投稿

ラベル(子育て)が付いた投稿を表示しています

京都の名所②:最初の一歩 銀閣寺

イメージ
来たぜ「銀閣寺」 6月初頭。そろそろ梅雨に入ろうかという時期でした。初夏の強い日差し、青い空、お出かけ日和なか、名所めぐりの第1弾。行先は銀閣寺でした。家から近いという理由でここを選んだのですが、僕自身も高校の修学旅行以来、ということできいと話していて、がぜん行きたい欲が高まりました。 自転車であれば15分のところ、暑くなり始めていたこともあり、バスで行くことにして路線を調べたら、少し歩くものの、1本で行けることが判明。ドアードアで約30分。家の周りが世界遺産だらけ、というのがよくわかります。 そんなわけでバスに乗り込み、いざ。 参道には、適度な密度の観光客。特に待つこともなく、寺社内に入る。初夏の青空と東山の濃い緑、庭園の白い砂のコントラストが美しい。もしかすると、「侘び寂び」の象徴的な寺院がこんな原色なのは、どうなのだろう…と思いつつ、歩を進める。 まだカラッと爽やかな日でしたが、陽射しは6月のもので、じりじりと肌を焼くようでしたが、日陰に入るとひんやりとしています。お庭の小さな瀧のそばによると、気持ちの良い冷気に包まれていて、きいもこの場所をとても気に入った様子。 若干ヤサグレ気味だった高校生のころは、なんとも思わなかったような気がしますが、苔の広がる緑の木陰は目にも心にも優しく、癒されます。なぜかきいにも大いに同意が得られたのでした。 そして観音堂を回り… その横のよく手入れされた林に癒され… 銀閣寺を後にしました。きいには、当然のようにアイスを奢らされ、参道のカフェへ。 この後、清水寺にも行ったので、そのことも後で書こうと思いますが、ちょっと暑くなってきたので、この後は少し涼しくなってから。足元を知る、というのも大切ですし、なかなか楽しいものです。  

京都の名所① きっかけ:京都タワー

イメージ
  6月初頭、きいが通う小学校で土曜日に授業参観。仕事の都合で残念ながらそちらには行くことができなかったものの、翌月曜日は振り返り休日、私も補講期間中ということで、京都駅近くの電気屋にパソコンを見に行きがてら京都タワーに登ることとなった。 東京にいれば東京タワーやスカイツリーに行くことなどなく、離れてみて、登っておけばよかったなどと思うわけだけど、ある街を知るのに、鳥瞰的な理解はとても重要。せっかく京都に住んでいて、そのことを知らない、というのはもったいないというようなことも思った次第。 あいにくの曇り空だったが、タワーからは全方向に京都の町を見下ろすことができ、家の方向やら、あの寺がなんの方向やらと説明していると、「パパは行ったことあるの?」と聞かれる。「まあ、修学旅行の時に…」と言っていると、きいも学校の行事でその中の数か所は足を運んだことがあるとのことだが、「京都に住んでいると却ってなかなか行かないよね」と話していた。さすがに小学生が寺社仏閣もないだろうと高を括っていると、「行ってみたい」との申し出があり、時間があったらいろいろ回ってみようということになった。 先日の奈良訪問で、いかに自分自身が身近な文化のことを知らないかを思い知ったばかり。京都のことを学ぶことは最初の課題として、できたら英―仏あたりで説明できるようになるとよいのだけど。

