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2025年度の振り返り

年末と学期末の2回も一年を振り返る必要もないのではないかと思い、こちらにまとめました。「あけまして…」感は4月の方が強い気がしますし。 改めて振り返ってみると、2025年度もバタバタと過ぎ去っていきました。普段生活していると、このバタバタの中で、近視眼的になってしまいがちで、今していることがどんな意味があったのかを考えることもないので、ちょっと丁寧に振り返っておきたいと思います。 【研究面】 原著論文がないのがよくないですが、3冊の商業出版(いずれも明石書店)に関わり、一つは、数年前からの懸案事項であった『ブルキナファソを知るための64章』。中尾世治さんと共編著として(大変ご迷惑を…)初出版。中尾さんとは、この後も何度か一緒に仕事させてもらえると思うので、その端緒としての意味合いもあったかと思います。その他、雑誌記事など数本を書きました。 この他、ここには出てきませんが、2026年度、2027年度出版予定の原稿を書きました。来年は編著1冊、分担執筆2冊の予定。 一方、調査の方も少しずつ進展していきました。まず、ブルキナファソでは、伊達科研、日下部科研の分担者として、ブルキナファソの宗教NGO、特にイスラーム系の弱者救済について現地調査を行いました。実は1年数か月振りの滞在となり、いずれも10日強と近々では、比較的長く滞在できたこともあり、まずまず実りのある調査だったと思います。もう一つ、時々ブログでも紹介している在日セネガル人の調査に関しても進展がありました。30回に渡り開催した日本語教室や毎月のダイラに参加することで、ずいぶんセネガル人とも交流が持てるようになってきました。 【教育面】 清水ゼミ3期目の7人が卒論を書き上げ、無事に卒業していきました。2024年度卒業の学生たちがべったりだったのですが、2025年度に卒業した学生たちは、ほとんど研究室に来ることなく、少し不安を感じていましたが、立派な卒論が提出されて安心して送り出せました。清水ゼミ4期目は相変わらずやんちゃな感じですが、これはまた今年度鍛え直す、ということにして、新たに迎えた5期目は7名。現在、5期目の学生はフィールドワーク中。どれくらい成長して帰ってくるか、楽しみです。 スポットの授業としては、九州大学に招待された、食のワークショップは、とても思い出深いです。旧知の横谷奈歩さんからの依頼で、色々と頭...

【フィールドワーク2026⑥】機内食@トルコ航空

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  世界三大料理と言えば、中華、フレンチ(私は賛同しないが)、そしてトルコ。あまり馴染みがないこともあり、私はまだまだトルコ料理が何たるか、ということはあまりよくわからない(勉強しろ、という話)。しかし、ここ10年くらいの間に、かなりの回数トランジットでトルコを訪れており、少しずつではあるが、トルコの食の奥深さに気が付き始めている。 さて、結局食べ物の話で今回の調査の話が終わってしまうが、その辺はあまり気にせずに。 円安やら、トルコ航空の運賃があがったことなどが原因で、トルコ航空を使うのは2ー3年ぶり。みみっちいヨーロッパの航空会社と違い、ちゃんとした接客をされるトルコ航空は、私の好きな航空会社の一つ。特にこのご時世に至っても料理の質がほとんど落ちない(某F国のパンが不味くなったり…)。そして、トランジットホテルを手配してもらえる(12時間以上のトランジットね)のもよい。 で、どれがいつ食べたのかわからなくなっているけど、写真を並べてみました。この食事が若干ジャンクな感じがするけど、あとはちゃんとした「料理」であることがわかると思います。2枚目のが一番おいしかったかも。 機内は、周りの人は気にせず、基本的に寝られるだけ寝たら、後は仕事。トルコ航空はアメニティも充実しているので、寝起きに歯を磨いて顔を洗い、コーヒーとチョコとナッツ(前はカップラーメンをいただいていた…)をいただいて仕事に戻る。ネットにつながらない貴重な時間です。 そんなわけで、ぬるっと今回の出張報告はここまで。 早くも新学期に突入してしまった…2026年度もアフリカの報告ができれば、と思います。今年度はセネガル×2回の予定。ブルキナファソ、今のところ予定がないので、どこかから予算が湧いてくればよいですが…

