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日本アフリカ学会 第63回学術大会@名古屋大学

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  今年も日本アフリカ学会の学術大会で発表してきました。 これまで、できるだけ調査した新しい資料を提供しようと、いろんなテーマで発表してきましたが、今回は前回のブルキナファソのライシテ研究との連続性を考え、中間集団としてのイスラーム系の「信仰NGO」についての発表をしました。発表要旨は以下の通りです。 「イスラーム系「信仰NGO」による国内避難民支援:ワガドゥグ第9区の事例より」 まあ、発表など、アブストラクトの通りにはいかないもので、データを整理したり、新しい文献を読んだりしてしまうと、未来予想図からはずいぶんとずれが出てしまう。今回の場合、「信仰NGO」という概念自体が問題となった。先行研究にも、特に疑うことなく、「組織」としてのNGOが描かれているが、実際に制度に則ったNGOなどほとんどない。実際に調査してみると、より緩やかな町内の互助会のような、そんなイメージ。NGOにカッコを付けて逃げ場を作っておいて正解で、この枠組みをどうするか、ということは今後の課題とした。 しかし、全体的には、ちょいと酷い発表過ぎた。調査でもう少しまとまった資料が集まるかと思っていたら、思いのほか不調(そもそも2週間という短期ではアポイントをとるところまでが精一杯…)で、データが薄すぎる。そして、発表当日にいまさら気が付いたのだけど、宗教社会学を注視しすぎた挙句、難民研究がノーマークという失態…ゼミがあったら指摘してもらえたのに…という泣き言ばかりが頭をよぎる。 とりあえず発表まではこぎつけたものの、反省ばかりの今回の発表。来年はおそらくオープンキャンパスが重なって参加叶わないのだけど、どこかの機会にしっかりリベンジしていきたい。

【フィールドワーク2026③】ーブルキナファソ②ラマダンにあたり

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全然ムスリム感がないですが…イマームはバッドマン  2月19日から始まった今年のラマダン。3月21日に無事にイード・アル=フィットルを迎えました。 今回の調査、ラマダンのど真ん中に行われました。もちろん、そのことは理解していて、食事の調整やら、色々シュミレーションして、ホテルもキッチン付きの部屋にしておいたり、日本から少し多めに食べ物を持って行ったりしました(イマームのところで食事ができないのが残念…)。 上の写真の青い箱は角砂糖なのですが、ラマダンの際に皆さんに配るのが習わしとか。ずいぶん前にラマダンをやった時には、デーツをたくさん買ってモスクに持って行ってイフタールに配ってくれた記憶があるのですが、角砂糖というパターンもあるんですね。 ラマダンの最中の調査は注意が必要。まず、ズフル(午後最初の礼拝)の後は、モスクで過ごすことが多く、ほぼ調査にならない。つまり、調査はいつも以上に午前中に設定する。かと言って、夜通しの礼拝があることもあるので、午前中もあまり重い調査はできない。そもそも、断食中は皆さんしんどいので、あまり大がかりで時間のかかる調査は避けておく。そして、午後は、「世俗的」なインフォーマントもしくは「クリスチャン」系のインフォーマントへの聞き取りを設定すると、比較的ストレスなく調査が進行する。 まあ、皆さん慣れているとはいいますが、やっぱりしんどいですよね。今年は昨年よりましとはいいつつ、2月末~3月終盤という、この地方で最も暑くなるちょい前で、連日の40度越え。ちょっとノートを取っていたら、皆さん、こんな感じ。 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

