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西アフリカのワックスプリント「パーニュ」を使用したスカートお仕立てショー:アフリカのファッションを体感する(「現代アフリカ・アジア講座2025」 第5回)

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少し時間が空いてしまいましたが、イベントのお知らせです。 今年度の「現代アフリカ・アジア講座2025」の最終回(第5回)のお知らせです。ここのところ映画上映が続きましたが、今回は実演を交えたトークショーです。席数が少ないので、お申込みいただけると助かります。 ******** 日時:2026年2月20日(金)19:00~21:00(18:30開場) 会場:FebCafe Kyoto(〒600-8119 京都府京都市下京区本塩竈町554) https://fabcafe.com/jp/kyoto/access/ 登壇者:中須俊治(AFRIKA DOGS、京都精華大学センター研究員)、カブレッサ・デアバロ(トーゴ人仕立屋)、清水貴夫(京都精華大学) 講座概要:人間の生活の基礎をなす「衣・食・住」。「食」や「住」と同様に「衣」の世界も、その地域の環境と重層的な歴史、そして、社会的な規範など複雑な要素により作り上げられています。今回の講座では、西アフリカの人びとに広く取り入れられる「パーニュ」と呼ばれるアフリカンプリントを中心に紹介します。今回は日本でアフリカ布の輸入販売を手掛ける中須俊治さん(アフリカドッグス、本学センター研究員)に、西アフリカのファッション事情やトーゴの服飾文化について解説していただきます。そして、アフリカの服飾の多くは、オーダーメイドです。仕立てを抜きにしては語れないアフリカの服飾文化。今回は、日本で活躍するトーゴ人の仕立て職人のカブレッサ・デアバロさんをお招きして、実際の仕立ての技も披露します。 お申込み:https://caaccs.kyoto-seika.ac.jp/2026/02/20/talk5/ 問い合わせ:京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター  caaccs@kyoto-seika.ca.jp 主催:京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター 共催:日本アフリカ学会関西支部  

【フィールドワーク】A New Yam Festival @ 横浜

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第6回「ヤム芋祭り」次第 家族とのお城廻の旅を終え、私は早々に福岡を離れ、向かった先は横浜。8月10日に横浜で開催される「ヤム芋祭り」に参加のためでした。今回は、在日アフリカ人研究の先輩の 松本尚之さん にお誘いいただきました。 日本で行われる大きな「ヤム芋祭り」は今年で6回目だそう。日本ではまだまだ馴染みはないですが、ナイジェリア(特にイボ)ではそこここで行われているようです。お祭りとしては「収穫祭」的なもので、日本では「米」の収穫を祝うことを考えると、「ヤム芋」がイボの人びとの「食」の象徴だということが分かります。実際にナイジェリアでどのように祭りが行われているのかは、これから勉強する課題として、参加したヤム芋祭りについてメモしておきたいと思います。  開催されたのは、「神奈川労働プラザ」の大ホール。小物政治家の何とかパーティでも使えるくらいの大きさのかなり大きなスペースを貸し切り、横断幕なども用意され、そこら辺のパーティどころではありません。かなり本気度の高い設定に少し気圧されつつ、いざ開始。パーティはMCの発声、自己紹介から始まるのですが、合間合間に仮面のダンスが入り込む。私が馴染んできたアフリカとは、大きく異なり、院生の頃に指導教官から聞かされただけの世界が展開してきます。 そして、どこの世界も大物は遅れてくるもので、宴が始まりしばらくすると少しずつ舞台前の貴賓席に人が埋まっていく(怪しい人ばっかりだ…)。 そして、宴もたけなわになるころ、「ヤム芋祭り」のメインイベント。ヤム芋のカットです。貴賓の皆さんの輪に松本さんの伝手ということでご一緒させていただき、最初のカットをさせていただきました。 メインイベントの「ヤム芋カット」 合間合間に出てくる仮面 次第に宴が深まっていきますが、食事も次から次へと運び込まれます。 まずは、前菜のピザ(!)。最初から空腹では帰さない気満々です。 「前菜」のピザ 前菜のピザの後はコラナッツとデーツが配られ、これがアフリカのイベントだということを思い出させます。 コラが配られる そしてメインの「ジョロフライス」!。お弁当形式ですが、コメの量は軽く一合はあります。肉もでかい… ナイジェリア料理店によるジョロフライスの弁当 内容はこんな感じ。 そして、弁当と前後してヤム芋のラグー(?)。ヤム芋祭りなんだから、こっちメインがよ...

