2017年12月27日水曜日

【食文化シリーズ】ンゴレ

クリスマスの朝。基本的にあんまり関係ないので、たまった作業をしています。よく考えたら、昨日はクリスマスイブで、ストリート・チルドレンを集めてNGOの庭で行われたクリスマス会のカメラマンをやり、少しそんな気分を味わったけど、夜は、ベンガの写真を撮りたくて、屋台でベンガを買ってホテルの部屋で簡単に済ませた。まあ、調査中だし、仕方なしです。

気を取り直し、ゴンレのことも書いてなかったな、と思い出し、今回2度ほど食べに行った。結構小腹が空いたときに歩き売りから買って、サクッと食べるのを想像していたら、ずいぶん前にアブドゥルから流行りのンゴレ(発音がこれでは違うような気がするのだけど、日本語的にはこうするしかないので)屋があるというのを思い出し、用事があった日のお昼にそのお店を訪れた。
Ngolé Modern
お、おしゃれだ…緑色の団子状のものがンゴレ。写真の上の方の菜っ葉は、ナスの葉。たぶん黒い普通のナス。そして左下に添えられているのが、トウガラシ2種(黄色、赤)、塩、あとはンゴレの蒸す前のものだろうか。これで500Fcfaなり。ンゴレにしてはバカ高い。でも、たしかにこんな風にしたらそれくらい払ってもいいなか、と思えるくらいよいビジュアルになる。

ンゴレもそもそもはササゲから作る。僕の記憶の中では、もっと深い緑いろをしていて、あんまりビジュアルもよくなかったように思うのだけど、別で食べたンゴレもこのモダン・ンゴレと並んで鮮やかな黄緑色をしていた。
茹でたササゲを冷まして水洗いして皮をトル
作り方です。まず、一度茹でたササゲを冷まして、それを水洗い。豆の薄皮をきれいに取り、それを近所にある、撹拌機(ピーナッツ・オイルなどを作る大きな機械)でドロドロにする。攪拌の前に、タマネギの茎を混ぜておくのだけど、これが黄緑色の元ですね。それに水を加えながら、ひたすら混ぜ、少し固まってきたところで、ラップに包む。
ドロドロにしたササゲとタマネギの茎を混ぜ合わせる
これをさらに蒸して出来上がり。大体の場合、油を少し回しかけ、塩を振って召し上がれ。
最後に蒸す
それにしても手が込んだ料理で、ササゲを何とかいろんな方法で食べようとしているのがよくわかる。ある程度安定的に収穫できるササゲ。常食の生産の意味もあるけど、もう一面では、雑穀が取れない時にでもある程度収穫できる救荒食の意味も強い。それを上手く調理したのがンゴレなのかもしれない。

やっぱりこの地域の食文化を考える上で、ササゲは大事だな、と思う次第。

2017年12月23日土曜日

【食文化シリーズ】キリシ

ずっと主食ばかりにフォーカスを当ててきたけど、ほかにもブルキナファソにはたくさんの食文化がある。ということに気づいたのは、今回の調査では、ほとんど車を使わずに、かなり歩いているから。プロジェクト期間中にはいくつものフィールドを移動するのに、どうしても車を使うことが多かったが、今回は久しぶりに自分ひとり、自分のためだけの調査なので、とにかく歩いている。

ストリート・チルドレンの調査をしていると、彼らの寝床の裏にマトンを焼いている店があった。これまであまり目に入らなかったが、ちょっと覗いてみると、こんな光景が…
キリシを焼く
 あー、これ、なんていうんだったかな…同行のルードビックに尋ねると、「キリシだよ」と。そうそう。ブルキナファソの東側の大きな町、ファダ・ングルマFada N'gurmaでたくさん売っているやつ。牛肉を薄く切り、僕はこれを干すのだと思っていたけど、こうやって焼くんですね。ビーフジャーキーみたいな感じで、ビールのお供にぴったり。
キリシに2種類あるのを初めて知りました。
僕がファダ・ングルマを通りかかると、大体スパイスが塗られたものを買っていたけど、スパイスなしもあるんですね(こちらが普通のやつなんでしょうけど)。

でも、これはトやコメと一緒に食べられるわけでもなく、おやつにしてはあまりに肉々しいし、やたらとたくさん焼かれているし、みなさん、どうやって食べているんでしょうね。

2017年12月19日火曜日

【食文化シリーズ】カフェオレ

12月11日からブルキナファソに来ています。

到着した日はなかなかの涼しさで、とても楽ちんかな、と思っていたら、ここ数日間は日差しも強く、そうは問屋が卸しません。やっぱり結構暑いです。

到着の翌日火曜日から調査を始め、うまくいってるんだかいってないんだか、なんかフワフワした始まり方で、今回でなくてもいいデータが先に集まり、今回欲しいものがなかなかでてこないという展開です。