【フィールドワーク2026⑤】ガーナ料理店開拓

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発見したガーナ料理店 今回は期せずして食べ物の記事ばかりになってしまった… 随分前(2014年3月4日)に ムギラの記事 をアップしました。 モレでムイMoui(米)+グィラGoura(丸)でムギラ。「丸めた米」という意味の料理。おそらくガーナが発祥だと思われますが、ブルキナでもそれほどメジャーではないにせよ、よく食べられています。 調査の合間にKEOOGOの事務所から移動する際に、ちょっとした時間があったので、先にご飯を食べよう、ということになり、たまにいくセネガル料理屋を目指す。混雑するバサワラガ通りを避け、ソムダは未舗装道路を迂回しようとする。そこで目に入ったのが、この看板。 ん?ガーナ料理?? 2人に「あそこ行かん?」ということで、レストランに入ってみることに。 ムギラ(若干小ぶり?) 店内は、大きな駐車場に屋根を付けた、半屋外形式。正面に大きな鍋、その後ろに、ソースが入っていると思われる少し小ぶりな鍋が二つ、飲料が入った冷蔵庫が2台と、まあまあの繁盛店でありそう。結構な街中にあるのに、二人とも、「こんなところがあったのか」と初めての様子。 ともあれ、賞味してみようということで、大きな鍋を除く。おぉ!ムギラじゃないか。懐かしい…なかなか外食で食べられることがないので、これは嬉しい。ソースもグレン(パーム油)とアラシッド(ピーナッツ)の2種類。多分、他にもいろいろあったと思うが、ムギラ好きとしては、ムギラ一択。ソース・グレンは前日食べていたので、今回はアラシッド。 せっかくだから、ヤギ肉を…と思ったら、肉は羊と牛で、ヤギはないという(もしやガーナ人じゃない?)。 ムギラ拡大。 ともあれ、ソースに浸しながらパクリ。米のいい香り、ソースはそれほどくどくなく、味付けも優しめ。若干小さめのボール。オフィスワークが増え、体を使わなくなった都市民の生活に則し、健康志向が浸透してきたワガドゥグならではのムギラなのかも…と考えながらいただきました。 ちなみに、このお店はダガリの女性たちが営んでいることがわかりました。しかも、同じくダガリのソムダの親戚筋とか。一時期ガーナに出稼ぎに行っており、料理はそこで覚えてきたのだそう。西アフリカでも有数の移民送り出し国のブルキナファソ。ワガドゥグが多国籍な料理が比較的そこの原型を留めながら存在するのは、こうした背景もあるのかも、と思った次...

【フィールドワーク2026④】何年振りかのあれ…をいただく

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ニンジンは今が旬。ニンジンを生でかじりながらチャパロをやる 到着直後からの調整が一段落。久しぶりに調査を手伝ってもらっているルードビックのお母さんを訪ねることにした。もう何年前になるか…ルードビックに仕事を手伝ってもらい始めたころ、彼のバイクにニケツして、彼の実家のお母さんに会いに行った。ルードビックのお母さんは、チャパロ(ソルガム・ビール)を醸して売っていて、食文化研究を本格的に始める前だったが、一度作っているところを見てみたい、と思い、訪ねたのが最初の出会いだった。 とても気のいいお母さんで、「また来るね~」と言ったまま、ずいぶん時間が経ってしまった。ルードビックと会うたびに、「今度はお母さんのところに挨拶に行こう!」と言うものの、なかなか時間が取れずにいた。今回は、何としてでも、と思い、日本から「この日曜日はお母さんのところに行く!」と宣言しておいた。 お母さんは、Saabaと言う、ワガドゥグの南東の端っこに住んでいる。比較的最近まで「村」だったが、現在では拡大するワガドゥグ市の一部となっている。以前訪ねたときには、まだ家がまばらで、家の前に植えた何本かのマンゴーの苗木がずいぶんひ弱に見えたことを記憶している。 今回のドライバーのソムダが運転する車が滑り込むと、5-6本の立派なマンゴーの木の下に、長椅子に座った何組かがチャパロを酌み交わしている。とても寂しい景色だった、お母さんの家の周りには多くの家が建ち、マンゴーは大きくなって真っ黒な木陰を作り、その下に人びとが歓談している。ずいぶん景色も変わったな…などと思いながらお母さんにご挨拶。私のこともよく覚えていてくれて、大変喜んでくれる。 日曜の昼下がり 日曜日の昼下がり、皆、それぞれの気の合う仲間たちとマンゴーの下で談笑している。もちろん、目的はチャパロなのだけど、フランスであればカフェのような交流の場であることも間違いない。こうした中でここの人たちの社会性が形成されている。そうそう、これもどこかで書いたが、こうした空間を「カバレ」と呼ぶ。村でも、街中でも、薄暗い小さな小屋のことが多いが、こんなオープンなところも珍しくはない。 ルードビックのお母さんから、ウェルカムドリンク的に1本いただき、3人で賞味。午後ということもあり、若干アルコール度数高めだが、久しぶりのチャパロは旨い。 チャパロ ルードビックのお母さん...