【日本のアフリカレストラン】⑦ アール エム アシリ カフェ アンド ダイニング@中書島(タンザニア料理)

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  「串かつ」もそそるが… ティンガティンガの看板。なかなかかわゆい。 先日、学会の資料を作りながら日本に住むアフリカ出身者の都道府県別のデータをみていたのですが、なんと、京都府はアフリカ出身者が非常に少ない。近くにウスビ・サコさんやら、関係のアフリカ出身者が多かったし、それはとても意外な数字でした。何なら、京都在住のセネガル人はゼロ、とか。 これと関わるのか明確に説明はできませんが、アフリカ研究の中心でもある京都において、実はアフリカ料理店は今回訪れた アール エム アシリ カフェ アンド ダイニング 一軒のみという、寂しい状況。以前、ある知人とご一緒させていただいて訪問を試みましたが、「予約なし」のため、店は閉まっており、残念ながら見送りとなりました。今回は、アフリカ研究仲間二人から誘っていただき、ようやく現実のものとなりました。 店内は、元々居酒屋かなんかだった店を居抜きで使っていることがよくわかるつくりだけど、なかなかきれいにされています。きいと先にお店に入っていると、友人たちがそぞろに入店する。メニューは以下の通り。アフリカ料理屋としては、標準ないし若干安め。ウガリやチャパティ、サンブーサなどなど、わくわくする名前が並ぶ。 メニュー まずは軽食から、ということで、サンブーサとマンダジを先にいただくことにする。サンブーサはサモサと言ったほうが通りがよいでしょうか。マンダジもサンブーサもインド起源、想像するに苦力(クーリー)たちが東アフリカに持ち込んだものだと思うのですが、すっかり現地化し、私がケニヤやタンザニアを訪れた際には、自国料理と言い張る人もいたほど。 サンブーサ(サモサ) マンダジ とりあえず、スナックをいただいた(私は昼ビール)後、メインの2品。ピラウとウガリをそれぞれ2人前ずつ、みんなでつつくことに。ウガリは1996年の初アフリカ以降も何度か食べていて、何が美味しいか、ということは十分に理解しているものの、ピラウは…ピラフ?ビリヤニ?の類似品くらいの認識。同行したきいも問題なく食べていたけど、帰り際に「あれ、カレーピラフ?」と言ってはいけないことを…これはレストランの問題というよりも、ピラウという料理そのものの問題なので、ここのお店は全く問題ない。しかも、きいが気が付いたのは、コメが違うこと。たしかに長粒米を使っていて、この店のこだわりの...

【日本のアフリカン・レストラン】③「Seven star international」@草加(ガーナ料理)