【GW企画③】東山トレイル:蹴上~大文字山

イメージ
大文字から京都の街を望む GW企画第3弾。 昨年6月に大学の同僚に誘われて行ったコース を家族でチャレンジ。当初、比叡山に登る予定だったが、登山経験のある連れ合いによると、雲母坂からのコース、延々とのぼりが続き、相当しんどいとのことで、こちらに変更した。ただ、いつも上っている銀閣寺からの道ではなく、蹴上から東山の尾根伝いに登る、というもの。初めてこのコースを歩いた際、最初のしばらくは岩場があったり、若干しんどいものの、その後は強烈な登りはなく、それほどしんどくなかったように記憶していた(特に落ちはなく、それほどしんどくなかった)。 新緑の山道 休憩ポイントでピース 蹴上駅まで電車で行き、琵琶湖疎水を抜け、日向大神社の参道を登っていくと、いつしかうっそうと木々が茂る山道に入る。うっすらと記憶していたのが、最初の30分ほどが岩場をよじ登るようにして歩く、いきなりの大きな山場。まだ全然疲れていない貴一朗は面白がっているが、連れ合いから早くも不満の声が… しかし、しばらく登ると尾根道に出て、穏やかな森の道を歩くことになる。これだけよい季節なこともあり、多くのハイカーたちとすれ違う。貴一朗も一緒に「こんにちは」と声を掛け合い、「挨拶するのは気持ちがいい」と。もちろん多少のアップダウンはあり、下る度に「せっかく登ったのに!」というのも貴一朗の声。約2時間半歩き、「もう少し」と励ましながら、山頂に到着。大文字からよりもう少し高いところから京都を一望するのはなかなかに気持ちがよい。 山頂でピース 山頂の丸太の上に腰かけ、お昼タイム。弁当も3人同じものを作り、みんなでいただく。 山頂ではらごしらえ 山頂の標識でピース 実はここから大文字までさらに20分。最後の坂が意外にきつかったりする。大文字まで行けあ、後は慣れた道。下り坂は膝にくるので、そろそろと下る。銀閣寺に到着すると、ご褒美の抹茶アイスをいただき、東山の散策を終えたのでした。 前回が6月でかなり汗をかいたのを記憶しているのだけど、今回は本当にベストシーズン。山道は本当に気持ちよく、2度目ということもあり、体力の配分もうまく行った。筋肉痛はまったくなく、素晴らしい休日となった。

【GW企画②】BBQをやる@アクトパル@宇治

イメージ
BBQと言いながらトーストなのは… 5月3日、4日は、宇治の アクトパル という施設に行った。昨年、僕の出張中に何度か二人で行っていたらしく、今年に入ってから一度連れて行ってもらっていた。アスレチックがあったり、キャンプ場があったりして、アミューズメント要素もありながら、100人前後は宿泊できる宿泊施設に大きな食堂、会議室や体育館などもあり、合宿を組むこともできそう。さらに、公営施設ということもあり、大人一人3,500円程度というのもお財布に嬉しい。 連れ合いときいに誘われるまま、GWの前半にスケジュールを入れ、いざ出発。 しかし、残念ながら、到着日はあいにくの雨。若干寒いくらいの気温の中、アスレチックはあきらめ、とにかくBBQをやることにした。火をおこし、火床を用意する(ここはオヤジのいいところを見せる絶好のチャンス!)。いいところの写真がないのは、火の管理とBBQの世話でてんてこ舞いだったからだけど、まあお二人にはそこそこ喜んでいただけたのではないだろうか。 きいもなかなか気に入った様子。 片付けをしたりしていると、間もなく9時。うちの就寝時間となり、ぐっすりお休み。しかし、私は3時ころにもぞもぞと起きだし、サロンでお仕事。虫の音の中でまあまあちゃんと仕事もできた。二人が起きだすと、再び炭をおこし、炭火で焼いたトーストをいただいたのでした(僕はこれが一番旨かった気がする。惜しむらくは、おいしいバゲットとバターがあるとよかった…)。 そんなわけで、GW企画第2弾。自然に囲まれた中でなかなか楽しかった。しかし、レンタルした食器の個数(8人分くらい)などから考えると、ある程度の人数で滞在することが想定された施設で、ひと家族だけではもったいなかったかも。大体なんでもそろっているので、食材さえ整えておけばよいので、準備も手がかからないし。今度は知り合いの家族も誘って行ってみたいと思う。  

