2011年3月30日水曜日

業績2011年

毎年しつこいですが、研究室ホームページにリンクしている都合、また全部載せます。 ************************************************************
学位論文
○ 清水貴夫1999「アフリカ農村部における持続可能な保健衛生開発への一考察」明治学院大学国際学部国際学科1998年度卒業論文
○ 清水貴夫2007「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究‐ワガドゥグのラスタの事例から」名古屋大学大学院文学研究科2006年度修士論文

論文(査読あり)
○ 清水貴夫2007a「ブルキナファソのラスタの演奏活動に見る『アフリカ』」『神話・象徴・文化』篠田知和基編pp.207-223 楽瑯書院
○ 清水貴夫2008b「ワガドゥグのストリートの若者たちの生活とその背景」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.5 pp.137-154名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2008 c「来住アフリカ人にとっての六本木‐「アフリカ人-アフリカ人」のインフォーマルな接合の調査報告‐」2006年度科学技術研究費報告書『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』(基盤研究A 研究代表 和崎春日 研究番号:16202024)pp.135-144
○ 清水貴夫2008d「セネガル文化としてのバイファル、ラスタを探る」2007年度科学研究費報告書(基盤研究A 研究代表 嶋田義仁 課題番号:18251006)pp.119-134
○ 清水貴夫2010d「ワガドゥグで活動する「ストリート・チルドレン」支援のNGO、ケオーゴKEOOGOの活動から見える「路上の生き様La vie dans la rue」」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.7 pp.67-86 名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2011 「都市計画と住民生活の変化~ワガドゥグ市のザカ計画Projet ZACAとザングエテン住民の事例から~」(「土地・法・不安」セッション 松岡陽子、木村周平、高野さやか共著)九州人類学研究会(投稿中)

論文(査読なし)
○ 清水貴夫2006「ラスタのフロンティア」『名古屋大学人文科学研究』第35号pp.57-70 名古屋大学大学院文学研究科
○ 清水貴夫2010a「都市計画が住民生活に与えるインパクトに関する都市人類学的考察~ブルキナファソ、ワガドゥグ市のプロジェ・ザカProjet ZACAの事例から~」『名古屋大学人文科学研究』第39号pp名古屋大学大学院文学研究科pp.61-74
○ 清水貴夫2010c「少年の移動と「ストリート・チルドレン」~ブルキナファソ ワガドゥグの事例から~」人間圏の探究シリーズ9 Kyoto Working Papers on Area Studies No.99 (G-COE Series 97)

研究ノート(査読なし)
○ 清水貴夫2009a「ワガドゥグにおける染色綿布、ボゴランBogolanの制作過程」『名古屋大学人文科学研究』第38号pp.133-144

雑誌・エッセイなど
○ 清水貴夫2005-2007「国際協力の今」(全10回)『HARMATTAN』(認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会会報 19号~29号
○ 清水貴夫 2007b 「来住アフリカ人のコミュニティ形成と生活」『メタプティヒアカ(名古屋大学大学院文学研究科 教育研究推進室年報)』Vol.1 pp.128-129 名古屋大学大学院文学研究科 教育研究推進室
○ 清水貴夫 2008a「アフリカ都市の路上販売者と「観光」-ワガドゥグのストリートから-」『アフリカNow』79号(特活)アフリカ日本協議会会報誌pp.12-13
○ 清水貴夫2008e「産業化する国際NGO-国際NGOで働く職員たち」『伝統知識と技術の再活性化によるアフリカの草の根開発(Grass Root Development)と環境保護』嶋田義仁編 平成19年度「国際協力イニシアティブ」 名古屋大学文学研究科pp.127‐128
○ 清水貴夫 2008f「『ポップ』が生み出される場所」(第1回11月)、2008h「ネットで取引される『伝統』」(第2回12月)、2009c「中国の介入を受ける手工芸品」、2009d「隣の芝は青い‐綿布の話」、2009e「ポップな「伝統的」楽器‐ジェンベDjembe」、2009f「ラスタという考え方」『porto』、(フリーペーパー)への連載
○ 尾関葉子氏によるインタビュー記事(清水貴夫) 2009b 「アフリカNGO事情 ブルキナファソのNGO法」『NPO Management Review』64号p.36-40
○ 尾関葉子氏によるインタビュー記事(清水貴夫) 2010b 「アフリカ NGO事情 ブルキナファソのNGO法」『NPO Management Review』65号p.34-38
○ 清水貴夫2010e「Vous êtes invité? 」フリーペーパ『Porto』