【業績】月刊「地理」2026年3月号 「西アフリカ半乾燥地の都市と農村の食─伝統と近代が混交する食卓」(特集 アフリカの食文化 変わる都市と農村の食)

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  おそらく今年度最後の業績です。またまた食文化に関する短報ですが、中高の社会科の先生方がよく読まれる、という月刊「地理」への寄稿となり、まだまだマイナーなアフリカの食文化研究を広く読んでいただける、というのは大変意義深いことです。 このお話をいただいた時、実はかなり途方に暮れていました。今年度だけで、6本(現在7本目の原稿を書いています)の食文化ネタ。さすがにネタが尽きているように思いました。ただ、「都市と農村」という補助線が入ったことで、書き進めるうちに次第にイメージができていき、自分自身としては、かなりお気に入りの原稿になりました。 今回書いたのは、またまた「スンバラメシ」のことなのですが、スンバラメシの要素を大まかに分解すると、比較的新しい食材であるコメと、伝統的な食材であるスンバラで構成されるわけですが、この出会い(マリアージュ、で合ってるのか?)がブルキナファソの食文化に大きな影響を与えている。編者の藤岡さん、藤本さんには、「都市と農村で差異を伴いながら交流し、多様な食材が行き交うなかで、新たな食文化が育まれている。グローバル化という枠組みだけではとらえることができない、よりダイナミックな展開が生じている」(18‐19)と解説していただいています。この原稿を書く上で、特に勉強したのは、ブルキナファソの米の供給と消費のことでした。統計資料を見ていると、やはり、ある時期から供給も消費も大きく伸びていることが分かり、現在ではかなり手に入りやすくなっているのがわかり、この地域の食文化における米の位置づけが確認できたのは、今後の研究にも寄与しそうです。 ご関心のある方はぜひともお目通しください。 ※詳細は以下の古今書院さんのWebから! https://www.kokon.co.jp/book/b673699.html

【業績】「「地域研究」としての西アフリカ研究: 食文化研究を中心に」@『アフリカ』アフリカ協会

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  明石書店のエリアスタディーズ・シリーズの一連の出版が済み、さて、これから自分の原稿にかかろうか、と思うと、新しい原稿執筆依頼がやってくる。そういうときは、大体一時に複数いただくもので、今回もそのうち紹介できると思う原稿依頼2本と共に数日の差でやってきた。(そしてもう一本やってきたフランス語→日本語の翻訳(しかも締め切りまで2週間!)はさすがにごめんなさいしました…) (一社)アフリカ協会が発行する 『アフリカ』2025年冬号 に「「地域研究」としての西アフリカ研究:食文化研究を中心に」という論考を寄稿しました。この雑誌、アフリカに関わる外交官が中心となっているもので、学部生の時代は特に貴重な国際政治や国際経済の情報源として読んでいました。しかし、しばらく手を取る機会もなく、どこからかお誘いいただきました。 研究動向が今回のお題ですが、それほど学界動向を意識して研究したことはなかったのですが、ずっとモヤモヤしていた「地域研究」なるものを考えてみたくて、最近、もはや「専門」と言っても過言ではなくなってきた食文化研究から地域研究を紐解く、ということを目指して「食文化研究」と「地域研究」がいかに相性がよいか、ということを書きました。個人的に高谷好一さんの『 世界単位論 』に感銘を受け、かなり意識的に研究に取り入れているのですが、このことが書けたのはよかったかと思っています。

