだったので、そこら中に安メシ屋があります。昼から学生と思しき若者たちがビールをチミチミ飲みながら談笑しているのが、いかにもラテンの国です。

とりあえず、なんとなく英語が通じる店に陣取り、昼食をとりました。入った店の看板には「Yakisoba」の文字。さすがにスペインくんだりまで来て明らかにジャンクなものは…ということで、こちら。十分ジャンクな感じはしますが、チキンソテーの定食。7ユーロ也。少々学生には高いんだろうと思いますが、鶏肉のしっかりした弾力が印象的でした。

0913昼食
2004年に当時滞在していたフランスのトゥールーズから鈍行でトコトコとバルセロナに行ったことがあります。フランスからスペインに来て、一番よかったのは、朝めしが塩気があること。フランスはバゲット、バター、ジャム、オレンジジュース、コーヒーのような軽めで甘め。実はあんまりこれが好きではないのです。
今回も少々期待していたら、チーズに生ハム、ベーコン、トマトソースなど、思った通りの朝食にありつきました。

0914朝食
そして、会議。
ランチは主催者の手配、ということで、「まあ、学会だしな…」とあまり期待していなかったら、案の定立食パーティで、細かいオードブルがちょこちょこ出てくるのだけど、この日は、〆にこれ。特大パエージャ。もちろん、そこそこ人数がいるので、アフリカのようには行かないけど、これは見ごたえがありました。
0914昼食
今まで気が付かなかっただけかもしれないですが、若いソラマメなんかが入るんですね。日本で食べるときは大概シーフードやらでゴテゴテしているから、目が行かなかったですが、ベジだとこんな風になります。これはこれで旨かったです。
0914昼食

0914昼食
この日は小林先生ともども発表が終わり、少しホッとして夕食をとることに。長距離移動で体調のすぐれない小林先生のリクエストで軽めに(きっと、僕とどこかに行くとギトギトなものを喰わされるということもある)。バルをネットで調べると、ホテルから500mくらいのところに評判のよいところがあったので、そこで食べることにしました。

タバコの煙で煤けたカウンターのショーケースからいくつかタパスを選び、ワインで流し込むようなイメージをしていたのですが、この店はイケメンの兄ちゃんたちが、おそらくDIYしたこぎれいな店内で、ショーケースもありませんでした。メニューはあまり読めませんでしたが、お互いにたどたどしい英語で話したら、どうもかなり日本料理に近い物ばかり。スペインでもヘルシー志向が強まっているのかもしれませんね。

0914夕食
たとえば、「マグロのたたき」。カルパッチョとは言ってましたが、写真の通りで、ソースは醤油。
0914夕食
これは和食っぽくないけど、いわゆるタルタル。これらをワインでチミチミと。

この翌日もこの店でこんな感じで行きましょうと言って、親切な店の兄ちゃんにも「明日も来るよ」と言ったのですが、残念ながら懇親会に出ざるを得ず、伺うことはできませんでした。でも、隣のカップルが食べていた「天ぷら」、旨そうでした。「天ぷら」は確か、スペインかポルトガルがオリジナルですよね。すっかり和食っぽくなってますが、「本場」の天ぷらもいただいてみたかったです。

0915朝食
そして翌朝。前のエントリーでも触れた中央市場の中のスタンドにて、「2度目」の朝食。「スパニッシュオムレツ」というくらいだから、喰っておこう、ということで。

飛行機で降り立つバレンシアは、茶色くて固そうな土の色、なだらかな丘が続き、そこに、柑橘系の畑が広がる、乾燥地の景観。4年も乾燥地の研究プロジェクトにいたので、「乾燥地」だから貧しくて…などと言う気はないですが、あの景観からは想像もつかないくらいにバリエーションの多い食生活をおくった気がします。もちろん都市の真ん中でのたった数日間の生活だけなので、そのあたりも引いておかねばなりませんが。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年9月29日金曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-2


中央市場
発表翌日の9月15日。同行していた小林先生とともに午前中を街の散策にあてることにする。最近の大学やらの風潮から、出張中は100%業務に充てるべき、というような雰囲気を醸し出しているけど、少し街を見て回る、文化歴史の資料に触れる、というのはそこそこ大切で、今回などは建築学の専門家と回ったら、間違いなくいろんな勉強になる。だから、これも仕事。何と言われようとも(笑)。

この日は、バレンシアの旧市街に。まずは、家庭内平和を守るためにお土産を買いがてら、中央市場から。僕はブルキナファソの市場以外では、フランスあたりしか知らないけど、こんなに明るくて、観光とここに住む人たちが旨く混ざり合っている市場は見たことがない。何を買ったかは、まあ、あの例のやつで、連れ合いにはまずまずの評判で、家庭平和には大いに寄与したということで、一つ言い訳が立った。

