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科学研究費「西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B/21H00651)

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  (トゥーバのグランモスク) 2021年度より「 西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究 」というテーマで科研費の研究助成をいただけることになりました。 科研のウェブサイトにも出ていますが、この研究の概要を次に示しておきたいと思います。 19世紀にフランスで確認された政治における宗教の不介在(ライシテ)は、現代社会では当然のものと認識されるが、ライシテ発祥のフランスにおいてすら、この原則から逸脱する事例が数多くある。旧フランス植民地の現仏語圏アフリカでもライシテはそれぞれの憲法に謳われているものの、社会救済性を是とするイスラームは、本来行政が担うべき、教育や社会福祉などの領域を肩代わりしている。ムスリムたちの日常実践の束は、近代化した宗教学校や、信仰NGOなどと呼ばれるムスリムによる中間集団を形成している。本研究では、これらをアフリカ的なライシテ-宗教性の連続体として分析し、現代社会の個人と宗教の在り方を考察する。 先日アップした学会報告の指摘でもあったように、まだ語句の不安定さや、問題の焦点化が甘いですが、すでに3年目に差し掛かり、そろそろこの研究課題なりの「答え」を出すことを考え始めねばなりません。 コロナ禍により、最初の1年間は現地調査ができませんでしたが、昨年から少しずつメンバーの海外調査も進められるようになってきました。そろそろ調査結果を集積し、成果を考え始めねばならない時期になりました。 また少しずつこちらで研究進捗などを報告したいと思います。

カメルーン調査(2月8日~2月17日)②ヤウンデ調査

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前の投稿からずいぶん時間が経ってしまいました(完成していなかったので、ノートを基に完成させます。20220103)。 ヤウンデ到着翌日、シモン=ピエール氏がホテルにピックアップしにくる。2019年10月以来の再会。林さんとは20年の付き合いになるNGOの代表だ。彼のNGOは Association Tam-Tam Mobile (タムタム・モービル、以後TTM)といい、ヤウンデで衛生向上の活動に従事している。林さん自身、付き合いが長いものの彼が保健衛生の活動をしているのを知ったのは、サニテーションプロジェクトを始めてからだという。シモン=ピエール氏は、これまでに多くの日本人研究者のエイジェント的な仕事をしており、お二人は「兄弟」と呼び合うほど親しいが、その先に踏み込むことはなかった(もしくは、あったとしても、サニテーションというテーマに関心がなかった)ようだ。 ヤウンデ市内の谷間の集落 前回の調査では、カメルーンのサニテーションの全容を知るために市役所などを中心に訪問したが、今回はシモン=ピエール氏に彼が活動地とするヤウンデのサイトを訪問させてもらうことにしていた。 TTMが活動するのは、「ビドン・ビル/Bidon ville(一般名詞らしい)」と呼ばれる、起伏の激しいヤウンデの谷間に位置する街区である。僕は「スラム」という言葉を様々な理由で忌避するが、分かりやすくいってしまえば、そういう風に見える街区だ。「山の手」という言葉は、いわゆる富裕層が住む街区として、どこに行っても良い住宅地というのは、少し高いところにある。簡単に言えば、水がたまらないところ、暑い時期にはほんの少し涼しく、人間が生活する上で快適なのところのことである。だから、日本でも部落や不可触民と言われた人たちが住んでいたのは、川沿いだったりする。ビドン・ビルも漏れなくこうした意味で、まあまあ貧しいほうに近い人たちが住んでいるが、治水がぜい弱な都市の谷間。水だけでなく、生活排水やゴミ(特にペットボトル)がここに溜まってくることになる。 ヤウンデの谷間の集落周縁部 それほど気温が高くない日だったためか、臭いはそれほどひどくなかったが、衛生状態が悪いのは間違いない。この前の調査で訪れたヤウンデ市の衛生当局が「運河の整備」に最も力を入れていると発言していたことの理由が明確に理解で...

カメルーン調査(2月8日~2月17日)① 

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ドアラ上空 2度目のカメルーン調査は、ブルキナファソから帰国した3週間後に敢行された。この年度は研究費の都合で、年またぎのブルキナファソ渡航に始まり、3か月で3回渡航という、鬼のスケジュール。しかし、3週間あれば日本での生活も普通に戻り、余韻がなくなったころに再び出国というサイクルで過ごす。伊丹で同僚の林耕次さんと合流し、経由地のブリュッセルへ。ブリュッセルでホテルでPLの山内太郎先生と合流。翌日の便でヤウンデに向かった。 今回はとにかくやることが多い。コロナ以前の話なので、どこかリアリティのない話だし、もうずいぶん前のことのようにも思うが ①前回の調査で協議した2つのNGOとのMOUの締結 ②ヤウンデでの研究会 ③ヤウンデでの初期調査の実施 ④ベルトア周辺での調査の設定 これに加えて、持ち込み仕事としては、アフリカ学会賞の選考に『現代アフリカ文化の今』の原稿、そして、4月から始まる講義の準備もあった。 ノートの清書もままならない、超過密な調査週間が始まる。ともあれ、ヤウンデに到着した3人はいつものマネックで夕食。今回初めてのンドレ・ポワソン・フュメに舌鼓を打ち、一時のここから怒涛の1週間が始まる。 にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング

