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3月, 2011の投稿を表示しています

業績2011年

毎年しつこいですが、研究室ホームページにリンクしている都合、また全部載せます。 ************************************************************
学位論文
○ 清水貴夫1999「アフリカ農村部における持続可能な保健衛生開発への一考察」明治学院大学国際学部国際学科1998年度卒業論文
○ 清水貴夫2007「アフリカ都市の若者文化の都市人類学的研究‐ワガドゥグのラスタの事例から」名古屋大学大学院文学研究科2006年度修士論文

論文(査読あり)
○ 清水貴夫2007a「ブルキナファソのラスタの演奏活動に見る『アフリカ』」『神話・象徴・文化』篠田知和基編pp.207-223 楽瑯書院
○ 清水貴夫2008b「ワガドゥグのストリートの若者たちの生活とその背景」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.5 pp.137-154名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2008 c「来住アフリカ人にとっての六本木‐「アフリカ人-アフリカ人」のインフォーマルな接合の調査報告‐」2006年度科学技術研究費報告書『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』(基盤研究A 研究代表 和崎春日 研究番号:16202024)pp.135-144
○ 清水貴夫2008d「セネガル文化としてのバイファル、ラスタを探る」2007年度科学研究費報告書(基盤研究A 研究代表 嶋田義仁 課題番号:18251006)pp.119-134
○ 清水貴夫2010d「ワガドゥグで活動する「ストリート・チルドレン」支援のNGO、ケオーゴKEOOGOの活動から見える「路上の生き様La vie dans la rue」」『名古屋大学比較人文学年報』Vol.7 pp.67-86 名古屋大学大学院文学研究科比較人文学講座
○ 清水貴夫2011 「都市計画と住民生活の変化~ワガドゥグ市のザカ計画Projet ZACAとザングエテン住民の事例から~」(「土地・法・不安」セッション 松岡陽子、木村周平、高野さやか共著)九州人類学研究会(投稿中)

論文(査読なし)
○ 清水貴夫2006「ラスタのフロンティア」『名古屋大学人文科学研究』第35号pp.57-70 名古屋大学大学院文学研究科
○ 清水貴夫2010a「都市計画が住民生活に与えるインパクトに関…

卒業式

暖かい日差し、命の息吹、そして「ケジメ」の季節。3月は微妙な季節。新しい何かへの希望と別れの寂しさが日々入り混じる。

3月25日。僕の所属する大学でも卒業式があり、卒業生による謝恩会があり、そして追いコンがあった。

今年も頑張った修士号取得者を祝った。地震のこともあり、すこしゴタゴタはしたが、とてもいい一日だった。

そして、数日後には僕にとっては何年間も机を並べて切磋琢磨した同期がそれぞれの形で巣立つ。きっと、これで関係性が終わるわけではない。でも、振り返ればそこにいた人がいなくなる。まだ喪失感はない。でも、いつか、そんなことを感じることも出てくるだろう。

そして、いつの間にか、普段研究室にいる同期入学は僕一人になった。一番先に出て行くつもりでいたのに、最後の最後まで残ってしまった。いろいろと浮気をしてきた…、いや、そもそも研究に向いていないために、いつの間にか研究に遅れが生じているのだろうか…なんていうとてもネガティブな考えも生まれなくもないのだが、いずれにしても、なんとなく孤独感もある。

毎年訪れるこの時期。感じ方はその年それぞれだったけど、今年は特に感じ入ってしまう。

でも、とにもかくにも、修士課程を修了した人も、またどんな形であれ違う環境で新しい道を進む人も命あってのもの種。どうかどうか、元気で過ごしてください。そして、益々発展しますよう。

祝辞【高橋源一郎氏】

Mixi上で後輩から教えてもらった、高橋源一郎氏の卒業生への祝辞。一応、ここの卒業生だが、僕がいたころには、まだ高橋源一郎さんはいらっしゃらずに薫陶を受けたわけではない。ただ、たまたまこの大学の卒業生であったことで、この後輩と繋がり、その先にこの方がいた。この偶然性にまず感謝したい。

