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【映画】『カンタ!・ティモール』2011(監督:広田奈津子)、第3回「アフリカ・アジア現代講座」

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 12月19日(金)に開催された本年の 第3回目「現代アフリカ・アジア講座」 が開催されました。 今回は『Canta!Timor』の上映会を行いました。 熾烈な独立戦争を経て独立を勝ち取った東ティモール。インドネシア、そして、それを支援する西側諸国の援助の中、残虐な弾圧を受け、独立後も簡単にその傷は癒えるわけもない。しかし、東ティモールの人びとは、穏やかな笑顔をたたえながら、過去の罪を許しているようにすら見える。 この作品、当初は「1990年代の東ティモールの独立」に焦点が当たったものだと思っていたのだが、不意にその批判の刃は我われ日本に生まれ育った者にも向けられる。東ティモールは第二次世界大戦でも、ティモール島沿岸の海底油田をめぐって日本とアメリカが激しく戦った海域であり、もちろん、東ティモールにも大日本帝国による蛮行が及んでいる。長い独立の歴史を経て、彼らが言うのは、「もう我われで最後にしよう」ということ。こうした「許し」は、この映画を撮った広田監督のおおらかな人柄も強く影響していただろうが、人が争うことの、もしかすると唯一の解決策なのかもしれない。 この作品や、おおらかな広田監督の語りを聞き、思い出したのは、ブルキナファソのイマームをはじめとするムスリムたちの「tolérance(寛容さ)こそがイスラームの精神」という言葉だ。「赦し」、「許し」…宗教的な意味にせよ、世俗的な意味にせよ、人間が欲深い動物だからこそ尊いのかもしれないと思った。

1001夜目を迎えるにあたり

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2010年7月に始めたこのブログが1000エントリーに到達しました。実に現在2025年11月なので、15年4カ月(304か月、36歳~51歳)の達成です。そんなに長いことやってるんですね。改めて計算してみて驚きました。年間、60エントリー強、月に直すと5本ほど、大体週1ペースということになります。細く長く、という感じでしょうか。途中1年以上更新しなかったり、一日に複数本エントリーしているので、かなりムラもありました。 元々は書き癖をつけるために、できるだけ毎日キーボードを打つため、ということを考えて始めたこのブログ(今でも自信はないですが、当時の日本語は悲劇的でした…)。とにかく何でもかんでも書いていましたが、文章を早く正確に書く、ということを考え始めてから次第に読まれていることを意識するようにし(グダグダにならないように)、いくつかのテーマについて継続的に書く、文体のパターンを作る、といういくつかのルールを課しているうちに、何か定型化されて来ているようにも思います。内容として読みやすくなってきているのか、定型化されてつまらなくなっているのか…このあたりは?ですが、論文や本を書いていないときでも、何かしらメモをする場としては、やっていてよかったと思います。 さて、この下は完全な自己陶酔の記録ですので、万一このブログに迷い込んでこられた方はこの辺で。 このブログを書き続けたこの15年、どんなことがあったのでしょうか。 1. キイチロウが生まれ、もう10歳になる 別の媒体に写真を写してしまったので、なんだか中途半端なところから始まっていますが、一番上が京都に引っ越してきたころ(2019年-2020年)のキイチロウ。一番下が最新(2025年10月)。多分この頃の倍くらいの体重になっています。昨日、久しぶりに抱っこしてみたら、いろんなものが溢れていました。今度の2月で10歳。ハーフ成人を迎えます。基本的にひょうきんでニコニコ。最近ちょっとわがままになった気がするけど、大人の感情の襞を敏感に感じる繊細な感性も持っていたり。【アフリカ子ども学と子育て】というシリーズでキイチロウの成長をメモしていますが、改めて見直してみると、赤ん坊から子どもへ、そして、少年へとすくすくと育っているのがよくわかります。 2020年春 2022年ころ 2023年ころ まだパッツン前髪 2024年赤の...

【映画】『ノー・アザー・ランド』(2024年、監督:バーセル・アドラー, ユバル・アブラハーム, ハムダーン・バラール ラヘル・ショール, 95分)