ただ、週末のコングシ、サガボテンガの調査(これも仕掛けの段階)はすんなりと欲しい情報は大体集まり、守備は上々。

コングシに行くときは、2回に1回はいつものサンドイッチ屋さんでサンドイッチを買い、ワガドゥグを抜けるあたりでコーヒーを飲みます。今回は、久しぶりにカフェオレ。ブルキナファソのキオスクでは、Un cafeとは言わずに、Un nescafeと言って注文します。当然のことながら、ネスカフェが出てくるのですが、ここで驚くのは、それよりもカフェオレ。

グラスに注いでいるのは、牛乳ではなく練乳。日本では結構高いですよね。この量を入れたら、100円くらいにはなるのではないでしょうか。なぜかブルキナファソでは練乳が安く、この缶(500g)で1,000Fcfa(約200円)程度。

たっぷりと練乳を入れて、その上からネスカフェを小さじ一杯。そしてお湯を注いで出来上がりです。

何も言わないと、基本的にパンがついてきて、こんな絵ずらになります。ちゃんと層が分かれていて、きれいですよね。サンドイッチを食べたせいで、パンを無理やり腹に押し込めてコングシへの旅の始まりです。




2017年12月1日金曜日

今年の大仕事

ネパールのカトマンズに来ています。南アジア自体、2013年のIUEAS以来2回目です。かと言って、その時のように、ワクワクするでもなく、日々淡々と過ぎていきます。仕事をして、ビールを飲んで寝る、朝早く起きて、少し原稿を書く、と言った生活で、ネパールにいることを意識するでもありません。

10月末から続いた、所属先が請け負っているJICAの集団研修の在外研修の付き添いでこちらに来ているのですが、日々失敗がないか、という僕にとってはかなりストレスのたまる日々で、原稿を書くことで精神を解放させなければ押しつぶされてしまいそうな毎日。でも、これも今日でおしまい。きっと二度とこういう仕事はしないだろうと思っています。

この仕事は7月頃からボチボチと始まり、8月後半から9月にかけては、5週間にわたる研修を作り上げる仕事に忙殺され、12月も広島にいれば後始末に追われるはずで、大体4か月この仕事にかかりきりになります。確か、こういう仕事は苦手な方ではなかったはずなのだけど、要求される能力にはどうも力不足で、去年も今年も全くうまく行かなかった、何とか事故なく終わろうとしている今はかなりホッとしている半面で、何か打ちひしがれているような、そんな気分にもなっています。

カトマンズという町で、いろいろもがいていても、受け取る研究会の案内やFBに溢れるフィールドの話はどんどん目の前を流れていくわけで、何かそういう世界がキラキラしたものに見えてきて、自分がどこに向かっているのか、ここで何をしようとしているのか、否が応でも考えさせられます。

旅行者がリュック一つでインドからめぐり、たどり着く旅の終着点のカトマンズ。旅行者が自分探しの果てにたどり着くように、奇しくも僕もこのあたりでここにいるのは、そういうことなのでしょう。少なくともあと少し、自分が信じた道を歩いてみようと思います。

12月に入りました。しばらく更新が滞りましたが、このブログももう少し賑やかせるような、生活を送りたいと思います。

2017年11月4日土曜日

『子どもたちの生きるアフリカ』ようやく刊行!

新刊と「とうちゃん、頑張ったね」?by きい

2014年に構想を立て始めた「アフリカ子ども学」の本。3年半の月日を経て、ようやく発売になりました。

17人のアフリカ研究者による力作ぞろいで、17通りの視点からアフリカの子どもを描きました。この本の主眼は、「アフリカの多様性に関する正確な理解を促すこと」(はじめにⅰ)、「多様なアフリカの各地で生まれ育つ子どもたちの現実を学ぶこと」(はじめにⅱ)ということです。そして、「子ども=弱者」、「アフリカ=貧困」という従来的な枠組みに陥らないこと、これも私たちが強く望んだことです。もちろん、こうした図式を、最近はやりの「排除」してしまうことは、逆の意味で誤った記述を導いてしまうので、これらの図式を含みこんだ現実を書き込もうと思いました。

ご予約はアマゾン昭和堂さん(クリックするとそれぞれのページに飛びます)からどうぞ。すでに印刷が終わっていますので、それほど時間はかからないと思います。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

2017年10月6日金曜日

子ども学と子育て Vol21 いやいや期

いい顔 201709
貴一朗のことを書くのも久しぶり。
現在、1歳8か月を迎えようとし、保育園も落ち着き、多少かぜっぴきも収まってきたような(という願望もあり)。半年で身長は4㎝伸び、体重も11㎏になりました。

完全に意図的に親が「ダメ」と言われることをやり、かまわれようとするし、ちょっと自分の要求が受け入れられないと首を横に振り、イヤイヤ…「自我が芽生え始め、自分の要求をぶつけてくるようになる第一次反抗期」、いわゆる「イヤイヤ期」に突入したと思われます。