La Lonja de la seda
二人ともまったく勉強していなかったので、行くあてもなく、少し歩いていると、威容をたたえる建物、なんか入れそうな雰囲気だったので、「ここ入ってみますか」ということで建物の中に。今、少し調べたら、La Lonja de la sedaという建物で、もともと絹の商館だったところらしい。スペインと言えば、大航海時代の主役。中国あたりから、大量の絹などの商品がこのあたりに出回っていたのだろう。床の大理石や細部にわたる装飾は今でもピカピカで(ものすごくちゃんと手入れしているのだろう)、チャペルにもなっていたというホールは天井まで10mほどありそう。
La Lonja de la Seda
これがホールなのだけど、この柱。質実剛健なゴシック様式から、より複雑なバロック様式へのトレンドの変化の中で、こうした柱の形が生まれてきたのではないか、というのが小林先生の解説。まっすぐな柱ではなくて、グニッと巻いてやる。でも、この柱、継ぎ目が見えるけど、輪切りにしてぴったり合うように、石を削っているのが分かる。その瞬間、とんでもない時間と労力がかかり、さらに、ものすごく複雑な技術がそこにあることに驚く。
La Lonja de la Seda
これがメインのホール。打ちっぱなしの白い白壁をスクリーンにして、解説のビデオが流れている。スペイン語にて、よくわからんかったですが。

La lonja de la seda
そして、2階に上ると、天井にはこんな装飾。金をふんだんに使った、天井には、ドラゴンや実在しないアイコンがちりばめられている。おそらくイスラームの文化ではなく、中国や東洋の文化がそこにはあるのではないか。先ほどの大航海時代に作られたものだとすると、割と説得力のある話ではないだろうか。まさに文化接触の跡だと考えると、当時の光景が迫ってくるようでわくわくする。
大聖堂
そしてもう一か所、大聖堂を訪れた。お世話になった先生から、「ここは行くべし」と言われたところだ。

この大聖堂はバレンシアの旧市街の中でもメインの観光スポット。確か、朝9時過ぎくらいに着いたのだけど、すでに結構な人。
この大聖堂は、もともとモスクのあったところに13世紀に建設が始まる。現在の形になるのが18世紀とのことなので、実に500年ほどの時間がかけられている。この話を聞いて、サグラダファミリアを想像してしまうのだけど、こんな風に何世代もかけて一つの建築を完成させていく、というのはスペインならではでないだろうか?

思い出すのが「レコンキスタ」。711年にウマイヤ朝がジブラルタル海峡を超え、当時イベリア半島を支配していた西ゴート王国をピレネー山脈まで追い詰めるが、その後1492年までかけてイスラーム勢力を押し返す動きのこと。世界史で習ったけど、もちろん、これは付け焼刃。

この聖堂は12世紀ころに原型ができそこから次第に建て増していったものだろう、というのが小林先生の談。実際にゴシック、ロマネスク、ルネッサンス、バロック、ネオクラッシックという様式が混ざっていると言われる。そして、今初めて知ったのだけど、最後の晩餐の「聖杯」(だとされているもの。科学的に検証されているらしい。)が展示されている。Travel.jpのサイトを見たら、確かに現物を見たけど、スペイン語の解説のため、何のことやらさっぱりわからず、「ふーん」くらいで。写真撮っておけばよかったと後悔…

この写真の白い垂れ幕のある当たりから先がバロック様式。礼拝堂のシンプルな直線的な様式の先には、豪華絢爛な絵画、建物も非常に趣向がこらされている。

こんな感じ。

この大聖堂は、もともと聖人の墓地の上に建てられた、聖廟としての一面も持つ。展示で面白かったのは、地下に階段が伸びていて、聖人の遺骨も見ることができる。考古学的な研究もしっかりなされているようで本当に見応えがある。

観光のなんたるや、なかなか難しいけど、ここまで本気で研究の進んでいるサイトは見ていても、実に充実感を伴う。しかし、思ったのは、やっぱり行く前にガイドブックくらいは勉強しておくべき、ということ。La lonja de la sedaにしても、大聖堂にしても、世界遺産登録されているわけだし、なんかしら見るべきものはちゃんと見られるように準備しておくべきでした。また行く機会があればいいのだけど…

retrip(https://retrip.jp/articles/18818/)、Travel.jp (http://guide.travel.co.jp/article/7090/)を参考にさせていただきました。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年9月16日土曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-1

