2015年8月28日金曜日

安渓遊地+宮本常一2007『調査されるという迷惑 フィールドに出る前に読んでおく本』みずのわ出版


『調査されるという迷惑…』。僕らフィールド研究をする人間がいつも気遣わないといけないことです。

研究関係のMLで「本の紹介文を」ということで、久しぶりに読み直しました。いつも研究室の机の本棚においてあるお気に入りの本です。昨日より尾道に来ていますが、事前にとある方に面会を申し込んだのですが、「今まで何人も来られているから」と断られました。アフリカで調査をしていると、ほぼ断られることがないので、実な少々驚いてしまったのですが、ちょうどこの本を読む機会に恵まれ、改めてそんなこともよくあるのだ、ということを改めて実感しました。

この投稿は、FENICS(Fieldworker's Experimental Network for Interdisciplinary CommunicationS)というフィールドワーカーの集まりのMLに書いたものです。

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「フィールドに『もっていく』本」か「音楽」か…というリクエストだったが、「フィールドに『出る前』に読んでおく本」を紹介したいと思います。
 海外であれ、自分のホームであれ、いかに調査先との関係を築くか、調査中を過ごすか、そして、どうやって調査先に成果を還元するかはそれぞれのフィールドワーカーが悩むところでしょう。本書では、第1章の宮本の「調査地被害‐される側のさまざまな迷惑」を枕に、安渓のフィールドにおける調査地での被調査者やその外側にいる人々との間の苦悩の経験、そこから安渓のフィールドへの成果還元や付き合い方についての考察の記述が続きます。私たちの調査にどれほど学術的な意義があろうと、調査される側にとっては然程のことはない、むしろ迷惑になることすら少なくないこと、研究成果の還元をいかに考えるかについて本書は多くの示唆を与えてくれます。
幾多のフィールドワークの教科書でお題目のように唱えられるフィールドとの「ラポールの構築」。調査・研究が進むほどに、手元において、「調査に出る前」に読み返してみたい思わせる本です。 
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*****目次*****
はじめに
序章 宮本常一先生にいただいた言葉(安渓)
第1章 調査地被害‐される側のさまざまな迷惑(宮本)
第2章 される側の声‐聞き書き・調査地被害(安渓)
第3章 「バカセなら毎年何十人もくるぞ」(安渓)
第4章 フィールドでの「濃いかかわり」とその落とし穴(安渓)
第5章 種子島にて・屋久島からの手紙(安渓)
第6章 まぼろしの物々交換を知夫里島に求めて(安渓)
第7章 「研究成果の還元」はどこまで可能か(安渓)
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思い起こせば厄年らしいことが…

落ち着いて仕事をする月にしようと思っていた8月。結局バタバタ。

夏ということで実家に帰ったりというのは仕方ないとして、毎週のようにあるBBQを伴った所内外のイベント…楽しい反面、結局準備やらでその日(そして、酒量が増えるため翌日)のパフォーマンスが下がる。言い訳ではないけど、こんな8月。

ここ数日間。あるイベントで余った野菜を引き取ったのだけど、なんとすべて処理するまで2週間。最後に余ったのは、大きな2つのキャベツ。翌日から3日間帰省のために家を空ける。でも腐られたくない。塩もみにして、漬け込み系のサラダにしておくことを思い立ち、急いでキャベツを切り始めて、右手左手両方とも包丁で手を切る。包丁で手を切ったのなど、記憶の限りはない。本当に久しぶり。

その2。「酒は飲んでも飲まれるな」。僕の座右の銘。人より飲んでもかえって仕事をする、会社時代からそういうタフネスを保つようにしてきたが、もう数年前から体が言うことを効かなくなってきている。なので、飲んだら水をたくさん飲んですぐに寝る。それで朝早く起きて取り換えす。そうしてきてはいるのだけど、そもそも、飲んでも崩れない体質なのが大きかった。しかし、帰省中に千鳥足になるほど、大崩れしてしまった。これも久しぶり。すべて受け入れるのがいいことではない。

その3。本日、すっかり運動していなかったので、チャリで出勤した。往路ですでに空気が甘いな、と思ってはいたのだけど、帰宅時に後輪のタイヤがペッちゃんこ。しかし、職場の近くには自転車屋はない。しかも時間は7時過ぎ。仕方ないので、持ち帰るべく、チャリを引いて徒歩で帰宅。まあ、運動をするという目的は十分すぎるほどに達成されたのだけど。

