2014年10月5日日曜日

日本子ども学会 第11回子ども学会議 シンポジウムB「文化的・社会的環境で育つ子ども-アフリカ子ども学の試み」

「アフリカ子ども学」研究会は毎年何度か研究会や学会での発表を行っています。今年は、IUEAS(国際人類学民俗学連合)での発表、ブルキナファソ大使館で勉強会、そして、この子ども学会での発表を行いました。

9月27日、28日に行われた日本子ども学会に「アフリカ子ども学」研究会の面々がご招待を受けました。シンポジウム(28日)をお任せいただきました。

発表者とタイトルは…

安藤寿康(慶応大学・座長) 

私の分だけですが、アブストラクト(掲載済み)を。
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「アフリカ子ども学」研究会では、①アフリカの子どもに付与された(主にネガティブな)イメージからいかに解放させるか、②多様な環境に置かれるアフリカの子どもを学ぶことにより、日本で語られる「子ども」のあり方を照射する、という二つの大きな問題意識を共有している。本発表で提示するのは、西アフリカの内陸イスラーム文化圏に属するブルキナファソの都市部の、いわゆるストリート・チルドレンの事例である。特にテーゼ①に関連した事例を通して、付与されたイメージと子どもたちの生活の間の乖離を明らかにして、ネガティブ・イメージのもつ危険性について主張していきたい。
一般的に、ストリート・チルドレンは、都市部を徘徊する大人の保護や教育を受けていない子どもたちのことを指す。先回りしていえば、重層的な弱者性が付与された子どもであることが付け加わる。重層的な弱者性とは、子どもという弱者性、おとなの庇護から逸脱した状態にあるという弱者性、さらに、貧困や野性などアフリカの未開性に通ずる弱者性など、いわばアフリカ子ども学が解放を目指すネガティブ・イメージがいくつも重なったものだという意味である。しかし、そもそも生まれついてのストリート・チルドレンなど存在しないのは自明だが、こう呼ばれる子どもたちには生育環境の共通性があり、このことと彼らの見た目や行動を外部者がラベリングした結果、ストリート・チルドレンという存在ができあがったのである。
いかなる構造をもって社会問題のレッテルを貼られたか。子どもたちがどのような生活環境に置かれ、さらに、ストリートでどのような生活を営むのか。こうしたことは、これまでにそれほど多く語られることはなかった。しかし、細部を明らかにすることこそが、ネガティブ・イメージから解放されるための重要なプロセスであると考えられる。ネガティブ・イメージは多分に政治的に構築されてきた一方で、子どもたちが置かれた社会文化的環境にも強く影響されながら創り上げられてきている。親や社会の庇護も受けず、教育も受けていないストリート・チルドレンというイメージについても、彼らと社会のインタラクションを細かく見ていくことで、従来語られてきたストリート・チルドレンの生成の背景とは全くちがう姿が見えてくる。たとえば、子どもたち自身が、これまでに受け継がれてきた社会制度や支援活動を読み替えて活用している姿はむしろ子どもの機知として捉えられるべきではないだろうか。

この地域の貧困問題を否定するつもりはないが、こうした人間の知恵のせめぎ合いのようなことがより大きくストリート・チルドレンという存在を下支えしているとすると、ネガティブ・イメージがいかにストリート・チルドレンを表していないことがわかる。そして、最低でも本質的理解を深めるためにこうしたイメージにからめとられることの危険性は指摘できるのではないかと思う。

2 件のコメント:

  1. 荒熊さん、お久しぶりです。面白そうな話ですねえ。ほんのわずかですが、ワガの街をともに徘徊した経験がよみがえります。ストリートチルドレンたちの生き様が、我々に語りかけるところは、決してネガティブなものだけではないという主張かと推測します。本質的な貧困対策とともに、アフリカに住む全ての人々に対するネガティブなイメージは払拭されるべきだと私は生徒に訴えているところです。地球研のフォーラムにも是非顔を出したいのですが、金曜日は授業やSHRがありますし、どうもサッカーの試合がありそうで、今はなんとも言えない状況です。でも、内容には大きな興味をもっています。すばらしい取り組みだと思っています。フォーラムも頑張ってください。

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  2. Tsujiさん、メッセージありがとうございました。昨日メールをお送りしましたが届いていますか?院生の参加者が多くて、とてもフレッシュなフォーラムです。ご都合が合えばいいのですが。

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