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日本アフリカ学会 第63回学術大会@名古屋大学

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  今年も日本アフリカ学会の学術大会で発表してきました。 これまで、できるだけ調査した新しい資料を提供しようと、いろんなテーマで発表してきましたが、今回は前回のブルキナファソのライシテ研究との連続性を考え、中間集団としてのイスラーム系の「信仰NGO」についての発表をしました。発表要旨は以下の通りです。 「イスラーム系「信仰NGO」による国内避難民支援:ワガドゥグ第9区の事例より」 まあ、発表など、アブストラクトの通りにはいかないもので、データを整理したり、新しい文献を読んだりしてしまうと、未来予想図からはずいぶんとずれが出てしまう。今回の場合、「信仰NGO」という概念自体が問題となった。先行研究にも、特に疑うことなく、「組織」としてのNGOが描かれているが、実際に制度に則ったNGOなどほとんどない。実際に調査してみると、より緩やかな町内の互助会のような、そんなイメージ。NGOにカッコを付けて逃げ場を作っておいて正解で、この枠組みをどうするか、ということは今後の課題とした。 しかし、全体的には、ちょいと酷い発表過ぎた。調査でもう少しまとまった資料が集まるかと思っていたら、思いのほか不調(そもそも2週間という短期ではアポイントをとるところまでが精一杯…)で、データが薄すぎる。そして、発表当日にいまさら気が付いたのだけど、宗教社会学を注視しすぎた挙句、難民研究がノーマークという失態…ゼミがあったら指摘してもらえたのに…という泣き言ばかりが頭をよぎる。 とりあえず発表まではこぎつけたものの、反省ばかりの今回の発表。来年はおそらくオープンキャンパスが重なって参加叶わないのだけど、どこかの機会にしっかりリベンジしていきたい。

2025年度の振り返り

年末と学期末の2回も一年を振り返る必要もないのではないかと思い、こちらにまとめました。「あけまして…」感は4月の方が強い気がしますし。 改めて振り返ってみると、2025年度もバタバタと過ぎ去っていきました。普段生活していると、このバタバタの中で、近視眼的になってしまいがちで、今していることがどんな意味があったのかを考えることもないので、ちょっと丁寧に振り返っておきたいと思います。 【研究面】 原著論文がないのがよくないですが、3冊の商業出版(いずれも明石書店)に関わり、一つは、数年前からの懸案事項であった『ブルキナファソを知るための64章』。中尾世治さんと共編著として(大変ご迷惑を…)初出版。中尾さんとは、この後も何度か一緒に仕事させてもらえると思うので、その端緒としての意味合いもあったかと思います。その他、雑誌記事など数本を書きました。 この他、ここには出てきませんが、2026年度、2027年度出版予定の原稿を書きました。来年は編著1冊、分担執筆2冊の予定。 一方、調査の方も少しずつ進展していきました。まず、ブルキナファソでは、伊達科研、日下部科研の分担者として、ブルキナファソの宗教NGO、特にイスラーム系の弱者救済について現地調査を行いました。実は1年数か月振りの滞在となり、いずれも10日強と近々では、比較的長く滞在できたこともあり、まずまず実りのある調査だったと思います。もう一つ、時々ブログでも紹介している在日セネガル人の調査に関しても進展がありました。30回に渡り開催した日本語教室や毎月のダイラに参加することで、ずいぶんセネガル人とも交流が持てるようになってきました。 【教育面】 清水ゼミ3期目の7人が卒論を書き上げ、無事に卒業していきました。2024年度卒業の学生たちがべったりだったのですが、2025年度に卒業した学生たちは、ほとんど研究室に来ることなく、少し不安を感じていましたが、立派な卒論が提出されて安心して送り出せました。清水ゼミ4期目は相変わらずやんちゃな感じですが、これはまた今年度鍛え直す、ということにして、新たに迎えた5期目は7名。現在、5期目の学生はフィールドワーク中。どれくらい成長して帰ってくるか、楽しみです。 スポットの授業としては、九州大学に招待された、食のワークショップは、とても思い出深いです。旧知の横谷奈歩さんからの依頼で、色々と頭...