【GW企画①】東尋坊 美しい海の色と雄大な絶壁

イメージ
福井旅行2日目。GWを外して1週間前の週末ということもあり、かなり安くとれた ホテル が思いのほか秀逸で、3人とも大満足。食事はバイキング形式で飽きるほどカニを食べ、風呂につかり、ふかふかの布団でぐっすり。きいに至っては、「ここに住みたい」という始末。 3人ともご機嫌で2日目の東尋坊へ向かう。「火曜サスペンス劇場」の舞台として知られる(?)東尋坊、番組の中では何人もの人が死んだ、なんだか暗いイメージで、どんなおどろおどろしいところかと、それはそれで楽しみにして向かうと、出迎えた「東尋坊タワー」は想像通りのサビれ具合。さらに、その周辺の店舗も、なんだか寂れまくって「火曜サスペンス劇場」感を醸し出している。 しかし、東尋坊に向かって歩を進めると、何だ、この南国感は…   IWABA Cafeは何かすごくおしゃれだし、それ以上に、青い海は、初夏の明るい陽射しの下で、気持ちがいいくらいに青い。Tubeとかサザンとかが流れてきそう。 その先にある、東尋坊の崖は雄大で、圧倒されるほどの絶景。 写真スポットで記念写真を撮り、さらに散策する。 20mほどある崖の上から、何の柵もない中で海をのぞき込むと、なんだか海に吸い込まれそな気持ちになる。「火曜サスペンス劇場」(しつこい)もこんな風景の中で撮られたことに、なんか妙に納得してしまう。 岩場を散策し、事前に調べてあった遊覧船に乗ることに。 海に近づくと、水の透明度はすばらしく、海底の状況がよく見え、この日の陽射しのお陰か、薄く青味がかって見える。 そして、遊覧船のガイドのオッちゃんの軽妙なトークを交えながらの解説はわかりやすく(と言っても、具体的な現象や岩石の名前が全く残っていないのだが)、大変タメになったはず(どこかでもう一回復習する)。きっと地理などでネタになるのではないかと期待している。 一足早いGW企画、気候にも恵まれ、家族で同じ風景を楽しめたことは大変有意義なことでした。

【GW企画①】福井へ向かう:丸岡城

イメージ
丸岡城 イラン情勢の先行きは相変わらず不透明で、しばらくすると身動きが取れなくなる可能性もあるな…と思い、そうした世相を踏まえた上で、今は今でできることはやり、きいとの豊かな時間を過ごしておこうと昨年からの続きで、お城を見に行くことにしました。 今回は、福井の北、坂井市を中心に丸岡城と東尋坊を目指しました。 まずは丸岡城。 丸岡城は、北陸地方で現存する唯一の天守閣を持つ城で、柴田勝家の甥、勝豊により1576年に築城されたといわれています。柴田勝豊が長浜城主となったことで、安井氏が城主を引き継ぎ、その後は目まぐるしく城主が交代していく。徳川家康が江戸幕府を開くと、徳川氏の直臣の本多氏が丸岡城主となるも、お家騒動により改易。その後明治の廃藩置県までを有馬氏が丸岡藩を治める。 ( 丸岡城ウェブサイト より)   こんな歴史をもつ城ですが、昨年の夏、 姫路城 など中国地方の巨大な城郭を見て回ったきいは「小さいね…」と、若干驚いていた模様。ともあれ、お静怪談など、ストーリーはそこここに見ることができ、ゆっくり楽しめそうな城なように思います。 天守閣の前でピース いざ、天守閣の中に入ると、外から見るよりさらに小さい。ちょっと残念なのは、展示が少なく、とりあえず中に入れる、という印象。せっかく大河ドラマでもこの辺のことをやっているのだから、もう少し盛り上げたらいいのに。 そんな中、とても印象的なのが、むしろ梯子といっていいほど急な階段。つかまるためのロープが用意されており、なんとかクライミングをして上に登る。 殺人的な傾斜(67度とか)の階段(梯子?) 3層の天守を登ると、この辺りを一望できる。しかし、展示が少なく、どこを見てよいのかわからず、若干手持無沙汰。とりあえず周囲の景色を見てみるが、盆地であることはよくわかるが、それ以上には理解できることがなかった。 西側を望む とりあえずこんなところで、今日の宿に向かったのでした。

