2011年7月2日土曜日

忙しかったけど実り多き日々

ニジェールの記事を多く書こうと思っていたのに、ワガドゥグ2連発。

月曜日にワガドゥグに到着し、早4日。残すところあと1日になった。期間も短いし、最低限の人に挨拶をして、後はゆっくり本を読んだり、論文を書いたりしよう、と目論んでいたけど、結局動き回ることになった。もちろん、仕事の方もしっかり終わりそう(あとは荷造りがうまくいくかどうか…)で、思ったよりたくさんの人と会えたし、食べたいものも大概食べた。

昨日は、昔からの友人で、民芸品売りのアローナに会った。民芸品売りと言えば、SIAO(国際工芸品見本市)という、ワガドゥグ南部にルクセンブルグの援助でできたサロンがある。約40-50の店舗が連なり、ワガドゥグの観光名所のひとつとなっている。ここに出店する人々は国の補助を受けながら、それなりの品質の工芸品を売っているのだが、そもそも、ここに連続して出店できる期間が限られていたのに、11年も居座っている、とか。しかし、ここを出たからといって、商売をするところなど、今のワガドゥグにはない。痛し痒しである。その中で、SIAOの商人たちもなぜか(私が話を聞く限りで、その道理が理解できなかった…)蜂起する。あっという間に鎮圧されたので、これからどれだけ彼らの要求が通るのかは分からないが。

そして、本日、何の準備もしていなかったのに、大使に接見することに…本当に恐れ多いことだが、1時間半も話しこんでしまった…ただ、やはり、外交の中枢の方だけあり、裏事情を含め、今までのニュースにリアリティを吹き込んでいただいた感じがする。

今回の騒動、「騒いだもん勝ち」なのでは…と言った印象は持っていたが、最後に起こったボボディウラッソでの軍人の蜂起は、3日間にわたり、上のアローナによれば、初日は欧米系の金持ちの商店を、2日目は地元商店、3日目には、民家を襲ったという。大使によれば、業を煮やした政府は、武力をもって自国軍隊に制裁を加えた、とか。

やっぱり、どうしようもない騒ぎであったことには間違いなく、昨日書いたようなその裏っかわの問題はあるものの、なんか白けてしまった。

ただ、その中で、その日を生きている人たち、また、僕の友人たちはそこで生きていて、それが確認できたことが今回の滞在の一番の収穫だっただろうか。鬱屈とした数か月を過ごしていた友人たちが、闖入者の私のことを見て、一瞬でも笑顔になっただけでも良しとしよう。

日本の震災を心配してくれた何人かの友人と交した、「お互い大変だけど、再出発。がんばろうね。」。別にナショナルな意識はないけど、困難を共に乗り越えようとする共同体の一員として、交した言葉がなんとなくすがすがしかったりもする。

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