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奈良を歩く

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東大寺 ひょんなことから奈良を訪れることになった。 京都に住み始めて10年以上経つが、隣の県なのになかなか行く機会もなく、修学旅行で行ったような行ってないような…ともあれ、奈良の記憶はずいぶん前の学会の時のことで、ずいぶん早く飲み会が終わり、何もすることがなくなった、という記憶があるのみ。 そうした意味で、今回は、とてもありがたいことにご案内していただける方もおり、仕事であるにも関わらず、色々おんぶにだっこ状態で大変有意義な訪問となったわけです。 奈良の観光地図 近鉄奈良で降りた後、最初の訪問地はお仕事のため奈良県立大学。少し打ち合わせをした後、東大寺に向かう。いわゆる奈良の大仏がある寺だが、鎌倉や京都など、若干なり馴染みのある寺社町の大仏とは迫力が違う。空間の使い方が壮大で、密度の高い京都とは全く雰囲気が異なり、どこか大陸的な「王都」のような印象を受ける。 一緒にいたイタリア人の研究者からの質問に答えるもうおひとりの説明が絶妙で、大陸の影響を強く受けた壮大な造形を「バロック」、京都の侘び寂びの世界を「ロマネスク」と、大変エスプリの利いた表現をされていた。私自身も妙に納得してしまう。 ちなみに、私の出身高校の修学旅行とバッティングし、写真撮影を頼まれたりもして、ちょっとほっこりする場面も。 東大寺の大仏 次に訪れたのは、東大寺の境内の中にある二月堂。崖の中腹に築かれた堂は質素で、建物の中は、ひんやりと冷たい空気が流れている。 そして最後に若宮神社へ。京都から奈良に向かう間に、様々な話をしたが、彼の関心事として、日本における神道と仏教の関連が最も大きなものだったようだ。宗教-法という関心枠組みからすると大変重要な課題であることは間違いない。残念ながら、それを説明する知識もフランス語力もなく、なんかうまく説明できなかったが… ちょうど結婚式などもやっていて、イタリアの研究者にとっても、面白かったのではないだろうか。 若宮神社での一幕 若干イレギュラーな形での訪問となったが、ほとんど記憶のない奈良を訪問できたことは、とても良かったし、宗教を研究の中心に据える研究者たちとの交流はとにかく勉強になることばかりで、濃密な時間だった。そして、この日歩いたのは25,000歩と、体力づくり的にも大変ありがたい一日となった。  

日本アフリカ学会 第63回学術大会@名古屋大学

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  今年も日本アフリカ学会の学術大会で発表してきました。 これまで、できるだけ調査した新しい資料を提供しようと、いろんなテーマで発表してきましたが、今回は前回のブルキナファソのライシテ研究との連続性を考え、中間集団としてのイスラーム系の「信仰NGO」についての発表をしました。発表要旨は以下の通りです。 「イスラーム系「信仰NGO」による国内避難民支援:ワガドゥグ第9区の事例より」 まあ、発表など、アブストラクトの通りにはいかないもので、データを整理したり、新しい文献を読んだりしてしまうと、未来予想図からはずいぶんとずれが出てしまう。今回の場合、「信仰NGO」という概念自体が問題となった。先行研究にも、特に疑うことなく、「組織」としてのNGOが描かれているが、実際に制度に則ったNGOなどほとんどない。実際に調査してみると、より緩やかな町内の互助会のような、そんなイメージ。NGOにカッコを付けて逃げ場を作っておいて正解で、この枠組みをどうするか、ということは今後の課題とした。 しかし、全体的には、ちょいと酷い発表過ぎた。調査でもう少しまとまった資料が集まるかと思っていたら、思いのほか不調(そもそも2週間という短期ではアポイントをとるところまでが精一杯…)で、データが薄すぎる。そして、発表当日にいまさら気が付いたのだけど、宗教社会学を注視しすぎた挙句、難民研究がノーマークという失態…ゼミがあったら指摘してもらえたのに…という泣き言ばかりが頭をよぎる。 とりあえず発表まではこぎつけたものの、反省ばかりの今回の発表。来年はおそらくオープンキャンパスが重なって参加叶わないのだけど、どこかの機会にしっかりリベンジしていきたい。