親子サッカー

イメージ
昨年からキイチロウは放課後に週1回サッカーをするようになった。なかなか外で遊ぶことが難しくなった昨今、体を動かすのは親としても嬉しい。仲の良い友達たちと一緒にひとしきりサッカーに勤しみ、うちを行き来するようにもなり、「小学生」を謳歌している。 数週間前、連れ合いから「親子サッカー」なるものがあるとのことで、あまり何も考えずに諾の返事をしておいた。本当にあまりちゃんと考えることもなく、ぼんやりとキイチロウのサッカーを「見に行く」程度だと、思い込んでいた。 そして、当日…前の日にイベントで遅くはなったが、論文で詰まっていることもあり、午前中に泳ぎに行こうかと思うと連れ合いにいうと、怪訝そうな顔をする。まあ、気にしても仕方ないので、すっかりそのつもりでいると、「親子サッカー」の予定を色々とインプットしてくれる。「えっ?なんで着替えないといけないの??」「だって、「親子サッカー」だよ」「えっ?!もしかして俺もやるの?」…チーン。 行く前から筋肉痛確定。それ以前にケガをさせない、ケガをしない、熱くなり過ぎない、と言い聞かせ、いざ… 約20年間ラグビーをやってきて、体を動かすことにはそれほど苦手意識はなく、むしろスポーツは好きな方。ずっとジムには通っているものの、水泳でゆったりと体を動かす程度で、瞬発的な動きなど何年もやっていない。ゲームが始まると、小学生の機敏な動きに翻弄され、おそらく10歳以上若いほかのお父さんたちにも到底ついていけるわけではない。足はもつれ、横の動きについていけずに変な転び方をし、酸素不足で視界が白くなっていく…長年のラグビーの貯金と体が動いていたころの記憶がまだ少し残っているのか、こうした体の様々な変化を(ここだけは冷静に)感じながらプレーしていた… 結果。10分×2×2+7分×2×2の4ゲームにフル出場した。今、書いてみて、1時間以上サッカーできたので、まだまだいける、と思ってしまっているが、まあ体はボロボロ。軸足の右足に体重をかけすぎ、炎症を起こし、その翌日には痛風の発作を誘発して足を引きずる羽目に。しかし、筋肉痛は比較的軽微で、右足をさすりながらも、また「まだまだいける」と…幻想か… その夜、へとへとになった父ちゃんにマッサージを申し出てきたキイチロウ。喜んで受け入れると、なかなかに効き、マッサージをしてもらいながらウトウト…いつしか心地よい疲れと...

【子ども学と子育て】Vol.34 丹波の黒豆を狩る

イメージ
なんか違和感ない… なんだかあっという間に秋も深まり、長袖を出したり、なんだかんだと季節が変わってきました。大学の方はと言えば、入試やら説明会やらオープンキャンパスやらと、こちらもあわただしく、10月は3つもゲストスピーカーにお呼ばれしていることもあり、さらにツメツメ。 何とかいくつかの案件を乗り越え、ようやく完全フリーの休日。その少し前に、 春に行ったタケノコ狩り の話になり、「またああいうの(畑作業)やりたい」というので、早速検索。栗拾いや芋ほりがたくさん出てくるのだけど、そもそもうちの家族はみんなで栗もサツマイモもあまり食べない(私は好きなのだけど…)。なかなか難しいな…と思っていると、枝豆狩りの体験会を見つけ、これなら…と思い応募。「 丹波ふるさと村 」という団体が実施する企画だが、一人一株で700円、となかなかにリーズナブル。 自宅から車で2時間。若干遅刻したものの、スタッフの皆さんには笑顔で迎えていただく。すでに5-6組の家族連れにカップルが畑で収穫を行っている。到着早々に畑に案内していただいて、鞘に斑点がでているのが甘いなど教えていただき、早速収穫。 やっぱり違和感ない。農家のおっちゃんっぽい ふかふかの土に根を張った大豆、「幹」の根本は、まるで「木」。直径2-3㎝でなかなかに太く、しっかりとしている。貴一朗にやらせてみると、はさみがなかなか入っていかない。最後の仕上げを僕がやってなんとか3本収穫。 その後は、豆を外す作業。1株から1㎏前後獲れるという触れ込みで、「ほんとかいな?!」と思っていたけど、なかなかの大量。 ブリブリの枝豆 実もふっくらしてて、大きな豆が入っていることがよくわかる。豆を外していると、カエルが出てきたり、かれこれ30分ほどかけて3袋分。このレベルの枝豆が1㎏700円…大変お得かと。  畑からの帰りに道の駅でお野菜でも…と思っていたが、道の駅は逆方向。路上で大きな白菜を見つけ、譲っていただこうと車を止め、値段を尋ねると「なにか買ってくれたらただでよい」とのこと。しかし、大量の枝豆があるので、豆は…と言っていると、端にラッカセイが置いてある。これもなかなかに立派なラッカセイ。売り物であることを確認すると、一皿譲っていただく。袋に詰めてもらっている間に、アフリカでは獲れたてを生で食べる、ということを言うと目を丸くして驚かれる。...