原因は不注意だったり、親類との関係の深化の結果だったり、偶々だったりで、厄年でなくても往々におこること。厄年と結び付けて、適当に納得してしまうのだけど、大きなケガも、目立った病気もなくて、まあ、こういう小さいのがチマチマやってくる。不運の量が決まっているなら、これくらいでいいのか。

2015年8月27日木曜日

キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』転(Captain cook's Voyage and Banks' Florilegium)2014Bunkamura



ご無沙汰してしまいました。遅いお盆休みに研究仲間の著書の校正、そして自分の原稿執筆に尾道視察と、成果がなかなか見えないのが辛いですが充実の夏。

先日尾道に視察旅行に行ったときに訪れた尾道市立美術館で見せていただいたこの展示。今の研究を始めるまでは、キャプテン・クックなんて物語の中でしか知らなかった存在。こうして、彼らが調査した内容に、お世話になっている先生が関わっていたり、ものすごく身近なものになってきたことに少々感慨を覚えます。

写真がなかった当時、こういう調査に画家が同行していたこと、時代を感じますが、やはりビジュアルの重要さ、昔から同じ感覚だったのですね。オセアニアが中心で、僕自身は行ったことがないので実物のイメージがわかないのですが、絵画として実に美しい。また、当時の航海技術への解説もあり、幅広く学ぶことができる。

標題と同名の本もいただきました。展示同様、とても美しい本で、すでに何度か拝読いたしました。この場をお借りして再度お礼申し上げます。




2015年8月17日月曜日

『日本のいちばん長い日』原田眞人(脚本・監督)、半藤一利(原作)


『日本でいちばん長い日』、見てきました。毎年この時期に合わせて、第二次大戦の映画が何本も公開されますが、これは1967年公開の同名の映画のリメイク。残念ながら、まだ最初の作品は見ていないのですが、笠智衆や三船敏郎など、当時の第一線のキャスティングをしているところを見ると、かなりの話題作だったのではないでしょうか。特に今年の3月には『昭和天皇実録』が出版されるなどで、史実としての注目もあびましたし、最近の「安保法案」の問題もあり、かなりの注目を集めているのではないかと推察します。

作品は第二次大戦末期、いかにこの戦争を終わらせるか、というあたり。話はそれるが、小中高と都合3度は日本史を勉強しているはずなのだが、鈴木貫太郎という首相のことは、戦争を処理した、という印象以上のことを知らないが、ここのところ、ずいぶん注目を集めているような気がする(先日NHKでも特集していた)。トラブルの後始末をしているブルキナファソの老カファンド臨時大統領の姿とも被るような気がしています。老獪ながら実直で腐敗とは無縁なイメージ。こういう政治家がもっといてもいいのにな、と思ってしまうのですが。

閑話休題。

ともあれ、戦争最終局面で紛糾する内閣と本土決戦を主張し、半ばクーデタを試みる若手将校たち、そのかじ取りをする鈴木貫太郎と、陸軍と内閣の調整をする主役の阿南惟幾。原爆が落とされ、ソ連の侵攻というギリギリの状況の中、ポツダム宣言を受け入れざるを得ないが、国体護持を巡り、内閣、陸軍は大きく揺らぐ。鈴木‐阿南、昭和天皇‐鈴木‐阿南の阿吽の呼吸の中で、鈴木内閣は何とかポツダム宣言を受諾にこぎつける。

この間の政治的な駆け引き、半藤一利はずいぶん調べ上げているのではないかと思う。とても共感をもってストーリーを追うことができるのだ。侍従長を務めていた鈴木、侍従武官だった阿南、壊滅状態にあった日本が天皇を中心にもう一度まとまろうとしている中での、これ以上ない人事だったこと、また、狂信的なナショナリズムの末に若手将校たちの血気盛んな抗戦論、そして、陸軍を抑え、戦後の復興を願い腹を切る阿南、そうした状況の舵を取り、暖かな、そしてさみしそうなまなざしを注ぐ鈴木。しかし、一方で、松坂桃李演ずる畑中少佐が別の話の主人公なはずで、彼の叙述はもっと語られるべきではないかと思った。もちろん別作で、ではあるが。

今回の作品の配役も本当に素晴らしく、役所広司の存在感がとにかく印象的。あの存在感の主役がいると、山崎努や本木雅弘のクラスでも少し霞んでしまうほどだから、あの演技を見るだけでも価値がある作品だと思います。