第2回アフリカ発酵食品文化研究会「アフリカの食文化の深淵に迫る」(2019年12月1日)

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チラシ 直近になりましたが、12月1日にこんなシンポジウムを開催します。字が小さくて見えにくいので、テクストを下に張り付けておきます。 登壇者:高野秀行(ノンフィクション作家)、佐藤靖明(大阪産業大学)、清水貴夫(総合地球環境学研究所・京都精華大学) 司会:藤本武(富山大学) コメンテーター:重田眞義(京都大学)、横山智(名古屋大学) 主催:京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター(CAACS) 共催:科学研究費補助金(基盤研究(B))「アフリカ食文化の新展開:食料主権論のために」、総合地球環境学研究所「サニテーション価値連鎖の提案」プロジェクト にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング

ブルキナファソ・カメルーン調査⑤バカの集落

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10月前半に敢行されたブルキナファソ・カメルーン調査の5回目。今回が最後です。 この日は、林さんにバカの集落を案内してもらいました。バカの身体的特徴として、身長がとても小さく、いわゆる、ピグミーと呼ばれている人たちで、平均身長が男性で160㎝くらい? と言っても、僕の場合、大体の場合、ほかの人を見降ろしてしまうので、あんまり強烈な印象はない。 ロミエから車で走ること30分。林さんも何度か訪れたという、バカの集落に到着する。途中で拾ったアメリカ人のNGOの方の活動地でもあるこの村で、彼女たちは識字教育を行い、我われは現場学習。 同僚の林さんにバカの村を案内してもらう まず、家。上の写真が遊動生活をしているバカの人たちのハットなのだけど、なんか不規則に編まれているように見えるが、これはこれでちゃんと使用する葉などは決まっているそう。設営、撤収にはほとんど時間を要さず、機能としても最低限。合理的なのだな、と改めて思う。乾燥地でもトゥアレグという民族が、遊牧をしながらこんな形の家を作るし、フルベもミレットやアンドロポゴンの茎を使ってとても機用に家を作る。 森をかき分けて畑に向かう そして、そのあと、バカの人たちの耕地を案内してもらう。林さん曰く「こんなの森じゃない」とのことですが、熱帯雨林初心者としては、完璧に森。出発前に貴一朗とトトロをヘビーローテーションしていた僕は武蔵野ではトトロの森は無理だ、と思い、あれはカメルーンでないと成立しないのではないかとわけのわからないことを考えていた。 バカの畑 森の中を歩くこと10分ほど。少し明るくなったところがバカの人たちの畑。ほかにいくつか見せてもらった畑ではプランテン・バナナ、マニオク(キャッサバ)、タロなどが所せましと植えられているのだが、この日見せてもらった畑は開拓直後だったのか、まだそれほど作物は植わっていない。 乾燥地に慣れた目には、余りに多い植生、木の太さ、濃い緑にどこを見てよいのかわからず、焦点が合わない。同じ大陸でも多様であることは、講義でも何となくしゃべっているけど、これが本当に同じ大陸かと思うと、これもなかなか実感できない、完全な異世界さを感じる。 ロミエの中心部 最後に2泊しかしていないけど、ロミエの街並みを。 ロミエの街並み この街は東...

