2017年4月4日火曜日

子ども研究と子育て Vol14 食について

貴一朗が1歳と3か月目に入り、日々いろいろなことができるようになっていくのですが、中でも、食事の変化は本当に目まぐるしい。つい年明けくらいまでは、お粥を喜んで食べていたのに、最近では、大人と同じようなコメを食べられるようになったばかりか、食べたことがないもの、親が食べているものに、ずいぶん興味を示すようになりました。

三つ子の魂百まで…もしこれが本当なら、今の時期にいいものを食べておいてほしい、と思い、出汁だけは結構な値段のするものを使っているし、できるだけ自分たちで作るように(何を食べさせているかわかるように)しています。一時期は居酒屋をやることを本気で考えたのに、最近では、自分の料理のレパートリーの少なさを嘆くばかり…つまみならそこそこ作れるけど、ちゃんとした食事は意外に作れない。そして、刺激物を控えていると、全部あまっからい味付けになるという…いかに辛さで味をごまかしていたか…

そんなこんなで、昨日あたり、ちょっとネットで貴一朗と同じくらいの子が何を食べているのか、というのをネットで検索。カレーやらコショウやら、今まで控えていたものが意外に食べられるらしい…少しホッとしたけど、それでも、やはり辛い物はダメだし、ポーションが大きいとすぐに吐き出してしまうので、相変わらず貴一朗の食事は繊細であることは間違いない。

そんな中、土井善晴さんのインタビュー記事にこんなフレーズが載っていた。

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家庭の料理には教育機能が備わっています。たとえば、子どもがお母さんに料理を作ってもらうとき、一回の食事だけでも膨大な情報がやり取りされています。子どもは野菜を切ったり炒めたりする音を聞き、その匂いを嗅ぎ、食べて「おいしい」「今日のみそ汁はしょっぱい」と味の感想や違いを言ったりする。
意識していなくても子どもは食べる経験を通してたくさんのことを教わり、親からの愛情を受け取っている。その繰り返しが情緒を育みます。…
作る側と食べる側。料理にはこの両面があります。作り手が気を張って手間暇かけた料理を出すよりも、「今日はこれしかないからごめんね~」と笑って出してくれる料理のほうが家族はみんな幸せになれる。…
ご飯を炊いて、そのあいだにおかずを兼ねた具だくさんのみそ汁を作れば5分、10分で一汁一菜の食事が完成します。みそ汁の具は何を入れてもいい。これなら誰でも作れるし、毎日続けられます。男女の区別もありません。
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なんか癒される…と思っていたけど…

意識していなくても子どもは食べる経験を通してたくさんのことを教わり、親からの愛情を受け取っている。その繰り返しが情緒を育みます。…

作る側と食べる側。料理にはこの両面があります。作り手が気を張って手間暇かけた料理を出すよりも、「今日はこれしかないからごめんね~」と笑って出してくれる料理のほうが家族はみんな幸せになれる。…」

できれば、いいものを「経験してほしい」という親心があれば、どうしても、「今日はこれしかないからごめんね~」はできるだけ少なくしたい。「おふくろの味」というのは、みんなCookpadを使うし、これだけグローバリゼーションが進めば、だんだんなくなっていくのでしょう。でも、土井さんの言うように、間違いなく「一回の食事だけでも膨大な情報がやり取り」されるのは間違いないでしょう。たとえ、自然に触れた生活をしていなくても、その土地の環境や風土には間違いなく影響されます。たとえば、京都のスーパーで刺身で喰える鯛一本がいくらするか…そもそも、スーパーにそんなもんが置いてあるのか、という話なわけです。だから、「これしかない」のレベル、少しでも上げたいな、と思うわけです。

まあ、この記事は、バランスをとりなさいよ、という土井さんの「主婦」への優しいまなざしはヒシヒシと感じつつ、きっともっと楽しんで料理ができるようになれば、もう一方の子育てを励ます人たちがいうような、「親子で食事を楽しんで、お子さんに食事が楽しい時間なこと」を両立できることでしょう。そういう空間を目指さないといけないな、と思っています。

【参考資料】
「家庭料理はごちそうでなくていい。ご飯とみそ汁で十分。土井善晴さんが「一汁一菜」を勧める理由」(http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/23/yoshiharu-doi-ichijyu-issai-2_n_15561352.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000002)





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