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入口写真 埼玉県草加市。この街にアフリカ料理店が5店舗ほどあると言われている。少し前に「ぐるなび」で「アフリカ料理」と検索してGoogle Mapに落とし込んでみたことがあるのだが、都内のよく知られたレストランを除けば、かなりの部分が埼玉県に存在している。ちなみに、関西には非常に少なく、京都に至っては、伏見区に一軒、タンザニア料理店がある程度。とにかく、アクセスしにくい。 今回は、埼玉県東松山市で開かれたセネガルコミュニティの月例Dahiraに参加したのち、草加に移動、ここのところ仲良くさせていただいている比呂さんに教えていただいた Sevenstar international へ。  店内は、カウンター6席ほど、4人掛けのテーブル席が5つほど。カウンター横には、アフリカの食材が積まれている。 この日、僕が店に着いたのが19:30ころ。すでにテーブル席は満席、カウンターには2人の女性が大声で談笑しており、その隣に食事をしている男性がいた。すべてアフリカ系の人たち。全てのテーブルに料理が出されており、客はいるが、店員の男性(おそらく店長)はそれほど忙しそうではない。カウンターの隙間から見えるキッチンには、3名の女性が見える。調理を担当しているのだろう。 店長と思われる男性に、メニューを聞くが、心は決まっている。久しぶりのガーナ料理ということもあり、ここは定番のライト・スープ…頼んではみたものの、実はその直前にセネガルコミュニティでチェブ・ギナールをいただいてきている。ちゃんと喰えるのか… 着丼(?)。 フフーは大人のこぶし二つ分くらいのかなりの大振り(ガーナの通常サイズ)。そしてライト・スープには、臓物と肉がゴロゴロしている。日本基準だと2人前は軽くある。フフーはヤムパウダーっぽい味がしたが、ライト・スープはなかなか(と言っても、それほど味の規準があるわけではないのだが…)。それでも、遠い記憶で、スープを口に運んだ瞬間に汗が噴き出したライト・スープを思い起こすと、若干日本向けか。店は完全にガーナ人向けだが。ともあれ、節度のある辛さ、といったところ。 移動からの調査、夕飯2食目、と言ったところで、テンションが上がりきらず、店長氏に話がほとんど聞けなかったが、とりあえずガーナ料理を思い出す、という最低限のミッションは完了。

【日本のアフリカン・レストラン】シリーズを始めます

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  「アフリカ・マンガ展」に合わせて東京から来ていただいたFOFOさん(2023年11月11日) 日本には、現在約20,000人ほどのアフリカの人が住んでいます。在日外国人が約322万人ですから、その割合は小さいですが、毎年着実にその数が増えています。また、 JICA協力隊は毎年15,000人ほどがアフリカに派遣 されており、アフリカ学会会員が1000人強なので、毎年数百人がアフリカに渡航し、さらには、企業の人も相当数がアフリカを訪れているでしょう。 こうしたアフリカに接した人たちを繋ぐうえで、重要なものの一つは「食」であることは異論がないでしょう。しかし、アフリカで日本と同じクオリティの日本食に出会うことが難しいように、日本でうまいアフリカ料理に出会うことも難しいことです。そこで手に入る食材も違えば、環境も大きく異なります。しかし、ここのところ、両サイドとも間違いなくクオリティが上がっていることは間違いありません。 「X」をしていて、ちょいちょいアフリカ料理の話を見るようになったので、ちょっとまとめてやってみようと思い、「日本のアフリカン・レストラン」をシリーズとしてやってみようという気分になってきました。 とりあえず、ウェブで調べてみると、「アフリカ」というキーワードで、tabelogで85件、ぐるなびで26件がヒットしました。tabelogの方では、かなりエジプト、モロッコなどのマグレブ系のレストランが多く、なぜ「アフリカ」の名前を関しているのやらわからないレストランも…サブサハラに絞ってウェブ上で確認できるレストランは全国で40-50店舗程度ではないでしょうか。日本でもアフリカ料理を食べる機会が普通よりもはるかに多いのですが、実はアフリカ料理屋には、それほど行ったことがなく、おそらく10店舗くらいではないかと思います。食文化研究者の端くれとしては、ちゃんと食べんといかんだろう、ということもあります。 とりあえず、シリーズを始めるにあたり、いくつか条件を付けておこうと思います。 ① 「サブサハラ」であること。ただ、サブサハラ料理をフィーチャーしたアレンジ系は含める。 ② ちゃんと営業許可をもってレストランとして営業していること(再現性を高めるため) ③ レストランで「おすすめ」を必ず食べること ④ ディスることはしない。ただ、ちゃんと評価する。 ⑤ ブ...

