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【フィールドワーク2026】⑦ セネガルでのサニテーション調査を始める

 自分が代表者の科研費に落ちた。結果は非常に悪く、現在、総入れ替えをして申請書を作成している。ほかの方の分担金をいただき、調査費にはそれほど困っていないものの、自分でドライブする研究も欲しい。欲張りなようだが、やはり研究者としては大切なこと。数年前から声をかけていただいていた国際農林水産業研究センターのIさんのプロジェクトが実現して、その願いも叶った。2年間、4回の調査が計画されている。 今回の調査はサニテーション。 砂漠化プロ の際に調査地候補として事前調査を何度かやったものの、それほどものにならなかった。その後、京都精華大学に奉職したのちに学生引率などで、それはそれで無駄ではなかったのだけど、研究にはつながっていない。ただ、じわじわと関わっていたおかげで、実はまとまった調査としては初めてではあるが、それなりに人脈もでき、動ける環境は整っている。 このプロジェクトの調査研究は以下のようなスキームで行われるが、今回(8月24日~9月7日)はベースライン調査にあたる。ここのところのバタバタもあり、最初の1週間の予定を決めただけだが、アンノウンが多い初期調査、後半はフレキシブルに動きたい。 しばらく更新できていなかったブログ、このネタを中心に再開していく。 **************** 研究の目的   セネガル中部から北部にかけ、半乾燥地に位置づけられ、その農業生産性は高いとはいえない。農業生産性を高めるために施肥は欠かすことができず、化学肥料、コンポストなどを使用している。しかし、それでも十分な施肥ができているとは言えず、さらに多くの肥料が必要である。 そこで、必ずしも資源循環の中に組み込まれているとは言えない、し尿汚泥の農業利用を試みる。実際のし尿汚泥の農業利用の前に、し尿汚泥の使用可能性につき、文化人類学的な見地から人々の忌避観念を確認し、どのようにすれば忌避観念を乗り越えられるかを検討する。 具体的には、し尿汚泥の肥料効果の実証的な実験を行うこと、バンベイ県内外の複数の村落において、農業従事者にし尿汚泥の使用に関する忌避観念を可視化するためのアンケート、半構造的なインタビューを実施すること、さらに、近隣都市圏(トゥーバ市、チエス市を想定)におけるし尿汚泥の入手可能性を明らかにし、具体的なし尿汚泥の農業利用のサイクルモデルを開拓することを目...

2026年度始まる:今年度の抱負と計画

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  花見をしたものの、今年はちゃんと桜を愛でることができず… 葉桜どころか、なんだか初夏のような陽気。新学期が始まり、1週間一回りしました。なんとなく、雰囲気がつかめてきて、見通しも立ってきたころ。そろそろGWも近いし、あっという間に一年が過ぎ去っていくことでしょう。 さて、新年度も始まりましたし、所信表明的な投稿をしておきたいと思います。どこまでコンプリートできるでしょうか。 今年度も、科研費不採択だったものの、二つの科研費の分担者とさせていただいているので、アフリカ、日本での調査を続けながら研究活動を展開できそうです。ありがたいことです。その他、1件がまだ確定していませんが、セネガルの仕事が入りそうですし、大学の出版助成をいただくことができ、 前の科研費 の成果物の出版を進めることになります。このほか、現在執筆中の原稿が4本あり、年度内か年度をまたぐくらいのタイミングで分担執筆が3冊出る予定です。 センターの活動も頑張りたいところです。今年も「アフリカ・アジア現代講座」、また、いくつかのイベントの開催を見込んでいます。都度、こちらのブログでもアップしたいと思います。 食文化系の仕事、去年はなんかずいぶん書いた年でした。研究面では、新しい視点を進めていきたいと思っています。今、考えているのは、食材の民族誌的な資料の作成と生態学的な分析を考えています。そして、アウトプットは、少しずつパッケージ化されてきた食文化に関する教材を整理し、今まで書いたものを少しずつ直接いろいろな人にお伝えする、というフェーズにしたいと思っています。 今年度の研究計画、大学のウェブサイトのどこからか見られるのだと思いますが、見つけられなかったので、少し整形したものを以下の通り示しておこうと思います。 【 研究テーマ・目的・方法 】 2026 年度は、 2025 年までに引き続き 2 つの研究テーマに取り組む。 ① 「在日アフリカ人の日本社会への適応に関する実践的研究:特にフランコ・フォン・アフリカ出身者に注目して」   コロナ禍の 2021 年より再開した在日アフリカ人研究も 5 年目を迎える。これまで、在日セネガル人に着目し、送り出し国側の社会経済的変化による来日する人びとの属性の変容(清水 2024 (論文)また、 2023 年に埼玉県東松山市に設立された「ムリッド教祖の家 Ke...

