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1ere Septembre再び?!

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7月某日午後2時過ぎ。 激しい雨音が始まる。豪雨が『和が家』の屋根をたたく。 15時ころ、あの悪夢がよぎる。ワガドゥグでは、「プルミエール・セプターンブル」と言えば、洪水のことを指す。 しばらくすると、『和が家』のテラスの水が逆流し始め、門のあたりから濁った水が入ってき始める。あ、来たな、と思い、オヤジ氏と共に腹をくくる。 そして、16時近く。左の写真のような状態。9・1ほどのことはなく、せいぜいひざ上くらいまでの深さだったが、目の前の舗装道路は濁流と化していた。 前回、一番被害のひどかった、某NGO事務所近くをオヤジ氏と共に視察に行く。同時にこの街の様子も分かるのだが、9・1を経験した街の人たちの対応は冷静だった。水が前回よりも少なかったこともあるが、それよりも、前回浸水のひどかった南側のほとんどの家屋で、雨期が始まる前に家の入口に大小の堤防を築いていたため、そのあたりでは床上浸水には至っていないようだった。なんだかんだ言って、ちゃんと防衛策を取っていたのには驚いた。 翌日、このあたりの議員が回ってきた。街の人々の話では、「威張ってばかりで大したことはしない」と言うこの議員が回ってきた翌日の早朝、なんとワガドゥグ市長がこの地域を視察に訪れ、側溝がきれいに掃除された。側溝詰まりがここのところの洪水の原因、と捉えたらしい。 この迅速な行政の対応にさらに驚かされたが、実はそれはポーズに終わってしまうかもしれない。このあたりを歩いてみると分かるのだが、この舗装道路沿いに水が集まる構造になっている。確かに、側溝に目を向けるべきなのだが、側溝は小さすぎる。そして、この側溝の水がどこに行くのかがよくわからない。どこかに集中しているはずで、そこはこの地域以上に被害がひどくなっている可能性があるからだ。 この日の雨は新聞に載るようなことはなかった。大した被害が出なかった、ということでよかったのだが、やはりこの水害、人災だということは避けがたい。ワガドゥグ市には何やら考えていただきたいものだ。 ちなみに、オヤジ氏は再び洪水対策を講じ、防壁を新たに作っておりました。ブルキナベ共々、感服です。

ワガドゥグ沈没③

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3日連続で参加するNGOの事業地に行ってきた。事業地への道のり、調度今回の水害の被害が最も酷いといわれている地域の横を通る。初日、チラチラとそちらの方を見ていると、道沿いにある小学校に多くの人だかりが見える。事務局長に「見れないか?」と言うと、「許可がいる」とのこと。しかし、翌日、事務局長が「テレビで見たから、ジャーナリストのふりをして行こう」ということで、2日目にKARPALAと言う地域に潜入した。 上の写真がKARPALAの写真。バンコ(日干し煉瓦)づくりの家屋が多かったこの地域は、ほぼ壊滅。つい最近まで村だったこの地域は、ワガドゥグ市の拡大とともに、ワガドゥグに取り込まれていった。この写真の左の方、東側に小さな溜池があるらしいのだが、西側の幹線道路からひたすら下っている。つまり、一番低いところにため池があり、その隣にこの地域があるということになる。しかし、高低差は普通に生活していてはわからない。家事で使う水が流れる方向でかろうじて知るくらいだろうか… そして、次の写真。住民が瓦礫を掘っている。取るものも取りあえず逃げ出したそうだ。家財道具、金、貴重品が瓦礫の下に眠っている、という。瓦礫はその次の写真のような状態。バンコであった ことはすっかりわからない。溶けて、まさに土に返っている状態である。 学校には、UNICEFのテントがあり、昨日「和が家」に来たフランス大使館勤務の方によれば、フランスもNGOなどを通して緊急支援のために走り回っている。 とりあえず、援助が決まり、少しでも早い復興を願うばかりだ。ワガドゥグ市の真ん中の橋は落ちたままだし、これから崩れる可能性のあるバンコの家はまだまだ多い。何をどのようにするか。緊急援助はとりあえずの生命維持装置で、生き返ったワガドゥグ市をどのように強くしていくのか。今回は天災で済むかもしれないが、次回は完全に人災になる。 ワガドゥグ市はハリボテ、と言うのは、不肖私がよくワガドゥグを揶揄するいい方である。コンクリートの板を張っただけの水路は、水の勢いでコンクリートがはがれ、コンクリートでつくったかに見える家はよく見るとその後ろ側が崩れてなくなっていたりもする。政治的にハリボテなだけでなく、大工も家のたて主にもハリボテ観があ る。 「オリジナル」という言葉をよく聞く。たとえば、日本から直輸入した電化製品であり、フランス...