口頭発表
○ 清水貴夫 「ワガドゥグのラスタ」現代アフリカ都市文化研究会第27回例会 於名古屋大学 2005年7月
○ 清水貴夫 「ラスタの生業と思想-ワガドゥグのラスタを事例に」第43回日本アフリカ学会 研究大会 於大阪大学 2006年5月28日
○ 清水貴夫 「ラスタの生業と思想‐ワガドゥグのラスタを事例に」アフリカセミナー 2006年7月1日
○ 清水貴夫 「「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」-ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタの事例から‐」現代アフリカ都市文化研究会第29回例会 於名古屋大学 2007年2月24日
○ 清水貴夫 「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究―ワガドゥグのラスタの事例から」中部人類学談話会 於椙山女子大学 2007年5月19日
○ 清水貴夫「「周辺」のラスタが捉える「伝統」と「アフリカ」-ブルキナファソ、ワガドゥグのラスタの事例から-」第41回文化人類学会学術大会 於名古屋大学 2007年6月2日
○ 清水貴夫「西アフリカの都市の若者文化のフレームについての一考察-ブルキナファソ、セネガルの事例から-」アフリカ ポップカルチャー研究会(アフリカセミナー、アフリカ都市文化研究会と合同)於 名古屋大学 2008年3月27日
○ 清水貴夫「セネガル文化としてのバイファルとラスタ」科研費研究会(科学技術研究費 基盤研究A アフリカ・イスラーム圏における白色系民族と黒色系民族の紛争と共存の宗教人類学的研究 研究代表:嶋田義仁 研究番号:18251006)於 名古屋大学 2008年7月5日、6日 ○ 清水貴夫「ワガドゥグのクールなラスタ」アフリカン・ポップカルチャー研究会『いまアフリカにのる?』 2008年11月15日、16日
○ 清水貴夫「ストリートの少年たちとNGO ブルキナファソ・ワガドゥグの事例から」第46回日本アフリカ学会学術大会 於東京農業大学 2009年5月24日
○ 清水貴夫「少年の移動と「ストリート・チルドレン」ワガドゥグの事例を中心に」GCOE若手研究者合宿 於 KKRホテル琵琶湖 2010年3月16日
○ 清水貴夫「イスラーム、タリベ、NGO~イスラームの「ストリート・チルドレン」がなぜ発生したのか」まるはち人類学研究会 於 名古屋大学 2010年4月24日
○ 清水貴夫「ワガドゥグの都市計画と住民の生活変化~旧ザングエテンZangouetin住民の動向を中心に~」第47回日本アフリカ学会学術大会 於 近畿大学 2010年5月29日、30日
○ 清水貴夫「茶会がつなぐキズナ-都市計画による離散を乗り越える人々の営み」」九州人類学研究会 於 九州大学 2010年10月30日

講演
○ 岡山大学「国際交流と平和B」臨時講師(森本栄二非常勤講師担当) 2005年11月
○ 岡山大学「国際交流と平和B」臨時講師(森本栄二非常勤講師担当) 2006年11月
○ 清水貴夫 「Qui est vrai Africain?(本当のアフリカ人は誰?)」ファンサバ 2006年11月11日
○ 清水貴夫 「音楽をめぐるラスタの生活~ブルキナファソ・ワガドゥグのストリートから~」(特活)アフリカ日本協議会 あふりか広場 2006年11月
○ 清水貴夫「アフリカの音楽と都市性の関わりOuagadougouのラスタの事例から」『アフリカ・カルチャー講座』 道祖神2009年10月31日
○ JICA専門家研修講師「ブルキナファソ」2010年4月22日
○ JICA専門家研修講師「ブルキナファソ」2011年2月28日