Twitter:http://twitter.com/#!/takagengen

全文通して読んでもらえれば、僕ごときが何を言わんでもいいのだが、なんて力強い希望を語る人なんだろう、と思った。本人は、今のこの時代、「希望」など語れない…などと言いながら。

「「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。



「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。



あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。」

強い言葉だな。
********************引用*******************************
今年、明治学院大学国際学部を卒業されたみなさんに、予定されていた卒業式はありませんでした。代わりに、祝辞のみを贈らせていただきます。

いまから四十二年前、わたしが大学に入学した頃、日本中のほとんどの大学は学生の手によって封鎖されていて、入学式はありませんでした。それから八年後、わたしのところに大学から「満期除籍」の通知が来ました。それが、わたしの「卒業式」でした。

ですから、わたしは、大学に関して、「正式」には「入学式」も「卒業式」も経験していません。けれど、そのことは、わたしにとって大きな財産になったのです。

あなたたちに、「公」の「卒業式」はありません。それは、特別な経験になることでしょう。あなたたちが生まれた1988年は、昭和の最後の年でした。翌年、戦争と、そしてそこからの復興と繁栄の時代であった昭和は終わり、それからずっと、なにもかもが緩やかに後退してゆきました。

そして、あなたたちは、大学を卒業する時、すべてを決定的に終わらせる事件に遭遇したのです。おそらく、あなたたちは「時代の子」として生まれたのですね。わたしは、いま、あなたたちに、希望を語ることができません。…

情報の嵐の中で

Twitter初心者だからか、事件の大きさからか。1日中Twitterを見ている。

元宮崎県知事あてにリツートされたSOS、デマ情報にそれを訂正する情報、内外の応援メッセージ、科学者による情報の検討…

きっとこの1週間で、我々は世界のだれよりも災害の怖さを知ったし、原発のことも知ったし、そして命の尊さも知ったし、それを心配する人の悲しみも知ったし、それを悪用する人がいることも知った。

ものすごい勢いで真偽定かでない情報が行きかう。でも、迷うことはない。それが嘘でも本当でも、人と人がつながっていることは間違いない。前に進もう。

敵を探すことではなく。

地震、本当に大変なことだ。まずなによりも、できる限り多くの方の命が救われ、被災した方が早く日常に戻れますよう、お祈りさせていただきたい。

天災は多くの人の命を奪い、多くの人を傷つける。戦争ではない。悪意がそこに感じられない中、誰を恨むこともできない。確かに、今最も多く時間を割いて報道されている原発に関しては、今度、これまでの論調を換えるようなメルクマールになる事件になるはずだが、日本の国情を考えれば、ただ「危ないからなくせ」だけでは済まされないように思う。

阪神淡路大震災は、ボランティアブームを創りだした。もちろん、無計画なボランティアの配置があったり、活動の意図が不明であったり、というさまざまな批判はあったが、この動きは、今の日本社会を少し動かしたように思う。この動きがあったから、今回のこの地震でも、たくさんの募金が集まり、また、ボランティアを行う人が数多くいる。今のところ、のうのうとしている僕は、被災された方の優しさや、そういう熱意に燃えた人の言動を見て、胸を熱くする。

しかし、一方でとても悲しく思うようなこともなくはない。「国の対応が後手後手に回っている」と批判しかしない報道。確かに、これまでガタガタだった管政権。地震のおかげで寿命が延びたのに気付くが、1時間おきに会見を開いているという、官房長官や、不眠不休で対応している諸官公庁を、非難する時ではない。敵を探すことは、今日び全く有効な手段だとは思えない。もっと、たくさん調べて提供されるべき情報があるのではないだろうか?先ほどの報道で、鳥越俊太郎氏の海外の友人がどのようにすれば寄付ができるだろうか、という質問を投げかけたそうだが、これに答えた専門家がいろいろと説明したのだから、Twitterで呟いてみたらいいと思う。そして、情報の真偽も全く明らかでない。もっと精査して話をしないと混乱を招くばかり。その混乱は、粛々と仕事をしている国のせいではなく、「落ち着いて行動してください」と言っている報道の方ではないかな?まずは、報道にできることをしっかり考えて、より多くの人をつないでほしいと思う。きっと敵を探すことではなく、味方になってくれる人をどれだけ捕まえられるかが今の仕事なのではないだろうか?

