2015年3月16日月曜日

第15回アフリカ教育研究フォーラム 発表要旨

先日アップした「アフリカ教育研究フォーラム」@広島のアブストラクト。まだ正式に要旨集は出ていませんが、まあ自分の分だけなので。

最後の段落が取ってつけた感じがしてしまうのですが、まあ、まだまとまってないと言うこと。今回は、主に文献研究で問題点の洗い出しをすることが目的なので、当日まで粘ってできるだけクリアな問題意識を作っていくことにする。

金曜日、日曜日と今回使えそうな文献を集めたけど、思いのほかたくさんあって、逆にびっくり。少し読み直したりしたら、(簡単には目を通しているはずなのに)知らなかった箇所も多かった。研究と言うのは、こういうことの繰り返し。そして、できるだけ多く人様の目に触れるような、少し緊張感をもたねばならないところで発表することも大切。そのたびに資料や自分の知識を精査していくことで自分の研究も研ぎ澄まされていく…というごくごく当たり前のことを再認識したのでした。

今回は、アフリカの宗教(イスラーム)学校を「ライシテ」の話から切り込めるようにすることが目標。今まで、なんとなく、フィールドワークで得られた生活の中の伝統教育の重要性を語ってきたけど、こういう国民国家や共和制と宗教という関係性をなしには、どうも議論がぼんやりしてしまう。この辺を少しクリアに語れるようになりたいと思っています。

********************************************************************************
西アフリカ・イスラーム圏におけるフランコ・アラブ学校についての予備的考察」

西アフリカは内陸部を中心として、19世紀のフルベのジハードが起こった時代に広くイスラーム化が完了し、現在に至るまでイスラームの宗教的な存在感は諸社会に高まりを見せている。発表者はこれまでの発表において、西アフリカにおいてインフォーマルな教育機関としての役割を担ったクルアーン学校の伝統教育的諸相や村落部における社会生活に埋め込まれた様子を明らかにしてきた( [11回~第14] AERF発表資料参照)。一方でこれらの地域の国家レベルに目を向けると、西アフリカ諸国家がフランスを模した「建前上」の共和制をとっている。共和制をとることは、すなわち、ライシテ[1])を原則とすることは、教育制度においては宗教を教育内容に含めないことを原則とするため、宗教教育に特化するクルアーン学校は制度的に周縁化されていく。発表者のニジェール、ブルキナファソにおけるフィールドワークでも、公的な学校とクルアーン学校は一見共存関係にあるように見えたが、児童労働問題やストリート・チルドレンの問題を引き起こす元凶とみなされたクルアーン学校は制度的に阻害され、それにも関わらずイスラームの基礎的な学習を担う仕組み、また、生活レベルでは依然、この社会には必要な仕組みである。
 本発表では、発表者のこれまでの研究を背景として、その中でもしばしば名前を挙げてきたフランコ・アラブと呼ばれる教育システムの重要性を論じていく。フランコ・アラブは、ニジェール、ブルキナファソだけでなく、セネガルやマリ、その他西アフリカ諸地域においてそれぞれの地域文脈に沿う形で発展してきている。本発表では、すべての地域の動向を追うことはできないが、ブルキナファソにおいて開始した調査と文献資料を元に、その現状と問題意識を整理していきたい。
 現在のフランコ・アラブの存在は、上記のようにアフリカの近代国家において増大するイスラームの位置づけを象徴している。ここでは、近年のフランコ・アラブの動向を確認するだけに留めるが、その影響力の一端は示せるのではないかと思う。
 フランコ・アラブは一般に「Franco-Arabeはフランコフォン・アフリカではマドラッサMadrsa[2]と同等のものと考えられており、(イスラーム)信仰や教育をフランス語とアラビア語の両方でおこなう」、「学校」のことを指す(Deme2007 :26)。近年のフランコ・アラブの最も重要な特徴は、イスラームの伝統的教育機関でありながら、行政上は明確に定義されていることである。殊にブルキナファソにおいては、1999年以来、フランコ・アラブは私立の小学校として登録できるようになった。しかし、キリスト教系の学校のような宗教的精神に基礎付けられた教育ではなく、クルアーンの暗誦やイスラーム教育で培われたイスラーム教育を行う学校を共和制の国家が承認した、ということである。そして、フランコ・アラブの数は2008年ころには全国で1,000校を超え、現在は1,500校に迫る勢いであり、フランコ・アラブ側も積極的にオーソリティの取得を進めている。



[1] ライシテ:「十九世紀後半のフランスで…教権主義的カトリック…に対し、共和派が宗教によらない(自律志向の)政治と社会秩序を目指」す中で生まれた用語(ゴーシェ199818
[2] フランコ・アラブはマドラッサMedrasa/Madrassaと同義に用いられることが多いが、マドラサは高等教育機関までを持つ教育機関であると認識されている

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