【業績】月刊「地理」2026年3月号 「西アフリカ半乾燥地の都市と農村の食─伝統と近代が混交する食卓」(特集 アフリカの食文化 変わる都市と農村の食)

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  おそらく今年度最後の業績です。またまた食文化に関する短報ですが、中高の社会科の先生方がよく読まれる、という月刊「地理」への寄稿となり、まだまだマイナーなアフリカの食文化研究を広く読んでいただける、というのは大変意義深いことです。 このお話をいただいた時、実はかなり途方に暮れていました。今年度だけで、6本(現在7本目の原稿を書いています)の食文化ネタ。さすがにネタが尽きているように思いました。ただ、「都市と農村」という補助線が入ったことで、書き進めるうちに次第にイメージができていき、自分自身としては、かなりお気に入りの原稿になりました。 今回書いたのは、またまた「スンバラメシ」のことなのですが、スンバラメシの要素を大まかに分解すると、比較的新しい食材であるコメと、伝統的な食材であるスンバラで構成されるわけですが、この出会い(マリアージュ、で合ってるのか?)がブルキナファソの食文化に大きな影響を与えている。編者の藤岡さん、藤本さんには、「都市と農村で差異を伴いながら交流し、多様な食材が行き交うなかで、新たな食文化が育まれている。グローバル化という枠組みだけではとらえることができない、よりダイナミックな展開が生じている」(18‐19)と解説していただいています。この原稿を書く上で、特に勉強したのは、ブルキナファソの米の供給と消費のことでした。統計資料を見ていると、やはり、ある時期から供給も消費も大きく伸びていることが分かり、現在ではかなり手に入りやすくなっているのがわかり、この地域の食文化における米の位置づけが確認できたのは、今後の研究にも寄与しそうです。 ご関心のある方はぜひともお目通しください。 ※詳細は以下の古今書院さんのWebから! https://www.kokon.co.jp/book/b673699.html

【業績】「「地域研究」としての西アフリカ研究: 食文化研究を中心に」@『アフリカ』アフリカ協会

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  明石書店のエリアスタディーズ・シリーズの一連の出版が済み、さて、これから自分の原稿にかかろうか、と思うと、新しい原稿執筆依頼がやってくる。そういうときは、大体一時に複数いただくもので、今回もそのうち紹介できると思う原稿依頼2本と共に数日の差でやってきた。(そしてもう一本やってきたフランス語→日本語の翻訳(しかも締め切りまで2週間!)はさすがにごめんなさいしました…) (一社)アフリカ協会が発行する 『アフリカ』2025年冬号 に「「地域研究」としての西アフリカ研究:食文化研究を中心に」という論考を寄稿しました。この雑誌、アフリカに関わる外交官が中心となっているもので、学部生の時代は特に貴重な国際政治や国際経済の情報源として読んでいました。しかし、しばらく手を取る機会もなく、どこからかお誘いいただきました。 研究動向が今回のお題ですが、それほど学界動向を意識して研究したことはなかったのですが、ずっとモヤモヤしていた「地域研究」なるものを考えてみたくて、最近、もはや「専門」と言っても過言ではなくなってきた食文化研究から地域研究を紐解く、ということを目指して「食文化研究」と「地域研究」がいかに相性がよいか、ということを書きました。個人的に高谷好一さんの『 世界単位論 』に感銘を受け、かなり意識的に研究に取り入れているのですが、このことが書けたのはよかったかと思っています。

1001夜目を迎えるにあたり

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2010年7月に始めたこのブログが1000エントリーに到達しました。実に現在2025年11月なので、15年4カ月(304か月、36歳~51歳)の達成です。そんなに長いことやってるんですね。改めて計算してみて驚きました。年間、60エントリー強、月に直すと5本ほど、大体週1ペースということになります。細く長く、という感じでしょうか。途中1年以上更新しなかったり、一日に複数本エントリーしているので、かなりムラもありました。 元々は書き癖をつけるために、できるだけ毎日キーボードを打つため、ということを考えて始めたこのブログ(今でも自信はないですが、当時の日本語は悲劇的でした…)。とにかく何でもかんでも書いていましたが、文章を早く正確に書く、ということを考え始めてから次第に読まれていることを意識するようにし(グダグダにならないように)、いくつかのテーマについて継続的に書く、文体のパターンを作る、といういくつかのルールを課しているうちに、何か定型化されて来ているようにも思います。内容として読みやすくなってきているのか、定型化されてつまらなくなっているのか…このあたりは?ですが、論文や本を書いていないときでも、何かしらメモをする場としては、やっていてよかったと思います。 さて、この下は完全な自己陶酔の記録ですので、万一このブログに迷い込んでこられた方はこの辺で。 このブログを書き続けたこの15年、どんなことがあったのでしょうか。 1. キイチロウが生まれ、もう10歳になる 別の媒体に写真を写してしまったので、なんだか中途半端なところから始まっていますが、一番上が京都に引っ越してきたころ(2019年-2020年)のキイチロウ。一番下が最新(2025年10月)。多分この頃の倍くらいの体重になっています。昨日、久しぶりに抱っこしてみたら、いろんなものが溢れていました。今度の2月で10歳。ハーフ成人を迎えます。基本的にひょうきんでニコニコ。最近ちょっとわがままになった気がするけど、大人の感情の襞を敏感に感じる繊細な感性も持っていたり。【アフリカ子ども学と子育て】というシリーズでキイチロウの成長をメモしていますが、改めて見直してみると、赤ん坊から子どもへ、そして、少年へとすくすくと育っているのがよくわかります。 2020年春 2022年ころ 2023年ころ まだパッツン前髪 2024年赤の...