【フィールドワーク2025‐2026】ブルキナファソに到着:初動~Association pour la Promotion des Arts訪問

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Association pour la Promotion des Arts 調査3日目。ここまで大体予定通りにスケジュールはこなせており、とりあえず挨拶は大体終わり。あと1人、今回の調査の最大のミッションである、UJKZ(ジョセフ・キ-ゼルボ大学)のシリル・コネ先生との面会を明日に控えているが、後は昨日、今日で仕込んだ流れで進める。そして、すでにデータになりそうな話題もちらほらと、期待以上のデータがついてきている。教科書通りに言えば、ラポールが出来上がっている相手に会い続けているので、挨拶を済ませると、スムーズに話が進む。それぞれの新たな動きから、聞き取りの項目も調整し、初動の期間が終わる。 今回は久しぶりにUJKZの社会学者、アブドゥライ・ウェドラオゴ先生とも面会。例年、この時期はお連れ合いのいるスイスで過ごされることが多いが、今年はお連れ合いさんがブルキナで過ごす、とのことで、こちらでゆっくりされており、ずいぶん話し込んだ(深い話になるほどにフランス語の拙さが…)。 ともあれ、ぜひお連れしたいと言われていた、ウェドラオゴ先生が始めたAPA(Association pour la Promotion des Arts)を訪問した。2020年に先生ご自身が購入した敷地は、ディゲットを活用してブッシュ(この地域的には原生林)となり、中心には一本の道がアトリエに向かって通り、アカシアの木にはアーティストの作品が何枚も掲げられている。 敷地内に掲げられる作品。「乾季」だからできる展示 作品を鑑賞していると、敷地内で活動しているメンバーたちに次々と声をかけられる。早速作品の説明を聞き、植物を絵に盛り込んでいたり、ここで取れる植物を使って紙を作っていたり、なかなかに活発に活動している。 作品 アトリエで少し話を聞き、道を挟んで向かい側にあるもう一つの敷地は、ほとんどを畑が占め、整然と野菜畑が広がっている。生徒たちと一緒に取り組んだものなのだそうだ。なかなかに厳しい地域ではあるが、人が手をかけると整然として美しいものになる。 畑の説明をしてくれるウェドラオゴ先生 すでに何度も収穫がされている様子が見てとれ、子どもたちの食事に使われている。 この施設、10年近くに渡りテロが頻発し、住んでいたところに住めなくなった子供たち(家族がいる子もいる)が収容されている。名前の通り、「アー...

【イベント】シンポジウム「西アフリカにおける宗教性と「政治」・「社会」ー「ライシテ」概念の運用をめぐって」

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2021年から始まった科研費「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(21H00651)も最終年度を迎え、いよいよ成果報告の時期となりました。始まった当初はコロナ後半。まだまだ海外調査に行きにくい時期でした。しかし、当時の海外渡航におおらかだった本学の仕組みのお陰で何度か海外調査に行くことができ、何とか最終年度を迎えました。 昨年度のアフリカ学会では、「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」と題した フォーラム を組み、プロジェクトの全体的な途中経過を公開しました。また、今年度の文化人類学会では、「 西アフリカのライシテの文化人類学的研究試論 」としてライシテの文化人類学的なアプローチの可能性を議論しました。 このプログラムの最後の締めくくりを、統一テーマとして「西アフリカの宗教性と「政治」・「社会」-ライシテ概念の運用をめぐって」として議論を深めたいと思っています。ここで、「ライシテ」という言葉を副題に落としたことがポイントで、フランス語的なライシテ、というのは、もはや西アフリカで語っても仕方ないのではないか、という結論です。むしろ、宗教(イスラーム)的な事象が正統に評価を受けるための、一つの免罪符的な役割しかしておらず、運用されるものなのではないか、ということを説いたいと思います。私自身は、「西アフリカの人びとの日常から「ライシテ」概念を再考する」という中でこのことをお話しできれば、と思っています。  

【科研費関連調査】ブルキナファソ20240809-0820④:北部からの避難民たち

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頂いたドキュメント トピックが散漫ですが、フレッシュなうちにブルキナファソ、セネガルに関して記録していこうと思います。 すでに1月半も経ちますが、ブルキナファソ調査のことをもう少し。 Sawadogo Hamidouさんのことは、これまでもしばしば書いてきましたが、ここしばらく、ずっとイスラーム系のNGOについて、彼の友人のことで尋ねてきました。なかなか出口がなかったのですが、今回、ようやく糸口が見えてきました。 これまで、こんな尋ね方をしてきました。 「××みたいなアソシアシオンがありますよね?あそこはキリスト教系のNGOで、教会が活動をバックアップしていますよね?そういう団体、イスラームでもないでしょうか?」 どうもずっとピンと来ていなかったようで、なかなか、こちらが納得いく答えをいただけないままとなっていました。もう一人、ここ2,3年よく合うようになった、Nanaさん。彼もフランコ・アラブを経営している方ですが、彼からは「NGO」というのが、「(イスラームの)協会」として捉えれば、7つほどそうした団体がある、という説明を受けていました。 今回の調査では、その中のいずれか一つでも訪問できれば、と思っていました。お二人には、事前にその旨を伝え、Hamidouさんから、「ブルキナファソ・イスラーム協会」のワガドゥグ第9区支部(Hamidouさんのお住まいの地域)なら、という申し出をいただいていました。ただ、非常に多忙な方なので、早朝に行きましょう、ということで、朝7時に待ち合わせ、8時には支部長のお宅の隣のモスクを訪れました。 迎えてくれたのは、Ouedraogo氏ら数名。穏やかな笑みで迎えられ、静かにそれぞれが自己紹介をし、9区のこと、Hamidouさんとの関係などをお話しいただきました。アフリカのムスリムたちは、その立場が上がるほどに慎ましやかで抑制が効いている。放っておくと、私のことばかり話を聞かれるので、その場の雰囲気をよく見て、ポイントを逃さないようにせねばなりません。今回は、9区での活動を聞きたかったので、Hamidouさんの活動への強い賛意を示し、ムスリムへのシンパシーを目一杯お話ししました。 そこで聞けたのは、9区支部が避難民のリストを作っており、かなり詳しく人数を把握していたこと、避難民の居住地域についてでした。この地域、ワガドゥグの北辺に位置し、...