第3回地球研サニテーションプロジェクト-高知大拠点プロジェクト合同勉強会

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事後報告になりますが、こんな研究会で発表してきました。アフリカに関わりつつも、SDGsとか、TICADとか、世の中の大きな流れについてはあんまりちゃんと勉強したことがない。むろん、しゃべることもそれほどなくて、こういうテーマ設定はとても緊張してしまう。 発表しようと思っていたのは、トイレの要不要の議論を既成事実化したSDGs事態を疑うことも我々研究者の仕事です、という話を展開することだった。先日のカメルーン調査の事例とブルキナファソの事例を使うのだけど、伝統主義に陥らないように気を付けた。裏テーマとしては、「SDGsの達成」は絶対的なものではない、踊らされすぎるな、というメッセージを込めたつもりだが、どうだっただろうか。 この辺は、若干斜に構えた、あまのじゃくなメッセージに見えるかもしれないが、これはずっと思っていることで、「誰一人とりのこさない」という実現不可能な理念を掲げているのに、教育の面では、「近代的」/西欧型の教育システム以外は一顧だにしない。マラブーやタリベは、その存在を認められず、ものすごい数のムスリムがその枠外に追いやられている。「誰一人とりのこさない」が多様性を尊重して、すべてを取り込むという理想なら関心もするが(実際はそうなのだが)、実はともなっていない。 今回の発表に際して論文を少し読んだのだけど、SDGsに至り、また、その先にどのようなことが考えられているのかを知ることができたのは、とても勉強になったし、もちろん、産学連携のプロジェクトをどのようにSDGsに絡めて考えるのか、とか、SDGsを踏まえたプロジェクト評価と設計といった、普段なかなか話せないテーマのディスカッションもとても興味深いものだった。 そして、地方開催のお楽しみ、ご当地グルメも秀逸だった。 にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング

ブルキナファソ・カメルーン調査④カメルーンを喰う

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カメルーンでもしっかり喰ってきました。プロジェクト随一のグルメの林さんは、与えれば与えただけ食べてしまう私のために、各所で旨い店に連れて行ってくれた。 まずはメウミホテル至近のレストランMANEK。ここもカメルーン研究のお歴々の行きつけ。ブルキナファソと違うのは、こういうレストランでビールが飲めること。料理を待ちながら一杯やる。初日の夜は、カメルーン名物ンドレと燻製魚。ンドレの苦みとピーナッツソースの甘味と旨味、さらに燻製魚の香りがコメに合うし、さらにビールにも合う。 ンドレ+燻製魚 ロミエに到着し、その夜もカルプ(鮒かティラピア)のトマトソース煮。これも間違いない。とてもシンプルだけど、田舎町ではなかなかの旨さ。コメでも、バトン・ド・マニオクでも合う。 おそらくフナ/ティラピアのトマト煮 次は若干ジャンクだが、林さんの行きつけの朝飯屋。市場が近いため、朝ある程度の時間になると、いい肉は入るということで、マカロニにレバーを入れてもらった。カメルーンは朝からこんな感じの食事ができるのが良い。おフランス的な甘いメシは僕の口にはあまり合わない。 朝飯でマカロニ+レバー! 写真がぶれてるけど、その夜はやはりジビエのトマトソース煮、さらに、林さんがこの日のためにキープしていた鶏をなんとマンゴーソース煮。このレストランもなかなか良い。ついつい箸が止まらなくなる。箸じゃないか… ニワトリのマンゴーソース(真ん中のプレート) 翌朝の例の朝飯屋。スパゲティ、オムレツと頼むと広島お好み焼きが出てくる。まあ、まずかろう訳なし。 スパゲッティ・オムレツ 15時くらいにロミエに戻り、遅い昼食。順番が逆になったが、これもカモシカのようなジビエ。森の中だけに、こういう肉が珍しくないらしい。シンプルなトマト煮。 カモシカみたいなやつの肉 添え物はマニオク。多分蒸しているのだろうけど、ジャガイモよりも癖がなくて何にでも合い、食べ飽きない。 森の世界と言えばキャッサバ とりあえずこんな感じ。カメルーンファンには申し訳ないけど、料理のクオリティはブルキナに軍配が上げたい。しかし、熱帯雨林という無限の食資源の中、本当に食材を贅沢に使う。素材がうまいから、余計なことはしない。今回のメシはこんな感じ。 アフリカ(海外生活...