2026年度始まる:今年度の抱負と計画

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  花見をしたものの、今年はちゃんと桜を愛でることができず… 葉桜どころか、なんだか初夏のような陽気。新学期が始まり、1週間一回りしました。なんとなく、雰囲気がつかめてきて、見通しも立ってきたころ。そろそろGWも近いし、あっという間に一年が過ぎ去っていくことでしょう。 さて、新年度も始まりましたし、所信表明的な投稿をしておきたいと思います。どこまでコンプリートできるでしょうか。 今年度も、科研費不採択だったものの、二つの科研費の分担者とさせていただいているので、アフリカ、日本での調査を続けながら研究活動を展開できそうです。ありがたいことです。その他、1件がまだ確定していませんが、セネガルの仕事が入りそうですし、大学の出版助成をいただくことができ、 前の科研費 の成果物の出版を進めることになります。このほか、現在執筆中の原稿が4本あり、年度内か年度をまたぐくらいのタイミングで分担執筆が3冊出る予定です。 センターの活動も頑張りたいところです。今年も「アフリカ・アジア現代講座」、また、いくつかのイベントの開催を見込んでいます。都度、こちらのブログでもアップしたいと思います。 食文化系の仕事、去年はなんかずいぶん書いた年でした。研究面では、新しい視点を進めていきたいと思っています。今、考えているのは、食材の民族誌的な資料の作成と生態学的な分析を考えています。そして、アウトプットは、少しずつパッケージ化されてきた食文化に関する教材を整理し、今まで書いたものを少しずつ直接いろいろな人にお伝えする、というフェーズにしたいと思っています。 今年度の研究計画、大学のウェブサイトのどこからか見られるのだと思いますが、見つけられなかったので、少し整形したものを以下の通り示しておこうと思います。 【 研究テーマ・目的・方法 】 2026 年度は、 2025 年までに引き続き 2 つの研究テーマに取り組む。 ① 「在日アフリカ人の日本社会への適応に関する実践的研究:特にフランコ・フォン・アフリカ出身者に注目して」   コロナ禍の 2021 年より再開した在日アフリカ人研究も 5 年目を迎える。これまで、在日セネガル人に着目し、送り出し国側の社会経済的変化による来日する人びとの属性の変容(清水 2024 (論文)また、 2023 年に埼玉県東松山市に設立された「ムリッド教祖の家 Ke...

2025年度の振り返り

年末と学期末の2回も一年を振り返る必要もないのではないかと思い、こちらにまとめました。「あけまして…」感は4月の方が強い気がしますし。 改めて振り返ってみると、2025年度もバタバタと過ぎ去っていきました。普段生活していると、このバタバタの中で、近視眼的になってしまいがちで、今していることがどんな意味があったのかを考えることもないので、ちょっと丁寧に振り返っておきたいと思います。 【研究面】 原著論文がないのがよくないですが、3冊の商業出版(いずれも明石書店)に関わり、一つは、数年前からの懸案事項であった『ブルキナファソを知るための64章』。中尾世治さんと共編著として(大変ご迷惑を…)初出版。中尾さんとは、この後も何度か一緒に仕事させてもらえると思うので、その端緒としての意味合いもあったかと思います。その他、雑誌記事など数本を書きました。 この他、ここには出てきませんが、2026年度、2027年度出版予定の原稿を書きました。来年は編著1冊、分担執筆2冊の予定。 一方、調査の方も少しずつ進展していきました。まず、ブルキナファソでは、伊達科研、日下部科研の分担者として、ブルキナファソの宗教NGO、特にイスラーム系の弱者救済について現地調査を行いました。実は1年数か月振りの滞在となり、いずれも10日強と近々では、比較的長く滞在できたこともあり、まずまず実りのある調査だったと思います。もう一つ、時々ブログでも紹介している在日セネガル人の調査に関しても進展がありました。30回に渡り開催した日本語教室や毎月のダイラに参加することで、ずいぶんセネガル人とも交流が持てるようになってきました。 【教育面】 清水ゼミ3期目の7人が卒論を書き上げ、無事に卒業していきました。2024年度卒業の学生たちがべったりだったのですが、2025年度に卒業した学生たちは、ほとんど研究室に来ることなく、少し不安を感じていましたが、立派な卒論が提出されて安心して送り出せました。清水ゼミ4期目は相変わらずやんちゃな感じですが、これはまた今年度鍛え直す、ということにして、新たに迎えた5期目は7名。現在、5期目の学生はフィールドワーク中。どれくらい成長して帰ってくるか、楽しみです。 スポットの授業としては、九州大学に招待された、食のワークショップは、とても思い出深いです。旧知の横谷奈歩さんからの依頼で、色々と頭...