しかし、この間、言葉がたくさんでるようになり、パパ、ママはもちろん、貴一朗を鏡に映すと、指をさして「きいちゃん」というようになり、僕らが発する言葉をリピートしようとするようになりました。食事の前には、いただきま「す!」、あとには「ごちそうさまでし「た!」。

もう一つ大きな変化は自分でなんでもやろうとするようになったことでしょうか。スプーン、歯磨き、積み木…たとえば積み木は僕らが積んだやつを壊すだけだったのが、自分で積むようになりました。そして、最近、車が好きで、カーズに大ハマり。保育園の帰りも「バチュ」と言ってバスが通ると大興奮。こちらは貴一朗の興味についていくのがなかなか大変なのです。

こうしていろいろ羅列してみると、本当に日々何かを覚えていくのが分かります。子どもの吸収力は本当にすごい…

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年10月3日火曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-3 【食文化シリーズ】

これも書かねばならないでしょう。

その前に、備忘録的に。食べ物の話を書きつけるようになって、今や、こちらの方が中心的になりつつあって(研究もしてますし、ドラゴンズも細々と応援してます)、気が付いたのが、食べ物の写真は撮っているのに、店や周りを撮っていない…大体違う料理を撮っているのですが、店の写真などあれば、もう少し雰囲気の違う絵も撮れたのではないかと。

さて、バレンシアと言えば、オレンジがさっと思い浮かぶのですが、パエリアもバレンシア発祥とか。また、スペインと言えば、バルでタパス、というのも思い浮かぶし、ワインやサングリアも有名。そして、ハモンセラーノなど生ハムもある。実に期待できます。発表資料作成でいっぱいいっぱいで到着まで、珍しく考えもしなかったのですが。

9月13日お昼ころにバレンシアに到着。ホテルに着いたのが2時ころで、そこから近くを散策しながら昼食。ちょうど学生街の中にあるホテルだったので、そこら中に安メシ屋があります。昼から学生と思しき若者たちがビールをチミチミ飲みながら談笑しているのが、いかにもラテンの国です。

とりあえず、なんとなく英語が通じる店に陣取り、昼食をとりました。入った店の看板には「Yakisoba」の文字。さすがにスペインくんだりまで来て明らかにジャンクなものは…ということで、こちら。十分ジャンクな感じはしますが、チキンソテーの定食。7ユーロ也。少々学生には高いんだろうと思いますが、鶏肉のしっかりした弾力が印象的でした。

0913昼食
2004年に当時滞在していたフランスのトゥールーズから鈍行でトコトコとバルセロナに行ったことがあります。フランスからスペインに来て、一番よかったのは、朝めしが塩気があること。フランスはバゲット、バター、ジャム、オレンジジュース、コーヒーのような軽めで甘め。実はあんまりこれが好きではないのです。
今回も少々期待していたら、チーズに生ハム、ベーコン、トマトソースなど、思った通りの朝食にありつきました。

0914朝食
そして、会議。
ランチは主催者の手配、ということで、「まあ、学会だしな…」とあまり期待していなかったら、案の定立食パーティで、細かいオードブルがちょこちょこ出てくるのだけど、この日は、〆にこれ。特大パエージャ。もちろん、そこそこ人数がいるので、アフリカのようには行かないけど、これは見ごたえがありました。
0914昼食
今まで気が付かなかっただけかもしれないですが、若いソラマメなんかが入るんですね。日本で食べるときは大概シーフードやらでゴテゴテしているから、目が行かなかったですが、ベジだとこんな風になります。これはこれで旨かったです。
0914昼食

0914昼食
この日は小林先生ともども発表が終わり、少しホッとして夕食をとることに。長距離移動で体調のすぐれない小林先生のリクエストで軽めに(きっと、僕とどこかに行くとギトギトなものを喰わされるということもある)。バルをネットで調べると、ホテルから500mくらいのところに評判のよいところがあったので、そこで食べることにしました。

タバコの煙で煤けたカウンターのショーケースからいくつかタパスを選び、ワインで流し込むようなイメージをしていたのですが、この店はイケメンの兄ちゃんたちが、おそらくDIYしたこぎれいな店内で、ショーケースもありませんでした。メニューはあまり読めませんでしたが、お互いにたどたどしい英語で話したら、どうもかなり日本料理に近い物ばかり。スペインでもヘルシー志向が強まっているのかもしれませんね。

0914夕食
たとえば、「マグロのたたき」。カルパッチョとは言ってましたが、写真の通りで、ソースは醤油。
0914夕食
これは和食っぽくないけど、いわゆるタルタル。これらをワインでチミチミと。

この翌日もこの店でこんな感じで行きましょうと言って、親切な店の兄ちゃんにも「明日も来るよ」と言ったのですが、残念ながら懇親会に出ざるを得ず、伺うことはできませんでした。でも、隣のカップルが食べていた「天ぷら」、旨そうでした。「天ぷら」は確か、スペインかポルトガルがオリジナルですよね。すっかり和食っぽくなってますが、「本場」の天ぷらもいただいてみたかったです。

