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9月, 2017の投稿を表示しています

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-2

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中央市場 発表翌日の9月15日。同行していた小林先生とともに午前中を街の散策にあてることにする。最近の大学やらの風潮から、出張中は100%業務に充てるべき、というような雰囲気を醸し出しているけど、少し街を見て回る、文化歴史の資料に触れる、というのはそこそこ大切で、今回などは建築学の専門家と回ったら、間違いなくいろんな勉強になる。だから、これも仕事。何と言われようとも(笑)。 この日は、バレンシアの旧市街に。まずは、家庭内平和を守るためにお土産を買いがてら、中央市場から。僕はブルキナファソの市場以外では、フランスあたりしか知らないけど、こんなに明るくて、観光とここに住む人たちが旨く混ざり合っている市場は見たことがない。何を買ったかは、まあ、あの例のやつで、連れ合いにはまずまずの評判で、家庭平和には大いに寄与したということで、一つ言い訳が立った。 La Lonja de la seda 二人ともまったく勉強していなかったので、行くあてもなく、少し歩いていると、威容をたたえる建物、なんか入れそうな雰囲気だったので、「ここ入ってみますか」ということで建物の中に。今、少し調べたら、La Lonja de la sedaという建物で、もともと絹の商館だったところらしい。スペインと言えば、大航海時代の主役。中国あたりから、大量の絹などの商品がこのあたりに出回っていたのだろう。床の大理石や細部にわたる装飾は今でもピカピカで(ものすごくちゃんと手入れしているのだろう)、チャペルにもなっていたというホールは天井まで10mほどありそう。 La Lonja de la Seda これがホールなのだけど、この柱。質実剛健なゴシック様式から、より複雑なバロック様式へのトレンドの変化の中で、こうした柱の形が生まれてきたのではないか、というのが小林先生の解説。まっすぐな柱ではなくて、グニッと巻いてやる。でも、この柱、継ぎ目が見えるけど、輪切りにしてぴったり合うように、石を削っているのが分かる。その瞬間、とんでもない時間と労力がかかり、さらに、ものすごく複雑な技術がそこにあることに驚く。 La Lonja de la Seda これがメインのホール。打ちっぱなしの白い白壁をスクリーンにして、解説のビデオが流れている。スペイン語にて、よくわからん

SOSTierra@Universitat Politecnica de Valencia-1

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今週はスペインのバレンシアのバレンシア専修大学で行われたSOSTierraという国際会議に小林広英先生と参加しました。 スペインは2004年以来2度目の訪問で、バレンシアは初めて。ドタバタで出発したため、オレンジとパエリアしかイメージがない状態での滞在でした。 今回の会議は、各年で行われる「土造りの建造物の保存についての国際会議」で、アカデミックなものから、アクションが伴ったものまでが含まれています。そして、国連も関わっているので、さて、どんな格式ばったものかと思いきや… フルペーパーがこんな本になりました まあ、この会議の参加するまでは紆余曲折でした。かなり消耗しました。 まずこの会議に応募を決めたのは、昨年の後半のこと。ちょうど年末にパリでこの話題で発表させていただいていたので、英語の資料は作ってあったものの、最初のアブストラクトで「英語がプア」という評価。かなり凹んだものの、英文校閲に出すなどしてなんとか通過。その後のフルペーパーもかなり査読がきつく、あきらめかけたこともありました。 しかし4月に何とか通過の通知をいただき、さて今度は渡航費の工面。ほぼ確実に当たると思っていた助成金に落ち、京都精華大学のウスビ・サコ先生から研究費をいただき、何とか参加できることになりました。 しかし、3泊5日の超強行スケジュール(先週あたままでブルキナにいたのですよ)… 現在途中のフランクフルトでこれを書いていますが、なんか頭がボーっとしています。 なんと、最優秀発表・論文賞!!  しかし、そんなこんなで道のりは険しいものでしたし、自分の発表は時間オーバーという、とんでもな感じでしたが、小林先生のプレゼンがこんな賞をいただきました。「ビギナーズラック」などと謙遜されていましたが、僕のアウトローな発表はともあれ、唯一、フィールドの知を体系化した、また、これまでの研究蓄積の上に立ったそれは重厚で見事 な発表でした。僕がセカンドにいるのは、フィールドの調整の功績のためで、本当にうまく活かしていただけたました。 受賞者2人とサコ先生 そして3人でパシャリ。 2.5日の短い滞在でしたが、スペインにも新たな友人ができ、また新たな世界が広がった気がします。 人類学にも「建築人類学」という領域があり、数は少ないですが、何

