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| 到着早々、熱く歴史を語るラス・マハ |
ダカールで滞在の準備を終え、いよいよプログラム本番に突入。今年はダカールからの移動距離の短いところから…ということで、ゴレ島から開始しました。
ゴレ島訪問はセネガル・プログラムで外してはいけないと思っています。「セネガルの歴史」という枠組みだけでなく、世界史を体感できる貴重な機会になるからです。その上、ゴレ島に住む旧知のラス・マハは、プロのガイドではないですが、高い学識とラスタファリアンという立場から、アフリカの側から世界史を俯瞰していただける大変貴重な語り部。そして、毎年彼が調整してくれる宿はとても素敵で、居心地がいい(下の写真)。
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| ラス・マハが調整してくれた宿泊先 |
ゴレ島に到着して宿に荷物を置き、早速「
奴隷の家」へ。「奴隷の家」は毎年行っている。年によって学生の反応は区々で、「ふ~ん」というのから目に涙をためて話を聞く、というのまである。奴隷の経験を自分に引き寄せて考える力、それを感じるためには、少しの英語力(ラス・マハは非常に英語が堪能)と少しの歴史の知識、あとは個人に備わった共感する力。毎年、もう少し歴史についての勉強を…と思うが、資料作成がなかなかに間に合わない。しかし、トイレもない狭い部屋に何十人もが閉じ込められる薄暗い奴隷の部屋の上には、天井の高い海原を見渡すリゾートのような「マスター」たちの執務室、という人種差別が実際の形として現れるグロテスクな建物であることは、多くの学生たちが気が付くポイントです。
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| 奴隷たちはここを通って「積み出された」と言われる |
いつものようにラス・マハに案内してもらっていましたが、「奴隷の家」には大きな変化が。10時の開場後、ラス・マハが説明を始めると、スタッフから制止され、全体の説明を聞くように促される。しばらくして始まるのだが、すべてフランス語、しかも拡声器を使うので、非フランス語話者は何をいっているのかが全く分からない、という状況に陥る。モグリのガイドによる誤った解説を避けるため、という説明があったが、これは若干興ざめ。
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| マスターの部屋 |
そんなわけで、「奴隷の家」に長居できなかったため、今回はもう一つの歴史博物館に向かう。この島は周囲1㎞ほどの小さな島なので、移動は散策しながら。写真の順序が違いますが、何枚か貼っておきます。
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| 以前に比べればずいぶん整備された小道 |
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| 島の北側の砲台から大西洋を望む |
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| 歴史博物館前 |
歴史博物館は、入場料3,000Fcfa(「奴隷の家」は1,500Fcfa)というのが若干…なのですが、あの建物の中に入れるだけでも価値はあるかもしれません。が、それよりも、ゴレ島の小道がずいぶんきれいになった印象を受けました。歴史博物館側は、崩れかけた廃屋が何軒もあり、ちょっと貧しさを感じざるを得ない生活の風景を目の当たりにする、とてもプライベート感のあるエリアだったのでした。何年も連続で行っているのに、このあたりを歩くのを避けていたのですが、今回歩いてみて、びっくりするくらいきれいになっていました。緑が濃く、観光客は少なく、散策するにはもってこいでした。
今年は、さらに海で泳いだり、今までできなかったことを色々やってみました。食事が制限されるのが若干しんどいですが、また次回も訪れたいと思います。
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