『パーニュの文化誌 現代西アフリカ女性のファッションが語る独自性』遠藤聡子(著)


最近のブルキナファソの民族誌としては、同僚の石本雄大さん以来、と言っても、ここ2,3年の間に立て続けに出版されているのは、同時代にこの地域で研究活動を行う者にとって、大変心強く、また、未だくすぶる自分自身への愛のむちのように思いながら読ませていただいた。

この本はブルキナファソの第2の都市、ボボジュラッソ(僕はボボ・ディウラッソという言い方が好きなのだけど、ここは本書に従う)の女性のファッションについての著作である。著者の遠藤聡子さんによれば、工業製品としてのパーニュ(工業製品としての更紗)は在来の民俗服でもなく、洋服でもない。衣服がそれを身に着ける人に関する情報を表すとすれば、この布を使用した衣服は何を示すのか、という問題意識をもっている。この問いに応えるため、この衣服がこの地域で普及している理由を、歴史的経緯(通時的分析)とパーニュがどのように着られているか、という共時的分析から明らかにしていこうとしている。

僕自身、この地域に馴れすぎてしまって、遠藤さんの問題意識を共有するのに時間がかかったのだが、確かに、なんでこんな布をみんな着てるのだろう、ということは改めて納得した問題意識である。僕も工芸品製作をしている人を調査対象としていた時期があるので、その歴史的経緯はなんとなく聞きかじっていたけど、遠藤さんは丁寧にまとめられていて、改めて勉強になった。そして、この本の最大の強みは、しつこいフィールドワークで得た数百、数千に上るデータによる分析と言っていいだろう。こうした京都大学の人類学の十八番ともいえる生態学的な手法は、問答無用の説得力を持つ。僕も憧れるやり口だ。僕もワガドゥグに仕立屋の知り合いが何人かいるけど、そんなシステムで動いていたのか、と相槌を打ちながら読んだ。

それで、気づいた点を何点か。備忘録的に、メモしてみようと思う。

① 普及について
「第7章 流行を生み出すしくみ」では、3つの小節から流行を生み出すメカニズムを明らかにしようとしているが、僕なりに解釈して、模倣と委託という二つの手法によって、スタイルの統合が図られる、ということが言われたかったのではないか。スタイルの統合の過程については、実によく描かれているが、ここはもう少し一般化できる、「普及」というところまで踏み込んではどうだっただろうか?決してモデル化したりすることはないと思うが、社会学では「普及」についての研究は非常に蓄積が多い。モデル化するのを目的とするのではなく、モデルを参考にしてみると別の角度から面白い分析ができたのではないか、と思った。たとえば「ファッションリーダー」となりうる人(本書の中では、仕立屋とか、仕立屋が写真に収めるような人)についての分析や重層的なファッション(=イノベーション)の伝達過程が描けたのではないか、と思う。

② ブルキナファソというネイションステイツの中の文化としての服飾文化について
この本はボボジュラッソというブルキナファソ第2の都市の事例が中心となっている。しかし、最終的に西アフリカ全体のファッションという部分があることから、ブルキナファソという国家の中における「文化圏」についての記述はもう少しほしかった。ボボジュラッソが西のマンデ系の人々の影響が強いとすると、首都のワガドゥグは東側の文化の影響を大きく受けているといってもいいだろう。もちろん相対的な意味でだが。東からはハウサが通商のためにこのあたりに居留しており、きっとハウサの藍染綿布などは、割と昔からあったのではないか、と推測する。同じく綿布としては、マリの泥染め綿布のボゴランが有名だが、ワガドゥグでは今でも腰巻布として藍染を身に着けている人が散見される。ボボジュラッソでどうなのか、僕はよく知らないけど、感覚的にいくつかの点での文化的分断と連続がブルキナファソという国家内でも明確に分かれるのではないか。筆者が強烈に国民国家論に反対しているわけでもなさそうなので、この辺もこれからご意見を伺ってみたいところだ。

③ なぜ「女性のファッション」に着目したのかについて
最後に、本書は副題にもあるように「女性のファッション」に着目した著書だが、僕は最初題名を見た時に、ジェンダー(社会的性差)に関する記述がもっとあると思った。僕はあまりこうした議論が得意な方ではないので、なければないでとても読みやすかったのだけど、遠藤さん自身の「女性のファッション」への強烈なパッションはわかったけど、なぜもっと「ファッション」一般へと突っ込まなかったのか、という釈然としない思いが募った。男性の着衣がよりシンプルであり、研究対象として面白みに欠けるのは、なんとなくわかるが、それでも、女性にこだわる理由が明確でないなら、もう少し一般化できる課題に取り組んでもよかったかと思う。

ずいぶん生意気なことを書いたけど、直接ご本人を存じ上げる者として、エールを込めて。ますますの研究のご発展を祈りつつ。

【参考:目次】
序章
1.本書の目的
2.関連研究と本書の構成
3.調査地について
第Ⅰ部 衣服の成り立ち
第1章 パーニュができるまで:技術的歴史的背景
1-1. インド更紗とヨーロッパ更紗
1-2. ジャワ更紗
1-3. 模倣ジャワ更紗の生産と西アフリカでの普及
1-4. まとめ:グローバルな更紗の歴史とパーニュ
第2章 アフリカにおける服装の変遷に関する諸研究
2-1. 服装の変遷をみる視点
2-2. 植民地経験以前
2-3. 植民地経験とその後
2-4. まとめ:植民地期以前に成立していた衣服様式の普及
第3章 ボボジュラソにおける服装の変遷
3-1. ボボジュラソの最初の住民とその服装
3-2. 植民地支配と着衣の習慣の広まり
3-3. 高年齢の仕立て屋への聞き取りから
3-4. まとめ:1940~60年代に普及した着衣の習慣とその衣服様式
第Ⅱ部 衣服の特質と着用
第4章 パーニュを用いた衣服の所有と着用
4-1. 衣服の種類とその所有
4-2. 衣服の着用
4-3. パーニュを用いた衣服の特質:他の布との比較から
4-4. まとめ:装いの選択を広げるパーニュ
第5章 パーニュを用いた衣服のデザイン
5-1. 衣服の基本モデル
5-2. 女性と基本モデル
5-3. 細部の多様さと流行
5-4. まとめ:衣服の形の多様性と一時性
第6章 衣服の生産とファッション
6-1. ボボジュラソにおける仕立屋の分布状況
6-2. 仕立屋の事業:30店の事例から
6-3. 事業をよりよく営むために
6-4. まとめ:衣服をあっさえ形作る仕立業
第7章 流行を生み出すしくみ
7-1. 554点の受注記録から
7-2. 情報源1:他の女性のデザインを複製する
7-3. 情報源2:仕立屋にまかせる
7-4. 情報源3:モデル写真を参考にする
7-5. まとめ:小規模な活動が支える西アフリカのファッション
終章
1 パーニュを用いた衣服が支持される理由
2 グローバル化の中で保たれる文化の独自性
3 ギニア湾岸周辺地域の産業と文化

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