2012年2月6日月曜日

『ALWAYS 三丁目の夕日64’』

久しぶりに劇場で映画を見た。毎回話題になる作品だけど、初発ではほぼ乗らない。みんなが面白い、という話はまずスルー。波が静まったところで、静かに見る。でも、今回は乗ってしまった。

舞台は昭和39年、東京オリンピックの年。前作では建設中の東京タワー、まだ戦争の余韻が感じられるような時代背景だったが、本作は高度経済成長期のまっただ中にある。バブルの前、僕には実感できる時代ではないけど、きっとそういう時代だったんだろう、というのが映画から見えてくる。

今、この時代を表現すれば、たとえば、坂本九の「上を向いて」などにあらわされる、上を向いていればよかった、単純化された経済社会状況として言いあらわされる。しかし果たしてそれほど単純だったか。

本作でも、三浦友和扮する宅間医師は、若き菊池医師(森山未来)とともに無料診療を行う。孤児、売春婦など社会的周辺にいる人びとに対して無償で医療を提供する。「社会」のメタファーである、病院は、非経済的な活動を抑圧し、菊池医師を排除する。しかし、それを止めない菊池医師、それに同調する宅間医師、さらに、宅間医師に「おカネで解決できないものがある」と言わしめる。「経済」の仕組みに行き詰った今の時代だからこそ、こうした部分に僕らは今の時代との接点を見いだせる。

高度経済成長期と名づけられた、経済に注目が集まる時代の物語。バブルのころのようなネオンの明かりに照らされたキラキラした時代ではないけど、少し色あせたセピア色に彩られる世界。僕の父や母が青春を過ごした時代。僕は知らない時代だけど、この時代の感性には十分に共感できる。50年後、この作品がどのような見方をされるのかわからないけど、できれば長く残ってほしい作品だと感じる。

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