金曜日から研究合宿に行ってきた。セミナールームに入った瞬間に、何か波の上に立っているような緩やかな揺れを感じた。セッションが終わり…

研究会(第204回 中部人類学談話会)

これから自分で参加しそうな研究会の情報も載せてみようかと思う。

初回はこちら。お世話になっている人たちばかりですごく楽しみ。
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☆ 日時:平成23年3月26日(土曜)午後13時半より
☆ 場所:椙山女学園大学 現代マネジメント学部 地下一階001教室
(名古屋地下鉄東山線星ヶ丘駅下車 徒歩5分)

* 会場付近は、駐車スペースがありませんので、車でのご来場は固くお断りいたします。

☆ 話題提供者と話題:

■ シンポジウム 「世界観の揺らぎを捕獲する―個と集合の境界から」

コーディネーター:東賢太朗(名古屋大)
シンポジアスト:織田竜也(長野県短期大学)、木村周平(富士常葉大学)、東賢太朗(名古屋大学)

趣旨文:
文化人類学は世界の諸相を経験的に把握すると同時に、思考の方法や認識のあり方を思弁的に理解することを志向してきました。相互に情報が往復する中で研究者ばかりでなく、対話者、聴衆、読者の世界観までもが揺らいでしまう。その効果の大きさ故に、「人類学は面白い学問だ」と私たちは考えます。
本シンポジウムでは「世界観の揺らぎ」を主題に設定しました。発表者の揺らぎが会場の揺らぎと共振するとき、新たな世界観への手がかりが得られるのではないか。本音の議論をお楽しみ頂けたらと思います。

各報告者の発表タイトル:
織田竜也(長野県短期大学)「幻想の人類学序説 ―理論的課題と展望」
東賢太朗(名古屋大学)「救われるものは信じている?―宗教的フィールドでの「変身」
体験より」
木村周平(富士常葉大学)「呼びかけと公共性に関する試論(仮)」

細胞分裂

論文が大詰め。

去年10月に発表したワガドゥグで行われる「茶会」を事例としたものを文章化している。野暮用でずいぶん寝かせてしまい、結局締め切り直前でヒーヒー言っているのはいつものこととして、コメントをいただいた粗稿(粗すぎてすいませんでした)を見ながらもう一回改稿。

いつになっても書くのがヘタクソで自己嫌悪に陥るのだが、大概、テーマの絞り方が大きすぎて、本当は2,3本に分けてより深く、より「厚く」書かねばならないところを1つにまとめてしまおうとする。毎回この繰り返し。

そんなわけで今書いている論文は、発表内容から少しずれて、というか、もう少し前に戻って、書いている。この論文では「茶会」にまで触れないでなんとかしようと思う。そうなると、去年書きなぐった論文がベースになる。古い原稿を引っ張り出し、今回書いたものとつき合わせながら、再度検討と言う作業になった。

この前のコーラン学校ネタの発表も2本になりそうだし、勉強しなければならないことが山積み。今年中になんとか一通り文章にしたいのだけど…はたして…

支留比亜四露死苦

ゴミだしやらの家事を終え、大学に向かう前に、喫茶店に入った。

支留比亜(シルビア)という喫茶店で、名古屋では相当有名らしい。以前、今のあたりに住んでいた時に、1,2度行ったことがあった。研究室の先輩が、うちに泊まった時に「ぜひ近くまで来たから…」ということでご一緒させてもらったことがあった。 

少し気持ちを切り替えたかったので、支留比亜にコーヒーを飲みに行った。別にアイディアは浮かばなかったが、どうしても見たくなかった(しかも締め切りが迫りつつある)論文を通読、いただいたコメントも通読、今置かれている状態を再認識。100kgのバーベルよりも重かった自分の論文が読めた(読む勇気が出た)ので、支留比亜さまさま。