【科研費関連調査】ブルキナファソ20240809-0820③:食文化の調査 Riz au Soumbara

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再会した「A店」のスンバラ飯 今回は必ず訪れる!調査の計画を立てているときから心に決めていました。 以前、よく行っていたスンバラ飯の店、拙著で「A店」としていた朝しか営業していないスンバラ飯屋が違う場所に移転したことは、アブドゥルから聞いて知っていました。しかし、朝早くに重たいスンバラ飯、というのはアブドゥルが微妙に嫌がるので、「仕事で行くのだ!」ということを伝え、当日を迎えます。 この日は日曜日、しかも到着2日目ということもあり、予定を立てるのが非常に難しく、きっと、この方はお休みだろう、と見越して公邸料理人の佐藤さんにお声がけ。なんと朝食からお付き合いいただけるようになったうえ、マーケット調査にもご同行いただけるとか。日曜日の予定をどうしようかと考えていただけに、とても充実した日曜日になりそう… そして当日。アブドゥルに大方の場所を特定してもらい、佐藤さんとも合流していざお店へ。以前はグンゲンという街の中心地区にありましたが、新たな店はピシという、グンゲンの外縁に位置する地域でした。 あの店、「クレア姉さんのところ」という名前だったんですね。A店改めです。 到着したのが8時半ころで、お客さんはすでにまばら。早速1000Fcfa(250円くらい)分をビビりながら注文。というのが、この店、以前は代金と量のつり合いが取れずに、大体盛り付けを見て気が遠くなるほど盛られるのです。3人でこんな感じ↓。相変わらずなかなかです。 久しぶり、ということもあり、妙に高揚していたため、こちらは3人でペロリ。佐藤さんにも絶賛いただき、この日の第一弾のイベント終了となりました。2年ほど前にもぬけの殻になった店を見て、店がなくなってしまったのではないかと心配していたのですが、生存確認ができてまずはよかったです。 まだまだ続く。  

【科研費関連調査】ブルキナファソ20240809-19②:「父と息子」

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レストランに貼られていたポスター 「父と息子 人民の偉大なる勝利」 多くの方が西側諸国から距離を取る現在のサヘル三国の行く末を案じているように思いますが、おそらくこの地域が進む方向性は大きく変化しつつあると思います。私はこれまで、様々な場面で、ブルキナファソやサヘル三国のフランス(西側)離れを評価してきました。 確かに、国際政治という大きな流れから見れば、これまでも、また、この先の一定期間は覇権を維持するであろう、西側から離れてしまうことは、この国の抱える貧困問題を考えると、どこか後退してしまう要因になるかもしれません。しかし、「政治」という上部構造の示す大きな力は、この地域の特に都市民の間では、思いのほか民意と強く連動する仕組みになっているように思います。これは、私が話をするようなその辺のおっさんの言うことが、実に的を得ていたり、その通りになったりする経験から私が感じていることです、そして、そうした、 市井の人びとの話を聞いていると、 このまま親仏的な政治を続けていくことで、政治が上滑りすることは、大きな間違いでないとも思っているので、余りに根深く強いフランスへの恨みを感じている私にとっては、やはり現在の軍事政権も、そうしたこの地域独特の「民主主義」の結果ではないかとも思っています。 以前、写真を出した交差点に掲げられるサヘル三国とロシアの旗、その横にある現大統領の写真は、トラオレという、クーデタで政権を奪取した30代の大統領の必死のプロパガンダに見えます。ニュースに出てこないことが多いですが、こちらの人びとの話を聞いていると、非常に強硬です。首尾一貫してテロリストに抗する姿、テロ、そしてこの地域の貧困の元凶であったフランスに明確にNOを突き付けた姿は、サンカラに模して受け入れられています。何人からか話が聞けたのは、トラオレ大統領就任後、 実効支配地域は 10%(60%→70%)上昇したことだったり、難民化した人びとが出身村に帰ることができるかもしれないという、肌感のあるテロからの解放の兆しでした。こうした、「強さ」や大統領の若さ、そして、フランスに対して真っ向から対抗していく姿は、当初から「サンカラ2世」の呼び声高く、圧倒的な支持を得る大きな要因の一つとなっていたことは間違いありません。今回は、明確なイメージ戦略(写真)も展開されていたのが印象的でした。 今回の...