「ワーク・ライフ・バランス」を調節する

イメージ
今年度、貴一朗が4年生(高学年)になり、連れ合いの職場が変わり、遠くなったこともあり、帰宅時間が少し遅くなった。特に連れ合いの帰りが18時となったことで、貴一朗の夕飯の時間を調整しなければならなくなったのだけど、いよいよ食べ盛りを迎えつつある少年をあまり待たせて不良少年になってもよくないということで、若干調整のききやすい僕が調整することにした。 これまでは、夕方18時-19時ころまで研究室にいて、それからジムに行ったりして帰ってきていたが、4月以降、ほとんどこのパターンが出来なくなっていた。しかし、ここ何年が現職で勤める中、週末がかなりつぶれてしまうことを考えると、やはりジムに行くくらいしか運動継続は難しい。もちろん、できる限り自転車通勤をしているので、それなりの代謝はあるのだけど、全盛期のそれには比べ物にならない量しか食べなくなったものの、「我が胃衰えず」で、まだまだ健啖の類だ。なので、ジムにいく時間は何とか確保したい… 限られた1日24時間という制限の中、生活を構成する要素をパズルのように当てはめてみる。日中は授業もあり、どうしても自分ではコントロールできない。その一方で、研究に充てる時間は朝だろうが深夜だろうがどうにでもなる。となると、コントロールできるのはジムの時間。ただ、9月まではジムに行けるのが平日土曜夕方のみ。年度明け、前半で試みてみたが、ジムに行けるのはせいぜい土曜日夕方のみ。平日夕飯を作って食べてから、もう一度外出する、というのがどうしても難しかった。そんなわけで、ジムとの契約を変え、10月から出勤前にジムに行く、というパターンに変えてみた。朝活をして爽やかに仕事に向かう、目指せしごデキおじさん。 今のところ… 卒論やらゲスト講師の準備やら原稿やら…今のところ、結局あまり行けておらず、現状維持状態なのだけど、隙間時間は午前中の方が取りやすい、ということは分かったので、あとは自分次第。 最近ちょっと流行ったので、「ワーク・ライフ・バランス」とかつけてみたけど、あんまり関係なかった…

【町内会】⑤ 地蔵盆2025

イメージ
  現在の住まいに落ち着いたのは、まだまだコロナ禍真っ只中の2020年10月のこと。2021年には町内会の方と交流が生まれ、早くも2023年に町内会の役員となったのですが、その初仕事は「地蔵盆」をご一緒することでした。京都の人間ではない僕にとっては、名前を知っているくらいで、なんとなく地域のお祭り的なものと認識していた程度です。 地蔵盆とは、京都など近畿地方を中心に行われる、町内の地蔵菩薩の縁日(8月23日、24日らしい)に行われる子どもたちが主役の行事のことですが、なぜ、「子どもの祭り」かと言えば、お地蔵さんが子どもの守り神として信仰されてきたからなのだそうです。別に町内会に地蔵が一体しかないわけではないのでしょうが、多くの場合、町内会単位で行われており、コロナ前(平成25年)には、京都では全体の8割の町内会で地蔵盆が行われている、という統計もあり、五山送り火の後の夏の風物詩となっています。( 京都市文化市民局文化財保護課 「 京都をつなぐ無形文化遺産」 ) 運営側に立ってみて、お祭りを維持することはなかなかに難しいことを実感させられます。やることは、お地蔵さんの掃除、近くのご住職に読経してもらい、出店やらへと流れていく。うちの町内はまだ子供の数は少なくない方なのですが、あんまり人が集まらないのはいたしかたなしか。とにかく夏が暑くなったことで、お年寄りが出にきにくくなった、というのも祭りが難しくなった背景にあると言えるでしょう。 こうした「伝統行事」が根強く残る京都ではありますが、近代化の波には逆らえず、お地蔵さんがなくなってしまったりし、地蔵盆自体が成立しないところもあるようです。祭りはするためにお地蔵さんが必要という、もしかすると本末転倒なのかもしれませんが、お地蔵さんの貸し出しの仕組みもあるそうです。 「 貸し出し地蔵」とか「 出開帳」というシステムなのだそうです。 地蔵盆というお祭り自体は、 平安時代にさかのぼる らしいのですが、現代的には、町内の結束を強めるためのお祭りになりつつあるようではあります。ですので、いかに町内の方が参加しやすいか、という力学が強く働いています。私の町内でも、あまりに暑い近年の夏の気候を配慮し、昨年からはお詣りを朝方に済ませ、イベントを夕方~夜にかけて行う、という方法に変更しました。理事会でも、他の町内会の例が紹介され、...