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久しぶりに劇場で鑑賞しました。それなりに忙しく、なかなか劇場での鑑賞は叶いませんが、どうしても見たい作品は万難を排して時間を作るべきですね。 あらすじは こちら (公式Webサイトに繋がります)。 イスラエルとガザ、長く争いの続くこの二つの「国」。2020年代のイスラエルによる破滅的なガザ侵攻は苛烈で、SNSの浸透により、リアルタイムで、剥き出しの現実の映像が世界に配信されています。僕も、今でもこうしたニュースにはアンテナを高くしているつもりですし、そうした中で目の前で人が死に、侵略されていく姿を目にしてます。 この作品のチラシを目にしたときに、必ず見に行こうと決め、近くの「出町座」のスケジュールを確認していました。ようやくそのチャンスが訪れ、授業前に見に行ってきました。この映画を見ようと思ったのは、撮影陣にユダヤ人ジャーナリスト、ユヴァル・アブラハームが参画していること、ユダヤ人がパレスチナで撮影していること、残酷な描写が多いはずだけど、ユダヤ人の中に残る良心、言い換えれば、一抹の希望が見える作品であるだろう、と思ったからでした。 ずいぶんニュースに触れてきたことを自負していましたが、この映画の映像はあまりに凄惨で、胸を締め付けられるシーンが多く、鑑賞中に頭が真っ白になるようなシーンがいくつもありました。舞台となるマサーフェル・ヤッサを侵略する軍隊や入植者による破壊と二人のジャーナリストと、デモ隊の衝突、圧倒的な武装を誇る軍隊による無慈悲な発砲…あまりに理不尽ないくつものシーンは衝撃的です。そして、何より、人間の一番汚い部分を隠そうともせずに、獣性むき出しなのは、圧倒的な資源を持つユヴァル以外のユダヤ人であり、ユダヤにも関わらずガザに寄り添おうとするユヴァルを、ユダヤ人であるが故に責める被害者の男性は、よほど追い詰められているのにも関わらず抑制的で理性的で、「ディベート」と言い、ユヴァルもそれを受け入れる。もはやどちらが追い詰められているのかわからない。 この作品は「「イスラエル人とパレスチナ人が、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけたい」という彼らの強い意志のもと」製作された、という。(公式Website「ストーリー」) 様々な意味での理不尽さを突き付けられ、そのうえで、この映画のあらすじを見返すと、こんな一文が目につきます。被抑圧者...

【映画】『こんにちは、母さん』(2023年、出演:吉永小百合、大泉洋、監督:山田洋二)

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  1カ月半ほど前に見た映画です… わざわざ見に行くことがなかった映画を片っ端から見られるのは、とても幸せなことだし、改めて見たいものが出てくるのもよい。 今回はAIが勧めてくれた(大泉洋関連かな?)この作品。山田洋二監督、吉永小百合主演、寺尾聡が脇を固める、なんとも昭和の香しいキャスティングだが、ここに大泉洋や永野芽郁あたりが現代に引き寄せる。なかなかに安定感のある作品でした。あらすじはいくらでも落ちているので、今回は省略します。 この作品の主題は、「女」の愛情リアリティ、と表せるのではないかと思います。「母の愛」と言えば、母性や家族を包み込むような愛が描かれがち、「女性らしさ」「母らしさ」「妻らしさ」というこれまでにさんざん指摘されてきた、女性へのステレオタイプがどこかに忍び込むのではないかと思います。「美しく」、予定調和的に描こうと思えば、こうなるのだろうと思うのだけど、この作品ではこのような描かれ方はしない。吉永小百合は大泉洋の母親役であり、しっかりその母親として、また、社会人(職人)として自立した人間。しかし、「恋」に落ちる「女」でもあった。しかも、昔の中学生の初恋のような恋の仕方をする。老年の「恋」も余り描かれてこなかったテーマですが、このあたりが特に新鮮な作品でした。ほかに適役が思い浮かべませんが、吉永小百合にこの役を演じさせてしまうあたり、山田洋二監督ならでは、と言ったところでしょうか。

【映画】『焼肉ドラゴン』(監督:鄭義信、出演:真木よう子、井上真央、大泉洋ほか、2018年)

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  アマプラが見られるようになってから、隙間時間はバラエティ番組から映画の時間になりました。この日もアマプラのリストを検索していて目についたのがこの作品。大泉洋と井上真央という、脂ののった役者さんとその両脇を固める見覚えのないお二人…サムネイルから、在日コリアンの話っぽいので、見てみることに。 いわゆる土木事業の労働として朝鮮半島から連れてこられたコリアンたち。コリアンたちは第2次大戦直後からの朝鮮戦争のため、故郷朝鮮半島に帰ることも叶わず、また、長年の日本での生活により生活の基盤が日本にあり、どうしてもすでに離れられなくなってしまい…というウトロでずいぶん伺った背景が描かれる。すでに朝鮮の言葉がつかえなくなっているという、2世、3世問題、さらにコリアンと「日本人」の結婚問題や教育の問題など、異文化間の歪も重要な問題として描かれている。 Wikiで紹介されている監督の鄭義信のコメントも大変興味深い。 「大阪万博の開発にともなう変化を題材に決め、「日本の共同体そのものが崩壊を始めた時代」と捉えていた1970年前後を作品の舞台として、1年間かけて戯曲が執筆された。この時代を描いて当時ヒットしていた『ALWAYS 三丁目の夕日』のアンチテーゼとする事を意識したという。また「在日のコミュニティーは世代を重ねて失われつつあり、遠からず滅びるかもしれない」と考えていた事から、コミュニティーの一つの記録にもなれば、と鄭は語っている。」 なるほど。『三丁目の夕日』と同じ時代なのか…言われてみれば、日本の高度成長期の陽向と日陰のような関係。決して成長への希望のみが時代を満たしていたわけではないことがこの作品を見るとよくわかる。 さらに、在日コリアンの監督ならではの、在日の内側から描いたこの作品の前提も大変勉強になる。 「執筆に先立って万博の開発で消えていった集落なども取材し、実際に訪れた 大阪国際空港 横の 伊丹市 中村地区 がモデルとなり「I空港そばのN地区」を舞台とした。焼肉屋を題材にした点については「寄せ屋(くず鉄屋)、ヘップ(サンダル工場)、焼肉屋は在日コリアンの三大職業のようなもので、小さな焼肉屋を通じて彼らの一端を描ければ、と考えた」と鄭は語っている。姫路城の外堀の石垣にあった鄭の実家が強制撤去された体験なども作中エピソードのベースになっている。」 なるほど…いち...