調査暦
○ 2005年11月~2006年3月 調査国:ブルキナファソ(4か月)
○ 2006年7月~2006年9月(科学研究費 基盤研究A 研究題目『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』 研究代表:和崎春日 研究番号:16202024)調査国:ブルキナファソ、ガーナ(3カ月)
○ 2007年2月~3月(科学研究費 基盤研究A アフリカ・イスラーム圏における白色系民族と黒色系民族の紛争と共存の宗教人類学的研究 研究代表:嶋田義仁 研究番号:18251006) 調査国:セネガル(1か月)
○ 2007年7月~2008年2月 調査国:ブルキナファソ(2か月)
○ 2008年7月~2008年9月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員奨励費)(3カ月)
○ 2009年2月~2009年3月 調査国:ブルキナファソ(科学研究費 基盤研究A 研究題目『滞日アフリカ人の生活戦略と日本社会における多民族共生に関する都市人類学的研究』 研究代表:和崎春日 研究番号:19202029)調査国:ブルキナファソ(2か月)
○ 2009年7月~10月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員研究奨励費)(4か月)
○ 2009年12月~2010年3月 調査国:ブルキナファソ(日本学術振興会 特別研究員 優秀若手研究者海外派遣プログラム)(3カ月) ○ 2010年7月~9月 調査国:ブルキナファソ(笹川研究助成)(3カ月)
○ 2010年11月~12月、2011年1月~2月、2011年4月~5月、2011年 調査国:ブルキナファソ、バム県(砂漠化対処技術の普及方策等検討委託業務 (財)地球・人間環境財団、環境省より受託)

所属学会
○ 日本アフリカ学会 ○ 日本文化人類学会 ○ 日本宗教学会

所属研究会
○ ポップアフリカ研究会(運営委員) ○ 現代アフリカ都市文化研究会 ○ アフリカセミナー ○ アフリカ研究会(STAN、国際開発研究科) ○ まるはち人類学(2010年4月~) ○ 南山考人研(2010年)

所属NGO
○ (認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会 理事(2002年~2007年) ○ (特活)アフリカ日本協議会 会員(2005年~現在) ○ (特活)国際協力NGO推進協会(JANIC)(2000年~2003年) ○ (特活)ハンガー・フリー・ワールド(2007年~現在)

職歴
○ 東興海運株式会社(1999年4月~2003年3月)
○ (認定NPO法人)日本ブルキナファソ友好協会ブルキナファソ事務局長(2003年4月~9月)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド ブルキナファソ準支部臨時代理事務局長(2007年7月~2008年2月)
○ 日本学術振興会 特別研究員(DC2)(平成20年度(2008年度)採用)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド理事(2009年6月~2010年3月)
○ (特定非営利活動法人)ハンガー・フリー・ワールド事務局次長(2010年4月~6月)

研究・教歴 ○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2007年4月~7月)
○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2008年10月~2月)
○ 名古屋大学ティーチングアシスタント(2009年5月~2010年2月)
○ 愛知江南短期大学非常勤講師『国際文化』(2009年6月27日)
○ 愛知甲南短期大学非常勤講師『国際文化』(2010年5月7日、5月14日)
○ (財)地球・人間環境フォーラム プロジェクト研究員(2010年10月~2012年3月)

研修
2001年度 地球市民アカデミア8期修了、 2002年 地球市民アカデミア9期運営委員 2002年 「NGO‐JICA相互研修」 2008年7月-9月 KEOOGO(ブルキナファソNGO)での研修員

賞罰・助成金・競争研究資金獲得状況
名古屋大学大学院学術奨励賞(2007年度)
日本学術振興会 特別研究員(DC2) 平成20年度(2008年度)採用
日本学術振興会 優秀若手研究者海外派遣プログラム (平成21年度(2009年度))
笹川研究助成平成22年度(2010年度) 採用