今週はスペインのバレンシアのバレンシア専修大学で行われたSOSTierraという国際会議に小林広英先生と参加しました。

スペインは2004年以来2度目の訪問で、バレンシアは初めて。ドタバタで出発したため、オレンジとパエリアしかイメージがない状態での滞在でした。

今回の会議は、各年で行われる「土造りの建造物の保存についての国際会議」で、アカデミックなものから、アクションが伴ったものまでが含まれています。そして、国連も関わっているので、さて、どんな格式ばったものかと思いきや…

フルペーパーがこんな本になりました
まあ、この会議の参加するまでは紆余曲折でした。かなり消耗しました。

まずこの会議に応募を決めたのは、昨年の後半のこと。ちょうど年末にパリでこの話題で発表させていただいていたので、英語の資料は作ってあったものの、最初のアブストラクトで「英語がプア」という評価。かなり凹んだものの、英文校閲に出すなどしてなんとか通過。その後のフルペーパーもかなり査読がきつく、あきらめかけたこともありました。 しかし4月に何とか通過の通知をいただき、さて今度は渡航費の工面。ほぼ確実に当たると思っていた助成金に落ち、京都精華大学のウスビ・サコ先生から研究費をいただき、何とか参加できることになりました。

しかし、3泊5日の超強行スケジュール(先週あたままでブルキナにいたのですよ)…
現在途中のフランクフルトでこれを書いていますが、なんか頭がボーっとしています。

なんと、最優秀発表・論文賞!!
 しかし、そんなこんなで道のりは険しいものでしたし、自分の発表は時間オーバーという、とんでもな感じでしたが、小林先生のプレゼンがこんな賞をいただきました。「ビギナーズラック」などと謙遜されていましたが、僕のアウトローな発表はともあれ、唯一、フィールドの知を体系化した、また、これまでの研究蓄積の上に立ったそれは重厚で見事
な発表でした。僕がセカンドにいるのは、フィールドの調整の功績のためで、本当にうまく活かしていただけたました。

受賞者2人とサコ先生
そして3人でパシャリ。

2.5日の短い滞在でしたが、スペインにも新たな友人ができ、また新たな世界が広がった気がします。

人類学にも「建築人類学」という領域があり、数は少ないですが、何人かの方が精力的に活動を続けています。多くが建築学畑の出身で、図面はしっかりかけるし、何より、非常にわかりやすい議論をされるのが印象的です。これくらいで自分をそう名乗るつもりもありませんが、「住まうこと」は人間の生活のとても大きな要素であることは間違いありません。もちろん、人類学でもとても重要なテーマです。今回はそういう意味で、とても多くのインスピレーションを得られた滞在でした。

2017年9月12日火曜日

『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』校正作業がおわりました

昭和堂HPより(http://www.showado-kyoto.jp/book/b310341.html)
来月か、遅くとも再来月には本が出ます。亀井伸孝先生との共編で、『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』というタイトルで、出版社は昭和堂さんです。

原稿を書き、形になるまでには、かなり長い時間がかかるもの。最長は一本の論文で4年かかった、というのがありましたが、この本も2014年の構想で、3年かかってようやく出版にこぎつけました。もちろん謝辞には入れさせていただきましたが、執筆者や編集の松井久見子さんはもちろん、特に前職の上司、田中樹先生の後押しがなければ実現しませんでした。本を編むという作業は初めてのことで、五里霧中のなかで、本当に皆さんに支えてもらったな、ということを切に思います。

発売日が決まりましたらまたブログ上でお知らせしたいと思います。

■■目次■■
第Ⅰ部 乾燥地に生きる
 第1章 子どもの物質文化――ボツワナの狩猟採集民ブッシュマン
 第2章 小さなイスラーム教徒たち――セネガルの農耕民ウォロフと遊牧民フルベ
 第3章 ストリートに生きる子どもたち――ブルキナファソの最大民族モシ

第Ⅱ部 サバンナに生きる
 第1章 日常生活の中の学び――ケニアの牧畜民マサイ
 第2章 大人顔負けの子ども組織――マリの農耕民マリンケ
 第3章 恋する娘たちの結婚と就学――エチオピアの少数民族マーレ
 第4章 学び、遊び、夢いっぱい――ザンビアの農牧民トンガ

第Ⅲ部 熱帯雨林に生きる
 第1章 森との向き合い方を学ぶ――カメルーンの狩猟採集民バカ(1)
 第2章 学校と遊びの今昔――カメルーンの狩猟採集民バカ(2)
 第3章 「里」と自然体験――ガボンのムカラバ国立公園で

第Ⅳ部 水辺に生きる
 第1章 生物多様性の宝庫に生きる――マラウイの漁民、チェワ族とトンガ族
 第2章 クルアーンを詠唱する子どもたち――マリの古都ジェンネで
 第3章 海で遊び、生きかたを学ぶ――マダガスカルの漁民ウェズ
 第4章 水上スラムで育つアイデンティティ――ナイジェリアの少数民族エグン