ワガドゥグ沈没 番外編2

台湾でも大規模な水害が起こっている。 ブルキナファソ政府は、関係各国、国際機関へ援助を要請。今のところ、フランス政府に続き、日本政府も多額の援助を約束した、という報道があった。他にも、世界銀行、WHOなどが支援を表明している。 しかし、これは政治の問題なのだろうか。確かに、下の記事を読めば、明らかに水害の多い、台湾での出来事。ゆえにその対応に遅れた政府が退陣した、と言うのは、違和感がない。しかし、ここは… 民主的であることが、いいのか悪いのか。その議論は置いておくとして、政府に未然に災害を防げるというキャパシティを民衆が感じられるかどうか、ということか…ここの国の何人がこの記事を読むのかわからないが、何を感じるのだろう… http://mainichi.jp/select/world/news/20090908k0000m030051000c.html (毎日JPより)  【台北・大谷麻由美】台湾の首相にあたる劉兆玄行政院長(66)は7日、台北で会見し、台風8号による大水害への対応の遅れの責任をとり、辞任すると発表した。内閣は10日に総辞職する。馬英九総統は新内閣の発足で信頼回復を図る考えだが、馬政権の不手際に対する住民の不信感は根強く、年末の地方首長選挙にも影響を与えそうだ。  劉院長は会見で、大水害の死者・行方不明者が700人を超えたことに触れ、「政府に政治責任があり、誰かが責任をとらなければならない」と語った。劉院長は8月中旬にも馬総統に辞意を伝えたが、被災地の復旧を優先するため慰留に応じていた。馬総統は7日、次期行政院長に、与党国民党の呉敦義副首席(61)を任命した。  馬総統は先月18日の緊急会見で、9月初旬までに内閣改造を含め行政責任を明確にすると表明。その直後から閣僚らの辞意表明が相次ぎ、政権の求心力は急速に低下していた。  台湾紙「中国時報」の世論調査によると、馬総統の支持率は今年6月には60.7%と好調だったが、大水害後は29.6%にまで落ちた。信頼回復には時間がかかると予想され、しばらくは低支持率が続き、厳しい政権運営を強いられそうだ。

ワガドゥグ沈没 番外編

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今回の記事はmixiにも広報してみた。ウメコさんから教えてもらったのが下のURL。 http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/8237546.stm 写真を撮られて「ムカついた」と言ってたら、BBCに写真が出てしまった…「和が家」もすごい宣伝だ… ちなみにキャプションには、「Business have been affected…」と書かれていましたが、もちろん「和が家」は営業しました。Y'a pas de probleme!