【出版】山田肖子・溝辺泰雄(編)2025『【第2版】ガーナを知るための57章』明石書店

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  2024年後半のある日。長らくお世話になっている山田先生からメールが来ました。メールの内容は、ガーナの食文化についての執筆依頼。もちろん、山田先生は私がガーナのお隣を専門としていることはよくご存知で、私はもちろん「ガーナには何度か行ったことはありますが、私よりはるかによくご存知の方がいらっしゃるはず…」とお返ししたのですが、「清水さんの文体がいいからぜひとも」とお返事をいただき、そこまで言っていただけるなら!ということで、お受けすることに。 ところが、これからガーナに行くにも、海外調査に行くような研究費は使い切る目途が立っていたため、日本国内で調査をすることにした。その日から、ガーナレストランを探し始めた…というストーリーではなく、その少し前に知己を得た、 比呂啓さん のことや、比呂さんが自費で出された本のことが頭にあって、何となくガーナ料理を実地で勉強する目途は立っていた、というのもお受けしようと思った背景にありました。 ただ、ガーナに行ったのは2014年が最後。しかも国際学会で食べ歩きができたわけでもないし、家庭料理など(今でも)全くわからない。しかし、お引き受けした以上はガーナ料理を勉強せねば、ということで突貫工事を始めたわけです。何軒かのレストランを訪れた中で、 Amaging Grace に照準を定め、集中的に5回ほど伺いました。お店の方は話しかければ、話せるが、向こうから話かけてくれるわけではないので、少しずつ馴らしていくように、3回目にこちらの顔を見て、お店の人がにっこりしたタイミングでちょっと話をしてみる。4回目に30分くらいおしゃべりをして、ようやく聞き取りができるようになる。ある程度原稿が出来上がり、5回目の訪問で足りない情報を聞き取り、おなかも頭もいっぱいで書き上げる…現地で少し食べ歩きたかったし、もう少し聞き取りもしたかった… 書いた後でなんですが、この後、ガーナに行く機会、何度あるかしら。行ったらぜひに食べ歩きをしたいものです。 目次、執筆者等の情報は以下の明石書店さんのウェブサイトからどうぞ。 https://www.akashi.co.jp/book/b670136.html

【出版】清水貴夫・中尾世治(編著)2025『ブルキナファソを知るための64章』明石書店

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ようやく出版にこぎつけました。『ブルキナファソを知る64章』。2023年に作業をはじめ、はや2年が経ってしまいました。この遅れは一重に私の怠惰によるもの。誰も見ていないと思いますが、この場を借りてお詫びを申し上げたいと思います。 出版の経緯は、中尾くんが書いた「あとがき」をご参照いただくとして、ひょんなことからこの本を作ることを決めました。書き始めのころ、出版社で打ち合わせの後に上野の焼き鳥屋で中尾くんと一杯やりながら「こうやって先のことを妄想するのが一番楽しいんだよね」なんて話していたのをよく覚えている。そして、それは、そのまま自分に返ってきてしまう。 妄想段階では、74章にしようとか、500ページくらい書いたら初の分冊になるのでは…などと威勢のいいことを言っていたものの、実際に目次を組み、中尾くんと僕の前にはそれぞれ15章近い執筆項目が…それでも、研究者で抱えない、というポリシーは曲げずに、これまでブルキナファソに関わった多くの方に、中には何本も執筆を引き受けていただき、ほぼすべての方が期限前にご提出いただいた。この先は言い訳になるから、これ以上言わないが、どうしても時間が取れないこともあり、時間が取れても筆が進まないこともあり、結局、中尾君にばかり負担が行ってしまった。本来、中尾君が筆頭編者となるべきかな…と思いながら、たぶん次の改訂版では中尾君が中心になってやるだろうと思い、今回は甘えさせてもらった。 しかし、ここのところずっと心配事のタネだった一つが仕上がり、少し気分が軽くなった。最後に何度も確認をしたが、入門書としてはなかなかの充実ぶりだし、もう少し平和になったらぜひこの本をもってブルキナに出かける人が出ることを期待したい。 それにしても、今年は明石書店から3冊(もう少しすると3冊目の『ガーナを知る…』が出ます)とは…