それで、この映画が撮影されているときにはまだ大きく報道されていなかった、安保法案やらに対する皮肉にも思えるようなセリフが一つ二つ。それを意図したものではないと思うが、この映画で描かれた、戦争を終わらせた昭和天皇、鈴木貫太郎、阿南惟幾という人が今生きていたら、最近のこの状況をどのように思うのだろうか。

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2015年8月10日月曜日

マサの覚悟

http://number.bunshun.jp/articles/-/821657より

昨日のゲーム、今シーズンの山本昌の初登板だった。投げればすべて記録になる輝ける金字塔。中継がやっているわけもなく、作業をしながら途中経過を追っていた。しばらく作業をしていると、初回を1点で抑えたのに、投手が山井に。「ありゃ?」と思い、ニュースを追う。どうもケガのようだった。

そして先制したのにまさかの敗退。最近はこういうゲームに慣れてきてしまったので、「ああ、またか…今年はしゃあない」と思うようにしているが、マサのことが心配。ネットで新聞各紙を見ていると、登録抹消なものの、病院には行っていないとのこと。おそらく「軽症」ということではあるのだろう。


僕自身は割りと根性ものが好きで、特にプロ野球などはそういうストーリー込みで見ている。そういうこともあって、こんな発言をされると特に弱い。


「(2回は)まっすぐの抑えが効かなくなった。こういう舞台を用意してもらってはずかしい。消耗戦にしてしまって申し訳ない。チームに迷惑かけて何しに来たんだという感じ」(日刊スポーツhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150809-00000152-nksports-base)


とくにこういう立場だからこそ、結果へのこだわりが人一倍強くなっているのだろう。50歳を目前にし、まだまだ成長しようとする意識と覚悟。これだけで涙が出てきそうだ。しかし、この覚悟があればもう一度上がってきてくれると思うし、老獪なピッチングで勝ちもつくと信じている。

野村氏は人間が勝てないものは「時代」と「年齢」と解説。初回に先頭の比屋根を空振り三振に仕留めた姿に「133キロで三振取れるんだよ、高校生より遅い」と冷静に話した。また、畠山の犠飛で失点した場面では「プロ野球のピッチャー全員見学。山本投手を見学しろ!1球1球全部に意味がある」とベテランの投球術を珍しく褒め称えた。(スポーツ報知http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150810-00000002-sph-base&pos=4)

30年超の経験ができる人はどの分野にも数少ない。以前、「なぜこんなに長くできたんですか?」という記者の質問に、「しつこい性格なんですよ」と答えていたし、こんなところで尻尾を巻くような人ではないと思う。一球も投げられなくても、マウンドに立っただけで選手、ファンだけでなく、様々な人に希望を与えられる。「レジェンド」という言葉が氾濫するようになったが、マサは存在そのものがまさに「レジェンド」なのだ。

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2015年8月6日木曜日

『原爆の子』 1952年 新藤兼人


8月6日。今日は70回目の原爆記念日。高校生までを巻き込み盛んになる反安保法案のデモ。こんなときだから見ておきたい、原爆投下から7年後に作られたこんな映画。

今回も連れ合いの提案で仕事を早々に終えて三条の京都文化会館のフィルムシアター(なんと昨日は無料!)へ。昨年は7月に『祇園祭』を見たけど、やたらとギャラリーがうるさくて、気分が悪かったけど、今年は…(やっぱり映画に飽きたおっちゃんが独り言を言い始めて「ああ、またか…」でした)