【フィールドワーク2026⑤】ガーナ料理店開拓

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発見したガーナ料理店 今回は期せずして食べ物の記事ばかりになってしまった… 随分前(2014年3月4日)に ムギラの記事 をアップしました。 モレでムイMoui(米)+グィラGoura(丸)でムギラ。「丸めた米」という意味の料理。おそらくガーナが発祥だと思われますが、ブルキナでもそれほどメジャーではないにせよ、よく食べられています。 調査の合間にKEOOGOの事務所から移動する際に、ちょっとした時間があったので、先にご飯を食べよう、ということになり、たまにいくセネガル料理屋を目指す。混雑するバサワラガ通りを避け、ソムダは未舗装道路を迂回しようとする。そこで目に入ったのが、この看板。 ん?ガーナ料理?? 2人に「あそこ行かん?」ということで、レストランに入ってみることに。 ムギラ(若干小ぶり?) 店内は、大きな駐車場に屋根を付けた、半屋外形式。正面に大きな鍋、その後ろに、ソースが入っていると思われる少し小ぶりな鍋が二つ、飲料が入った冷蔵庫が2台と、まあまあの繁盛店でありそう。結構な街中にあるのに、二人とも、「こんなところがあったのか」と初めての様子。 ともあれ、賞味してみようということで、大きな鍋を除く。おぉ!ムギラじゃないか。懐かしい…なかなか外食で食べられることがないので、これは嬉しい。ソースもグレン(パーム油)とアラシッド(ピーナッツ)の2種類。多分、他にもいろいろあったと思うが、ムギラ好きとしては、ムギラ一択。ソース・グレンは前日食べていたので、今回はアラシッド。 せっかくだから、ヤギ肉を…と思ったら、肉は羊と牛で、ヤギはないという(もしやガーナ人じゃない?)。 ムギラ拡大。 ともあれ、ソースに浸しながらパクリ。米のいい香り、ソースはそれほどくどくなく、味付けも優しめ。若干小さめのボール。オフィスワークが増え、体を使わなくなった都市民の生活に則し、健康志向が浸透してきたワガドゥグならではのムギラなのかも…と考えながらいただきました。 ちなみに、このお店はダガリの女性たちが営んでいることがわかりました。しかも、同じくダガリのソムダの親戚筋とか。一時期ガーナに出稼ぎに行っており、料理はそこで覚えてきたのだそう。西アフリカでも有数の移民送り出し国のブルキナファソ。ワガドゥグが多国籍な料理が比較的そこの原型を留めながら存在するのは、こうした背景もあるのかも、と思った次...

【フィールドワーク2026③】ーブルキナファソ②ラマダンにあたり

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全然ムスリム感がないですが…イマームはバッドマン  2月19日から始まった今年のラマダン。3月21日に無事にイード・アル=フィットルを迎えました。 今回の調査、ラマダンのど真ん中に行われました。もちろん、そのことは理解していて、食事の調整やら、色々シュミレーションして、ホテルもキッチン付きの部屋にしておいたり、日本から少し多めに食べ物を持って行ったりしました(イマームのところで食事ができないのが残念…)。 上の写真の青い箱は角砂糖なのですが、ラマダンの際に皆さんに配るのが習わしとか。ずいぶん前にラマダンをやった時には、デーツをたくさん買ってモスクに持って行ってイフタールに配ってくれた記憶があるのですが、角砂糖というパターンもあるんですね。 ラマダンの最中の調査は注意が必要。まず、ズフル(午後最初の礼拝)の後は、モスクで過ごすことが多く、ほぼ調査にならない。つまり、調査はいつも以上に午前中に設定する。かと言って、夜通しの礼拝があることもあるので、午前中もあまり重い調査はできない。そもそも、断食中は皆さんしんどいので、あまり大がかりで時間のかかる調査は避けておく。そして、午後は、「世俗的」なインフォーマントもしくは「クリスチャン」系のインフォーマントへの聞き取りを設定すると、比較的ストレスなく調査が進行する。 まあ、皆さん慣れているとはいいますが、やっぱりしんどいですよね。今年は昨年よりましとはいいつつ、2月末~3月終盤という、この地方で最も暑くなるちょい前で、連日の40度越え。ちょっとノートを取っていたら、皆さん、こんな感じ。 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