【映画】『とんび』(監督:瀬々敬久、主演:阿部寛、2022年)

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年末にテレビが急逝し、急遽新たなテレビを買い替えました。実は、ほぼほぼテレビの機能を理解しておらず、衛星放送もせいぜいBSのニュースを見る程度。今回新たに購入したこともあり、ちゃんと機能を使おう、ということでネットにつなげ(先代も繋がっていたはずですが)、Netflix、Amazonにもつなげて充実した映画ライフを送っています。なんでもっと早くやらなかったんだ… さて、人間穢れるほどに涙もろくなる、とSNSで誰かが言っていました。 リールで流れてきた薬師丸ひろ子の芝居が気になり(というか、すでに涙腺に異常が…)、映画本体にたどり着いたのですが、はじめの方を見ていたら、これ、飛行機の中で見た…と気が付いたのはまあよいです。とにかく、朝食を作りながら見てみることに。 やんちゃなヤス(阿部寛)が家族を持ち、美佐子(麻生久美子)との間にもうけた旭(北村匠海)が成長する中の父ヤスとの生活を描く。しかし、美佐子は旭と共にヤスが働く倉庫を訪れた際に旭がひっかけて落下した荷物の下敷きとなり帰らぬ人となる。旭に責任を感じさせぬよう、自分を助けて美佐子が亡くなったとするヤス。このことが原因となり、ヤスと旭の間には溝が生まれる… 全く違うタイプであっても、自己投影してしまう。放蕩三昧だった男が、家族を持つことにより子どもと妻を何よりも愛おしむようになり、そして、大切なものを失ってもなお深まる家族への愛。そして、主人公を取り囲む人びとの前時代的ながらも、「地域」や「家族」の暖かさは、なおこの物語を豊潤なものにする。 2008年に角川書店から出版された映画と同名の『とんび』が原作。何度か映像化されていたて、2012年には、堤真一主演、2013年には内田聖陽主演で TBSでドラマ になっています。僕はこの映画の中では薬師丸ひろ子が生き別れした娘との再会シーンに惹かれたのですが、ヤスに旭の結婚と子どもができたことへの喜びを促す昭栄(安田顕)がヤスを怒鳴りつけ、旭夫婦を罵倒するシーン、グッときましたね…。昭和生まれのおっさんの心がガンガン揺さぶるとてもよい作品だと思いました。

【映画】『劇映画 孤独のグルメ』(松重豊 主演/監督)

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新年1本目は『孤独のグルメ』の劇場版。年明け、一人でおせちをいただきながら、今更正月番組もな…と思い、『孤独のグルメ』を見ていたら、新年早々に劇場公開されるのを知り、早速行ってきた、というわけです。 個人的にはいつもの「腹が減った…」(上のポスターの左に「腹が減った」という雲がありますね)から、メシ屋を探し、周りの客を観察しながら行き当たりばったりで食べて…という流れが何本か重なっているだけでも良いな、と思っていたら、思いのほかの大仕掛け。フランス、韓国、五島列島と、いろんなところに行く。何本かの人間の線をスープでつなげる、面白い作りだったが、最後にできたスープの味が想像がつかず、リアリティが持てなかった。エソ(だった?)という、なかなかお目にかかれないものではなく、最高の煮干し出汁などくらいにしてくれれば、もう少し感情移入できたのだけど。これはこれで面白かったけど、普段のテレビの作品の方が私のテイストだと思いました。 誰も死なず、誰も傷つかず、メディア自体が平和でない昨今、ある意味一番平和な作品にあたったかもしれません。  

【映画】「荒野に希望の灯をともす~医師・中村哲 現地活動35年の軌跡~」(日本電波ニュース社, 88分)

