坂の街、尾道-2(若手連携企画 第4弾)
尾道の坂の写真その2です。
千光寺を頂くこの坂の街は、その寂れ具合や大正時代から昭和の始めに建てられた建造物、さらに、曲がりくねって迷路のような坂道は、何かに計画されたものであるとは到底思えない。その意味で、とても人間味があって、今なおフォトジェニックだ。「空き家再生プロジェクト」という運動もあるが、この集まりが目指すのは、ピカピカな都市計画ではなく、ポストモダンな芸術的要素を含めた「豊か」な生活なのではないだろうか。古いものを見直し、最低限の資源をアイディアで再生する、そんな風にこの坂の街を読んでいる。
これは生活排水を流す側溝なのだけど、この側溝に分けられるように、家がひしめき合う。これを作るだけでも相当な労力が必要なのだろうけど、こうした法面にパイプを引くのが大変なので、これはとても貴重なものなのだろう。
どこかの山の中にはいったかのような藪。そして、花崗岩の巨石がこの坂の街の下に眠っている。やはり、土砂崩れがあり、しばしば被害も出ているようだ。地理学者の手代木さんによれば、六甲山よりも良いが、やはり今後も土砂崩れの危険性は常にある、とのこと。表面をコンクリートで塗って補強しているところもあるが、これだけの巨石。それほど効果はないのだそうだ。
こういう路地は萌えます。どこに続いているのだろう。そして、イエの土地が丸みを帯びていて、建てるのが大変だっただろうに。それで、なぜこんな曲線になったのか。いろんな疑問が沸いてきます。
最後に。この後に行われた座談会でも、話題になったのだけど、この坂の街は、尾道の象徴になっているけれど、ここはとても住みにくいはず。急な坂、遠い買い物先、変な形のイエ。きっと中に入ると、外から見ているよりよほど大変なことが多いだろう。だからみんなこの坂の街を捨てたのだろうし、もっと住みよいところが他にもあるし、経済活動が行われているのは、ここよりもむしろ平地だったり島だったり。その意味で、アートの場としては成立しても、生活の場としてはどうなのだろう。ここだけでは尾道は全く語れない、というところまで考えてみた。
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