ストーリー
乙羽信子演じる石川孝子は原爆で家族を亡くし、現在は瀬戸内の島で小学校の教師をしている。夏休みに入り、孝子が勤めていた幼稚園の子どもの下を訪れようと、広島にわたる。生家があった場所を回ると、橋の袂に広島の実家で働いていた岩吉(滝沢修)と再会する。岩吉は原爆でほとんど視力を失い、物乞いに身をやつしている。一方で、孝子が働いていた幼稚園に来ていた子はたった3人しか生き残っていないことが分かる。一人ひとりを訪ねていくが、当時の生徒やその家族には相変わらず原爆の傷跡を見ることになる。しかし、ほんの少しの希望は、3人目の子どものお姉さん。原爆で両親をなくしたものの、兄弟はすべて無事。ただし、お姉さんが家の下敷きになって足に大怪我を負う。結婚を誓ったいいなずけは戦地から戻ってくるが、無事に結婚することになる。大きな傷を負った広島、日本が再生産をはじめる瞬間だった。そして、孝子は岩吉の孫、太朗を引き取りたいという。岩吉は、孤児院に特別に入れてもらっているとは言え、唯一の心の支えの太朗を連れて行かれることを頑なに拒む。太朗自身も、祖父岩吉の元を離れるのを泣き叫んで拒む。しかし、岩吉の隣に住む、屑拾いをするおとよ(北林谷栄)の説得もあり、原爆症がいつでるか分からない自分のそばにいるよりも、孝子に預けることを選択。決心する。しかし、その代償は、自分の命。家に火をかけて命を絶とうとする。岩吉は結局そのまま亡くなり、孝子は太朗を連れて帰ることになる。

こうした映画を見ていると、アートの持つ力を実感させられる。間違いなく、出演している役者、監督やスタッフのすべてが先の大戦を何らかの形で経験していて、その原風景を再生産している。僕らの時代の人間が接しうる、最もリアルな形がこうして残されているのだ。昨今「話題」の百田尚樹さんの『永遠のゼロ』などは、こうしたリアルな経験の消滅に警鐘を鳴らすという側面があるわけで、早晩、百田が描いたように、太平洋戦争を経験した方は費えていくのだから、こうした戦争を経験した人が作った映画はより大切な僕らの財産となっていく。

毎年8月の声を聴くようになると、テレビや新聞がこぞって戦争を見つめなおすモードに入る。ヒステリックに反戦を叫ぼうとは思わないが、毎年なんらかは戦争について考える瞬間を持つのは悪いことではないと思っている。

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2015年8月4日火曜日

司馬遼太郎1971(2008)『街道をゆく1 湖西のみち、甲州街道、長州街道』朝日新聞出版


数年前から心を入れ替えて日本のことを学ぶべく、宮本常一を中心に日本民俗学の本をことあるごとに購入しては読むようにしている。多くの記述にうる覚えの風景がくっつくので、なかなか面白く勉強できている。

宮本常一や柳田國男、その他民俗学者の本はまだまだあるのだけど、電車の中や寝る前のちょっとした時間に気軽に読めて、シリーズもの、と思って探していると、民俗学者ではないが、司馬遼太郎のこのシリーズがあることを思い出し、試しに1冊購入した。

この巻は湖西、甲州街道、長州路のほか、大和の路なども収められている。山口はよく知らないし、甲州街道も新宿の辺りしか知らない、湖西も途中までしか知らないし(自宅の山を隔てた向こうなのだけど)…読み進めていくと、この企画自体が風の向くまま、忙しかったであろう、司馬遼太郎の時間の合間に、お友達とフラフラ、書いていることも歴史に飛んだり、食べ物に飛んだり、司馬遼太郎自身の子ども時分の話に飛んだり。かといって、情報量はさすが司馬遼太郎でそれなりだ。気楽に読むには実にいい本を見つけた、と喜んでいる。

そして、40巻ほどのシリーズだけど、結構な巻がアマゾンで1円というのも魅力的。とりあえずこの巻を読み終わってから5巻まで購入。


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2015年8月2日日曜日

ドロヌマ8連敗

中スポ20150802(http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201508/CK2015080202000097.html)

あー弱すぎる…21年ぶりの8連敗。ここまでの連敗は全く記憶にない。さすがに先週は野球から目を背けてしまった…たぶん、経験は浅い、勢いもない、負けが込んで体が縮こまる、さらに運までないとなれば、まあこうなるのも仕方ない。しかし、「投手王国」と呼ばれていたころのドラゴンズは、必ず誰かがスッと止めてくれた連敗。落合GMの「負けない野球」がいかに難しいかがよくわかる。

ただ、最近のオーダーを見ていると、ずっと批判され続けてきたロートル優先のチームからすると考えられないほど若手を使っているのはよく分かる。これは良く見ておきたい部分だ。負けは僕らファンもつらいけど、きっと今が生みの苦しみ。開幕当初は、亀澤、福田が目立っていたけど、若松や遠藤、桂と言った選手もよく出てくるようになっている。のびのびとはやって欲しいが、のんびりとは行かない。

今日はなんとか一つ拾いますように。仕事しながら応援します。
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