投稿

【フィールドワーク2026⑤】機内食@トルコ航空

イメージ
  世界三大料理と言えば、中華、フレンチ(私は賛同しないが)、そしてトルコ。あまり馴染みがないこともあり、私はまだまだトルコ料理が何たるか、ということはあまりよくわからない(勉強しろ、という話)。しかし、ここ10年くらいの間に、かなりの回数トランジットでトルコを訪れており、少しずつではあるが、トルコの食の奥深さに気が付き始めている。 さて、結局食べ物の話で今回の調査の話が終わってしまうが、その辺はあまり気にせずに。 円安やら、トルコ航空の運賃があがったことなどが原因で、トルコ航空を使うのは2ー3年ぶり。みみっちいヨーロッパの航空会社と違い、ちゃんとした接客をされるトルコ航空は、私の好きな航空会社の一つ。特にこのご時世に至っても料理の質がほとんど落ちない(某F国のパンが不味くなったり…)。そして、トランジットホテルを手配してもらえる(12時間以上のトランジットね)のもよい。 で、どれがいつ食べたのかわからなくなっているけど、写真を並べてみました。この食事が若干ジャンクな感じがするけど、あとはちゃんとした「料理」であることがわかると思います。2枚目のが一番おいしかったかも。 機内は、周りの人は気にせず、基本的に寝られるだけ寝たら、後は仕事。トルコ航空はアメニティも充実しているので、寝起きに歯を磨いて顔を洗い、コーヒーとチョコとナッツ(前はカップラーメンをいただいていた…)をいただいて仕事に戻る。ネットにつながらない貴重な時間です。 そんなわけで、ぬるっと今回の出張報告はここまで。 早くも新学期に突入してしまった…2026年度もアフリカの報告ができれば、と思います。今年度はセネガル×2回の予定。ブルキナファソ、今のところ予定がないので、どこかから予算が湧いてくればよいですが…

【フィールドワーク2026⑤】ガーナ料理店開拓

イメージ
発見したガーナ料理店 今回は期せずして食べ物の記事ばかりになってしまった… 随分前(2014年3月4日)に ムギラの記事 をアップしました。 モレでムイMoui(米)+グィラGoura(丸)でムギラ。「丸めた米」という意味の料理。おそらくガーナが発祥だと思われますが、ブルキナでもそれほどメジャーではないにせよ、よく食べられています。 調査の合間にKEOOGOの事務所から移動する際に、ちょっとした時間があったので、先にご飯を食べよう、ということになり、たまにいくセネガル料理屋を目指す。混雑するバサワラガ通りを避け、ソムダは未舗装道路を迂回しようとする。そこで目に入ったのが、この看板。 ん?ガーナ料理?? 2人に「あそこ行かん?」ということで、レストランに入ってみることに。 ムギラ(若干小ぶり?) 店内は、大きな駐車場に屋根を付けた、半屋外形式。正面に大きな鍋、その後ろに、ソースが入っていると思われる少し小ぶりな鍋が二つ、飲料が入った冷蔵庫が2台と、まあまあの繁盛店でありそう。結構な街中にあるのに、二人とも、「こんなところがあったのか」と初めての様子。 ともあれ、賞味してみようということで、大きな鍋を除く。おぉ!ムギラじゃないか。懐かしい…なかなか外食で食べられることがないので、これは嬉しい。ソースもグレン(パーム油)とアラシッド(ピーナッツ)の2種類。多分、他にもいろいろあったと思うが、ムギラ好きとしては、ムギラ一択。ソース・グレンは前日食べていたので、今回はアラシッド。 せっかくだから、ヤギ肉を…と思ったら、肉は羊と牛で、ヤギはないという(もしやガーナ人じゃない?)。 ムギラ拡大。 ともあれ、ソースに浸しながらパクリ。米のいい香り、ソースはそれほどくどくなく、味付けも優しめ。若干小さめのボール。オフィスワークが増え、体を使わなくなった都市民の生活に則し、健康志向が浸透してきたワガドゥグならではのムギラなのかも…と考えながらいただきました。 ちなみに、このお店はダガリの女性たちが営んでいることがわかりました。しかも、同じくダガリのソムダの親戚筋とか。一時期ガーナに出稼ぎに行っており、料理はそこで覚えてきたのだそう。西アフリカでも有数の移民送り出し国のブルキナファソ。ワガドゥグが多国籍な料理が比較的そこの原型を留めながら存在するのは、こうした背景もあるのかも、と思った次...