2025年度の振り返り

年末と学期末の2回も一年を振り返る必要もないのではないかと思い、こちらにまとめました。「あけまして…」感は4月の方が強い気がしますし。 改めて振り返ってみると、2025年度もバタバタと過ぎ去っていきました。普段生活していると、このバタバタの中で、近視眼的になってしまいがちで、今していることがどんな意味があったのかを考えることもないので、ちょっと丁寧に振り返っておきたいと思います。 【研究面】 原著論文がないのがよくないですが、3冊の商業出版(いずれも明石書店)に関わり、一つは、数年前からの懸案事項であった『ブルキナファソを知るための64章』。中尾世治さんと共編著として(大変ご迷惑を…)初出版。中尾さんとは、この後も何度か一緒に仕事させてもらえると思うので、その端緒としての意味合いもあったかと思います。その他、雑誌記事など数本を書きました。 この他、ここには出てきませんが、2026年度、2027年度出版予定の原稿を書きました。来年は編著1冊、分担執筆2冊の予定。 一方、調査の方も少しずつ進展していきました。まず、ブルキナファソでは、伊達科研、日下部科研の分担者として、ブルキナファソの宗教NGO、特にイスラーム系の弱者救済について現地調査を行いました。実は1年数か月振りの滞在となり、いずれも10日強と近々では、比較的長く滞在できたこともあり、まずまず実りのある調査だったと思います。もう一つ、時々ブログでも紹介している在日セネガル人の調査に関しても進展がありました。30回に渡り開催した日本語教室や毎月のダイラに参加することで、ずいぶんセネガル人とも交流が持てるようになってきました。 【教育面】 清水ゼミ3期目の7人が卒論を書き上げ、無事に卒業していきました。2024年度卒業の学生たちがべったりだったのですが、2025年度に卒業した学生たちは、ほとんど研究室に来ることなく、少し不安を感じていましたが、立派な卒論が提出されて安心して送り出せました。清水ゼミ4期目は相変わらずやんちゃな感じですが、これはまた今年度鍛え直す、ということにして、新たに迎えた5期目は7名。現在、5期目の学生はフィールドワーク中。どれくらい成長して帰ってくるか、楽しみです。 スポットの授業としては、九州大学に招待された、食のワークショップは、とても思い出深いです。旧知の横谷奈歩さんからの依頼で、色々と頭...

【フィールドワーク2026⑥】機内食@トルコ航空

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  世界三大料理と言えば、中華、フレンチ(私は賛同しないが)、そしてトルコ。あまり馴染みがないこともあり、私はまだまだトルコ料理が何たるか、ということはあまりよくわからない(勉強しろ、という話)。しかし、ここ10年くらいの間に、かなりの回数トランジットでトルコを訪れており、少しずつではあるが、トルコの食の奥深さに気が付き始めている。 さて、結局食べ物の話で今回の調査の話が終わってしまうが、その辺はあまり気にせずに。 円安やら、トルコ航空の運賃があがったことなどが原因で、トルコ航空を使うのは2ー3年ぶり。みみっちいヨーロッパの航空会社と違い、ちゃんとした接客をされるトルコ航空は、私の好きな航空会社の一つ。特にこのご時世に至っても料理の質がほとんど落ちない(某F国のパンが不味くなったり…)。そして、トランジットホテルを手配してもらえる(12時間以上のトランジットね)のもよい。 で、どれがいつ食べたのかわからなくなっているけど、写真を並べてみました。この食事が若干ジャンクな感じがするけど、あとはちゃんとした「料理」であることがわかると思います。2枚目のが一番おいしかったかも。 機内は、周りの人は気にせず、基本的に寝られるだけ寝たら、後は仕事。トルコ航空はアメニティも充実しているので、寝起きに歯を磨いて顔を洗い、コーヒーとチョコとナッツ(前はカップラーメンをいただいていた…)をいただいて仕事に戻る。ネットにつながらない貴重な時間です。 そんなわけで、ぬるっと今回の出張報告はここまで。 早くも新学期に突入してしまった…2026年度もアフリカの報告ができれば、と思います。今年度はセネガル×2回の予定。ブルキナファソ、今のところ予定がないので、どこかから予算が湧いてくればよいですが…