【業績】「ムーリッドを中心とする在日セネガル人の 民族誌的研究序説」

去る5月21日に都市共生研究センター(MICCS)の研究会で発表したものが、同研究会の紀要『インターセクション』で活字になりました。 こちら からご覧になれます(無料)。 論考自体は、在日セネガル人の現在の動きについて書きました。5月までに調査できていたところからさらに進めた調査で分かってきたことなどを文字化しました。さすがに生活史までは書ききれませんが、年代ごとの傾向や新たな結節点の形成過程を示しましたが、まだ分析途上の試論ですが、一つ書けたのはよかったです。ご批判、ありがたく頂戴したいと思います。 編者の森先生、鈴木先生によるPreface「周縁から権力構造をとらえ返す ―MICCS『インターセクション』第 2 号の目指すところ― 」で、以下のように紹介していただきました。 「2023 年 5 月の公開研究会での講演にもとづく論考「ムーリッドを中心とする在日セネガル人の民族誌的研究序説」(清水)である。ここでは人類学者の和崎春日を中心とする在日アフリカ人研究に関わってきた著者が、その後の研究史を端的にまとめつつ、自身の在日セネガル人調査の現時点での成果を報告する。とりわけ、現地調査で発見した移民の世代論というアイディアを検討する筆致からは、自分のみてきたフィールドから現実描写と学術的議論を立ちあげていこうとする著者の信念が伝わってくる。在日外国人のなかでは比較的知られていない在日アフリカ人の生活についても、堅実な民族誌的研究が積み重ねられていることがわかる貴重な一本である。」(p1) ご笑覧いただけますと幸いです。

第2回アフリカ納豆サミット「〜五感で比べてみよう、京都と西アフリカの納豆〜 in 藤原食品 × ムトーヨータドー〜」 (3月19日)

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  納豆。日本固有の食文化と思われがちだが、世界の各地で食され、アフリカに至っては、納豆の一大消費地だ。遠く離れた地で育まれた事象が、文化的共通点として浮き上がることは大変興味深い。「アフリカ納豆サミット」では、アフリカで展開される豊かな納豆文化を紹介し、アフリカと日本の納豆文化の類似点やアフリカ納豆の文化について考えます。今回は、京都に拠点を構える藤原食品さんと今日納豆についてお話をお伺います。 また、トークの後には、アフリカ納豆と京納豆の食べ比べがあります。   ◎予定メニュー ・鯉のスンバラ焼き浸し ・スンバラ飯 ・スンバラの料理 ・鴨川納豆の料理 ・京納豆の料理   日時:2024.03.19(火) 18:30 - 21:00(18:15開場)  場所: 藤原食品×ムトーヨータドー 参加費 4,000 円 / 学生 2,500 円(食事代込 / 日本とアフリカ納豆の豆お土産付き) お申込み:https://africanattousummit.peatix.com/view?fbclid=IwAR0JfJnubfyNzOu6QqUbeBGvNOLwlHH3fmJ2tGtjW8Q3awCCmISpJAXNKdM お問合せ:株式会社bona 担当者 奥祐斉 info@bona.world

ウスビ・サコ、清水貴夫(編著)2020『現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る』(青幻社)が出版されます。

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派手ですかね… ご無沙汰になりました。 今週、勤め先の京都精華大学学長のウスビ・サコと共編でこのような本を出しました。企画からここまで8カ月。16名(15の視点としていますが)の執筆者、座談会登壇者のご協力を得て何とか『 現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る 』出版にこぎつけました。 アフリカの文化論といえば、音楽で言えば、アフリカのポップスや伝統音楽、絵画で言えば、ツーリスト・アートやらプリミティブ・アートやら…各論でたくさんの領域があり、少しずつ蓄積もできてきました。今回は、このそこここに散らばる「アフリカ文化」を集めたものを出版しました。この本は、昨年来、我われが力を注いできた(その割にまだ活動が始められませんが)「アフリカ・アジア現代文化研究センター」の開設に連動した企画です。新型コロナの影響をもろに受けてしまうことになりましたが、何とか一つ。記念碑的な出版になりました。 執筆者の皆さま、青幻社の皆さま、どうもありがとうございました。 にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング

POPAFRICA再び@一橋大学

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2008年以来7年ごしで2回目のPOPAFRICAが開催されるそうです。いや、それにしてもすごいメンバーだ。 今回は、岡崎彰先生の退官記念も兼ねるそうです。 全部は出られないですが、少しでも伺おうかと思っています。 とりあえず宣伝。 にほんブログ村

