2016年10月6日木曜日

高野秀行氏との出会い




世の中に辺境を目指す人というのはそれほど多くないもので、とうとう出会ってしまった。高野秀行氏。この人の名前は、僕の人生の中で時折顔を見せる。大方、この三冊がその象徴的な本だ。僕なりには、あるシチュエーションでは、結構なとっておきの話なので、どこかで僕がしゃべりだしても、先取りしたりしていじめないでほしい。

下からいく。

『幻獣ムベンベを追え』という、旅行記でももっともバカバカしい部類の本だけど、これは打算的になってしまった学生諸子にはぜひ読んでいただきたい本だ。今後僕がどこかで講義をして、首にならないようであれば、参考図書にしようと思っている本だ。

1999年、僕が都内の某船会社に入社して、僕の教育係になったのは、故佐藤英一さんだ。残念ながら、僕が退職して数年後に亡くなってしまった。佐藤さんは、いつも下を向いて、ことあるごとに、頭を抱えて固まっている。その集中力たるや、すさまじく、頭を抱えてしまったらほぼ人の話は聞こえない。なので、最初のころは全くコミュニケーションが取れなかった。僕は割と開放系の性格をしているから、実は10年先輩の佐藤さんよりも営業の仕事はうまかった。2年目の終わりころで、外回りもさせられ、佐藤さんはひたすら内勤。しかし、いわばコントロールタワーで、船のスケジュールはほぼ佐藤さんの手によるものだ。飲み会に参加することもなく、必要以上に話をすることもなかった。だけど、ほかの上司などから聞く、佐藤さんの話は実に魅力的で、それが、早稲田の探検部時代の話だった。たとえば、メコン川の中州の島に無装備で2か月生活して、その時には、「動くものはなんでも食った」という話だったり(これはのちに僕の思い違いかなんかということが分かった)、アマゾン川を川下りして遭難した後輩たちを助けに行ったとか…ご本人からは、一切そんな話を聞くことはなかったのだけど。

2003年。僕はこの船会社を辞めるのだけど、決意して辞表を持って、課長にそれを渡して、という一通りの儀礼が済み、いよいよ職場を離れる日が迫っていた。僕は、「課長、アフリカで生きていきたいので、会社を辞めます」とまるでマンガのような辞め方をした。そして、確か、送別会の時だったか、最終日だったか、佐藤さんが一冊の本をくれた。それが、高野氏の『幻獣ムベンベを追え』だった。そして、「君はこういうことをやるんだろ?」と言って、ニヤッとしたように記憶をしている。僕は、この本を携えて初めてのブルキナファソ滞在に赴いたのだ。

2004年。僕はフランスに留学していた。すっかり高野氏の荒唐無稽な話にはまった僕は、『ワセダ三畳青春記』を携えていた。2冊目の本だ。NGOに絶望した僕は、そのほかの方法で、そして、アフリカに関わりながらメシを食っていく、という会社を辞めるときのわけのわからない一言をかたくなに守ろうと、フランスに来たのだけど、実はこの時かなりぐらついていた。しかし、この本は、スノッブなフランスかぶれのマダムやムッシューたちから僕を救うことになる。これはセレブリティの問題ではなく、フランス的な清貧思想を持つ人たちを指しているのだけど、貧しさが美しくあるためには、小さな幸せに満足して生きるのではなくて、強烈な野望や野心を抱えていることだと思わせたのが、この本だった。もちろん、この本が直接僕の方向性に影響をあたえてはいない(そうであってほしい)が、少なくとも、後々僕の大学院生活を正当化するよい材料になった。そして、実際に若竹荘という、野々村荘に匹敵する、アホの巣窟に院生時代の多くの時間、身をゆだねることになった。

そして、最後の1冊。2016年9月。名古屋、京都、広島とわたって、たまたま広島のアフリカ学会の支部が高野氏を呼ぶといったので、この本を読んだ。とても面白くて、一通り読みたかったのだけど、結局研究会には間に合わなかったが、研究会だけには参加することができた。佐藤さんに教えてもらってから、13年たち、初めて見る高野氏は、何となく佐藤さんのような雰囲気も持ち合わせていただろうか。本に関して、色々伺いたいことも会ったのだけど、ほんの少し懇親会にも顔をださせてもらって、ここに書いたようなエピソードを話ができて、高野さんにも喜んでもらったような気がする。そして、これからのことを伺ったら、ずいぶん僕の興味と重なるところもあり、何等かで一緒に仕事をすることもあるのではないだろうか。

2冊目の本に「ラジカル加藤」という人物が佐藤さんのことであったことは、この日聞いた(著書中には、わざわざ仮名にされていたのにすいません。どうせ誰も読んでいないブログなので…)。一切酒など飲まないと思っていた、佐藤さんは、高野さん曰く無類の酒豪だった、という話や、当時の伝説的な存在であったことなど、会社で知っていた佐藤さんとは全く違う話が聞けた。なにやら、あの頭を抱え込んで、いろんなことを画策していた佐藤さんが仕組んだストーリーだったり…などと帰りの電車で思いを巡らせてみたけど、まあ、そんなわけはない。佐藤さんにとって、別にどうでもいい存在だったのだろうけど、こんな出会いを草葉の陰でどんなふうに見ているのだろう?

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