【科研費関連調査】ブルキナファソ20240809-19:① 今年のアフリカ渡航

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第2クオーターが終わりました。昨年に続き、オープンキャンパスから卒論の中間発表会、そして採点をしながらの原稿執筆、そのうえでのアフリカ渡航準備、というスクランブルな感じでの数週間。かなりの疲労感を感じながらも、アフリカ渡航はやはり楽しみ。 今回は8月9日~19日(11日)をブルキナファソでの調査、20日~9月3日(15日)をセネガルでの学生引率の予定。ブルキナファソの調査は博士論文提出前最後の調査であり、科研費申請の打ち合わせがあり、なかなか緊張感のあるもの。ただ、後半の学生引率で神経をすり減らすことを考えると、どこかで1日くらいゆっくりする日をつくらねば、とも思っています。 ともあれ、今回は何事もなく到着したので、軽い気持ちで調査のことをつづっていきたいと思います。 ****** (FBの投稿(20240809)をすこし改稿) ***** エチオピアエアー、機内食シリーズ。成田ーアジスアベバは名物のキムチ(インチョン経由だから?)かついているスタイルは変わらず。アジスアベバの先では、ライスがバスマティになっていたのが高ポイント。 とりあえず到着してお金を替え、シムカードを買った。これから少し予定を確認して、待望のワガメシです。 成田ーアジスアベバ便では時期的に誰かいるだろう、と思ってたら、やっぱり。研究関係者お二人とブルキナで知り合った国連勤務のご家族。アジスはアフリカ関係者のハブになりつつありますね。 引き続き、こちらもFBに投稿したものを少し改変して再掲します。 *****(FB20240811を少し改変)***** 調査初日。 恒例となっているイマームの事務所に「お詣り」。もう10年ほど調査の初日はイマームの元を訪れていますが、村に入るときに村長さんに最初に挨拶に行かねばならないように、このコミュニティに入るときには必ず通らねばならないのだと、勝手に思っています。いつものように、たっぷりと歓迎していただき、寿がれ、ありがたい限り。 今日は、イマームが買い物に出ていて、少し遅れるとのことで、待っている間、お昼ご飯をつくっていたスタッフの調理を眺めていました。この日は「テゲテゲ(ピーナッツソース全般)」。おそらく朝どれのほうれん草(?「エピナ」とは呼ばれていますが)やタマネギ、トマトなど野菜をたっぷり使い、そして、きっとわざわざ買ってきてくれていた鶏を一羽贅沢に...

【研究成果】日本文化人類学会 第58回研究大会@北海道大学

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文化人類学会 第58回研究大会 本年2度目の北海道に来ています。今回は北海道大学で開催される日本文化人類学会第58回研究大会に参加します。一応、自分の専門を文化人類学と名乗って入るのですが、なんと学会に参加するのは6年ぶり。現職についてから、オープンキャンパスやらで悉く参加が叶いませんでした。 事務局から事前に北海道がハイシーズンのためホテルが取りにくいという情報があったので、査読通過を確認する前にホテルと飛行機のチケットだけはゲット。いずれにしても前乗りはしなければならず、金曜の午後に移動して札幌にインしました。相変わらず体調がすぐれないのですが、金曜日の夜は、卒業して新千歳に就職した元ゼミ生と合流。就職一年目の愚痴を聞きながら北海道のおいしいものをつまむ。よい夜でした。 一応、準備は少しずつしていましたが、本格的に資料作成を始めたのはここ数日のこと。もう少し詰めるのに時間がかかりそうなので、朝から作業にかかっている。 プログラム、要旨とも、上のURLからご覧いただけますので、ご笑覧ください。  