スペースは広いし、机はいい感じだし、珈琲もうまい。しかもBGMは聞こえるか聞こえないかくらいのジャズ。これから第2書斎として使わせてもらいます。

『インパラの朝』

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tsujiさんに触発されて読んでみた。『インパラの朝』。



約2年間にわたる旅行の記録をブログに落とした文章が元になっている。ブログもその後拝見したが、この本と同様、なかなかおもしろかった。



僕もバックパッカーからアフリカ通いを始め、そのきっかけとなった問題意識もとても似ている。「彼らは本当に貧しいのか」、という疑問。そして、そこで「私に何ができるのか」、「私は何をして/すればいいのか」という、私と貧困、もしくは他者との付き合い方(これは読みすぎかもしれないが)。


彼女の視野の広さは、ユーラシアからアフリカ大陸という「旅行」にもう一つの視座をおいているところから分かる。この本を読んで、筆者の関心のコアには、上の貧困への問いと、もうひとつ、人の声に耳を傾ける、という旅人として正しい営みが読み取れることである。この意味で、自慰的なスタンプラリー・バックパッカーとは違う。


筆者はとてもストイックだが、決して優等生的ではない。ズルもするし、女の部分も使う。書かれた正義は軒並み破たんする時代、どちらかというと、彼女のたくましさとクールさ/クレバーさはそれなりに称賛したい部分だ。


あんまり比較しても意味がないかもしれないが、沢木耕太郎氏の「深夜特急…」と、読後感の比較レベルで考えてみたい。この二つの旅行記の差は、旅行された時代の差だ。それは、旅を取り巻く環境だけでなく、著者自身が育った環境こそ、「旅」に異なった色を与える。沢木氏の著は1970年代から80年代、まだヒッピー文化の影響を色濃く残す。一方で、90年代の退廃的なバックパッカー(もしくは「自分探し型」)の時代を越えて、すでに、自分を浄化してくれる辺境も他者もないことを織り込み済みで行われた旅、これが中村安希さんに与えられた環境だったのだと思う。これは、たとえば、ボランティアであふれかえるマザー・テレサの施設やらに象徴的に表れる。きっと沢木氏の時代なら、相当にもてはやされた経験が30年を経て、すでに色あせてしまう。


中途半端だがこの辺で。文章も熱からず冷たからず、とても心地いいので、一気に読めてしまう。間違いなく、最近の正統派旅行記としてお勧めしたい。


最後に…一番気に入らなかったのは、5人の評者が書いた帯のキャッチで、誰のもよくわからん。

「覚悟」の研究会

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金曜日、土曜日と連ちゃんの研究会。金曜日は、前回のブログで書いたように、僕の発表。今後の研究課題を軽く揉んでもらったもので、土曜日は、まるはち人類学研究会。おかげさまで1年を迎えた。

1年の区切りのこの研究会、ある意味「区切り」にふさわしい発表だった。殊に、僕の同期の発表は、少なくとも、しばらくの間はこれで最後。そう。彼女はこれを最後に一旦研究の世界を離れる。一緒に入学したのが6年前。かなりの時間を一緒に過ごしているから、老けた(僕?)とか、外見的な変化はよくわからないけど、紆余曲折しながらずいぶん頑張ったんだな、と思った。

「覚悟」、やけっぱちな心持ではなく、十分にすべてのリスクを取り払ったうえでの勇気ある行動、これが今回の研究会の彼女の評価だ。

彼女はアフリカンダンスのダンサーであり、その仲間をフィールドワークする研究者でもある。「他者=被調査者」と「研究者」たる彼女の間で、限りなく「他者」に近い立場をとった彼女はある時は非常に苦しい立場に立っていたと思う。しかし、今回、彼女は、なんと、自分と「他者」を「他者」の目の前で語りきり、ともに最高のダンスを披露した。

なんかよかったなー、と思った。彼女のここでの舞台はとりあえず幕引き。同期として、いつかまた机を並べ、議論をしたいと思うけど、それはイッシャーラー。次に彼女に用意される舞台がどのようなものか、僕にはわからないけど、今以上に生き生きと舞える最高の舞台になるように。楽しみだ。


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