『アラビア・ノート アラブの原像を求めて』片倉もとこ
片倉もとこさんの第2弾。実際に読んだのはNHKブックスバージョンだけど、この表紙がいいなと思って、こちらを載せておくことにする。
時々書いているけど、この時代の人類学者の文章の簡明性やまなざしの優しさ、芳醇なデータに触れるにつけ、自分の仕事の小ささとか自己嫌悪とかに苛まれる。とても充実した読書だったのに、どこかにそんな気分を持ってしまう。
この本は「Ⅰ日記より―あるアラビアの一日」「Ⅱフィールド・ノートより―荒野に生きる人々」「Ⅲ雑記帳より―移動文化を考える」の3つの大きな章からなっている。エピソードから日常生活、さらにアラブの人々の思想へと発展していく。時々接するアラブ系の人々との何とも言えない彼らの親愛の情の表現とそのあとのえらくあっさりした距離感の理由がよくわかった。
昨今、シリアやマリ、その他もろもろの血なまぐさいニュースはすべてがアラブ社会に関連している。僕が感じていたような一種違和感のようなものが相まってこうしたニュースを得体のしれない不気味な他者の仕業にしてしまう。きっと、片倉もとこさんが述べたかったのは、こうしたことへの反論だったのではないだろうか。
知ること。関心を持つこと。ずいぶん前から自分の中でのテーマで、今ではこの欲求こそが仕事の原動力になっているのだけど、研究者に限らず、片倉もとこさんの主張はしっかり受け継いでいかれるといいな、と思う。最後の方に、こんな一説がある。
「相手にあわせようとするのではなく、相手を理解しようとさえしていればいいのではないか。…その世界を100%理解することは、とうてい不可能であることを前提にしておいた方がよいと思われる。」(233)
そして、最後にこんな風にこの本を閉じる。
「何もかもわかってしまったら、この世はつまらない。」(234)
お人柄がよくわかる文章だと思う。改めてご健在なうちにご指導を仰いでみたかった方だと思った。
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