オンライン合評会 伊達聖伸・見原礼子(編)『イスラームの定着と葛藤』(6月21日)

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6月21日にオンライン合評会『イスラームの定着と葛藤』のコメンテーターを務めます。 伊達さんは言わずと知れた日本を代表する宗教学者(ちなみに同い年)で、何度か私の研究会にもお呼びしたり、セネガルでご一緒したり、見原さんとは別の比較教育学系の科研費でもご一緒させていただくなど、ご縁のあるお二人からお声がけをいただきました。 この本は「ライシテ」科研の成果物で、私が代表を務める「西アフリカのライシテ」科研が強く影響を受けている科研プロジェクトです。この機会を通し、改めて勉強させていただこうと思っています。この本の出来上がりと共にご恵贈いただき、ゆっくり読み進めていましたが、大急ぎで読まねば… もしよろしければ、ご参加ください。 

ブルキナファソのイスラーム過激派による不安定化-① はじめに:現状

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  「令和4年防衛白書」(https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2022/html/n131010000.html) 去る2月20日に所属するアフリカ・アジア現代文化研究センターで 「 西アフリカ諸国で何が起こっているのかーセネガル、マリ、ギニア、ブルキナファソとニジェールの政治危機を考える 」という緊急シンポを行いました。もちろん、何年も続くこの地域の混乱は基礎知識として知っていますし、肌感覚として理解しているつもりです。ただ、若干もやもやと分からないことがあったり、そもそもどんな問題だったのか、ということが分からなくなる瞬間があります。 私の個人的な肌感覚からいうと、2018年ころから顕著に雰囲気が悪くなり、2019年1月に本格的に身の危険を感じることがあり、ちょっとまずいかな、と思ったことがありました。当時までの様子、一度この ブログでもまとめて いますが、なぜこの時期かというと、協力隊が退避となり、クーデタが散発し、フランスが追い出されと、いくつものイベントが重なり、現在の状況になったのが大体それくらいだからです。その一方、この5年、ワガドゥグの街には、なぜか高級ホテルが林立し、ビザはE-VISAとなり、入国を歓迎している様子もうかがえます。なぜかホテルには意外に人が入っていて、なんだかな…という感じです。VISAに関しては、簡便化に反して「観光ビザ」がなくなり、入国者を選別しているような様子もうかがえます。 ここのところで言えば、2023年9月、2024年3月と何とかブルキナファソに調査に行くことができましたが、一方でいつものワガドゥグはそこにあったものの、外国人を見ることはほとんどありませんでした。マリやニジェールは一気に状況が悪化したように思いますが、ブルキナファソはジワジワとこうした状況になっていったような印象を受けています。 いったい、この混乱がどのように始まり、現在、どのような状況にあるのか、一度まとめておこうと思いました。西アフリカ情勢、かなり複雑ですし、おそらく時々新聞に載る記事からだけでは何のことやら分からないのではないと思うので、その一助になればよいと思っています。もちろん、私自身の西アフリカ情勢理解のため、ということも大きな目的です。 資料について少し述べておきます。政治イベントがある...

