ブルキナの雨季の過ぎし日は恋しき

まだセンチメンタルにブルキナを懐かしむようなタイミングではないが、そんな気分な今日。正味6日間という短い間だったが、今日で今回のコーラン学校の調査が終わった。正味6日と言っても、実際はもっと短くて、回れたコーラン学校は10校前後。成果としては全然満足のいくものではない。頭の中では、30校前後を想定しただけに、この遅れははっきり言って痛い。

それよりも、収穫と言っていいのか、得たものは学問以前の人間的なものだった。いつも、ブルキナを去るときに思う、ちょっと成長したかも、という錯覚がすでにある。この間、いろんな思惑と誤解と理解をめぐる4人の友人同士の激論の日々だった。相当消耗したけど、議論の主たるアミノゥとはなんか今日で一端の終わりを迎えることをずいぶん寂しい顔をして迎えた。僕もそんな顔をしていたように思う。

話の発端は、僕の調査観と彼らの生活(おカネ)観のズレからくる誤解だった。友人に仕事を回さないことが彼らに不義理に写り、アミノゥは激昂し、僕はそれに応戦した。普段あまり使わないScientist(科学者)という言葉を使い、僕らの職業倫理のようなものを振りかざした。双方がまったく理解できない(僕はしていたつもりだったけど)議論で、彼らと仕事ができるか不安が付きまとった。これが2日目だった。

その後、3日目は変な雰囲気で、それ以降は時々そんな話になるものの、大きな話の発展はなく、最終日を迎えた。しかし、お互いが理解を求め、お互いに懇願し、お互いに理解しようとした。

そして、今日。午前中で仕事を終え、お昼を食べてホテルのテラスで今後の予定を話し始めた。そして、僕はゆっくり話した。あなたたちには関係ないことだけど、科学者と言っても、いくつもの分野があり、それぞれ、また一人ひとりやり方がちがう。調査をする人が違うように、調査を手伝ってくれる人に求める能力は違う。必ずしも調査助手が必要であるとは限らない。友人として、みなさんに仕事を回したいのはやまやまだが、調査に来る人にそれを強いることはできない。もし、求められる人になりたいなら、たくさん本を読んで知識を身に着けるしかない。僕らはそうしてきているし、これからもそうしたい。これは助手でも科学者自身でも変わりはない。僕らは国からお金をもらってきている人たちだから、お金がもらえなくなったら5年も10年もブルキナに来ないかもしれない。そうしたら、君らはどうするの?皆さんは自分の仕事があるでしょう?もし、皆さんが科学者を目指すなら本を読んだり、そうするといい。でも、そうでないなら、今までくらいに僕と付き合っていた方がいい。皆さんの本職を優先して、時間が合えば手伝ってくれる、これくらいで僕は満足している。短かったけど、今回はありがとう。

マリの影響で、西アフリカ全体の観光客が減っている。小さな影響はここにもあって、そこに現れた旧友は少し長い目で僕らに仕事をくれるかもしれない、という彼らの淡い期待は見事に裏切られるのだけど、僕らはそういうスタンスでしか彼らと付き合えない。もちろん身銭も切るし、困っていたら少し色を付けたりもするのだけど、じつはそんなことをどれだけやってもあまり意味がない。それよりも、どれだけ話をして、どれだけお互いを理解して仕事をするか。お互い、その辺はなんとなく理解できたのではないか。僕は粘り強く言葉を交わすことの大切さを学び、彼らは外国人が必ずいうことを聞いてくれるわけではないことを学んだ(はず)。

そんな初歩的なことを今更…ではあるのだが、苦しくなった時に見る異人が神となることがあるように、すべてわかっていると思った友人があまりわかってくれていなかったという現実が時々あるように、なかなかそれぞれのリアルな状況は一致しない。お互いの認識上のリアルを一致させる作業はいつも必要で、コミュニケーションをいうややこしい営みがいつも大切なのはそのためなのかもしれない。

でも、最後に残った彼らへの愛おしさは忘れたくないし、10年目に入ったブルキナファソとの付き合いはこの思いと共にまだまだ続いていくような気がする。

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