【フィールドワーク2026③】ーブルキナファソ②ラマダンにあたり

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全然ムスリム感がないですが…イマームはバッドマン  2月19日から始まった今年のラマダン。3月21日に無事にイード・アル=フィットルを迎えました。 今回の調査、ラマダンのど真ん中に行われました。もちろん、そのことは理解していて、食事の調整やら、色々シュミレーションして、ホテルもキッチン付きの部屋にしておいたり、日本から少し多めに食べ物を持って行ったりしました(イマームのところで食事ができないのが残念…)。 上の写真の青い箱は角砂糖なのですが、ラマダンの際に皆さんに配るのが習わしとか。ずいぶん前にラマダンをやった時には、デーツをたくさん買ってモスクに持って行ってイフタールに配ってくれた記憶があるのですが、角砂糖というパターンもあるんですね。 ラマダンの最中の調査は注意が必要。まず、ズフル(午後最初の礼拝)の後は、モスクで過ごすことが多く、ほぼ調査にならない。つまり、調査はいつも以上に午前中に設定する。かと言って、夜通しの礼拝があることもあるので、午前中もあまり重い調査はできない。そもそも、断食中は皆さんしんどいので、あまり大がかりで時間のかかる調査は避けておく。そして、午後は、「世俗的」なインフォーマントもしくは「クリスチャン」系のインフォーマントへの聞き取りを設定すると、比較的ストレスなく調査が進行する。 まあ、皆さん慣れているとはいいますが、やっぱりしんどいですよね。今年は昨年よりましとはいいつつ、2月末~3月終盤という、この地方で最も暑くなるちょい前で、連日の40度越え。ちょっとノートを取っていたら、皆さん、こんな感じ。 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

【フィールドワーク2026①】セネガルーブルキナファソ①

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  Almadieの海鮮屋の大将 年跨ぎの調査の後、一瞬の静かな時間を経て、アジア学院、卒業展示と続き、あっという間に2月末。年度末ということもあり、様々な書類の束が続々と舞い込んでくるが、渡航日が刻一刻と迫ってくる。予算の都合で、年度内に完全処理を済ませなければならないということもあり、とりあえずは調査の前にお金の計算、というなんだか、な感じで出発の日を迎えた。 今回の予定は、前半2月28日~3月5日がセネガルで海外長期FWの調整、3月5日~3月17日がブルキナファソで科研費関連の調査、というスケジュール。セネガルの調整がかなり手間取り、ギリギリのタイミングで決まったこともあり、ブルキナファソの調査がかなり準備不足の状態での出発となった。しかも、2月28日に起こったアメリカ・イスラエルのイラン侵攻は、もう一つの担当のトルコも不安定にさせるという、落ち着かない中での出発となった。 セネガルの調整の細部は省くが、バタバタと打ち合わせをしたり、お礼をしたり、学生のアパートを見に行ったり、その後お世話になる方にご挨拶に行ったり… 乾燥した乾季の海辺の少し肌寒いくらいの一足先に来た初夏のような気候の中、着いたばかりの環境に慣れようと奮闘している学生の姿を見て、不安ながらもほほえましく、ここで彼らの人生の大切な経験が積み上げられ、友情が育まれていくのだろう、と感じていた。 なんか、ここのところ筆が進まず、実は現在出国直前。この後、いくつかは記事をアップしていく予定にしている。