0915朝食
そして翌朝。前のエントリーでも触れた中央市場の中のスタンドにて、「2度目」の朝食。「スパニッシュオムレツ」というくらいだから、喰っておこう、ということで。

飛行機で降り立つバレンシアは、茶色くて固そうな土の色、なだらかな丘が続き、そこに、柑橘系の畑が広がる、乾燥地の景観。4年も乾燥地の研究プロジェクトにいたので、「乾燥地」だから貧しくて…などと言う気はないですが、あの景観からは想像もつかないくらいにバリエーションの多い食生活をおくった気がします。もちろん都市の真ん中でのたった数日間の生活だけなので、そのあたりも引いておかねばなりませんが。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年9月29日金曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-2


中央市場
発表翌日の9月15日。同行していた小林先生とともに午前中を街の散策にあてることにする。最近の大学やらの風潮から、出張中は100%業務に充てるべき、というような雰囲気を醸し出しているけど、少し街を見て回る、文化歴史の資料に触れる、というのはそこそこ大切で、今回などは建築学の専門家と回ったら、間違いなくいろんな勉強になる。だから、これも仕事。何と言われようとも(笑)。

この日は、バレンシアの旧市街に。まずは、家庭内平和を守るためにお土産を買いがてら、中央市場から。僕はブルキナファソの市場以外では、フランスあたりしか知らないけど、こんなに明るくて、観光とここに住む人たちが旨く混ざり合っている市場は見たことがない。何を買ったかは、まあ、あの例のやつで、連れ合いにはまずまずの評判で、家庭平和には大いに寄与したということで、一つ言い訳が立った。

La Lonja de la seda
二人ともまったく勉強していなかったので、行くあてもなく、少し歩いていると、威容をたたえる建物、なんか入れそうな雰囲気だったので、「ここ入ってみますか」ということで建物の中に。今、少し調べたら、La Lonja de la sedaという建物で、もともと絹の商館だったところらしい。スペインと言えば、大航海時代の主役。中国あたりから、大量の絹などの商品がこのあたりに出回っていたのだろう。床の大理石や細部にわたる装飾は今でもピカピカで(ものすごくちゃんと手入れしているのだろう)、チャペルにもなっていたというホールは天井まで10mほどありそう。
La Lonja de la Seda
これがホールなのだけど、この柱。質実剛健なゴシック様式から、より複雑なバロック様式へのトレンドの変化の中で、こうした柱の形が生まれてきたのではないか、というのが小林先生の解説。まっすぐな柱ではなくて、グニッと巻いてやる。でも、この柱、継ぎ目が見えるけど、輪切りにしてぴったり合うように、石を削っているのが分かる。その瞬間、とんでもない時間と労力がかかり、さらに、ものすごく複雑な技術がそこにあることに驚く。
La Lonja de la Seda
これがメインのホール。打ちっぱなしの白い白壁をスクリーンにして、解説のビデオが流れている。スペイン語にて、よくわからんかったですが。

La lonja de la seda
そして、2階に上ると、天井にはこんな装飾。金をふんだんに使った、天井には、ドラゴンや実在しないアイコンがちりばめられている。おそらくイスラームの文化ではなく、中国や東洋の文化がそこにはあるのではないか。先ほどの大航海時代に作られたものだとすると、割と説得力のある話ではないだろうか。まさに文化接触の跡だと考えると、当時の光景が迫ってくるようでわくわくする。
大聖堂
そしてもう一か所、大聖堂を訪れた。お世話になった先生から、「ここは行くべし」と言われたところだ。

この大聖堂はバレンシアの旧市街の中でもメインの観光スポット。確か、朝9時過ぎくらいに着いたのだけど、すでに結構な人。
この大聖堂は、もともとモスクのあったところに13世紀に建設が始まる。現在の形になるのが18世紀とのことなので、実に500年ほどの時間がかけられている。この話を聞いて、サグラダファミリアを想像してしまうのだけど、こんな風に何世代もかけて一つの建築を完成させていく、というのはスペインならではでないだろうか?

思い出すのが「レコンキスタ」。711年にウマイヤ朝がジブラルタル海峡を超え、当時イベリア半島を支配していた西ゴート王国をピレネー山脈まで追い詰めるが、その後1492年までかけてイスラーム勢力を押し返す動きのこと。世界史で習ったけど、もちろん、これは付け焼刃。

この聖堂は12世紀ころに原型ができそこから次第に建て増していったものだろう、というのが小林先生の談。実際にゴシック、ロマネスク、ルネッサンス、バロック、ネオクラッシックという様式が混ざっていると言われる。そして、今初めて知ったのだけど、最後の晩餐の「聖杯」(だとされているもの。科学的に検証されているらしい。)が展示されている。Travel.jpのサイトを見たら、確かに現物を見たけど、スペイン語の解説のため、何のことやらさっぱりわからず、「ふーん」くらいで。写真撮っておけばよかったと後悔…