【フィールドワーク2025ー2026】滞在最終日+今回の滞在で食べたものたち

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  Riz au Soumbara(Tanti Propre) 本日で今回の調査の全行程が終了。年末年始を絡ませての調査で、どれくらい動けるかが不安な中、さらには 1年半ぶりの調査で、挨拶でもう少し戸惑うと思っていたが、SNSで頻繁にやり取りをしていたため、思ったよりも実質的な調査ができた。もちろん、もう少し丁寧に調べたいこともあったが、9日間という短い間ではこれが精一杯か。 公的なデータの収集がままならないことは織り込み済みだが、細かい資料の位置づけがいまいちピンとこない。もう少し概略的な資料が欲しいところ。 調査の内容を少し具体的に言えば、前回からはイスラム系のアソシアシオンに着目しており、状況のアップデートが重要な項目だった。前回の調査でワガドゥグ北部の国内避難民のアソシアシオンにコンタクトが取れており、今回もそこの代表に話を聞けたのは大きな収穫。さらに、ストリート・チルドレン支援のNGOを通じて2か所のアソシアシオン、コミュニティにコンタクトできたことは、この調査自体を広げていくために重要で、次回の調査につながりそうな予感がする。ただ、この時期、役所が閉まっていて統計資料や文書資料にアクセスできなかった。国内避難民関係の資料の収集は、次回の課題といったところ。(UNHCRとかかな…?) さて、何かもう新しいネタはないのだけど、今回どんなものを食べたかをレビュー。 Atyéké avec Salades et poisson 今回の滞在で2回登場したのが、この写真のアチェケ。1年半ぶりくらいで、今回一番食べたかった料理。バサワラガ通り沿いのセネガレで食した。モチモチの食感で、なかなかのクオリティ。魚とサラダ(もう少し野菜が欲しかったが)を混ぜていただいた。 Atyéké avec Salades et poisson そして、イマームのお宅にて。スンバラ・スパゲッティ。懐かしい面々で食べる食事、その後のお茶も笑顔の中で。マウルードの祭礼のため、イマームのお父さんがいらっしゃり、この後ご挨拶に行く。 Spaghetti au Soumbara ホテルはいつものKAVANAで、隣のRestaurant Mame Diallaにも必然的に何度か行くことになる。この日はマフェ。前回より米が増量されているような…マフェは1,000Fcfa。今となってはあまりおつ...

【フィールドワーク】セネガル料理教室開催

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  チェブ・ギナールの出来上がり! セネガル渡航の際にもお世話になった、Keur Seigne Toubaの料理人、アリさんと温めていた「セネガル料理教室」、20名の参加者を得て無事に終了しました。 今回の企画は、Keur Serigne Toubaを会場として、大学生を中心とした参加者を募りました。埼玉開催にも関わらず、京都精華大学の学生5名が参加。その他、研究仲間の若林チヒロさんのゼミ生、東大や東京外大などが中心となっている MPJ のメンバーなど、様々な大学から参加していただきました。 調理の前に、アイスブレイクとして、セネガルの基本的な情報についての講義を30分ほど、そして、ブルキナファソ研究仲間である神代ちひろさんのイニシアティブで自己紹介、グループ分けをして、いざ調理開始。 アリさんの他、ムスタファさん、デンマさんなどがお手伝いをしてくれて学生たちとワイワイと調理に取り組みました。 ムスタファさんに料理を習う参加者たち 調理が一段落すると、アリさんが「寒いから…」と言って、牛すじのスープを出してくれる。コショウ少な目のとてもやさしいスープに参加者一同、最初の舌鼓。当初は、ファタヤなどを考えていたが、アリさんのアドリブの作戦成功といったところ。 アリさん(中央)の写真が全然なかった… 調理再開後、14:00ころにようやくチェブ・ギナールが完成。 チェブ・ギナール 誰からともなく手で食べ始める学生たち。むしろセネガル人たちがスプーンを使っていて、「反対みたい」と笑いながら、悪戦苦闘、ボロボロとコメ粒をこぼしながら、思ったよりもたっぷり食べていて、ほとんどの皿には、鶏の骨の山が残されていく。 食べ終わると、ボチボチという雰囲気が漂い、セネガル人たちも後は我われが…となりますが、学生たちが自主的に片づけを買ってでて、みんなでお片付け。学生たちは最後までセネガルの人たちと交流しながら作業していました。手前味噌ですが、精華の学生が一番体を動かしていました(0泊2日なのに!)。父ちゃんは誇らしかったですヨ! 学生たちが率先してお片付け 美味しかったです 普段男性たちが厨房に入るこの施設は、元飲食店でありながら、よく見るとかなりまずいところが見つかった。ガス代の鍋置きが割れていたり、ダクトがドロドロ、排水溝もねっとり油が溜まってほとんど詰まっている。あまり施設の...