【業績】「「地域研究」としての西アフリカ研究: 食文化研究を中心に」@『アフリカ』アフリカ協会

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  明石書店のエリアスタディーズ・シリーズの一連の出版が済み、さて、これから自分の原稿にかかろうか、と思うと、新しい原稿執筆依頼がやってくる。そういうときは、大体一時に複数いただくもので、今回もそのうち紹介できると思う原稿依頼2本と共に数日の差でやってきた。(そしてもう一本やってきたフランス語→日本語の翻訳(しかも締め切りまで2週間!)はさすがにごめんなさいしました…) (一社)アフリカ協会が発行する 『アフリカ』2025年冬号 に「「地域研究」としての西アフリカ研究:食文化研究を中心に」という論考を寄稿しました。この雑誌、アフリカに関わる外交官が中心となっているもので、学部生の時代は特に貴重な国際政治や国際経済の情報源として読んでいました。しかし、しばらく手を取る機会もなく、どこからかお誘いいただきました。 研究動向が今回のお題ですが、それほど学界動向を意識して研究したことはなかったのですが、ずっとモヤモヤしていた「地域研究」なるものを考えてみたくて、最近、もはや「専門」と言っても過言ではなくなってきた食文化研究から地域研究を紐解く、ということを目指して「食文化研究」と「地域研究」がいかに相性がよいか、ということを書きました。個人的に高谷好一さんの『 世界単位論 』に感銘を受け、かなり意識的に研究に取り入れているのですが、このことが書けたのはよかったかと思っています。

【フィールドワーク】セネガル料理教室開催

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  チェブ・ギナールの出来上がり! セネガル渡航の際にもお世話になった、Keur Seigne Toubaの料理人、アリさんと温めていた「セネガル料理教室」、20名の参加者を得て無事に終了しました。 今回の企画は、Keur Serigne Toubaを会場として、大学生を中心とした参加者を募りました。埼玉開催にも関わらず、京都精華大学の学生5名が参加。その他、研究仲間の若林チヒロさんのゼミ生、東大や東京外大などが中心となっている MPJ のメンバーなど、様々な大学から参加していただきました。 調理の前に、アイスブレイクとして、セネガルの基本的な情報についての講義を30分ほど、そして、ブルキナファソ研究仲間である神代ちひろさんのイニシアティブで自己紹介、グループ分けをして、いざ調理開始。 アリさんの他、ムスタファさん、デンマさんなどがお手伝いをしてくれて学生たちとワイワイと調理に取り組みました。 ムスタファさんに料理を習う参加者たち 調理が一段落すると、アリさんが「寒いから…」と言って、牛すじのスープを出してくれる。コショウ少な目のとてもやさしいスープに参加者一同、最初の舌鼓。当初は、ファタヤなどを考えていたが、アリさんのアドリブの作戦成功といったところ。 アリさん(中央)の写真が全然なかった… 調理再開後、14:00ころにようやくチェブ・ギナールが完成。 チェブ・ギナール 誰からともなく手で食べ始める学生たち。むしろセネガル人たちがスプーンを使っていて、「反対みたい」と笑いながら、悪戦苦闘、ボロボロとコメ粒をこぼしながら、思ったよりもたっぷり食べていて、ほとんどの皿には、鶏の骨の山が残されていく。 食べ終わると、ボチボチという雰囲気が漂い、セネガル人たちも後は我われが…となりますが、学生たちが自主的に片づけを買ってでて、みんなでお片付け。学生たちは最後までセネガルの人たちと交流しながら作業していました。手前味噌ですが、精華の学生が一番体を動かしていました(0泊2日なのに!)。父ちゃんは誇らしかったですヨ! 学生たちが率先してお片付け 美味しかったです 普段男性たちが厨房に入るこの施設は、元飲食店でありながら、よく見るとかなりまずいところが見つかった。ガス代の鍋置きが割れていたり、ダクトがドロドロ、排水溝もねっとり油が溜まってほとんど詰まっている。あまり施設の...