『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』校正作業がおわりました

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昭和堂HPより(http://www.showado-kyoto.jp/book/b310341.html) 来月か、遅くとも再来月には本が出ます。亀井伸孝先生との共編で、『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』というタイトルで、出版社は昭和堂さんです。 原稿を書き、形になるまでには、かなり長い時間がかかるもの。最長は一本の論文で4年かかった、というのがありましたが、この本も2014年の構想で、3年かかってようやく出版にこぎつけました。もちろん謝辞には入れさせていただきましたが、執筆者や編集の松井久見子さんはもちろん、特に前職の上司、田中樹先生の後押しがなければ実現しませんでした。本を編むという作業は初めてのことで、五里霧中のなかで、本当に皆さんに支えてもらったな、ということを切に思います。 発売日が決まりましたらまたブログ上でお知らせしたいと思います。 ■■目次■■ 第Ⅰ部 乾燥地に生きる  第1章 子どもの物質文化――ボツワナの狩猟採集民ブッシュマン  第2章 小さなイスラーム教徒たち ――セネガルの農耕民ウォロフと遊牧民フルベ  第3章 ストリートに生きる子どもたち――ブルキナファソの最大民族モシ 第Ⅱ部 サバンナに生きる  第1章 日常生活の中の学び――ケニアの牧畜民マサイ  第2章 大人顔負けの子ども組織――マリの農耕民マリンケ  第3章 恋する娘たちの結婚と就学――エチオピアの少数民族マーレ  第4章 学び、遊び、夢いっぱい――ザンビアの農牧民トンガ 第Ⅲ部 熱帯雨林に生きる  第1章 森との向き合い方を学ぶ――カメルーンの狩猟採集民バカ(1)  第2章 学校と遊びの今昔――カメルーンの狩猟採集民バカ(2)  第3章 「里」と自然体験――ガボンのムカラバ国立公園で 第Ⅳ部 水辺に生きる  第1章 生物多様性の宝庫に生きる――マラウイの漁民、チェワ族とトンガ族  第2章 クルアーンを詠唱する子どもたち――マリの古都ジェンネで  第3章 海で遊び、生きかたを学ぶ――マダガスカルの漁民ウェズ  第4章 水上スラムで育つアイデンティティ――ナイジェリアの少数民族エグン 第Ⅴ部 都市に生きる  第1章 スラムで学び、遊び、働く――ケニアの首都ナイロビで  第2章 徒弟修行の若者たち――ガーナの産業都市クマシで  第3章 農

SOStierra@Universitat Politecnica de Valencia

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SOSTierra (http://sostierra2017.blogs.upv.es/)より ウキウキのヨーロッパ。スペイン。バレンシア。パエージャ。ワイン… という浮かれた気分はまったくありません。現在、本日中に出さねばならない原稿の校正作業と公募書類と、そして、この国際会議の発表原稿(これがほとんど終わっていない)に押しつぶされそうな、実に陰鬱とした気分の真っただ中。 昨日はせっかくの休みだったのに、ため息ばかりで、連れ合いに「幸せが逃げる」とか言われ、嫌な言葉を吐き…そして、ほとんど寝られず、やはり朝から気分はボロボロ。 そんなこんなで明日からスペインで開催される、「土づくりの建造物の保存と持続可能性の国際会議」に出席/発表してきます。かなりの弾丸ツアーで、3泊5日。しかも、チケットの都合で福岡発着(もちろん連れ合いの実家は素通り)。発表が終わったら睡眠だけはきっちりとろうと思います。

ずいぶん放置しました

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20170828Yalka村にて 時々、「あぁ、ブログ書いてないな」と思いつつ、やることが多すぎて放置してしまっていました。もともと僕自身が書き癖をつけるために始めたのですが、約3か月、書かない日はなく、したがってこちらにまで書く気持ちが回りませんでした。 でも、ちょっとこちらにも書かねば、と思ったのには、あるきっかけがあったからで、このきっかけはいずれご報告できる日も来ようかと思います。現在約800のエントリーをしましたが、こんな駄文の山を丁寧に読んでいただいた方がいらっしゃった、ということです。いいオヤジが人に煽てられてやる気を出しなおした、というあまりみっともいいわけではありません。 ブログをすっとばしはじめたのは6月だから、あの原稿が上がって、あれがもう少しで…というのがあって… 今回はつい先週までは2週間ほど滞在したブルキナの話題。 今回は今年から参加させていただいている、「サニテーション価値連鎖」(PL船水尚之教授)というプロジェクトの仕事。人間由来のし尿をいかに利用するか、ということがプロジェクトの目的で、今回は初回ということで、フィールドの候補になるバム県の視察とワガドゥグのし尿処理の話に力点が置かれたものでした。 ブルキナのヒトがなぜトイレを使わないのか、ということをめぐって、さまざまな憶測が飛んで、いろんな先入観に染められたままフィールドに入ったのですが、村のヒトでも意外にトイレを使っていて…といきなり先入観があまり正しくなかったことから始まり、村でも汲み取り業者が回ってくる、という、し尿をめぐる経済的なサイクルがあることで、まったくストーリーが変わってきたというのが現状。とても刺激的で、今までの村落の研究ではなかった話が出てきそうです。 今日はリハビリにて、このあたりで。