この写真の白い垂れ幕のある当たりから先がバロック様式。礼拝堂のシンプルな直線的な様式の先には、豪華絢爛な絵画、建物も非常に趣向がこらされている。

こんな感じ。

この大聖堂は、もともと聖人の墓地の上に建てられた、聖廟としての一面も持つ。展示で面白かったのは、地下に階段が伸びていて、聖人の遺骨も見ることができる。考古学的な研究もしっかりなされているようで本当に見応えがある。

観光のなんたるや、なかなか難しいけど、ここまで本気で研究の進んでいるサイトは見ていても、実に充実感を伴う。しかし、思ったのは、やっぱり行く前にガイドブックくらいは勉強しておくべき、ということ。La lonja de la sedaにしても、大聖堂にしても、世界遺産登録されているわけだし、なんかしら見るべきものはちゃんと見られるように準備しておくべきでした。また行く機会があればいいのだけど…

retrip(https://retrip.jp/articles/18818/)、Travel.jp (http://guide.travel.co.jp/article/7090/)を参考にさせていただきました。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年9月16日土曜日

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-1

今週はスペインのバレンシアのバレンシア専修大学で行われたSOSTierraという国際会議に小林広英先生と参加しました。

スペインは2004年以来2度目の訪問で、バレンシアは初めて。ドタバタで出発したため、オレンジとパエリアしかイメージがない状態での滞在でした。

今回の会議は、各年で行われる「土造りの建造物の保存についての国際会議」で、アカデミックなものから、アクションが伴ったものまでが含まれています。そして、国連も関わっているので、さて、どんな格式ばったものかと思いきや…

フルペーパーがこんな本になりました
まあ、この会議の参加するまでは紆余曲折でした。かなり消耗しました。

まずこの会議に応募を決めたのは、昨年の後半のこと。ちょうど年末にパリでこの話題で発表させていただいていたので、英語の資料は作ってあったものの、最初のアブストラクトで「英語がプア」という評価。かなり凹んだものの、英文校閲に出すなどしてなんとか通過。その後のフルペーパーもかなり査読がきつく、あきらめかけたこともありました。 しかし4月に何とか通過の通知をいただき、さて今度は渡航費の工面。ほぼ確実に当たると思っていた助成金に落ち、京都精華大学のウスビ・サコ先生から研究費をいただき、何とか参加できることになりました。

しかし、3泊5日の超強行スケジュール(先週あたままでブルキナにいたのですよ)…
現在途中のフランクフルトでこれを書いていますが、なんか頭がボーっとしています。

なんと、最優秀発表・論文賞!!
 しかし、そんなこんなで道のりは険しいものでしたし、自分の発表は時間オーバーという、とんでもな感じでしたが、小林先生のプレゼンがこんな賞をいただきました。「ビギナーズラック」などと謙遜されていましたが、僕のアウトローな発表はともあれ、唯一、フィールドの知を体系化した、また、これまでの研究蓄積の上に立ったそれは重厚で見事
な発表でした。僕がセカンドにいるのは、フィールドの調整の功績のためで、本当にうまく活かしていただけたました。

受賞者2人とサコ先生
そして3人でパシャリ。

2.5日の短い滞在でしたが、スペインにも新たな友人ができ、また新たな世界が広がった気がします。

人類学にも「建築人類学」という領域があり、数は少ないですが、何人かの方が精力的に活動を続けています。多くが建築学畑の出身で、図面はしっかりかけるし、何より、非常にわかりやすい議論をされるのが印象的です。これくらいで自分をそう名乗るつもりもありませんが、「住まうこと」は人間の生活のとても大きな要素であることは間違いありません。もちろん、人類学でもとても重要なテーマです。今回はそういう意味で、とても多くのインスピレーションを得られた滞在でした。

2017年9月12日火曜日

『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』校正作業がおわりました

昭和堂HPより(http://www.showado-kyoto.jp/book/b310341.html)
来月か、遅くとも再来月には本が出ます。亀井伸孝先生との共編で、『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』というタイトルで、出版社は昭和堂さんです。

原稿を書き、形になるまでには、かなり長い時間がかかるもの。最長は一本の論文で4年かかった、というのがありましたが、この本も2014年の構想で、3年かかってようやく出版にこぎつけました。もちろん謝辞には入れさせていただきましたが、執筆者や編集の松井久見子さんはもちろん、特に前職の上司、田中樹先生の後押しがなければ実現しませんでした。本を編むという作業は初めてのことで、五里霧中のなかで、本当に皆さんに支えてもらったな、ということを切に思います。

発売日が決まりましたらまたブログ上でお知らせしたいと思います。

■■目次■■
第Ⅰ部 乾燥地に生きる
 第1章 子どもの物質文化――ボツワナの狩猟採集民ブッシュマン
 第2章 小さなイスラーム教徒たち――セネガルの農耕民ウォロフと遊牧民フルベ
 第3章 ストリートに生きる子どもたち――ブルキナファソの最大民族モシ