曾野綾子さんのコラムとその反応:「差別」の構造を考える

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2月11日の産経新聞に曾野綾子さんが書いたコラムが話題を呼んでいる。曾野氏のコラムを要約すると、バイアスがかかるので、上の記事をご覧いただくとして、抗議は「アパルトヘイトを擁護、日本にも導入しようとしている」というもの。 昨日(3月6日)付けの産経新聞にもペコ南ア大使のコメントとして、 「  また、ペコ大使と編集幹部らとの面談の席でも同様の内容を伝え、大使からは 「日本国内で移民の論議が行われるのは大切ですが、南アの悪い過去 が、例と して使われたので、発言せざるを得ませんでした。 ただ、今回のことは日本と南 アが理解しあうためのよい機会となります。これをきっかけに 両国の理解を深 めていきたい」という話がありました。」 こんな文章が載っている。ここで、「日本国内の移民の議論」が曾野さんの論点だとしたら、それを説明しようと考えて提示した事例がまずかった。都市ではいわゆる「ジェントリフィケイション」という現象(貧困層が住むエリアに富裕層が流入してそこに貧困層が住めなくなってしまう現象)が起きて、階層による棲み分けがおこることはよく知られている。やはり人為的に、肌の色と習慣を結びつけた時点で、アウトなのである。 特に検討はしないが、このコラムに対しては、アフリカ学会やNGOから抗議文が寄せられ、掲載元の産経新聞は対応に追われている。 僕もFacebookにちょろっと記事を挙げたりコメントをしたのだけど、「産経(保守)だから…」とか「曾根(保守)だから…」という、産経、曾根さんのみならず、僕まで暗に反保守的な枠組みに当てはめようとするレスが多かった。自分自身が保守であるか、進歩的(保守の反対はこれでいいのか?)なのかどうか、僕自身、よくわからないのだけど、少なくとも、この枠組みは好きではない。仲間意識をもってくれるのはいいのだが、この枠組みを取ってくる時点で僕とは全く相いれない。 そもそも、アパルトヘイトの原点には、肌の白い植民者と未開なアフリカの黒人という存在の二項対立があった。ナチスもユダヤ人という仮想敵を設定して、二項対立をつくりだし、戦後のアメリカも時に対イスラームという図式をつくりだすことで、罪もない人びとを被害者にしてしまった。こうした誰でも知っている歴史と、保守と反保守、という図式は、僕にはど...

『サンバ』エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ(監督)

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監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ 主演:オマール・シ(サンバ)、シャルロット・ゲンズブール(アリス)、タハール・ラヒム(ウィルソン) フランスにおいて、また、日本においても、そして世界のすべての「国」に移民の問題は存在する。そして、この問題はグローバリゼーション(人や情報、モノの国境を越えた移動の活発化)が生み出す象徴的な問題として考えられている。しかし、世界史を紐解くまでもなく、人も情報もモノも、人間がこの世に生まれたころから大なり小なり行われてきた、人間の悠久の営みであった。これが問題となるのは、国民国家、国境が生まれ、そこの出入りを権力が管理するようになってからである。 原理原則論はともかくも、所謂「南」から「北」への人の移動、移住による問題は深刻だ。非常に単純な問題構造として、「南」から「北」への人の移住は、経済的な要因によるものと考えられがちだ。しかし、それが主要因であるとしても、「南」の人と「北」の権力、人びととのかかわり方は多様だ。この映画の監督や出演者が何度も語っているように、そのすべては深刻な問題(悲劇)だけではなく、時にコミカルでシニカルだ。何かこうした問題を扱うときに、社会的正義を振りかざす傾向があるように思うが、この映画はこうした思想が底流に流れているように思う。よって、この映画もそのように描かれている。「南」の人対「北」の権力という図式だけでなく、「南」の人通しのかかわりがあり、また恋愛もある。 移民の扱いは、政治的潮流に大きく影響される。殊に現在の欧米の潮流では、「南」からの移民は歓迎されていないように思う。たとえ、こうした潮流が軟化したとしても、世界が多様である限り、そしてそうでなければならない限り(すべてが一つの基準に収まるということは反面全体主義的だ)、問題の解決はおそらく不可能であろう。であるならば、この映画が示すように、人の多様な営みを様々な角度で理解をすること、まず移民問題を人の営みの問題だととらえ返すひとつのきっかけとなるのではないだろうか。 にほんブログ村