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 今年は忙しい中、割と映画が見られているのがうれしいです。 12月4日は中村哲さんが凶弾に倒れて5年目なのだそうです。SNS上には、中村さんのような政治家が…とか、国民栄誉賞を…とか、いう賛辞の言葉が躍っていましたが、私はそんなことは微塵にも思いませんでした。清廉潔白で、利他的で、さらには頭脳明晰、どんな職業であっても成功すべくして成功した方のはずですが、大変幸いに「医」という人を癒す仕事に進み、その究極を突き詰めた方ではないかと思います。 中村さんにとっての「医」とは何だったのか? 上医、中医、下医という、「医」の考え方があります。 中国の陳延之の著書『小品方』に由来しているそうですが、一番有名なのは、「上医は国を治し、中医は人を治し、下医は病を治す」というもの。ほかにも、こんな会社くがあるそうです。 その1、 上医はいまだ病まざるものの病を治し、中医は病まんとするものの病を治し、下医はすでに病みたる病を治す。 その2、 上医の勤勉な医者は、毒さえも薬となして人を助ける。中医の凡庸な医者は、薬を薬として使って人を助ける。下医の怠惰な医者は、薬を毒となして却って病を重篤にする。 その3、 化学合成薬を使って治療する医師を下医と言い、漢方医のことを中医、そして食事で病気を治す人を上医、つまり食医と言う。 ( たかすぎ内科クリニックウェブサイト より) 医師にも関わらず、地形を学び、土木技術を学び、現地の言葉を学び、そして、約230haの砂漠を緑に変える…こんな評価をしてしまうことすら烏滸がましいですが、上医中の上医と言えるでしょう。そして、下の記事を見ると、次世代も育ち、中村医師亡きあとも地道に活動を続けられているあたりは、ペシャワール会の組織としても大変高く評価されるべきだと思います。 そして、私も長く砂漠化対処には関心を持ち、「緑のサヘル」というNGOに関わっています。コロナの影響で活動はかなり縮小しましたが、そうした視点から見ても、中村哲さんの見通しや行動力は、およそ我われ凡人にはたどり着けない境地におられたことを実感します。 昨年、中村哲さんのドキュメンタリー映画(この映画の劇場版)が公開されました。今回見たのは、そのDVD版です。言わずと知れた、食が紛争を止める、という食こそが平和の根源、という中村哲流の哲学が、体現していく様を大変わかりやすく映像に...

【イベント】京都精華大学CAACCS主催「映像でみるアフリカ・アジア社会とその課題」

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所属する京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センターでは、毎年恒例のアフリカ・アジア現代文化セミナーを今年も開催します。今年は、「 映像でみるアフリカ・アジア社会とその課題 」を統一テーマとして、全4回開催します。詳細は上のウェブサイトをご覧ください。 今回のイベントで私の担当箇所を特にご案内しておきます。 ・第2回 2024年11月15日(金)  19:00~21:00 「エチオピアの隣人と映像を通して考える未来」 上映作品 作品1『吟遊詩人-声の饗宴-』( 2022 年、 17 分、監督・川瀬慈) エチオピア連邦民主共和国の都市にみうけられる酒場 “ アズマリベット ” 。ここでは楽師アズマリが弦楽器マシンコを弾き語り、人生の無常や恋愛、社会批判等を歌にし、庶民を楽しませる。アズマリのパフォーマンスの特色は歌い手のみならず、聴き手も即興的に詩を生み出し、歌い手に投げかけていくことにある。アズマリはそれらの詩を弦楽器の旋律にのせて一字一句復唱し、聴衆に聴かせる。本作は、アジスアベバのハヤフレット地区にあるアズマリベット Duka Masinqo において、長回しのシングルショットによって記録された、ゴンダール出身のアズマリ、ソロモン・アイヤノー氏と客たちの詩のやりとりである。ここで歌われた詩のテーマは、新型コロナウィルスの世界的な蔓延、ティグライ人民解放戦線( TPLF )と政府軍による戦争、過去と現在のエチオピア首相に対する批判、さらには大エチオピア・ルネサンスダム( GERD) 建設をめぐるエジプトやスーダンとの外交摩擦に至るまで多岐にわたった。アズマリベットの歌は、エチオピアの社会情勢や庶民の気持ちを映し出す鏡である。東京ドキュメンタリー映画祭 2022 「人類学・民俗映像部門」準グランプリ。 作品2.『つながりを生きる東京のエチオピア移民』( 2024 年、 48 分、監督・川瀬慈) 日本社会には、世界のさまざまな地域や文化にルーツを持つ人々がいる。その中でもアフリカからの移民の生活や活動は広く知られていない。東京都葛飾区と墨田区には、 200 人近いエチオピアからの移民が住んでいる。彼ら、彼女らはエチオピア正教会の集会でつながり、同国の音楽や食事を通じて地域住民と交流を行う。本作では、エチオピアの人々が自分たちの文化を守りながら、東京に根を下ろしつつ...

【映画】ファミリア(監督:成島出、121分、2023年)