【フィールドワーク2026②】ーブルキナファソ①国内避難民問題

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  調査助手のルードヴィックと共に聞き取り 今回のブルキナファソ調査、「信仰NGO(Faith based NGO)」の役割を明らかにする、という大きなテーマを持っていました。このテーマ、実は、2022年ころから関心を持ち始めたもので、ようやく本格的に調査ができるようになってきました。 これまで調査をさせていただいていた、Cheikh Hamidou Sawadogoさんは、モスクのイマームであり、これまでフランコ・アラブ学校を運営してきましたが、2022年の年明けからPDI( Personnes Déplacées Internes 国内避難民)の就業支援を視野に入れた(PDIだけではない)「ビジネス」を展開していきます。社会的弱者を救済する、という宗教組織らしい発想のもとに始められた活動だと思います。 ブルキナファソの社会の中には、イメージ通りの貧困が渦巻いており、こうした渦中にいる人びとをいかに巻き込むか、また、支援するか、ということは、社会の誰しもが考えていることです。凋落甚だしい現在の日本でも公的支援だけではいかんともしがたく、ブルキナファソはさらに支援する手立てが少ないのが現状。社会の構造からみても、市民組織の支援は必要不可欠で、さらに言えば、それだけでも全く充足しているとは言えません。そこで出てくるのが、宗教組織なのですが、そもそも、キリスト教会のチャリティは現在のNGOの原型ともいえますし、イスラームも弱者救済が聖典クルアーンに書かれているほど、こうした意識は高いと言えます。 Sawadogoさんのところは、いつでも色々と聞けるようになったのですが、サンプルが一つでは…ということで、いろんなところに仕掛け、ここ何回かの調査では、それを横に広げる、という作業をしています。こうした支援をする人びとを調べるにあたり、いわゆる比較調査になることから、支援対象を絞り込むことにし、地の利のあるSawadogoさんの事務所のあるワガドゥグ9区に地域を絞り、そこで大きな問題となっている上記のPDIを対象としている「団体」を見ていくことにしました。 PDIの女性たちが栽培する畑 前々回(2024年年始)の調査の際に、Albindaから移ってきたイマームと面会、さらに、年末年始の調査の際にルードヴィックに教えてもらった、やはり北部から移り住んだ人たちに改めてコン...