2011年3月28日月曜日

卒業式

暖かい日差し、命の息吹、そして「ケジメ」の季節。3月は微妙な季節。新しい何かへの希望と別れの寂しさが日々入り混じる。

3月25日。僕の所属する大学でも卒業式があり、卒業生による謝恩会があり、そして追いコンがあった。

今年も頑張った修士号取得者を祝った。地震のこともあり、すこしゴタゴタはしたが、とてもいい一日だった。

そして、数日後には僕にとっては何年間も机を並べて切磋琢磨した同期がそれぞれの形で巣立つ。きっと、これで関係性が終わるわけではない。でも、振り返ればそこにいた人がいなくなる。まだ喪失感はない。でも、いつか、そんなことを感じることも出てくるだろう。

そして、いつの間にか、普段研究室にいる同期入学は僕一人になった。一番先に出て行くつもりでいたのに、最後の最後まで残ってしまった。いろいろと浮気をしてきた…、いや、そもそも研究に向いていないために、いつの間にか研究に遅れが生じているのだろうか…なんていうとてもネガティブな考えも生まれなくもないのだが、いずれにしても、なんとなく孤独感もある。

毎年訪れるこの時期。感じ方はその年それぞれだったけど、今年は特に感じ入ってしまう。

でも、とにもかくにも、修士課程を修了した人も、またどんな形であれ違う環境で新しい道を進む人も命あってのもの種。どうかどうか、元気で過ごしてください。そして、益々発展しますよう。

2011年3月23日水曜日

祝辞【高橋源一郎氏】

Mixi上で後輩から教えてもらった、高橋源一郎氏の卒業生への祝辞。一応、ここの卒業生だが、僕がいたころには、まだ高橋源一郎さんはいらっしゃらずに薫陶を受けたわけではない。ただ、たまたまこの大学の卒業生であったことで、この後輩と繋がり、その先にこの方がいた。この偶然性にまず感謝したい。

Twitter:http://twitter.com/#!/takagengen

全文通して読んでもらえれば、僕ごときが何を言わんでもいいのだが、なんて力強い希望を語る人なんだろう、と思った。本人は、今のこの時代、「希望」など語れない…などと言いながら。

「「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。



「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。



あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。」

強い言葉だな。
********************引用*******************************
今年、明治学院大学国際学部を卒業されたみなさんに、予定されていた卒業式はありませんでした。代わりに、祝辞のみを贈らせていただきます。

いまから四十二年前、わたしが大学に入学した頃、日本中のほとんどの大学は学生の手によって封鎖されていて、入学式はありませんでした。それから八年後、わたしのところに大学から「満期除籍」の通知が来ました。それが、わたしの「卒業式」でした。

ですから、わたしは、大学に関して、「正式」には「入学式」も「卒業式」も経験していません。けれど、そのことは、わたしにとって大きな財産になったのです。

あなたたちに、「公」の「卒業式」はありません。それは、特別な経験になることでしょう。あなたたちが生まれた1988年は、昭和の最後の年でした。翌年、戦争と、そしてそこからの復興と繁栄の時代であった昭和は終わり、それからずっと、なにもかもが緩やかに後退してゆきました。

そして、あなたたちは、大学を卒業する時、すべてを決定的に終わらせる事件に遭遇したのです。おそらく、あなたたちは「時代の子」として生まれたのですね。わたしは、いま、あなたたちに、希望を語ることができません。あなたたちは、困難な日々を過ごすことになるでしょう。

あなたたちの中には、いまも就職活動をしている者もいます。仮に就職できたとして、その会社がいつまでも続く保証はありません。かつて大学生はエリートとされていました。残念ながら、あなたたちはもはやエリートではありません。この社会に生きる大多数の人たちと同じ立場なのです。