【日本のアフリカレストラン】番外編② Siddique/八潮スタン

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インスタ でも書きましたが「 もはや東京にホテルをとることを諦め、初手から埼玉ねらい。」というわけで、1日-2日と「埼玉出張」。今回のお宿は八潮(埼玉も宿が取りにくくなりました…)。日中は東松山のスリーデーマーチを視察して、宿に戻り(埼玉も横移動が難しい)、「 在日セネガル人向け日本語教室 」が終わるとすでに20時。時間も時間でそんなに遠くにはいきたくないな…と思いつつ、スパイシーなもん→アフリカン以外→ビリヤニ、と思考がおよび、知恵袋に尋ねてみる。3軒ほど紹介してもらうが、いずれも徒歩30分ほど…食べログを見ると、どこもおいしそうで、口の中は益々ビリヤニ… さらに検索していると、あるではないですか!Siddique!おっ、しかもあの「八潮スタン」ここやったか!さらに、ホテルから徒歩5分と至近。というわけで、レッツゴー。 Google先生のおっしゃる通り、5分ほどで到着。高速道路と工業団地の暗がりの道の中、住宅地に入るころに見えてくる煌煌とした明かり。「ハラール屋台村 八潮スタン」。怪しい(笑)。 中をのぞくと、中東系のグループがにぎやかに食事をしている。オープンキッチンでは、何かカレーのようなものを調理中。突然異国感満載。 食券を購入して着席。店内を見てみると、ハラール中華、ハラール日本食、マレーシアレストラン、チャレンジキッチン(ハラールのハンバーガーなど)と、本当にムスリム向けの屋台村になっている。この時間は営業していないようだったが、数人のスタッフが忙しそうに動き回っている。 そして、やってきました。マトンビリヤニ。ビリヤニ、とても好きなのだけど、未だ経験値不足で、どの辺が最高地点なのかがわからない。今のところの認識では、食感はふんわり+パラパラで、スパイスはむしろ味のムラがあって、自分で調整しながらができる仕上がりで、というくらい。スパイスの加減はよくわからない。 という、薄い知識をもとに口に運ぶ。若干乾いている感じがするが、自分の好みでは、これくらいでよい。少しおこげ気味の部分は、セネガル料理ともどこかで通じ、これも悪くない(バスマティのおこげ、初めて口にしましたが、軽くてパリッとして、アクセントとしてよいのではないかと思いました)。おそらく、日本人向けにマイルドには作られていないことが分かるのが、時々くるピリッとした辛み。香りも今まで食べたビリヤニより...

【出版】山田肖子・溝辺泰雄(編)2025『【第2版】ガーナを知るための57章』明石書店

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  2024年後半のある日。長らくお世話になっている山田先生からメールが来ました。メールの内容は、ガーナの食文化についての執筆依頼。もちろん、山田先生は私がガーナのお隣を専門としていることはよくご存知で、私はもちろん「ガーナには何度か行ったことはありますが、私よりはるかによくご存知の方がいらっしゃるはず…」とお返ししたのですが、「清水さんの文体がいいからぜひとも」とお返事をいただき、そこまで言っていただけるなら!ということで、お受けすることに。 ところが、これからガーナに行くにも、海外調査に行くような研究費は使い切る目途が立っていたため、日本国内で調査をすることにした。その日から、ガーナレストランを探し始めた…というストーリーではなく、その少し前に知己を得た、 比呂啓さん のことや、比呂さんが自費で出された本のことが頭にあって、何となくガーナ料理を実地で勉強する目途は立っていた、というのもお受けしようと思った背景にありました。 ただ、ガーナに行ったのは2014年が最後。しかも国際学会で食べ歩きができたわけでもないし、家庭料理など(今でも)全くわからない。しかし、お引き受けした以上はガーナ料理を勉強せねば、ということで突貫工事を始めたわけです。何軒かのレストランを訪れた中で、 Amaging Grace に照準を定め、集中的に5回ほど伺いました。お店の方は話しかければ、話せるが、向こうから話かけてくれるわけではないので、少しずつ馴らしていくように、3回目にこちらの顔を見て、お店の人がにっこりしたタイミングでちょっと話をしてみる。4回目に30分くらいおしゃべりをして、ようやく聞き取りができるようになる。ある程度原稿が出来上がり、5回目の訪問で足りない情報を聞き取り、おなかも頭もいっぱいで書き上げる…現地で少し食べ歩きたかったし、もう少し聞き取りもしたかった… 書いた後でなんですが、この後、ガーナに行く機会、何度あるかしら。行ったらぜひに食べ歩きをしたいものです。 目次、執筆者等の情報は以下の明石書店さんのウェブサイトからどうぞ。 https://www.akashi.co.jp/book/b670136.html