ハラールと日本の文化的障害について

近年のムスリムの増加に伴って、日本でもかなりハラール食品が買えるようになってきたし、大学の学食でもハラール・メニューを置いてあることが珍しくなくなってきた。もちろん、まだまだこうした動きは鈍いとする向きはあろうが、この辺に批判を加えても努力している方に悪いので、「がんばれ」というにとどめて、ちょっと違う話を。 これから書く話をふと思い出したので、こんなことを書こうと思ったわけなのだけど、日本という国はあまりに便利すぎてつまらない、ということをいうヒトは少なくないだろう。ハラールフードについても、いずれ、不便がなくなるのだと思うけど、少し不自由なときには、いろいろな話が出てくる。人が死んだりしない限りは後々笑い話にできるから、少し不自由な時代、それはそれで面白いものだ。まじめにやっている方には申し訳ないのだけど、僕はこれくらいの方が好きだ。 思い出した話というのは、勤務先の向かいにある大学にお勤めのマリ人の先生から聴いたものだ。この先生、ウスビ・サコ先生と言って、建築学を中国、日本で修められた方。日本在住ははや10年を超える。先日研究会にいらしていただいた後の懇親会でのこと。日本にいらしたばかりの頃のことを聞いた。 サコ先生は、日本では豚をたくさん食べることを知る。イスラームの多いマリから来た方にとって、ここはちゃんと気をつけなければならない。豚を「ブタ」を呼ぶことは覚え、外で食べるときは、お店の人に「ブタ」がはいっていないものを食べていた、という。そして、同じマリ人の知人から、「トンコツ」ラーメンの美味しい店を紹介され、それからしばらくこれにはまってしまう。が、「ブタ」の入っていない「トンコツ」などあるわけもなく、ある日、このことを知る。「豚」を「トン」と呼ぶことを教えてくれよ!(笑)。「トンカツ」も好きだったのに(という話だったと思う)。 書いてしまうと別に面白くもないが、日本で用いる漢字には音訓があり、というのはハラールの文脈では乗り越えがたい。文化的な「障害」、と言ったほうがいいかもしれない。こういうところは、ムスリムだろうが、なんだろうが、やはり学んでもらうしかない。その上でのハラールフードだ。 話は変わるが、昨今大学(特に大学院)では、英語で講義をやるところが増えている。やはりどうしても英語でのインパクトが少ない日本、ワールドスタンダー...

とあるアフリカ人の話

ちょっとしたきっかけから2人のセネガル人と食事をした。特に調査…というつもりはなかったけど、最近は職業病か、こういうシチュエーションになるとなんとなくその人がどんな人なのか、気になってしまう。最近はずいぶんご無沙汰してしまっているけど、日本に暮らすアフリカの人たちは、院生時代に2番目の研究テーマとして考えていた人たちだ。 2人のうち、特にAさん(仮名)のことを、なるべく脚色を付けずに、メモ的に書こうと思う。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ Aさんは、30代後半。実は6年ほど前に現地で一度顔を合わせていた。それほどじっくり話したわけではないので、お互いにほとんど覚えていなかったのだけど、こういうことも縁、と思い、食事をしながら話を始めた。 しばらく用事について話したのち、僕らは家族のことを話し始めた。いつ日本に来たのか、結婚をしているのか、子どもはいるのか…Aさんに話が及んだとき、彼は口ごもった。だけど、話たくない風ではなくて、どう言っていいのかわからない、そんな感じだった。Aさんは「長い話だ」と断り、彼のことを語りだした。 Aさんは、セネガルで知り合ったBさんという女性と知り合う。なぜBさんがセネガルに渡航したのかはわからなかったが、とにかく、AさんとBさんは、セネガルで知り合うことになり、Bさんの何度目かのセネガル渡航のときに、Aさんとの間に子どもを授かった。父として、そして、夫として、AさんはBさんのそばにいるべく、日本に渡航する。2008年のことだ。Aさんは渡航するも、例によってまともな仕事にありつくことは至難の業。6ヶ月間、簡単なアルバイト以外には仕事が見つからず、Bさんはそんな稼ぎのないAさんに食事すら与えなかったという。そして、Aさんは何とか仕事を得(職種は伏せる)、二人の間に娘が誕生した。 しかし、それから1年ほどがしたある日、Aさんが仕事から帰ると、部屋にはAさんの洋服以外のものすべてがなくなっていたという。Aさんは5分ほど立ち尽くし、パニックに陥る。警察に行き、事情を説明し…しかし、「警察は日本人を守って」、Bさんを探すことすらしなかった。そして、その翌日、彼の元に、30万円の請求書が届く。AさんがBさんに渡していたお金から家賃を払っていたはずなのに、Bさんは払っていなかったのだ。大家さんの...