第Ⅴ部 都市に生きる
 第1章 スラムで学び、遊び、働く――ケニアの首都ナイロビで
 第2章 徒弟修行の若者たち――ガーナの産業都市クマシで
 第3章 農業に親しむ子どもたち
              ――南アフリカ共和国の国際観光都市ダーバン近郊で


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

2017年9月11日月曜日

SOStierra@Universitat Politecnica de Valencia

SOSTierra (http://sostierra2017.blogs.upv.es/)より
ウキウキのヨーロッパ。スペイン。バレンシア。パエージャ。ワイン…

という浮かれた気分はまったくありません。現在、本日中に出さねばならない原稿の校正作業と公募書類と、そして、この国際会議の発表原稿(これがほとんど終わっていない)に押しつぶされそうな、実に陰鬱とした気分の真っただ中。

昨日はせっかくの休みだったのに、ため息ばかりで、連れ合いに「幸せが逃げる」とか言われ、嫌な言葉を吐き…そして、ほとんど寝られず、やはり朝から気分はボロボロ。

そんなこんなで明日からスペインで開催される、「土づくりの建造物の保存と持続可能性の国際会議」に出席/発表してきます。かなりの弾丸ツアーで、3泊5日。しかも、チケットの都合で福岡発着(もちろん連れ合いの実家は素通り)。発表が終わったら睡眠だけはきっちりとろうと思います。


2017年9月10日日曜日

ずいぶん放置しました

20170828Yalka村にて
時々、「あぁ、ブログ書いてないな」と思いつつ、やることが多すぎて放置してしまっていました。もともと僕自身が書き癖をつけるために始めたのですが、約3か月、書かない日はなく、したがってこちらにまで書く気持ちが回りませんでした。

でも、ちょっとこちらにも書かねば、と思ったのには、あるきっかけがあったからで、このきっかけはいずれご報告できる日も来ようかと思います。現在約800のエントリーをしましたが、こんな駄文の山を丁寧に読んでいただいた方がいらっしゃった、ということです。いいオヤジが人に煽てられてやる気を出しなおした、というあまりみっともいいわけではありません。

ブログをすっとばしはじめたのは6月だから、あの原稿が上がって、あれがもう少しで…というのがあって…

今回はつい先週までは2週間ほど滞在したブルキナの話題。

今回は今年から参加させていただいている、「サニテーション価値連鎖」(PL船水尚之教授)というプロジェクトの仕事。人間由来のし尿をいかに利用するか、ということがプロジェクトの目的で、今回は初回ということで、フィールドの候補になるバム県の視察とワガドゥグのし尿処理の話に力点が置かれたものでした。

ブルキナのヒトがなぜトイレを使わないのか、ということをめぐって、さまざまな憶測が飛んで、いろんな先入観に染められたままフィールドに入ったのですが、村のヒトでも意外にトイレを使っていて…といきなり先入観があまり正しくなかったことから始まり、村でも汲み取り業者が回ってくる、という、し尿をめぐる経済的なサイクルがあることで、まったくストーリーが変わってきたというのが現状。とても刺激的で、今までの村落の研究ではなかった話が出てきそうです。

今日はリハビリにて、このあたりで。

2017年6月12日月曜日

子ども学と子育て Vol.20 親の気持ち

寝起きの貴一朗201705
貴一朗1歳3か月。日々保育園で格闘しながら、懸命に生きている。

親の気持ちが分かるなど、まだまだ言えないけれど、自分ではそんなつもりもある。

僕は割と遅い子どもだった。僕の下に6歳年下の弟がいるけど、彼の場合はもっと遅い子。父は44歳か45歳くらいだったのではないだろうか。大学生あたりから、「結婚と子どもは早いほうがいいよ」ということはよく聞いていたけど、ダラダラと遊び惚けていた僕は、まったく実感もないまま、ようやくどういう意味だったか、ということが少しずつ分かってくる。それで、よく考えるのが、例えば、大学生の時に学生結婚をしていたら(20代前半)、会社に勤めていた時に結婚していたら(20代後半)、また大学院に入るくらいに…ということで、そんなことは「たられば」の究極系みたいな話。