「ワーク・ライフ・バランス」を調節する

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今年度、貴一朗が4年生(高学年)になり、連れ合いの職場が変わり、遠くなったこともあり、帰宅時間が少し遅くなった。特に連れ合いの帰りが18時となったことで、貴一朗の夕飯の時間を調整しなければならなくなったのだけど、いよいよ食べ盛りを迎えつつある少年をあまり待たせて不良少年になってもよくないということで、若干調整のききやすい僕が調整することにした。 これまでは、夕方18時-19時ころまで研究室にいて、それからジムに行ったりして帰ってきていたが、4月以降、ほとんどこのパターンが出来なくなっていた。しかし、ここ何年が現職で勤める中、週末がかなりつぶれてしまうことを考えると、やはりジムに行くくらいしか運動継続は難しい。もちろん、できる限り自転車通勤をしているので、それなりの代謝はあるのだけど、全盛期のそれには比べ物にならない量しか食べなくなったものの、「我が胃衰えず」で、まだまだ健啖の類だ。なので、ジムにいく時間は何とか確保したい… 限られた1日24時間という制限の中、生活を構成する要素をパズルのように当てはめてみる。日中は授業もあり、どうしても自分ではコントロールできない。その一方で、研究に充てる時間は朝だろうが深夜だろうがどうにでもなる。となると、コントロールできるのはジムの時間。ただ、9月まではジムに行けるのが平日土曜夕方のみ。年度明け、前半で試みてみたが、ジムに行けるのはせいぜい土曜日夕方のみ。平日夕飯を作って食べてから、もう一度外出する、というのがどうしても難しかった。そんなわけで、ジムとの契約を変え、10月から出勤前にジムに行く、というパターンに変えてみた。朝活をして爽やかに仕事に向かう、目指せしごデキおじさん。 今のところ… 卒論やらゲスト講師の準備やら原稿やら…今のところ、結局あまり行けておらず、現状維持状態なのだけど、隙間時間は午前中の方が取りやすい、ということは分かったので、あとは自分次第。 最近ちょっと流行ったので、「ワーク・ライフ・バランス」とかつけてみたけど、あんまり関係なかった…

【出版】清水貴夫・中尾世治(編著)2025『ブルキナファソを知るための64章』明石書店

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ようやく出版にこぎつけました。『ブルキナファソを知る64章』。2023年に作業をはじめ、はや2年が経ってしまいました。この遅れは一重に私の怠惰によるもの。誰も見ていないと思いますが、この場を借りてお詫びを申し上げたいと思います。 出版の経緯は、中尾くんが書いた「あとがき」をご参照いただくとして、ひょんなことからこの本を作ることを決めました。書き始めのころ、出版社で打ち合わせの後に上野の焼き鳥屋で中尾くんと一杯やりながら「こうやって先のことを妄想するのが一番楽しいんだよね」なんて話していたのをよく覚えている。そして、それは、そのまま自分に返ってきてしまう。 妄想段階では、74章にしようとか、500ページくらい書いたら初の分冊になるのでは…などと威勢のいいことを言っていたものの、実際に目次を組み、中尾くんと僕の前にはそれぞれ15章近い執筆項目が…それでも、研究者で抱えない、というポリシーは曲げずに、これまでブルキナファソに関わった多くの方に、中には何本も執筆を引き受けていただき、ほぼすべての方が期限前にご提出いただいた。この先は言い訳になるから、これ以上言わないが、どうしても時間が取れないこともあり、時間が取れても筆が進まないこともあり、結局、中尾君にばかり負担が行ってしまった。本来、中尾君が筆頭編者となるべきかな…と思いながら、たぶん次の改訂版では中尾君が中心になってやるだろうと思い、今回は甘えさせてもらった。 しかし、ここのところずっと心配事のタネだった一つが仕上がり、少し気分が軽くなった。最後に何度も確認をしたが、入門書としてはなかなかの充実ぶりだし、もう少し平和になったらぜひこの本をもってブルキナに出かける人が出ることを期待したい。 それにしても、今年は明石書店から3冊(もう少しすると3冊目の『ガーナを知る…』が出ます)とは…