だからこそ、あなたたちの生き方が、実は、この社会を構成する人たちみんなの生き方にも通じていることを知ってください。わたしは、この学校に着任して六年、知識ではなく、あなたたちに「考える」力を持ってもらえるよう努力してきました。

その力だけが、あなたたちを強くし、この社会で生き抜くことを可能にすると信じてきたからです。あなたたちは、十分に学びましたか? だったら、その力を発揮してください。まだ、足りないと思っていますか? では、社会に出てからも、努力し続けてください。

あなたたちの顔を見る最後の機会に、一つだけ話したいことがあります。それは「正しさ」についてです。あなたたちは、途方もなく大きな災害に遭遇しました。確かに、あなたたちは、直接、津波に巻き込まれたわけでもなく、原子力発電所から出る炎や煙から逃げてきたわけでもありません。

けれど、ほんとうのところ、あなたたちはすっかり巻き込まれているのです。なぜ、あなたたちは「卒業式」ができないのでしょう。それは、「非常時」には「卒業式」をしないことが「正しい」といわれているからです。でも、あなたたちは納得していませんね。

どうして、あなたたちは、今日、卒業式もないのに、少し着飾って、学校に集まったのでしょう。あなたたちの中には、少なからず疑問が渦巻いています。その疑問に答えることが、あなたたちの教師として、わたしにできる最後の役割です。

いま「正しさ」への同調圧力が、かつてないほど大きくなっています。凄惨な悲劇を目の前にして、多くの人たちが、連帯や希望を熱く語ります。それは、確かに「正しい」のです。しかし、この社会の全員が、同じ感情を共有しているわけではありません。

ある人にとっては、どんな事件も心にさざ波を起こすだけであり、ある人にとっては、そんなものは見たくもない現実であるかもしれません。しかし、その人たちは、いま、それをうまく発言することができません。なぜなら、彼らには、「正しさ」がないからです。

幾人かの教え子は、「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからない」と訴えました。だから、わたしは「慌てないで。心の底からやりたいと思えることだけをやりなさい」と答えました。彼らは、「正しさ」への同調圧力に押しつぶされそうになっていたのです。

わたしは、二つのことを、あなたたちにいいたいと思っています。一つは、これが特殊な事件ではないということです。幸いなことに、わたしは、あなたたちよりずっと年上で、だから、たくさんの本を読み、まったく同じことが、繰り返し起こったことを知っています。

明治の戦争でも、昭和の戦争が始まった頃にも、それが終わって民主主義の世界に変わった時にも、今回と同じことが起こり、人々は今回と同じように、時には美しいことばで、「不謹慎」や「非国民」や「反動」を排撃し、「正しさ」への同調を熱狂的に主張したのです。

「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。

二つ目は、わたしが今回しようとしていることです。わたしは、一つだけ、いつもと異なったことをするつもりです。それは、自分にとって大きな負担となる金額を寄付する、というものです。それ以外は、ふだんと変わらぬよう過ごすつもりです。けれど、誤解しないでください。

わたしは「正しい」から寄付をするのではありません。わたしはただ寄付をするだけで、偶然、それが、現在の「正しさ」に一致しているだけなのです。「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません。「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。

あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。それでいいのです。もし、あなたが、どうしても、積極的に、「正しい」ことを、する気になれないとしたら、それでもかまわないのです。

いいですか、わたしが負担となる金額を寄付するのは、いま、それを心からはすることができないあなたたちの分も入っているからです。三十年前のわたしなら、なにもしなかったでしょう。いま、わたしが、それをするのは、考えが変わったからではありません。ただ「時期」が来たからです。

あなたたちには、いま、なにかをしなければならない理由はありません。その「時期」が来たら、なにかをしてください。その時は、できるなら、納得ができず、同調圧力で心が折れそうになっている、もっと若い人たちの分も、してあげてください。共同体の意味はそこにしかありません。

「正しさ」とは「公」のことです。「公」は間違いを知りません。けれど、わたしたちはいつも間違います。しかし、間違いの他に、わたしたちを成長させてくれるものはないのです。いま、あなたたちが、迷っているのは、「公」と「私」に関する、永遠の問いなのです。