セネガル・プログラム2025 ⑤ とりあえずの区切りとして

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大西洋に日が沈む 2022年、コロナ禍が収束に向かったころから始まったこのプログラム。今年で4回目となった。4年間合わせてもせいぜい20名程度ですが、アフリカに行ったことがないばかりか、初めて海外に行くという学生を連れてユーさんとセネガルを歩いてきた。 セネガルの人びとの溢れんばかりのホスピタリティ、乾燥地特有の軽い空気感、初めて出会う人たちと囲む料理、熱気にあふれるマルシェ、人々のカラフルな着衣…様々な風景を見せることができたのではないかと自負している。セネガル渡航を通して変わった学生も、変わらなかった学生もいて、20人程度とは言え、様々な反応があり、その一つ一つが私の胸には色あせることなく残っている。 実は、所属先のアフリカのプログラムは次々となくなってきている。私が赴任した際の、アフリカの熱はすっかり冷めてしまったようだ。学部の再編に伴い、3か月の留学(海外長期フィールドワーク)も今年度で終わり、何やらこのプログラムも縮小、ないし廃止のような話もでている。それなりの熱量をもって、毎年2-3か月の準備を重ねてプログラムを練り、安全面でも相当の配慮をして、学生がプログラムに集中しつつ、リラックスした状態でアフリカに接することができる機会を作る努力を重ねてきた。こんな使い方でよいのかわからないが、こんな話が出てくること自体が、「遺憾」である。ただ、どこかでこの経験やらが続いていけばよくて、私の所属先のことは、まあ大したことではない。一つの大学のアフリカ・プログラムがなくなる、というだけの問題である。 しかし、改めて、学生をアフリカに連れていく、ということの意味を考えさせられる。はっきり言って、相変わらず、体調を壊したり事故に遭うリスクは圧倒的に高い(犯罪リスクは小さいと思っているが)し、安全性に気を配るほど金もかかる。それでも、今だからこそアフリカに行っておくべきだ、ということは強く感じている。 僕らが大学生のころ、アフリカは「貧困」とイコールで結ばれていた。今や、我われはそんな一次方程式では理解しなくなったし、アフリカが世界に与える影響力は、実質的なできなくなった。僕らが「バックパッカー」という、冒険家まがいのことは、もしかすると、以前以上に「金持ちの道楽」になっていくかもしれない。そして、サハラ砂漠でも電波がある昨今、ラクダにまたがって砂漠を遊動する、という旅は...

セネガル・プログラム2025 ④ NGOの力、アーティストの力

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マングローブ林を解説するThomas Thomasと回るセネガル沿岸の旅2日目。かねてよりThomasが案内したいと言っていたNGOを訪問する。Nbourの街中の川のほとりにあるAGIREの事務所には、多くの小中学生がたむろしている。 Thomasに導かれて通された事務所の中は、多くの「女性」が忙しく立ち回り、私たちはサロンのテーブルにつかされた。しばらくすると、AGIREの活動についての説明が始められる。このNGOの活動として、マングローブ林の植林、蠣や水産加工品や食用として消費される貝類の養殖、そして、ことさらに強調されていたのは「リーダーシップの養成」、ということだった。 話はそれるが、僕自身、アフリカやNGO、国際開発ということに関わり始めたのは、以前、このブログでも何度か紹介してきた森本栄二さん(学生時代の恩師)やアジア学院の影響によるものだった。特にアジア学院は、創設以来、途上国のリーダーの育成を強く押し出し、コミュニティのすべての人が取り残さないという哲学を持ち、そのために、サーバントリーダーシップ(奉仕するリーダーシップ)という独特なリーダーシップ論を展開、実践してきた。アフリカのローカルNGOも数十の団体を見てきたが、大変素晴らしい活動をしているNGOであっても、その多くは、創設者によるワンマン経営であることが多く、創設者が倒れるとその団体そのものが存在を消す、というのが常であった。つまり、多くのローカルNGOは継続的なコミットメントが脆弱で、支援の瞬間風速で勝負している感じ。AGIREの代表のカリム氏がこうした考え方に共鳴する、ということは強く興味を惹く。  Nbourで活動を展開するNGO AGIRE 話をそこそこに、潮が満ちる前に見せたいものがある、とのことで、長靴をはき、事務所前の橋を渡ったところにある水辺へ。河口部には、囲いがしてあり、様々な設備が整然と並べられている。大西洋に面するセネガルはアフリカ有数の水産物の豊かな国。セネガル沿岸は寒流と暖流がぶつかる好漁場に面している。40年ほど前から蠣の養殖が始まり、沿岸部に広く養殖場が広がっている。人々の生活にも入り込んでおり、イエットのような蠣の加工物なども生産されている。今回AGIREに見せていただいたのは、このNGOが試みているいわば「実験圃場」のようなところだった。 蠣の養殖器...