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 いよいよ卒業論文執筆が佳境を迎えつつあります。ゼミの学生がようやく本格的にロウンチ (やっと!)し、私も気合を入れねばなりません。そんな最中、久しぶりの学生が研究室を訪ねてきました。この学生は在日ブラジル人を題材とした卒論を進めようとしているのですが、なかなかうまく書き進められないということで、相談に来られた、ということでした。おしゃべりをしていると、「 ファミリア 」という映画の話に。アンテナの低い私は知る由もなく、他の学生も見たことがない、ということで、ネットで調べると、アマプラで無料配信されているようでした。 そんなわけで、急遽上映会。こういうのが大学っぽくてよいです。 あらすじは調べればすぐに出てくるので、適当にググっていただくということで。 役所広司演じる陶芸家、誠治を中心に、彼の息子の学、彼らが知り合う在日ブラジル人のマルコスとその家族と恋人、友人たちをめぐる現代の不条理を描いた作品です。誠治たちとマルコスの繋がり方や、学とアルジェリア人の恋人の出会いや必然性がよくわからないなど、若干冗長なところが気になりましたが、出演者もなかなかの重厚な配役(MIYAVIがよい)。生活難から日本に移住、移住した先では、恙ない滞在生活を送るため波風は立てられない、それでも波風を立ててしまう若者、そして、その責任を負わされる…という移民特有の負のスパイラルに絡めとられていく。監督の問題意識がどの辺にあるのかがわかりませんが、保見団地をモデルにしたことはよくわかる。陶芸家の役所広司は瀬戸あたりに在住している設定でしょうか。いずれにしても、上に挙げたような在日外国人の悲哀、高度成長期に建設された大規模な公団住宅が外国人街化していく様子など、在日外国人(ブラジル人)のおかれた境遇を考えるには好作品ではないかと思います。 この作品自体は2023年ですが、ちょっと昔の設定で描かれているかもしれません。最近、僕が触れている情報が、ペシミスティックに日本を憂う論調のものが多いためか、今更日本にしがみつくこともないんじゃないかと本気で思っていますし、(在日)外国人の日本へのまなざしも大きく変わっているのではないかと思います。この辺は新しい問題意識、ということにて、私自身の課題としておきたいと思います。

映画『僕は猟師になった』出演:千松信也 ナレーション:池松壮亮 演出:川原愛子

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『福田村事件』の後はなかなか映画を見る機会がない。家族で『コナン…』を見にいったが、劇場の快適な空調に爆睡。二人曰く、3分の2は寝ていた、とのこと…少し函館の絵も見たし、なんかそれはそれで満足。 そんなこんなで久しぶりにまともに見る映画。この映画は前から見たかった作品で、演出の川原さん、主演の千松さんとは、数年前に東京で行われた グリーンイメージ国際環境映画祭 に伺った際の受賞作品で、明け方まで飲み交わしたことがある。 この映画、ゼミの学生たちと鑑賞した。学生たちの感想の中で目立ったのは、「いのちをいただく」というもの。我われの食べているものすべてに命があって…というものだ。狩猟は動物を捕まえ、屠殺するわけだから、動物の解体のシーンは何度か出てきて、おそらく動物を殺す、という経験のない学生たちにとってはセンセーショナルなものだっただろう。私たちの食の問題は、この映画の一つの主題だったかもしれないが、『僕は猟師になった』というタイトルから見ても分かる通り、やはり千松さんがこの映画の主役であり、彼を中心にこの映画を見るのが筋ではないかという話をした。私自身は、千松さんと千松さんの家族を見ていると、決して「世捨て人」的に山の中で自活をしているわけでなく、都市と山の境界線に住まい、現代的な生活をしながら猟師としても生活を送る極めて現代的なライフスタイルを実現している様に着目した。ずいぶん見え方が違うのだな、ということを実感させられた。 映画なんて色々な見方があって、それぞれが面白い、と思うように見ればよいと思うし、学生の見方は一面で新たな一面を拓いてくれるが、映画や映像を見る、という練習も必要なのだ、ということも実感したのであった。 この作品は、淡々と話が進んでいくのだけど、一つ一つのシーンに意味があり、噛めば噛むほど味がでる良作だと思う。多くの方に見ていただきたい作品である。

『福田村事件』森達也監督(ピカンテサーカス/137分)/ちょいネタバレ

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昨年来、少しずつ在日韓国人のことを勉強し始めているのは、何度かこのブログでも書いてきました。最近も ウトロ平和祈念館 に行ってきて、その前にも 東京の高麗博物館、ニュースパーク に行ってきたのですが、そこでしばしば見たのが、『福田村事件』のチラシ。タイミングとしても、これは見ておかねば、と思っていたのですが、残念ながら公開中には間に合わず、DVDを購入することにしました。 「福田村事件」は、関東大震災が発災した数日後に、薬売りの行商人たちが朝鮮人と間違われて自警団により虐殺された、という事件。「朝鮮人が井戸に毒を盛る」など、あらぬ噂を流されて暴力を加えられた多くの事件、「デマ」や「フェイクニュース」の問題など、様々な問題群をはらんでいる。ちなみに、ニュースパークの展示でも新聞が流言を報じた報道やそれを打ち消す記事などが展示されており、メディアの問題としても考えることができる。 一昨日DVDが届き、早速視聴した。 森達也 さんが監督、井浦新、田中麗奈、東出昌大、柄本明やら、出演陣も豪華でなかなか期待させる配役だ。戦前の軍国主義と張りぼてのような「大正デモクラシー」の相克の中、日本の「村社会」の閉鎖性がよく描かれ、ほんの少しずつ当時の女性蔑視的な雰囲気が引き金として、群集心理に働きかけ、さらに、災害の中で自衛への心情が絡みついていく。しかし、この辺の描写は後半70分程度で描いたものだけで十分。最初の45分程度は、どこかロマンポルノを思わせるようなちょいと艶っぽいシーンが続く。この描写がどこで回収されるのだろう…とみていると、襲撃された村のドロドロした雰囲気を描いたこと、また、不倫により信用を失った人たちが実は一番冷静だった、という、アンビバレントな人間心理を描く、というこの「福田村事件」という、在日韓国人への風評の二次被害という側面を若干弱めている。私個人としては、『A』などを描いた硬派なドキュメンタリー作家のイメージで見ていたので、若干残念な作品だと感じた。  