【出版】藤本武・八塚春奈・桐越仁美(編)2025『食文化からアフリカを知るための65章』明石書店

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2025年6月2日に『食文化からアフリカを知るための65章』( アマゾン /明石書店)いよいよ出版されます。 2018年末に、その後、籍を置くことになる京都精華大学を会場として行った「 第2回 アフリカ発酵食品文化研究会 」が本書の母体となった、アフリカ食文化研究会(正式な名前ではないですが)で、2023年からは東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究「 アフリカ食文化研究-変貌しつつあるその実像に迫る―(jrp000289) 」という名前で活動をしています。これまでに、この研究会からは、すでにいくつもの論考を発表し(例えば、 『農耕の技術と文化』30号 など)今回の出版にたどり着きました。 私は以下の4章分を分担執筆しました。 第8章 西アフリカ乾燥地の伝統的主食:雑穀で作られる練粥「ト」 第17章 西アフリカに広がる米食文化:セネガル料理の影響と土着の料理との融合 第36章 アフリカの納豆文化:西アフリカの味を決める発酵食品 第46章 チャパローソルガムでつくる地酒(ビール) しかし、これでいよいよ手持ちのネタは玉切れ。なんか新しいネタを考えておかねば… もし、奇特にもこのブログを読まれている方で、ご所望の方がおられましたら、ほんの少しお安くお譲りできると思いますので、ご遠慮なくお申し出ください。

2025年度 今年度やること

すでに4月も過ぎ、GWに差し掛かっていますが、今年度の目標というか、Todoというか、これからこんなん出ますなども。元気に仕事してます、報告です。 【研究】  昨年度いっぱいで自分の科研費が終了。また、分担者としてかかわっていたものもいったん終了しました。残念ながら、萌芽研究しか出せなかった自分の科研費は不採択でしたが、二つの科研費プロジェクトの分担者としてお誘いいただき、研究者としては研究が続けられることになりました。一つは、「 ポスト世俗時代における地域間比較宗教学に向けてー複眼的世界像の構築と分析 」(基盤研究(A)、代表者:伊達聖伸)、もう一つが「 イスラーム教育と世俗の越境・融解:ムスリム側から描く「ポスト世俗 」(基盤(A)、代表者:日下部達哉)です。この二つはそれぞれのテーマに沿った海外調査がメインです。このほか、学内の「個人研究奨励費」というのをいただきましたが、こちらは在日アフリカ人調査に充てる予定にしています。 一応、調査については、こんな感じで目途が立ちました。で、「いっぱい書きます」は宣言しておきます。まず「書きました」は2.5冊ほどあります。いずれも明石書店のエリアスタディーズシリーズですが、『食文化からアフリカを知るための…』『ガーナを知る…』『ブルキナファソを知る…』と寄稿しました。この辺は年度内には必ず出版します。 そして、現在書いているもの、書き出したものです。まず、昨年度までの科研費の成果出版の目途を立てる(原稿を出す)こと、日下部科研の先行プロジェクトの成果発表の原稿(2本)が大きめのお仕事です。このほか、『ブラック・ディアスポラ事典』の編集委員を仰せつかっており、2027年度出版を目指し、打ち合わせを行っているところです。そしてそして、これだけ受けておいて大丈夫か?!ですが、博論、何とか今年度こそ目途を付けます。 【教育面での目標】 昨年度は、グローバルスタディーズ学科が一巡し、無事に1期生が巣立っていきました。我われも授業が一巡し、ベースが固まってきました。今年度は新たな講義資料を作成する必要はないのですが、来年度からの本格的な学部再編を前に、いくつかの準備をせねばなりません。講義科目は、大きくフィールドワーク関連科目、比較社会学、子ども学概論というのを担当していますが、文化人類学の近接科目でもある比較社会学の充実化...