最後に、あなたたちに感謝のことばを捧げたいと思います。あなたたちを教えることは、わたしにとって大きな経験でした。あなたたちがわたしから得たものより、わたしがあなたたちから得たものの方がずと大きかったのです。ほんとうに、ありがとう。

あなたたちの前には、、あなたたちの、ほんとうの戦場が広がっています。あなたを襲う「津波」や「地震」と、戦ってください。挫けずに。さようなら。善い人生を。
********************ここまで************************************************

2011年3月15日火曜日

情報の嵐の中で

Twitter初心者だからか、事件の大きさからか。1日中Twitterを見ている。

元宮崎県知事あてにリツートされたSOS、デマ情報にそれを訂正する情報、内外の応援メッセージ、科学者による情報の検討…

きっとこの1週間で、我々は世界のだれよりも災害の怖さを知ったし、原発のことも知ったし、そして命の尊さも知ったし、それを心配する人の悲しみも知ったし、それを悪用する人がいることも知った。

ものすごい勢いで真偽定かでない情報が行きかう。でも、迷うことはない。それが嘘でも本当でも、人と人がつながっていることは間違いない。前に進もう。

2011年3月14日月曜日

敵を探すことではなく。

地震、本当に大変なことだ。まずなによりも、できる限り多くの方の命が救われ、被災した方が早く日常に戻れますよう、お祈りさせていただきたい。

天災は多くの人の命を奪い、多くの人を傷つける。戦争ではない。悪意がそこに感じられない中、誰を恨むこともできない。確かに、今最も多く時間を割いて報道されている原発に関しては、今度、これまでの論調を換えるようなメルクマールになる事件になるはずだが、日本の国情を考えれば、ただ「危ないからなくせ」だけでは済まされないように思う。

阪神淡路大震災は、ボランティアブームを創りだした。もちろん、無計画なボランティアの配置があったり、活動の意図が不明であったり、というさまざまな批判はあったが、この動きは、今の日本社会を少し動かしたように思う。この動きがあったから、今回のこの地震でも、たくさんの募金が集まり、また、ボランティアを行う人が数多くいる。今のところ、のうのうとしている僕は、被災された方の優しさや、そういう熱意に燃えた人の言動を見て、胸を熱くする。

しかし、一方でとても悲しく思うようなこともなくはない。「国の対応が後手後手に回っている」と批判しかしない報道。確かに、これまでガタガタだった管政権。地震のおかげで寿命が延びたのに気付くが、1時間おきに会見を開いているという、官房長官や、不眠不休で対応している諸官公庁を、非難する時ではない。敵を探すことは、今日び全く有効な手段だとは思えない。もっと、たくさん調べて提供されるべき情報があるのではないだろうか?先ほどの報道で、鳥越俊太郎氏の海外の友人がどのようにすれば寄付ができるだろうか、という質問を投げかけたそうだが、これに答えた専門家がいろいろと説明したのだから、Twitterで呟いてみたらいいと思う。そして、情報の真偽も全く明らかでない。もっと精査して話をしないと混乱を招くばかり。その混乱は、粛々と仕事をしている国のせいではなく、「落ち着いて行動してください」と言っている報道の方ではないかな?まずは、報道にできることをしっかり考えて、より多くの人をつないでほしいと思う。きっと敵を探すことではなく、味方になってくれる人をどれだけ捕まえられるかが今の仕事なのではないだろうか?

金曜日から研究合宿に行ってきた。セミナールームに入った瞬間に、何か波の上に立っているような緩やかな揺れを感じた。セッションが終わり、宿泊所のテレビを見ると、現実のものとは思えない光景が広がっていた。そして、僕らは大変な状況の被災地をしり目に議論を交わした。最後のディスカッションで、災害の人類学を専門にするKさんから発言があった。「どうしようか考えて、やはり、今回の地震のことを話してみたい」と。そう。僕ら研究者に何ができるのだろうか?何をしなければならないのだろう?