セネガル・プログラム2025 ③ Thomas Grandさんとンブールから南下する

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  Thomas Grandさん Thomasと出会ってもう5年以上。Thomasの作品『 Poison d'or, Poison d'Afrique 』 が第6回 グリーンイメージ国際環境映画祭 に入選、彼自身が来日した際にThomasのアテンドとして、声がかかり、3日間延々と一緒に過ごしたことがきっかけでした。僕らは3日間会場と飲み屋、そして、ホテルを往復し、なんか明け方の新橋と飲みすぎてヘロヘロだった記憶がある。とにかく濃厚な何日間を過ごし、すっかり意気投合し、その後僕がセネガルに行くと、片道何時間もかけて1時間の時間を過ごしてくれるなど、機会自体は少なかったが、少しずつ仲を温めてきた。 2021年にこのプログラムの視察のため、共担の ユースギョン さんらとセネガルを訪問した時のことである。出発前に行程、レンタカーの手配、ホテルの手配、面会する人とのアポイント、すべて完璧に準備した…つもりだった、いや、していた。しかし、長いフライトを終え、セネガルの空港に到着、ドライバーと落合い、空港近くのホテルへ…ホテルが…ない?!ホテルは探せど見つからず、深夜23時に行き場のなくなった我々は、Mbourに住むThomasの存在を頼ってみることに。久しぶりに電話をすると、突然の来訪を嫌がるどころか、深夜に山盛りのパスタとおかず、そしてビールで迎えてくれた。 学生はこの話をすると、面白がってくれるが、ユーさんも同行した職員も初めてのセネガル。私もガハガハ笑いながらThomasと話していたが、お二人はさぞかし不安だったことでしょう… そんなわけで、ずいぶん長い時間をかけて仲を温めたThomasに、今回は正式にアテンドをお願いした。彼にお願いしたのは、映画で撮ったセネガルで最もよく食べられる魚であるヤボイ漁と水産加工場への案内である。 Thomas宅での朝食(2回目…) 今回の旅程では、ゴレ島から直接Thomasの家で彼をピックアップして南下しながら漁港を訪問する、ということにした。のだけど、Thomasのホスピタリティが炸裂。事前に、「朝飯は打ちで食え!」とのことで、なるべく早く到着するようにすると、期待を裏切らずモリモリの朝ごはん。ゴレ島で少し食べてきたものの、学生たちはすでに食傷気味か… 少し休ませていただいた後、ンブールMbourの漁港→ワランWarang...

セネガルプログラム2025 ② ゴレ島再び

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到着早々、熱く歴史を語るラス・マハ ダカールで滞在の準備を終え、いよいよプログラム本番に突入。今年はダカールからの移動距離の短いところから…ということで、ゴレ島から開始しました。 ゴレ島訪問はセネガル・プログラムで外してはいけないと思っています。「セネガルの歴史」という枠組みだけでなく、世界史を体感できる貴重な機会になるからです。その上、ゴレ島に住む旧知のラス・マハは、プロのガイドではないですが、高い学識とラスタファリアンという立場から、アフリカの側から世界史を俯瞰していただける大変貴重な語り部。そして、毎年彼が調整してくれる宿はとても素敵で、居心地がいい(下の写真)。 ラス・マハが調整してくれた宿泊先 ゴレ島に到着して宿に荷物を置き、早速「 奴隷の家 」へ。「奴隷の家」は毎年行っている。年によって学生の反応は区々で、「ふ~ん」というのから目に涙をためて話を聞く、というのまである。奴隷の経験を自分に引き寄せて考える力、それを感じるためには、少しの英語力(ラス・マハは非常に英語が堪能)と少しの歴史の知識、あとは個人に備わった共感する力。毎年、もう少し歴史についての勉強を…と思うが、資料作成がなかなかに間に合わない。しかし、トイレもない狭い部屋に何十人もが閉じ込められる薄暗い奴隷の部屋の上には、天井の高い海原を見渡すリゾートのような「マスター」たちの執務室、という人種差別が実際の形として現れるグロテスクな建物であることは、多くの学生たちが気が付くポイントです。 奴隷たちはここを通って「積み出された」と言われる いつものようにラス・マハに案内してもらっていましたが、「奴隷の家」には大きな変化が。10時の開場後、ラス・マハが説明を始めると、スタッフから制止され、全体の説明を聞くように促される。しばらくして始まるのだが、すべてフランス語、しかも拡声器を使うので、非フランス語話者は何をいっているのかが全く分からない、という状況に陥る。モグリのガイドによる誤った解説を避けるため、という説明があったが、これは若干興ざめ。 マスターの部屋 そんなわけで、「奴隷の家」に長居できなかったため、今回はもう一つの歴史博物館に向かう。この島は周囲1㎞ほどの小さな島なので、移動は散策しながら。写真の順序が違いますが、何枚か貼っておきます。 以前に比べればずいぶん整備された小道 島の北側の砲台から...