【フィールドワーク2025ー2026】滞在最終日+今回の滞在で食べたものたち

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  Riz au Soumbara(Tanti Propre) 本日で今回の調査の全行程が終了。年末年始を絡ませての調査で、どれくらい動けるかが不安な中、さらには 1年半ぶりの調査で、挨拶でもう少し戸惑うと思っていたが、SNSで頻繁にやり取りをしていたため、思ったよりも実質的な調査ができた。もちろん、もう少し丁寧に調べたいこともあったが、9日間という短い間ではこれが精一杯か。 公的なデータの収集がままならないことは織り込み済みだが、細かい資料の位置づけがいまいちピンとこない。もう少し概略的な資料が欲しいところ。 調査の内容を少し具体的に言えば、前回からはイスラム系のアソシアシオンに着目しており、状況のアップデートが重要な項目だった。前回の調査でワガドゥグ北部の国内避難民のアソシアシオンにコンタクトが取れており、今回もそこの代表に話を聞けたのは大きな収穫。さらに、ストリート・チルドレン支援のNGOを通じて2か所のアソシアシオン、コミュニティにコンタクトできたことは、この調査自体を広げていくために重要で、次回の調査につながりそうな予感がする。ただ、この時期、役所が閉まっていて統計資料や文書資料にアクセスできなかった。国内避難民関係の資料の収集は、次回の課題といったところ。(UNHCRとかかな…?) さて、何かもう新しいネタはないのだけど、今回どんなものを食べたかをレビュー。 Atyéké avec Salades et poisson 今回の滞在で2回登場したのが、この写真のアチェケ。1年半ぶりくらいで、今回一番食べたかった料理。バサワラガ通り沿いのセネガレで食した。モチモチの食感で、なかなかのクオリティ。魚とサラダ(もう少し野菜が欲しかったが)を混ぜていただいた。 Atyéké avec Salades et poisson そして、イマームのお宅にて。スンバラ・スパゲッティ。懐かしい面々で食べる食事、その後のお茶も笑顔の中で。マウルードの祭礼のため、イマームのお父さんがいらっしゃり、この後ご挨拶に行く。 Spaghetti au Soumbara ホテルはいつものKAVANAで、隣のRestaurant Mame Diallaにも必然的に何度か行くことになる。この日はマフェ。前回より米が増量されているような…マフェは1,000Fcfa。今となってはあまりおつ...

【フィールドワーク2025-2026】一国の誇り:ブルキナファソの決断

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  新年早々ですが、ブルキナファソ(多分マリとニジェール)もサヘル三国へのビザの制限に報復して(公用以外の)ビザの発行をやめました。フランスに続いての措置です。年末のものとは言え、なんだか物々しいニュースから1年が始まりました。 2023年に先じてビザ発行を停止したフランス。現在、ブルキナファソにはフランス国籍を持つ人はほぼゼロと言っていいくらいです。ブルキナべの場合は、 シェンゲンビザ を取得し、ヨーロッパからの唯一の直行便を出しているベルギーに渡ってフランスに行くのだそうです。逆に、フランス人はこうした方法がなく、ブルキナファソ国内には二重国籍保有者かNGO関係者くらいしか存在しない、ということになります。 世界の片隅の出来事で、実利的に強情を張っているようにも見えるし、経済的な影響など全くないので、誰の関心も呼ばないのではないかもしれません。しかし、こうした小国がここまで艱難辛苦を経て尊厳を傷つけられて我慢も限界に達したこと、そして、自分たちの尊厳を守るための誇り高い判断だと思います。 現在のトラオレ政権になってすぐに、フランスがブルキナファソを去り、2年半ほどが経過しました。ブルキナファソは、現在いわゆる軍事政権下にある国です。情報は統制され、市民生活はある程度制限されていることは間違いありません。しかし、フランスが去って困っている人は特に僕の周りでは少なくありません(民芸品屋とかレンタカー屋とかNGO)。しかし、こうした生業は遅かれ早かれ見直しが必要であったわけで、フランスが去りその時期が少し早まっただけのようにも見えます。ワガドゥグの街を見るにつけ、フランスの経済的影響力は中国、インド、トルコと言った新興の国々により、相対的にそれほど大きなものではないし、しばしば聞く、薄汚いフランスの商売のやり方が少なくなったことで街自体は相変わらずの活況があるようにも見えます。フランスの影響はともあれ、軍事政権であることは欧米で教育を受けた大学の教員ですら納得ずくで、むしろ、200年に渡って人類(欧米)が築き上げた「民主主義」という概念に強い疑問を呈している、という話も聞きます。このことは、大変興味深いし、僕らも少し立ち戻って考えるべきことだと思います(かといって、現在の日本の状況を良しとは全く思いません。為念。)。ここまで色々な人と話す中で、「軍事政権」とい...

【フィールドワーク2025-2026】アソシアシオン(Association)かソシエテ(Société)か?