40代前半が終わろうとしている今の時期は、20代、30代に比べたら格段に忙しいような気がするけど、当時もなんかよくわからないことで忙しかったような気がする。もちろん、その間いろんな経験もするわけだから、今でないほうがよかったかと言えば、今がベストな時期だったような気もする。でも、その間で失ったものは大きくて、僕の体力と寿命までの時間。もっとも切実な問題なはずなのだけど、そんな風に実感することはない。20年も前に亡くなった父は「なんとか大学までは…」ということを言っていたような気がするので、僕も最近そう思うようにしている。うまくストレートで行ってくれれば、貴一朗が22歳で僕が62歳。うまくどこかの大学に潜り込んでいたとすると、定年間近。たぶん奨学金は返し終わっているから、早めに年金をもらって、少し連れ合いとのんびりと。なかなかハッピーな人生設計だと思う(別に大学には行かんでもいいように思っている。むしろ、包丁が使えるようになったら、かっこいい)。

別にいい話ではないのだけど、たぶん、こういうのも親の気持ちというやつではないか、と思った。貴一朗の寝起きの顔の写真を眺めながら、考えた寝ぼけた話。そんな悠長な時代ではないはずだし。

2017年6月8日木曜日

『社会問題と出会う』

古今書院HPより


この原稿を書き始めたのが2013年ころ。本が1冊できるというのは時間がかかるものです。もちろんいろいろ大人の事情などもありつつ…

6月22日に『社会問題と出会う』(FENICS100万人のフィールドワーカー・シリーズ 7)が出版されます。(画像下の説明文のところから、目次や序章がチラ見できます)

僕が書いたのは…

第3章「アフリカの「ストリート・チルドレン」問題を複眼的に見る-支援者と調査者の交差するまなざし」

です。NGOに関わりながら行った調査と、単独調査の間で、社会問題化された子どもたちの見え方が違ってくる、ヒトことに調査と言っても、やり方もなにも大きく違う、ということを書きました。

書価が少し高くて、3,400円となります。著者割が使えるそうですので、2割引き(たしか)で承ります。
ちなみにアマゾンでも予約開始していますので、こちらから。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年6月2日金曜日

ご恵贈いただきました 中尾世治(著)『西アフリカ内陸における近代とは何か-ムフン川湾曲部における政治・経済・イスラームの歴史人類学-』

中尾さんの博論表紙

自分は博論がなかなか書けずにいるのに、なぜかすでに10冊ほどの博論をいただいている。中でもこの博論は本当に嬉しい。

嬉しさには2通りあって、一つは長い付き合いの同志の成し遂げた大きな仕事に、そしてもう一つは、ブルキナファソ研究の発展、そして、坂井先生の大きな仕事が倍の大きさになったような、そういう西アフリカの研究上の大きな進展に対するもの。本当にお疲れ様でした。これをステップに大きく羽ばたいてほしいと切に願います。

こんな立派なのは書けませんが、次は自分の番、強く強く思います。中尾君に置いて行かれないように。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年5月31日水曜日

「宗教と社会」学会発表

「宗教と社会」学会HP(http://jasrs.org/index.html)より

ブログ、すっかりご無沙汰してしまいました。この間、何があったかは、近々書きとめようと思いますが、今回のエントリーは学会発表に関してです。

一昨年から科研費をいただいて進めてきた「宗教組織の経営についての比較民族誌的研究」の成果発表です。発表の場はいろいろな候補が上がったのですが、最もきつい批判が出るという、「宗教と社会」学会に決め、次のステップへの道筋を立てていきます。僕は相変わらずブルキナのクルアーン学校の話をします。資料は大方できていて、今日明日で最後の仕上げ、というところ。あとは貴一朗が元気に週末を迎えてくれることを切に祈りつつ…

宗教組織の「経営」についての民族誌的研究

代表:藏本龍介(東京大学)

構成
・趣旨説明:藏本龍介(東京大学)
・発表:藏本龍介(東京大学)
「律遵守の僧院をつくる:ミャンマー・「森の僧院」の挑戦」
・発表:清水貴夫(広島大学)
「宗教教育から世俗教育へ:ブルキナファソ・クルアーン学校の変容」
・発表:田中鉄也(日本学術振興会)
「巡礼地を共有する:北インド・ヒンドゥー寺院間の軋轢と共存の模索」
・発表:門田岳久(立教大学)
「地域開発の中の聖地:沖縄における御嶽経営をめぐる組織内競合とその帰結」
・コメント:西村明(東京大学)
・総合討論