セネガル・プログラム2025 ① 今年も行ってきました

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送り火を眺め、地蔵盆が終わり、原稿は終わっていないが、時間は確実に過ぎ去っていく。夏のもう一つの大仕事セネガル・プログラムを実施しました。今年で4回目となるセネガル・プログラム、今回は3名の参加者と、いつもより少な目だが、毎年続けることが大切。これまで借り物が多かった人脈は濃くなって、自前の人脈ができてきたし、移動のタイミングやプログラムの作り方も少しずつ練れてきた感じがする。 そんなわけで地蔵盆の翌日の8月24日、日本を出発する。できればトランジットが長く、真ん中でたっぷり休めるトルコ回りにしたかったが、価格差を考えると今回もどうしてもエチオピア周り。 円安がしんどすぎる… と言っても、せっかくのプログラム。アフリカなど、人生で何度足を踏み入れるかわからない学生たちにはアフリカをたっぷり味わっていただきたい。 さて、24日夜に成田を飛び立ったエチオピア・エアライン(ET673)は、韓国の仁川を経由して一路アジスアベバへ。長距離フライトに学生たちも若干お疲れか?しかし、せっかくのアジスアベバ。恒例のあれこれを経験します。 まずはコーヒーセレモニー。エチオピア独特ですね。深入りのコーヒーの香ばしい香りに、(私は)疲れも吹き飛ぶようでした。 これはおまけで、アジスでも辛ラーメンが!買う人、いるんでしょうね。しかし、その値段たるや12ドル(約2,000円)…アフリカの空港での韓国、中国の食い込みがすごい! そして、こちらも恒例のインジェラ。お店の方曰く、ここらへんで一番旨い!とのことで、乗っかってみることに。いつもはファラ・フェル(インジェラのトマト炒めのインジェラ詰め)しかないのですが、今回はメニューのものは何でもあるとか。そして、一時期はまってよく食べていたドロワットを選択。あまり辛味は強くなく、学生たちもおいしそうに食べていました。 軽く腹ごしらえをして、いよいよダカールに向けて出発。 さてさて、今回はどんなツアーになるのやら。