【子ども学と子育て】Vol.33 バックパッカーとフィールドワーク(夏休み企画)- 番外編 おいしかったもの

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今回の旅行は、貧乏旅行の楽しさをきいにも知ってもらう、というのも一つの目的でした。今まで家族で出かけると、なんだかんだお金をかけすぎる(特に食費。私が欲張りだというのが大きい)きらいがある。ただ、そんな旅行、ある程度の年齢にならないとできないし、質素な生活ができないと若い時の旅は難しい。 まま、そんなわけで、今回は我が家としては比較的質素目(当初はアルコール禁止!のつもりでした…)。朝食に吉牛も経験したし、コンビニのパン(自宅ではやらない)、というのもやったし、ちゃんと水筒も持って行った。しかし、これはこれで味気ないので、いくつか美味しいものも食べました。 時系列的には逆ですが、まずは門司の「焼カレー」。門司の船着き場を降りるとすぐにJRの駅があり、この辺に「焼きカレー」屋が固まっています。ウェブで調べたら、どこもそれなりの人気店のようで、とにかく入ってしまえ、と思って入ったのが、 「 伽哩本舗」 。11時過ぎですでに30分待ち(1回転目を逃した…)で、入店し、三人三様できいが和牛(贅沢に育ってしまった…)、連れ合いがシーフード(やはり贅沢させてしまった…)、そして私は三種盛(牛・豚・鶏、一番安い)。 まだまだ暑い時期ではありますが、よくエアコンの利いた部屋の中で食べる濃厚な焼きカレーはなかなか。きいもハフハフ言いながら完食でした。 あともう一つはやはり広島のお好み焼き。前々記事で書いたように、広島ではグズグズになってしまったのだけど、実はその前のお好み焼きの時は上機嫌。さすがに「お好み村」まではいけないので、駅ビル内で我慢。しかし、有名店が軒を連ねており、やはり何十分待ちは必須。もう関西に住んで長いですが、お好み焼きはどちらかと言えば広島派。ソースの味もそうなのですが、山ほど盛られたキャベツで罪悪感は激減、なんなら「焼きサラダ」と自分の中で脳内変換しているほどです。 しかし、ここはおいしいのだけど、どこかポーションが小さい気が…駅構内だから仕方ないか…と思いつつ、ちょっと残念。ただ、久しぶりの広島のお好み焼き堪能できました。 夏休み企画、ちょっと記事にするのが遅くなりましたが、オヤジは楽しい3日間でした。きいもちょっとは楽しんでくれているとよいのですが。  

卵っていくらだったっけ?

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表.卵の相場(東京) 出典:JA全農たまご株式会社 すべてのものが高騰する最近。買い物に行く度にモノの値段が上がっている。最近でいえば、米の値上がりは以上で、1年で倍近くまで上がり、日本に住む人々の家計に大きな影響を与えている。そして、スナック菓子は値段を上げると手が出にくくなると考えたのか、値段を同じにして内容物を減らしている。ポテチなど、最近では45g程度で、最近は10%増とか言っても50g+α程度…なんか一袋一気食いでも罪悪感が薄れたというか、なにかしながらつまんでいると一瞬で消えてしまう。 こんな物価上昇は常に更新されていくので、最近高くなったものが何だったのか、すぐに忘れてしまう。その一つが卵。いつから高くなったかというと、2023年の夏場ころのようです( NHKウェブ20250201 )。原因は鳥インフルエンザにより鶏を大量処分にたことによるもの。それまで10個200円弱(業務スーパーで170円台のこともあった)だった卵が一気に300円に迫ってきた…メディアを巻き込んでの「卵・パニック」、こうやって書いていて思い出すのだけど、もはや200円を切ることなんて全く期待せず、270円くらいならとは思いますが、300円前後が当たり前になっていませんか? ところで、グラフを見て気づくのが、毎年夏場になると卵の値段が上がっていること。気温が高くなると鶏がばててあまり卵を産まなくなる、ということらしい( 朝日新聞「猛暑でニワトリも夏バテ 卵高騰、「エッグショック」超え」 )。これだけ安定供給できるようになった卵のことを考えれば、鶏が卵を産むための最適環境などはよく知られているのだろうし、そのために空調などで電気代がかさむとか、そのあたりのことは創造に易い。 そして、一方でやはり日本は食料品がずいぶん安く設定されていたのではないかという点は我われも認識しておかねばならないでしょう。コメも然りです。しかし、やはり食料は生命をつなぐための必須資源。少なくとも生産者やロジを担当する業者には、ちゃんとペイがあるように、そして、政治は何もせんならできるだけ中間搾取をやめるべき。エンゲル係数が上がって喜んでいた何とか大臣もいましたが、エンゲル係数が上がった状態で食料品が上がったらえらいことになる、というのに気が付かんかな… と最後は悪口みたいになりましたが、もう一度卵に話を戻すと、...