趣旨説明
様々なモノやカネといった財は、宗教と相反するものと考えられがちである。たとえば現代日本において宗教が「胡散臭い」と語られるとき、その背景には宗教組織による「あくどい」資金集めや、莫大な財の蓄積への批判があることが多い。宗教は財に関わるべきではない、というわけである。このように宗教を経済とは無関係なある種の「聖域」とみる傾向は、宗教研究にもみられる。その背景にあるのは、宗教/世俗を二項対立的に捉える考え方である。T・アサドが指摘するように、西洋近代出自の宗教概念は、人間の実存をめぐる形而上学的なものとして定義されることによって、人間の日常的な生き方から弁別される。しかし現実の宗教実践は、どこまでも財との密接な関わり、いいかえれば「世俗」との絡み合いの中にある。したがって宗教実践の実態に迫るためには、既存の「宗教」概念から捨象されてきた「世俗」を問題化する必要がある。
こうした問題意識を踏まえ本セッションでは、宗教/世俗という境界を横断する領域として、宗教組織の「経営」という問題に注目する。様々な資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)を獲得・所有・使用することによって、組織の目的を実現しようとする営みを、ここでは「経営」と定義する。その目的がいかに高邁で「聖なる」ものであったとしても、宗教組織もまた、他のあらゆる組織と同じく、「経営」という営みを行っている。本セッションではこの「経営」という営みを、一つの宗教実践として分析する。それによって、既存の宗教研究では捉えられなかった宗教実践の諸相を明らかにすることを目的とする。
それでは「経営」に着目するとはどういうことか。本セッションでは、「経営」という営みを、以下の二つの課題を軸として検討する。一つは、「社会・国家とどのように関わるか」という課題である。これは経営資源の獲得方法に関わる。組織運営に必要な資金や人員をどのように調達するか。社会のニーズや要請にどこまで応えるか。社会にどのようなサービスを提供するか。国家の法制度的条件にどのようにすり合わせるか。こうした諸点が問題になる。もう一つは、「組織をどのようにデザインするか」という課題である。これは経営資源の所有・使用方法に関わる。意思決定の権限をどのように配置するか。内部のサブ組織同士の関係、あるいは聖職者と俗人の関係をどのように調整するか。こうした諸点が問題になる。
以上のような目的・視点のもと、本セッションでは(1)修行場(ミャンマーの仏教僧院、ブルキナファソのクルアーン学校)を管理する組織と、(2)巡礼場(インドのヒンドゥー寺院、沖縄の御嶽)を管理する組織という、2種類の宗教組織を取り上げる。「修行場/巡礼場を形成・整備する」という試みは、どのような問題に直面し、それに対して各宗教組織はいかに対応しているのか。そしてその結果、どのような状況が生まれているのか。本セッションでは宗教組織の試行錯誤の実態を民族誌的に記述・分析することによって、宗教実践を、組織の目的、提供物、社会・国家との関係、組織構造といった諸要素が絡み合いながら展開していく一つのプロセスとして捉える見方を提示する。こうし

た作業を通じて、人類学的・宗教社会学的な比較宗教研究の新たな可能性を模索したい。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村



2017年5月7日日曜日

子ども学と子育て Vol.18 動物園

初めて乗ったアストラムライン内にて
 結局体調不良で伏せがちだったGW。モノを飲み込むのがしんどいほど扁桃腺が腫れあがり、少々難儀したけど、ようやく昨日の夕方あたりによくなった。前半は福岡に帰っていた二人も広島に戻り、GW最終日は広島市内の阿佐動物園へ。

うちの近くからグリーンフェニックスに乗り、中筋でアストラムラインに乗り継ぎ、最後はバスで山を登る。大体1時間半ほど。貴一朗も飽きない程度、そんなに疲れない距離で、まあまあ悪くないロケーション。
キリンと貴一朗
入り口を入ると、猿山があり、フラミンゴの展示がある。貴一朗は割と興奮気味。でも、彼は何に興奮していたのだろう?普段、動物カードやら、絵本やらで見ている動物と目の前にいる動物が一致しているとは思えない。きっとすべて初めて見るモノ。サイズ感や、名前や、それぞれの動物の色、におい…貴一朗がどうやって動物をアイデンティファイしていくのか。 目を凝らしてみていこうと思う。

阿佐動物園、これくらいの子どもを連れていくにはなかなかのサイズ。山の中にあるので、たぶん夏の間も割と涼しいのでは(その分、冬はしんどそう…)。その分、解説が多少雑だったりしたのは少々残念なところ(僕が気づく間違いなので、アフリカ関連…)。

安佐動物園内にて
暑くもなく、寒くもなく。とても心地の良いGW最終日。何とか体調も回復して(でもなんか休んだ感覚がない…)、明日からの仕事は万全の体調で、まあ、悪くないか…(いっぱい終わってないことが…)。

