2015年9月2日水曜日

研究の社会実装について

9月に入りました。しばらく更新が途絶えましたが、例によってテンパっています。ただでさえアップアップなのに、また新しい仕事を引き受けてしまったり、本当に大丈夫なのか、自分でも不安でいっぱいです。

今日は題目の「研究の社会実装について」思うところをメモしていきたいと思います。

僕らの研究所では、比較的、「社会実装」という言葉が使われます。つまり、研究した成果をいかに実社会に役立てるか、埋め込んでいくか、ということです。「白い巨塔」という言葉に象徴されるように、研究、学問というのは、大学や研究所の内側でしか役に立たない、という世間の目に対する対応策、と解釈できるように思います。また一方で合理的(経済的)精神に基づき、プラグマティック(功利主義的)に考えれば、研究教育への投資への反対給付として、成果を還元することは資本主義世界の宿命だといえるかもしれません。話はずれますが、最近の人文科学軽視は後者の立場から説明できるような気がして、実に人文科学というのは、役に立たないように見えてしまうのだということが如実に表れているわけです。

「あなたの研究を5分で説明してください」

あるNGO関係者からこんなことを言われたことがあります。面接でもなんでもなく、喫煙所での会話です。僕が説明を試みたか、そんなのできるわけないと説明しなかったかは記憶が定かでないですが、これは無理。学会発表でギリギリまで切り詰めて15分。学振の面接はポスターがあって、完璧に原稿を書いて4分。いずれも、ある程度のジャーゴンが通じるプラットフォームがあって初めて成立する時間で、何も知らないに近い人に理解できる説明などまず無理な話です。

そして、最近、SNSでアフリカのことを説明してほしいという依頼が来たのですが、これはお断りしました。一つは、そのテーマ自体が全く賛同できないということと、もう一つに、「あなたの研究を5分で説明してください」と言われているのといっしょだと思ったからです。

誤解のないように、すべてのNGOがそういうわけでないですし、実によく学び、研究されているNGOの方が多いのはよく知っています。なので、そうした方と話をしているとものすごく勉強になるのですが、それらも実に長い経験から生まれてくるもの。僕らも日々研究室の机の前に座っているだけでなく、世界中に散らばる書物(経験や考察)を収集し、自分の足で現地を歩き、という中で知りえたことを文章にしたり、皆さんの前でお話したりということで生計を立てています。

話を戻しますが、研究の社会実装、といったとき、僕らの発想の悪いところは、学会で発表したり、本や論文にして、完了と考えてしまうところです。最近うちの研究所では、ワークショップというのが流行っているようですが、そういうところに対する反省の現れです。もしかしたら、SNSも使いようで、本当は5分で自分の研究のエッセンスを説明できることが求められるのかもしれないですが、話を聞く人がどんな人かわからない以上、より多くの言葉を積み重ねなければなりません。ある程度のプラットフォームをどう構築するか。こうなると、これはあるリタレシーの問題だし、より仕事が専門家していくとすると、こういうことを教育の中にどのように埋め込んでいくか、ということも課題になってくるように思います。5分で研究を説明せよ、という発想自体が問題で、まず、学問や研究という世界のあり方や、必要性をもっと積極的に表明していくこと、研究をある層の社会に還元していくために非常に重要なことかと思います。

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