【子ども学と子育て】Vol.33 バックパッカーとフィールドワーク(夏休み企画)- 番外編 おいしかったもの

イメージ
今回の旅行は、貧乏旅行の楽しさをきいにも知ってもらう、というのも一つの目的でした。今まで家族で出かけると、なんだかんだお金をかけすぎる(特に食費。私が欲張りだというのが大きい)きらいがある。ただ、そんな旅行、ある程度の年齢にならないとできないし、質素な生活ができないと若い時の旅は難しい。 まま、そんなわけで、今回は我が家としては比較的質素目(当初はアルコール禁止!のつもりでした…)。朝食に吉牛も経験したし、コンビニのパン(自宅ではやらない)、というのもやったし、ちゃんと水筒も持って行った。しかし、これはこれで味気ないので、いくつか美味しいものも食べました。 時系列的には逆ですが、まずは門司の「焼カレー」。門司の船着き場を降りるとすぐにJRの駅があり、この辺に「焼きカレー」屋が固まっています。ウェブで調べたら、どこもそれなりの人気店のようで、とにかく入ってしまえ、と思って入ったのが、 「 伽哩本舗」 。11時過ぎですでに30分待ち(1回転目を逃した…)で、入店し、三人三様できいが和牛(贅沢に育ってしまった…)、連れ合いがシーフード(やはり贅沢させてしまった…)、そして私は三種盛(牛・豚・鶏、一番安い)。 まだまだ暑い時期ではありますが、よくエアコンの利いた部屋の中で食べる濃厚な焼きカレーはなかなか。きいもハフハフ言いながら完食でした。 あともう一つはやはり広島のお好み焼き。前々記事で書いたように、広島ではグズグズになってしまったのだけど、実はその前のお好み焼きの時は上機嫌。さすがに「お好み村」まではいけないので、駅ビル内で我慢。しかし、有名店が軒を連ねており、やはり何十分待ちは必須。もう関西に住んで長いですが、お好み焼きはどちらかと言えば広島派。ソースの味もそうなのですが、山ほど盛られたキャベツで罪悪感は激減、なんなら「焼きサラダ」と自分の中で脳内変換しているほどです。 しかし、ここはおいしいのだけど、どこかポーションが小さい気が…駅構内だから仕方ないか…と思いつつ、ちょっと残念。ただ、久しぶりの広島のお好み焼き堪能できました。 夏休み企画、ちょっと記事にするのが遅くなりましたが、オヤジは楽しい3日間でした。きいもちょっとは楽しんでくれているとよいのですが。  

【子ども学と子育て】Vol.32 バックパッカーとフィールドワーク(夏休み企画)-3 徳山→小倉→義実家 

イメージ
この旅行もいよいよ最終日。 徳山から下関を経て連絡船で九州に上陸する、というルートです。徳山→下関は1時間半ほどで、しばらく通勤帯にあたって少し混んでいたけど、そのうちすきはじめる。ここまでの長距離移動のこともあり、きいもウトウトしたり話をしたりと、旅の仕方を少しずつ覚えている。 下関に到着し、フェリー付き場に移動する。電車ばかりでは飽きるだろう、ということで、敢えての連絡船。ちょっと天気が悪かったのですが、10分ほどで対岸の門司に到着する。門司は私が大学卒業後に就職した会社の2年目の乗船研修の起点となった港。今やどうなっているのかわからないが、元船乗りの「ポートキャプテン」という積み荷責任者に連れられて何日間か飲まされ続け、船にぶち込まれた場所。ほとんど記憶がないのだけど、そんな話もしてみる。 定番のスープカレーの話はおいておいて(別便で報告します)、いざ最後の目的地の小倉城へ。3人とも若干食傷気味、というか、小倉城のアミューズメント感がすごい。写真、ほとんど撮れなかったのだけど、(すでに3回目の)きいはお気に入りのコーナーへ。最後は天守閣最上階でお茶を飲んで、小倉駅まで徒歩。 てな感じで、夏休みの企画は終わり。今年はこれをやるために、夏の調査をやめました。本当は自由研究を最後まで見てやりたかったですが、若干中途半端なまま次のスケジュールに移らざるを得ませんでした。これはちょっと後悔。たまにリールで流れてくる動画で見る、「子どもと一緒にいられるのは10年」という言葉…確かに、手も繋がなくなったし、猫なで声ですりよってくることもめっきり少なくなった。もう間もなく「子育て」が次の段階に入るのだと思うと、なかなかに切なく、10歳になろうとしているきいと一緒に旅行の一つも、と思い立った故のこの企画でした。 「貴一朗」の「朗」の字は、外に向く名前なのだそうです。外に向くのであれば、旅をし、そこここで観察し、そこに慣れ、溶け込んでいくこと。父なりに築いてきた一番大きな財産の一つを渡しはじめようということも考えていました。