【映画】The Great Green Wall

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久しぶりに「映画」見ました。映画自体を見ていないわけではない(ドラえもんとか、クレヨンしんちゃんとか、鬼滅の刃とか…)のですが、ドキュメンタリータッチのものはなかなか見る機会がありません。久しぶりにちゃんと見られましたので、感想文など(これも何年ぶりでしょう)。若干ネタバレです。 旧知のミネコさんにお知らせをいただき、中野の ウナカメリーベラ さんで小さな小さな上映会がありました。 グレート・グリーン・ウォール とは、砂漠化の進むアフリカのサハラ砂漠南縁部(サヘル)地域に樹林帯を構築してサハラ砂漠の南進を防ごうというもの。セネガルからエリトリアにかけ、全長7000㎞とも8000㎞に緑地帯をつくる壮大な計画です。この計画は2007年にAU(アフリカ連合)の主導で起案され、現在は15%ほどが完成していると言われている。 この作品は、インナ・モジャというマリのミュージシャンが仲間を募りながら、セネガルからエチオピアまで移動しながら一枚のアルバムを作るというものです。途中、ローカルなレベルで活動する支援機関の人や農家、そして、国連の事務次官などとも対話を重ねながら、サヘルの現実と理想を考えていく、という作品です。 ここから感想を述べます。 ・この作品の存在意義として、「砂漠化」問題に目を向けさせた、という点で非常に意義深いものだということは言えると思います。私が「 砂漠化プロジェクト 」に在籍していた当時から、世論の砂漠化問題への関心の低さが指摘されてきており、こうしたマスに働きかける作品は歓迎されます。 ・どうもインナ・モジャというミュージシャンは、それほどマリでも有名ではないらしい(ミネコさん曰く)のですが、砂漠化という茫漠として重たい問題を、若者らしい視点から軽やかに語るのは砂漠化問題への取り組みのハードルを下げてくれたように思います。私が心の中で思っていたのは、We are the worldをオマージュしているのではないかと思っていました。 ・この作品で最も評価したいのは、ともすればインナ・モジャのプロモーション作品になってしまいそうだったのに、ちゃんと砂漠化問題のリアリティに正直に向き合っていたことです。ファンの方には申し訳ないですが、彼女たちが若すぎ、また、その音楽がまあまあであったおかげで、彼女の音楽性があまり全面に出過ぎずに、砂漠化問題の持つ政治性などもよ...

『かぞくいろ‐Railwaysわたしたちの出発』ブルキナファソ調査中に見た作品

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https://eiga.com/movie/88225/ より すでに帰国してから1か月が過ぎようとしていて(と書いていたけど、更新が止まって現在3か月目…)、ブログにアップしようと思っていた記事の内容もずいぶん忘却の彼方に行ってしまったけど、覚えている限りで書いてみようと思います。 出発した5月29日は10日前に終了したアフリカ学会の余韻がたっぷり残り、やることは終わったのに、なんとなく気ぜわしくて、何か仕事をしなければならない強迫観念のようなものを抱えていました。もちろん、そういうものもないではなかったのですが、いつもの通り、空港でフライト中にできること、やらないことを決め、やはりしばらく見ていなかった映画を見ようと思い、離陸前から邦画のリストを物色。3本リストアップして、キャスティングを見て、國村隼(もちろん有村架純もなのだけど)の名前があったので、この作品を最初に見ることにする。 [簡単なあらすじ] 天涯孤独の奥薗晶(有村架純)は、前妻を失ったデザイナーの奥薗修平(青木崇高)と結婚。修平と前妻の間の子、駿也と共に東京で暮らしていたが、修平がくも膜下出血で急逝。晶は鹿児島で鉄道運転士を勤める修平の父、節夫(國村)の元を頼る。晶は鉄道運転士の節夫の影響で、子供のころから鉄道が大好き。晶は修平を思い出しながら、節夫が働く鉄道運転士となるべく奮闘する。 この作品はRailwaysシリーズの第3作。前作は見たことがないのだけど、晶-(義子)駿也‐(義父)節夫という、血縁のない「親子」が血縁のなさを乗り越えていく「家族」ストーリー。鹿児島の風景や第三セクターによる鉄道運営という場面設定を見ていると、地方の問題も若干加味されているような印象を受けた。 印象としては、晶の置かれた状況が特殊すぎて、自己投影しにくかった、という感じだろうか。晶が頼れる人が修平の身内だけ、という状況を作りこまねばストーリーができない、という中で若干苦し紛れだったかな…もう少しナチュラルに、問題が絞り込まれるともっと面白かったかな、と思う。 にほんブログ村 にほんブログ村