チルメンガを思う

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「緑のサヘル」から送っていただいた近影  3月のある日、長年かかわっている「 緑のサヘル 」から会報を受け取った。緑のサヘルの会報のトップページには、コラムが載っているのだが、そこには見慣れた名前が。 「ジュリアン・サワドゴ」。僕は彼を本名で呼んだことはない。懇意にしていた故Roch Nazaire SAWADOGOさん(ローカルNGO、AJPEE代表) に、 この地域の農業に精通している方 として、紹介を受けた。二人は小学校の同級生で、R.Sawadogoさんは、ニヤニヤしながらジュリアン・サワドゴさんを「チルメンガ(薬草師)」と呼び、あいつに聞け、と言い、会いに行く前に僕が尋ねていくことを話してくれていた。 彼の元を訪れると、10年の知己のようなに親しみを持って迎えられ、農業のことを話し出すと、畑を見せてくれて、あれこれと説明してくれる。苦手なフランス語も僕のために覚えてくれて、僕のモレよりもずいぶん早く上達した。生来の酒好きで、チルメンガのところを訪れるようになると、初日は予定を控えめにして、 朝からチャパロの歓待を受けた 。 ブルキナファソ中北部 彼等はこのブログでも何度か書いた「バム県」に住んでいる。残念ながら、R.サワドゴ氏は数年前に若くして亡くなられてしまったが、コングシでの調査の際には、二人のサワドゴさんを中心に動いていたように思う。拙著(2019)にも、このことは若干の紙幅を割いて記述している。毎回、ほんの少しでもコングシを訪れ、彼らの顔を見て一時を過ごすのがブルキナファソで最も好きな時間だった。しかし、北部のテロが益々激化した2021年を最後に、この地域には足を踏み入れられていない。最後の訪問はR.サワドゴさんの弔問で、チルメンガには一目会った程度。時折、思い出しては「元気かな…」と思いをはせていたが、緑のサヘルの記事に彼の名前を見つけ、彼の健在を喜ぶとともに、難民キャンプで暮らしていることに大きなショックを受けている。 何度か書いているように、この地域の情勢は情報が少なく、どのような状況なのか、どんな見通しが立っているのかを把握することが極めて難しい。特に、バム県やその北のジボDjoboのあたりはテロの多いところで、政府による統治が出来ていないと言われていた地域。「便りがないのは無事の証拠」であればよいのだが、そんなに楽観的な状況でもな...

科学研究費「西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B/21H00651)② 学会報告(2023年度)

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  2023年5月に千葉で行われた日本アフリカ学会第60回学術大会で本科研研究の進捗を発表しました。昨年の学会では、科研費の中間発表を行いました。「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」と題し、科研費のメンバーの 和崎春日先生 、 ウスビ・サコ先生 、 伊東未来先生 、 阿毛香絵先生 と私の5名でフォーラムを組みました。 【本フォーラムの趣旨】   本フォーラムでは、科研費「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(21H00651/代表者:清水貴夫)の途中経過を提示し、本課題の妥当性や方向性、新たな視点を募り、本研究の進捗を発展的に検証することを目的とする。この研究課題の対象となる西アフリカは、ここ10 年ほどの間に多発したイスラーム過激派のものとされるテロ、社会保障を補完する信仰NGO、私学として国家が正式に認可する初等中等教育と言った、公共空間における宗教組織の存在が前景化し、その影響は到底無視できるものではなくなった。 これらは、政治―宗教、公共空間―宗教、宗教-社会福祉と言った、様々な関係性の中に重層的に観察できる問題群であり、これらを束ねる概念として「ライシテ」に着目し、こうした関係をどのように捉えるべきか、という点に着目した本研究の問題意識である。さらに突き詰めれば、西アフリカにおいて考えられるラ イシテの概念は、必ずしもフランス的なライシテ概念には収まらないということであり、 西アフリカ的な宗教と公共空間、政治の関係性を、公共空間―宗教性―日常―政治の連続性にあるという点にある。 本フォーラムでは、いわば「西アフリカ的なライシテ」を検討することの可能性と課題を提示し、フロアと議論したい。ライシテ概念とは、共和政体としてのフランス近代国家の成立を裏付けた、宗教性から自律した世俗性を定めた近代国家の成立条件である。旧フランス領アフリカは、1960 年 前後の独立に際し、その憲法に、フランスに倣いライシテの原則を書き込んだ。しかし、ライシテが生まれたフランスでもその綻びはさらに顕在化し、宗教と世俗社会の間のアプリオリとなっている。いわんや、外来の概念として「上から」課せられた西アフリカにおけるライシテは、この地域の社会形成の上で上滑りしてきており、こうした現象は、様々な政治・社会問題において散見される。その都度...