第Ⅱ部 サバンナに生きる
 第1章 日常生活の中の学び――ケニアの牧畜民マサイ
 第2章 大人顔負けの子ども組織――マリの農耕民マリンケ
 第3章 恋する娘たちの結婚と就学――エチオピアの少数民族マーレ
 第4章 学び、遊び、夢いっぱい――ザンビアの農牧民トンガ

第Ⅲ部 熱帯雨林に生きる
 第1章 森との向き合い方を学ぶ――カメルーンの狩猟採集民バカ(1)
 第2章 学校と遊びの今昔――カメルーンの狩猟採集民バカ(2)
 第3章 「里」と自然体験――ガボンのムカラバ国立公園で

第Ⅳ部 水辺に生きる
 第1章 生物多様性の宝庫に生きる――マラウイの漁民、チェワ族とトンガ族
 第2章 クルアーンを詠唱する子どもたち――マリの古都ジェンネで
 第3章 海で遊び、生きかたを学ぶ――マダガスカルの漁民ウェズ
 第4章 水上スラムで育つアイデンティティ――ナイジェリアの少数民族エグン

第Ⅴ部 都市に生きる
 第1章 スラムで学び、遊び、働く――ケニアの首都ナイロビで
 第2章 徒弟修行の若者たち――ガーナの産業都市クマシで
 第3章 農業に親しむ子どもたち
              ――南アフリカ共和国の国際観光都市ダーバン近郊で


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

2017年9月11日月曜日

SOStierra@Universitat Politecnica de Valencia

SOSTierra (http://sostierra2017.blogs.upv.es/)より
ウキウキのヨーロッパ。スペイン。バレンシア。パエージャ。ワイン…

という浮かれた気分はまったくありません。現在、本日中に出さねばならない原稿の校正作業と公募書類と、そして、この国際会議の発表原稿(これがほとんど終わっていない)に押しつぶされそうな、実に陰鬱とした気分の真っただ中。

昨日はせっかくの休みだったのに、ため息ばかりで、連れ合いに「幸せが逃げる」とか言われ、嫌な言葉を吐き…そして、ほとんど寝られず、やはり朝から気分はボロボロ。

そんなこんなで明日からスペインで開催される、「土づくりの建造物の保存と持続可能性の国際会議」に出席/発表してきます。かなりの弾丸ツアーで、3泊5日。しかも、チケットの都合で福岡発着(もちろん連れ合いの実家は素通り)。発表が終わったら睡眠だけはきっちりとろうと思います。


2017年9月10日日曜日

ずいぶん放置しました

20170828Yalka村にて
時々、「あぁ、ブログ書いてないな」と思いつつ、やることが多すぎて放置してしまっていました。もともと僕自身が書き癖をつけるために始めたのですが、約3か月、書かない日はなく、したがってこちらにまで書く気持ちが回りませんでした。

でも、ちょっとこちらにも書かねば、と思ったのには、あるきっかけがあったからで、このきっかけはいずれご報告できる日も来ようかと思います。現在約800のエントリーをしましたが、こんな駄文の山を丁寧に読んでいただいた方がいらっしゃった、ということです。いいオヤジが人に煽てられてやる気を出しなおした、というあまりみっともいいわけではありません。

ブログをすっとばしはじめたのは6月だから、あの原稿が上がって、あれがもう少しで…というのがあって…

今回はつい先週までは2週間ほど滞在したブルキナの話題。

今回は今年から参加させていただいている、「サニテーション価値連鎖」(PL船水尚之教授)というプロジェクトの仕事。人間由来のし尿をいかに利用するか、ということがプロジェクトの目的で、今回は初回ということで、フィールドの候補になるバム県の視察とワガドゥグのし尿処理の話に力点が置かれたものでした。

ブルキナのヒトがなぜトイレを使わないのか、ということをめぐって、さまざまな憶測が飛んで、いろんな先入観に染められたままフィールドに入ったのですが、村のヒトでも意外にトイレを使っていて…といきなり先入観があまり正しくなかったことから始まり、村でも汲み取り業者が回ってくる、という、し尿をめぐる経済的なサイクルがあることで、まったくストーリーが変わってきたというのが現状。とても刺激的で、今までの村落の研究ではなかった話が出てきそうです。

今日はリハビリにて、このあたりで。

2017年6月12日月曜日

子ども学と子育て Vol.20 親の気持ち

寝起きの貴一朗201705
貴一朗1歳3か月。日々保育園で格闘しながら、懸命に生きている。

親の気持ちが分かるなど、まだまだ言えないけれど、自分ではそんなつもりもある。

僕は割と遅い子どもだった。僕の下に6歳年下の弟がいるけど、彼の場合はもっと遅い子。父は44歳か45歳くらいだったのではないだろうか。大学生あたりから、「結婚と子どもは早いほうがいいよ」ということはよく聞いていたけど、ダラダラと遊び惚けていた僕は、まったく実感もないまま、ようやくどういう意味だったか、ということが少しずつ分かってくる。それで、よく考えるのが、例えば、大学生の時に学生結婚をしていたら(20代前半)、会社に勤めていた時に結婚していたら(20代後半)、また大学院に入るくらいに…ということで、そんなことは「たられば」の究極系みたいな話。