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サワドゴさんが購入した土地  28日、30日と10年間継続しているイマーム、サワドゴさんの事務所を訪問した。また恰幅がよくなった気がするが(人のことは言えない)、貫禄が増し、1年半という長い間訪問できなかったことを詫び、この後はもっと頻繁に来るように言われる(そうしたいのはやまやまだが)。宗教の調査なので、もちろんなのだが、毎回ここを伺うと、何度も何人もの人に祈ってもらえて、何だかご利益があるような感覚を持ってしまう。 2023年の1月に立ち上げたスンバラ・プロジェクトが軌道にのり、順調に製造、販売が行われている、という報告を受け、この先の展開として、いくつかのプロジェクトの立ち上げを進めていることの話が聞けた。すなわち、石鹸製造とコットンの布の製造販売、なのだが、サワドゴさんは、すでに着々と準備を始めている。このうち、石鹸の製造に関しては、当初より希望していたものだったが、コットンの方は何かピンときたのだろう、すごいスピードでビジネスを始めている。 石鹸ビジネスを始める予定 石鹸はこれから講習を受けて始めるとのことだが、すでに象りをする機械を制作し、アソシアシオンのロゴが入るようにしている。あとは講習を受けるのと、原材料の仕入れのための資金をためるという段階だ。 下の写真はサワドゴさんがスンバラなどを売っていたブティックをコットン販売のための店舗に改装。スンバラなどは事務所近くの広場に立てた小さな小屋に置いているそう。 3つの商材を柱として、製造から販売まで手掛ける予定だが、これらの製造は、しばらく前にサワドゴさんが購入した土地(トップの写真)に工場を作る予定。こちらも資金調達待ちとのことで、この後の展開が待たれるところだ。 繊維の販売も始めた こうして手広くビジネスを展開するサワドゴさん、2023年に話していたように、多くの雇用を生んでいるのは間違いない。とにかく安定した仕事の少ないこの地域にとっては、大変重要な人物であることは間違いない。 そして、サワドゴさんが紹介したい方がいる、とのことで、30日の午後に紹介を受けたのがイルブドゥさんという女性。お連れ合いに先立たれ、3人の子供を抱えながら、ごみ収集業を行っている。7人のスタッフと共に、「タクシーモト」と呼ばれる3輪車と2頭のロバに荷車を引かせ、忙しく収集をしている。 Ilboudouさん、サワドゴさ...

【フィールドワーク2025‐2026】ブルキナファソに到着:初動~Association pour la Promotion des Arts訪問

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Association pour la Promotion des Arts 調査3日目。ここまで大体予定通りにスケジュールはこなせており、とりあえず挨拶は大体終わり。あと1人、今回の調査の最大のミッションである、UJKZ(ジョセフ・キ-ゼルボ大学)のシリル・コネ先生との面会を明日に控えているが、後は昨日、今日で仕込んだ流れで進める。そして、すでにデータになりそうな話題もちらほらと、期待以上のデータがついてきている。教科書通りに言えば、ラポールが出来上がっている相手に会い続けているので、挨拶を済ませると、スムーズに話が進む。それぞれの新たな動きから、聞き取りの項目も調整し、初動の期間が終わる。 今回は久しぶりにUJKZの社会学者、アブドゥライ・ウェドラオゴ先生とも面会。例年、この時期はお連れ合いのいるスイスで過ごされることが多いが、今年はお連れ合いさんがブルキナで過ごす、とのことで、こちらでゆっくりされており、ずいぶん話し込んだ(深い話になるほどにフランス語の拙さが…)。 ともあれ、ぜひお連れしたいと言われていた、ウェドラオゴ先生が始めたAPA(Association pour la Promotion des Arts)を訪問した。2020年に先生ご自身が購入した敷地は、ディゲットを活用してブッシュ(この地域的には原生林)となり、中心には一本の道がアトリエに向かって通り、アカシアの木にはアーティストの作品が何枚も掲げられている。 敷地内に掲げられる作品。「乾季」だからできる展示 作品を鑑賞していると、敷地内で活動しているメンバーたちに次々と声をかけられる。早速作品の説明を聞き、植物を絵に盛り込んでいたり、ここで取れる植物を使って紙を作っていたり、なかなかに活発に活動している。 作品 アトリエで少し話を聞き、道を挟んで向かい側にあるもう一つの敷地は、ほとんどを畑が占め、整然と野菜畑が広がっている。生徒たちと一緒に取り組んだものなのだそうだ。なかなかに厳しい地域ではあるが、人が手をかけると整然として美しいものになる。 畑の説明をしてくれるウェドラオゴ先生 すでに何度も収穫がされている様子が見てとれ、子どもたちの食事に使われている。 この施設、10年近くに渡りテロが頻発し、住んでいたところに住めなくなった子供たち(家族がいる子もいる)が収容されている。名前の通り、「アー...