バレンタインさんの裁判①

約2年半ほど追い続けている裁判です。この顛末はまた後日。とりあえず傍聴の情報をアップします。 ■第9回控訴審口頭弁論■ **日程**平成21年4月21日(火)午後1時30分 開廷 東京高等裁判所8階808号法廷控訴人の事件名「平成19年(ネ)第2429号 」 東京高等裁判所最寄り駅:・地下鉄東京メトロ丸の内線・日比谷線・千代田線「霞が関駅」A1出口 から徒歩1分,・地下鉄東京メトロ有楽町線「桜田門駅」5番出口から徒歩約3分。 ■詳しい裁判傍聴案内はこちらです。 http://www.courts.go.jp/kengaku/ ※今回の傍聴も、裁判所からの抽選連絡はまだありません。(4月9日現在)。前回も、弁論直前に連絡がありましたので、今回もそうなる可能性があります。ただし、定員数40名に満たない場合は通常通りの傍聴になります。抽選になった場合は、追ってご連絡いたします。 支援会ホームページもあわせてご参照ください。 http://sky.geocities.jp/team_vuc/

ルケン・クワリ・パシパミレ ジャパン ツアー

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@Live & Lounge Vio 出演:ロワンビラ(左写真)、プチカン、パシパミレwithハヤシエリカ 毎日顔を合わせている同僚Mが出演するライブに行ってきた。何やら、ジンバブウェから「巨匠」がいらっしゃるということで、大仕掛けなツアーを組んでいる。半分以上は名古屋公演の手伝い(物販+料理)。 仕事をチョロチョロしながら、演奏を聴く。Mはロワンビラを率いるンビラニスト(ンビラ: http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=mb&dtype=0&stype=0&dname=0na&ref=1&index=08655907560970 )。演奏の傍ら、か、研究の傍らか知らないが、いずれにしてもタフに演奏と研究をこなしている。以前、デモテープは聞いたことがあったが、正直、なんかさえないな…という印象を持っていた(ごめん…)。ところが…エンターテイナー性豊かな、なかなか楽しいステージを見せる。見なおしたよ。だいぶサボってしまったので、これから時々ライブにおじゃまさせていただこうかと思います。 一通りの演奏が終わったのち、喫煙所で出会ったお兄さん。ご自身R&Bのバンドでヴォーカルを担当している、と言う。「巨匠」パシパミレ氏を紹介したとき、その説明をしたパシパミレ氏の弟子、ハヤシエリカさんが「ンビラは神を降ろす楽器」という言葉を使う(ハヤシエリカさんは『神とつながる音』という絵本も出版している)。ヴォーカル氏は、この、「いかにして神を降ろすか」、ということを語ってくれた。彼が語るところ、「パシパミレ氏が『神を降ろす』わけでない」とし、「彼がライブ中に、「さぁ、みなさん踊ってください」と促したときに、聴衆が初めて踊りだした。そして、その後大きく盛り上がりだした。」と言う。つまり、「神が降りて」来るために、「聴衆」との合意が必要だ、と言うことらしい。 なかなか深いことを言うものだ、と感心しながら、夜は更けた。後片づけをして帰宅したのは午前3時すぎ。演奏、仕切りをしたMをはじめ、お手伝いの皆さんもお疲れ様でした。