40代前半が終わろうとしている今の時期は、20代、30代に比べたら格段に忙しいような気がするけど、当時もなんかよくわからないことで忙しかったような気がする。もちろん、その間いろんな経験もするわけだから、今でないほうがよかったかと言えば、今がベストな時期だったような気もする。でも、その間で失ったものは大きくて、僕の体力と寿命までの時間。もっとも切実な問題なはずなのだけど、そんな風に実感することはない。20年も前に亡くなった父は「なんとか大学までは…」ということを言っていたような気がするので、僕も最近そう思うようにしている。うまくストレートで行ってくれれば、貴一朗が22歳で僕が62歳。うまくどこかの大学に潜り込んでいたとすると、定年間近。たぶん奨学金は返し終わっているから、早めに年金をもらって、少し連れ合いとのんびりと。なかなかハッピーな人生設計だと思う(別に大学には行かんでもいいように思っている。むしろ、包丁が使えるようになったら、かっこいい)。

別にいい話ではないのだけど、たぶん、こういうのも親の気持ちというやつではないか、と思った。貴一朗の寝起きの顔の写真を眺めながら、考えた寝ぼけた話。そんな悠長な時代ではないはずだし。

2017年6月8日木曜日

『社会問題と出会う』

古今書院HPより


この原稿を書き始めたのが2013年ころ。本が1冊できるというのは時間がかかるものです。もちろんいろいろ大人の事情などもありつつ…

6月22日に『社会問題と出会う』(FENICS100万人のフィールドワーカー・シリーズ 7)が出版されます。(画像下の説明文のところから、目次や序章がチラ見できます)

僕が書いたのは…

第3章「アフリカの「ストリート・チルドレン」問題を複眼的に見る-支援者と調査者の交差するまなざし」

です。NGOに関わりながら行った調査と、単独調査の間で、社会問題化された子どもたちの見え方が違ってくる、ヒトことに調査と言っても、やり方もなにも大きく違う、ということを書きました。

書価が少し高くて、3,400円となります。著者割が使えるそうですので、2割引き(たしか)で承ります。
ちなみにアマゾンでも予約開始していますので、こちらから。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年6月2日金曜日

ご恵贈いただきました 中尾世治(著)『西アフリカ内陸における近代とは何か-ムフン川湾曲部における政治・経済・イスラームの歴史人類学-』

中尾さんの博論表紙

自分は博論がなかなか書けずにいるのに、なぜかすでに10冊ほどの博論をいただいている。中でもこの博論は本当に嬉しい。

嬉しさには2通りあって、一つは長い付き合いの同志の成し遂げた大きな仕事に、そしてもう一つは、ブルキナファソ研究の発展、そして、坂井先生の大きな仕事が倍の大きさになったような、そういう西アフリカの研究上の大きな進展に対するもの。本当にお疲れ様でした。これをステップに大きく羽ばたいてほしいと切に願います。

こんな立派なのは書けませんが、次は自分の番、強く強く思います。中尾君に置いて行かれないように。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

2017年5月31日水曜日

「宗教と社会」学会発表

「宗教と社会」学会HP(http://jasrs.org/index.html)より

ブログ、すっかりご無沙汰してしまいました。この間、何があったかは、近々書きとめようと思いますが、今回のエントリーは学会発表に関してです。

一昨年から科研費をいただいて進めてきた「宗教組織の経営についての比較民族誌的研究」の成果発表です。発表の場はいろいろな候補が上がったのですが、最もきつい批判が出るという、「宗教と社会」学会に決め、次のステップへの道筋を立てていきます。僕は相変わらずブルキナのクルアーン学校の話をします。資料は大方できていて、今日明日で最後の仕上げ、というところ。あとは貴一朗が元気に週末を迎えてくれることを切に祈りつつ…

宗教組織の「経営」についての民族誌的研究

代表:藏本龍介(東京大学)

構成
・趣旨説明:藏本龍介(東京大学)
・発表:藏本龍介(東京大学)
「律遵守の僧院をつくる:ミャンマー・「森の僧院」の挑戦」
・発表:清水貴夫(広島大学)
「宗教教育から世俗教育へ:ブルキナファソ・クルアーン学校の変容」
・発表:田中鉄也(日本学術振興会)
「巡礼地を共有する:北インド・ヒンドゥー寺院間の軋轢と共存の模索」
・発表:門田岳久(立教大学)
「地域開発の中の聖地:沖縄における御嶽経営をめぐる組織内競合とその帰結」
・コメント:西村明(東京大学)
・総合討論