いつのころからか、ソバが好きになりました。「一由そば」@日暮里

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「ソバ」なんぞおやつでしかありませんでした。「食事」でソバ屋に入れば、大概丼ものと一緒に頼む。一種の強迫観念で、ソバは「軽い」という自己暗示にかかっていた、というところでしょうか(完全なるデブの思考…)。なので、「食事」のために「立ち食いソバ」に入ることなどなかったし、割高な和風の「ソバ屋」などもまず食事の選択肢に入ってくることはありませんでした。(ただ、「飲めるソバ屋」は比較的若いころに味を占めました) そして、特に関東を離れてからは、東京の醤油の利いたラーメンが恋しくなることしばしばで、パンチのあるラーメン屋という選択肢もあるのも、ソバ屋を遠くさせてしまっていました。 ここのところの投稿をご覧いただければお分かりのように、東京に行くとほぼアフリカ料理を食べているわけですが、最近では、評判の良いソバ屋に行くようになりました。食の好みの変化なんでしょうか、時々、強めのかつおだし、煮干し出汁とちょっとしょっぱ目の「返し」を欲するんですね。天ぷらはできればかき揚げを別皿でサクサクもしっとりも楽しみたい。 それで、先日の東京出張の際に、いくつかマークしていたソバ屋の中から、「 一由そば 」に決めいざ。 ここは24時間営業の立ち食いソバで、普通の「蕎麦」と「太蕎麦」がある。日本酒も純米がすこし荒々しくてよいし、ソバも無骨な田舎ソバがよい。そんなわけで、「太蕎麦」、そして、名物のジャンボゲソ天を注文。合計860円と、立ち食いソバにしては若干お高いが、吉牛でも最低それくらいすることを考えれば、全く許容範囲。 ソバはのど越し、うん、確かに。そういうソバも好きなのだけど、時に、もっさりして、顎を強力に動かさねばならないようなソバも好き。讃岐うどんか京都のうどんか、くらいの差がある気がする。「太蕎麦」をガシガシと喰い、大粒のイカゲソと厚めの衣をほおばると、喰ってる=生きている、ともいうべきな幸福感に満たされる。薄暗い立ち食いソバ屋の中、おっさんたちがソバをすする、昭和な雰囲気というのも捨てがたい。加齢のためか、この食べ応え抜群のソバのためか、そこそこに満腹になり、次の用事にむかったのでした。 リピートするのは間違いありません。

【日本のアフリカレストラン】⑦ アール エム アシリ カフェ アンド ダイニング@中書島(タンザニア料理)

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  「串かつ」もそそるが… ティンガティンガの看板。なかなかかわゆい。 先日、学会の資料を作りながら日本に住むアフリカ出身者の都道府県別のデータをみていたのですが、なんと、京都府はアフリカ出身者が非常に少ない。近くにウスビ・サコさんやら、関係のアフリカ出身者が多かったし、それはとても意外な数字でした。何なら、京都在住のセネガル人はゼロ、とか。 これと関わるのか明確に説明はできませんが、アフリカ研究の中心でもある京都において、実はアフリカ料理店は今回訪れた アール エム アシリ カフェ アンド ダイニング 一軒のみという、寂しい状況。以前、ある知人とご一緒させていただいて訪問を試みましたが、「予約なし」のため、店は閉まっており、残念ながら見送りとなりました。今回は、アフリカ研究仲間二人から誘っていただき、ようやく現実のものとなりました。 店内は、元々居酒屋かなんかだった店を居抜きで使っていることがよくわかるつくりだけど、なかなかきれいにされています。きいと先にお店に入っていると、友人たちがそぞろに入店する。メニューは以下の通り。アフリカ料理屋としては、標準ないし若干安め。ウガリやチャパティ、サンブーサなどなど、わくわくする名前が並ぶ。 メニュー まずは軽食から、ということで、サンブーサとマンダジを先にいただくことにする。サンブーサはサモサと言ったほうが通りがよいでしょうか。マンダジもサンブーサもインド起源、想像するに苦力(クーリー)たちが東アフリカに持ち込んだものだと思うのですが、すっかり現地化し、私がケニヤやタンザニアを訪れた際には、自国料理と言い張る人もいたほど。 サンブーサ(サモサ) マンダジ とりあえず、スナックをいただいた(私は昼ビール)後、メインの2品。ピラウとウガリをそれぞれ2人前ずつ、みんなでつつくことに。ウガリは1996年の初アフリカ以降も何度か食べていて、何が美味しいか、ということは十分に理解しているものの、ピラウは…ピラフ?ビリヤニ?の類似品くらいの認識。同行したきいも問題なく食べていたけど、帰り際に「あれ、カレーピラフ?」と言ってはいけないことを…これはレストランの問題というよりも、ピラウという料理そのものの問題なので、ここのお店は全く問題ない。しかも、きいが気が付いたのは、コメが違うこと。たしかに長粒米を使っていて、この店のこだわりの...