【イベント】シンポジウム「西アフリカにおける宗教性と「政治」・「社会」ー「ライシテ」概念の運用をめぐって」

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2021年から始まった科研費「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(21H00651)も最終年度を迎え、いよいよ成果報告の時期となりました。始まった当初はコロナ後半。まだまだ海外調査に行きにくい時期でした。しかし、当時の海外渡航におおらかだった本学の仕組みのお陰で何度か海外調査に行くことができ、何とか最終年度を迎えました。 昨年度のアフリカ学会では、「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」と題した フォーラム を組み、プロジェクトの全体的な途中経過を公開しました。また、今年度の文化人類学会では、「 西アフリカのライシテの文化人類学的研究試論 」としてライシテの文化人類学的なアプローチの可能性を議論しました。 このプログラムの最後の締めくくりを、統一テーマとして「西アフリカの宗教性と「政治」・「社会」-ライシテ概念の運用をめぐって」として議論を深めたいと思っています。ここで、「ライシテ」という言葉を副題に落としたことがポイントで、フランス語的なライシテ、というのは、もはや西アフリカで語っても仕方ないのではないか、という結論です。むしろ、宗教(イスラーム)的な事象が正統に評価を受けるための、一つの免罪符的な役割しかしておらず、運用されるものなのではないか、ということを説いたいと思います。私自身は、「西アフリカの人びとの日常から「ライシテ」概念を再考する」という中でこのことをお話しできれば、と思っています。  

博論執筆日記Vol.3 一旦整理する。そして再開。

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「博論、書けるところからドンドン書いてます。「書いています」と言っても、僕もすでに研究を始めて15年になろうとしていて、ずいぶん書き溜めたものがあるので、それらをリライトしたり、整理したりすることが多い作業なのです。 1月24日に指導教官のゼミでの発表を控えているのだけど、どこも中途半端で、かなり頭を悩ませていました。」……… 約5年前、この辺りでこの投稿の原稿が止まっていた。何度かあった、博士論文をまとめる機会を悉く逃し、博士課程を満期退学して早12年。とっくの昔に過程博士の期間は過ぎ去り、論文博士の取得を目指さねばならなくなっている。 僕が単に仕事ができないだけなのか、本当に仕事が多かったのかはよくわからない。おそらく前者の方だったように思うのだけど、大きな仕事の波を考えると、今年度は再び訪れたタイミング。新学部が4年目となり、カリキュラムが一巡して、授業準備が各段に楽になったこと、大きな研究プロジェクトがいくつか終わったこと、昨年度役職がなくなったこと等々、いろいろなサイクルを考えると、今年度がエアスポット。人生の宿題を片付けるのには、もってこい、ということで改めて書きます宣言。 年初には終わらせておきたかった仕事がいくつか残っているので、それを片付けながらですが、何とか今年度中に片を付けたいところ。周囲でこれまでお世話になった方々にもご協力をお願いし、ご快諾いただいています。こうしたサポートもありがたい限りです。 にほんブログ村 アフリカ(海外生活・情報)ランキング

【研究成果】日本文化人類学会 第58回研究大会@北海道大学

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文化人類学会 第58回研究大会 本年2度目の北海道に来ています。今回は北海道大学で開催される日本文化人類学会第58回研究大会に参加します。一応、自分の専門を文化人類学と名乗って入るのですが、なんと学会に参加するのは6年ぶり。現職についてから、オープンキャンパスやらで悉く参加が叶いませんでした。 事務局から事前に北海道がハイシーズンのためホテルが取りにくいという情報があったので、査読通過を確認する前にホテルと飛行機のチケットだけはゲット。いずれにしても前乗りはしなければならず、金曜の午後に移動して札幌にインしました。相変わらず体調がすぐれないのですが、金曜日の夜は、卒業して新千歳に就職した元ゼミ生と合流。就職一年目の愚痴を聞きながら北海道のおいしいものをつまむ。よい夜でした。 一応、準備は少しずつしていましたが、本格的に資料作成を始めたのはここ数日のこと。もう少し詰めるのに時間がかかりそうなので、朝から作業にかかっている。 プログラム、要旨とも、上のURLからご覧いただけますので、ご笑覧ください。  