【フィールドワーク】Grand Magal de Touba 2025(マガル・トゥーバ)② 祭り当日

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迎えた8月13日。10時半ころに会場に到着。 会場には、美しく着飾った多くの人が集い、そこここで旧交を温めている。久しぶりの同窓会とか正月の親戚の集まりがいっぺんに来たような、高揚感を伴っている。 到着すると、早々に「朝食」を摂るように促される。 朝食セット ずらりと並んだ料理の列。サンドイッチやらファタヤやらスープやら、ホットドッグやら、その数10種類ほど。食事はどうせ遅いだろう、と思い、ホテルについていた朝食をいただいてきたしまったことを早くも後悔する。ちょっと遠慮がちにとっても、顔見知りから、「もっと食べろ」攻撃。なかなかヘビーだ… 朝から多くの人が訪れる 2008年に初めてセネガルを訪れた際、ちょうどマガルの時期で、僕は世話になっている友人たちとトゥーバに向かった。トゥーバでは、友人の知人のお宅の庭で雑魚寝し、あまりの乾燥と暑さのために朦朧としていると、食事が出てきて、気が付くとウトウトしていて、また食事が出てきて…という繰り返し。夜、涼しくなるとトゥーバの大モスクに続く参道に繰り出す。このようにあまりに大きな流れの中の小さなピースと化した私にとっては、マガル・トゥーバ、そこにいた、というだけで「祭礼」という思い出ではない。 日本でのマガル・トゥーバは、スケジュールが組まれ、粛々とプログラムがこなされていく。昼食をはさみつつ、バイファルたちによるズィクル、宗教談話、礼拝、来賓の紹介、礼拝と続いていく。 バイファルたちによるズィクル 礼拝が行われる 昼食 残念ながら、帰京の予定もあり、この日も17時ころ、皆さんより少し早く中座せざるを得ませんでしたが、初めてのフル参加。やはり参加してみないとわからないことはたくさんありましたし、書きませんでしたが、実は2人の研究者にご同行いただき、ほかのコミュニティを見られている方からの感想も大変参考になりました。 フィールドワークというと、なんだか対象を客観視しようとしているように聞こえますが、私はそういうものではないように思っています。そのコミュニティが進む方向に何らかの関与をしていく、ということにも調査者としての重要な役割がある気がしています。今回のマガル・トゥーバに参加することは、このコミュニティのメンバーと同じ時間を共有し、寿ぐことで経験を共有する、という意味で大変重要な参与であったと思っています。

【フィールドワーク】Grand Magal de Touba 2025(マガル・トゥーバ)① 祭りの前に

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今年の夏は予定モリモリ、仕事モリモリです。しかも、結構いろんな予定がうまくスケジュールにはまり込んでいく。原稿が山ほどあったので、一人の時間が確保しやすいホテル暮らしは望むところで、スケジュールの合うものは積極的に入れていく。原稿は思っていた予定通りにはいかなかった(ブログもまったく追い付いていないけど、さすがにプライオリティが下の方なので…)けど、まあ、比較的心安らかに新学期を迎えようとしています。 前記事のナイジェリアのヤムイモ祭りが終わり、何とか1日だけ帰省して8月12日、13日と東松山のKeur Serigne Toubaへ向かう。今年は8月13日がセネガル最大の祭りのマガル・トゥーバの当日となったので、前日の準備から参加しました。2019年以来のことです。SNSでは、すでに数日前から施設の養生を行う様子が発信されており、祭りの前の高揚感が伝わってくるようでした。 会場の養生をする 会場に到着すると、数十名のメンバーが各々手を動かしている。日陰を作るため、玄関先に東屋を作る者、照明を作る者、建物の中でも何等か相談としていたり…と、のんびりムードの人もいつつ、それぞれの持ち場で汗を流していました。 人生で2度目に見る大量のタマネギ 私も早速お手伝い。どこか入れるところはないかと、あたりを見回していると、やはりありました。タマネギ。今年も大量です。25㎏の袋がゴロゴロ。セネガル料理、本当にたくさんのタマネギを使うことが分かります。旨いですもんね。お手伝いはタマネギのカット。小さな包丁でちょいとやりにくいですが、そこは食文化研究者、サクサクとこなします…と言いたいのですが、タマネギ係長から、「ちょっと粗い」とか、「こうやってほしい」などと注文続出。なかなか難しい… タマネギを同じく、日本で見たことがないほど大量にあるのがマトン。カットしてあるもの、一頭丸々のものなどがゴロゴロと…2019年は20頭ほどのマトンを切り分けましたが、一頭ものはそれだけ需要あるということでしょうか、ブロックが多いのが印象的でした。 マトン、マトン、マトン… マトンを下処理し… マトンを処理する マリネ液を塗りたくって、5㎏ほどごとに袋詰め。冷蔵庫に入れて明日の当日に備えます。 マリネする    この日はチェブ・ギナール 作業が一段落した時点でこの日の作業は終わり。かなり多くの方が東松山に...