趣旨説明
様々なモノやカネといった財は、宗教と相反するものと考えられがちである。たとえば現代日本において宗教が「胡散臭い」と語られるとき、その背景には宗教組織による「あくどい」資金集めや、莫大な財の蓄積への批判があることが多い。宗教は財に関わるべきではない、というわけである。このように宗教を経済とは無関係なある種の「聖域」とみる傾向は、宗教研究にもみられる。その背景にあるのは、宗教/世俗を二項対立的に捉える考え方である。T・アサドが指摘するように、西洋近代出自の宗教概念は、人間の実存をめぐる形而上学的なものとして定義されることによって、人間の日常的な生き方から弁別される。しかし現実の宗教実践は、どこまでも財との密接な関わり、いいかえれば「世俗」との絡み合いの中にある。したがって宗教実践の実態に迫るためには、既存の「宗教」概念から捨象されてきた「世俗」を問題化する必要がある。
こうした問題意識を踏まえ本セッションでは、宗教/世俗という境界を横断する領域として、宗教組織の「経営」という問題に注目する。様々な資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)を獲得・所有・使用することによって、組織の目的を実現しようとする営みを、ここでは「経営」と定義する。その目的がいかに高邁で「聖なる」ものであったとしても、宗教組織もまた、他のあらゆる組織と同じく、「経営」という営みを行っている。本セッションではこの「経営」という営みを、一つの宗教実践として分析する。それによって、既存の宗教研究では捉えられなかった宗教実践の諸相を明らかにすることを目的とする。
それでは「経営」に着目するとはどういうことか。本セッションでは、「経営」という営みを、以下の二つの課題を軸として検討する。一つは、「社会・国家とどのように関わるか」という課題である。これは経営資源の獲得方法に関わる。組織運営に必要な資金や人員をどのように調達するか。社会のニーズや要請にどこまで応えるか。社会にどのようなサービスを提供するか。国家の法制度的条件にどのようにすり合わせるか。こうした諸点が問題になる。もう一つは、「組織をどのようにデザインするか」という課題である。これは経営資源の所有・使用方法に関わる。意思決定の権限をどのように配置するか。内部のサブ組織同士の関係、あるいは聖職者と俗人の関係をどのように調整するか。こうした諸点が問題になる。
以上のような目的・視点のもと、本セッションでは(1)修行場(ミャンマーの仏教僧院、ブルキナファソのクルアーン学校)を管理する組織と、(2)巡礼場(インドのヒンドゥー寺院、沖縄の御嶽)を管理する組織という、2種類の宗教組織を取り上げる。「修行場/巡礼場を形成・整備する」という試みは、どのような問題に直面し、それに対して各宗教組織はいかに対応しているのか。そしてその結果、どのような状況が生まれているのか。本セッションでは宗教組織の試行錯誤の実態を民族誌的に記述・分析することによって、宗教実践を、組織の目的、提供物、社会・国家との関係、組織構造といった諸要素が絡み合いながら展開していく一つのプロセスとして捉える見方を提示する。こうし

た作業を通じて、人類学的・宗教社会学的な比較宗教研究の新たな可能性を模索したい。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村



2017年5月7日日曜日

子ども学と子育て Vol.18 動物園

初めて乗ったアストラムライン内にて
 結局体調不良で伏せがちだったGW。モノを飲み込むのがしんどいほど扁桃腺が腫れあがり、少々難儀したけど、ようやく昨日の夕方あたりによくなった。前半は福岡に帰っていた二人も広島に戻り、GW最終日は広島市内の阿佐動物園へ。

うちの近くからグリーンフェニックスに乗り、中筋でアストラムラインに乗り継ぎ、最後はバスで山を登る。大体1時間半ほど。貴一朗も飽きない程度、そんなに疲れない距離で、まあまあ悪くないロケーション。
キリンと貴一朗
入り口を入ると、猿山があり、フラミンゴの展示がある。貴一朗は割と興奮気味。でも、彼は何に興奮していたのだろう?普段、動物カードやら、絵本やらで見ている動物と目の前にいる動物が一致しているとは思えない。きっとすべて初めて見るモノ。サイズ感や、名前や、それぞれの動物の色、におい…貴一朗がどうやって動物をアイデンティファイしていくのか。 目を凝らしてみていこうと思う。

阿佐動物園、これくらいの子どもを連れていくにはなかなかのサイズ。山の中にあるので、たぶん夏の間も割と涼しいのでは(その分、冬はしんどそう…)。その分、解説が多少雑だったりしたのは少々残念なところ(僕が気づく間違いなので、アフリカ関連…)。

安佐動物園内にて
暑くもなく、寒くもなく。とても心地の良いGW最終日。何とか体調も回復して(でもなんか休んだ感覚がない…)、明日からの仕事は万全の体調で、まあ、悪くないか…(いっぱい終わってないことが…)。