【ブルキナファソ調査】国旗の意味するもの

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  【3月27日一部修正・追加】 2024年2月27日~3月4日までブルキナファソに滞在しました。前の投稿でビザのことを書きましたが、観光ビザの発給停止がどのようなことを意味しているのか、もしかすると、政治的な意味も含まれているのではないかと勘繰っています。 ワガドゥグの一部の店舗には国旗が据えられていることがあります。多くがブルキナファソの国旗なのですが、アメリカファッションの洋服屋には星条旗、フランスのトリコロールがかかっているところもしばしばみることがありました。 こうした国旗事情、2023年9月の前回滞在の時に大きな変化に気が付きました。星条旗やトリコロールが掲げられていた店の国旗の多くが、ロシア国旗に代わっていました。昨年時点では、「トリコロールを90度回転させたらロシア国旗になるだろ?」という冗談が通じたのですが、今回、一切のトリコロールが姿を消しました。NHKの報道でも、このことは言われています(関連記事にURLあります)。そして、ほとんどの交差点(ラウンドバウト)の中心には、マリ、ニジェール、ロシア、時に北朝鮮の国旗がはためいていました。 友人によれば、こうした交差点では、夕方になると若者たちがお茶を飲んでいるとか。確かに、炭の後やらお茶の箱やらがちらほらと見える。こんなところで何をしているのだろう…もしかしたら、新たな友好国の国旗に囲まれながら熱く政治を語っているのでしょうか。 街中からなくなったフランス、新たに増えるロシア、この流れは政治的なものだけでなく、私が調査をする人たちからもよく聞こえてきたものを象徴しているように思います。歴史的なフランスの所業、独立後も続いた支配への恨みや怒りは、普段穏やかな民衆の生活の中でもしばしば見え隠れするものでした。 現地滞在中に調査協力者はこんな話をしていました。昨年、クーデタ直後より、エールフランスの就航が取りやめとなりました。この解釈について、調査協力者は、事態が落ち着き、エールフランスから再開の「通達」があると、ブルキナファソ側からフランスの非礼を理由にそれを拒否(勝手に出ていって自分の都合で戻って来る。フランスのそういう態度が我われをいらだたせる、ということらしい)。よって現政権の方針を指示すると。 ただ、ここで注意しておかねばならないのが、交差点に掲げられている国旗に交じり、現トラオレ大統領...

科学研究費「西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B/21H00651)

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  (トゥーバのグランモスク) 2021年度より「 西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究 」というテーマで科研費の研究助成をいただけることになりました。 科研のウェブサイトにも出ていますが、この研究の概要を次に示しておきたいと思います。 19世紀にフランスで確認された政治における宗教の不介在(ライシテ)は、現代社会では当然のものと認識されるが、ライシテ発祥のフランスにおいてすら、この原則から逸脱する事例が数多くある。旧フランス植民地の現仏語圏アフリカでもライシテはそれぞれの憲法に謳われているものの、社会救済性を是とするイスラームは、本来行政が担うべき、教育や社会福祉などの領域を肩代わりしている。ムスリムたちの日常実践の束は、近代化した宗教学校や、信仰NGOなどと呼ばれるムスリムによる中間集団を形成している。本研究では、これらをアフリカ的なライシテ-宗教性の連続体として分析し、現代社会の個人と宗教の在り方を考察する。 先日アップした学会報告の指摘でもあったように、まだ語句の不安定さや、問題の焦点化が甘いですが、すでに3年目に差し掛かり、そろそろこの研究課題なりの「答え」を出すことを考え始めねばなりません。 コロナ禍により、最初の1年間は現地調査ができませんでしたが、昨年から少しずつメンバーの海外調査も進められるようになってきました。そろそろ調査結果を集積し、成果を考え始めねばならない時期になりました。 また少しずつこちらで研究進捗などを報告したいと思います。

【学会発表】フォーラム:西アフリカのライシテ研究の可能性と課題(科研費(21H00651)研究成果)

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  また過去記事になりますが、2023年5月13日、14日にコロナ禍後はじめての対面でのアフリカ学会が幕張で開催されました。懇親会こそなかったですが、久しぶりに多くの方のお顔が見られ、また、この間の研究発表に接することができたのは僥倖でした。 さて、今回は、「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」というタイトルでフォーラム(集団発表)を組みました。メンバーは、私が代表者を務める科研費(「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B))の分担者の和崎春日先生(京都精華大学)、ウスビサコ先生(京都精華大学)、伊東未来先生(西南学院大学)、阿毛香絵先生(京都大学)と私の計5名。私たちの研究視座をアフリカ研究者はどのように見るのか、という点を確認し、次の議論につなげていくことを企図しました。 おそらく100人ほどのオーディエンスに恵まれ、お歴々からいくつかの大変重要な指摘をいただく。二つ紹介しておけば、ライシテの発話者とは誰なのか?(市民とはだれか、という問いを私なりに解釈)、もう一つは、ライシテと言うタームを使う意味とはなにか?ということ。その後、メンバーと改めてシェアし、この後の研究の展開を検討することにしました。 学会発表のアブストラクトは こちら(研究発表要旨集) からどうぞ。 そういえば、この科研費についての記事を挙げていませんでしたので、この次に科研費についての記事を挙げたいと思います。