2017年4月30日日曜日

子ども学と子育て Vol.17 貴一朗のカゼ

「保育園に行ったらカゼもらってくるよ~」

とか、

「保育園でもらってきたカゼで一家全滅」

という話は、お子さんをお持ちの知人からよく聞く話。ご他聞に漏れず、うちも今月はひどいことになった。4月、貴一朗が保育園に行き始めて数日後にもらってきたカゼが、最初に僕に移り、喉がイガイガ(何とか数日で終了)。かと思うと、連れ合いも喉をやられ、普通のご飯が食べられなくなり、お粥にして~。そして、一昨日あたりから、再び、僕の方に。寒気がして、やばいな…と思ったら、やはり夜中に喉が痛くて起き、昨日は数年ぶりに39度の熱。大したことはないだろう、と思い、買い物に行ったら、買い物先で動けなくなってしまい、タクシーで帰宅する、という始末…貴一朗は、と言えば、まだまだ夜中の咳と鼻水が少々。もう1ヵ月近くになる。

元気であれば、アホでOK。貴一朗が生まれた時からそう思ってきて、小さな体で夜中に咳こんで辛そうにしていると、なんだか切ない気分になる。

「代われるもんなら代わってやりたい」

意外に病弱だった幼少期に母親がよく言っていた、その言葉もよくわかる。本当にこの休み中によくなるとよいのだけど。

2017年4月29日土曜日

とはいえ…

おカネはないけど、なんかそこそこ幸せ、という虚像を作り上げようとしていること自体がどこか病的なのだけど、精神衛生上はそう思うようにしておいたほうが、間違いなく良いだろう。そうやって、病的な状態から、病の状態に移行することを防いでいるのだ。

なんて書いてみた後に、こんなことを言い始めても説得力がないけど、この1か月、貴一朗を保育園から連れて帰ってくるところから、寝かしつけまでやって、大体8時半から9時。フーッと一息ついて、10時。大体、もう使い物になるわけもなくて、少し高揚していた4月の前半は、ブログに手を出してみたりもしたけど、職場の仕事が忙しくなり、体力をある程度使い果たした状態で、この時間になると、もうパソコンなんて音楽を聴く箱にしかならない。少し慣れたからか、今日は久しぶりに手を動かしてみようと思えたので、連投してみたけど、さてさて。GW後がどうなっていることか。

やりたいこと、やらねばならないこと、ほんの少しずつちゃんとあるから、こんな気分になるのだろう。最初に戻る…なのだけど、めんどくさいので寝る。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

子ども学と子育て Vol.16 保育園その後

4月6日@広大

土曜日の午後に広大にて
保育園に行き始めてそろそろ1か月。貴一朗は少しずつ保育園にも慣れ、行きも帰りも以前のように号泣ということはほとんどなく、連絡ノートを見ても、楽しくやれるようになってきたようだ。ただ、保育園に行き始めてすぐにもらった風邪がまだ治りきっておらず、それだけが心配だ。

とりあえず僕が広島にいる限りは基本的に貴一朗の送り迎えは僕の仕事。10㎏になる貴一朗(それでも僕の10分の1程度/ということにしておく)を抱っこ紐に入れて毎朝夕20分かけて保育園に行く。これはなかなかの重労働で、最初の2週間は腰が張って、なかなかしんどかった。だけど、この往復40分は貴一朗が僕の一番そばにいる時間で、歩くのに慣れてくると、僕にとっては実に楽しいひと時。特に帰り道。保育園に迎えに行って、僕を見つけて嬉しそうにする貴一朗を抱きかかえて、途中でお気に入りの松の木のそばで少し松の葉に触らせて、鳥の声に耳をそばだててみたり、時に木陰に寄り道してみたりもする。

土曜日も午前中だけ貴一朗を預かってもらうことが多いのだけど、さすがに週6勤務はかわいそうなので、先週は迎えに行った帰りにキャンパス内の芝で少し放牧。桜の時期は終わっていたけど、青々とした芝の上をテクテク歩き、時々、落ちている小枝を拾って振り回す。狭い家の中と保育園の往復で、こんなことをいつもしてやれるわけでないので、少し罪滅ぼし。

少しずつ、貴一朗も僕ら夫婦も生活のリズムが出てきて、裁量労働制をギリギリまで謳歌していた僕の生活も、サラリーマン的なものになってきたけど、貴一朗まですでにそんな生活の型にはめ込まれようとしている。ハビトゥスというのはこうやって形成されていくのだな…とそれらしいことを考えてもみるのだけど、それにしても、1歳そこそこで保育園に預けてしまっていいのだろうか。もちろん、そういう型にはめ込まれている(かなりそこからは遠い人たちだったのだけど)夫婦ともに働こうと思うと、核家族の我われはこうせざるを得なくて、でも、まだまだ乳離れさせるのは早すぎる気がしてしまう。どこかの国の記事で、生まれてすぐに子どもを一人部屋で寝かせるらしいことを読んだけど、果たして、それで「独立心」みたいなものは早い時期に成熟するのだろか。また、成熟させる必要があるのだろうか?乳離れも、自然に、と思っていたけど、保育園に行きだしてから、そう考えていた僕まで「けじめを!」とか言い始めてしまったし…