2011年3月9日水曜日

研究会(第204回 中部人類学談話会)

これから自分で参加しそうな研究会の情報も載せてみようかと思う。

初回はこちら。お世話になっている人たちばかりですごく楽しみ。
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☆ 日時:平成23年3月26日(土曜)午後13時半より
☆ 場所:椙山女学園大学 現代マネジメント学部 地下一階001教室
(名古屋地下鉄東山線星ヶ丘駅下車 徒歩5分)

* 会場付近は、駐車スペースがありませんので、車でのご来場は固くお断りいたします。

☆ 話題提供者と話題:

■ シンポジウム 「世界観の揺らぎを捕獲する―個と集合の境界から」

コーディネーター:東賢太朗(名古屋大)
シンポジアスト:織田竜也(長野県短期大学)、木村周平(富士常葉大学)、東賢太朗(名古屋大学)

趣旨文:
文化人類学は世界の諸相を経験的に把握すると同時に、思考の方法や認識のあり方を思弁的に理解することを志向してきました。相互に情報が往復する中で研究者ばかりでなく、対話者、聴衆、読者の世界観までもが揺らいでしまう。その効果の大きさ故に、「人類学は面白い学問だ」と私たちは考えます。
本シンポジウムでは「世界観の揺らぎ」を主題に設定しました。発表者の揺らぎが会場の揺らぎと共振するとき、新たな世界観への手がかりが得られるのではないか。本音の議論をお楽しみ頂けたらと思います。

各報告者の発表タイトル:
織田竜也(長野県短期大学)「幻想の人類学序説 ―理論的課題と展望」
東賢太朗(名古屋大学)「救われるものは信じている?―宗教的フィールドでの「変身」
体験より」
木村周平(富士常葉大学)「呼びかけと公共性に関する試論(仮)」

2011年3月7日月曜日

細胞分裂

論文が大詰め。

去年10月に発表したワガドゥグで行われる「茶会」を事例としたものを文章化している。野暮用でずいぶん寝かせてしまい、結局締め切り直前でヒーヒー言っているのはいつものこととして、コメントをいただいた粗稿(粗すぎてすいませんでした)を見ながらもう一回改稿。

いつになっても書くのがヘタクソで自己嫌悪に陥るのだが、大概、テーマの絞り方が大きすぎて、本当は2,3本に分けてより深く、より「厚く」書かねばならないところを1つにまとめてしまおうとする。毎回この繰り返し。

そんなわけで今書いている論文は、発表内容から少しずれて、というか、もう少し前に戻って、書いている。この論文では「茶会」にまで触れないでなんとかしようと思う。そうなると、去年書きなぐった論文がベースになる。古い原稿を引っ張り出し、今回書いたものとつき合わせながら、再度検討と言う作業になった。

この前のコーラン学校ネタの発表も2本になりそうだし、勉強しなければならないことが山積み。今年中になんとか一通り文章にしたいのだけど…はたして…

2011年3月5日土曜日

支留比亜四露死苦

ゴミだしやらの家事を終え、大学に向かう前に、喫茶店に入った。

支留比亜(シルビア)という喫茶店で、名古屋では相当有名らしい。以前、今のあたりに住んでいた時に、1,2度行ったことがあった。研究室の先輩が、うちに泊まった時に「ぜひ近くまで来たから…」ということでご一緒させてもらったことがあった。 

少し気持ちを切り替えたかったので、支留比亜にコーヒーを飲みに行った。別にアイディアは浮かばなかったが、どうしても見たくなかった(しかも締め切りが迫りつつある)論文を通読、いただいたコメントも通読、今置かれている状態を再認識。100kgのバーベルよりも重かった自分の論文が読めた(読む勇気が出た)ので、支留比亜さまさま。