ワガドゥグ沈没②

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2日火曜日に起こった水害。3日、4日とも、街中で水に浸った商品を虫干しする姿が目立った。のっぺりしたワガドゥグの街が、なぜか華やいでいたように見えるのは僕だけだろうか… 一昨日、洪水の日に到着した旧知のN氏と車をチャーターして水害後の街の様子を見て回った。この写真は、ワガドゥグ北部にある溜池。ワガドゥグの水ガメの一つだ。雨季の中盤にも関わらず、水量はほぼ満タン。ずいぶん水があふれて、この溜池のまわりにある「高級」ホテルは軒並み水浸しとか。 それにしても、大雨の翌日だけあって、空気がきれいな日だった。 その後、ワガドゥグ西部のグンゲンGounghenと言う地域に掛かる橋の様子を見に行った。グンゲンは市中心部の西側に位置し、中、上流階級の住宅地、大使館関係者などがある地域。 この写真はグンゲンと市中心部を結ぶ2本の橋の一つ。上に向かって伸びているのは、橋の先。半分崩れ落ちて、通行止め。裏ッ側を覗いて見たら、ざくっりとえぐれている。ぼくの体重だと、さらに崩れ落ちそうなほど。某日本国援助機関の事務所がこの近くだが、結構交通量の多いところなので、かなり不便になりそう。 「人生がけっぷち」な感じで… この橋のことは結構早くから周りの人間が知っていて、相当な人数の見物客がいた。警察(中国の警察のユニフォームを着ている。なぜか…)が5,6人いるが、どちらかと言うと、僕を含む見物客の整理に当たっているように見える。もちろん、無茶なことを言うやつもいて、この危なっかしい橋をバイクで渡らせろ、という交渉をしている。 そして… 果たして何かで報道があったのかどうかわからないが、友人の口の端々に水害と政治の間の関係を言いだす者が出てきた。たとえば… 「世界銀行や国連から援助資金が来たらしい。しかし、被害者へは全く渡らず、すべて政治家が横領している。」 とか、 「なぜ、立体交差*なんかつくったんだ。その前にバラージ(溜池)をつくっておくべきだったのではないか?水の管理はこの国にとって最大の課題なはずだ」 と言ったもの。意外にシリアスな災害の少ないブルキナファソ。誰が自分たちを守ってくれるのか、自分たちがどのように政治に参加するのか、という議論は今まで非常に少なかった気がする。汚職が悪いことは、潔白だったサン...

ワガドゥグ沈没①

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ワガドゥグが水没した。9月1日のことである。朝3時ころから降り始めた雨は14時ころまで降り続き、ワガドゥグの街の多くで床上浸水した。シドワヤ誌Sidwayaによれば、約半日間の総雨量は246mmで、ブルキナファソ観測史上最高の雨量となった。これまでの最高雨量は、1919年までさかのぼり、ボボ・ディウラッソで降った213mmで、90年ぶりの降雨量となった。 ぼくが居候する「和が家」もひざ上まで水につかり、「和が家」前は腰のあたりまでの水量で、しかも、側溝に沿って流れは激流。オヤジ氏とともに外に出たが、浅いところでも足をすくわれそうになった。 ←のこの写真が、午前10時ころの「和が家」前の様子。前の舗装道路が完全に冠水し、激流と化していることがお分かりいただけるだろう。この直前、某巨大NGOの車両が「和が家」の前にとまり、私にカメラを向けた。精一杯の憐れみを含んだ顔で「ボン・コラージュ(頑張ってくださいね)」と声をかけられる。なぜかムカついた… そして、左が水没する「和が家」である。開店からまだ1か月もたっていないのに、今回が2度目の水没。この時で、僕の足の付け根あたりまで水があったから、80cm-90cmの深さ。 しかし、舗装道路まで行くと、とりあえず問題なく歩ける。近くの様子を見に、少し歩いてみる。すると、東西に走る舗装道路に沿って北側から南側にかけて水が集中している。事務所のある通りが心配でそちらの方を見に行った。 その写真がこれ。見えていないが、消防車が出動し、流れの中に取り残されたこのあたりの住民を救出している。中に旧知のドイツ人の家もあり、心配していたが、この人だかりの中に夫婦とも無事を確認。事務所のガードマンの安否が気遣われたが、翌日、水で押し流された壁の隙間から脱出したとのこと。九死に一生を得たという。ともあれ、大災害だったが、なんとかけが人も死者も出なかったことが不幸中の幸いだった。 この日、雨が上がると、1,2時間で水はすっかり引く。水は引いて、残るのは大量の土砂。家の中、事務所の中はブルキナファソ名物の粘土質の赤い土だらけ。「和が家」はも事務所も早速土の撤去に汗を流す。「和が家」はオヤジ氏の商売人根性により、その日から通常営業。しかし、これだけの土砂が一日で撤去できるわけもなく、2日の午前中までかかってなんとか通常業務が可能な程度に回復した。 次...