【フィールドワーク2026④】何年振りかのあれ…をいただく

イメージ
ニンジンは今が旬。ニンジンを生でかじりながらチャパロをやる 到着直後からの調整が一段落。久しぶりに調査を手伝ってもらっているルードビックのお母さんを訪ねることにした。もう何年前になるか…ルードビックに仕事を手伝ってもらい始めたころ、彼のバイクにニケツして、彼の実家のお母さんに会いに行った。ルードビックのお母さんは、チャパロ(ソルガム・ビール)を醸して売っていて、食文化研究を本格的に始める前だったが、一度作っているところを見てみたい、と思い、訪ねたのが最初の出会いだった。 とても気のいいお母さんで、「また来るね~」と言ったまま、ずいぶん時間が経ってしまった。ルードビックと会うたびに、「今度はお母さんのところに挨拶に行こう!」と言うものの、なかなか時間が取れずにいた。今回は、何としてでも、と思い、日本から「この日曜日はお母さんのところに行く!」と宣言しておいた。 お母さんは、Saabaと言う、ワガドゥグの南東の端っこに住んでいる。比較的最近まで「村」だったが、現在では拡大するワガドゥグ市の一部となっている。以前訪ねたときには、まだ家がまばらで、家の前に植えた何本かのマンゴーの苗木がずいぶんひ弱に見えたことを記憶している。 今回のドライバーのソムダが運転する車が滑り込むと、5-6本の立派なマンゴーの木の下に、長椅子に座った何組かがチャパロを酌み交わしている。とても寂しい景色だった、お母さんの家の周りには多くの家が建ち、マンゴーは大きくなって真っ黒な木陰を作り、その下に人びとが歓談している。ずいぶん景色も変わったな…などと思いながらお母さんにご挨拶。私のこともよく覚えていてくれて、大変喜んでくれる。 日曜の昼下がり 日曜日の昼下がり、皆、それぞれの気の合う仲間たちとマンゴーの下で談笑している。もちろん、目的はチャパロなのだけど、フランスであればカフェのような交流の場であることも間違いない。こうした中でここの人たちの社会性が形成されている。そうそう、これもどこかで書いたが、こうした空間を「カバレ」と呼ぶ。村でも、街中でも、薄暗い小さな小屋のことが多いが、こんなオープンなところも珍しくはない。 ルードビックのお母さんから、ウェルカムドリンク的に1本いただき、3人で賞味。午後ということもあり、若干アルコール度数高めだが、久しぶりのチャパロは旨い。 チャパロ ルードビックのお母さん...

【フィールドワーク2026③】ーブルキナファソ②ラマダンにあたり

イメージ
全然ムスリム感がないですが…イマームはバッドマン  2月19日から始まった今年のラマダン。3月21日に無事にイード・アル=フィットルを迎えました。 今回の調査、ラマダンのど真ん中に行われました。もちろん、そのことは理解していて、食事の調整やら、色々シュミレーションして、ホテルもキッチン付きの部屋にしておいたり、日本から少し多めに食べ物を持って行ったりしました(イマームのところで食事ができないのが残念…)。 上の写真の青い箱は角砂糖なのですが、ラマダンの際に皆さんに配るのが習わしとか。ずいぶん前にラマダンをやった時には、デーツをたくさん買ってモスクに持って行ってイフタールに配ってくれた記憶があるのですが、角砂糖というパターンもあるんですね。 ラマダンの最中の調査は注意が必要。まず、ズフル(午後最初の礼拝)の後は、モスクで過ごすことが多く、ほぼ調査にならない。つまり、調査はいつも以上に午前中に設定する。かと言って、夜通しの礼拝があることもあるので、午前中もあまり重い調査はできない。そもそも、断食中は皆さんしんどいので、あまり大がかりで時間のかかる調査は避けておく。そして、午後は、「世俗的」なインフォーマントもしくは「クリスチャン」系のインフォーマントへの聞き取りを設定すると、比較的ストレスなく調査が進行する。 まあ、皆さん慣れているとはいいますが、やっぱりしんどいですよね。今年は昨年よりましとはいいつつ、2月末~3月終盤という、この地方で最も暑くなるちょい前で、連日の40度越え。ちょっとノートを取っていたら、皆さん、こんな感じ。 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

【フィールドワーク2026②】ーブルキナファソ①国内避難民問題

イメージ
  調査助手のルードヴィックと共に聞き取り 今回のブルキナファソ調査、「信仰NGO(Faith based NGO)」の役割を明らかにする、という大きなテーマを持っていました。このテーマ、実は、2022年ころから関心を持ち始めたもので、ようやく本格的に調査ができるようになってきました。 これまで調査をさせていただいていた、Cheikh Hamidou Sawadogoさんは、モスクのイマームであり、これまでフランコ・アラブ学校を運営してきましたが、2022年の年明けからPDI( Personnes Déplacées Internes 国内避難民)の就業支援を視野に入れた(PDIだけではない)「ビジネス」を展開していきます。社会的弱者を救済する、という宗教組織らしい発想のもとに始められた活動だと思います。 ブルキナファソの社会の中には、イメージ通りの貧困が渦巻いており、こうした渦中にいる人びとをいかに巻き込むか、また、支援するか、ということは、社会の誰しもが考えていることです。凋落甚だしい現在の日本でも公的支援だけではいかんともしがたく、ブルキナファソはさらに支援する手立てが少ないのが現状。社会の構造からみても、市民組織の支援は必要不可欠で、さらに言えば、それだけでも全く充足しているとは言えません。そこで出てくるのが、宗教組織なのですが、そもそも、キリスト教会のチャリティは現在のNGOの原型ともいえますし、イスラームも弱者救済が聖典クルアーンに書かれているほど、こうした意識は高いと言えます。 Sawadogoさんのところは、いつでも色々と聞けるようになったのですが、サンプルが一つでは…ということで、いろんなところに仕掛け、ここ何回かの調査では、それを横に広げる、という作業をしています。こうした支援をする人びとを調べるにあたり、いわゆる比較調査になることから、支援対象を絞り込むことにし、地の利のあるSawadogoさんの事務所のあるワガドゥグ9区に地域を絞り、そこで大きな問題となっている上記のPDIを対象としている「団体」を見ていくことにしました。 PDIの女性たちが栽培する畑 前々回(2024年年始)の調査の際に、Albindaから移ってきたイマームと面会、さらに、年末年始の調査の際にルードヴィックに教えてもらった、やはり北部から移り住んだ人たちに改めてコン...

