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| ニンジンは今が旬。ニンジンを生でかじりながらチャパロをやる |
到着直後からの調整が一段落。久しぶりに調査を手伝ってもらっているルードビックのお母さんを訪ねることにした。もう何年前になるか…ルードビックに仕事を手伝ってもらい始めたころ、彼のバイクにニケツして、彼の実家のお母さんに会いに行った。ルードビックのお母さんは、チャパロ(ソルガム・ビール)を醸して売っていて、食文化研究を本格的に始める前だったが、一度作っているところを見てみたい、と思い、訪ねたのが最初の出会いだった。
とても気のいいお母さんで、「また来るね~」と言ったまま、ずいぶん時間が経ってしまった。ルードビックと会うたびに、「今度はお母さんのところに挨拶に行こう!」と言うものの、なかなか時間が取れずにいた。今回は、何としてでも、と思い、日本から「この日曜日はお母さんのところに行く!」と宣言しておいた。
お母さんは、Saabaと言う、ワガドゥグの南東の端っこに住んでいる。比較的最近まで「村」だったが、現在では拡大するワガドゥグ市の一部となっている。以前訪ねたときには、まだ家がまばらで、家の前に植えた何本かのマンゴーの苗木がずいぶんひ弱に見えたことを記憶している。
今回のドライバーのソムダが運転する車が滑り込むと、5-6本の立派なマンゴーの木の下に、長椅子に座った何組かがチャパロを酌み交わしている。とても寂しい景色だった、お母さんの家の周りには多くの家が建ち、マンゴーは大きくなって真っ黒な木陰を作り、その下に人びとが歓談している。ずいぶん景色も変わったな…などと思いながらお母さんにご挨拶。私のこともよく覚えていてくれて、大変喜んでくれる。
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| 日曜の昼下がり |
日曜日の昼下がり、皆、それぞれの気の合う仲間たちとマンゴーの下で談笑している。もちろん、目的はチャパロなのだけど、フランスであればカフェのような交流の場であることも間違いない。こうした中でここの人たちの社会性が形成されている。そうそう、これもどこかで書いたが、こうした空間を「カバレ」と呼ぶ。村でも、街中でも、薄暗い小さな小屋のことが多いが、こんなオープンなところも珍しくはない。
ルードビックのお母さんから、ウェルカムドリンク的に1本いただき、3人で賞味。午後ということもあり、若干アルコール度数高めだが、久しぶりのチャパロは旨い。
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| チャパロ |
ルードビックのお母さんは、70代中盤位。彼自身が私より1‐2歳上なので、まあそんなものだろう。矍鑠として、現役バリバリでチャパロを作っている。そして、ルードビックの無私の奉仕精神のようなものは、このお母さんから受け継いだものだとわかるエピソードも聞く。
お母さんの家には、何人もの「女の子」がいる。どうやっても孫のような女の子も何人もいるのだが、彼女たちの一部は孤児で、かなりの人数の孤児を引き取り、仕事の手伝いをさせながら養っているという。ということもあり、ルードビックもしきりに家のことを気にしている。
ドタバタと動き回るルードビックをよそに、ソムダと私は、チャパロを舐めながら、ぼんやりと日曜の午後を過ごす。しばらくすると、「アテ」を売る物売りたちがやってくる。最初は、トップの写真のニンジンとクンバ(苦ナス)、そして、コラ(下)など。「ところ変われば」な感じだが、酒のアテがある、というのはよい。
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| コラナッツ。この苦いのを噛むと、チャパロが甘く感じる |
ソムダが「あそこの若いやつら、あの後肉を食いに行くよ」と。「肉」と聞いた瞬間、ここがSaabaだということを思い出す。Saabaは、「肉のマーケット」で有名で、ありとあらゆる肉が売られている。羊や牛、鶏はもちろん、ロバやネズミ、犬、そして、馬などまで、ありとあらゆる肉である。ただ、今回は、ラマダンを破ったのなら、とことん…ということで禁断の豚を…と。おそらく10年近くブルキナでは食べていない。
そんなわけで、ソムダとルードビックに提案すると、まんざらではない様子。ソムダがいいところを知っているというので、連れて行ってもらう。
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| Porc au Feu |
もう皆までいうまい。カリカリに焼かれた豚肉に、スンバラ(納豆)とラビレ(酒粕)のソース。うますぎる…到着したときは、ちょうど前のターンの終わりかけ。次の出来上がりまで、残り物をいただき、焼き立ても賞味。ビールとベストマッチ。
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| 窯で焼く豚肉 |
善きかな日曜の午後。
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