第3回アフリカ納豆サミット 報告

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2024年5月28日に行われた「アフリカ納豆サミットVol.3」 昨日、無事に「アフリカ納豆サミットVol.3 」が盛況のうちに終了しました。30名ほどの参加者が来場くださいました。今回は、烏丸丸太町の交差点のところにある「DAIDOKORO」を会場として開催しました。そして、ラオス料理人の小松誠児さんをお迎えして、「ラオス納豆とアフリカ納豆の対決」というストーリーで行いました。 来場者が参加しての調理 今回の一つの狙いは、来場者自身が調理段階から参加する、ということでした。エンターテイメント性を強める、という意味で、来場者の参加度を高める、また、講師との対話の機会を増やす、という意味で大変よい方法だったと思います。参加者がいろいろと世話をしてくれるので、私もラオスの方の調理を見に行ったりして、お話を伺いました。 奥さんによる「川魚のスンバラソース焼き浸し」 ブルキナファソ側からは、「川魚のスンバラソース焼き浸し」、「プレ・クスクス」、「ト(バオバブソース)」、「スンバラ飯」と4品をご用意。ラオス側は…すんません。料理名、忘れましたが、米麵のスープ。以前、同僚のナンミャケカインさんに作っていただいたミャンマーの麵料理に似ていました。 なんとワガドゥグ伝説の「プレ・クスクス」 ご一緒させていただいた小松聖児さん、 ラオス料理の本 を書かれています。手前味噌ですが、 拙著 も含めてご高覧いただけますと幸いです。 このイベントの3日ほど前に病院で「喘息」と診断されました。体調そのものはそれほど悪くないものの、咳が止まらず、参加者の皆様はずいぶん不快な思いをされたのではないかと思いますが、来場者の皆さんはおくびにもそのようなご様子を見せることなく、大変心地よく過ごさせていただきました。改めてお詫びとお礼を申し上げます。 また、ここまで3回、仕掛けてくれた 奥祐斉さん にもSpecial Thanksを贈りたいと思います。この後、東京でのイベントも動いていますし、京都発のアフリカ面白イベントでもご一緒させていただくことになっています。

オンライン合評会 伊達聖伸・見原礼子(編)『イスラームの定着と葛藤』(6月21日)

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6月21日にオンライン合評会『イスラームの定着と葛藤』のコメンテーターを務めます。 伊達さんは言わずと知れた日本を代表する宗教学者(ちなみに同い年)で、何度か私の研究会にもお呼びしたり、セネガルでご一緒したり、見原さんとは別の比較教育学系の科研費でもご一緒させていただくなど、ご縁のあるお二人からお声がけをいただきました。 この本は「ライシテ」科研の成果物で、私が代表を務める「西アフリカのライシテ」科研が強く影響を受けている科研プロジェクトです。この機会を通し、改めて勉強させていただこうと思っています。この本の出来上がりと共にご恵贈いただき、ゆっくり読み進めていましたが、大急ぎで読まねば… もしよろしければ、ご参加ください。 

【業績】「ムーリッドを中心とする在日セネガル人の 民族誌的研究序説」

去る5月21日に都市共生研究センター(MICCS)の研究会で発表したものが、同研究会の紀要『インターセクション』で活字になりました。 こちら からご覧になれます(無料)。 論考自体は、在日セネガル人の現在の動きについて書きました。5月までに調査できていたところからさらに進めた調査で分かってきたことなどを文字化しました。さすがに生活史までは書ききれませんが、年代ごとの傾向や新たな結節点の形成過程を示しましたが、まだ分析途上の試論ですが、一つ書けたのはよかったです。ご批判、ありがたく頂戴したいと思います。 編者の森先生、鈴木先生によるPreface「周縁から権力構造をとらえ返す ―MICCS『インターセクション』第 2 号の目指すところ― 」で、以下のように紹介していただきました。 「2023 年 5 月の公開研究会での講演にもとづく論考「ムーリッドを中心とする在日セネガル人の民族誌的研究序説」(清水)である。ここでは人類学者の和崎春日を中心とする在日アフリカ人研究に関わってきた著者が、その後の研究史を端的にまとめつつ、自身の在日セネガル人調査の現時点での成果を報告する。とりわけ、現地調査で発見した移民の世代論というアイディアを検討する筆致からは、自分のみてきたフィールドから現実描写と学術的議論を立ちあげていこうとする著者の信念が伝わってくる。在日外国人のなかでは比較的知られていない在日アフリカ人の生活についても、堅実な民族誌的研究が積み重ねられていることがわかる貴重な一本である。」(p1) ご笑覧いただけますと幸いです。