第6回グリーンイメージ国際環境映像祭@日比谷図書文化館コンベンションホール

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2月22日~24日に日比谷図書文化館コンベンションホールで「グリーンイメージ国際環境映像祭」が開催されます。なんと、ここで開かれる「「2050年」のアフリカを語る」というトークセッションで登壇することになりました…いや、これはなかなかドキドキもの。ちなみに、通訳としてもデビューです…これも恐ろしい… フリートークなようですが、いくつかネタは用意していかねば、と思っています。今週末の出版記念イベントの資料はだいたいできたので、それが終わったらこちらの準備にかかります。 しかし、ここに出展される映像作品の数々はなかなか興味深いものが多く、勤務先の地球研とも非常に相性がよさそう。なんらかの形でリンクできるようになるといいのですが。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ

想田和弘監督『牡蠣工場』2015年@大竹財団会議室

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映画.com(https://eiga.com/movie/83643/photo/)より 3年越しでようやく見ることができた『牡蠣工場』。実は想田映画を「劇場」で見るのは今回が初めてです。 岡山県牛窓(瀬戸内のエーゲ海というらしいが…)の牡蠣工場を舞台としたこの映画。主に渡邊さんという、もともと三陸で牡蠣の養殖をしていたが、震災の影響で宮城から岡山に避難してきた方が中心的に描かれる。渡邊さんは、牛窓の牡蠣工場を継ぐことになっている。この地域も過疎の影響を受け、どこの工場も人手不足。その人手不足を補うため、中国をはじめ、アジア諸国から出稼ぎを受け入れている。渡邊さんのところでも、中国人の出稼ぎを受け入れることになった。 とあらすじめいたものを書くと、なんかチンケな話だけど、そこは観察映画。さまざまな「今」が見えてくる。震災のその後、過疎問題、一次産業の人手不足、今のご時世の文脈で言えば「差別」の問題等々。145分という長い映像だが、トピックはいくつもでてくる。ポスターには「過疎の町にグローバリズムがやってきた」として、グローバリゼーションが前景化されているが、別のテーマであるといわれても、いかようにも取れる。これが想田監督が言う、オーディエンスに解釈を任せる、というものなのだろう。ある景観を形成する要素や、その切り口は一つだけではないのだから。 蛇足。つい最近のこと。東京のセネガル人の集まりに呼ばれて、ゴハンをごちそうになりながら、カメラを回すことになった。僕にとっては、一部調査ということもあり、いろいろ話を聞きたかったのだけど、カメラに気を取られて全く調査にならない。ノートにメモできないことがこれほど不安だとは…もちろん、この手法に慣れた想田監督だから、比べても仕方ないのだけど、観察しながら映像を撮るというのは実に難しい。

『バースデーカード』(吉田康弘監督、2016年)

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年末から年明けにかけて見た映画第3弾。 【あらすじ】 大学教員の宗一郎(ユースケ・サンタマリア)と芳恵(宮崎あおい)の間には、紀子(橋本愛)と正男(須賀健太)の二人の子どもがいる。時に静かな丘の上で家族でピクニックをしたり、誕生日を祝ったりと、とても穏やかな、幸せな家庭。芳恵と紀子はクイズ好きで、「アタックナンバーワン」がとても大好き。しかし、とても引っ込み思案な紀子は、クラスのリーダー格の女の子を出し抜いて、学校のクイズ大会の代表になることになる。紀子は彼女たちから、圧力をかけられてとうとう何も答えずに終わる。悩んだ紀子を芳恵が励ます。 そんなある日、芳恵がガンに倒れ、余命幾ばくと宣告を受ける。自らの限られた残りの時間、最後の力を振りしぼり、家族でいつもの丘で紀子の10歳の誕生日を祝う。そして、芳恵は紀子への20歳までのバースデーカードを準備する。 毎年、紀子の誕生日になると明けられるバースデーカード。カードは紀子を励まし、気遣い、時に恋愛の指南までする。そして、ラーメン屋で修行の身にあった中学生時代の同級生、純(立石蒼)と紀子が結婚することになる。大学入試を4浪した弟の正男は旅に出ていたが、芳恵との夢だった「アタックナンバーワン」に出演し、正男に呼びかけると、それを見ていた正男は急いで家に帰ってくる。正男は、芳恵から最後のカードを預かっていたのだった。そこには、紀子の幸せを願う、芳恵の気持があふれ出していたのだった。 【感想】 「母が病気になって亡くなる」というストーリーのプロットがやたらと多い気がしてならないのだけど、中でもこの作品はとてもよかったと思う。芳恵が紀子ばかりに愛情を注いでいるように見えてしまうのが、少々座り心地が悪いのだけど、安定の宮崎あおいで、全編を通してとても穏やかな映像の印象を受ける。ユースケ・サンタマリアに橋本愛、というあたりも安心して観ていられる役者さんになった気がする。 あと、この映画は監督の吉田康弘さんが原作を書かれているのですね。話がとても雰囲気を持つのは、原作者=脚本=監督というように一人がストーリーを担っていたためかもしれません。 にほんブログ村

『あん』(河瀨直美監督、2015年)