スペースは広いし、机はいい感じだし、珈琲もうまい。しかもBGMは聞こえるか聞こえないかくらいのジャズ。これから第2書斎として使わせてもらいます。

2011年3月2日水曜日

『インパラの朝』



tsujiさんに触発されて読んでみた。『インパラの朝』。



約2年間にわたる旅行の記録をブログに落とした文章が元になっている。ブログもその後拝見したが、この本と同様、なかなかおもしろかった。



僕もバックパッカーからアフリカ通いを始め、そのきっかけとなった問題意識もとても似ている。「彼らは本当に貧しいのか」、という疑問。そして、そこで「私に何ができるのか」、「私は何をして/すればいいのか」という、私と貧困、もしくは他者との付き合い方(これは読みすぎかもしれないが)。


彼女の視野の広さは、ユーラシアからアフリカ大陸という「旅行」にもう一つの視座をおいているところから分かる。この本を読んで、筆者の関心のコアには、上の貧困への問いと、もうひとつ、人の声に耳を傾ける、という旅人として正しい営みが読み取れることである。この意味で、自慰的なスタンプラリー・バックパッカーとは違う。


筆者はとてもストイックだが、決して優等生的ではない。ズルもするし、女の部分も使う。書かれた正義は軒並み破たんする時代、どちらかというと、彼女のたくましさとクールさ/クレバーさはそれなりに称賛したい部分だ。


あんまり比較しても意味がないかもしれないが、沢木耕太郎氏の「深夜特急…」と、読後感の比較レベルで考えてみたい。この二つの旅行記の差は、旅行された時代の差だ。それは、旅を取り巻く環境だけでなく、著者自身が育った環境こそ、「旅」に異なった色を与える。沢木氏の著は1970年代から80年代、まだヒッピー文化の影響を色濃く残す。一方で、90年代の退廃的なバックパッカー(もしくは「自分探し型」)の時代を越えて、すでに、自分を浄化してくれる辺境も他者もないことを織り込み済みで行われた旅、これが中村安希さんに与えられた環境だったのだと思う。これは、たとえば、ボランティアであふれかえるマザー・テレサの施設やらに象徴的に表れる。きっと沢木氏の時代なら、相当にもてはやされた経験が30年を経て、すでに色あせてしまう。


中途半端だがこの辺で。文章も熱からず冷たからず、とても心地いいので、一気に読めてしまう。間違いなく、最近の正統派旅行記としてお勧めしたい。


最後に…一番気に入らなかったのは、5人の評者が書いた帯のキャッチで、誰のもよくわからん。

2011年3月1日火曜日

「覚悟」の研究会

金曜日、土曜日と連ちゃんの研究会。金曜日は、前回のブログで書いたように、僕の発表。今後の研究課題を軽く揉んでもらったもので、土曜日は、まるはち人類学研究会。おかげさまで1年を迎えた。

1年の区切りのこの研究会、ある意味「区切り」にふさわしい発表だった。殊に、僕の同期の発表は、少なくとも、しばらくの間はこれで最後。そう。彼女はこれを最後に一旦研究の世界を離れる。一緒に入学したのが6年前。かなりの時間を一緒に過ごしているから、老けた(僕?)とか、外見的な変化はよくわからないけど、紆余曲折しながらずいぶん頑張ったんだな、と思った。

「覚悟」、やけっぱちな心持ではなく、十分にすべてのリスクを取り払ったうえでの勇気ある行動、これが今回の研究会の彼女の評価だ。

彼女はアフリカンダンスのダンサーであり、その仲間をフィールドワークする研究者でもある。「他者=被調査者」と「研究者」たる彼女の間で、限りなく「他者」に近い立場をとった彼女はある時は非常に苦しい立場に立っていたと思う。しかし、今回、彼女は、なんと、自分と「他者」を「他者」の目の前で語りきり、ともに最高のダンスを披露した。

なんかよかったなー、と思った。彼女のここでの舞台はとりあえず幕引き。同期として、いつかまた机を並べ、議論をしたいと思うけど、それはイッシャーラー。次に彼女に用意される舞台がどのようなものか、僕にはわからないけど、今以上に生き生きと舞える最高の舞台になるように。楽しみだ。

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