科学研究費「西アフリカのライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B/21H00651)② 学会報告(2023年度)

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  2023年5月に千葉で行われた日本アフリカ学会第60回学術大会で本科研研究の進捗を発表しました。昨年の学会では、科研費の中間発表を行いました。「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」と題し、科研費のメンバーの 和崎春日先生 、 ウスビ・サコ先生 、 伊東未来先生 、 阿毛香絵先生 と私の5名でフォーラムを組みました。 【本フォーラムの趣旨】   本フォーラムでは、科研費「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(21H00651/代表者:清水貴夫)の途中経過を提示し、本課題の妥当性や方向性、新たな視点を募り、本研究の進捗を発展的に検証することを目的とする。この研究課題の対象となる西アフリカは、ここ10 年ほどの間に多発したイスラーム過激派のものとされるテロ、社会保障を補完する信仰NGO、私学として国家が正式に認可する初等中等教育と言った、公共空間における宗教組織の存在が前景化し、その影響は到底無視できるものではなくなった。 これらは、政治―宗教、公共空間―宗教、宗教-社会福祉と言った、様々な関係性の中に重層的に観察できる問題群であり、これらを束ねる概念として「ライシテ」に着目し、こうした関係をどのように捉えるべきか、という点に着目した本研究の問題意識である。さらに突き詰めれば、西アフリカにおいて考えられるラ イシテの概念は、必ずしもフランス的なライシテ概念には収まらないということであり、 西アフリカ的な宗教と公共空間、政治の関係性を、公共空間―宗教性―日常―政治の連続性にあるという点にある。 本フォーラムでは、いわば「西アフリカ的なライシテ」を検討することの可能性と課題を提示し、フロアと議論したい。ライシテ概念とは、共和政体としてのフランス近代国家の成立を裏付けた、宗教性から自律した世俗性を定めた近代国家の成立条件である。旧フランス領アフリカは、1960 年 前後の独立に際し、その憲法に、フランスに倣いライシテの原則を書き込んだ。しかし、ライシテが生まれたフランスでもその綻びはさらに顕在化し、宗教と世俗社会の間のアプリオリとなっている。いわんや、外来の概念として「上から」課せられた西アフリカにおけるライシテは、この地域の社会形成の上で上滑りしてきており、こうした現象は、様々な政治・社会問題において散見される。その都度...

【学会発表】フォーラム:西アフリカのライシテ研究の可能性と課題(科研費(21H00651)研究成果)

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  また過去記事になりますが、2023年5月13日、14日にコロナ禍後はじめての対面でのアフリカ学会が幕張で開催されました。懇親会こそなかったですが、久しぶりに多くの方のお顔が見られ、また、この間の研究発表に接することができたのは僥倖でした。 さて、今回は、「西アフリカのライシテ研究の可能性と課題」というタイトルでフォーラム(集団発表)を組みました。メンバーは、私が代表者を務める科研費(「現代西アフリカにおけるライシテと宗教性の連続性の文化人類学的研究」(基盤B))の分担者の和崎春日先生(京都精華大学)、ウスビサコ先生(京都精華大学)、伊東未来先生(西南学院大学)、阿毛香絵先生(京都大学)と私の計5名。私たちの研究視座をアフリカ研究者はどのように見るのか、という点を確認し、次の議論につなげていくことを企図しました。 おそらく100人ほどのオーディエンスに恵まれ、お歴々からいくつかの大変重要な指摘をいただく。二つ紹介しておけば、ライシテの発話者とは誰なのか?(市民とはだれか、という問いを私なりに解釈)、もう一つは、ライシテと言うタームを使う意味とはなにか?ということ。その後、メンバーと改めてシェアし、この後の研究の展開を検討することにしました。 学会発表のアブストラクトは こちら(研究発表要旨集) からどうぞ。 そういえば、この科研費についての記事を挙げていませんでしたので、この次に科研費についての記事を挙げたいと思います。