【フィールドワーク2025ー2026】ブルキナファソ渡航を前に

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  今回の旅のお供 キイチロウが用意してくれた「サンタさんのおやつ」 卒論の審査が終わり、年内にやらねばならないことはとりあえず一段落(しているはず)。クリスマスの明け方、キイチロウのプレゼントを仕掛け、キイチロウが用意してくれた「サンタさんのおやつ」をやっつけて荷造りをしています。読みかけの本といただいたのに読めていない本、後は読まねばならない本6冊を選び、とりあえずひと段落。 今回は、分担者となっている 科研費(25H00456、代表者:伊達聖伸) 関連の調査です。行先はブルキナファソ。調査の準備はあまりよくできておらず、何をどこまでできるかは、到着までに詰めてやっていきたいところ。兎にも角にも、今回のミッションは、来年招聘予定のジョセフ・キ-ゼルボ大学のシリル・コネ先生と打ち合わせをすること、そして、自分の本来研究でお世話になっているアブドゥライ・ウェドラオゴ先生に会い、意見交換をすることは決めました。その他、インフォーマント何人かにアポイントを取っているものの、1年半ぶりということもあり、安否確認や近況報告でかなり時間がとられてしますことでしょう。さてさて、今回はどんな収穫があるでしょうか。 2019年ころからテロが激化し、ブルキナファソもずいぶん遠い国になってしまいました。ツーリストのビザがなくなったのもあり、気軽に旅行…などということもできず、研究者では、とうとう私一人になってしまいました。とにかく、ブルキナファソの研究を切らさないように、研究者との関係を続けていくように、という最低限のミッションのために行っているような気がします。 また少しずつですが、現地の様子などもアップしていきたいと思います。

【映画】『カンタ!・ティモール』2011(監督:広田奈津子)、第3回「アフリカ・アジア現代講座」

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 12月19日(金)に開催された本年の 第3回目「現代アフリカ・アジア講座」 が開催されました。 今回は『Canta!Timor』の上映会を行いました。 熾烈な独立戦争を経て独立を勝ち取った東ティモール。インドネシア、そして、それを支援する西側諸国の援助の中、残虐な弾圧を受け、独立後も簡単にその傷は癒えるわけもない。しかし、東ティモールの人びとは、穏やかな笑顔をたたえながら、過去の罪を許しているようにすら見える。 この作品、当初は「1990年代の東ティモールの独立」に焦点が当たったものだと思っていたのだが、不意にその批判の刃は我われ日本に生まれ育った者にも向けられる。東ティモールは第二次世界大戦でも、ティモール島沿岸の海底油田をめぐって日本とアメリカが激しく戦った海域であり、もちろん、東ティモールにも大日本帝国による蛮行が及んでいる。長い独立の歴史を経て、彼らが言うのは、「もう我われで最後にしよう」ということ。こうした「許し」は、この映画を撮った広田監督のおおらかな人柄も強く影響していただろうが、人が争うことの、もしかすると唯一の解決策なのかもしれない。 この作品や、おおらかな広田監督の語りを聞き、思い出したのは、ブルキナファソのイマームをはじめとするムスリムたちの「tolérance(寛容さ)こそがイスラームの精神」という言葉だ。「赦し」、「許し」…宗教的な意味にせよ、世俗的な意味にせよ、人間が欲深い動物だからこそ尊いのかもしれないと思った。