ブルキナファソ・カメルーン調査③ 東部州に向かう

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10月9日、約4年ぶりにヤウンデに降り立つ。前回は会議出席のため、ヤウンデ市内の会場とホテルの間をうろうろしていただけだが、今回はもう少し広く回れることになっていた。普段、乾燥地で調査をしているため、熱帯雨林がどのようなところなのか、それだけで心が躍る。「初めて」ということだけでもワクワクする。 到着すると、Simon=Pierreさんという、今回同行する同僚の林さんの20年来の知己が迎えに来てくれている。車の中で予定などを打ち合わせて、一路メウミホテルへ。このホテル、カメルーン研究のお歴々の定宿である。ずいぶん古いホテルだが、系列店もあり、現在、本館の隣に2棟の新たな建物が建設中である。 さて、メウミホテルで一晩を明かし、この日は同僚の林耕次さんの待つロミエへ約400㎞の移動だ。四駆を駆り、一路東へ。すでにヤウンデでもしっとりして涼しいが、窓を開けておくとその風はとても柔らかい。乾燥地の熱風も嫌いではないが、こちらもなかなか悪くない。 こんな熱帯な風景。 調査中に車の中で居眠りをすると、田中先生あたりには怒られてしまうが、移動続きで、落ち着かなかったこともあって、時々うとうとしながら、窓の外に目をやる。道沿いは緑にあふれ、しばしば現れる街のトタンが茶色くさびているのを見ると、この地域の雨の多さが推察される。 街道沿いの街もしっかりしていた。 ヤウンデから1時間ほど。こんな湿原が現れる。僕の知るアフリカでは、あまりお目にかからない景色だ。 ヤウンデから1時間半ほど。こんな湿地帯が広がっていた。 さらにしばらく行くと、次第に農村風景が深まる。村の奥行はよくわからないが、なんだかのどかな風景だ。家の壁は木材、屋根も木材のイエが増えていく。 こんな家が増えていく。 写真の順番がずれたが、さらに森の中を進むと、竹林もしばしば。 竹があったが、あまり建材に使われている様子はない。 途中、アボン・バンという街でお昼休憩。この街は、木材の積み出しの中継点になっているらしく、木材運搬用のトラックが数多くみられる。 木材の集積地でもあるアボン・バン 昼食はスヤ(焼肉)。牛と羊。あしらいもいいし、盛り付けもきれい。焼いたプランテン・バナナを添えてもらう。ブルキナと比べることもないが、比べてもそれほど悪くない。 ...

ブルキナファソ・カメルーン調査①復習

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本年2度目の調査、3度目のブルキナファソ渡航(10月6日~9日)、ほぼ初めてのカメルーン渡航(10月9日~16日)です。 時々ブログやらFBやらに投稿していますが、ブルキナファソ、昨年あたりからジワジワと治安が悪化し、渡航自体が難しくなってきました。毎回所属先に大量の安全対策の書類を出す必要があり、これがなかなか大変です。確かにブルキナファソでも、外国人の姿を見ることはまれになったし、全体的な雰囲気として状況は芳しくないのが読み取れます。 リ・グラ しかし、どんなに危険であってもメシは喰わねばなりません。『ブルキナファソを喰う』を出して、5月の渡航の際はラマダンが絡んだこともあり消化不良。9月に極秘で渡航した際もお呼ばれ料理ばかりで、若干消化不良。今回は短い滞在ながら、たっぷり楽しんでやろうと意気込んでの渡航となりました。 到着したその日はいつものセネガレでチェブ・ジェン。 翌朝はアブドゥルに早く来てもらって「スンバラメシ」。「ちょっとマラリア」と言っていたアブドゥルに、「喰わんと治らん!」と言い張り、いやいや食べ始めたアブドゥルも止まらなくなっていた。やっぱり旨い。 スンバラメシ800Fcfa(160円)  気が付いたのが上の写真の手前にある茶色い粉。これはトウガラシなのだけど、これに魚粉が混ざっていた。スンバラメシに少し振りかけて食べると、魚の風味が広がる。こんなんだったっけ?つけ麺屋に行くと、魚粉が置いてあるところがあるけど、そんな感じ。さらに食欲が増す。 いやいや食卓につくアブドゥル  これをたらふく食べ、この日の用事を済ませる。 150円程度でなんか満足感の高い一日になった。 その翌々日、午前中の調査が済み、前々からアブドゥルと話していたプレクスクスへ。1年ぶりくらいではなかろうか。これも旨い。 プレクスクス  そして調子に乗り、プレクスクス屋の隣の店の牛タンのトマト煮。最近はよほどのことがなければ昼酒はしないので、これらをコーラで流し込む。これはこれでよいものだ。 牛タンのトマト煮込み 3日間と短い滞在だが、思いっきり詰め込んでやりました。ワガドゥグ旨いもんの復習編でした。 にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング ...

「アフリカの地域の人びとと研究者が共創する未来型サニテーション」TICAD7公式サイドイベント

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しばらくご無沙汰してしまいました。記事を作りかけるものの、なかなか公開にこぎつけず… 事後報告になりますが、去る8月27日にポスターのようなイベントをやりました。今回はオーガナイザー(雑用)+司会でした。英語でやってもらったらよかったな…とか、広報をもっとやればよかったな…とか、反省点はありますが、2013年にやったときに比べれば、はるかに満足度の高いシンポジウムでした。 当日資料のデータをお送りすること可能ですので、ご関心のある方はメッセージ機能からお問い合わせください。 にほんブログ村