親子ともに社会にかかわることは、つまりこういうことなので、今のところは従っておくしかないのだけど、なんかまっすぐに曳かれたレールの上に乗せてしまったな、というほんの少しの後悔を感じながら日常は流れていっている。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年4月12日水曜日

藏本龍介(編)2017年3月『南山大学人類学研究所公開シンポジウム 講演録 「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究』

講演録表紙
昨年12月に南山大学で発表したシンポジウムの講演録ができました。

これは編者の藏本さんが主催する研究プロジェクトの中間報告的な位置づけの報告書です。このプロジェクト自体は2010年ころから小さく始めていて、もう足かけ7年に渡って続けています。一昨年、小さな研究費がとれたのを契機に、この講演録でご一緒している門田さん、岡部さん、そして、ここには出てきませんが、東賢太朗さん(名古屋大学)や中尾世治さん(地球研)と言った、元気のいい若手研究者が集い、切磋琢磨してきました。僕は毎度この研究会の濃密な議論についていくのが精いっぱいで、勉強させていただいているだけですが、手弁当で始めた研究会の成果が、現物として出てくると非常に感慨深いものがあります。

しかし、これはあくまで「中間」的なもの。今年はこれを元に学会発表があり、新たな研究プロジェクトへの昇華という作業があります。振り落とされないように、頑張ってついて行きたいと思っています。

恐らく近いうちにお配りできるものが出てくるはずですので、ご関心のあるかたは、以下のURLからお申し出ください。

http://shimizujbfa.wixsite.com/shimizupage/contact

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年4月11日火曜日

子ども研究と子育て Vol.15 保育園に行き始める

20170330
正月よりも「新年」を感じる4月。僕は今年度も広島に残ることになったけど、うちにも少し「新年」がやってきた。貴一朗を出産する1月前まで働いていた連れ合いが仕事をはじめ、それに伴って、貴一朗が保育園に行くことになった。

「保育園落ちた日本死ね」というのが流行語になり、我われも我がことのように戦々恐々とした。しかし、当時はまだ連れ合いの仕事が決まっておらず、面接のときには、かろうじて大学職員用の保育園に一時保育をお願いすることができたけど、仕事先の試験では子どもを連れてきてはいけない、と言われる。そもそも、企業なりのやり方がまったく子育てに優しくない、「日本死ね」の意味が身に染みてわかった。

ともあれ、本当に幸運にも、僕の職場の建物から徒歩圏内の認可保育園に決まり、貴一朗は今月から保育園に行くことになった。1歳1か月。連れ合いともども、実はとてもとても切なくて、もう少しそばで育てたいと切に思う。だけど、うちのこれからのことを考えると、どうしても連れ合いも働かねばならないし、本人のキャリア的にも働いたほうが良いのは間違いない。

他方で、アフリカの社会に思いを馳せると、実は、保育園など、アフリカの村では無縁で、これは間違いなくアフリカの大家族制があるからである。日本でも2世帯、3世帯で暮らしているところは、本当は保育園というのはいらないのではないか?日本の保育園というのはご存知の方も多いと思うが、「教育機関」ではない。「保育」するところなのだけど、昨今の保育園はずいぶんと「教育」をしようとするところが多くなっているようだ。「教育」は社会化を促す営みであるのは間違いなくて、それは家族内であっても、より他者性の強い保育園の場であっても、(母)親以外の人に接する場があればよいように思うのだけど、それゆえに、何か、家族の中で育ててあげたい気がする。

朝、貴一朗を保育園に送り届けると、彼は僕の足にすがって号泣する。そのうち慣れるよ、と思いつつ、「ごめんな…」とつぶやきながら研究室に向かう…毎日遅い昼飯を食べると、あとは、貴一朗を迎えに行く時間から逆算して怒られない程度の仕事をして、貴一朗を迎えに行く。保育士さんに涙目で抱っこされている貴一朗が僕の姿を認めると、ぴたりを泣き止んで、体を乗り出す。普段は暴れる抱っこ紐に入れられるときも、この時ばかりはおとなしい。10㎏になる体重をすべて預けて、帰り道をゆらゆらと歩いて、帰る。今までもあらん限りの時間を使って愛情を注いできたつもりだけど、保育園に切り取られた時間分の愛情を注がなければならないような強迫観念にも駆られてしまう。きっと家族に預けておけばそんな思いもしないのだろうな…と、保育園に行かせることが、何かを失っているような気までしてきてしまう。

過保護…ですかね…

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村