【子ども学と子育て】Vol.31 バックパッカーとフィールドワーク(夏休み企画)-3 広島→徳山

イメージ
福山を後に、3人は一路西へと向かいます。この日は福山を出て、広島でお昼(もちろんお好み焼き)を摂って広島城に行き、さらに西の徳山までというコース。中日でかなりしんどい行程になりました。 毛利隆元によって築城された広島城、広島市内の真ん中にあり、広島大学在職時には何度か近くまでいったように思います。広島市の真ん中にあるとは言え、広島駅からは若干距離がある。アストラムラインに乗り、紙屋町南でおり、500mほどを歩く。だんだんきいの雲行きが怪しくなる…   天守閣が見えるころ、とうとう「つ・か・れ・た!」爆発しました…しかし、広島城は時間管理上、今回の旅の一番の難関で、少し遅れると徳山のホテル着が一気に1-2時間おくれてしまう。そんなわけできいを急き立てざるを得ず… 広島城内、疲れて流しているのかと思いきや、自分なりに楽しんでみていたよう。そこに、遅くなるからササっと見ておいで、というと、とうとう大噴火してしまう。結果、ほぼ見られなかったため、きいの中では、見なかったことになってしまう(自由研究にも全く書かなかった…)。 とほほ…な感じの中日でしたが、これはこれ。スケジュール的な山だとはわかっていたが、うまくコントロールできず…まあ、徳山の変なホテルと夕飯でなんとなく機嫌を直し、無事に二日目を終えました。

【子ども学と子育て】Vol.30 バックパッカーとフィールドワーク(夏休み企画)-2 福山→広島 

イメージ
福山城の前でイェイ! 出発した8月7日は姫路城を見学し、その後福山まで足を延ばす。車窓はすっかり田園風景。実はこの前に終わらせておかねばならなかった原稿の一つが大幅に遅れ、パソコンを開きながらの旅となってしまい、「のんびり」は車窓だけなのですが… 姫路から約2時間かけ、福山に到着。福山城が面白いのは、新幹線ホームの中にお城がある、というか、お城の中に新幹線ホームがあることで、ホームから天守閣がよく見える。今回は鈍行の旅なので、見ることはありませんでしたが。 緑は目に優しいが、目に悪いパソコンを打ちながら写真だけでも旅気分 この日は福山への移動まで。きいも僕もやること満載なので、ホテルにチェックイン→ごはんとさっと済ませ、きいは夏休みの宿題、僕は原稿執筆に精を出す。なんか、家族旅行といった雰囲気はあまりなく、フィールドワーク中な雰囲気を漂わせながら初日は終了。 夏休みの宿題 翌日はコンビニで買った朝食を食べてすぐに福山城へ。 福山城は1622年に徳川家康の従弟の水野勝成によって築城されました。戦国時代ではなく、江戸時代になってからの築城ですね。堀をめぐらした城が建てられた、ということは、まだ戦国時代の雰囲気が払しょくされていなかったということでもあるのでしょう。この城の歴史はともかくですが、この水野勝成、という人の一生が大変面白い。若くして小牧・長久手の戦いで功績をあげるも、父とケンカをして勘当され、豊臣秀吉、小西行長、佐々成政、加藤清正、黒田長政と主を変えながらさらに功績を上げ続ける。腕一本でのし上がっていったわけです。そして、74歳で島原の乱に出陣し、87歳でまだ火縄銃を打っていたという、年老いても壮健な人だったのが分かります。 実物大の槍 火縄銃まで(以外に小さい) 前日の姫路城に比べると、その規模は小さいですが、城内の展示なども楽しく、きいもずいぶん楽しんでいました。 11時には福山を後に広島に向かいました。