【フィールドワーク】セネガル料理教室開催

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  チェブ・ギナールの出来上がり! セネガル渡航の際にもお世話になった、Keur Seigne Toubaの料理人、アリさんと温めていた「セネガル料理教室」、20名の参加者を得て無事に終了しました。 今回の企画は、Keur Serigne Toubaを会場として、大学生を中心とした参加者を募りました。埼玉開催にも関わらず、京都精華大学の学生5名が参加。その他、研究仲間の若林チヒロさんのゼミ生、東大や東京外大などが中心となっている MPJ のメンバーなど、様々な大学から参加していただきました。 調理の前に、アイスブレイクとして、セネガルの基本的な情報についての講義を30分ほど、そして、ブルキナファソ研究仲間である神代ちひろさんのイニシアティブで自己紹介、グループ分けをして、いざ調理開始。 アリさんの他、ムスタファさん、デンマさんなどがお手伝いをしてくれて学生たちとワイワイと調理に取り組みました。 ムスタファさんに料理を習う参加者たち 調理が一段落すると、アリさんが「寒いから…」と言って、牛すじのスープを出してくれる。コショウ少な目のとてもやさしいスープに参加者一同、最初の舌鼓。当初は、ファタヤなどを考えていたが、アリさんのアドリブの作戦成功といったところ。 アリさん(中央)の写真が全然なかった… 調理再開後、14:00ころにようやくチェブ・ギナールが完成。 チェブ・ギナール 誰からともなく手で食べ始める学生たち。むしろセネガル人たちがスプーンを使っていて、「反対みたい」と笑いながら、悪戦苦闘、ボロボロとコメ粒をこぼしながら、思ったよりもたっぷり食べていて、ほとんどの皿には、鶏の骨の山が残されていく。 食べ終わると、ボチボチという雰囲気が漂い、セネガル人たちも後は我われが…となりますが、学生たちが自主的に片づけを買ってでて、みんなでお片付け。学生たちは最後までセネガルの人たちと交流しながら作業していました。手前味噌ですが、精華の学生が一番体を動かしていました(0泊2日なのに!)。父ちゃんは誇らしかったですヨ! 学生たちが率先してお片付け 美味しかったです 普段男性たちが厨房に入るこの施設は、元飲食店でありながら、よく見るとかなりまずいところが見つかった。ガス代の鍋置きが割れていたり、ダクトがドロドロ、排水溝もねっとり油が溜まってほとんど詰まっている。あまり施設の...

1001夜目を迎えるにあたり

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2010年7月に始めたこのブログが1000エントリーに到達しました。実に現在2025年11月なので、15年4カ月(304か月、36歳~51歳)の達成です。そんなに長いことやってるんですね。改めて計算してみて驚きました。年間、60エントリー強、月に直すと5本ほど、大体週1ペースということになります。細く長く、という感じでしょうか。途中1年以上更新しなかったり、一日に複数本エントリーしているので、かなりムラもありました。 元々は書き癖をつけるために、できるだけ毎日キーボードを打つため、ということを考えて始めたこのブログ(今でも自信はないですが、当時の日本語は悲劇的でした…)。とにかく何でもかんでも書いていましたが、文章を早く正確に書く、ということを考え始めてから次第に読まれていることを意識するようにし(グダグダにならないように)、いくつかのテーマについて継続的に書く、文体のパターンを作る、といういくつかのルールを課しているうちに、何か定型化されて来ているようにも思います。内容として読みやすくなってきているのか、定型化されてつまらなくなっているのか…このあたりは?ですが、論文や本を書いていないときでも、何かしらメモをする場としては、やっていてよかったと思います。 さて、この下は完全な自己陶酔の記録ですので、万一このブログに迷い込んでこられた方はこの辺で。 このブログを書き続けたこの15年、どんなことがあったのでしょうか。 1. キイチロウが生まれ、もう10歳になる 別の媒体に写真を写してしまったので、なんだか中途半端なところから始まっていますが、一番上が京都に引っ越してきたころ(2019年-2020年)のキイチロウ。一番下が最新(2025年10月)。多分この頃の倍くらいの体重になっています。昨日、久しぶりに抱っこしてみたら、いろんなものが溢れていました。今度の2月で10歳。ハーフ成人を迎えます。基本的にひょうきんでニコニコ。最近ちょっとわがままになった気がするけど、大人の感情の襞を敏感に感じる繊細な感性も持っていたり。【アフリカ子ども学と子育て】というシリーズでキイチロウの成長をメモしていますが、改めて見直してみると、赤ん坊から子どもへ、そして、少年へとすくすくと育っているのがよくわかります。 2020年春 2022年ころ 2023年ころ まだパッツン前髪 2024年赤の...