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ちょっと前に見たので、記憶があやふやになりつつあるけど、結構ズシンと来た映画なので、メモします。 何度も書いていますが、基本的に飛行機に乗ると邦画を見ます。まあ、まさかハリウッドを外して海外の単館系の映画を飛行機でやると思えないので、大体ドンパチものが多くなる反面、特にANA(しか知らないですが)はかなり渋いセレクションをしてくれるので、毎回これも楽しみの一つ。これを見たのは、昨年末の帰りの便。 もはや、河瀨直美監督と言ったら、売れ筋なのかもしれないけど、初期のころの映画は、無声映画かと思うほど、静かな作品が多かった。僕のイメージでは、河瀨直美さんの作品は、夏の奈良の山奥、濃い緑、という印象がある。この作品はまったくそんなものではなくて、どちらかというと、上の宣材にもあるように、桜色がこの作品の色で、ああ、確かに、アンコがシンボルなのだから、赤めの色なのかな…と勝手に解釈してみたりもする。 ともあれ、簡単にあらすじ。 冴えないどら焼き屋「どら春」の雇われ店主、千太郎(長瀬正敏)の元に、ある日、1人の老女徳江(樹木希林)が訪れる。千太郎が出した求人広告に応募するためだった。70歳を超えた徳江に、「年齢不詳」としたものの千太郎はなんとか断ろうとするが、徳江の熱心な説得に、粒あんづくりを任せることにした。徳江の作る粒あんのおいしさは、千太郎も驚き、瞬く間に評判を呼ぶ。しかし、徳江はハンセン氏病棟の住人。この噂が広まり、次第にどら焼きは売れなくなってしまう。徳江はそれを察して店に来なくなってしまう。雇われ店長の千太郎は、それをいかんともできなかった。千太郎は、丁寧に、そして純粋にあんを愛し、また、社会とのかかわりを渇望した徳江をやめさせてしまったことに悩む。その後、千太郎と常連の中学生ワカナ(内田伽羅)は病棟の徳江の元を訪れることにする。そこで、徳江は、「こういうことをやってみたかった。雇ってくれてありがとう」と千太郎に深々と礼を述べる。そして間もなくして徳江は亡くなるが、千太郎たちのために、自分が使っていたあんづくりの道具を残していたのだった。 このブログを書きながら知りましたが、原作はドリアン助川なのですね。僕らの学生時代のヒーローの一人です。「叫ぶ詩人の会」ですね。様々な差別問題があるなか、こうして時々それぞれの差別の構造を復習できるような作...

『聖の青春』(森義隆監督、2016年)

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(『聖の青春』公式HP http://satoshi-movie.jp/より) 先日の調査の往路の飛行機で見た作品その①。 【あらすじ】 関西を中心に活躍した棋士・村山聖を松山ケンイチが演じた。聖は幼少のころから腎ネフローゼを患い、入退院を繰り返すが、父の勧めで始めた将棋に没頭するようになる。その後、師匠(リリー・フランキー)と出会い、聖はメキメキと頭角を現し、やがて、東京の羽生善治(東出昌大)の存在を意識するようになる。聖は東京に出て、羽生との対戦を重ねるが、聖の体を病魔がむしばむ。ガンだった。聖は治療を拒み、最後の瞬間まで羽生と戦うことを選択する。 【感想】 松山ケンイチが役作りのために20㎏の体重増をしたことで有名な作品。将棋という、とても静的な競技を中心としたもので、将棋の知識がなくても大丈夫だろうか…と思ったが、これは杞憂。とにかく、松山ケンイチとそのわきを固める、リリー・フランキーや竹下景子(聖の母親)といった、安定のわき役たちとの絡みで十分に見られる。 しかし、テーマ的にあまり興味がなかったので、たぶんもう一度見ることはないだろうけど、悪くはなかった。松山ケンイチと東出昌大の演技は一見の価値がある。 にほんブログ村

『家族はつらいよ』2016年監督)山田洋次

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http://www2.myjcom.jp/special/tv/movie/kazoku-tsuraiyo/より インドネシアの出張から帰りました…と書いたところで止まっていた… すでに、次の出張のトランジット先のイスタンブールより書いています。 ANA便だったこともあり、邦画に期待しつつ…そこで見つけたこの映画。2016年公開の山田洋次監督、『家族はつらいよ』。先日酷評した、『 東京家族 』とまるっきりキャストが同じで、キャストの職業が全く違う、そして、扱うのが、橋爪功と吉行和子の熟年離婚騒動。 『東京家族』を引き継いだように見えるこの作品、山田洋次監督だけに『男はつらいよ』の二番煎じのようにも見える。前者なのであれば、小津安二郎の『東京物語』を引き継いでいることにもなり、ということは、また僕は酷評しなければならないんだけど、後者、ないし、前者と後者をごちゃまぜに、ということであれば、まあ、パロディとして、まあ見られなくもない。 まあ、どうとでもとらえてくれ、というところだろうから、勝手に捉えるけど、まあ、問題として熟年離婚はあんまりおもしろくないし、結局、よくワイドショーでやるレベルの痴話げんか。それはそれで滑稽な世相を反映しているのかもしれないが、まあ、もういいかな、と。 どうも2017年に続編があるらしいので、まあ、『男はつらいよ』的にやるんですね。 にほんブログ村 にほんブログ村