【フィールドワーク2026①】セネガルーブルキナファソ①

イメージ
  Almadieの海鮮屋の大将 年跨ぎの調査の後、一瞬の静かな時間を経て、アジア学院、卒業展示と続き、あっという間に2月末。年度末ということもあり、様々な書類の束が続々と舞い込んでくるが、渡航日が刻一刻と迫ってくる。予算の都合で、年度内に完全処理を済ませなければならないということもあり、とりあえずは調査の前にお金の計算、というなんだか、な感じで出発の日を迎えた。 今回の予定は、前半2月28日~3月5日がセネガルで海外長期FWの調整、3月5日~3月17日がブルキナファソで科研費関連の調査、というスケジュール。セネガルの調整がかなり手間取り、ギリギリのタイミングで決まったこともあり、ブルキナファソの調査がかなり準備不足の状態での出発となった。しかも、2月28日に起こったアメリカ・イスラエルのイラン侵攻は、もう一つの担当のトルコも不安定にさせるという、落ち着かない中での出発となった。 セネガルの調整の細部は省くが、バタバタと打ち合わせをしたり、お礼をしたり、学生のアパートを見に行ったり、その後お世話になる方にご挨拶に行ったり… 乾燥した乾季の海辺の少し肌寒いくらいの一足先に来た初夏のような気候の中、着いたばかりの環境に慣れようと奮闘している学生の姿を見て、不安ながらもほほえましく、ここで彼らの人生の大切な経験が積み上げられ、友情が育まれていくのだろう、と感じていた。 なんか、ここのところ筆が進まず、実は現在出国直前。この後、いくつかは記事をアップしていく予定にしている。

親子サッカー

イメージ
昨年からキイチロウは放課後に週1回サッカーをするようになった。なかなか外で遊ぶことが難しくなった昨今、体を動かすのは親としても嬉しい。仲の良い友達たちと一緒にひとしきりサッカーに勤しみ、うちを行き来するようにもなり、「小学生」を謳歌している。 数週間前、連れ合いから「親子サッカー」なるものがあるとのことで、あまり何も考えずに諾の返事をしておいた。本当にあまりちゃんと考えることもなく、ぼんやりとキイチロウのサッカーを「見に行く」程度だと、思い込んでいた。 そして、当日…前の日にイベントで遅くはなったが、論文で詰まっていることもあり、午前中に泳ぎに行こうかと思うと連れ合いにいうと、怪訝そうな顔をする。まあ、気にしても仕方ないので、すっかりそのつもりでいると、「親子サッカー」の予定を色々とインプットしてくれる。「えっ?なんで着替えないといけないの??」「だって、「親子サッカー」だよ」「えっ?!もしかして俺もやるの?」…チーン。 行く前から筋肉痛確定。それ以前にケガをさせない、ケガをしない、熱くなり過ぎない、と言い聞かせ、いざ… 約20年間ラグビーをやってきて、体を動かすことにはそれほど苦手意識はなく、むしろスポーツは好きな方。ずっとジムには通っているものの、水泳でゆったりと体を動かす程度で、瞬発的な動きなど何年もやっていない。ゲームが始まると、小学生の機敏な動きに翻弄され、おそらく10歳以上若いほかのお父さんたちにも到底ついていけるわけではない。足はもつれ、横の動きについていけずに変な転び方をし、酸素不足で視界が白くなっていく…長年のラグビーの貯金と体が動いていたころの記憶がまだ少し残っているのか、こうした体の様々な変化を(ここだけは冷静に)感じながらプレーしていた… 結果。10分×2×2+7分×2×2の4ゲームにフル出場した。今、書いてみて、1時間以上サッカーできたので、まだまだいける、と思ってしまっているが、まあ体はボロボロ。軸足の右足に体重をかけすぎ、炎症を起こし、その翌日には痛風の発作を誘発して足を引きずる羽目に。しかし、筋肉痛は比較的軽微で、右足をさすりながらも、また「まだまだいける」と…幻想か… その夜、へとへとになった父ちゃんにマッサージを申し出てきたキイチロウ。喜んで受け入れると、なかなかに効き、マッサージをしてもらいながらウトウト…いつしか心地よい疲れと...