【出版】藏本龍介(編)2023『宗教組織の人類学 宗教はいかに世界を想像/創造しているか』法蔵館

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続けてもう一冊。2023年3月に出版された『宗教組織の人類学 宗教はいかに世界を想像/創造しているか』は、藏本龍介さんを代表とする科研費「宗教組織の経営についての比較民族誌的研究」(挑戦的萌芽、2015~2017)、「宗教組織の経営プロっすについての文化人類学的研究」(基盤B、2018~2021)の成果として出版されました。コロナの関係で、2022年まで研究プロジェクトは続き、この本は2022年度の発表となりました。 この本では、第5章「イスラーム教育の再創造 ブルキナファソのイスラーム教育機関を事例として」を担当しました。前回紹介した『SDGs時代にみる教育の普遍化と格差…』と同じ対象を宗教側から眺める、つまり、ブルキナファソ国家内の教育機関としてだけでなく、「より広い意味での組織の想像/創造プロセスを明らかにする」(216)という点を目指しました。宗教組織は、他の社会から分断されたユニークなものではなく、国家や社会と呼応しながら変容していくこと、そして、その変容はあるバランスの中で調整されるので、一方のみにすり寄ることはありません。そうした中で、外部者のまなざし、また、外部者的なまなざしを持つ人たちの考え方だけは所与のものとして、そこにあるのだ、ということを述べました。 第4章を担当した中尾さんがブルキナファソの宗教教育史を書かれているので、セットで読んでいただけるとブルキナファソの伝統教育のことがかなりよくわかるのではないかと思います。  

【出版】澤村・小川・坂上(編)2023『SDGs時代にみる教育の普遍化と格差 各国の事例と国際比較から読み解く』明石書店

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  しばらく紹介できていなかった業績を何冊か紹介します。 本書の(主)編集の澤村先生には、広島時代から非常にお世話になってきました。 科研費 の分担者として関わらせていただき、この本はこの成果物になります。内容についてはタイトル通りですが、特に序章と終章を読んでいただければよいと思います。大変すばらしい問題提起とまとめになっています。 この序章と終章は小川さん、坂上さんという、大変若い研究者によって書かれています。この科研プロジェクトが始まる際に、澤村先生はご挨拶で、「最後の科研」ということを何度かおっしゃられており、いわば世代交代がこの本を通じて行われた、と言ってよいかと思います。お弟子さんお二人に編集の澤村メソッドを伝え、二人が最前線に出ていくお膳立てをした、比較教育学の儀礼的な意味を持った本であることは間違いないでしょう。 私は、この科研費の中ではトリックスター的な存在だと思っていて、前著(『発展途上国の困難な状況にある子どもの教育』)でも、少しズレた視点を提供することを意識しました。今回も、この本で語られる「教育」を西欧起源の「学校教育」と捉え、必ずしも西欧起源であるものを普遍化するのではなく、土着の教育、宗教教育を含めた新たな教育を考えねばならない、という視点から論を展開しました。もちろん、非現実的であることはわかっていますが、特に研究者はこうした少し広い視点も持っていてほしい、というささやかなメッセージを発信したいと思っていました。 大きな本ですので、ご関心のある方は、ぜひ図書館にお問合せください。

『イスラーム教育改革の国際比較』(日下部達哉(編著))が出版されました

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  『イスラーム教育改革の国際比較』が出版されました。私は、第5章「ブルキナファソにおけるイスラーム改革主義運動」を分担執筆しました。 この本自体は題名通り、アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパという、ムスリムが多い地域(ヨーロッパが入るのは意外でしょうか?)のイスラーム教育の位置づけを並べてみる、という企画です。編者の科研費で集められたメンバー9人が執筆しています。 私は、ブルキナファソのフランコ・アラブと政府の間の相克について書きました。政府がどのようにイスラーム教育を捉えるのか、という点なのですが、やはり、政府はうまいこと使ってやろうとしている、フランコ・アラブはそれに振り回されつつも、今、置かれた環境の中でなんとかかんとかやっている、というようなことを書きました。2年間フィールドに行けなかったこともあり、データの積み増しがなく、若干消化不良…というのが正直なところです。 しかし、この本はこの本でとても面白くて、イスラーム教育の多様性がよく出ていて、そのおかれた立場、政府、市民からのまなざしの違いがよくわかる。しかし、今、とても気になるのが、「比較」という言葉なのです。実は、来期から「比較社会学」という科目を持つのですが、未だ「比較」という言葉に悩まされています。「比較」するには、ある視点と、それにまつわる複数の事例が必要なはずで、僕の理解では、さらに分析があるべきだと思っているのですが、多くの「比較」が分析がない気がする。この本がどうかは、世の中の評価をお待ちするということにして、もう少し「比較」ということについて考えを深めていきたいと思います。 話がずれましたが、出版のご報告です。 この本にご関心のある方は、ブログからお申し出ください。著者割(+送料?)でお譲りいたします。